あたしはトレーナーが好き。
この出会いはもう運命としかいえないんじゃないかな。
自由奔放、天真爛漫、傍若無人。
自由という言葉が服を着たみたいなあたしは沢山トレーナーを振り回した。
そのせいでルドルフからは脚質が後ろになればなるほど問題児と言われた。
君も対して変わらないだろう?差しのくせに。
気分屋の私は雨に日に突然出掛けたり、トレーニングをすっぽかしたり門限を破ったり……
あれ、あたしって思ってたより問題児?
まあそんな些細な問題は置いといて、あたしを三冠バに導いてくれた彼。
何をしても笑顔で付き合ってくれる彼が大好きだ。
でもミスターには致命的な欠点がある。
鈍感なのだ。
「やっほートレーナー」
「やあシービー、他の部屋に入るときはノックくらいした方がいいよ」
「もちろん、トレーナー室以外に入るときはそうするよ」
「此処でもしてほしいんだけどな……」
苦笑いを浮かべながらそう言うトレーナー。
やがて直ぐに目の前にあるパソコンに向き合う彼。
面白くない。
「ねぇねぇトレーナー、構ってよ」
「仕事終わったら構うから今はタイム」
「やだねー、早くその無機物を閉じて」
「無機物って」
ミスターの方に近づき、後ろから包み込むように抱きしめる。
すると私の顔が直ぐ隣にくる訳で。
「シービー、髪くすぐったい」
「えーあたしが目の前にいるのに感想はそれだけ?」
自分で言うのもなんだけど、あたしはそれなりに顔は整っている方だと思う。
グッドルッキングホースって言われてるくらいだもん。
そんな少女が隣にいるのに動揺もせずそう言うのはちょーっとばかり乙女心が傷つくな。
「あれ、シービーシャンプー変えた?」
「……セクハラ」
「えぇ!?それはごめん……」
「ふーんそれには気づくんだ」
「どうしたシービー?」
「いーや!なんでもない!」
「うわぁ耳元で叫ぶなよ!」
こんな些細なことには気づくのにあたしの気持ちには気づかないのね。
つくづくいい性格している。
そんなあたしの猛アピールをもろともせず交わし続ける……というかあたしの一方的な想いだけど。
そろそろ振り向いて欲しい、気づいて欲しい。
だってこんなにも好きだから。
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「ミスター?入るよー」
今度はちゃんとノックをして入室する。
ちゃんと学習するあたり褒めて欲しいところだけど。
あ、でも入室の許可貰ってないから一緒か。
「あれ、トレーナー?」
部屋の中を見渡してみるもミスターの姿がない。
どっかで休憩でもしてるのかな。
ふと目に入る彼がいつも使っている椅子。
あたしは何かを考えるわけでもなくそれに座った。
「おお、案外ふかふかだ」
背もたれに深く腰掛けると包み込むような背中のクッションと程よく固いお尻の部分。
長時間のデスクワークに対応しているちょっと高めの椅子だろう。
「ミスターの匂いがする」
ほんの少しだけど香る彼の匂い。
普段抱きついているあたしからしたら足りないがそれでも彼を意識するくらいには匂いがある。
「これ回るんだ……あわっ」
後ろを振り向くとソファーに仰向けになっているトレーナーがいた。
驚き声をあげそうになるが慌てて口を手で抑えて、彼に近づく。
規則正しく上下する胸。
寝ているみたいだ。
「何か掛けないと風邪ひくよ」
普段あたしにあれだけ五月蝿いんだから自分もしっかりして欲しいな。
あたしが話しかけても何の反応もないところを見ると相当眠りが深いことが窺える。
「毛布、毛布どこだっけ」
辺りを探すもそれらしき物はない。
トレセン学園の制服にはブレザーなど存在しない。
「うーんどうしよう」
起こすのも可哀想だが風邪をひかれるのはあたしが困る。
だって会えなくなるのは嫌だもん。
「あ、そうかこれなら一石二鳥じゃん」
思い立ったが行動。
あたしはトレーナーの上に覆いかぶさるように乗った。
そのまま背中に手を入れ強く抱きしめる。
さっきの椅子なんかより何倍も強い彼の匂い。
「あったかいな」
重いなんて言われた暁には思いっきりビンタしてやる。
そんなことを思いつつ彼を抱きしめ続ける。
でもやっぱり一方的なのはつまらないし、寂しい。
「ねぇ、ミスター。君もあたしのこと抱きしめてよ」
ぼそっと呟くように紡ぐ。
届かなくてもいい、ただの独り言。
するとゴソゴソと動き始めた彼。
一瞬起きたかと驚くもただの寝返りのようで、背もたれ側にあたしが落ちる状態で落ち着いた。
位置が落ち着かないのかゴソゴソと動き続けるトレーナー。
すると腕を突き出したトレーナーが思いっきりあたしのことを抱きしめた。
「ミスター?」
尚も続く彼の攻撃。
脚を絡め、左手で腰、右手で頭を包み込むように強く抱きしめるトレーナー。
まるであたしを抱き枕のように使ってきた。
「んん……起きてる時もこれくらいグイグイ来てよ」
「あれ、これが正解だったの?」
「み、ミスター!?」
驚き顔を上げようとするも抑えられた頭を強く抑え込まれ胸に埋められる。
喋ることも不可能なくらいの強い抱擁。
「やっぱり僕は前のシャンプーの方が好きかな」
「……ばか」
身動きを封じ込まれている為何もできないあたし。
ウマ娘の力を使えば突き放すことも容易い。
しかしそれをする気力は無かったしあたし自身彼から離れたくない。
「いいサイズの抱き枕がやってきたからね」
「いつから起きてたの、ミスター?」
「シービーが入室してきたところから」
最初から全部聞かれていたみたいだ。
「起きてるなら言ってよ」
「いや、寝たフリしてたらどうなるかなって、ふふ」
「あ、笑ったな!」
反撃しようとするもまた抑え込まれるあたし。
今の状態ではあまりにも無力すぎる。
「いつもの構ってか?」
「トレーナーが風邪ひいたら嫌だから」
「ありがとう」
「ううん、いいの。あたしがしたかったことだから」
「そうなのか?シービーも寝る?」
「朴念仁の唐変木トレーナー」
「ええ……なんで?」
やっぱり肝心なところでにぶいあたしのトレーナー。
そんなあたしはその日からトレーナーの抱き枕になることにした。
いつかこの想いに気づいて貰えるように。