ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

53 / 185
ワルドがかっこよくなってきた、気がする。


その3

 剣と杖がぶつかり合う。幾度と無く音を響かせながら、二人は月光の下で己の得物を振るっていた。

 

「まあ、貴様は知らんだろうが。かのフォリップ三世の統治の時代、決闘は当たり前だった」

「いきなりなんだってんだよ。つか俺がこっち来てから決闘なんぞ日常茶飯事だぞ」

「学生同士のごっこ遊びとは違う、本気の決闘だ」

 

 丁度、今の自分とお前のように。そんなことを言いつつ、ワルドは呪文を放った。風の槌が才人に真っ直ぐ向かい、しかし不可視のそれを彼は鼻を鳴らしつつさらりと躱す。まあそうだろうな、という表情を浮かべつつも、ワルドは話の続きを口にした。

 

「貴族の名誉や誇りを賭けて、などと言っていたのだろう? 学生達は」

「あ? まあ、そんな感じだったな」

 

 一歩踏み出し、剣を振りかぶる。それを杖でいなし、体を独楽のように回転させたワルドは突きと呪文を同時に叩き込む。が、才人は既に回避行動に移っており、その一撃は空を切った。

 

「避けるのだけは一人前か」

「抜かしてろ。で、話の続きはあんのか?」

「ふん。まあ、くだらない話さ。決闘の理由でそんなものを持ち出すのは一握りだった、というな」

「何だそりゃ? じゃあ普段の理由は何なんだよ」

「決まっているだろう? 決闘で取り合っていたのさ」

 

 女を。そこで言葉を止めると、ワルドは一歩後ろに下がった。杖を真上に掲げ、呪文を唱える。瞬間、彼の頭上の空気が弾けた。

 突如生まれた雷光は、狙いを違わず才人を穿つ。雷、稲妻。通常の呪文もそうだが、これはまた一つレベルが違う。当たればどうなるかなど確かめるまでもない。

 

「真面目に殺す気か髭面!」

「最初からそう言っているだろう。……まあ、当たらんとは思っていたがな」

 

 つい先程まで立っていた地面を吹き飛ばした雷光を横目で見ながら才人が叫ぶ。その言葉に平然とそう返したワルドは、再度呪文を唱え杖の先に空気の渦を作り出した。それがまるでドリルのように相手を抉る凶器となっており、掠っただけでもかなりの傷を負わせることが出来るであろうことを伺わせる。

 くるり、と杖の切っ先を回すと、ワルドは一気に間合いを詰めた。先程のように受け止めるのならば、この呪文で捻り込む。そんな思惑を持った一撃は、しかし。

 

「ちぃ、本当に逃げるのだけは達者だな使い魔」

「うっせぇ。魔法無しで相手の呪文に対抗するにはこれが一番効率いいんだよ」

「ルイズの受け売りだろう?」

「悪いか!」

「ああ、悪い。非常にな!」

 

 再度『エア・ニードル』を発動させた杖で突きを放つ。相手の胸を狙ったそれは、同じように自身の胸を狙った突きを放たれたことで狙いをずらされた。お互いの突きが風で舞っていた木の葉を砕き、その破片が更に風で飛ばされ雪のように舞い落ちる。

 

「貴様はルイズに依存しているだけだ。そんな輩が隣に立とうなどとはおこがましい!」

「んだと髭面ぁ!」

「違うのか? 今のお前に、ルイズに頼らず手に入れたものが何かあるのか?」

 

 ぐ、と才人の言葉が詰まる。同時に一瞬隙を晒してしまったのを逃さず、ワルドはその鳩尾に蹴りをねじ込んだ。才人の肺から空気が押し出され、ほんの少し息が止まる。そこへワルドの唱えた呪文による風の槌が追撃で放たれた。

 躱さないと。思考はそうやって出来たものの、体は思うように動いてくれず彼は盛大に吹き飛ばされた。

 

「どうした使い魔? 図星を突かれ動揺したか?」

「うっ、せぇよ……」

 

 軋む体を無理矢理立たせる。大きく息を吸い、そして吐く。これまで幾度と無く行ってきたそれにより、ダメージを消し去ることこそ出来ないものの、戦闘続行可能なまでには己の体を回復させた。

