ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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帰郷編(帰るとは言っていない)。


その2

 状況についていけない才人は、ルイズから少し距離を取る。シエスタの横に立ち、一体全体どういうことだと彼女に小声で尋ねた。が、彼女は彼女であははと困ったように笑うばかり。流石に向こうの事情を全て知っているわけではないという返答に、まあ確かにそうかと彼は頷いた。

 

「でも、あの女性の噂は聞いたことがあります」

「へ? 有名なの? あの人」

 

 ファンタジー特有のエロいシスターという感想しか持っていなかった才人は、シエスタのその言葉に目を丸くする。そして同時に、つまり何らかのアレな人物なのだという予想を立てた。

 

「『魔女』ノワール。かつて、アンリエッタ姫殿下が師事していたという話です」

「姫さまの師匠!? ……え? じゃあ相当ヤバい人なんじゃ?」

 

 言われてみれば確かにそんな感じがするような。驚きながら視線をノワールへと向けると、薄く柔らかな笑みを返され思わず才人は赤面する。頬を掻きながら視線を逸し、しかしあれ、と首を傾げた。

 アンリエッタの師であるということは、少なくとも彼女より年が上でなければいけない。確かに年齢は幾分か上であるのは間違いないであろうが、しかし。

 

「あの人は二代目とかそういう感じなんかな。さっき違う名前で呼んでみたいなこと言ってたし」

「そうですね。その辺りはわたしもよく知らないんですけど、そうなのかも」

 

 ふむ、と二人揃って頷いたのを見ていたノワールの笑みが強くなり、その視線を追っていたルイズの表情が苦いものに変わる。少し離れたところで見守っているエレオノールとカトレアも、何処か困ったように眉を下げた。

 あのね、とルイズは二人に声を掛ける。意識が自身に向いたのを確認すると、苦虫を噛み潰したような表情のまま、彼女はその重い口を開いた。

 

「正真正銘、この人は魔女ノワール本人よ」

「は?」

「へ?」

 

 ルイズの言葉が一瞬理解出来なかった二人は首を傾げる。まあ二代目だろうがなんだろうが本人には違いないだろうと解釈をし、しかしそれではわざわざ彼女が訂正する意味が見当たらない。では本人というのはつまり。

 そこまで考え、才人はもう一度ノワールを見た。ハリのある肌と、瑞々しい肉体。美しさの全盛期を保っているその姿は、誤魔化すとしても精々二十代だ。

 

「わたしの父さまより年上よこの人」

 

 どうやら理解出来ていないと判断したルイズは、しょうがないと追加の爆弾発言を行った。彼女の父親よりも年上、ということはつまり、どう若く見積もっても彼女は。

 

「五十超えてたりすんの……?」

「勿論。今年で、五十……六? いや、七だったかしら?」

「美魔女ってレベルじゃねぇ!?」

「女性の年を尋ねるのは失礼よ」

 

 笑みを消さずにノワールはそうルイズを諌める。はいはい、と引き下がった彼女は、まあそんなことはどうでもいいと再度目の前の年齢詐欺を見やった。表情を真剣なものに変え、それで、一体何の用だと問い掛ける。

 

「あら、たまたま偶然この場所に来た、では駄目かしら?」

「別にダメじゃないです。けど、ならわたし達には干渉しないで」

「ふふっ。しょうがないわね、貴女は」

 

 クスクスと笑いながらルイズの頭を撫でる。憮然とした表情のまま撫でられていたルイズは、それで本題は何だと再度問うた。

 視線をルイズから姉二人に向ける。どうやら三人揃っての帰郷のようね、と呟いたノワールは、頬に手を当てながらそこが問題なのよと述べた。

 

「今少し屋敷がドタバタしているの」

「……また何かやらかしたんですか」

 

 エレオノールが疲れたように言葉を零す。それに大したことじゃないのよと返したノワールは、まあタイミングが悪かったのねと言葉を続けた。

 

「カリンの魔法で屋敷の一部が吹き飛んで、今修理中なの」

「……そう、ですか」

「姉さま!? 気をしっかり!」

「あらあら。相変わらずなのね」

「ちいねえさまはもう少し慌てて!」

 

