二日目。心なしか再度熱が上がり始めているような気がする中、ルイズ達は今日の作戦を実行しようとしていた。
「名付けて、『昨日の敵は今日の友』作戦!」
「……」
「どうしたのサイト、変な顔して」
「不満だった?」
自信満々に宣言するルイズを、才人は何とも言えない表情で眺めていた。そんな彼を見たキュルケとタバサは不思議そうにそう尋ねる。
いや、まあ悪くはないんだけど。そんなことを言いながら、才人は一つ溜息を吐いた。
「……で、内容は?」
「シルフィードが村を襲って、わたし達が指揮して、協力! めでたしめでたし!」
「何言ってるか分かんないです」
「何でよ」
「いや分かるかんなもん!」
ああもう、と才人は頭を抱える。ちょっとこの脳筋に何か言ってやってくれ、と残りの二人に顔を向けた。
不思議そうな顔をして首を傾げられ、ああもうダメだと彼は何かを悟り目が死んだ。
「タバサ……せめてタバサはもう少しまともな意見を出してくれると思ってた……」
「あれ? わたし達バカにされてない?」
「みたいねぇ」
縋るようにタバサに近付く。その動きに若干引いた彼女は、しかし落ち着けと才人の頭を杖で殴ると姿勢を正した。さっきの説明は確かに不十分だったが、作戦自体はそこまで脳筋ではない。そう言い放ち、コホンと咳払いを一つする。
「シルフィードが、といったけど、要は何かしら村を襲う脅威があればいい」
「あー、うん」
「わたし達が指揮、といったけど、要は村の被害を最小限に抑える手段があればいい」
「ふむふむ」
「めでたしめでたしは変わらない」
「そこ変わったら逆に困る」
どうだ、とタバサは目で才人に訴えた。まあ何となく分かった、と彼はそれに答えるように頬を掻く。
ようは、二つの種族が一丸となる何かしらの事態が起きればいい、というわけだ。
「マッチポンプかぁ……」
「何それ?」
「えーっと、自分で事件起こしたくせにそれを自分で解決してすげーってされるようにする自作自演的なやつ、かな」
「成程」
確かにその通り、とタバサは頷く。まあそれでうまくいくならいいじゃないかとキュルケも頷いた。
ただ、ルイズはそれを聞いて何だかとても嫌な顔をした。ノリノリだったくせにどうした、と才人が尋ねると、そう言われるとやる気なくす、と顔を顰める。
「だってそれ、すっごい姫さまっぽいもの」
「あー」
「そうねぇ」
「常套手段」
仮にも自国の王妃をボロクソである。とはいえ、彼女達のイメージのアンリエッタはそれがどうしたと高笑いを上げているので問題ないらしい。
じゃあちょっと他の作戦を考えてみるか、と才人は述べた。一応これは保留にしておいて、もう少し悪役っぽくないものを用意してみようという腹積もりだ。そうね、とルイズはそれに頷き、じゃあ何をしようかと思考を巡らす。
「やっぱ男共ぶちのめすのが手っ取り早いわね」
「物理的仲裁はちょっと……」
それをするなら、まず賛成派の人達を連れて説得に掛かったほうがいい。溜息と共にそんなことを呟いた才人であったが、意外にもそれを聞いて同意したのはルイズであった。
え、と思わず彼は彼女を見やる。何だその目は、とルイズは才人を睨んだが、いや何でもないですと彼はブンブンと手を振った。
「ったく。で、説得するとしたらやっぱり村長かしら」
「そうねぇ。村の頭がこちら側になれば、大分やりやすくなるでしょうし」
「でも、多分難しい」
タバサの言葉に皆も頷く。何せ村長は意固地になっている連中の分類、男と老人を両方兼ね備えている輩だ。単純な説得で折れるとは思えない。
それでも、やらないで決めつけるのは早い。そう結論付けた四人は、じゃあ早速と村の賛成派を集めに掛かるのであった。
結果から言えば、駄目であった。大勢で口々に説得された村長は逆にへそを曲げ、騒ぎを聞いてやってきた反対派の男や老人と結託して賛成派を家から追い出してしまったのだ。
翼人と村人の対立が、更に賛成派と反対派に細分されてしまった。
「いや、でも結果的にはいい方向に進んでるわ」
「ホントかよ……」
「そうよ、だってほら」
