ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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若干暗めな話になった上に普段より更に短くなってしまいましたよ……。


その3

「おかえりなさい、どうだったの?」

「何が?」

「あの娘と話したんでしょ? 何か分かった?」

「……え?」

 

 そんな話だったっけ、と才人はキュルケとタバサに視線を向ける。揃って肩を竦められたことで、どうやら自分は間違っていないと結論付けた彼は、聞いてないとルイズに言い放った。

 そうだったっけ、と首を傾げたルイズは、まあいいやと話を打ち切る。

 

「じゃあ、これからの予定を話すわ」

「これからって、外真っ暗だぞ。今日はもう寝るんじゃないのか?」

「……はぁ」

 

 使えないなこいつ、と言った表情でルイズに溜息を吐かれた才人の表情が引きつる。そんな彼など知ったことではないといった態度で、あのねサイト、と彼女は駄目な生徒に教えるように優しく声を掛けた。

 

「吸血鬼の主な活動時間は?」

「……よ、夜です」

「吸血鬼が村人を襲う時間帯は?」

「よ、夜、なんじゃないかな」

「吸血鬼を捕まえるために見回りするなら何時頃がいいと思う?」

「夜ですよね、はい……」

 

 すいませんでした、と机に激突する勢いで頭を下げる。分かればいいのよ、と頷くと、改めてこれからの予定を話そうと皆に視線を向けた。

 

「まず、今からわたし達が外に出た時点で村長の家は窓や扉に鍵をしてもらうわ。多分他の家も同様の状態でしょうから、夜が明けるまで建物の中には入れないと思ってちょうだい」

「徹夜は肌に悪いのよねぇ」

「暗いと本が読めない」

「……あれ? 緊張してんの俺だけ?」

 

 まあそりゃ慣れてるし、というルイズの言葉に成程と頷きつつ、これまでとは少し違うこの状態に才人は体をこわばらせた。精々一日で相手を全滅させられていたのとはわけが違うのだ。来る前にも三人は言っていたはずだ、自分は力不足だ、と。

 

「サイト、怖いの?」

「うぇ!? そ、そりゃぁ、まあ、なんていうか……今までがザコ戦だとすると、これはボス戦って感じだし」

「相変わらず言っていることがよく分からないわねぇ」

「不安だというのは、よく分かった」

 

 まあね、とキュルケは肩を竦める。

 ルイズはそんな才人をしばらく見詰めると、だったらここに残ってもいいわよと言葉を紡いだ。え、と呆けたような顔をする彼に向かい、だって怖いんでしょと続ける。

 才人は視線を横に向ける。キュルケもタバサも何も言わず、彼の返答を待っている。調子に乗ってついてきたのはいいが、怖気付いたのなら留守番していろという彼女の言葉に反論するでも同意するでもなく、沈黙を保っている。

 

「……って、何でだよ。行くに決まってんだろ」

 

 思わず机をバンと叩き、体を乗り出してそう宣言した。そもそも、こんなところで怖気付くくらいなら最初から同行を願ったりしない。真っ直ぐに三人を見てそう述べた才人を見て、ルイズは満足そうに微笑んだ。

 

「怖いんじゃなかったの?」

「平凡な高校生の俺にとっちゃ、どの依頼でも怖いのは一緒だっての。今更だ」

「よろしい。じゃあ、ちゃんとついてきなさいよ」

 

 そう言ってルイズは立ち上がる。それに合わせクスクスと笑うキュルケが立ち上がり、やれやれと頭を振るタバサが立ち上がった。そして、任せろと最後に才人が立ち上がる。

 行くわよ、というルイズの声に、応、と三人は拳を握った。

 

 

 

 

 地球の日本の夜でも、田舎に行けば外灯もなく暗い夜道が続いていたりするが、ここはいってしまえばさらに田舎の寂れた村である。明かりなど殆ど無く、周囲を見渡しても碌に見えない。見回りをしているルイズ達四人も、キュルケの用意したランプの光が視界を広げる生命線であった。

 

「これ、吸血鬼が襲ってきたらマズいんじゃないのか?」

 

