「はい、どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
家に入ると先に入っていた宇野沢さんがキッチンから飲み物を持ってきてくれていた。彼女が少しうちらと間を開けてソファに座ったのを見ると私はお茶を口に運ぶ。
そんな中うちの親友は宇野沢さんを凝視していた。
「むむむ……」
「えっと、何かな?」
「…………えぇ胸してはりますね」
「怜!?今日初対面の人に何言うてんの!?」
否、怜が凝視していたのは正確には宇野沢さんの立派なそれであった。
その言葉に宇野沢さんがとっさに胸を手で隠す。当然の防衛であった。
「いや、だってこんな大層なものお持ちなら空亜がそそのかされてもしゃーないなぁって」
「……」
「いや、待てお前ら」
「「いたっ!」」
怜の言った言葉に私が少し逡巡していると、少し離席していた空亜からのチョップがうちらの頭に入る。何気に少し痛いのだ。
痛がっているうちらの様子を見ると空亜は一息吐いてから言葉を吐く。
「はぁ、この人は俺の従姉弟だから。お前らの望んでるようなことはなーんもないぞ。そういえば今日は千里山と練習試合だったんだってな。3人だと誰が勝ったんだ?」
「卓を囲んだのは最後の一回だけで、3人とも宮永さんにボロ負けです……」
空亜の問いに宇野沢さんが肩を落としながら答える。
「次は絶対勝ったるで!あ、そういえばなんやけど、空亜。ここに宮永さん来てたりせえへんかった?」
「そうそう、さっき宮永さんっぽい人とすれ違ったんよね」
「…………」
怜が声高らかに宣言し、思い出したように先ほどすれ違った少女の話を出すと、その名前が出た瞬間にすっと空亜は目をうちらからそらした。
その様子に宇野沢さんがあはは、と頬を掻いて空亜の様子にテコ入れをしていく。
「……さっきまでここで宮永さんともう1人を入れた4人で打ってたんだけどね……。空があまりに宮永さんをボコボコしちゃったから、宮永さん泣いてここを出て行っちゃって……」
「あんた……」
「……最低や」
その説明を受けて私と怜の視線が氷のように冷たくなる。
「麻雀打っただけなのに!?」
その反応を受けて流石にだんまりもきつくなったのか、思わずそんなツッコミが空亜から飛び出る。
「ちなみにどんな試合になったん?」
「東1局から俺が和了りつづけて東3局の俺の親番で宮永のトビ」
「「そりゃ泣くわ!!!」」
あまりの状況に宮永さんに同情してしまうが、よくよく考えてみるとうちらも宮永さんに同じような目にあわされてしまっていることを思い出すと、それほどかわいそうでもないのかもしれないと思いなおしてきた。
そんな結論に落ち着いていると、前の宇野沢さんがどこかワクワクした様子でうちらと空亜をちらちらと見てくる。
「まぁ、あの子のことはチームの子が拾ってくれることになってるから大丈夫だよ。それでそれで〜?2人と空はどういう関係なのかな♪」
「いや、だからただの幼馴染だって」
その質問に空亜が面倒くさそうに答える。その答えに納得がいかないのか、宇野沢さんは標的をうちらに絞りなおしてくる。
「え~なんかないの?こうラブコメ的な何かさ。ほら、2人は?」
「えぇ……ないですよ、そんなの」
「……竜華は空亜との久々の再開の時に抱き着いてこの豊満な胸をずっと押し当ててました!」
「と、怜!?」
問いに私が何もないと返すと、少し溜めて怜がとんでもない爆弾を残していった。
その様子に宇野沢さんは満面の笑みをさらに濃く、もうにっこにこであった。
「へぇー!可愛いね竜華ちゃん♪」
「う、うぅ~~。でも怜もしてました!」
死なばもろともである。少しやけくそといった状態で怜を指差すと怜は自分の胸に手を当てて目に光をなくしていた。
「うちは大して当ててへんし、……そもそも、無いし……」
「「「……」」」
そんな自虐に怜を除く3人が黙る。
「いや笑えや!そこは笑えや!悲しくなるやないかぁ!!!」
「ご、ごめん怜」
「もう嫌や……」
そんな状況に耐えられなかった怜の咆哮が家中にむなしく響いていた。
******
月が真上にあがろうかという頃、私の探していた少女は公園のブランコに座って、軽く軽く足を揺らしていた。
「探したぞ、照」
「……菫……」
こちらに気づいて顔を上げると、その目の周りは先ほどまで泣いていたのが誰でもわかりぐらい赤くなっていた。
そんな状態の彼女に私はどんな言葉をかけられるのだろうか。
「……まぁ、その、なんだ、相手は世界ランカーだし、そんな落ち込むことないさ」
出てきたのはなんてないことのない慰めの言葉。こんな言葉しか今の私は言えないのか……。
「……ううん。悔しい、そんな気持ちもないぐらい完敗だったし、負けたことに対しては別にそこまで何かってわけでもないんだよ」
