「まさか村の目の前で野宿することになるとは思わなかったわ」
「……そうねぇ」
「何よ。わたしが悪いっていうの?」
「今回はルイズは関係ない」
はぁ、と女性陣は溜息を吐く。その横ではさっさと才人がテントを組み立て、晩飯どうするんだと呑気に彼女等に尋ねていた。
当然のことながら、仲裁など望んでいなかった村人も翼人も、ルイズ達を歓迎などしなかった。強くは言い出さなかったが、村長の発言は言ってしまえば「必要ない、出て行け」であったからだ。その息子も、それに異を唱えることをしていなかった。
「そういやさ」
「ん?」
「あの村長の息子さんのこと兄さんって呼んでた人がいたよな」
そうね、とルイズは頷く。彼はどちらかというと仲裁に賛成だったような、そんな雰囲気だった。そんなことを思い出しながら、キュルケもコクリと頷いた。
それで、とタバサが問う。それが一体とうしたのか。そう続けた彼女に向かい、いや、別に大したことじゃないんだけどと彼は頬を掻いた。
「その人んとこ行けば、野宿しなくて済むんじゃね?」
「早く言いなさいよそういうことは!」
「いや、とっくに気付いてるもんかと」
「じゃあ何で今言ったの?」
「……いや、ひょっとして気付いてないのかな、と」
「盲点だったわぁ……」
はぁ、と女性陣は溜息を吐いた。先程とはまた違う意味の、である。よし行こう、と焚き火を消すと、善は急げとばかりに一行は彼等のいる場所へと歩みを進めた。進めようとした。
当然のことながら、土地勘のない彼女達に家の場所など分かるはずもない。加えて言えば現在は夜であり、見て回ることも難しい。
「サイトぉ……」
「俺は悪くねぇ!」
「重罪」
「だから俺のせいじゃないって!」
「……お腹空くと、気が立っちゃうのよねぇ、やっぱり」
「悟ってないで助けてキュルケぇぇ!」
デルフリンガーと杖を振りかぶるルイズとタバサを前に、才人は必死で命乞いを行った。このままでは真っ二つにされた後に冷凍保存である。いくらなんでもその最期は勘弁して欲しい。そんなことを思い、しかしどうにもならない死が目前に迫っているのをひしひしと感じながら、それでも彼はどうにかしようと視線を巡らせる。
呑気に再度焚き火を点けているキュルケが目に入った。ぐだりとやる気なさげにヘタれているシルフィードが目に入った。ま、諦めろとカタカタ鍔を鳴らすデルフリンガーが目に入った。
オロオロとこちらの様子をうかがっている翼人の女性が目に入った。
「ストップ! ストーップ! 後ろ後ろぉ!」
「あによ」
「ん?」
ブンブンと後方を指差しながら才人は叫ぶ。トドメを刺そうとしていたわりにあっさりと彼の指した方へ顔を向けた二人は、そこでひっ、と怯える翼人の女性を視界に入れ目を瞬かせた。
再度才人に向き直る。こくり、と何かの確認のように彼は首を縦に振った。
「あ、あの……」
女性は恐る恐る一行に話し掛ける。何だかとっても野蛮な行為をしていたように見えたので、場合によってはすぐさま逃げようと翼に力を込めながら。
「一応言っておくけど、別にお姉さま達はサイトを晩飯にしようとしていたわけじゃないのね」
「……あ、そうなんですね」
やる気なさげに述べたシルフィードの言葉に、女性はほっと胸を撫で下ろす。そして次の瞬間弾かれたようにシルフィードに視線を向けた。あ、しまった、とシルフィードは露骨に顔を逸らした。
「気の所為」
「はい?」
「気の所為」
「え、っと……」
「気の所為」
「……はい」
そういうことになった。
「申し訳ありません」
女性に案内された建物内では、先程話題に出ていた村長の息子の弟、ヨシアが彼女達を待っており、そして真っ先に頭を下げられた。何ぞや、と首を傾げる一行に、せっかく仲裁に来ていただいた方にとんだ無礼を働いてしまったと続ける。
「別に気にしちゃいないわ」
「そうね、慣れてるもの」
「毎度のこと」
「……は、はぁ」
それはそれでどうなんだろう、とヨシアは思ったが、まあ気分を害していないのならばよかったと思い直すことにした。こほんと咳払いを一つすると、本題に入ろうと姿勢を正す。
