いつからだろう君の走り以外視界に入らなくなったのは。
他を寄せ付けない圧倒的な実力。
皇帝の如く他者を蹴散らし、足踏み一つで道を作る。
観客の声援は勝利のファンファーレでありその背を見た他の選手は己の未熟さに去る物もいた。
いつからだろう君の横顔以外を追わなくなったのは。
桔梗色の瞳に腰の部分まで下ろした美しい鹿毛。
全てのウマ娘の模範になるべく奮迅するその姿はそこらの男性よりかっこいいだろう。
オフの時のメガネ姿やふと駄洒落を思いついた時に見せる年相応の顔も愛くるしい。
いつからだろう君の夢に私は必要ないと感じたのは。
無敗で三冠バとなったルドルフ。
敗北こそあったが史上初の七冠バとなった時私は悟った。
君にとって私はただの"トレーナー"なんだろうと。
「おはようトレーナー君、目の下の隈が凄いがちゃんと寝ているかい?」
「おはようルドルフ、ちょっとだけ作業が滞ってて……」
「ふむ……それは大変だな。何か手伝うことはないだろうか?」
「大丈夫だよ、トレーニングまでには何とかするから」
「だがしかし……」
そんな目で私を見ないでくれ。
私はただ君の夢の手助けをしたいだけなのに。
「じゃあここの書類、判子を押すだけだからやってくれると嬉しいな」
「任せてくれ」
意気揚々と私の判子を押していくルドルフ。
椅子を並べて作業をする。
見慣れたいつもの光景はいつまで続くのだろうか。
「ルドルフは卒業後の進路って考えてるの?」
静寂がもどかしく口を開く。
「あぁ、URAの方から声を貰っていてね。ウマ娘を支えるのにはうってつけの場所だと私は考えてるよ」
レースでの実力もあり、トレセン学園では生徒会長。
確かにこれほどの人材をURAが放って置くなんて考えにくい。
「トレーナーになるという考えも少しあったんだがね」
思わず顔を上げる。
ルドルフはというと不思議そうな様子でこちらを見ている。
「どうしたんだいトレーナー君?」
「いや、意外な回答が聞けたからちょっとびっくりしちゃった」
「ふふ、教え子がトレーナーになる。トレーナー君にとってもやはり嬉しいものなのだろうか?」
「それはもちろんだよ。新しく入ってくるウマ娘達にも自慢できるしね」
ルドルフの発言に胸が躍ったかというともちろん躍る。
大好きな彼女が私の隣で、私の視界の入る場所で働く。
それ程までに素晴らしいことなど他にはないだろう。
「トレーナー君なら私にどっちを勧めるかい?」
ルドルフが楽しそうに話す。
「そうだな……」
彼女の夢に最短で近づく為なら前者だろう。
私個人の欲望、念望、願望を含むなら後者だ。
「URAに就職した方がいいと思うよ」
私は君に嘘をつく。
大好きな大好きな君のために。
「それはトレーナー君の本心かい?」
「うん、そうだよ」
笑顔を貼り付けそう答える。
「そうか、ならそうしようかな」
「君がスーツを着こなす姿を見てみたいよ」
「ふふ、私が20歳になった時お酒でも飲みにいこう」
「それは楽しみだ」
君は本当に私の心を惑わすのが上手い。
福引で当てた温泉旅行を君は覚えているだろうか。
"君を手放すつもりは毛頭ない"
君はどういう意味で言ったのだろう。
私は何度この言葉に惑わされただろうか。
「そうそう、エアグルーヴが花言葉を最近教えてくれてね」
楽しそうに笑う君の横で私は静かに拳を握りしめた。
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「ではまた今度!」
「はい、その時はよろしくお願いします」
嬉しそうな姿で去っていく私の同期、桐生院葵。
私もトレーナー室に向かうべく後ろを振り向くと今1番会いたくない人がいた。
「やあルドルフ、奇遇だね」
「こんにちは、トレーナー君。彼女とのお話は済んだかな?」
アメジストの双眼が揺れる。
尻尾や耳を見るが特に変化はない。
「随分楽しそうに見えたが一体何を話していたんだい?」
「担当についての質問があったみたい。彼女の同期って私だけだからさ」
ルドルフの目的地も私と同じだったみたいで歩調を合わせ向かう。
「ふむ……君のあんな顔を見たことなくてね、トレーナー君はああいう人が好みなのかい?」
「どうしたの藪から棒に」
「恋バナだよトレーナー君。私だって年頃の女の子なんだ」
クスクスと笑うルドルフ。
「私のタイプなんか聞いたところでじゃないの?」
「聞いちゃダメなのかい?」
拗ねた。とても可愛らしい。
「いいけどこういうのって同級生とかとするから面白いんじゃないの?」
「笑止千万、私は君としたいんだ」
「そこまで言い切ることなのか?」
難しい言葉を好む彼女の為、必死で勉強をしたのはいい思い出だ。
今では四字熟語などスラスラ理解することができる。
まあ未だ駄洒落の類には反応できないが。
「そうだね……身長はどれくらいが好みかい?」
「大きい方がいいな。大人っぽい女性が好きだから」
「髪の長さは?」
「長い方が好き。髪型はそんなに見ないかな」
「胸の大きさは?」
「大き……ちょ、ルドルフ何言ってるの!?」
「あはは、素直に答えてくれるとは……くくく」
「心臓に悪いよ……」
いつもそうだ君は。
毎日、毎日私を苦しめる。
今この会話だって、今こうやって歩いてるのも全部が全部もどかしい。
「人間とウマ娘、将来どっちと結ばれたい?」
ルドルフの尻尾が大きく一回揺れ私の体を撫でる。
雀色時の太陽が静かに私だけを照らした。
「それは……分からないな……考えたことがなかった」
絞り出すようにそう紡ぐ。
私は演じることが出来ているだろうか?
