ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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主人公のライバルポジションを確立させようと足掻いたけど駄目だった感。


その2

「そうそう変わらないわね」

「ま、そりゃそうだろ」

 

 ぶらぶらと公爵領を見て回る二人組は、各々そんなことを述べた。勿論ルイズと才人である。普段の冒険とはまた違う雰囲気の二人は、紛うことなき観光者であった。

 しかし、と才人は辺りを見渡しながらルイズに問い掛ける。随分と遠くまで来たが、これ本当に戻れるのか、と。

 

「あのねサイト。ここはわたしが育って、様々な探検をした場所、言わばわたしの庭よ。間違っても帰れなくなるなんてことはないわ」

「……うん、そうだな。でも俺の質問の答えと微妙にずれてる」

「何が?」

「俺の言ってる帰れるのかってのは時間だよ。今日中に戻れるのかって聞いたの」

「え? 何で戻るのよ」

「戻らないの!? お泊り!?」

「別に今更でしょ? 父さまだってそのぐらい承知の上よ」

 

 何てことないようにルイズは述べるが、対する才人は非常に苦い顔を浮かべている。これまでならともかく、ここは公爵領。ルイズの両親が治めている場所で男女のお泊りは非常にマズい。前回の公爵との一戦でそのことを身に沁みて分かっている彼はどうしたものかと頭を掻いた。とりあえず絶対あの人は承知じゃない。そんな言葉を言い掛けて、しかし言っても無駄だと飲み込んだ。

 そんな才人を尻目に、ルイズは街道を外れ林の中へと入っていく。馬は少し前の宿場町に預けてあるので現在徒歩であるが、だからといってそろそろ日も暮れるタイミングでそこに向かう理由が見当たらない。当然才人にも分かるはずがなく、一体どうしたんだと進む彼女の背中に問いかけた。

 

「ん? この辺に寝るのに丁度いい場所があるのよ」

「野宿!? 待ってご主人! 自分の庭だからって外で寝るのはどうなの!?」

「だって宿代勿体無いじゃない」

「お嬢様だろお前!」

 

 というか自分の家族が治めている領なのだから適当に顔パスなんじゃないのか。そう思いながら叫んだ彼に、ルイズはあのねサイトと優しく何かを教えるように口を開いた。

 

「男女二人で泊まって、噂されたら問題でしょう?」

「今更そこ心配するの!?」

「大体、自領だからってそんな権力を笠に着るような真似はしたくないわ」

「自領のお嬢様がその辺の林で野宿する方が余程アレだよ」

 

 はぁ、と才人は溜息を吐く。別に野宿するのが初めてというわけではないし、そこ自体に文句をいうことはない。が、どうやら彼女の中ではその辺り全て踏まえて問題ないと判断しているらしく、彼が何を言っても無駄なようであった。

 しょうがない、と肩を竦める。まあ寝るのに丁度いい場所だと言うからにはある程度快適なのだろう。そう思い直しどこか諦めたような顔をしながら才人はルイズの後に続いた。

 そうして辿り着いた場所は、巨大な樹。その根元付近に人が入れるような空間が出来ており、周囲には人の手が加えられた跡もある。成程これは確かに、と感心したように頷いた才人は、しかしその入口がそこまで広くないことに気が付いた。

 

「まあ三人だとギリギリだけど、二人なら余裕でしょ」

「ホントかよ……」

 

 あまり信用出来ない。そう思いつつその穴を潜ると、巨大な幹に違わぬ空間が広がっていた。おお、と思わず声を上げた才人を見て、ルイズは満足そうにふふんと笑う。

 

「子供の頃はこういう場所を秘密の拠点にして色々やらかしたものよ」

「あー、うん。その気持はスッゲーよく分かる」

 

 こんな場所があるなら自分もきっとやっただろう。先程まで意見を一変させた彼がそうして頷くと、でしょでしょ、と彼女も返す。

 さてと、とルイズは近くにあったランプに触れる。どうやら魔道具らしく、良かったまだ使えた、と胸を撫で下ろしているところを見る限り随分前から置きっぱなしになっていたものなのだろう。