 しかし、その表情は晴れない。これもまたルイズとの修業で身に付けたもの。だからなのか、先程のワルドの言葉が耳からは離れない。

 

「ふん。……まさか、この程度の言葉で動揺するとはな」

「うるせぇ」

「思えば、あの時もそうだった。俺が貴様を敵だと認定したあの酒場で」

 

 杖を振りかぶる。それを何とか躱した才人は、一体何のことだとワルドに叫んだ。それを聞いた彼はふんと鼻を鳴らし、まあそうだろうなと肩を竦めた。

 酒場での一幕。ゴロツキに絡まれていた給仕の少女を、才人がわざわざ助けに行ったあの場面。それを思い出させるように語ると、そこで何を言ったか忘れたのかとワルドはすっと目を細める。

 

「貴様はその時の行動の理由を、「ルイズならそうした」と言ったんだ」

「……ああ、そういや、確かにそんなことを言った気がする」

 

 だから何だ。と才人は続けなかった。続ける必要を感じなかった。そう述べたら、目の前の男がなんと答えるか分かっていたからだ。

 そのまま押し黙ってしまった才人を見て、ワルドは面白く無さそうに鼻を鳴らした。杖を仕舞い、興が醒めたと彼に背を向ける。

 

「何だよワルド。逃げるのか!」

「吠えるな使い魔。今のお前なら適当に呪文を唱えるだけで倒せる。それはつまらん、と思っただけだ」

「ふざけ――」

「自分の現状を把握出来んほど愚かではないだろう?」

 

 ぐ、と才人は唸る。それを横目で見ていたワルドは、再度視線を彼から外し、まあ精々慰めてもらうがいいと言い放った。そこで心配そうに見ている、貴様の依存先にな。そう続け、彼はそのままその場を後にする。

 ハッとして後ろを振り向いた。そこには、才人と、そして去ろうとしているワルドを交互に見詰めるルイズの姿が。

 否、才人を経由して、ワルドを見詰めるルイズの姿がそこにあった。

 

「ワルド」

「何も言うな愛しいルイズ。これは、そこの馬鹿野郎と僕の問題さ」

「……そうやってカッコつけるとこ、誰に似たのかしらね」

「さてね。君の隣に立とうと必死で努力した結果の産物かもしれないな」

 

 また来るよ。そう言い残すと、ワルドは今度こそその場を後にした。姿が見えなくなった暫しの後、グリフォンがどこかに飛び去っていく音が耳に届く。

 その間、才人はただ俯き、拳を握り締め立ち尽くすのみであった。

 

 

 

 

 

 

「やあルイズ。調子はどうだい?」

「昨日誰かさんに起こされたせいで若干寝不足かしら」

「ああそれはいけない。君の美貌を損なうようなことをしてしまうとは、この僕の失態だ。……さて、その埋め合わせはどうすればいいだろう?」

「はいはい。で、そんなことを言いに来たの?」

 

 翌朝。秘密基地で目覚めたルイズが身支度をしていると、夜去ったばかりの彼女の婚約者は爽やかな笑顔を浮かべてやってきた。そんなワルドに多少ぞんざいな返事をしつつ、しかし別段嫌がる素振りのないルイズは彼の隣に立つとそんなことを問い掛ける。

 無論、これは理由足り得ない。そんなことを言いつつ、しかしワルドは笑みを浮かべながら、これは生きるための当たり前の行為なのだと続けた。

 ついでに彼女の肩に手を置くのも忘れない。

 

「……それで、あの使い魔は何処だい?」

「やっぱりそれが理由なのね」

「馬鹿を言ってもらっては困る。僕が君に会いに来る理由は常に君の存在そのものだ」

「あーもう分かった分かった。で、才人だけど」

 

 どっか行っちゃった。そう言いながらやれやれと頭を振るルイズを見て、ワルドは少しだけ怪訝な表情を浮かべた。自身の使い魔がいなくなったというのに、彼女はそれほど心配する素振りが見られなかったからだ。

 これがそこまで思い入れがないからならばまだ話は分かる。が、ルイズは才人にある程度の好意を持って接していたはずだ。あくまで使い魔として、弟子として、友人としての範疇を出ないものであったが、それでもいきなりいなくなったにも拘らず平然としているのはいささか不自然に思えてしまう。

 