ルイズが指差す先では、翼人の融和派が追い立てられた賛成派の人達と話し合いを行っていた。彼女達も村の騒ぎを聞いて翼人の強硬派を説得にかかり、そして玉砕してきたのだ。
少なくとも一部の仲裁はこれでなされた、と言っても過言ではあるまい。
「後は、あの反対派とか強硬派とかをどうにかするだけねぇ」
「でも、説得は難しい」
「そうね」
首をコキリと鳴らし、腕をぐるりと回し。仕方ないわね、と溜息を吐いたルイズはどこかに行こうと足を踏み出す。
その途中で、何をする気だ何を、と才人に羽交い締めにされた。
「ちょ、離しなさいよ」
「離したらお前物理的解決するだろ! 駄目だ! お前が諦めるまで絶対離さないからな!」
「……大胆ねぇ」
「何が?」
「こっちの話よぉ」
何だか悦った顔でニヤニヤしているキュルケを若干キモいと思いながら、タバサはしょうがないかと肩を竦めた。ルイズではないが、ここまで来ると普通の説得では無意味なのは疑いようがない。となると、保留していた作戦を実行するのもやぶさかではないのだ。
ちょっと聞いて、と賛成派と融和派がまとまった仲裁済みの面々に声を掛ける。少し強引だが、と前置きをすると、朝話していたマッチポンプ作戦について皆に語った。
最初こそ騙すことに気が引けていた穏健派は、しかしこのままでは変えられないことを噛み締め分かりましたと首を縦に振る。全部終わったら、皆で謝ろう。そんなことを口々に述べ、ではどうしましょうかとタバサを見た。
「まずはわたしの使い魔を暴れ回る魔獣に偽装して――」
そんなことを言い出したその時である。きゅいー、と情けない声を上げながら、上からシルフィードが降ってきた。突然の竜の襲来にパニックになりかける穏健派を、ルイズとキュルケが落ち着かせる。あれはあの娘の使い魔だ、大丈夫だ。そう言い聞かせ、しかし何でここに来たと二人はシルフィードを睨み付けた。
「きゅい!」
「きゅいじゃ分かんないでしょうが。はっきりと喋りなさいはっきりと」
「きゅい!?」
無茶言うな、とシルフィードは首を振る。ルイズ達しかいないならともかく、ここまで大勢の前で人語を喋るのは流石にマズい。それを彼女の頭でも分かっていたのだ。
それを承知なタバサは、くいくいとシルフィードを手招きする。首をそっちに向けた彼女の周囲に『サイレント』を掛け声が漏れないようすると、そこに近付きどうしたのだと改めて尋ねた。
「あ、うん。た、大変なのね! この村に火竜が向かってきてるの!」
「火竜!?」
思わずタバサは目を見開く。火竜といえばガリアとロマリアの境にある火竜山脈が主な生息地。こんな場所にやって来ることなど普通はありえない。が、目の前の相棒が嘘を言っているようにも見えない。
すぐさま思考を元に戻すと、タバサはルイズとキュルケ、そして才人を呼び寄せた。先程シルフィードに言われたことを三人に告げ、さてどうするかと問い掛ける。
それに真っ先に答えたのは、当然というかルイズであった。
「上等! ぶっ倒して今日の夕飯にしてやるわ!」
「マジでドラゴン食うのかよ……」
いつぞやの想像通りの行動をしようとしている己の主を見て苦笑した才人は、まあでもそれ以外にやることはないよなと表情を不敵な笑みに変えた。村を置いて逃げるなどという選択肢は元からない。ならばやることは一つである。
そうよね、とキュルケもそれに同意した。何より、相手は火竜。炎の使い手として、尻尾を巻いて逃げるのは悔しい。
「よし、じゃあまず村人の避難を」
「あ、待った。……どうせなら、手伝ってもらおうぜ」
「はぁ!? ちょっとサイト正気? 火竜は普通の人じゃ太刀打ち出来ないわよ」
「いや、戦わせるんじゃないって、ほら」
さっき言ってただろ。そう言って彼は穏健派の人達を見て、向こう側にいるであろう強硬派共を見やった。
その視線を追っていったタバサは、成程、と頷く。ああそういうことね、とキュルケも頷いた。
「避難の手伝いをさせるってこと?」
「そういうこと。上手く行けば、仲裁も解決だぜ」
「……さっきまで穏便に、って言ってたくせに」
「いや穏便だろ!? 火竜は俺達で倒して村の人達には指一本触れさせない」