 

「さて、と」

 

 どうしようか、とルイズは才人に振り向いた。一体何をどうするのか分からない才人はその言葉に首を傾げたが、そんな彼を見て彼女は察しが悪いと眉を顰める。

 寝るか、もう少し動くか。その二択を提示された才人は、少しだけ考えて彼女に述べた。

 

「ここ、夜に何か出る?」

「んー。才人の今の腕なら問題ないんじゃないかしら」

「何かしら出ることは出るのかよ」

「そりゃあ、野生動物の一匹や二匹は出るわよ。でもここは街道沿いの林よ? 魔獣とかそういう代物はもういないでしょうし、そういう意味では安全よ」

 

 もういない、という言葉に微妙な引っ掛かりを覚えたが、今更気にしても仕方ないと才人は頷いた。まあどのみち余計な戦闘など真っ平ごめんだとルイズに告げ、今日はもう寝ると横になる。

 

「はいはい。じゃあわたしも寝るとしようかしら」

 

 そう言いながらルイズもゴロリと横になった。ここでこうするのも久々ね、と言いながら、寝転がった姿勢のまま体をううんと伸ばす。

 ちなみに才人の真横である。補足しておくが、基本的に彼と彼女は同じ部屋で寝泊まりしていたとしても場所を離していた。学院ではルイズはベッド、才人はソファー。宿屋などでは違うベッド。そして野営の際はそれぞれ周囲の警戒範囲を広げる意味も込めて別々のテントを用意していた。

 そんなわけで、ルイズと至近距離で寝るというのは彼にとってこの半年近く一度もない貴重な体験なのであるが。

 

「向こうはそういうの全く意識してないんだよなぁ」

 

 やれやれ、と才人は溜息を吐く。ん? とすぐ近くで寝転んだまま首を傾げるルイズに何でもないと返し、まあいいや寝ようと才人はそのままゆっくり目を閉じた。

 

 

 

 

 ワルドが宿場町に辿り着いたのはルイズ達が林に入って行き暫く後の頃であった。元々公爵領にやってきたのが昼過ぎで、その後公爵と話をしていたのだから妥当、むしろ早過ぎるといっても過言ではない時間である。グリフォンという騎乗魔獣がいるからこその素早さ、ならばそれでいいのだが、生憎と。

 

「この馬……間違いない、ルイズの香りが残っている」

 

 厩に預けられている馬を見ながら真面目にそう述べるワルドを見て、グリフォンは若干引いた。今までそれなりの数風メイジの騎獣として魔法衛士隊で過ごしてきたが、これほどまで強く、そしてアレな人物は今まで出会ったことがなかった。

 まあ女に一途なのはいいことだ。つがいを非常に大切にすることで有名な魔獣であるグリフォンだということもあり、そう思い直した彼は自身の主を見守りながらどうするのかと目で問うた。それに気付いたワルドは、ふ、と薄く笑うと当然だと言わんばかりに視線を街道へと向ける。

 

「無論、追い掛けるさ。ルイズに会うまで立ち止まる訳にはいかない」

 

 まあそうだろうな。短く鳴くことで了承の意を示したグリフォンは、では行こうかと足を動かす。コクリと頷いたワルドがその背に乗ると、頼んだぞと軽く首を撫でた。

 翼を広げ、空を舞う。あまり高く飛ばないのは主の目指している婚約者の彼女を見付けやすくするためであり、同時に無用な争いを避けるためでもある。ある程度地面にいる人間にも視認出来る位置ならば、誤解され攻撃を加えられることも殆ど無いからだ。

 

「風を辿れば、ルイズの位置などすぐに把握出来る」

 

 本当かよ、と思わないでもなかったが、自身の上に乗っているメイジは風のスクウェアであり凄腕、そして彼女の事になると言い回しが若干変態になるアレな男だ。割と真面目にやるかもしれない。多少の期待を込めつつ、さてどんな指示をだすのかと空中で暫し留まる。

