「トレーナー君、ちゃんと作ってきてくれたんだね」
「タキオンリクエストだからね、ちょっと頑張ってみた」
目の前で広げられたお弁当に私は感想を残す。
そこにはタコさん型に切られたウインナー。
「それにしても君は器用なことをするねぇ……」
「タキオンに弁当を求められたときに沢山練習したからね」
フォークでそれを持ち上げクルクルと回し観察する。
昨日トレーナー君が食べていたお弁当にそのウインナーが入っており、私が頼んだ形だ。
「クククッ……」
自然と笑みが溢れる。
私のどんな我儘も、何も説明せず渡した薬も躊躇なく飲むトレーナー君。
私が彼に頼めば大抵のことはしてくれるし付き合ってくれる。
──トレーナー君は私のことが大好きなみたいだね。
退学寸前となった私に対して走って欲しいと言った彼。
危険人物として恐れられていた私に自ら実験台となることを決めた彼には私も少々驚かされた。
ガラスの脚。
超光速のプリンセスと謳われた私は軟弱な脚を抱えていた。
もちろんそのまま走り続ければ壊れることは知っているが私はその程度では諦めない。
可能性の果て。
自らを改造し、限界を超える。
やがてその走りは光を凌駕し……っとこれは今はいいか。
とにかくその私の夢物語に乗ってきたのがトレーナーことモルモット君。
こんな私に好き好んでついてくる人など余程の奇人か私のことが好きな人だ。
トレーナー君はもちろん後者だろう。
「まだだよ。私はまだ応えない」
「タキオン……?」
「なんでもないよトレーナー君」
私が彼の思いに応えるのはまだ先だ。
焦らし、彼が依存対象として私を見てくれた時に私は応える。
……決して私が日和っているわけではない。
「困ったね……クククッ」
ああ、可哀想なトレーナー君。
この私を好きになったのは大変なことだよ。
「あ、タキオン。新しい企画が近頃開催されるらしくてさ」
「ん、どのようなものかい?」
「それがファンに応える大型のライブイベントがあるらしい」
「ふぅン……」
彼から渡された資料を見る。
どうやらウィニングライブみたいに勝者が主役のライブではなくウマ娘全員が主役のライブをする、ということらしい。
確かにウマ娘のライブというのはとても人気だが。
「何故私が選ばれたのかい?」
「ファン投票だって。タキオンが踊っているところを見たい人が沢山いるんだろうね」
「私が踊っているのか好きとは……随分と物好きな人もいるもんだねぇ」
「それくらい人気ってことだよ。僕もタキオンのライブは見たいし」
「アハハハ!そうかいそうかい、君も見たいのか」
笑いが止まらない。
こういう風に好意を真っ直ぐ伝えられるのは悪い気分ではない。
「だからその打ち合わせのために代表者と顔合わせがあるんだけど」
「いいとも、是非行こうじゃないか」
「助かる。明日のこれくらいの時間に行うらしいからちゃんと来てね」
「分かっているとも」
こうして私たちはその日を終えた。
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「トレーナーくーん。だっこ」
「自分で歩いてくれないかい、タキオン……」
ソファーに寝そべったまま動かない私。
昨日少し実験にのめり込んでしまったため夜更かし気味なのだ。
「眠いから……その場所までトレーナー君が運んでおくれよ」
「これがたづなさんとかに会いに行くならまた違ったけど今回は外部の偉い人なの。今日くらいしっかりしてくれないか?」
困った様子で私を見るトレーナー君。
なんだい、君の意中の相手がせっかく甘えてあげているというのに。
「その会談が終わった後にトレーナー君が何かしてくれるならいいだろう」
「……痛いのは嫌だよ」
「そんな酷いことはしないさ。今まで私がそんなことをしてきたかい?」
「身体中が光輝いたくらいだね」
「そうだろう?」
「……で僕は何をすればいいの?」
「そうだねぇ……では膝枕をお願いしようかな」
「膝枕?」
動揺するトレーナー君。
そんな姿もとても可愛い。
「分かった、やってあげるよ」
「喜んでしたまえ!」
パッと起き上がりスカートのヨレを直す。
