「なんだこれ?」
トレーナー室に入るのと同時に机に置いてある見覚えのないノートを手に取る。
裏表を確認するも名前らしきものはなく誰かのと判断することが出来ない。
かなり使い込まれているみたいでそのノートは所々色落ちしたり削れていたりなどの様子が伺える。
中を開いてみると沢山のキャラクターが描かれていた。
「あードーベルのかな」
私の担当バ、メジロドーベル。
極度の男性恐怖症というものもあり最初の方は苦労したが今では対面で話すこともできるくらいには仲が進展している。
「ん……これは?」
ノートの裏に何やらメモらしき物が書いてある。
「トレーナーにして欲しいこと?」
女性特有の丸っこい字でそう書かれていた。
"トレーナーに壁ドンして欲しい"
"後ろから優しく抱きしめて欲しい"
など数項目が書かれていた。
一つ一つの事柄に詳しくシチュエーションや体勢なども書かれていてついつい読んでしまった。
その際だろう、彼女の足音に気付くことが出来なかったのは。
「トレーナー失礼する……ね……?」
「ど、ドーベル!?」
読んでいたノートを急いで閉じる。
ドーベルはというと羞恥心故か、顔がとても真っ赤だ。
「ご、ごめん!誰のかと思って中見ちゃった」
「どこまで見たの……」
消えいるような小さな声でそういうドーベル。
「色んなキャラクターが描いてある所まで……」
「本当のこと言ってトレーナー」
別に怒ってる訳じゃないからと付け加えるドーベル。
下を向いているからか表情は上手く見えない。
「最後のメモみたいなのも見ちゃった」
「そう……」
私の方に近づきノートを自分の鞄にしまうドーベル。
「嫌だったよね。トレーナーにこんなことして欲しいなんて」
「い、いや別にそういう訳じゃないよ!俺が出来るんだったら……あっ」
思わず口に出してしまった言葉。
ドーベルは驚いた表情でこちらを見ていた。
この発言の際で後々困ることになるとは私は全く思わなかった。
「じゃあ……壁ドンして欲しい……」
先程より更に顔を赤く染めた彼女はそう言った。
先程言ってしまった故に引くことが出来ない私。
普段あまり我儘を言わないドーベルの為にもここは私が一肌脱ぐしかないのだろう。
「分かった……」
ドーベルを壁側に移動させ股に足を入れる。
完全に逃げられないようにガッチリと。
身長差もある為ドーベルがかなり下に見える。
普通の壁ドンではなく腕を壁に沿わせるような壁ドン。
通常のものより距離が近く、ドーベルの耳が目の前にある。
「逃がさねーよ」
耳元でそう囁く。
言っているこっちも頭から火が噴きそうなくらい恥ずかしいが、ドーベルはどうなのだろう。
顔を上げて表情を見る。
口を開けてパクパクとしているドーベル。
その顔は太陽に負けないくらい真っ赤だ。
「こ、これでいい?」
コクコクと無言で首肯を繰り返すドーベル。
「次……ハグ……」
「え?」
「ハグして……」
ん、と無言で両手を広げるドーベル。
「さ、流石にハグはダメだよドーベル」
しかもバックハグって書いてたじゃん。
「トレーナー何でもするって言ってたじゃん」
「なんか絶妙に違う気がする」
「い、いいから!アタシのノートを勝手に見たトレーナーが悪いんだからね!」
「うぐっ……それを言われると痛い……」
「ほら、早くしてよ……」
促されるまま彼女の背中をなぞるように手を回し優しく抱きしめる。
普段アロマを焚いているからか甘い匂い確かな柔らかさがダイレクトでくる。
暴走しそうになっている理性を何とか留め無言で只ひたすらに抱きしめる。
え、これいつまでやればいいの?
「ど、ドーベルほらそろそろ……」
「ダメ……」
私の胸元に顔を埋め、グリグリと抗議をするドーベル。
やめてくれ、今その可愛さは色々とヤバい。
離れて欲しい私と離れたくないドーベルの構図が出来上がり、そのまま20分が過ぎた。
「ねぇドーベルそろそろいいでしょ?」
「うん、分かった」
何度したか分からないやり取りを終え、ようやく離れてくれたドーベル。
私はというと悶々としていて今すぐにでもここから立ち去りたい。
「じゃあ最後にさ」
え、まだあるの?
「キス……してよ……」
耳をペタンと倒し、甘えるような表情でそう言うドーベル。
いや、待って、ダメだよ本当、君今は本当にダメ。
「いや、ドーベルノートにそんなこと書いてなかったよね?」
「か、書いてたよ!トレーナーが絶対見間違えたんだから!」
「いや、でもキスって……ドーベルはいいの?」
1番近くで関わった男性ということもあり、ドーベルなりに距離を縮めてくれた点においては私はとても嬉しかった。
でもこういう事はちゃんとした人にして貰う方がいいと彼女に伝える。
「トレーナーがいいの……」
「え?」
「アタシはトレーナーとキスしたいの!」
真剣な様子でそう答えるドーベル。
「トレーナーはアタシとするのは嫌?」
男はね、そうやって聞かれたら絶対断れないの。
一体何処でそんなことを覚えてきたの君は。
「嫌じゃないよ。でも本当にいいの?」
「何度も言わせないで、アタシはトレーナーとしたいの」
そう言い目を瞑るドーベル。
俗にいうキス待ち顔だ。
「ほっぺでいい?」
「口がいい」
爆発しそうな心臓を抑え彼女の元へ近づく。
左手を彼女の頬に添え、距離をゼロにする。
「ほら、満足か?」
「うん、ありがとう」
ニコッと微笑むドーベル。
私が悪いとはいえ、こんなことして本当によかったのだろうか。
「あー今日の練習はオフだ。もう俺が耐えられない」
「え、トレーナー?」
「じゃあねドーベル、また明日」
ドーベルの返事を聞く前にトレーナー室を出た。
しばらく歩き廊下の角を曲がる。
そしてそのまま壁を背に座り込む。
「ダメだろあの顔は……」
頭を抱え私はそう言うことしか出来なかった。
翌日、トレーナー室に向かうと見せつけるようにノートが開かれておりまたドーベルの我儘に付き合うことになったのはここだけの話だ。