ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

57 / 185
思った以上に進まない。


その3

「キュルケ」

「……何?」

「わたしと貴女は親友」

「ええ。そうねぇ」

 

 でもね、とキュルケは続ける。彼女の背後に見える連中を眺めながら、目の死んでいる親友を眺めながら、彼女は述べる。

 親友とは、何か遭った時に道連れにする第一候補じゃないのよ。

 

「分かってる」

「じゃあ、あの後ろのは?」

「一緒に酷い目に遭おう? キュルケ」

「分かってないじゃない!」

 

 がぁ、と叫んだキュルケは何だ何だと注目が集まっているのを手で追い払った。見世物じゃない、と睨み付けると、蜘蛛の子を散らしたように野次馬の生徒は逃げていく。

 無論、野次馬なんかじゃない連中はその場に留まった。

 

「で、タバサ」

「何?」

 

 改めて聞くわ、とキュルケは視線をタバサからその背後に向ける。物珍しそうに辺りを見渡している見覚えのない少女と、見覚えのある二人。その内片方を見る限り、どう考えても碌な事にならないのは分かり切っているのだが、タバサのリアクションの時点で確定もしているのだが、それでも。

 彼女は一応尋ねた。あれは一体なんなのだ、と。どんな答えが返ってくるのか分かり切っているのだが、それでも尋ねた。

 

「学院見学」

「……え?」

「学院見学」

「いや、二回言わなくても聞こえているわぁ」

 

 あれ、とキュルケは首を傾げた。思った以上に普通の理由だったことに拍子抜けしたのだ。が、いかんいかんと首を振り気を取り直す。学院見学という目的であろうが何だろうが、そこから如何にして酷いことに持っていくか思考を巡らしているような相手なのだ。そこで安心するとあっというまにバクリといかれてしまう。

 

「よし、あたしゲルマニア人だから三国同盟にはノータッチ」

「逃すか」

「ちょ、やめなさいタバサ! いつからあなたこんなに強引になったのよ!」

 

 ガシリとキュルケの腕を掴む。どうあっても離さないとばかりに握り締められたそれは、キュルケが諦めない限り解かれそうもない。かといって我慢比べをすれば逃げ出す前に巻き込まれるのは必至。結局どう足掻いても好転しないことを悟った彼女は盛大に溜息を一つ吐き、分かったわよ、と疲れたように呟いた。

 その言葉でタバサの拘束は緩むが、だからといってその隙に逃げ出すような真似はしないのは、彼女のせめてもの抵抗であろうか。親友だから、という言葉に嘘を吐かないための。

 

「もう、痣になったらどうするのよぉ」

「……ごめんなさい」

「はいはい。しょうがないわねぇ」

 

 しゅん、と項垂れるタバサを撫でながら、で、自分はどうすればいいのかと彼女に問うた。まあ一緒に酷い目に遭おうと抜かすからには生贄二号として何かしらの行動を求められるのは間違いない。そんな覚悟をしつつ、キュルケは彼女の言葉を待つ。

 

「彼女の、余計な一言を警戒して欲しい」

「彼女?」

 

 あれ、とタバサが指差したのはティファニアと仲良く喋っているルクシャナ。帽子を被り耳の辺りを見えなくしている二人の姿を見て、キュルケはああ成程と頷いた。

 とりあえずあの帽子を何者かに取らせないのが最優先だな。そんなことを考えつつ、キュルケは二人に声を掛ける。ティファニアはすぐに顔を輝かせペコリと頭を下げたが、ルクシャナの方は少し何かを考え込むように彼女の顔を眺め、そして思い出したようにポンと手を叩いた。

 

「あ、エレーヌの友達っていう蛮人の、キョロケ?」

「キュルケよ。キュ・ル・ケ」

「あ、そうそうそれそれ。やっぱり蛮人の名前って覚えにくいわね。そう思わないテファ?」

「え? いや、わたしは別に、かな?」

「そうなの? やっぱり普段からこっちで過ごしてると違うのかしらね、同じエ――」

「わぁぁぁぁ!」

 

 さっきから余計な一言どころか二言以上続いているのだけれど。そんなことを思っていたキュルケは特大の爆弾を落とそうとしていたルクシャナを思い切り遮った。ゼーゼーと肩で息をしながらタバサを見ると、彼女の口を塞ぎつつアイコンタクトを行ってくる。付き合いの長い親友同士だから出来るそれは、短い一言であった。

 ごめん。

 

「……いや、もうタバサが限界だってのは充分わかったわぁ」

 

 確かにこれは一緒に誰かを生贄にしたくもなる。そのことを短いやりとりで思い知ったキュルケは、仕方ないと肩を竦め残る一人の爆弾に目を向けた。さて、この状況で一体彼女は何を考えているのか。分かったら苦労はしていないが、それでも何かしら察する為にアンリエッタの表情を窺う。

 

「平和ですわね」

 