「愛想を尽かした、というわけではなさそうだね」

「ま、ね。流石はわたしの婚約者様ってところかしら?」

「その評価は嬉しいが、過度な世辞はよしてくれ。そのくらい、君とある程度仲が良ければすぐ分かるさ」

「そうでもないけど、ね」

 

 クスクスと笑いながら、ルイズはワルドへと向き直った。そしてその表情のまま、彼の額をちょんと突く。貴方のせいだからね、そんなことを言いながら、彼女はその笑みを一層強くさせた。

 

「修業するんですって」

「修業?」

「そう。わたしに頼らない強さを身に付けて、貴方に一泡吹かすんだって。結構落ち込んでたんだけど、開き直ったのかしら」

 

 その時の会話を思い出したのか、ルイズは視線を空に向けると目を瞑る。やけに真剣な表情を見せていて、ああこいつもちゃんと男なんだとほんの少しだけ見直したものだ。

 そんな彼女の横顔を見て苦い表情を浮かべたワルドは、しかしすぐに微笑を浮かべると肩を竦めた。あの馬鹿は、ルイズとは比べ物にならないくらい単純だな。そんな感想を抱きつつ、彼は彼女と同じように空を見上げる。

 その評価は、丁度ノワール達が才人に出した評価とは真逆で。

 

「それで、あいつはいつ帰ってくるのかな?」

「これで分からないって言ったら、笑う?」

「それはもう。あの使い魔の考えなさを盛大にね」

「そ。じゃあ、残念だけど」

 

 明後日、屋敷で決着を付けるんですって。そうワルドに伝えると、ルイズは彼から離れ秘密基地から自分が持ち込んだ荷物の片付けを始めた。そろそろここを出発しようと言う腹積もりらしい。それに気付いたワルドが手伝おうと足を踏み出し、大丈夫だと制された。

 元々それほどの量ではなかったそれを纏めると、ルイズはワルドに向き直る。まだ今日一日は時間がある。そして才人はこの場にいない。

 

「そんなわけだから、子供みたいな探検に付き合ってくれる人を募集してるんだけど」

「喜んで。久しぶりに、小さなルイズと散歩と洒落込もうじゃないか」

「仕事はいいの?」

「休暇中さ」

 

 そう言いながら、ワルドはルイズの手をとった。

 

 

 

 

「勢いで飛び出したけど」

 

 自分だけの強さってどうすればいいのか。才人がまずぶつかったのはそれであった。一人で何か修業をすればそれでいいのかといえば勿論そんなことはなく、むしろそんな付け焼き刃は簡単にへし折られてしまうのがオチだ。ならば別に師となる人物を探せばいいということになるわけだが。

 元々ほぼ全てをルイズに頼っていたのが原因ともいえるので、そういう意味では自身で選び自身で学ぶのは自分だけの強さと言えないこともない。が、その場合重要な問題が一つあるわけで。

 

「ルイズと同等かそれ以上の強さの人を探さないと」

 

 自分で模索するのと匹敵するかそれ以上の難問であった。否、その答えに該当する者は彼の中で候補がいくつかあるにはあるが、果たしてそれでいいのかという不安が同時に存在しているのが現状である。

 とはいえあれこれ考えていても仕方がない。それ以外の選択肢がないのならばそれを選ばざるを得ないのだ。

 ワルドとの勝負からすぐに行動に移し、そしてその結論に達した才人は夜の道を馬で駆けた。この乗馬技術もルイズとの生活の賜だ。が、あの時ならいざしらずここでそれを頭に浮かべることなどない。無心で馬を走らせると、夜も更けた頃見覚えのある屋敷近くの宿場町に辿り着いた。

 

「流石に夜中に公爵様の屋敷に行っても門前払いだしなぁ」

 

 適当な場所でまだ開いてそうな宿を取る。夜が明けるまでの体力回復に一眠りすると、彼はすぐさまそこを飛び出し再度馬を走らせた。

 ルイズがワルドに彼の現状を語っていた丁度その頃、才人は城もかくやというヴァリエールの屋敷に辿り着く。門番に話をしようと跳ね橋に近付くと、一匹のフクロウが彼の傍へと飛んできた。