 見付けたぞ、とワルドは叫んだ。林の奥、森に近い位置に多数立っている大樹の辺り。そこからルイズの香りが風に乗って流れてきていることを彼は突き止めたのだ。

 

「そういえば、ルイズの『隠れ家』があの辺りだったな」

 

 まだ幼かったルイズが自慢気に紹介してくれた場所を思い出し、彼はその表情を笑顔に変えた。トリスタニアで魔法衛士隊となる少し前、十年近く過去の色褪せない思い出の一幕だ。思えば既にあの頃から彼女は魔獣とやりあえるだけのポテンシャルを持っていた。同時にそんなことを思い出しつつ高度を落とし林へと入り込む。木々が邪魔になりグリフォンは途中で動くのを諦めたので待機させたが、そう遠くない位置に目的の場所はある。

 

「ここだ」

 

 樹をくりぬいて作り上げたかのような空間。そこにまだ新しいルイズの香りを感じたワルドは笑みを強め、しかしそれをすぐに消すと表情を引き締めた。ここに彼女がいる。それが間違いないのならば、当然あいつもここにいるはずだ。

 

「あの忌々しい使い魔め」

 

 そう呟きながらゆっくりと樹へと近付いた彼は、足を動かすごとに段々と表情を険しくさせていた。風に吹かれて流れてくるのを感じるのだ、愛しい少女の香りと、憎き駄犬の悪臭が。

 メイジと使い魔は一心同体。そんなことは知っている。だが、それであの男が愛しい彼女と同じ空間にいるのを許容するのかと問われれば勿論答えは否。無意識の内に腰に差していた新調した杖に手を伸ばしていたワルドは、暗くなってきたことでぼんやりと光が漏れる樹の入り口を覗き込む。

 

「ふ、ふふふふ、ははははは」

 

 思わず笑いが漏れた。楽しいからではない、面白いからでもない。滑稽だというわけでもない。

 人は感情が振り切れると思わず笑いが漏れてしまうらしい。この間の才人とは別ベクトルで笑うしかない状況に陥ったワルドは、右足を大きく振り上げた。

 

「起きろこのクソ使い魔!」

「おぶっ!」

 

 ルイズの抱きまくらにされていた才人だけを器用に蹴り飛ばしたワルドは、何だ何だと起き上がる彼に向かって真っ直ぐに杖を突き付けた。

 

 

 

 

 

 

「いってぇ! って、あぁ!? 何でここにいんだよ髭面!」

「そんなことはどうでもいい。貴様、ルイズに、ルイズに……」

 

 瞬時に覚醒させられた才人がワルドを睨み付けたが、当の本人はそれ以上の眼光で彼を睨む。なんだよ、と少しだけ気圧されたように顔を顰めた才人に向かい、ワルドは握り込んだ拳を叩き付けた。

 寸でのところでそれを躱した才人は、なにしやがると目の前の男に向かいカウンターの蹴りを放つ。ふん、とそれを体を捻って躱したワルドは、分からんのかと表情を更に険しくさせた。

 

「何故だ。何故お前なんぞにルイズが抱きついている!?」

「はぁ!? 何の話だよ」

「白を切るか! 俺がここに来た時、貴様はルイズのだ、抱きまくら状態で呑気に寝こけていただろうが!」

「……知らねぇよ。え? てかマジで? 俺ルイズの抱きまくらにされてたの?」

 

 視線をこの状況でも呑気に眠っているルイズに移す。顔、手、胸、そして太もも。それらを順に眺めた才人は、自身の体を見返して少しだけ口角を上げた。若くて可愛い少女に抱きつかれて嬉しくない青少年は、そんなにいない。

 

「殺す! 殺してやるぞ使い魔ぁ!」

「相変わらず沸点低いな髭面。てかお前婚約者だろ、もう少し余裕持てよ」

「……貴様が言うのか。他でもない、今現在最もルイズに近い男である貴様が!」

 

