キュルケとタバサは、上空で対峙している相手を睨んだ。対するその相手は笑みを消さずに、飄々とした態度で杖を弄んでいる。
「何のつもりかしら?」
「何のつもり、とは?」
キュルケの言葉に相手、ドゥドゥーは惚けたように返す。それが何となく癪に障り、彼女は少しだけ声を荒らげた。
何故攻撃を仕掛けてこない。杖を突き付けながら叫んだキュルケに対し、ドゥドゥーはなんだそんなことかと肩を竦めた。そして、目的はそっちと同じだからと笑みを返す。
「同じ?」
「そうさ小柄なお嬢さん。ぼくの目的は足止め。君達の目的は殿。ほら、ぴったりと合致するじゃないか」
このままここでのんびりしているだけで仕事が達成出来る。そう言いながら帽子を取り頭を掻いたドゥドゥーは、そういうわけだからもう少し付き合ってもらおうかなとそれを被り直した。
無言でキュルケは溜めておいた呪文を放つ。おっと、とそれを躱した彼は、物騒だなと苦笑した。
「物騒で結構。あたしはあなたを倒してさっさと殿下の助っ人に行くことにしたわ」
「ほう。そっちのお嬢さんも同じかな?」
「まあ、そんなところ」
「そうか。それでは仕方ない」
言葉とは裏腹に嬉しそうに杖を構えたドゥドゥーは、呪文を唱えそれを巨大な剣に変えると上段に構えた。ペロリ、と舌を出すと、それじゃあ遠慮なくとそれを振り下ろす。
「シルフィード、避けて!」
「言われなくても避けるのね! ってかこれ一番命の危険あるのシルフィじゃない! ぎゃー、死ぬー! 竜殺しー!」
シルフィードの眼前を刃が通る。それを見て顔を青ざめさせた彼女は、これでもかと言わんばかりに自身の主に文句を述べた。自分が今どういう状況だとか、そういうのをお構いなしに声を張り上げた。
そんな一人と一匹を横目で見つつ、キュルケは呪文を唱え放つ。火球は多数の弾幕となってドゥドゥーへと襲い掛かったが、彼は乗っている飛竜を操りそれらを回避した。熟練の竜騎士もかくやという動きに、思わず彼女の顔が渋いものになる。
そんなキュルケの顔を見て、彼は笑う。どうやら随分と評価されているようだ。そんなことを言いながら肩を震わせてゲラゲラと笑った。
「ふざけないで」
「大真面目だよお嬢さん。それにね、ふざけるなというのならばそっちもそうさ」
「何を言って」
「大分消耗しているだろう? あの呪文のせいで」
ぐ、とキュルケはたじろいだ。確かにぶっつけ本番の実験的ヘクサゴン・スペルは多大なる精神力を消耗してしまった。その辺の有象無象ならばそれでも余裕ではあるが、生憎目の前のメイジを相手にするには少々心許ない。ふざけている、とドゥドゥーが評したのは、その状態で自分を倒し向こうの助っ人に向かうと宣言したことだろう。
「悪いことは言わない。今回は大人しくしていなよ。ぼくも君のような相手とはしがらみなく全力で戦う方が嬉しいからね」
「冗談! あたしに大人しくしていろなんて、口説き文句としては最低よぉ!」
炎の鞭を作りだす。それを数本纏めて射出し、向こうの回避ルートを遮った。おお、とドゥドゥーが声を上げるのを気にせず、彼女は再度呪文を唱え、威力を込めた火球を数個周囲に停滞させる。
直撃させる、とキュルケは杖を振り、それを目の前のスカした顔へと叩き込んだ。
「燃えろぉ!」
爆炎が、空中で巻き起こった。
後方で起きる再度の大爆発。それに思わず振り返った才人は、しかしワルドの言葉ですぐに視線を前に戻した。
「チッ、分かってるよ」
「そうか。なら集中しろ。恐らく、次が来るぞ」
ワルドの言葉とほぼ同時、こちらに向かって駆けてくる馬が二頭、見えた。双方共に外套で姿を分からなくさせているが、片方は小柄で女性らしきシルエット、もう片方は一目で分かるほど筋骨隆々とした様相を見せていた。
大柄な方が杖を振る。地面の土が盛り上がり、低空飛行を行っているグリフォンを捕まえんと手の形に変化した。無論ワルドがあっさりとそれを斬り裂き砕く。向こうとの距離はどんどん縮まっていく。
「おいおい、少しは余裕を持ったらどうだ?」