 これはこれはルイズお嬢様の使い魔さん。そう流暢に喋ったフクロウは、一体一人で何用だと彼に問う。それに別段悩むこと無く全てを語った才人は、そんなわけなんで入れてくれとフクロウに述べた。

 ふむ、とフクロウは少し悩んだ素振りを見せる。何やら誰かと連絡を取るように虚空に視線を向けると、分かりましたと頷き跳ね橋を下ろすよう指示をした。

 ドスンと下りたその橋へと飛びながら、ではこちらへと彼を案内する。

 

「へ? どういうこと?」

 

 修業をするのでしょう? そんなことを言いながら、フクロウは屋敷の中ではなくここのところ訓練で使用していた練兵場の一角へと飛んでいった。

 そこに立っていたのは、見覚えのある人々の姿。ピンクブロンドの女性が二人、金髪の女性と少しだけくすんだ金髪の男性が一人ずつ、そして黒髪のメイドが三人。

 ヴァリエールの人々と、その関係が深いメイド。ぶっちゃけてしまえば公爵一家とシエスタであった。

 

「聞いたわよ使い魔の貴方。ワルド子爵にやられたんですって?」

 

 エレオノールが若干呆れたようにそんなことを述べる。まあ当たり前だろうというニュアンスを含みつつ、しかしそこにあまり嫌味は感じられなかった。

 隣でニコニコとその為の修業ですよね、と笑っているカトレア共々、その雰囲気には姉らしさを感じさせる何かがあるように思える。

 一方、公爵は面白く無さそうな顔で彼を見ていた。少しは認めてやったのにそれか、そう言わんばかりの表情は、才人にとってははっきり罵倒されるよりも堪えた。

 そして最後の一人は。

 

「ふむ。すこし手緩かったようですね」

 

 何かを考えるように腕組みをしていた後にそんなことを呟き、よし、と視線をカトレアと公爵に向けた。それで大体言いたいことを察した二人は暫し目を瞬かせ、カリーヌを見やる。そして、哀れな生贄に視線を向けた。

 

「あの、カトレアさん、公爵様。何でそんなこれから出荷される牛を見るような」

「使い魔サイト」

「は、はい!」

 

 カリーヌが才人の名を呼ぶ。それだけで空気が変わったように感じたのは気のせいではあるまい。姿勢を正した彼を見ながら、彼女はゆっくりと杖を取り出し構える。

 それに合わせるように、エレオノール、ダルシニとアミアス、そしてシエスタが観客席へと移動していった。

 無論、カトレアと公爵は残ったままである。それどころか、カトレアは拳をぶらぶらとさせながら半身に構え、公爵は杖を振りながら切っ先を才人に向けている。

 ここまできてこれから何をやるか分からないほど才人は鈍くない。さっきから命の警鐘が鳴り続けているのを無視するほど考え無しではないのだ。

 だが、それでも。それでも聞いておかなければならないことがある。一応ハッキリとさせておかなくてはならないことがある。

 

「あの、これから、何をするんでしょうか?」

「修業に決まっているでしょう」

 

 そりゃそうだ、と才人は頷く。頷き、そうじゃなくて、とカリーヌに精一杯の反抗をした。その修業の内容を聞いているんです。絞り出すようにそう述べた彼を見て、カリーヌはやれやれと肩を竦める。分かり切っていることを聞くんじゃない。その目はこれ以上ないほどそう述べていた。

 

「わたしとピエール、そしてカトレア。三人同時に稽古をつけてあげます。光栄に思いなさい」

「わーいうれしいなー! あーもうやっぱりかよ!」

 

 こうなりゃ自棄だ。そんなことを叫びつつ、しかしこれならこれ以上ないほど修業になる。そんな二つの思いを抱きながら、才人は決して勝てるはずもない戦いに自ら身を躍らせた。

 

「……子爵と戦う前に駄目になりませんかあれ?」

「まあ、カリーヌさん達も手加減してるし」

「そうそう。ちゃんとあの少年のことを考えてくれているわよ、きっと」

「……だと、いいわね」

 

 長年の付き合いの相手からの楽観的な言葉と、実の娘の重い言葉。果たしてどちらを信じたものやらとシエスタは思った。が、まあなるようにしかならないとすぐに頭から追い出した。

 目の前では盛大に才人が吹き飛ばされていた。




才人はこの先生きのこれるのか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。