もしよろしかったら、ここに泊まって行きませんか。そう、ヨシアは彼女達に告げた。
「いいの!?」
「ええ。……その代わり、お願いを聞いていただけないでしょうか」
「何?」
「仲裁、必ず成功させてください」
真剣な目で、真っ直ぐに彼女達を見て。彼はそう言い放った。そこに嘘やふざけなど全く含まれておらず、その発言がどれだけの重みを持っているのかがよく分かる。
ならば答えは一つだ、とルイズ達は同じように彼を見た。当たり前だ、と口角を上げた。元よりそのつもり、今更頼まれたところで、何も変わらない。
ありがとうございます、とヨシアは頭を下げた。そんな彼を、翼人の女性、アイーシャが良かったわねと抱きしめる。
「……あの、俺達もいるんでイチャイチャするのは別の場所で」
「ご、ごめんなさい!」
指摘され慌ててヨシアから離れたアイーシャは、しかしそこで不思議そうに首を傾げた。あなた達は、何とも思わないのか、と。
その問い掛けに困るのはルイズ達である。いや別に翼人と人間が恋仲だからなんだというのか。そんな身も蓋もないことを言い放つのは何だか違う気がしたからだ。
「い、いやあ、わたし達は恋人もいないから、うらやましいですわね」
「ルイズ、それ確実に向こうの質問の答えとして間違ってるから!」
「っていうか、あなた婚約者いるじゃないのぉ……」
あれ、と首を傾げたルイズは、その後じゃあどう答えればいいのよと逆ギレした。ほれキュルケ、と何故か名指しまでする始末である。
そうねぇ、と指名されたキュルケは視線を少しだけ彷徨わせ、才人を見てうむと頷いた。
「ほら、この人は吸血鬼やナイフと関係を持ってますから、翼人と恋仲くらいどうってことないですわ」
「急速に誤解を招く表現やめてくれませんかね!」
何で俺がダメージ食らうハメになってんだ。そんなことを叫びながら、ツカツカと才人は二人の前に出る。とりあえずこいつらの言ったことは忘れてください。血走った目でそう述べると、ヨシアもアイーシャもコクコクと頷いた。
ふう、と安堵の溜息を漏らした才人の横にタバサは立つ。まあこんな感じだから、と前置きをし、普段の彼女らしからぬ優しい声色で言葉を続けた。
「わたし達は、翼人と人が結ばれるのを祝福する。だから、仲裁も任せて欲しい」
「……はい」
「ありがとう、ございます」
彼女に頭を下げた二人の声は、どこか震えていたように感じた。それに気付かない一行ではなかったが、それを指摘するほど野暮な者は一人もいない。
さてでは、とルイズ達は用意された広めの部屋でテーブルを囲んでいた。食事も済み、後は寝るだけ。しかし方針が何も決まっていない以上、ではおやすみと寝るわけにもいかないのだ。
「それぞれの住処の問題自体は解決してるんだよな」
「らしいわね。まあ、それが自分達ではなく他人の手で、ってのが気に入らないんでしょうねぇ」
「めんどくさいわね」
まったく、とルイズが鼻を鳴らす。それには同意だ、とタバサもコクリと頷いた。才人もキュルケも、別段異を唱えない。
ともあれ、結局のところ問題なのは彼等彼女等の心境ただ一つというわけである。
「つまり、お互い仲良くなれば解決ってことだな」
「そう簡単に行ったら苦労しないでしょうけどね」
「だよなぁ」
うーむ、と才人は椅子の背もたれに体重を預ける。ギシリと音が鳴り、椅子は後方二本の足だけでバランスを保った。
いっそ文句のあるやつを片っ端からぶん殴っていこうか。テーブルに体を投げ出したルイズが、考えることも投げ出したかのようなそんな意見をのたまった。当然のごとくいいわけないだろうと全員一致で却下される。
「分かってるわよ。これは最後の手段」
「いや、最後の手段としても駄目だろ」
「村に人がいなくなれば解決ね、みたいなのは流石に、ねぇ」
「駄目過ぎる」
「うっさい!」
あーもう、と勢い良く起き上がる。じゃあ他にアイデアがあるのか。そんなことを言いながら眉を逆『ハ』の字にしたルイズは皆を見やった。無いのにダメ出しだけするとか何事だ。そんなことを言外に含めた。
「あの二人」
「ん?」
「あの二人は、どうやって仲良くなったの?」
「そういえば、聞いてないわねぇ」
