「ねぇ、ルイズ」
「あによ」
「暇ねぇ」
「そうね」
「ルイズ」
「何よ」
「暇」
「そうねっつってんでしょうが!」
がぁ、とルイズは叫ぶ。そんな彼女の声に、だって仕方ないじゃないとキュルケは寝転がっていた体を起こした。
現在三人停学中。全寮制ともいえるこの学院で停学ということはつまり。
「これ軟禁よねぇ」
「理不尽」
「ま、ね」
ちなみに生徒を二桁単位で医務室送りにした挙句治癒魔法を使って尚全治一週間程度の怪我を負わせたのは紛れも無くこの三人である。オスマンの執り成しがあったからこその停学なのである。理不尽でも何でもなく、至極当然であった。
とはいっても、それで彼女達が大人しく納得するかといえば答えは否。何より、あの連中は自身の家名と大切な友人を侮辱した不届き者。むしろあの程度で済んで感謝して欲しいくらいだ。大体そんなことを思っているほどである。
やれやれ、とルイズは椅子から立ち上がり伸びをする。授業に出られない以上、ここで腐っているのも限界がある。そう結論付けた彼女は、ちょっと許可でももらうかと扉に手を掛けた。
「何処行くの?」
「ちょっと先生方と交渉しに、ね」
「……殴っちゃ駄目よぉ」
「するかっ!」
だったらお前等もついてこい。そう述べたルイズに、確かにそうかと二人も立ち上がる。何故か溜まり場になっていたルイズの部屋を出て、三人はそのまま学院の教師達のいる本塔へと足を進めた。一番手っ取り早いのは学院長だが、どうしようか。そんなことを考えながら、とりあえずすれ違った教師に話をしようと視線を動かす。
「ん? 君達、授業はどうした?」
「あ、えっと確か」
「コルベールだ。まだ覚えてもらえなかったかな」
ははは、と苦笑するその男性に、ルイズ達はごめんなさいと頭を下げた。少し前から停学しているので最近先生方に会っていないんです。とそんな言い訳としては割と駄目な部類の説明もついでに続けた。
「ああ、君達がそうなのか。……元気がいいのは結構だが、程々にしなさい」
「はい……」
それで、一体どうしたのかな。そう尋ねるコルベールに、ルイズ達はこの流れで言うのはどうなのだろうと顔を見合わせる。印象はそこまで悪く無さそうだが、許可をもらえるかどうかは別だ。暫し悩んだ三人は、まあでも仕方ないと彼に向き直った。
「外出許可をください」
「……成程」
大体のことを察したコルベールは、少々薄い頭をポリポリと掻く。どうしたものかと視線を動かし、やがて諦めたように溜息を吐いた。
とりあえず、学院長に話を通そう。そう述べ、こっちだと踵を返した。
彼に連れられた三人はそのまま本塔の最上階までやってくる。失礼します、という言葉で扉を開け、コルベールはそこで書類にサインをしているオスマンを視界に入れると頭を垂れた。
「なんじゃコルベール君。厄介事とむさい男の顔は少ない方がいいんじゃぞ」
「……そうですか。ではその二つをまとめて持ってきたので、ご判断をお願いします」
「は?」
ちらりとオスマンは視線を彼の背後に向ける。ルイズ、キュルケ、タバサの三人を見付けたオスマンは目を細めるとコルベールに再度顔を向けた。
「で、何じゃったかな?」
「厄介事をむさい男がお持ちしました」
ちぃ、とあからさまに舌打ちをしたオスマンは、白いヒゲを左手で弄びながら室内に案内した。コルベールはオスマンの横、ルイズ達三人はその対面。そこまで移動した後、それで、とオスマンが口火を切る。
「ヴァリエール公爵の三女とツェルプストー辺境伯のじゃじゃ馬、ガリア弟王の愛娘が揃って何の用じゃ?」
「あたしだけ評価酷くないですかオールド・オスマン」
「ヴィンドボナの魔法学校を何棟焼いたんじゃったかな?」
う、とキュルケは視線を逸らす。ルイズとタバサもわざとらしく頬を掻いているのを見て、ああやっぱりこいつらグルかと一人溜息を吐いた。
それで、と彼は言葉を続ける。用件は何だ。再度問うたそれに、ルイズ達はコクリと頷くと三人揃って言葉を紡いだ。
外出許可ください、と。
「……のう、お主等」
「はい」
「何で停学食らってるか知ってて言ってるんじゃよな?」
「友人が侮辱されました。憤らない理由はありません」
「む」
迷い無く言い切りやがった。ちらりと視線をコルベールに向けると、少しだけ困ったように三人を見ているのが分かる。己ではない、他の誰かのために。心からそう述べることの出来る彼女達を、彼等は少しだけ眩しそうに見やった。
