トモ。
またの名は太もも。
臀部から少し下部に位置する筋肉で生物が動く為には必須である筋肉。
私は太ももが好きだ。
洗練された筋肉ほど美しいものはない。
すべすべの肌にむっちりとした見た目、そして何事をも通さないようなハリと押し返す感触。
言葉にするのも勿体無いくらい崇高な芸術であり完成された作品。
もう一度言う、私は太ももが好きだ。
トレーナーになる為にはそれなりの……いやかなりの努力が必要である。
勉学は勿論、長期的なプランに向けての計画性や担当との良好な関係を構築するためのコミュニケーション能力。
第一にウマ娘のことを考えることになるため、休日はほぼなしでメンタルケアや備品の補充など業務外でのこともあるので体力が必要となる。
人と同じようにウマ娘たちもそれぞれの特徴を持つ。
身長が高い者や関節が柔らかい者、それは十人十色でありそのウマ娘にあったトレーニング方法を瞬時に、そして正確に見抜く能力が必要になる。
そう、私はそこでウマ娘たちのトモの素晴らしさに気づいてしまったのだ。
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文明の利器で私たち人間は全てを焼き尽くすような環境の中でも快適に過ごすことができる。
椅子に深く腰掛け天井を見るもいつもと変わらない景色。
聞こえるのはエアコンの稼働音と外から聞こえる楽しそうなウマ娘たちの声。
「スペのトモを堪能したい」
そこに似合わない……と自覚はしている。
だがこの気持ちを声に出さずにはいられない。
「スペのトモを堪能したい!!」
私の魂の慟哭がトレーナー室を震わせた。
ことの始まりは突然だった。
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「スペ大丈夫か?」
「いてて、大丈夫ですちょっと転んだだけですから」
「そういうわけにもいかないの。ほら、保健室行くよ」
「だ、大丈夫ですよ!これくらいのことで怪我なんてしませんから」
「もしものことがあったらどうするの」
駄々っているスペを無理やり連れて行く形でお姫様抱っこをする。
関節と筋肉でてこの原理を使い、スペを持ち上げる。
そこでは支点が重要であって……
「……ッッ!!」
凄まじい衝撃が私の中を駆け抜けた。
目にこれでもかと焼き付けてきたトモ。
思わぬ形で触れるようになったそれは私の思考をショートさせるには十分過ぎたものだった。
「うわあ……あれ?トレーナーさんどうしたんですか?」
ダービーウマ娘の完成されたトモ。
ウマ娘の中でも更に洗練されたそれに私は言葉に出来ないほど感動していた。
「トレーナーさん?あれ、もしかして私重いですか?」
資料でしか目を通してこなかったそれの感触を忘れないように記憶する。
ここが楽園だったのか……
「トレーナーさん……?それとも私匂いますか?ねぇトレーナーさんってば!」
そんな衝撃的な事柄に驚き30分もスペを抱えたままだった私。
スペの友人であるグラスワンダーに思いっきり顔を引っ叩かれ意識を戻した私は急いでスペを保健室に連れて行った。
その日から私はスペのトモを堪能したいという感情に苛まれ、夜も眠れないくらい魘される日々が続いたのであった。
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「ご、合格してる!?」
「おめでとうございます〜スペちゃん」
「ありがとう!グラスちゃん!」
先生から返された小テストの点数が赤点を回避していた。
正直記号問題は勘のため、二度同じテストをやるとなると合格点を取れる自信はほぼない。
「これでテストの補習に行かなくて済みます!」
何よりも走ることが好きな私にとってトレーニングの時間を取られる補習はできる限り回避したい。
テスト中、神様に沢山祈った結果からかギリギリ赤点を回避していて私はこれで思う存分トレーニングに励むことができる。
「ふふふーん」
鼻歌を歌いながら廊下を歩く。
テスト終わりのどんよりとした気分ではなくレースで勝った時のような高揚感と満足感が自然を私の足を軽くしていた。
「トレーナーさん!見てください私テストの赤点回避したんですよ!」
ノックをして教室に入る。