人前ですらラブラブオーラを出しているヨシアとアイーシャを思い浮かべ、成程確かにとキュルケは頷く。ルイズと才人は、まあ何かあったんだろうとそこで思考をストップさせていた。
で、それがどうしたのよ。そうルイズが尋ねると、タバサは簡単な話、と指を一本立てた。
あの二人が仲良くなった方法を、村全体に適用してやればいい。
「個人でやれるなら、きっと多数にも効くはず、ってことね」
「そう簡単にいくのか? それ」
「じゃあ他にアイデアあるの?」
「……とりあえず、二人に聞いてから、でお願いします」
文句だけは一人前なんだから。呆れたようにそう言われた才人は、返す言葉もなくガクリと項垂れた。
翌朝。ヨシアとアイーシャに馴れ初めを聞いた一行は、ではさっそくと外に繰り出していた。その手には、とてもじゃないが今から仲裁を行うとは思えないほど殺傷能力の高いものが握られている。
「待った待った待った!」
「あによ」
「いやいやいや! おかしいだろ!」
「何が?」
「全部だ全部!」
怪我をしたヨシアを、アイーシャが助けた。つまり、片方の陣営の怪我人をもう片方の陣営が助けるという状況を作り出せばいい。それがルイズ達の出した答えであった。
アイデア自体はまあいいとしよう、と才人は思う。意図的にその状況を作るのは若干心苦しいが、後々のことを考えて目をつぶろう。彼はそう考える。
が、手段が問題である。
「俺達が村人襲って回ったら何にもなんねぇだろ!」
「手加減するわよ」
「そういう問題じゃねぇっての!」
才人は全力でルイズを止めた。案外ノリノリのキュルケとタバサも押し留めた。
それが功を奏したのか、はいはい、と三人は得物を仕舞う。まあ流石に無理があるとは思っていた、と彼女等は揃って頷いた。
絶対嘘だ、と才人は思ったが、口には出さなかった。襲われる対象を村から自分に変更されるのを恐れたのだ。
「まあ、実際やるならこちらの自作自演だってバレないようにするか、何らかの工夫が必要よね」
「出来るなら怪我人出さない方向で行こうぜ……」
「まあ、確かにそうねぇ」
「無駄な犠牲者は少ない方がいい」
犠牲者て、と才人は肩を落とす。言い方はアレだが、とりあえずその方向で行ってくれることに安堵しつつ、彼は三人に自身の考えを述べた。
昨夜言われたのが案外堪えた才人は、自分なりにアイデアを練っていたのだ。
「俺思ったんだけどさ。村の全員が全員、同じ考えってわけじゃないと思うんだ」
「ふみ」
「確かにそうねぇ」
「成程」
昨日は男連中だったけど、女子供ならばもう少し違う考えを持っていてもおかしくない。才人はそう述べ、村人と翼人、双方からもう少し話を聞いてみるのがいいんじゃないかと続ける。
こくこくとその意見に頷いていた三人は、じゃあそれで行きましょうかとお互いに顔を見合わせた。今日のところは情報収集、そういうことになったらしい。
「サイト」
「あん?」
「言い出しっぺなんだから、ちゃんと働きなさいよ」
「あいよ」
ルイズの言葉にそう返す。じゃあとりあえず手分けして、と一行は村に散っていった。ルイズとタバサは村側、キュルケと才人は翼人側である。
そんな皆の情報収集であるが、これが意外と収穫があった。
まず村側だが、ヨシアとアイーシャの恋仲を祝福する者が案外いたのである。特に子供は怖いもの知らずなのか、こっそりと翼人と交流しているらしい。
それは翼人側も同じで、女性の翼人は二人に寛容であった。この状況になったのも大いなる意思の導きだ、と前向きに考える輩も少なくない。
つまるところ、問題になっているのは村の男と老人達、そして翼人の男共であった。血の気が多いか、凝り固まっているか。そういう者達であった。
「まあ対象も少なくなったし」
「やめて!」
ブンブンと肩を回すルイズを止めながら、才人はキュルケ達に顔を向ける。それでもいいんじゃないの、と言わんばかりの視線を二人に返され、彼はガクリと膝を付いた。
「冗談」
「ホントかよ……」
こんな感じで彼女等の作戦の一日目は終了である。一歩前進したようで、ゴールに辿り着くにはまだ遠い。
最終手段:解決(物理)。