 才人の言葉に、そんなことないとルイズは答える。追い掛けるならともかく、迎え撃つならば絶対にこちらに来てくれるのだから。そう続けると、任せろと言わんばかりに胸を張った。

 

「でも、先住魔法で攻撃されたら、詰む」

「詠唱が聞こえればそこから位置を割り出せるわ」

「いやいやどんだけだよ」

「確かに」

「同意しちゃうの!?」

 

 反論した割にあっさりと意見を覆したタバサにツッコミを入れつつ、まあでもこの三人ならそれくらいやっても不思議ではないかと才人は思い直した。こちらに来て日が浅い彼でも分かるのだ。今この場にいる少女達がどれほど規格外なのかが。

 そんな雑談をしながら、緊張感のないように見える四人は村を練り歩く。暗闇に包まれた村は、事件で沈んでいる空気がより一層濃縮されているように感じられた。

 ふと、ルイズが足を止める。村の入口近くまで来ていたそこで、何かを探るように視線を動かした。どうしたんだ、と才人が尋ねると、何かを考え込むように口元に手を当てた。

 

「妙ね」

「……成程。確かにおかしいわね」

 

 ルイズの言葉にキュルケも反応し、杖を取り出すと指先でクルクルと回し始める。タバサは既に臨戦態勢に入っており、杖を構えて闇を睨んでいた。

 一人、状況が飲み込めない才人は、しかし皆の空気を察して剣を抜いた。まだまだだな小僧、というルイズの背中から聞こえてくる声に、うっせぇ、と返す。

 現れたのは、外套を纏った人影であった。その数九。すっぽりと覆われた外套のおかげでどんな顔をしているのかが全く分からないが、しかし、その体格は一人を除きどれもが華奢で、その中でもかなりの小柄な姿が見える。

 誰だ、とルイズが人影に問うた。だが人影は全く反応せず、ゆっくりとこちらと距離を詰めてくる。

 

「さっき妙だって言ったのはこいつらのことか?」

 

 才人がその集団を睨みながらそう述べ、ルイズはそうだと頷いた。この時間帯に外に出る村人はいないはずなのに、こんな人数が出歩いている。どう考えてもおかしい、と判断したのだ。

 だが、しかし。これが討伐対象の吸血鬼だとするならば、明らかに数が多過ぎる。九人、『屍人鬼』を合わせても四人以上の吸血鬼が村に潜んでいたのだとしたら、とっくにここは全滅しているはずだ。

 だとすれば、とルイズはその集団を睨む。この集団は吸血鬼ではない別の何かだということになる。そう結論付け、とりあえずぶっ飛ばそうと剣に手を掛けた。

 

「キュルケ、タバサ、後サイト。怪我、するんじゃないわよ」

「誰に言ってるのよ」

「大丈夫」

「お、おう」

 

 その言葉と共に、向こうが動き出す前に四人は駆けた。先手必勝、とルイズは外套の一人へと斬り掛かる。殺すつもりはない、まずは相手の正体を探る必要があるからだ。何より、まだ相手が敵と決まったわけではない。

 それは他の三人も同様なのか、こちらから攻めた割には牽制程度に留めていた。

 

「……って、え? 女の子?」

 

 切り裂いたフードから覗いた顔は、若い女性。目の前で白刃が煌めいているにも拘らず顔色一つ変えずに、ゆっくりと腰に提げていた銃を抜き放った。

 

「ルイズっ!?」

「アンタは自分の身を心配してなさい!」

 

 銃声が響く。至近距離でルイズの頭蓋を撃ち抜かんと放たれたそれは、しかし目的を果たすことはなかった。射線上にデルフリンガーを滑らし、銃弾を真っ二つに切り裂いたのだ。

 そんな離れ業を見ても、目の間の少女は全く表情を動かさない。もう片方にある銃を取り出して再び同じようにルイズの額に狙いを定めた。

 

「銃は連射出来ないから二丁……考えたみたいだけど」

 

 その引き金が引かれる前に、彼女は銃を切り払う。暴発した銃は少女の手の中で破裂し、衝撃でその体は吹き飛ばされた。ごろりと地面に横たわるのを見て、ルイズは他の三人へと目を向ける。