 脳みそ腐ってんじゃないのかこの姫さま。思わずそれを言葉に出しかけ、慌てて口を噤んだ。ルイズ相手なら、あるいはそれを述べるのがルイズならば何の問題もなかったであろうが、生憎相手はアンリエッタであるし自分はキュルケ。そんなことを言おうものなら嬉々としてゲルマニアに嫌がらせをして一ヶ月もしない内にツェルプストーがトリステインの貧乏貴族の仲間入りだ。

 

「……タバサ」

「何?」

「ルイズ、まだ帰ってこないのかしら?」

「もうすぐ。だと、いいなぁ……」

 

 死んだ目をした二人の少女は、ここにいない悪友を思い出し心の中で可能な限りの罵倒を行った。

 

 

 

 

 予想に反して学院見学は割と滞り無く進んでいった。どうやら向こうもある程度対外の態度というものがあったらしく、ビダーシャルと共に当り障りのない会話で話を進めている。根底としてこちらと友好的というものがあるのだろうそれは、普段トリステインの住人が思っているエルフのイメージとは似ても似つかず、結果として正体がバレること無く今に至った。

 ふう、とキュルケは息を吐く。隣ではタバサが同じように安堵の溜息を漏らしていた。

 

「何とか、なったわねぇ」

「よかった」

 

 後は素直に帰ってくれれば万々歳。決して叶わないであろうそんな願いを胸に抱きつつ、さてではこれからどうするのかと二人は迷惑集団に問い掛けた。ビダーシャルとウェールズは一度王宮に戻ることを提案し、流石はこの中で貴重な常識人だけはあると株を上げていたが、しかし。

 

「泊まりましょう」

「あ、いいわねそれ」

「やったぁ、お泊り!」

 

 肝心の三人がこれである。二人の影響を受けて世間ずれしていた部分が常識放り投げに変わりつつあるティファニアを満足そうに見るアンリエッタのその眼差しは、まるで妹の成長を喜ぶ姉の如く。

 もう一人の身内、立ち位置的には兄であるウェールズの胃がキリキリと痛んでいるのは気にしない方向らしい。

 

「それで、二人はどうされるのかしらぁ?」

「ここで帰るという選択は取れぬ。……私としても、あれを異国で放り出すわけにはいかん」

「僕もミスタ・ビダーシャルと同意見さ。ここでアンリエッタを置いて帰ると、多分僕に悪影響が出る」

 

 やれやれ、と溜息を吐きながらそう述べた二人に同情しつつ、では部屋の用意でも頼むかと二人は視線を巡らせた。夏休みとはいえ、ここ学院では寮暮らしの貴族は多数いる。その世話係のメイドの一人や二人、探せば簡単に見付かるのだ。

 一番手っ取り早いのはシエスタなのだが、生憎とルイズに付いていっているので他のメイドに話を通す。来賓用の部屋の用意をと慌ただしくなるのを見ながら、とりあえずこれで今日の仕事は終わりかなとキュルケは伸びをした。お風呂で汗を流して今日はもうゆっくり寝たい。思考が段々とそんな方向へと傾いていく。

 そんな彼女の視界に奇妙な人影が映ったのはそんな時だ。フリルのたっぷりついた黒いドレスに身を包んだ一人の少女。学院で見たこともないその服装をした少女は、キョロキョロと何かを探すように周囲を見渡すと、はぁ、と溜息を吐いて歩みを進めた。その姿が段々と大きくなっていくことから、こちらに向かってきているのが分かる。

 そのままキュルケの目前まで歩いてきた少女は、目があった彼女を見て少し考える素振りを見せた後に薄く微笑んだ。

 

「こんにちは」

「ええ、こんにちは」

 

 同じように微笑と挨拶を返す。確かに服装は奇妙だが、あくまでこの場ではというだけであり、何かの用事でここを訪れたのならば何ら不思議ではない。そう判断し、ここは波風を立てないようにしようとキュルケは考えたのだ。

 少女はそこで一言二言言葉を交わし、少し聞きたいことがあるとキュルケに述べた。先程キョロキョロとしていた通り、どうやら探しものらしい。

 

「変人を見ませんでした?」

「……は?」

「一番の特徴がそれですの。こう、いかにも変人、って感じの」

 

 そんなこと言われても、とキュルケは背後でワイワイ騒いでいるアンリエッタとルクシャナ、ついでにティファニアとおまけにタバサも見る。いかにも変人という特徴を持つ連中ならここに腐るほどいるのだ。それだけでは全く分からない。

 

「ごめんなさい、分からないわぁ。他に何かないかしら?」

「他? そうね……何ていうか、こう、アホ面で、無駄に身体能力が高くて、単純馬鹿な男」

「……あたしの知り合いに該当者が一人いるわ」

「ホント!? わたしの兄さまのこと知ってるの?」

「兄さん!? え? あなた彼の妹なのぉ!?」

 

