ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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やっぱり不良漫画みたいだ。


その3

 屋敷に入るには肩書が必要、というのは最初のやり取りで分かった。となれば学院の生徒ではない何かを名乗ればいい。至極簡単な話である。

 

「と、いうわけで」

「頼んだわよぉ」

「……」

 

 ジロリ、とサムズアップするルイズとキュルケを見る。やけに爽やかなその笑顔が無性にムカついたタバサは、分かった、という言葉と同時に杖を叩き込んだ。認識外のノーモーション打撃を食らった二人はその場で蹲ったが、流石というべきかなんというか、あっさりと復活し叩かれた部分をさすっている。

 タバサはそんな二人を見ることなく、先程と同じように門の入口に立った。傍らの石像が何の用だと問い掛け、そして先程の三人組だと分かると帰れと述べようとする。

 それよりも早く、自分はガリアの花壇騎士である、とタバサはのたまった。

 

「よし、成功」

「やったわねぇ」

 

 やったのは自分だ。そう言いたくなるのをぐっと堪えつつ、花壇騎士タバサとオマケ二人は客間に通され、オリヴァンに面通しを許された。どうやら彼の母親はある程度の方書きさえあれば小娘でも気にしないらしい。体と同じくらい器が大きいのか、それとも別段息子のことを何とも思っていないのか。

 まあ家庭事情はどうでもいい。こちらでやることはオリヴァンを学院に送っていくだけなのだから。

 

「……うわ」

 

 そう思っていた一行は、しかし彼の部屋の惨状に絶句した。散らかった本や玩具、カードや盤上遊戯の駒、そして食い散らかされた食事の数々。

 後に彼女達の仲間となる少年がいたのならば、きっとこう言うであろう。完全な引き篭もりじゃねぇか、と。

 そんな部屋の主は、ルイズ達を案内してくれたメイドの言葉も聞かず、ふんと鼻を鳴らすと帰れと言い放った。こちらを見向きもせず、である。

 

「ちょっとキュルケ、何よその手は」

「離したらあなたあの人殴りに行くでしょぉ?」

「……やらないわよ」

 

 ならいい、とキュルケが手を離した瞬間、ルイズはオリヴァンを蹴り飛ばした。ベッドから横に吹き飛び、本棚に激突しそこから降ってきた本に埋もれていく。ぼっちゃま! と悲痛な声が聞こえたが、蹴りを放ったまま仁王立ちするルイズには些細な事であった。

 

「キュルケ」

「何?」

「分かってて手を離したよね?」

「当然じゃなぁい」

 

 とりあえず荒療治は必要でしょ、と笑うキュルケを見て、まあ確かにそうかもしれないとタバサは頷いた。山になっている本を呪文でどけると、大丈夫かと彼に手を差し出す。

 

「大丈夫なわけないだろう!? 何だお前達!?」

「貴方を学院へ連れて行くよう頼まれた」

 

 淡々とそう述べるタバサを見たオリヴァンはふざけるなと立ち上がった。何で学院なんかに行かなくてはいけない。そう叫びながら、こいつをつまみ出せ、とオロオロするメイドに向かって怒鳴る。

 そんなこと言われてもとメイドの少女は狼狽えるばかり。それを見た彼は使えないなと吐き捨てると、自分の肩書を自慢気に語り出した。ド・ロナル伯爵家の長男である自分にこんな狼藉を働くとは、ガリアに楯突くのと同じことだ。そんなことを言いながらタバサを睨む。

 

「……」

「いや、こっち見られても」

「面倒ならぶっちゃければ?」

 

 キュルケとルイズは投げやりであった。

 周知であろうがもう一度言っておこう。タバサの父親はシャルル、ガリアの双王である。

 

 

 

 

 ともあれ、そんな権威など知らん、と三人揃って言い放ち。一体どうして学院に行きたくないのかとオリヴァン少年に問い質す。お前達に関係ない、と述べた彼に向かい、関係なかったらここにいないと言い返した。

 

「ま、大体は分かってるけれどねぇ」

 