 

「火遊びは、もっと違うものをお勧めするわ」

 

 キュルケも同じように外套から出てきたのが少女であることに目を見開いたが、その腰に提げている銃を見たことですぐに表情を戻した。杖を振り、相手がそれを抜き放つ前に燃やしてしまう。なるべく相手に火傷をさせないよう考慮した呪文であったが、それでも食らった相手は熱い。

 だというのに、そんな素振りも見せない少女を見たキュルケは怪訝な表情を浮かべた。

 

「ちょっとルイズ……は駄目だからタバサ」

「どういう意味よ」

「あなたの考察は基本力押しだもの」

 

 ぐぬぬ、と押し黙るルイズを尻目に、キュルケはタバサに尋ねる。こいつらは一体何なのだ、と。

 

「……少なくとも、吸血鬼や屍人鬼じゃない」

 

 やはり外套から現れたその顔は年若い少女。放たれた銃弾を風で逸らし、相手を風魔法で吹き飛ばしたタバサは、その虚ろな目と青白い顔を見て僅かに眉を顰めた。

 吸血鬼に関係するものではない。そこまでは分かる。だが、そこから先が分からない。この村を襲っているのは実は吸血鬼ではない別の何かであったのか、それとも、これは依頼の吸血鬼とは別に現れた脅威なのか。

 そこまでを考察したところで、うわぁ、という才人の悲鳴が耳に届いた。弾かれたようにそちらに目を向けると、同じように外套を切り裂いた才人が相手と対峙している。虚ろな目で青白く生気のない顔というのは共通しているが、彼の相手は少女ではなかった。

 剣杖を持った一人のメイジ。それが才人の前で呪文を唱えていた。どうやら相手は火のトライアングルクラス。今現在の彼には少々荷が重い。

 

「ったく、勝てないと思ったら逃げなさい!」

「んなこと言ったって! このおっさん隙がないんだよ!」

 

 割り込んだルイズが飛来する火球を切り裂き、距離を取らせる意味を込めサイト蹴り飛ばす。鶏を絞めたような声を出しつつキュルケ達のところに転がってきた才人は、俺ってかっこ悪いと肩を落とした。

 

「エルザに合わせる顔がねぇじゃん……」

「あら、サイトったらあんな小さな娘を口説いちゃったの?」

「……うわ」

「違うから! ドン引きしないで! 怖がってたからパッと事件解決するって約束したんだよ!」

 

 俺ロリコンじゃないから、と必死でキュルケとタバサに説明する。その甲斐あって誤解は解けたものの、すぐにそんな場合じゃないと三人は思い直した。真面目にやれ、とルイズの怒号が飛んだのもある。

 倒れている少女が三人。ルイズの相手をしているメイジが一人。未だ外套を被ったままの相手が五人。集団の正体が分からないまま、一行は再び戦闘準備に入る。

 その時、タバサがメイジのマントに付いている紋章に気付いた。彼女の見間違いでないのならば、あれはガリアの花壇騎士のものである。

 

「……まさか」

「どうしたの? タバサ」

 

 キュルケの言葉に答えず、彼女は佇んでいる外套の人影に呪文を放った。フードが破れそれぞれを顔が顕わになり、そしてタバサの予想が間違っていないことを伝えてくれる。

 残りの五人も少女であった。その内の小柄な少女は他よりも幼く、十二歳ほどであろうと予測させ。

 

「犠牲者」

「え?」

「この九人は、吸血鬼事件の犠牲者」

「は?」

 

 どういうことだ、とキュルケと才人はタバサに問う。彼女の言っている意味がよく理解出来なかったのだ。

 す、とルイズの相手のメイジを指差す。あれがどうしたのか、という質問に、わたしたちの前任者、という答えを返す。

 

「前任者って、確か三日で吸血鬼にやられたっていう……」

「そう」

「いやおかしいだろ!? 死んだんじゃなかったのかよ! あれか? ゾンビだとでも――」

 