 姉二人のフォローに回るルイズを見ながら、才人はどうしたものかと一人頭を掻いた。そして隣では、シエスタが自分が弄る出番はないなと一人頷いていた。

 

 

 

 

 事情を聞いた一行は、ではどうするかと頭を悩ませた。別にそのまま屋敷に向かっても問題ないのだが、その場合修理の邪魔になりかねない。幸い翌日か明後日には終わるらしいので、少し付近でのんびりしながら帰ればいいだろうという結論に達した。

 

「エレオノール姉さまは、大丈夫?」

「ある程度の融通は利かせるわ。一日二日でどうにかなるようなものじゃないもの」

 

 先程までいたルイズ曰く『秘密の場所その二』の近くの宿を取った一行は、食事の最中そんなことを話していた。ルイズは別に必要ないと言ったものの、領民の手前断れずに最高級のゲストルームでの晩餐である。それでも姉妹水入らずはまんざらでもないらしく、二人の会話を聞きながらどことなくご機嫌であった。

 が、それもすぐに終わり。エレオノールがそういえばルイズと彼女を睨むと、うげ、と彼女は顔を顰める。

 

「貴女、ここ最近また色々やらかしているらしいじゃない」

「え、っと。い、いいいえ、そんなことはありませんわ姉さま」

「学院の宝物庫、破壊したんでしょう?」

「何故それを!?」

「ある程度王宮に近い者なら皆知ってるわよ。おかげで、わたしの肩身が狭いのなんの」

「えうぅ……」

 

 シュンと肩を落とし、縮こまる。そんなルイズを見て、カトレアはあまり叱っちゃ可哀想ですよとエレオノールに述べた。

 甘い、とエレオノールは彼女に返す。そもそも宝物庫破壊で肩身が狭くなる程度で済んでいるのが奇跡なのだ。そんなことを言いながら、カトレアからルイズに再度視線を移した。

 

「他にも、王宮で暴れること数回、他国で暴れること数回……。あのねおちび、貴女、公爵令嬢という立場だからって好き勝手やり過ぎよ」

「べ、別にそういうわけじゃ」

「ええ、そうね。でも、他の連中はそう見てくれない。公爵が背後にいるから、姫殿下と親しいから。だから、やりたい放題に暴れている。そういう陰口を叩く貴族がいるのも事実なの」

「……ごめん、なさい」

「魔法学院に入学して、これまで以上にそういう視線は強くなるわ。身分を隠して行動していることも多いでしょうけど、そうでない場合はもう少し慎重に動きなさい」

「はい……申し訳ありません姉さま」

 

 俯いて若干涙声なのを聞いたエレオノールは、分かればいいのよとそこで話を打ち切った。食事が冷めるから、と止めていた手を動かし、そしてルイズから視線を逸しつつ、ぽつりと呟く。

 まあでも、妹の活躍は喜ばしいと思っているのよ、と。

 

「うふふ。エレオノール姉さまも素直じゃないですわね」

「な、何がよ! わたしはおちびにもう少し大人になれって言っているだけで。って、そういえば残り二人はどうなのよ」

「え? キュルケとタバサですか? ……大体、同じ、かな?」

「……今度連れてきなさい、説教するわ」

「ふぇ!?」

「もう姉さま、そんな顔しないの」

「したくもなるわよ! 知ってるの!? わたしが王宮で何て呼ばれているか! 暴れドラゴンの姉よ! おかげでここ数年縁談の話は途絶えっぱなし……。わたしが、何したっていうのよぉ!」

 

 ドン、と勢い良く机を叩くエレオノールを見たルイズは、今までの説教よりも数段全力で頭を下げた。自分のせいで身内が不幸になっている、それを自覚した彼女は涙を流しながら謝った。

 

「……あら? わたしの聞いた話だと、姉さまがルイズ達を叱る姿が「オーク鬼も裸足で逃げ出す」と評判になったのが原因だって」

「だまらっしゃい!」

 