無論、それと手段がアレであったことは話は別である。
「結論から言おう。駄目じゃ」
「何でですか!?」
「貰えると思っていたのならその方がビックリじゃよ……」
う、と三人は後ずさる。確かにそう簡単にもらえるものではないのは分かっていた。が、それでもやはり食い下がるのは当たり前だ。そんなことを思いつつ、ルイズ達は姿勢を正すともう一度オスマンに懇願をした。
「……その間にもう一度暴れれば退学、という条件でもかね」
「……」
「……」
「……」
あからさまに視線を逸らす三人を見て、そこは少しでも我慢しろよとオスマンは一人溜息を吐いた。
彼女達が入学してまだ半月も経っていないが、一気に自分が老けた気がした。
そんなわけで外出許可は下りなかった三人ではあるが、その代わり、とオスマンに一枚の書類を渡された。暇ならばこちらの仕事を手伝わんか、そう言われ、とある案件を押し付けられた。
「……学院に通わない生徒の更生、ねぇ」
「同じ生徒にやらせるもんじゃないわよ」
「無茶振り」
ピラピラとその紙をさせながら、しかしどこか楽しそうに三人は述べる。その理由は簡単、現在その生徒は寮にいないからだ。学院外の、彼の故郷にいるからだ。
「っていうか、ガリアじゃない」
「向こうの学院からこっちに留学予定、だそうよぉ」
「予定?」
「向こうの学院にもこっちの学院にも足を運ばず、部屋の中でずっと過ごしてるらしいわねぇ」
「暇人ね」
こちとらそれに二日で飽きたというのに。そんなことを言いながら、じゃあさっそく向かおうとルイズはタバサに目を向けた。
ん、と頷いたタバサは、二人から少しだけ離れると森に向かって口笛を吹く。
「きゅっきゅきゅーい!」
森の木々がざわめき、そこから飛び出してきた大きな影は、ゆっくりとタバサの前に降りると嬉しそうに鳴いた。出番か、と言わんばかりの目を見た彼女は、こくりとその影に頷く。
よし、とタバサがまずその影、風竜の上に乗り、次いでキュルケとルイズもその背に飛び乗る。三人が乗ったことを確認すると、風竜はひと鳴きし大空に舞い上がった。
「で、行き先は何処なのお姉さま」
「ガリア」
「……ひょっとして、もう学院から追い出されたの?」
「違う」
ある程度の高度まで上った後、風竜シルフィードはそんなことをタバサに問い掛けた。心外だ、と眉を顰めるタバサに対し、ルイズとキュルケは大爆笑である。
お前らも一纏めだろうに。そんな意味合いを込めた視線を二人に向けたが、どちらも何処吹く風であった。しょうがないからシルフィードを一発殴る。
「痛いのね!」
「変なことを言ったから、当然」
「シルフィ何も間違ってないのね。三馬鹿が学院生活とか、ぶっちゃけ無理だって最初から分かり切っあたぁ!」
二撃目。杖を思い切り頭に振り下ろしたことで視界に星が飛んだシルフィードはぐらりと体が傾いていく。おっと、としがみついた三人を尻目にバランスを取り直したシルフィードは、何しやがるちびすけと凡そ主従とは思えない口を聞いた。
「ご飯抜き」
「お姉さまは麗しい姫騎士なのね」
うわぁ、とルイズとキュルケはシルフィードを若干引いた目で見る。そんな二人の視線など露知らず、彼女はきゅいきゅいと鳴きながらそんなことよりと話題を変えた。
それで、一体何の用なのだ。そう問い掛け、答えをルイズ達から聞いたシルフィードは、暫し口を閉ざし飛行を続ける。どうにもなんとも言い難い。沈黙はそう語っていた。
当然というか、それに気付かぬ三人ではないわけで。
「何か言いなさいよ」
「思考回路がオーク鬼とどっこいどっこいの三人には無理だと思うのね」
三発目が叩き込まれた。
さて、そんなオーク鬼と同等の思考回路を持った乙女三人は、門の前で憮然とした表情のまま立ち尽くしていた。
門前払いを食らったのだ。
「なーにが小娘に用はない、よ」
「感じ悪かったわねぇ」
「同感」
とはいえ、じゃあ駄目でした帰りますとなるかと言えば答えは否。そこまで乗り気でなかった三人は、こうなったら意地でもその生徒を学院に通わせてやると心に火を点けていた。さてではどうする、とこれ見よがしに門の前で作戦会議をする始末である。
無理やり乗り込む、という案もあるにはあったが、流石にそれをしてしまえば件の生徒を学院に通わせる代償に自分達が去ることになると却下した。
「とりあえず原因を探りましょうか」