「……どうしたんだい?私のことをジロジロと見て」
「いや、ちょっと意外だったから」
「それはいい意味でかい?それとも悪い意味でかい?」
「……」
「何故目を逸らすのかな、トレーナー君」
心外だ。
いくらガサツな私といえども大事な時にくらいはしっかりする。
「ふん、行くよトレーナー君」
「わ、待ってタキオン」
尻尾で強めにトレーナー君の太ももを叩きトレーナー室を出る。
その後を慌てて続くトレーナー君。
その後私の機嫌を直そうと必死に話しかけてくるトレーナー君を笑わないように我慢しながら目的の場所へ向かう。
やがて着いた場所は理事長室の隣にある応接室。
普段はURAのお偉いさんや私のような問題児……素行不良なウマ娘の指導などを行う場所。
ちなみに私はしばらく呼ばれたことはない。
どうやら諦めたみたいだ。
「失礼します」
トレーナー君を先頭にノックをして入室する。
中に入ると机の上に資料を広げ、水色のシャツに白色のズボンを履いたウマ娘がいた。
「初めまして、この度グランドライブのイベントプロデューサーを担当します、ライト……ハロー……」
私たちを見て固まるライトハローという名のウマ娘。
……いや、目線の先には私は写っていない。
嫌な予感がし、その目線の対象であるトレーナー君を見る。
「ライトハロー……」
案の定というべきか、トレーナー君の方も驚き口を開けて驚いていた。
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その後の会談は円滑に続いた。
この計画の目的、具体的にどのようなことをするかなどを説明するライトハロー。
トレーナー君は彼女からもらった資料に見入り気づいていないが、ライトハローはちらちらとトレーナー君の顔を見ている。
「ここなんですが……」
「あ、は、はい!」
トレーナー君が顔を上げた瞬間に動揺するライトハロー。
「……今は集中しよう、ライトハロー」
「うん、ごめんね」
やけに砕けた口調で彼女にそう言ったトレーナー君。
それに応じるように少しはにかみながら笑うライトハロー。
私の知らないトレーナー君の姿に驚きつつも、私を置いて二人の世界に入っているのがなんというか。
……面白くない。
その後、元の固い喋り方に戻った二人は淡々と話し合いを進めていく。
特に問題もないし、質問等がなかったため会議は思っていたより早く終わった。
「お疲れ様タキオン、トレーナー室の鍵渡すから戻っておいていいよ」
「トレーナー君は帰らないのかい?」
「うん、僕は彼女と少し話したいことがあるから」
「……分かったよ」
トレーナー君から鍵を受け取り、素直に部屋から出る。
そのまま帰るのも面白くないので扉に耳をつけて中の会話を盗聴する。
『君の担当ウマ娘、アグネスタキオンさんだったんだ』
『うん、まさかここで会うなんて思ってもいなかったからびっくりしたよ』
『もう何年前になるの?』
『高校時代からずっとだったもんね。五年以上は前なんじゃないかな』
やはり私の予感は的中していたみたいだ。
ライトハローは、トレーナー君の元カノだった。
『その……ごめんな』
『大丈夫だよ、私も君の夢を応援していたから。こうして私がURAの仕事に関わったのも、その……もしかしたらまた君に会えるかなって思って』
『そ、そうなのか……』
『それよりいつから"僕"になったの?私と付き合っていた時はずっと"俺"だったのに』
『うるさいな……どうでもいいだろうそんなこと』
私を置いて楽しそうに会話を続ける二人。
その姿は三年歩んできた私すら知らないトレーナー君の姿で。
その二人には私なんかが叶わない深い絆があった。
『その、もし君が良ければなんだけどさ……今度一緒に飲みに行かない?』
『そんな暇あるかな……できる限り頑張ってみるよ』
『トレーナー業ってやっぱり忙しい感じ?』
『それはもう大変だよ。特に俺の担当バは』
『そう……楽しそうなのね。連絡先ってもう消しちゃった?』
『……いや、まだ残してる』
『ほ、本当!?わ、分かった、また連絡待ってるから』
『うん、了解した』
扉から耳を離す。