「そうか」
ルドルフはそう一言だけ言った。
「てっきり私は君が付き合ってると思ったよ」
「私が葵さんと?」
「随分親しいように見えるしね」
正面を見ながら答えるルドルフ。
その表情からは何を考えてるか読み取れない。
「仲のいい友人だよ。向こうもそう思ってるはず」
「そうか」
私の前を歩き、またそう一言だけ言った。
彼女の尻尾が大きく揺れたような気がした。
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「君とのお出かけは久しぶりだな。几帳・・面な私でも楽しみすぎて起床・・が遅くなってしまった」
唐突千万……というべきか開幕早々駄洒落をぶち込んできたルドルフ。
彼女も楽しみにしていたのだろうか足取りが軽く見える。
オフの日だからか、はたまた変装用かは分からないがルドルフは眼鏡姿だ。
「テイオーから美味しいと教えて貰ったお店があってね。是非君と行きたいと思って」
「流行りに敏感なあの娘の言うことなら間違いない」
「む、トレーナー君は私が行き遅れてると思ってるのかい?」
「そんなことないよ、君からの意見はいつも新鮮だ」
自己管理が完璧な彼女のため、ある程度のトレーニングの知識はあるみたいで時折私が驚くようなアイデアを出してくることがある。
それは私を凌駕するものであり、私の存在意義を薄れさせるものだと彼女は気づかない。
目的の場所につき、注文表を見る。
テイオーおすすめの場所ということもあり、甘味やドリンクも豊富で学生に人気なのも納得の理由だ。
「トレーナー君は何にするか決めたかい?」
「うーん、じゃあチーズケーキとこのレモンティーにしようかな。ルドルフは?」
「私はチョコレートクッキーとコーヒーで」
「店員さん呼ぶね、すみません!」
店員を呼び注文をする。
しばらく談笑を繰り返し時間を潰す。
少ししたら注文していたものが届いた。
「うむ、砂糖がない」
「取ってくるよ」
「あ、砂糖なんだが……」
「シロップじゃなくてスティックのやつでしょ」
ルドルフに言われる前に立ち上がる。
君のことなら私は殆ど知ってるんだ、今更何を言われても驚かない。
物事を思案する時顎に手を置く癖。
人と話す時よく腕を組むが組む腕は左手から。
君だけを見て、思って、考え続けた。
だから私は全部知っている。
君の好みの味付けだって全部だ。
自分の分のシロップを取り忘れたがまあいいだろう。
その日の紅茶はいつもより渋く酸っぱかった。
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春陽、とまではいかないが春の気配が感じられる今日。
トレセン学園は卒業式を迎える。
生徒会長だったら彼女は学年主席で卒業。
学年代表としてスピーチまでこなすなど本当にすごい娘だ。
「卒業おめでとうルドルフ」
トレセン学園の並木道で彼女と話す。
今日で彼女との契約も終わる。
「ありがとうトレーナー君。君との三年の月日は何にも変えられない素晴らしいものだったよ」
「それはこっちもだよ。何にも変えられない思い出をありがとう」
彼女に花束を渡す。
淡く、薄紅色のスイートピー。
花言葉は永遠の別れ。
「さようならルドルフ」
私は振り返り校舎に戻る。
「君は最後まで私に嘘をつくんだな」
ルドルフの一言で足を止める。
コツコツと近づく足音。
ただ真っ直ぐに歩き始めたらいいだけなのに、私にはそれが出来なかった。
「君がどう思っているかは分からないが何が"永遠の別れ"だ!何がさようならだ!」
ルドルフが襟を掴み咆哮する。
地面に散らばる私があげたスイートピー。
「君はいつだってそうだった!私に対して感情を隠して暗い表情をしていたな!」
私は抵抗をしないでそれを聞く。
「君が私に向けていた感情など知っていたさ!私だってそんなバ鹿ではない!」
「私はただのトレーナーさ。シンボリルドルフというウマ娘と担当したただのトレーナー」
小さく私はそう紡ぐ。
「君の人生に少しだけ寄り添った人間で、そんな君に好意を抱いただけ。君の夢に私はいらない」
「まだそんなことを言うのか……」
ぐいっと更に襟を引っ張る力を強くするルドルフ。
「君は私が何とも思ってない人間に対して二人きりで温泉旅行に行ったり好みの女性像を聞いたり一緒にお出かけをするウマ娘だと思っているのか!」
私は驚きで顔を上げる。
「私はあの旅行の時に言ったはずだ」
視界が滲むがこの際それはどうでもいいだろう。
「君を手放すつもりは毛頭ないと」
掴んでいた手を離し私を抱きしめるルドルフ。
それに応えるように私も強く彼女を抱きしめる。
何度夢見たか分からない君の体温。
何度情欲を催したか分からない君の匂い。
その全てを私は感じれていた。
「泣かないでくれトレーナー君」
目元を親指で擦り涙を拭き取るルドルフ。
「改めて言おう、君が好きだトレーナー君」