その最中、大柄の声が響いた。予想通りというべきか、野太い男の声。フードを取り払うと、凡そメイジとは思えないような風貌が顕になる。それに合わせるようにもう片方も馬を止め、そこに突っ込むのは下策と判断したワルドもグリフォンを止める。双方少しだけ距離を離し、湖の直前で対峙した。
「貴様も、姫殿下の誘拐犯の一味か?」
「誘拐? ああ、確かにそれに加担はしているが、少し違う。おれ達はお嬢の頼みで奴らに協力してやっているのさ」
相場より少々安めでな。そう言いながらクククと笑った男は、まあそういうわけだと杖を掲げた。それを戦闘の合図だと判断したワルドと才人は自身の得物に手を掛け、男にだから待てと言われ怪訝な顔を浮かべる。
「おれはこういう時、依頼の内容と依頼金を相手に教えることにしているのさ。そうすれば、少しは気が晴れるかもしれんとな」
「んなわけねぇだろ」
「はははっ、まあそういうな。自己満足だ」
そう言うと男は杖の切っ先をウェールズに向けた。自分の仕事は、ここにやってきた相手がとある人物だった場合の始末だ。真っ直ぐに彼を見ながらそう続けた。
「ウェールズ・テューダー。アルビオンの皇太子殿の首を持ってこいと、依頼者は言うんでな」
「させるとでも?」
「駄目か?」
「当たり前だ筋肉ダルマ」
グリフォンから飛び降りた才人は日本刀を抜き放ち構える。同じくグリフォンから地面に着地したワルドも剣杖を構え帽子の位置を直した。
そして、両方共に残っているウェールズに向かいこう述べる。ここは任せて先に行け、と。
「しかし!」
「姫は王子が助けるって相場が決まってんだから、行ってくれ。姫さまも、きっとウェールズ王子を待ってる」
「サイト君……」
「私もそこのと同じ意見です。姫殿下は他の誰よりも貴方を待っているはずです。そして殿下、無礼ながら一言。――他の何を差し置いてでも、愛する女は、自分で守れ!」
「ワルド子爵……!」
才人の言葉と、ワルドの一喝。それを聞いたウェールズの表情が変わった。真っ直ぐに、男達の更に先を見据え。
ありがとう。そう言うと、グリフォンを一気に上昇させ二人の頭上を追い越した。
「おい待て、ターゲットが逃げたら意味ないだろう」
ち、と杖を振ろうとした男は、しかし飛び込んでくる二つの影により呪文を遮られた。才人とワルド、それぞれの武器を男に向かって振り下ろしていた。
「足を引っ張るなよ使い魔」
「は! 誰にもの言ってんだ髭面!」
日本刀を振るう。それを飛んで躱した相手に向かい、ワルドが風の呪文を放った。自身の跳躍とは違う力で空を舞う男は、そのままドスンと落下する。普通ならば衝撃でダメージを受けているはずのそれは、しかし何事もなかったかのように立ち上がったことで二人の警戒を膨らませた。
「おいおい。おれはドゥドゥーやジャネットと違ってお前等と戦ってもしょうがないんだがな」
どうしたものか、と頭を掻く男に向かい、才人は知るかと踏み込んだ。真一文字に振るった日本刀の一撃を、しかし男は腕を鋼鉄に変えることで受け止めた。な、と目を見開く才人に拳を振るい距離を取ると、さてどうするかと再度悩む。
そこで背後にいたもう一人が動いた。ならばあいつはこちらが貰う。そう男に述べると、小柄なもう一人は一直線に才人へと向かう。
「んなっ!?」
振るわれたナイフを刀で受け止め、追撃の蹴りを体を反らすことで躱す。予想通りその足はブーツを身に付けニーハイソックスを履いた女性のもので、そしてどうやらスカートらしいということが分かった。何故か、と才人に聞くのは野暮であろう。
「黒のレース……」
「相変わらずの変態だな」
その呟きに反応したのはその女性。スタリと着地すると、纏っていた外套に手を掛け、そしてそれを一気に取り払う。
出てきたのはやはり女性。否、どちらかと言えば少女と呼んでも差し支えない年齢のメイドであった。木漏れ日に反射するようにキラキラと煌く髪は美しく、どこぞの令嬢と言われても成程と頷くほどで。