 キュルケが驚いたように声を上げる。対する少女もその反応を見て驚いたように目を見開いた。そして、少しだけ考え込むとひょっとして、と呟く。

 ごめんなさい、どうやら人違いのようだわ。そういうと、少女はペコリとキュルケに頭を下げた。

 

「人違い?」

「ええ。わたしと兄さんは一緒に行動することが多いの。だから兄妹だって知らないのならば人違いの可能性が高いわ」

「成程。そっか……。ぬか喜びさせてしまったみたいで、ごめんなさいねぇ」

「気にしないで。元はといえば、ドゥドゥー兄さまが待ち合わせ場所を忘れて一人フラフラとどこか行っちゃうのが悪いんですもの」

 

 まったく、と少女はドゥドゥーと呼んだ自身の兄に文句を言いながら踵を返す。それでは、と手を振ると、彼女は人探しを再開するため歩いていった。

 変なの、とキュルケは呟く。学院で一体何故あんな二人が待ち合わせをしていたのだろうか。そうも考えたが、しかしよくよく考えると背後に変人筆頭が闊歩している以上何も不思議はないかもしれない。そう思い直し、一人何かを納得するように頷いた。

 

「キュルケ」

「あらタバサ、どうしたの?」

「最近思考がルイズ寄りになってる」

「誰が?」

「キュルケ」

「……タバサも似たようなものよ」

「心外」

「こっちのセリフよぉ!」

 

 全くの余談であるが、ピンクブロンドの少女が使い魔の目の前で盛大にくしゃみをして少年は彼女の唾まみれになったとかなっていないとか。

 そんなことは、二人には与り知らぬことである。

 

 

 

 

 

 

 まったく、と少女は呟く。せっかくの仕事なのに、こんなことで余計な時間を使いたくなどないのに。そんなことを思いつつ、いい加減見付かれと毒吐いた。

 

「あ」

 

 そんな彼女の毒が天に通じたのか、見覚えのある後ろ姿が視界に映る。今度こそ間違いない、と少女はそこに駆け寄ると、兄さま、と叫んだ。

 ん? とその人影は振り返る。後ろ姿で判断したら人違いでした、という残念な結果は待っていなかったようで、男は少女を見ると表情を輝かせた。やっと見付けた、と手を広げ彼女の方へと駆けていく。

 

「どこほっつき歩いていたのかしらドゥドゥー兄さま?」

「何を言う。ぼくはここで調査をしていたのさ」

「待ち合わせ場所を忘れたまま?」

「ちゃんと思い出したさ。これから向かおうと思っていた」

 

 ちなみにとっくに待ち合わせの時刻は過ぎている。自信満々でズレたことを述べるドゥドゥーを見ながら、少女はやれやれと溜息を吐いた。こんなことならばジャック兄さまを連れてくるんだった。そんなことを言いつつ、まあいいやと彼の隣に立つ。

 

「それで、調査の結果はどうだったの?」

「ん? ああ、聞いて驚け。あの宝物庫、どうやら一度ぶっ壊されているらしいんだ。それも最近」

「あら、それはそれは」

 

 随分と局地的な災害があったのね。自身の髪を弄びつつ、少女はやる気のない様子で彼の言葉に返事をする。それに気付かないのか、ドゥドゥーはそうなんだよジャネット、と楽しそうに捲し立てた。

 

「現在再建中で、建物自体は出来ていても固定化がまだ不十分らしい。今なら簡単に中のお宝を探すことが出来る」

「……ふぅん」

 

 ジャネットはつまらなそうにそう返す。それにドゥドゥーも気付いたのか、どうしたんだと彼女に問うた。その言葉を聞き、ジャネットはだって、と顎に手を当てる。

 

「兄さまがそうやって何かを発見する時って、大抵余計な厄介事がオマケでついてくるのだもの」

「……失敬な。今回はぼくの綿密な調査で判明した功績だぞ」

「だからそれが信用出来ないって言ってるの。あ、違うわ。余計な問題が起こるって信用してるの」

 

 なんだよそれ、とドゥドゥーは肩を落とす。ホントのことでしょ、とジャネットにとどめを刺され、彼は地面に座り込むと持っていた杖でガリガリと落書きをし始めた。ついでに物悲しげな口笛を吹く始末である。

 そんな彼を鬱陶しいと一言で切って捨てたジャネットは、まあどうでもいいからとっとと仕事を始めるぞと兄を小突く。頭を押さえつつ、分かった分かったとドゥドゥーも立ち上がった。

 

「じゃあ、我が依頼主ジョゼット嬢のために、一肌脱ぎますか」

「心にもないことを」

「失敬な。これでもぼくは彼女を気に入ってるんだ。上へ上へと進むあの向上心は素晴らしい」

「はいはい。分かったから、さっさと仕事を済ませましょう」

 

 あの建物の中にある、『始祖の祈祷書』を奪い取りに。そう言うと、ジャネットはペロリと自身の唇を舌で湿らした。




北花壇騎士は原則お互いを知らないって言ってたから大丈夫と押し切る。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。