 下げていた杖を再度握り締め、才人に突き付ける。その行動を見て一瞬目を見開いた彼は、しかしすぐにその眼を細めるとふんと鼻を鳴らした。

 公爵といいこいつといい、どうして自分とルイズをそういう関係だと持って行きたがるのか。そんなことを口にはせず呟き、まあでも仕方ないかと軽く溜息を吐く。確かにワルドの言う通り、ルイズに最も近い位置にいる男は紛れも無く己だからだ。

 そして彼女を魅力的に思っていないかと問われれば勿論首を横に振る。彼の好みとは少し離れているが、それを払拭するほどの魅力にあふれているこの少女に、好意を抱かないはずがない。

 だが、それは恋愛感情なのかと言われれば。

 

「なあ、ワルド」

「……何だ?」

「俺はお前と違って、そんなはっきりとルイズが好きだなんて言えない。いや、まあそりゃ嫌いじゃないし、好きかと言われれば好きなんだけど」

「何が言いたいんだお前は」

「分かんないんだよ。公爵様みたいに大事な娘だからとか、お前みたいに愛する女だからとか。そういうはっきりとした理由が、分かんねぇ」

 

 ただ、と壁に立てかけてあった自身の刀を手に取る。それを腰に差しながら、ゆっくりと、噛みしめるように前を見た。

 

「でも、今のこの生活が、ルイズの隣にいることが楽しいって、それだけはハッキリと言える。だから」

 

 お前のその言葉は、聞けない。真っ直ぐにそう言い切った才人を見て、ワルドは少しだけ表情を変えた。憎悪を主にしていたそれから、真面目な、真剣に相手を見る表情へと。

 ふん、と彼は鼻を鳴らす。そのまま無言で樹の外へと出ていった。それが何を意図するのかなど才人でも分かる。同じように無言で彼の後に続くと、薄暗い林の中でお互い得物を握り締め目の前の相手を睨んだ。

 

「貴様の言葉に偽りがないのは理解した。が、それとこれとは話が別だ」

「分かってるよ。てか、そんな回りくどい言い方すんなよ。……結局、お前もそうだろ?」

「ふん。ああ、そうだ」

 

 言いながら、才人は剣を、ワルドは杖を相手に突き付ける。

 

「お前の顔を見ていると」

「貴様の顔を見ていると」

「ムカつく!」

「腹が立つ!」

 

 瞬間、二人の姿が掻き消えた。同時に大地を蹴り間合いを詰めた二人は、その中間点でぶつかり合い、そしてその余波で木々が揺れる。いきなり生み出された強風にあおられた木々のざわめきは、すぐにそこに住む野生動物達にも伝わっていく。

 暗闇で碌に位置を掴めないまま飛び出した鳥達の慌てたような鳴き声が響く中、才人は憎々しげに舌打ちをした。後ろに距離を取ろうと足を動かしつつ、受け流すように体をずらしすれ違いざまに斬撃を放つ。

 それを表情一つ変えることなく躱したワルドは、お返しだと言わんばかりに足を振り上げた。膝蹴りが才人の刀を握っていた手首に叩き込まれ、思わず持っていたそれを取り落とす。

 が、瞬時に姿勢を低くした才人は流れるように水面蹴りを放ちワルドの体勢を崩しに掛かった。それを相手が宙に跳んで躱したのを確認すること無く、彼は左手で未だ地面に落ちていなかった刀を掴むと回転の勢いのまま振り切った。杖で防がれたことでお互いに仕切り直しとなったようで、両者は少しだけ距離を取る。

 

「悔しいが、腕を上げたな」

「こっちの台詞だ。あの時よりパワーアップしてんじゃねぇか」

 

 才人の言葉に、ワルドは当然だと肩を竦める。自身が愛する少女はルイズ。彼女に並び立つためには、この程度では全然足りない。

 そうだ、足りぬのだ。目の前の相手も倒せぬようでは、彼女と共に歩むことなど出来はしない。

 

「続けるぞ、サイト。貴様を倒して、俺はルイズと添い遂げる」

「ああ、いいぜ。ワルド、俺はお前の望みを全力で阻止してやる」

 

 ふ、と薄く笑いながら、二人の馬鹿者は再び得物を構え足に力を込めた。




肝心な台詞がパロディという体たらく。

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