ウマ娘短編集   作:こーさん

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タキオン「一人暮らしなど実に非効率じゃないか」

 

渡り廊下を歩くと建物の隙間から肌を刺すような冷たい風が頬を撫でる。

3月初旬、日本の冬は長く春の陽気はまだ遠い。

 

日常的に光っている私の体は今日はお休みのようで、右手にはバインダー、左手には弁当箱とまるで母親のような格好でトレセン学園を闊歩している。

 

歩き慣れた道を行き、目的の場所で足を止める。

通常のトレーナー室とは違い生徒会公認の空き教室を私の担当が改造した特別教室。

噂では特定危険地として恐れられているらしいが……まああながち間違いではない。

 

「失礼するよタキオン、ご飯持ってきた」

 

「ありがとうトレーナー君、私は今手が離せないから適当な所に置いてくれると嬉しい」

 

タキオンに言われた通り空いているスペースに弁当箱を置く。

教室全体を外からの光が入らないよう分厚い遮光カーテンで覆われたこの教室。

ぽこぽこと沸騰している怪しい液体や蛍光色に光っている試験管。

まるで映画のワンシーンの様な世界観の中、私の担当はというと研究に没頭していた。

 

「そろそろ自立した方がいいんじゃないかなタキオン。もうすぐこの学園からも卒業でしょ?」

 

「そうか……もうそんな時期か」

 

壁にかけてあるカレンダーを一瞥しそう唸るタキオン。

 

「卒業したら俺もご飯作れないし身の回りの世話をしてくれる人もいなくなる訳じゃん?」

 

「そうだね……実に面倒臭いよ」

 

一通り作業が終わったのかこちらを向くタキオン。

 

「トレーナー君は私が卒業した後もトレーナー職を続けるのかい?」

 

「ん、そりゃもちろん。生きていくためにもこの仕事は続けるよ」

 

「そうか……私以上に興味のあるウマ娘は見つけたのかい?」

 

「いや今のところこの娘だっていうウマ娘はみてないね。どうしてもタキオンの走りを重ねてしまう」

 

「ふぅン……そんなのでトレーナーが務まるのかい?」

 

「まあまだ全員見きれてないしいつかはあるんじゃないんかな」

 

「まあいい、そうか卒業か……」

 

三冠バに最も近かったウマ娘、アグネスタキオン。

皐月賞で魅せた走りはまさに超高速の粒子タキオン。

残念ながら怪我の影響で菊花賞を走ることは叶わなかったが。

 

「トレーナーくーん、もう直ぐで私は晴れて社会に飛び出す訳だが一人暮らしにおいて必要なものってなんだと思うかい?」

 

「ん、一人暮らしをしている俺が思いつくもので言ったら、住む場所とか家具とかその辺じゃない?」

 

「そうだね、なら一人暮らしをするにあたって必要なスキルはなんだと思うかい?」

 

「そりゃ家事全般でしょ?料理やら掃除とか」

 

「その中で私が出来そうなやつは一つでもあるかい?」

 

タキオンにそう問われ考えてみる。

私が担当トレーナーになるまで食事はミキサー食だったタキオン。

研究に没頭し、寝る時間すら忘れ翌日ラボで死んだように寝ていたタキオン。

 

「ないな……」

 

「クククッ……そうだろう?」

 

長めの白衣を嬉しそうにクルクル回すタキオン。

 

「なのでトレーナー君、私は君にある提案をしようと思う」

 

自信に満ちた表情でそういうタキオン。

少し悪い予感がする。

 

「提案?」

 

「なぜ君はそう露骨に嫌な顔をするのかい?」

 

「そりゃタキオンの思いつきでいい思い出はなかったから」

 

突然試験管の薬を飲まされたと思ったら体が発光したり。

実験のデータを取るといって10キロ近い距離を走らされたり。

 

「いや、この提案は君にも大きなメリットがある」

 

「メリット……?」

 

「トレーナーくん、とりあえずその嫌そうな顔をやめてくれたまえ」

 

「怖いじゃん?」

 

「はあ……君も男だろう?覚悟を決めたまえよ」

 

「何の覚悟!?ねえ何するの?」

 

「クククッ……それはね」

 

手を大きく掲げて意気揚々に彼女はこう言った。

 

「私と結婚しようじゃないか!」

 

やはりとんでもない提案だった。

 

「結婚?」

 

「そう結婚だ」

 

「誰と?」

 

「君だとも」

 

「え、俺?」

 

「そう言っているだろう?」

 

何を言っているんだい?とも言うタキオン。

え、いや俺間違ってる?

 

「君は私以上のウマ娘を見つけられていない、私は君なしでは生活できない。そんな二人が一緒になるのは当たり前だろう?」

 

「いやいや……結婚って効率化を求めるためにするもんじゃないからね?好きなひと同士がするものなの」

 

「好きだが」

 

「え?」

 

「私は君のことが好きだが」

 

顔を朱色に染めながらタキオンはそう言った。

 

「タキオンが俺を?」

 

「そう言っているだろう?何度も同じことを言わせないでくれ」

 

恥ずかしいだろうと小さな声でそう言うタキオン。

え、ちょっと可愛い。

 

「タキオンは俺が好きだから結婚したいのね」

 

「そうだと言ってい……違う!結婚は私が生きていくために必要なことなんだ!」

 

あわてて言葉を繋げるタキオン。

 

「もしかして実験は建前だったりする?」

 

「う、うるさいぞ!モルモットのくせに!」

 

ぷんぷん怒りながらそう言うタキオン。

どうやら図星の様だ。

 

「へーあのタキオンが俺と結婚したいのか……へーなるほど」

 

「うるさいうるさいうるさい!それで、トレーナーくんは私と結婚してくれるのかい?」

 

珍しく私が優位に立てていたので少し遊んでいたらタキオンに回答を促された。

3年間も過ごせばタキオンの魅力など語り足りないくらいあるものだ。

 

「もちろんだよタキオン、これからもずっとよろしくね」

 

「そうかい!この提案は可決だね」

 

嬉しそうに耳をピコピコさせているタキオン。

無自覚だろうか、袖も一緒にクルクル回しているのが可愛らしい。

 

「卒業と同時に私は君の家に引っ越す、その時はよろしく頼むよモルモット君」

 

「おっとタキオン、仮にも今から俺は君の旦那だ。そのモルモット呼びは少し看過できないね」

 

「ふぅン……なら改めてよろしく頼むよ"あなた"」

 

長い袖を口に当てて目を逸らしながらそう言うタキオン。

やっぱりこのウマ娘可愛すぎる。

わたしは我慢できず彼女を優しく抱きしめた。

 

その後、恥ずかしさでキャパオーバーしたタキオンの振り回した袖が見事に頬に決まったのはここだけの話だ。

 

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