 ちなみにその時正座させられていたのはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてアンリエッタであった。公爵令嬢は妹だから弾いても、ゲルマニアの有力貴族、ガリアの姫騎士、そして自国の王女。それらを纏めて説教するその姿を見た貴族達はどう思ったか。

 この人超怖い。

 

「結局、姉さまも公爵領と同じように王都でルイズ達を叱ってしまったのが失態だったのね」

「ああそうですよ自分の経験があるからルイズに言ってるのよ何か悪いか! 何よ、何なのよ! 気の強過ぎる女性はちょっと、って。これでもヴァリエールの中でわたしが一番まともなのよ! 昔からの恋敵との勝負で屋敷壊さないし、魔獣を力尽くでも従えるほど鍛えていないし、暇潰しにオーク鬼狩りになんかいかないし……」

 

 ちくしょー、というエレオノールの叫びは、給仕を下げていた為に三人しかいない部屋に虚しく木霊するのであった。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな三姉妹とは別の場所で食事を取っていた才人達は、腹ごなしということで街をぶらぶらと散策していた。夜出歩くのはよろしくない、と宿屋の主人は言っていたが、別に遠くまで行くわけじゃないと彼は軽く流した。

 

「てか、シエスタはいいのか? ルイズの傍についてなくて」

「あの様子だといても邪魔そうですし。他のお二人はそれ相応のメイドが付いていますから」

 

 言外に出番がないと言いつつ、彼女は彼の隣を歩く。まあそれなら、と才人は頷き、二人でのんびりと辺りを歩いた。宿屋の主人が言うほど治安が悪いわけではなさそうで、こうして歩いていても何か起こる様子は皆無。それは取りも直さず、公爵の統治が上手く行っていることを示していた。

 

「ルイズの親父さん、ラ・ヴァリエール公爵、か」

「どうしたんですか? いきなり」

「いや、どんな人なんだろうなぁって」

 

 あの娘の父親なのだから、恐らく普通ではないのだろうが。そんなことを心で思いつつ、才人はルイズから聞いた話を思い出し想像する。昔は三馬鹿と呼ばれている連中の一人で、何かしら問題を起こし、時には街規模で大立ち回りをやらかした。

 魔法の腕前は素晴らしく、しかし真の実力は剣技にあったらしい。トリステインで並ぶもののない『ブレイド』使いであった。そう彼女が語ったのを覚えている。

 

「……話を聞く限り、ルイズとそう変わらない気がするのは俺だけか?」

「あはは」

 

 確か母親も似たような人物であったと聞いている。魔法の実力は敵うものなどいないとされ、二人が揃うとドラゴンも慌てて逃げ出したとか何とか。

 性格は短気で考え無し、勢いで喧嘩をふっかけるのも日常茶飯事であったらしいのだが。

 

「知りたい?」

「うわぁ!」

 

 耳元で声が聞こえ、才人は思わず飛び退った。何だ、とその方向に振り向くと、クスクスといたずらが成功したようにノワールが微笑んでいる。脅かさないでくださいよ、と引きつった表情で返した彼は、しかしその言葉に若干食い付くように言葉を紡いだ。

 

「そういえば、ルイズの両親と同年代なんでしたっけ」

「ええ。まだカリンが貴方達くらいの頃からの付き合いね。当時はあの娘ったら男装していて、ぼくは騎士になるってはしゃいでいたものよ」

 

 その頃を懐かしむようにノワールは少しだけ天を仰ぎ、そして視線を彼に戻した。どうせなら、邪魔の入らない場所まで行きましょう。そう言いながら二人を先導し足を進める。

 暫しの雑談の後辿り着いた場所は昼間も訪れた『秘密の場所』。月明かりで更に神秘さを増したそこは、ノワールの美しさも相まってまるで異空間のように思えた。

 

「ここはね。元々はわたしとピエールの場所なの。ああ、ピエールというのはあの娘達の父親、公爵の名前。知っていたかしら?」

「一応、聞いたことはありますよ」

「勿論。わたしはルイズ様のメイドですから」

 

