暗転していた世界が色づき意識が覚醒する。
少し気怠い身体を何とか起こしながら、壁に掛けられている時計に目をやる。
短針は9、長針は6を過ぎた辺りを指しており、休日の朝だとしても少しお寝坊さんな時間であることを確認する。
ふふっ。
私の隣でまだ可愛らしい寝息を立てている彼。
少し癖っ毛のある前髪を優しく撫でながら私は一人微笑む。
昨夜は頑張って貰ったということもあり彼はまだ起きないでしょう。
もう一度私は布団の中に潜り込み彼を抱きしめる。
ピトッと肌が触れ合う。
お互い何も身につけていない生まれたままの姿。
胸の方に耳を当てるとトクントクンと彼の心音がはっきり聞こえる。
彼の温もりと大好きな匂い、私専用の麻薬に危うくトリップしかけるが意識を何とか保ち名残惜しいと思いつつもその場から離れる。
彼の手を取り、自身の指と絡める。
私より二回りほど大きい手。
私の手など余裕で包め込めてしまうほどに大きいそれを私はただただ夢中で握り続ける。
私の頭を少し乱雑に撫でてくれる手、私のことを包み込むように抱きしめてくれる手、情事の時二度と離さないと思うくらい握りしめてくる手。
昨日の彼の表情はそれはまた愛らしいもので。
──ダメです、彼はまだ寝てますから。
疼く下腹部。
彼に手を出そうとしてその手を引っ込めた。
カーテンも閉めておきましょうか。
一日の始まりを告げる天からの挨拶も今は少しお休み。
日頃仕事やら私に構うやらで忙しい彼。
こんな休日も偶にはいいだろう。
私の就寝場所になっている彼の部屋から出る。
寝室は別々で分けていたが今はもうほぼ機能していない。
服を取り、脱衣所へ向かう。
裸で廊下を闊歩するなど女性としては端ない行為だとは理解しているが、私の体も気怠げで服を着ることすら今は億劫だ。
下着と着替えのセットを洗濯機の上に置きお風呂に入る。
蛇口を捻り少し冷たいシャワーを浴び、本格に意識を覚醒させる。
汗やら体液やらで固まっている髪と尻尾をしっかり洗い、目の前にある鏡を見る。
もう少し大きい方が彼は良かったのでしょうか?
自身の胸をペタペタと触りながら私はふとそう考える。
ないものはないと割り切ってしまった方が楽というのは明確なのだが、それでもやはり寂しいものは寂しい。
しかし私が以前、現役の頃の勝負服を着て行った時は今まで見たことがないくらいに彼が頑張っていたのを見るに彼は男性としては珍しいそっち派……なのかもしれません。
蛇口を閉め、軽く頭を振って水気を落とす。
彼と結婚をした際、大きく切った髪。
腰付近まで伸ばしていたそれは今では肩付近で落ち着いている。
私が髪を切った時の彼の慌てようは今でも覚えています。
貴方がこの髪型の方が好きなのは知っていますからね?
タオルで軽く水を拭き取り、尻尾も同様にする。
いつも貴方に頼むドライヤーも寝ている為は今日はなし。
──どの道後で入ることになるんですから。
動きやすい、少しラフな格好でリビングへ歩く。
夏特有の少しジメジメとした気温が鬱陶しく、クーラーの電源を直ぐに入れた。
ご飯でも作ろうかと思い、キッチンへ向かう途中で歩みを止める。
目に入ったのは少し大きめの本棚。
読書好きの私と彼の共通スペース。
沢山の小説が並ぶ中、異質を放つ結婚情報誌。
中々踏み切らなかった彼にそれとなくアピールする為に用意したそれ。
全部で8冊にも及ぶ雑誌は思い出の品として今でも飾っている。
ご飯を作るんでしたね。
キッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。
今日食糧の補充を考えていた為少し寂しい冷蔵庫。
その中から卵とベーコンを取り出す。
横の収納スペースからパンを取り出し、私お気に入りのトースターで焼き始める。
カチッという軽快な音と共に青色の火がついた。
油を引いたフライパンの上にベーコンを置く。
リズム良く片手で卵を割り、先程焼いていたベーコンの上に乗せる。
起きたみたいですね。
耳を傾けると寝室からクローゼットを開ける音。
彼もシャワーを浴びるのでしょう、真っ直ぐ此方へは来ず脱衣所の方から音が聞こえます。
あ、やってしまいました。
視線を下に戻すと少し焦げた目玉焼き。
彼のことになると周りが見れなくなるのが私の悪い癖。
料理は普通の分類に入るであろう私。
こういったミスを減らせるように頑張らないといけない。
でもコーヒーなら最高のものを提供できます。
コーヒーメーカーなど使わない私こだわりのもの。
豆も厳選し、彼にねだって買ってもらったお湯の温度を細かく調整できる電気ポット。
時間、温度共に彼が好きなものに調整し抽出する。
お湯を入れた途端フワッと部屋全体に香るコーヒーの匂い。
上がるテンションを抑え、使った調理器具をシンクに入れる。
キッチンの電気を消し、リビングに置いてある机の上に朝ご飯を乗せる。
少し出来の悪い目玉焼きトーストと完璧なコーヒー。
感情的に動く尻尾。
身体がいち早く彼に会いたがっている。
そんな気持ちを抑える為に先程入れたコーヒーを口にする。
少し鋭い苦味が特徴のこのコーヒー。
ふうと大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる。
ふと視線を机の中心に向ける。
苦味が少し苦手な彼の為に常設した角砂糖が沢山入っている瓶。
その中から三つ取り出し私のコーヒーに入れる。
彼がいつも美味しそうに飲んでいるこの味。
私には少し甘すぎました。