「何故分かっていただけないんですか!」
「俺だって分かってる!でもそう出来ない理由が沢山あるんだよ!」
「いいです、トレーナーさんにとって私はそれっぽっちの存在ということなんですよね!」
「アルダン!」
「トレーナーさんなんか知りません、大嫌いです!」
バタンと大きな音を立ててトレーナー室を後にするアルダン。
突如静まり返るトレーナー室と仄かに香る彼女に匂いが孤独感を加速させる。
──大嫌いです!
「分かっていてもくるもんだな……」
頭を抱えながら一人呟く。
アルダンが私に好意を向けていることは既に分かっているし、私自身彼女に惹かれている。
だからといって気軽に手を出していい年齢じゃないし、彼女は今後メジロ家を継ぐ有力なウマ娘であり、私なんかとは住む次元が違うのだ。
ただ好きだから付き合う、という訳にもいかず。
かといって簡単に諦められるほど私は単純ではない。
「嫌われちゃったな」
小さく紡いだその声は、虚空に消えていった。
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沸騰した頭の熱を冷ますよう廊下を歩きます。
見慣れた廊下の風景も今は何処か流れるように朧げです。
──大嫌いです!
つい言ってしまったあの言葉。
心の中ではそんなこと全く思ってないのに。
トレーナーさんの言いたいことが理解できないほど幼いわけではありません。
もちろん理解していますし、1番辛いのはトレーナーさんであることも。
それでもやっぱり好きですから。
頑固なのは承知です、我儘なのも分かっています。
でもそれくらい大好きなんですもん。
トレーナーさんと意見が食い違うことは初めてではありません。
出会いとなった選抜レースも適正外のダート、短距離を走ろうとした私を止めようとしたトレーナーさん。
そんな彼の意見を押し通し、私は走り抜きました。
その後も少し考えが違うことがありましたが、今日みたいにちゃんとした喧嘩は初めてです。
頭が冷え、冷静になります。
例え思っていないにせよ、私が言ってしまった言葉は事実。
そこに残るのは拒絶の言葉であって親愛ではない。
「嫌われてしまいました」
青色の絵の具を塗ったような雲一つない快晴も、私の目には少し色褪せて見えました。
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「謝るか」
深く腰掛けていた椅子を引き立ち上がる。
いくら私が大人だとしても強く言いすぎた。
「駄々っ子と変わらないじゃないか、情けない」
自分の境遇をここまで呪ったことはないだろう。
貴族制度が全盛期だった頃に生まれたわけでもない平和な現代。
身分の差というどうしようもない壁に嘆きたくなるのは重々承知だ。
でも私はあくまで指導者であり、偶々彼女と巡り合うことができた一人の人間だ。
とりあえず卒業まで。
そこで大人しく身を引くためにも今は謝らなければならない。
嫌いと言われたが本心ではない……はず。
「はあ……」
「あれ、アルダンのトレーナーじゃん。そんな浮かない顔してどうしたの?」
「ああ、君は」
後ろから声を掛けてきたメジロパーマー。
メジロ家の中でも私が1番仲が良いウマ娘。
気品さもさることながら時折見せるとっつきやすい性格が私の波長と合っていて、アルダンのことを相談したりなど関わりが深いウマ娘だ。
「いや、色々あってね」
「どうしたどうした、話せば楽になることもあるかもよ?」
「うーん……そうかもしれないけどさ」
「なになに、私に言えないような深い悩みがあるの?」
「そういう訳じゃないけどさ」
ポリポリと頭を掻きながら私はそう紡ぐ。
それを見たパーマーはフワッと笑い私を手招きした。
「カフェテリア行こ、私が何か奢ってあげるよ」
「ええ……でも悪いよ」
「いいのいいの、どーせアルダンのことでしょ?」
言い当てられ身体が一瞬固まる。
「ほら、正解でしょ?」
「流石だよパーマー、よく分かったね」
「まぁね、アルダンのトレーナーが悩んでる時って大抵はアルダン関係のことだから」
そう言われて彼女との会話を思い出す。
確かにパーマーとの会話はほぼほぼアルダン関係だったような気がする。
「まああんなに惚気られちゃ私も負けられないなって」
「惚気てるか?」
「そーりゃもうめちゃくちゃに。もしかして無意識なの?」
「マジか……」
「マジマジ」
歩調を合わせながらカフェテリアに向かう。
そんなつもりは一切なかったのだが……同僚に苦笑いされていたのもこれが原因かもしれない。
その後カフェテリアにて雑談も含めつつ相談に乗ってもらった。
「へー本当にアルダンのことが大好きなんだね」
「そういうパーマーこそ、トレーナー大好きじゃん」
「ちょ、それはそれだよ!とりあえずトレーナーはちゃんとアルダンに謝った方がいいよ」
「そうだよな……でも嫌われてたりしたら……」
「ないない、それは絶対ない」
真顔で否定するパーマー。
そうなのかな……
「アルダンもアルダンでトレーナーのこと大好きだもん、とりあえず行動するべきだよ」