 言いかけて、才人は言葉を止めた。青白い顔で、生気のない虚ろな目。まるで人形のように立ち尽くし、倒れ伏すその体。ゲームに出てくる腐った死体とは趣が違うが、確かにこれもゾンビの条件に当てはまっていた。

 

「マジかよ」

 

 そういえば、と才人は思い出す。エルザは確か、こんなことを言ってなかったか。

 

――吸血鬼の仕業みたいなこの事件

 

 成程、と彼は納得がいったように頷いた。つまりこれは吸血鬼じゃない、そう見せ掛けた別の犯人の仕業だ。そういうことなのか。

 

「ん? 何でエルザがそんなこと知って――」

「あーもう! アンタ等口より手を動かせぇぇ!」

 

 前任者のゾンビを蹴り飛ばしたルイズが叫ぶ。手こずらせるな、とぼやいているが、彼女の身には傷一つない。向こうが生きる屍となっていることもあるのだろうが、どうやら実力は圧倒的な差があるようだ。

 そんな彼女に向かい、こっちに来い、とタバサが手招く。何よ、と集まったルイズに、三人は先程の考察を話した。成程、と納得したように頷くと、視線を再びメイジのゾンビに向ける。

 

「……じゃあ、あれはもう死んでるのね」

 

 コクリ、と頷いたタバサにそう、と返すと、ルイズは烈風のごとく駆け抜けた。瞬時に相手の懐に飛び込むと、ごめんなさいミスタ、と呟く。

 

「疾っ!」

 

 一瞬の斬撃。それにより、前任者の死体は杖を持つ腕と、その首を天高く飛ばした。ドサリ、と糸の切れた人形のように倒れるゾンビを見下ろし祈るように目を伏せると、残りの五人の少女を睨む。

 どうやら最初の三人を倒した時点で積極的に攻撃を行うことはしなくなっているようで、残った少女はゆっくりとルイズ達から距離を取り始めた。同時に、倒れた三人と、腕と首を切り落とされた前任者を回収するように担ぎ上げる。

 

「逃すか!」

「ちょっとサイト、深追いは駄目よ!」

 

 キュルケの制止を振り切って、才人は五人を追い掛けるように走った。何やってんのよ、というルイズの叫びが背中に届くが、これくらいは役に立たないとと彼は叫び返す。大丈夫、一番の脅威は倒されている、問題ない。そんなことを思いながら、彼はひたすら足を動かした。

 そのまま村を出て森へと入ろうとしていた五人だが、その内の一人が足を止め才人に向き直った。何も運んでいない為に追手を撃退する役になったらしい。

 

「……え?」

 

 十二歳の少女の死体は、青白い顔を真っ直ぐに向けて才人に迫る。その手には手斧が一振り。銃は反動が強すぎて扱えなかったのだろう。

 体全体を使い、それを振り被り、振り下ろす。危ない、とそれを躱した才人は、相手の得物を弾き飛ばそうと剣を振る。武器がなければ何も出来ないだろう、そう考えて。

 

「……っ!」

 

 少女の死体は武器を手放さなかった。そのまま弾き飛ばされ、二・三度バウンドしてグシャリと地面に落ちる。トロール鬼相手とも、野盗相手とも違う嫌な感触が、才人の中にジワジワと広がっていく。

 ゆっくりと立ち上がった少女の死体は、まだ時間を稼ぐ必要があるとばかりに才人へと襲い掛かった。動作は緩慢で、避けようと思えばいくらでも避けられる。

 その一撃を受け止め、彼は反撃をしようと腕に力を込めた。そして、思わずその顔と、少女の虚ろな目と自分の目が合ってしまう。

 もう死んでいる。そんなことは分かっている。

 人を斬る。生死は知らないが悪人を斬ることは既にやっている。

 だが、年端の行かない少女を斬ることは、まだ、やっていなかった。

 

「あ、あ、あぁぁぁぁ!」

 

 それは気合を込めた叫びか、彼の中から湧き出た慟哭か。

 ルイズ達が合流するまで、才人は真っ二つになった少女の死体を抱きながらひたすらに叫び続けた。




犯人は、別人だ(ネタバレ)。

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