ジトリ、とルイズは才人を見やる。そんな彼女の視線にバツの悪そうに視線を逸らした才人であったが、時間がないというタバサの言葉に我に返った。
どのみちこの人数だ、避難は手伝ってもらう必要がある。彼女はそう続け、相談は終わりと穏健派の方へと向き直った。
「皆に、やってもらうことがある」
火竜が向かってきているから逃げろ、などと。そんな話を誰が信じるというのか。村長はそう言ってやってきた連中の言葉を一笑に付した。説得のための嘘ならばもう少しマシなものにしろ、そう続け、話が終わったら出て行けと踵を返す。
そんな彼の背中に、待って、と声を掛ける者がいた。彼の息子のヨシアである。嘘じゃない、信じてくれ。そう言って振り向かない父親に向かい、必死で声を上げた。
ふん、と村長は鼻で笑う。貴様のような軟弱者の言うことなど信じられるか。そう述べ、彼はドアを閉めようと扉に手を掛け。
「この、わからずやぁ!」
息子に殴られ転がった。何をする、と立ち上がった村長の胸ぐらを掴むと、あんたはそれでも村長か、とヨシアは叫ぶ。村を纏める立場であるはずなのに、そんな意地を張ってどうするんだ。そう言って父を怒鳴りつけた。
「もういい。あんたが信じないのなら、僕達だけでやる」
行こう、とヨシアは皆に述べる。その光景を見て動きを止めていた村人翼人混合の穏健派は、我に返ったように頷くと動きを再開させた。
ヨシアの隣にはアイーシャが並ぶ。皆の顔を見て、名前を呼んで。それぞれにこうこうこうしてくれ、と迷うことなく指示を出していた。そこにいる村人も、翼人も、ヨシアとアイーシャの種族の違いなど気にせず、分かったと頷き行動を開始していく。
「男達は多少強引でもいい、老人は出来るなら自発的に動いて欲しいけど、無理なら無理矢理運んであげてくれ」
「貴女達は村の老人を運ぶのを手伝ってあげて。残りは私と、向こうの分からず屋の説得よ」
「アイーシャのフォローにつける人は手を上げてくれ。……分かった、頼むぞ。子供扱いはしないからな」
村長は、そんな連中をぼんやりと眺めていた。村人と翼人が手を取り合っているさまを、信じられないと見詰めていた。
親父、とそんな彼に声が掛かる。ヨシアの兄、サムがそこに立っていた。騒ぎを聞いてここにやってきた彼は、弟の姿を見てどうやら思うところがあったらしい。父親を立たせると、悪いな親父、と頭を下げる。
「兄さん!? え? いいの?」
手伝う、とサムはヨシアに申し出た。俺が動けば男達も多少は融通が利くはずだ。そう言いながら、バン、と彼の肩を叩いた。
村人の避難がドンドンとスムーズになっていく。一人また一人と、ヨシアとアイーシャの支持に従う者が増えていく。村人も、翼人も。
「父さん!」
そんな中、ずっとそこから動かなかった村長は、ヨシアの言葉で我に返った。早く、と差し出している彼の手を、ふんと払いのける。
老人扱いをするな。避難の手伝いくらい出来る。そう言って彼の隣に並んだのを見て、ヨシアは嬉しそうに頷いた。
村人の避難は上手く行ったようだ、とシルフィードはルイズ達に伝える。あの様子を見る限り、これならば普通に終わっていたかもしれない、と彼女は続けた。
「どうかしらね。話を聞く限りあの人が決意を固めないと駄目だったみたいだし」
「何もなければ、きっと弱気のままだったでしょうね」
「結果オーライ」
「だな」
よし、と一行は空を見上げる。近付いてくる、黒い巨大な影を見上げる。
黒い影であったそれは、やがて目視でも分かるほどになる。風竜であるシルフィードと比べても鋭く、相手を傷付けるために発達した爪や牙。そして炎を具現化したかのような赤い鱗は、太陽の陽を浴びてその輝きを増していた。
咆哮。大地が震えんばかりのそれを聞き、思わずシルフィードは竦み上がる。大きさは彼女より二回りはでかい。村に突っ込まれでもすれば、あっという間に壊滅だろう。
火竜の口が赤熱する。炎がちらちらと瞬き、そして瞬時に巨大な火柱が生み出された。
「あっちぃぃ!」
「我慢しなさい!」
「無茶言うなよ!」
着弾点から素早く離脱すると、ルイズはすぐさま剣を構え跳躍した。ブレスの隙を狙い斬り掛かった彼女の狙いは翼。まずは飛行能力を奪おうという考えだ。