だが、才人にはとんと見覚えがない。少なくとも相変わらずなどと言われるほど、変態と罵倒されるほど、そんな繋がりがあるようには思えなかった。
「誰だ?」
「……忘れたのか? この私を、甘い言葉で騙し、散々弄んだ挙句捨てたくせに!」
「はぁ!?」
ちょっと待てどういうことだ。あまりの急展開に思考がついていかない才人は、思わず周囲を見渡してしまった。誰か説明を、そんなありえない希望を探してしまった。
メイド少女と共にいた男はなかなかやるな小僧と笑みを浮かべている。そしてワルドはゴミを見るような目で才人を一瞥した。
「少しでも信用しようとした俺が愚かだった」
「待て! ちょっと待て! いやホントマジで身に覚えないから!」
「まだしらばっくれるかサイト!」
「向こうは名前まで知っているぞ使い魔。もう言い逃れ出来ん。ほら、さっさと責任取って死ね」
「だーかーら!」
一気に緊張感が霧散した空間で、才人の虚しい叫びだけが木霊した。
はぁ、と呆れたようにワルドは肩を竦めた。が、その眼光は相変わらず目の前の男へと向いている。こんな下らないことで相手を逃がすことなど許されない。その目はそう物語っていた。
それが分かっているのか、男もやれやれと頭を振る。これは上手くいかないらしいな、そう呟くと、顎に手を当て何かを考え込むような仕草を取った。
「まあ、ダミアン兄さんもこの依頼は乗り気でなかったし、お嬢も適当に流せと言っていたしなぁ。ここまでやる気が削がれると、それでもいいかと思えてくるな」
「……まあ、こちらとしては願ったりだな」
「はっはっは。……とはいえ、じゃあ帰るとはいかないのでな」
そう言いながら男は杖をワルドに向ける。その意図を察したワルドも、同じように剣杖を構えた。
強大なメイジに阻まれた、ということにでもしてもらおうか。そう男が述べると、何ら間違っていないなとワルドは不敵に笑う。
「その口がハッタリではないと期待させてもらうぞ。『元素の兄弟』が一人、ジャック。行くぞ!」
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。『閃光』のワルド、参る!」
ジャックの鋼鉄の一撃と、ワルドの鋭利な一撃がぶつかり合う。凡そ響くことのない甲高い音が鳴り、そして双方距離を取った。
ならばこれだ、とジャックは石礫を投げ付ける。身体強化を施してあるのだろう、その体躯から放たれたそれは戦車砲もかくやという速度と威力を感じさせた。
「ふん。ルイズの数倍は柔い!」
杖に纏わせた『エア・ニードル』、それにより正確に石礫を砕いたワルドは、こちらの番だと一気に距離を詰める。迎撃に相手が生み出したゴーレムを容易く斬り伏せながら、懐に飛び込み杖を振るった。
うご、とジャックが呻く。相手の攻撃の当たった箇所を『硬化』させることで軽減したのだが、それでも尚体の芯にダメージが届いたのだ。成程これは言うだけのことはある、そう思いつつ大きく息を吸い、吐いた。
瞬間、ワルドの周囲の土が火薬に変わる。何、と目を見開き離脱しようとしたが、ジャックが着火する方がほんの少し早かった。
「ワルド!?」
自身の横で大爆発する伊達男を見やり、才人は思わず声を上げた。爆発の余波はこちらの髪を揺らすほどで、服もバタバタと揺れている。対峙しているメイドの少女のスカートも思い切り捲れ上がっていたので、彼はとりあえずそちらに向き直り下着をしっかりと目に焼き付けた。
もうもうと立ち上る爆煙は晴れない。中にいたワルドがどうなっているのかも分からない。普通に考えれば消し炭であろうことは間違いないが、しかし。
「様子を見にはいかないのか?」
メイド少女の言葉に、才人はまあなと返した。この程度で死ぬ男なら、恐らくこれまでルイズと一緒に生活している間に三回は死んでいるだろう。そう判断しての言葉である。
少女はそんな彼の言葉に少しだけ眉を動かすと、まあいいと再度睨んだ。そんなことよりも、今大事なのは目の前のこの男に復讐することなのだ。
「サイト……貴様は許さん」