 キュルケはそう言って肩を竦める。リュティスの魔法学院でいじめに近いことをされたからだろう。あの男子生徒が話している内容を聞く限り間違いない。

 とはいえ、それを流石に彼に直接言うのは若干憚られた。

 

「アンタ、いじめられてるんでしょ?」

「ルイズ!?」

 

 言いやがったこいつ。そんな表情で彼女を見たキュルケの横では、あーあと頭を振るタバサも見える。案の定その言葉に激昂したオリヴァンは、そんなわけないだろうと叫んだ。

 曰く、本気を出せば学院の連中なんかあっという間に倒せてしまうが、そうすると向こうの家が黙っていない。だから仕方なく、自分を抑えるためにここに閉じ籠もっているのだ。

 

「……いや、そこは暴れなさいよ」

「何を言っているんだ。僕は紳士だ、そんなこととても出来ない」

 

 そう言いながら、彼は落ちていた本を拾い上げペラリとページを捲った。英雄譚の輝かしい物語。それを見ながら、オリヴァンは自分と英雄を重ねているようであった。

 

 

「中二病かよ!」

「チュウニビョウ?」

「いや、俺の住んでるとこの、十四歳とか十五歳とかその辺が患う奇病で、多分治らない。中二病になると自分は隠された特別な力があるみたいなことを思ったり、静まれ俺の右手みたいなことをやったりするんだけど」

「ふーん。あ、サイトはどうなの? チュウニビョウになったの?」

「……じゃ、若干」

「へー」

「……」

「成程ねぇ」

「やめて!? そんな目で俺を見ないで!?」

 

 

 

 

 

 

 メイドの少女、アネットの案内で三人は伯爵の屋敷の一室へと向かう。どうやらこれで宿の心配はない、と安堵していたルイズ達は、しかしどうしたもんかと首を捻った。

 

「無理矢理連れてく?」

「ちょっとそれは、ねぇ」

「あの状態だと心配」

 

 現在オリヴァンの精神状態は大分危うい。いじめられているという事実を、自分は奴らより上なのだという思い込みで何とか耐えているようであった。見方を変えれば、それで耐えられるということは彼の心はある意味そこそこ頑丈だということだ。少し方向を変えれば、きっと状況が改善するはずだ。

 そう結論付けたルイズは、よし決めたと拳を握る。

 

「何する気?」

「決まってるでしょ」

 

 その笑みの意味が何か、そんなものは分かり切っていた。だからキュルケもタバサも止めることなく、翌日体を動かせる場所までオリヴァンを引っ張っていく彼女をただただ見守るだけだ。

 

「修業よ!」

「は?」

 

 何言ってるんだこいつ、という顔でオリヴァンはルイズを見る。対するルイズは彼の部屋から一緒に持ってきた杖を差し出すと、さあ構えろと距離を取った。

 

「だから、僕は――」

「気高く強い心は、何よりも強靭な肉体を糧とする。わたしが母さまから学んだことよ。アンタが本当に強い心を持っているのなら、出来無いはずがない!」

 

 ビシリ、と指を突き付け宣言するルイズを、ポカンとした表情で彼は見た。何言ってるんだこいつ、という感想はさっきから変わっていない。変わっていないが、あまりにも自信満々なその顔を見ていると、何だか自分が間違っているような錯覚を起こした。

 はいはい、とそんな空間に乱入者が二人。パンパンと手を叩きながら、キュルケはルイズの前に立った。言いたいことは分からないでもないけど、とルイズに述べると、視線をオリヴァンに向ける。

 

「状況についていけてないわよぉ」

「軟弱ね」

「そういう問題じゃない」

 

 さっきから立ち上がっていなかったオリヴァンを立たせたタバサが溜息を吐く。少なくとも、こっちにある程度理解をさせないといけない。そう続け、彼女は彼に向き直った。

 

「貴方がもし、変わりたいと思うのなら、手伝う」

「え?」

 

 何を言っているんだ。彼は三度目のその感想を抱いた。だが、先程とはまた違うそこに込められた意味を自分でも気付き、思わず目を逸らしそうになる。

 

「わたし達が出来るのは、貴方を強くさせることだけ。……貴方の意志は、変えられない」

 