 そう、とノワールは頷く。では話を続けましょうと彼女は微笑み、まだ若かりし頃の思い出を語る。ここで逢引をし、そしてこの場所を彼と自分だけの場所にして欲しい。そう約束したことを二人に話した。

 

「ふふっ。結局振られて、この場所は皆に知られることになったのだけれど」

「……何て言うか」

「お、大人の恋愛、ってやつでしょうか」

 

 普段聞かないような話を聞いた二人は少しだけ気恥ずかしくなって彼女から視線を逸らした。周囲の『生』は夜のせいなのか、別の何かに変質しているように、奪い取られてしまったように思えた。

 

「でもね、それは仕方なかったわ。だってあの頃、わたしは彼の財産と地位が目当てだった。カリンが現れて、わたしは彼と対立して。もう取り返しがつかない頃になって、ようやく彼自身を見るようになったのだから」

 

 どこか寂しそうに彼女は笑い、でももう過ぎたこと、と述べた。この歳になると、もうそれもいい思い出だ。そう言いながら近くの木にもたれかかった。

 

「彼は、情熱的だった。わたしを、必死になって追い求めてくれた。わたしの愛がまやかしだと知って、絶望して、わたしを憎んで。それでも、わたしを行動の理由にしてくれて」

 

 ああ、ごめんなさい、とノワールは苦笑する。自分の話ばかりをしてしまった、そう言いながら、髪を梳いた。

 

「ピエールとカリンの話だったわね。あの二人が出会ったのは、魔法衛士隊がボロボロになっていた頃で、やる気のないピエールとやる気しかないカリン、二人はいがみ合っていたわ」

「ベタだなぁ……」

「あはは」

 

 才人の身も蓋もない感想にシエスタは苦笑し、ノワールはそうね、と微笑む。そんな笑みを浮かべたまま、丁度その頃起きていた事件で、彼等の活躍が花開くのだと語りを続けた。

 

「その時の黒幕は、わたし」

「……え?」

「わたしは、彼等と敵対していたの。今でこそ笑い話だけれど、いえ、被害者にとってはきっと未だに笑えない話なのでしょうね」

 

 ゾクリ、と背中に悪寒が走った。シエスタを抱えると、才人は無意識にノワールと距離を取る。どうしたのか、と尋ねかけたシエスタも、辺りに漂う空気を察して表情を強張らせた。

 

「正確にはわたしのパトロンなのだけれど。その方は不死の研究をしていたの。愛のみが溢れる、素晴らしい世界を作る、だなんて絵空事を掲げた狂人だったわ。その理想と、行っている研究がまるで一致していないのに」

 

 クスクスと笑いながら、ノワールは才人をじっと眺める。周囲を警戒し隙をなくさんとするその姿は、随分と鍛えあげられていることを窺わせた。それでこそ、と笑みを強くさせた彼女は、そのパトロンが倒され野望が潰えたことを語る。語りながら、一歩足を踏み出す。

 

「そして、その研究は闇に葬られた。今はもう断片的に残る資料か、当事者の頭の中に残るのみ」

 

 コンコン、と自身の頭を軽く突く。その目が、先程までとは違う輝きを放っているのを才人は見逃さなかった。日本刀を腰から引き抜くと、正眼に構え目の前の女性を睨み付ける。

 それで、俺達をどうするつもりだ。そう問うた彼に、ノワールは楽しそうに口元に手を当て微笑んだ。

 

「大したことではないわ。暇潰し、いえ、腕試しといきましょう。知っているのよ、貴方がルイズ達と遊んでいるのを」

 

 ガサリ、と茂みが揺れる。どう考えても隠れる場所など無かったそこから、人型の何かが起き上がってきた。細い、細過ぎるほどのそのシルエット。肉も何もない、元来の生物の面影をほんの少しだけ残している中心部。その巨体から、恐らくオーク鬼であったであろうその一部分。

 骨が、まるで意志を持っているかのように立ち上がり、得物を持って才人を睨み付けていた。




オークゾンビは出てたけど、実際オークスケルトンはありなんだろうか。

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