椅子に深く腰掛けたトレーナーさんは私の言葉には反応せず何やらブツブツと呟いていた。
「トレーナーさんトレーナーさん!聞いてくださいよ!」
勘だとしても頑張って結果を残したこのテスト。
やっぱり一番はトレーナーさんに認めて貰いたい。
そう思いトレーナーさんの方へ近づいた。
「スペの太ももを堪能したい」
「え?」
私の聞き間違いでなければトレーナーさんがとんでもない発言をしていたことになる。
「トレーナーさん……?」
「直接触らせて貰うか?いやでもこれはセクハラに入るよな……またお姫様抱っこでもするか?」
「あ、あのトレーナーさん?」
「ん、スペか。こんにちは」
「こんにちはトレーナーさん。それでなんですがさっきから何を言っていたんですか?」
「んースペの太ももを堪能したいって」
どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。
私のことを一番に考えてくれているトレーナーさん。
普段からのギャップ(?)に思わず顔を顰めそうになるのを我慢して詳細を聞く。
「私の太ももを堪能したいんですか?」
「そう、そのむちむちに実った太ももを全身で堪能したい」
「ひぇ……」
表情を一切変えず、至極当たり前のことだとでも言いたそうな顔でそう紡いだトレーナーさん。
そんな変わりは経てたトレーナーさんの姿に私は思わず悲鳴を漏らしてしまった。
「そうか!」
「うわわ!突然叫んでどうしたんですか?」
「俺がスペの椅子になればいいんだ!」
「え?」
「スペは座れるし俺は太ももを堪能できる!一石二鳥じゃないか!」
「あ、あのトレーナーさん?」
「考えたら実行!受け身になっていたら何事も進まないしな」
「トレーナーさん?」
終始疑問でいっぱいの私と意気揚々と床に寝そべるトレーナーさん。
四つん這いになり何やら期待した目でこちらを見ていた。
「さあスペ!座ってくれ!」
「い、嫌です」
「何故!?」
「私こそ何故ですよ!?」
あり得ない……と言いたげな表情でこちらを見るトレーナーさん。
間違っているのは確実に彼の方だろう。
「スペにどうしても座って欲しいんだ!」
「私が何でトレーナーさんに座らないといけないんですか!?」
「俺はスペの太ももばっかり考えて夜も眠れないんだ……」
目尻に涙を浮かべそう言うトレーナーさん。
口調から本心で言ってることは理解できた。
「私がトレーナーさんに座ればいいんですか?」
「……!ああ、そうだよ!」
ぱあっと表情が明るくなるトレーナーさん。
理由はともあれ、私が座るだけでトレーナーさんの安眠に繋がるなら……やるべきだろう。
「し、失礼します」
お尻の付近の乗ってもあまり痛くないところに腰掛ける私。
「あ、あのトレーナーさん?何か言っていただけると……」
「うぅ……」
「トレーナーさん!?」
トレーナーさんの顔を見ると泣いていた、それも号泣。
「わ、私すぐ退きますね!」
「退かないでくれスペ!俺は今感動しているんだ」
「か、感動ですか?」
「ああ、夢が叶って俺は幸せだ……」
私がジャパンカップで勝利をした時より号泣しているトレーナーさん。
私の心境はとても複雑だった。
「スペ、もう一度座ってくれないか?」
「分かりました……」
先程と同じようにトレーナーさんに座る私。
「うっ……」
トレーナーさんの苦しそうな声をなるべく聞かないように私は無心で座る。
冷静になった頭でよくよく考えてみると大の大人が中学生に座られている状況であり、10人中10人が警察に電話するだろう。
……私が大の大人の上に座っている?
瞬間ゾワゾワと身体が震える。
尊敬するべき存在であり、慕っていくべき存在である"トレーナー"に私は今座っている。
どこからともなく溢れ出てくる支配欲。
年齢も関係ない事実としてはっきり残っているこの状況に私はとても感動していた。
「トレーナーさんは私の椅子になりたいんですよね」
「うん、最高の気分だよ」
「えへへ、そうですか。なら椅子は喋りませんよね?」
「スペ?」
「ほら、トレーナーさんは椅子なんでしょう?黙って座られてください」
思ってもいない言葉がすらすらと口から溢れ出る。
これは……思っていたものより何倍も楽しい。
「えへへ、私専用の椅子ですね」
その後利益が一致した私たちは週に2回ほど、このような事柄を続けるようになった。