空を見上げながらぽつりと言葉を繋げていく。そして一拍おいて、でも、と言葉が続く。
「なんだろうね、『麻雀が好きじゃないやつに負けるわけない』って言われた時に、なんか言葉にしにくいんだけどこう、改めて気付かされたというか、私は麻雀をやっていい人間だったのかなって。なんか色々考えてたらね、ぐちゃぐちゃになっちゃった……」
「照……」
「やっぱり私は麻雀をやるべきじゃなかったんだよ」
そう無理やりに笑顔でいようとする彼女の顔を私は見たことがあった。
2年前、初めて彼女と試合した時のこと、部室で部員全員が負けて瞬間、その部員のうち1人が涙ながらに部室から走り去っていった。
その光景を見た時の彼女の顔だ。
「……うん、もう大丈夫。そろそろ「……なら、好きになろう」菫?」
2度も、親友にそんな顔させてたまるか。
「麻雀を好きになろう。過去にお前に何があったのかは知らないし、今麻雀が好きじゃないなのもわかってるつもりだ。でも、それでも私はお前に麻雀を好きになって欲しい!お前が好きになれないというのなら、私が麻雀を好きにさせてやる!それで、3年のインターハイが終わった時に、お前が楽しかった、やってよかったと心の底から言えるように私がしてやる!!!」
「……それは、無理だよ……」
いきなり大声を出した驚きからか照の無理した笑みも消える。
「そんなもん知らん!私は麻雀が好きだ!今こそ競技としてやってるが、それよりもただ麻雀が好きなんだ。お前に出会ってからあったもやもやが解けたぞ。私は麻雀が好きでもないお前に負けるのが嫌だ!だからこそ、思わせてやる、麻雀は楽しいんだと、お前に!そんなお前に負けたのならわたしも納得できる」
「なに、それ……、そんなの自分勝手だよ……」
「そうだ、ただの自己満足だ。文句あるか?」
一気に捲し立てたおかげで少し息が乱れる。
そう、これはあくまで自己満足。私が言いたいから言っただけ。
そして自分のちっぽけなプライドのための高校3年をかけた種蒔きなんだ。
「…………ない。ないよ。菫、そんなに熱くなることあるんだね」
「……流石に恥ずかしい……」
指摘されると急に頬が熱くなる。……そういえば今は夜中、流石に近所迷惑だろう。
その私の様子を見たからかより笑みを濃くした照。
「あは、はははっ!」
「照?」
「ううん、ありがとう菫。じゃあ、そうだね。菫のためにも私も少し向き合おうと思うよ、麻雀と」
「あぁ、そして打倒沖野空亜だな」
「そうだね」
その顔からは先ほどまでの暗さはある程度取り除かれていそうで、無駄ではなかったとほっとする。
「よし、戻ろうか」
「……うん」
「お前、戻るの忘れてただろ」
「どんな顔して会えば……」
まだ、今日の苦労は続きそうであった。
******
「じゃあうちらはここらでお暇させてもらうわ」
私と怜は玄関で靴を履きながら見送りに来た空亜に言う。
「ご飯食べてかなくていいのか?」
「今日はうちでお母さんが作ってくれとるんや。また今度ご相伴に預かるで〜」
「うちも同じやで」
元々ここに来る予定でもなかったので、今日は2人とも親がご飯を用意して待っていてくれる。流石に帰らなければいけないだろう。
そこで引き留めてくるような彼でもないこともよく知っている。
「おう、連絡くれればいつでもいいからな」
「2人ともまたねー」
「はい!」
「次は勝ちますから!」
空亜の後ろからひょこっと現れた宇野沢さんに声もかけて、家を出ようとドアを開く。
「「あ」」
「「え?」」
「「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」
ドアを開けた先で待っていたのは先ほどすれ違ったであろう、チャンピオンと、同じ制服を着ているもう1人の生徒であった。
「ん?どうしたって、…………おかえり、か?」
その騒ぎを聞きつけて空亜がドアを大きく開けてこちらを確認すると、そのうちの1人を見て明らかに声色が緊張したものに変わる。
「……」
「あ、すみません。今連れ帰りました……」
もう1人の女性の方が言葉を発さない宮永照の代わりに現状報告をすると、その声に気づいたのかもう1人中から姿を表す。
「お、2人ともおかえり〜。とりあえず中入りな〜」
「はい。ほら行くぞ照」
「……うん」
その声に引かれて2人が中に入っていくのを見て、空亜が小さく息を吐く。
だがこの状況について聞きたいのはうちらである。
「く、空亜?宮永さんたちは帰ったんじゃあ……」
「ん?いや、ここ今日白糸台が泊まってるホテルまで遠くてな、ここで3人とも泊まってくんだよ。……あんなこと言っちまって、どんな顔して会えばいいんだ……」
どうやら、今日はここで4人でお泊まりだという。
おと、まり?