「だから身に覚えがないっつってんだろ。大体、俺はお前の名前も知らねぇよ」
才人のその言葉に、少女はふんと鼻を鳴らした。ならばこれを見れば分かるか? そう言いながらどこからか一本のナイフを取り出し眼前に掲げた。どことなく古ぼけた装飾が施されたそれは、どこかで見たような感覚を彼に思い起こさせて。
「そのナイフ……お前、まさか!」
「やっと思い出したのか」
やれやれ、と少女は呆れたように溜息を吐く。そして瞬時に表情を変えると、再度彼を睨み付けた。理由は分かるな。その目がそう述べている。
「何だよ。地面に埋め込んだの根に持ってるのか?」
「当たり前だろう! お嬢様に発掘されるまで、暗い土の中で身動きも取れずに何ヶ月もあのままで……」
ああ、とそのことを思い出しているのか少女は切なげな表情で顔を覆う。そんな少女を見て、才人はその顔でそういうことされると俺が凄い悪者みたいなんだけどと頬を掻いた。
まあいいや。ぶんぶんと頭を振った才人は、刀を構えると少女に突き付ける。まあ要はリベンジマッチってことだろ。そう言いながら、真っ直ぐに少女の顔を見た。
「で、今度は誰の体を乗っ取ってんだ『地下水』」
「生憎、これはお嬢様が私専用に誂えてくれた人形でな、誰のものでもない」
クスリと笑うと、少女――否、少女の人形を操っている『地下水』は体を見せ付けるようにクルリと回った。その姿はどこか可愛らしく、作り物のようには見えない。
「人形? 人にしか見えねぇぞ」
「スキルニルを使っているから、当然だ」
才人へと近付き、ほら、と彼の手を掴むと自身の胸に押し当てた。むにゅり、とそれなりに大きく柔らかい感触が手の平に伝わり、才人の動きがピタリと止まる。
そんな彼の様子を見て、『地下水』はクスクスと笑う。あの時と全く同じ反応だ。そう言いながらゆっくりと距離を取った。
「さて、では――始めましょう」
「何でいきなり口調変えてんだよ」
「あまり乱暴な言葉遣いを続けているとお嬢様の機嫌が悪くなるので」
少しばかり溜飲が下がったのか。表情を涼しいものに変えた『地下水』は、ナイフを構えるとそこに精神力を込めた。同時に彼女の周囲に氷の矢が現れる。
一斉掃射されたそれは、才人を蜂の巣にせんと飛来するが、しかし。体をずらし、あるいは刀を振るい、彼は自身に当たるものはその全てを尽く躱してしまった。
「はっ! 生憎と、俺もあの時よりレベルアップしてるんだ。再生怪人には負けねぇよ!」
く、と『地下水』は眉を顰める。成程、と呟くと、ならばこれだと両手に氷で作ったナイフを何本も掴みとった。
それを投げると同時、彼女自身も一気に才人へ距離を詰める。飛来するナイフと突っ込んでくる『地下水』との同時攻撃をみた彼は、しかし嘗めるなと刀を握る手に力を込めた。
「……悔しいけれど、確かに予想の遥か上を行っていますね」
「へへっ、そうだろそうだろ」
ナイフを刀で受け止めた才人は自慢気にそう述べ笑う。そのまま、それでどうするんだと『地下水』に問うた。このまま続けるか、ここでやめるか。
そんな問いかけをされた彼女は、ふふ、と少し楽しそうに口角を上げた。
「終わらせたいのならば、本体を攻撃すればいいでしょう」
「本体、ってナイフをか? んなもん」
ん、とそこで才人は言葉を止めた。いま受け止めているナイフは『地下水』の本体ではないことに気付いたのだ。少女の体を押し返すと、彼は相手の上から下までを眺める。前回の反省を活かしたのか、どうやら本体は隠し持って戦うようにしたらしい。
そう結論付けた才人に向かい、『地下水』は微笑みかける。その通り、と笑い掛ける。
「では、どうします? この少女の人形を切り刻んで、私の本体を探しますか?」
「……服なりなんなりに隠してあるんなら、別にそんなことする必要ないだろ」
「つまり服を切り刻む、と……いやらしい」
「違ぇよ!」
なんか俺だけ別の意味で酷い目に遭ってないだろうか。そんなことを思いつつ、才人は天を仰ぎ境遇を嘆いた。
才人がコメディ担当に