これ以上聞いても意味がないし聞きたくない。
トレーナー君は一向に出る気配はないしライトハローというウマ娘もそれを咎めるつもりはないらしい。
「泣いているのか、私は?」
ポタポタと目元から涙が落ちる。
その事実に気がついた瞬間、堪えていた思いが溢れ出てきて。
「私はなんて滑稽だったのだろうか」
トレーナー君華自分のことを好きだと過信して。
それが事実じゃないのに絶対的な信頼を置いて、舞い上がって。
「帰ろうか」
行きより随分と遠く感じるトレーナー室に私はゆっくりと歩みを進めていった。
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「ただいまタキオン、遅くなってごめん」
埋める。
あれから30分後、ようやく帰ってきたトレーナー君。
私はそれを無視して一人ソファーで丸くなる。
「タキオン?あれ、寝ちゃったの?」
私に近寄り、毛布を掛けようとするトレーナー君。
私はそれを見計らいトレーナー君をソファーに寝かせる。
そしてそのまま私が上位になる体制でトレーナー君を押さえ込んだ。
「た、タキオン!?君泣いていたのか?」
「……ばか」
「た、タキオン?」
「トレーナーくんのばかあああ!!!」
わーんと大号泣をしながら彼の胸に顔を埋める。
そして取り押さえていた手を解放し、そのままの勢いでバンバンとトレーナー君の胸を叩く。
「うっ……あ、痛いタキオン。待って……ちょっと痛いからそれ!」
バンバンと攻撃をやめない私。
うるさい私を泣かせたんだ、これくらいされて当然だろう。
「うぅ……」
「タキオン……一体どうしたんだ?」
「君は……」
「ん?」
「君はあのライトハローっていうウマ娘が好きなんだろう?」
「え?」
「仲良さそうに話していたじゃないか。どうせ飲みに行く約束もしたのだろう?」
「聞いていたのか……」
「一人舞い上がっていたのが馬鹿みたいじゃないか」
「タキオン……?」
「君は私のことが大好きだと思っていたのに!」
「タキオン!?」
「いつ君の想いに応えてやろうかワクワクしていた私は一体なんだったのかい?このっ!馬鹿モルモットめ!」
「それは理不尽じゃないのか……」
呆れつつも私の頭を撫でてくれるトレーナー君。
ほら、こういった行為一つが誤解を招くんだよ。
「タキオンは僕のことが好きなのか?」
「ああその通りだよ馬鹿モルモット君」
「その呼び方はやめてくれないかい?」
「うるさい、あんぽんたんモルモット」
苦笑いをしながら私からの攻撃をガードしているトレーナー君。
「誤解しているみたいだから言うけど、僕別にライトハローのことが好きな訳じゃないからね?」
「嘘だ……二人とも仲良さそうに喋っていたのに」
「高校時代に付き合っていただけだよ。それ以上でもそれ以下でもない、しかも関係は既に終わっているしね」
「……向こうはそうには見えなかったけれどねぇ」
「え、そうなの?」
おっと……ライトハロー君残念だったね。
君の想いは届いてないみたいだ。
「君は私のモルモットだ。私が飼い主で、君は大人しく私の指示に従う。いいかい?」
「……不憫だがそうだね」
「君から望んだことじゃないか、今更なかったことにはさせないよ」
「分かってるよタキオン」
「ほら!早く膝枕をしたまえあんぽんたんモルモット君」
「その呼び方もあまり好きではないかな……」
「うるさい、ご主人様の命令は絶対だよ?はーやーくー!はやくやっておくれよ!!」
「わ、分かったって!」
トレーナー君がソファーに座った瞬間に頭を膝に乗せる。
そして彼の手を掴み自身の頭に近づけた。
私の意図に気がついたのか優しく撫で始めたトレーナー君。
そうだよ、それが正解だトレーナー君。
「ライトハロー君とのお出かけは禁止にする。彼女に伝えておくように」
「え、でもそれは……」
「分かったね、トレーナー君?」
「了解しました」
何か言いたそうなトレーナー君の言葉を遮るように私が言う。
そのプレッシャーに負けたのか私の言葉を肯定したトレーナー君。
言質は取ったからね?
もう誰にも取られまいと、私は彼の身体に思いっきりマーキングをした。