「と、とととと泊まり!?!?!?」
「男女が!?同じ家で!?!?!?」
うちら2人して空亜のすぐそこまで行って真偽を確かめる。
男女でお泊まりは、その、いいんか?
「な、なんだよ、そんなに。別に姫松の奴らなら偶にそこで寝てたりしてるぞ」
「空亜!うち、今度泊まるから、覚えとくんやで!!」
「うちも同じく!」
どうやら空亜的にはそこまで問題になることでもないらしい。勢いよくうちらも宣言をする。そこでバスの時間にギリギリになってしまっていることを知ったうちらは急いでダッシュするはめになったという。
お泊まり、早よしたいなぁ……。
***
「ん?まだ誰か起きてるのか?」
夕食を何とも言えない空気感で終え、各々が割り当てられた部屋に入った後の夜中。喉が渇いたために1回のキッチンで水でも飲もうかと降りてくると下に人の気配を感じる。
「あっ……」
「お、おう……喉でも乾いたか?」
下にいた宮永と目が合うと2人して視線をそらしてぎこちなく会話を行う。
「……(コクッ)」
静かにうなづいたのを確認し戸棚から2つコップを取り出すと片方を宮永に差し出す。
「俺も水飲むけどそれでいいか?」
「……ありがとうございます」
宮永の持っていたコップに水を注ぐと俺も自身のコップの水をグイっと飲み干す。その様子を見てから遠慮がちにコップに口をつけた。
「じゃ、コップはその辺置いといてくれ。おやすみ」
「っ!あ、あの!」
「!?な、なんでしょうか」
コップをながしに置き、言葉をかけてから自室に戻ろうとすると後ろから少し大きめの声で声をかけられる。いきなりのその声に少し驚いて思わず敬語が出てしまった。
後ろを振り向くとその声を発した彼女は先ほどと違って目線を上げ、その赤い瞳は家を飛び出す前よりも力強く、それよりは憑き物が落ちたように綺麗になっていた。
その少女はまだぎこちなくも強い声で言う。
「……私、今はまだあなたの言うとおり麻雀は好きになれないし、あなたに勝てもしないですけど……いつか、あなたを倒しに行きます。その時までに麻雀、好きになっておくので」
その言葉に思わず目を見開く。一体、何があったのかはわからないがたった数時間でここまで心構えが変わることがあることに俺は単純に驚いていた。
「……麻雀嫌いなんじゃなかったのか?俺は別にお前に発破かけるために言ったわけでもなかったんだが……」
「……麻雀は今も好きじゃありません。でも友人……
その言葉に俺は思わず笑みがこぼれてしまう。そこにいたのはまぎれもなく日本のチャンピオン宮永照であった。
「……何度でも受けてたつさ。いい親友がいたもんだな」
「はい、あげません」
「もらわねぇよ!?」
俺のツッコミに楽しそうに笑う彼女が窓からの月明かりに照らされてよく見える。
2人して笑って少し、落ち着いてきてから階段前で各々の部屋に分かれる。
「じゃあ、私は寝ます。今日は色々とご迷惑を」
「こっちもすまなかったな、色々と余計なことを言っちまった」
「いえ、向き合うきっかけをくれたことは感謝してます。でもあの言い方はないと思います」
「……すみません」
むすっとした言いようで言われて流石に謝罪。その様子で許してもらえたのか「いいですよ」と言ってドアノブに手をかける。
「それじゃあおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
自室に戻りベッドに寝っ転がると天井を見つめて改めて思う。
「とんでもない敵を作っちまったかもなぁ……」
***
「照!起きろ!」
朝、未だ起きてこない照を起こしてきてほしいと宇野沢先輩から頼まれ現在。その張本人は体こそ起こしたものの目は全く開いていなかった。
「ん……、なに……」
「いや、起きろ。早く起きないと部のバスに合流できなくなるぞ」
「……わかった……」
「はぁ……ほら、顔洗ってこい」
「うん……」
私が手伝って色々と照の朝の支度をし、リビングに向かうとキッチンに立っていた沖野さんに見つかる。