キュルケが述べる。ほれ、と指差した先に見える建物はリュティス魔法学院。あそこからトリステインに留学するとなれば、当然向こうはその理由を知っているはずだ。
よし決まり、と三人はその提案に乗りド・ロナル伯爵家の門を後にする。そう遠くない場所にある魔法学院にその足で向かうと、そこには組手の授業をしているらしい生徒達の姿が見えた。
ああそういえば、今は授業の時間か。停学四日目にしてもう学生としての時間間隔を失いつつある三人はポンと手を叩き、とりあえず終わるまで待とうかと門にもたれかかる。案外実践主義なのね、というキュルケの呟きに、タバサは短くうんと答えた。
一応見た目は美少女三人組である。そうそう拝めるものではないそんな美貌を持った少女がこちらを見ているのだ。学院の男子生徒はチラチラと彼女達を見、そしていいところを見せようと組手の攻防の激しさを増していく。当然無駄なのだが、その中の一人はどうやらこれで彼女達は夢中だろうと無駄な自信を持ったらしい。どうでしたか、と実に爽やかな笑顔でこちらへとやってきていた。
「へ? ……ええ、見ていて楽しかったですわ」
そういう輩のあしらいを最も知っているのはキュルケ。すぐに微笑を浮かべると、彼との距離を一歩詰める。その拍子に、彼女のたわわな胸はたゆんと揺れた。
「そんな貴方に、少しお聞きしたいことがあるのだけれど、よろしいかしら?」
勿論、とキュルケの唇と胸元に視線を行き来させながら男子生徒は胸を張る。何でも聞いてください、と実に爽やかな笑みを浮かべた。
良かった、とキュルケは微笑む。視線をルイズとタバサに向け、こくりと頷くのを確認すると、とある生徒についてなのだと口を開いた。トリステインの留学生としてこちらに来る予定の男子生徒を迎えに来たのだが、どうも事情があるようなのでここの教師に話を聞きたい。大体そんなようなことを彼女は述べた。まあつまりお前はどうでもいいから教師に会わせろ、である。
が、目の前の男子生徒はそれが分からなかったらしい。ああ、その生徒の事なら知っていますから何でも聞いてくださいとキュルケに詰め寄ったのだ。
「んー、と」
どうしようかなと少しだけ思考を巡らせる。聞くだけ聞いて教師に取り次いでもらうか、それとも話を打ち切って教師に取り次いでもらうか。まあ前者の方が円満に済むだろうと判断した彼女は、じゃあ少し、と彼に述べた。
件の男子生徒の名はオリヴァン。見た目はとてもじゃないが美男子とはいえず、魔法もへっぽこ。それを不憫に思った自分達は彼に稽古をつけていたが、臆病者で根性なしのオリヴァンは逃げるように引き篭もり学院に来なくなった。
そんなところです、と自慢気に述べる男子生徒を冷ややかな目で見たキュルケは、分かったわありがとうと表情を笑みに戻し背後の二人に振り向いた。まあ大体分かった、と肩を竦めているルイズとタバサを見やり、そうねとキュルケも頷く。
それじゃあまた、と去る三人を眺めていた男子生徒は、その姿が見えなくなると表情を歪めた。あんな野郎が、あんな美人達に迎えに来てもらうだと。そう呟きつつ、彼は近くにいた自分の仲間に声を掛ける。どうやら同じ考えを持っていたらしい彼等は、いかにしてオリヴァンを傷めつけるか、その方法を相談し始めた。
どうせなら、傭兵を一人雇おう。誰かがそう発言した。それはいい、と男子生徒は笑みを浮かべた。自分達の方が地位も実力も上だと彼女達に見せれば、あんな野郎を連れて行く仕事なんかどうでもよくなるはずだ。
少女達の中身がどんなものかを全く知らない男子生徒達は、脳内で彼女達が自分になびく姿を予想し鼻を伸ばした。
「くしゅん」
「へくちっ」
「はっくしょん!」
風邪かな、と乙女は思わず自身の鼻をこする。まだ少し肌寒いし、念の為宿屋の確保でもした方がいいかもしれない。そんなことを三人は思った。
「……いや、タバサは実家に帰りなさいよ」
「今帰るのは、ちょっと」
「あー、まあ、確かにねぇ」
状況が状況だけに帰りにくい。それを理解したキュルケはタバサの頭を撫で、じゃあ適当な場所でも探しに行きますかと腕を振り上げた。
「一応言っとくけど、説得が長引いた場合よ」
「分かってるわよぉ」
「ん」
ヒラヒラと投げやりな返事をする二人を見ながら、やっぱり自分がしっかりしないと、とルイズは思う。自分のことを雲より高く上げながら。
再度言うが、後のまとめ役は間違いなくキュルケである。
スラム○ンク単行本のおまけページばりに才人の存在が小さくなっていく。