「ちぃ!」
が、敵もさるもの。飛行ではなく跳躍であったために直線的であったルイズのそれを、火竜は野生の本能で反転、躱しきった。こんにゃろ、と空中で体勢を変えた彼女が追撃を放つが、距離を取られそれも当たらない。
頂点まで達した彼女が自由落下に移行するのを確認した火竜は、そこを狙ったとばかりに再度その口から炎を生み出す。人一人焼き尽くすには過剰ともいえるほどの火柱が、ルイズに襲い掛かる。
「生憎と、相手は一人じゃないのよぉ!」
呪文で空を飛び、そしてルイズを抱きとめたキュルケは、そこで『フライ』の呪文をカット。すぐさま詠唱した炎の呪文により火竜のブレスと真っ向から対峙した。
当然自由落下しながらである。
「おお、キュルケが落ちながら戦ってる」
「呑気なこと言ってないでサイトも行くのね!」
おう、と足に力を込めると、才人は意識がこちらに向いていないのを幸いと火竜の尻尾に斬り掛かった。硬い鱗で覆われているそれは太く、しかし全く歯が立たないのかといえば答えは否。
急に降って湧いた痛みで、火竜は悶えた。ブレスを中断し、体をくねらすと背後に着地する才人を睨む。貴様か、そう言わんばかりの目を向けた火竜は、消し炭にしてやるとブレスを吐く。
「させない」
吹雪が舞った。火竜の生み出した火柱を包み込むように吹き荒れるそれは、防御態勢を取っていた才人を守るように天高く舞い上がり。そして完全に火柱を消し去った。
ふう、とタバサは息を吐く。流石にちょっとしんどい。そんなことを思いながら、次に備えて杖を構えた。
「っ!?」
ブレスが効かぬと悟ったのだろう。火竜は物理攻撃にシフトした。距離を詰め、丁度杖を構えたところに太く鋭い爪を伸ばしてきていたのだ。甲高い音を立て、杖ごとタバサが弾き飛ばされる。
「タバサ!」
「サイト! 余所見すんじゃないわよ!」
ルイズの言葉に振り返る。タバサにやったように、火竜は才人にも爪を振り上げていた。
が、物理攻撃ならばむしろ彼にとってはありがたい。刀でそれをいなすように移動すると、そのままその腕を切り裂いた。鮮血が舞い、火竜が悲鳴を上げる。
その腕に追い打ちを掛けるように氷柱が突き刺さった。地面に縫い止められた火竜は、離脱するタイミングが一瞬遅れてしまう。自身の炎で溶かし、そして再度舞い上がらんと翼を広げ。
「させるわけ、ないでしょうがぁ!」
その翼に炎で出来た鎖が絡み付いた。氷ならば溶かして逃げればいい。だが、同じ性質を持つこれは容易に解けない。ギチギチと体を揺らし、それでもそうかからずに鎖を引き千切る。
が、彼女にとってはそれだけ時間があれば充分である。
「もらったぁぁ!」
一閃。小さなピンクブロンドの魔法剣士の一撃は、見事に火竜の片翼を両断した。切り裂かれ、炎に勝るとも劣らない赤いそれを撒き散らしながら、火竜は尚も抵抗しようと暴れ回る。空を自由に動けなくなったとはいえ、まだ己には爪も、尾も、牙もある。ブレスだって放てるのだ。
たかが人間四人程度に、斃されるはずがない。己の中で生まれた恐怖を振り払うように、火竜は逃げるという選択を自身で潰した。命運を、自ら断ち切った。
爪を振るう。ルイズはそれを真正面から受け止めると、火竜の腕をかち上げ叩き斬った。太く鋭い爪が飛び散る。
尻尾を叩き付けた。才人は後ろに跳んでそれを躱すと、先程傷付けた場所に再度斬撃を打ち込んだ。両断された尾はドスンと音を立てて地面に転がる。
ブレスを放ち、牙で噛み砕こうとした。キュルケはその炎を真正面から受けて立ち、彼女らしからぬ叫びを上げながら相殺させた。そして追撃の牙を、タバサは氷の竜巻でズタズタにした。牙は折れ、大地に突き刺さる。
満身創痍の火竜は、ここでようやく己の選択が間違いであったことに気付いた。だが、もう遅い。二人の剣士は大剣と刀を振り上げ、二人のメイジは炎と氷の呪文を唱えている。
「トドメ!」
「終わりよぉ!」
「これで終わり」
「食らっとけ!」
竜は今際の際に知る。世界には、竜より小さく、竜より強い者がいることを。
ドラゴンスレイヤーの称号を手に入れました。