「お?おはよう宮永。よく眠れたか?」
「…………おはようございます」
相変わらず照は彼と目を合わせようとはしない。
「あれ、昨日ので距離近づいたかと思ったんだが……。まぁいいや。とりあえず2人とも、そこ座っててくれ。朝ごはん持ってくるから」
「え!?いや、そこまでしてもらう訳には!」
(昨日のあれで空気が重すぎて居ずらいなんて言える訳ない……)
色々と断りの言葉を考えている中予想外の言葉を発したのは隣の寝坊助であった。
「……もらう」
「照!?」
思わず私も目を見開いて首を横に向ける。照からその言葉が返ってくるとは思っていなかった。実際集合時間までにはまだ朝食を食べるぐらいの余裕は残っていた。
その言葉を聞いて沖野さんの目が輝いたように見えた。
「おお!そうか!宮永、甘いもの好きなんだろ?今日の朝ごはん、フレンチトーストにしたけどいいか?」
「……!!!!!!」
「すごい首振るじゃん。弘世もどうだ?食べて行ってくれないか?」
次に照が目を輝かせて首を取れんばかりの勢いで縦に振った。その様子を見てからの誘いに対し私は断る手段を持ち合わせてはいない。
「……分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます。そういえば宇野沢先輩はどこに?」
「あぁ、姉さんならご飯食べて今はシャワー浴びてるぞ。2人も浴びたかったらご飯食べた後にな。っと、よしじゃあ皿置くぞー。ほら、どうぞ」
テーブルに着くと置かれたのはどこかのカフェで出てきそうなレベルのフレンチトースト。メープルシロップが光り輝いており面倒な考え事よりもこれを食べたいという思考が前に来てしまうほどだった。
隣でもっと目を光り輝かせている奴もいるが。
「っ!!!!!」
「目が光り輝いてるな……。召し上がれ」
「「いただきます」」
一口サイズに切り口に運ぶと、そのふわふわ加減に舌が落ち思わず感想がこぼれてしまう。そして食べて感じる、宇野沢先輩のパンケーキはこの人の入れ知恵だと。
「……え、うまっ」
「!!!」
その反応をみて沖野さんも満足そうに笑う。
「はははそりゃあよかった。2人で俺を倒すんだろ〜まずは食べてエネルギーをつけなきゃな」
「っ!?けほっ、ごほごほごほ!な、なんでそれを!?」
いきなりのその発言に食べていたものがのどに詰まりそうになりどうにか胃に収める。
昨日の今日でどうして沖野さんがそのことを知っているのだろうか。
「ん?お前の隣の俺の話なんか聞かずにバクバク食べてるやつが昨日話してくれたぞ。随分かっこよかったらしいな」
「……やめてください。恥ずかしいんで……」
「はっはっは!!!まぁ、頼んだ。こいつどうせまた1人で抱え込んで爆発するだろ?」
「……ですね。できる限りは助けていきたいと思います」
火照る顔を隠すようにフレンチトーストをがむしゃらに食べていく。いつの間に宣戦布告していたのか、とか色々こいつに聞きたいことはある。だが時間も少しずつ無くなってきている。ある程度で切り上げて集合場所に向かわなければいけない。
「うん。よーし、宮永おかわりあるがどうする?」
「……!」
「無言で皿出してきたな……、いよいよ遠慮もあったもんじゃねぇ」
「……こいつ……」
その様子に2人して呆れながらも2皿目に行こうとする照を無理やり止めて家を断つ準備をする。止めた際にポコポコと叩かれたがこちらにも予定があるので仕方ない。
玄関まで荷物を持ってくると先にいた先輩と合流して靴を履く。
「いつでも来てもらっていいからな」
「また来るね~」
宇野沢先輩の声に合わせて2人でお辞儀をすると家を出る。
それから近くのバス停まで歩いている中は沖野さんが持たせてくれた食べ歩き用のフレンチトーストを食べていた。食べ歩き用ってなんですか?
……あの人間違いなく同じ歳ではないだろ……。
ここまでのご精読ありがとうございました。
できる限り毎週金曜日に投稿していきたいと思います。