「そうだよなありがとう、パーマー」
「いいってことよ、またお話し聞かせてね」
立ち上がりカフェテリアを出ようとする。
すると入り口に立ちすくんでアルダン。
声を掛けようと彼女の方に向かうが振り向き走り去ってしまった。
その目に涙を溜めながら。
「アルダン!」
私は彼女の後を必死で追いかけた。
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トレーナーさんには謝らないといけませんね。
そんなことを考えながら私は歩き続けます。
向かう先はカフェテリア。
もので解決することはあまり望ましくはないですがないよりはマシです。
彼が大好きなプリンを買うべく人々で賑わう空間に足を踏み入れました。
「あれ、あそこにいるのは」
視線の先には見慣れた後ろ姿。
私が探している人物であり、絶賛喧嘩中の彼。
「謝らなければ……ってあれ?」
トレーナーさんの背中が被り、よく見えませんでしたが誰かと談笑中みたいです。
横にずれ、誰と会話を楽しんでいるのか確認します。
意外なことにトレーナーさんの正面にいたのは、同じメジロ家のパーマーでした。
「トレーナーさん……?」
溢れるように出た私の言葉。
そこには笑顔を浮かべ、楽しそうに話しているパーマーとトレーナーさん。
私に普段向けているものではなく、とてもフランクで朗らかに笑う彼。
パーマーと仲が良いとは聞いていましたが相当深い関わりがあるのが一目で分かります。
──大嫌いです!
ふと私が言ったあの言葉が脳内に流れます。
はっきりとした拒絶。
ここでトレーナーさんに見捨てられてもおかしくないほど過ぎた発言をした私。
「トレーナーさん……」
パーマーとの会話を終えたのか立ち上がるトレーナーさん。
目と目が合う。
こちらに気がついたのか手を上げ近づいてくる彼。
私はそんなトレーナーさんの顔が見れず彼とは反対方向に走って行きました。
「トレーナーさん……」
目から溢れる涙も拭かずただただ走り出す。
もう私は嫌われたんですから。
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「アルダン!」
「トレーナーさん……」
肩で息をしながら彼女を呼び止める。
流石現役ウマ娘、全く追いつけずこのまま走っていたら私は酸欠で倒れていただろう。
「アルダン……聞いてくれ……」
「……」
息を整え彼女を見る。
やはり泣いていたのだろう、目元が少し赤く腫れている。
君にそんな表情は似合わない。
「ごめんアルダン、君の気持ちを無下して強く言いすぎた」
「そんな……!それなら私だって」
「好きだよ、アルダンのこと」
ハッと息を呑むアルダン。
驚いているのだろうか、目が大きく見開いている。
「どうしようもないほどに君が好き。今は立場とかそういうものを全部捨てて君に伝える」
再び瞳に涙を溜めるアルダン。
「俺と付き合ってくれませんか?」
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「アルダン!」
「トレーナーさん……」
トレーナーさんに呼び止められ足を止めます。
「アルダン……聞いてくれ……」
私は沈黙を続けます。
見るからに疲れているトレーナーさん。
スーツはヨレ、髪型は崩れいつものトレーナーさんと違い、必死さが伝わります。
泣いていた跡見られてますよね……少し恥ずかしいです。
「ごめんアルダン、君の気持ちを無下にして強く言いすぎた」
「そんな……!それなら私だって」
大嫌い……と思っていないのにあなたに伝えてしまいました。
そう言おうとしますが、トレーナーさんに止められます。
「好きだよ、アルダンのこと」
時が止まったような感覚な陥ります。
呼吸の方法すら忘れ、驚き彼のことを見ます。
少し上気した頬。
走ったことによる火照りか、はたまた羞恥からくる反応か。
今の私の顔も朱くなっているのでしょうね、もちろん後者で。
「どうしようもないほどに君が好き。今は立場とかそういうものを全部捨てて君に伝える」
トレーナーさんの影が歪む。
いけませんね、今日は感情のコントロールが上手くいかないようです。
「俺と付き合ってくれませんか?」
トレーナーさんからそう言われた言葉。
ただ言葉で返事をするのがもどかしく私は彼の胸へと飛び込みました。
驚きつつも私を受け止めてくれたトレーナーさん。
走ったことによる少し暖かい彼の身体と匂い。
その全てが愛おしく、無意識にグリグリと頭を押しつけていました。
「最初からそう言ってくださいよ」
「ごめん、確かにそうすれば良かったな」
「トレーナーさんのあんぽんたん」
「うっ……」
胸から離れ、彼の顔を見ます。
少し困ったような表情を浮かべている彼。
私がふざけて頬を膨らませてみると面白いくらいに表情が変わります。
「冗談です」
思ってもいないことを口にするのはもうしません。
トレーナーさんとはもう喧嘩したくないですし。
そんな意味も込めて、私はちょこんとつま先立ちをしました。