 だが、真っ直ぐに彼を見てそう述べるタバサから、目を逸らせない。自分に自信がないから生まれた、どうにかしたくても、どうにも出来ないその悔しさを。

 助けてくれる、手伝ってくれる。そう静かに述べた少女から、目が逸らせない。

 

「……僕は、悔しかった。オドオドしている自分が、変えようにも変えられない自分が。誰にも認められなかった自分が」

「なら――」

「いいわよ、わたし達が認めてあげるわ」

 

 タバサよりも早く、いつの間にか横に立っていた少女が述べる。彼に向かって、そんな言葉を投げかける。しょうがないな、と肩を竦めているもう一人も口にはしていないものの、どうやら考えていることは同じのようであった。

 

「ルイズ」

「ただし!」

 

 彼女は笑う。指を突き付け、さっきも言ったけど、と笑う。

 まずは修業よ、そう述べたルイズは、どこまでも自信満々であった。

 

 

 

 

 オリヴァン少年は後悔した。こいつら人間じゃない、と恐怖した。大剣を構え、風メイジより素早く火メイジより苛烈な一撃をぶっ放すピンクブロンドの少女を見て、きっと英雄が倒した魔物はこんな感じだったのだろうという感想を抱いた。

 だが、同時に。ボロボロの己を見回してみると、何だか無性に誇らしくなった。あんな化物と対峙して、自分は生きている。それだけで、何だか今までのことが凄くちっぽけに感じられた。

 修業二日目。ドットの自分に出来ること、と基礎呪文の応用を聞く傍ら、ルイズの提案で『ブレイド』を覚えることになった。いざとなったらそれで相手をぶった切ればいい。そんな脳筋のアイデアであるが、オリヴァンには何だかそれが最適解に聞こえた。

 参考書を片手に、拙いながらもブレイドのルーンを唱える。うっすらと杖が光り、それそのものが武器へと変化する。

 じゃあ試しに、とルイズが持ってきた岩にそれを叩き付けた。甲高い音を立て、彼の腕が弾かれる。まだ鋭さはイマイチだ、ということを理解したルイズは、まあ殴り倒せばいいかと楽観的であった。そして何故か、オリヴァンはそれが自身には正しいのだと思えてしまった。

 修業三日目。力尽きたオリヴァンは倒れた。タバサの治癒魔法で一命は取り留めたが、しかし精神力を使い切ってしまっていたらしい彼はその日は一日中目を覚ますことはなかった。

 修業四日目は無くなった。彼の母親がルイズ達を追い出してしまったのだ。何とか食い下がったが、衛兵を呼ばれかけたので彼女達は引き下がらざるを得なかった。これでも一応跡取り、命の危険からは遠ざけようと親は判断したのだ。

 目を覚ましたオリヴァンは、そのことを聞いて顔を顰めた。何だ、結局見捨てたんじゃないか。そんなことを吐き捨て、彼は再度部屋に引き篭もった。

 次の日、修業の成果というべきか朝に目を覚ましたオリヴァンは、朝食を取ると着替え外に出た。特に理由はない。ただ何となく、ひょっとしたら彼女達は外で待っていてくれたかもしれないと思ったのだ。杖と、参考書。修業で使っていたそれを持って、門を開け、一人では危ないですと言ってきたアネットを連れて。

 

「っ!?」

 

 彼がよく知っている男子生徒達数人にどこかに連れて行かれる少女三人を見て、思わず足が動いていた。待て、と叫びながら彼等に追い付くために足を動かした。彼等はオリヴァンに気付いているのかいないのか、どんどんと先に行ってしまう。

 必死で走った先は、通りから少し外れた寺院跡であった。殆ど誰も訪れないその場所は、人目につかないことをするには絶好の場所だ。男が、女を、そんな場所に連れ込むということは、つまり。

 

「アルベール!」

 

 オリヴァンは叫んだ。少し遅れてきたアネットが、心配そうに辺りを見渡すのも気にせず、彼はここにいるであろう男の名を呼んだ。

 その声にがさりと茂みが揺れる。何だお前か、とそう言ってやってきた少年、アルベールは、何か用かい泣き虫、と彼を見下すように述べる。

 

「お前達がここに連れ込んだ彼女達に用があるんだ」

 

 ピクリ、とアルベールの眉が動く。お前のようなやつが、あんな美女に何の用があるっていうんだ。嘲笑うような調子でそう言い、彼は杖を抜く。彼女は僕が先約だ、さっさと消えろ。杖を突き付け、そう続けた。

 オリヴァンはその言葉に眉を下げると、一歩下がる。今ここで逃げれば、きっと自分は無事で帰れる。そんなことが頭を過ぎり、彼は目を閉じた。

 たった数日。しかも、最初は自分に酷いことをした連中だ。どうなろうと知ったことではない。それが、今までのオリヴァンの出す答えであった。

 

「何のつもりだ」

 

 アルベールはオリヴァンが持っていた杖を握りしめたのを見て眉を顰めた。自身と同じように、それを突き付けるのを見て顔を歪めた。

 

「彼女達は……僕の、と、と、と」

「あ?」

「友達だ! お前達の好きになんか、させるもんか!」

 

 その声は、恐らく寺院に響いたであろう、それほどの大声。目の前にいたアルベールは耳を塞ぐように手を添えながら顔を顰め、次の瞬間激昂し大口を開けた。

 呪文が紡がれ、風の槌でオリヴァンは吹き飛ばされる。アネットの叫びが横に流れていく中、彼は必死で立ち上がった。呪文を紡ぎ、それを唱える。まだ完全に回復しきっていない精神力で生み出されたそれは、所詮大した威力にはならず。

 だが、打ち込まれたアルベールはそう思わなかった。今まで何とも思わなかった彼の攻撃で、自分がぐらついたのだ。あの泣き虫に、一撃を食らいよろけたのだ。そんなことを、許せるはずがない。

 再度呪文を唱える。オリヴァンを吹き飛ばしたアルベールは、彼に駆け寄ろうとしているメイドの手を乱暴に掴んだ。そのまま自身に引き寄せ、舐めるようにその体を見る。

 平民のメイドにしては綺麗じゃないか。そんな感想を持った彼は、彼女がオリヴァンに仕えていることに腹が立った。あいつにはもったいない。そんなことを考えた。

 

「アネット!」

 

 立ち上がったオリヴァンが叫ぶ。だが、そんな彼を冷ややかに見詰めたアルベールは、捕まえているアネットの胸を乱暴に揉みしだきながら勝ち誇ったように笑った。

 お前のさっきの一撃のお詫びを貰おうじゃないか。そんなことを言いながら、彼は下劣な笑みを浮かべる。こいつを、好きにさせてもらうぞ。そう言って、彼女のスカートに手を動かした。

 

「やめろ!」

「やめろ? そんな命令を出来るほどお前は偉かったのか?」

 

 アルベールの言葉を聞いて、オリヴァンは歯噛みする。そういえば、自分はあいつらの方が格式が上だからと自分に言い聞かせていたのを思い出した。だから反撃出来ないんだ、と思い込もうとしていたのを思い出した。

 そんな自分を無理やりぶち壊した三人の少女を、思い出した。何だかんだで、何故か自分と共にいてくれたメイドを視界に入れた。

 

「……ああ、偉いね! 僕の方が、お前なんかより、ずっと!」

 

 一歩踏み出す。普段でも敵わないのに、精神力は半分以下。さっきの二撃で体が痛む。それでも、オリヴァンは目の前の男を真っ直ぐに睨み、そして笑った。泣き虫、というあだ名を払拭するかのごとく、自信満々に。

 大丈夫、心配いらない。確かに痛かった。でも、その程度だ。

 一昨日までの彼女の修業の方が、ずっと痛かった。

 

「アネット」

 

 アルベールなど眼中にないかのように、彼は捕らえられているアネットを見る。彼女はそんな彼を見て、怯えていた表情を安堵の表情へと変えた。

 

「……ぼっちゃま」

「ああ」

 

 すぐ助ける。そう言って笑い、オリヴァンは杖を振り上げた。




何かやたらかっこよくなった(気がする)オリヴァン

何かやたらゲスになったアルベール

不思議!

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