ウマ娘短編集   作:こーさん

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お久しぶりです


妻メジロアルダン、構ってもらえず部屋に閉じ籠る

 

「貴方、おかえりなさい」

「ああ、ありがとうアルダン。ごめん今日も俺疲れてて……」

「あ、そうなのですね。ご飯の方はどうなさいますか?」

「ラップかけて明日の朝食べるよ。シャワーだけ浴びて速攻寝たい」

「……分かりました」

 

日付が変わる手前に家にやっと帰れた私。トレーナー業はいつの時代もブラックだ。

重たい身体を引きずるようにして帰宅した私は意識が朦朧とするなら妻とやり取りをする。

 

パジャマに身を包んだ彼女はもう夜も深い時間なのに私のことをわざわざ迎え出てきて、鞄等の荷物を先に片付けてくれている。

喉が渇いていたのでリビングの方へ向かうとテーブルの上に置かれた美味しそうなご飯。それは湯気が出ていていつ帰るかもわからない私の為に彼女が何度も何度も温め直してくれたことが伺えた。

 

そんな彼女の優しさに少しばかりの罪悪感を抱きながらも冷蔵庫を開ける。目の前にあったのは彼女が美味しいと言っているお酒。お仕事で疲れている時に一緒に飲みましょうと満面の笑みを浮かべたアルダンだったがその約束は未だ果たせていない。

 

担当のこと、近々開催されるレースのこと、それによって必要となるメディアへの対応、ファングッズのこと。

頭の中でいくつものやらなければならないことがグルグルと回り、明日はどうするべきかなどの予定を構築する。

 

だから気づけなかった。こんなことになるまで。

私がアルダンのことを蔑ろにしていたことを。

 

──彼女が嫉妬深かったことを。

 

「なんだこれ……」

 

担当のレースラッシュもようやく落ち着き暫くゆっくり出来る日が続くある日。

少し遅めの起床を済ませた私はまだ起きていなかったアルダンが珍しく、様子を見に行った時その事件に気づく。

 

『以下のものを要求します。

 

・トレーナーさん

・トレーナーさんを一日好きにできる権利

 

この要求が満たされない場合、私はこの部屋から出てきません』

 

扉の前に貼られた紙に達筆な字でそう書かれていた。

この字は見間違えることなく彼女本人の字。試しに扉に手を掛けてみるがうんともすんともいわない。鍵は付いていないタイプの扉なので中でつっかえ棒などで固定しているのだろう。

 

「おはようアルダン……?そのこれはどういうことなの?」

 

コンコンとノックをし、中の人物へ挨拶をする。

ガサゴソという布切れ音が一瞬したがやがてそれを最後に再び無音が続いた。

 

「アルダン?」

 

再び呼びかけてみるも返事はない。

この紙の通り本当に出ることはないのだろう。

 

「あー……アルダン!君の要求を飲む、この部屋から出て来てくれないか?」

 

要求されていたのは私自身と私の一日。

私としても今日の予定はないため喜んで受けようと思ったのだが。

 

……出てこない。

 

「おーいアルダン?出てきてくれ」

 

先ほどの物音からアルダンが起きているのは分かっているがその部屋の扉は未だ開こうとはしない。

 

「あー……君を怒らせてしまったのなら申し訳ない。俺自身忙しかったっていうこともあってもしかしたら気づかない間に君のことを傷つけたかもしれない。そのことについても話し合いたいから出て来てくれないか?」

 

朧げな記憶を頼りに至らなかった点を挙げる。

正直あの時期の記憶などないに等しかった。そのくらい忙しかったのだ。

 

「アルダン?」

 

しかし反応はない。

どうやら正解ではなかったみたいだ。

 

正直分からなかった。もちろん自分自身が悪いことも理解しているし冷たく扱ってしまったことも理解している。しかしアルダンがこのような行動を移すなんて誰が考えるだろう。長年一緒に寄り添って来た私ですら初めてのイベントなのだ。イタズラ好きの彼女とはいえ私が困惑するようなことは今まで一度もしてこなかった。即ちこれは中々に重大なことなのだろう。

 

「冷蔵庫のお酒……」

 

ガサガサっ!!

 

「アルダンが一緒に飲みたいっていってたやつ、一緒に飲もう?」

 

ガサガサガサっ!!

 

「たづなさんがおすすめしてくれたお酒のツマミもあるんだ。買ってたからそれも合わせて食べよう?」

 

ザーッッ!!

 

中から凄い勢いでシーツを被る音がした。

這い出る音から惜しかったのだろう。また、中から小さく"ふんっ"って言葉も聞こえて来た。何故だろう。

 

「あ、アルダン?その君がいつも作ってくれてる晩御飯、食べたよ。濃い味があまり好きじゃない俺に合わせて作ってくれてるんだよね?俺が夜食べれないことも知って次の日置いても大丈夫なよう工夫してくれてるのも知ってるよ。肉ばかりじゃなくて魚もちゃんと後から食べれるようにしてくれてるし感謝しかないよ」

 

パサッ!!ガサガサっ!!

 

「前アルダンが食べたがってたちらし寿司とか食べようか。新鮮な魚とか久しぶりでしょ?」

 

ガサガサガサガサっ!!

 

「ショッピングモールでデートとかもしようか。お出かけとか久しぶりだもんね」

 

ガサガサッッ!!トコトコトコトコ。

 

「俺も担当バの蹄鉄とか湿布とが買いたかったしさ」

 

ダッダッ!!バーン!!

 

足音がすぐ近くまで来たと思ったら再び離れ、何かに飛び込む音がした。

ベッドのスプリングが軋んでる音が聞こえたのでアルダンが飛び込んだのだろう。耳を澄ますと"ばかばかばか……"なんていう呪詛が聞こえて来た。何故だろう?

 

「アルダン……」

 

正直分からなかった。

今自分が思いつく最善の手は挙げた。しかしそれが通らなかったことによって万策尽きてしまった。

 

「君に会いたいよ」

 

ボソッと無意識的に出てしまったその言葉。

するとその声が聴こえたのだろうか、中から声が聞こえて来た。

 

「今から言う私のことに正直に答え、そして守ってください。そうしたら出てきます」

「あ、アルダン!!もちろんだ、君の言うことを聞くよ!!」

 

昨日も会っていた筈なのに何処か懐かしく聴こえてくる彼女の声。

そんなアルダンの言葉に私は食い気味で返事をした。

 

「トレーナーさん。貴方は私と結婚して幸せですか?」

「え?」

 

予想外の彼女からの問いに身体が固まる。

扉越しに聴こえてくる少しぐぐもった声がいやに頭に残る。

 

「そりゃもちろん幸せだよ!君のことは愛しているしこれからもそれは変わらないさ」

 

絞り出すようにそう紡ぐ。

ほぼ反射のようなもので出てきた言葉。それは間違えなく私の本心だった。

 

「ありがとうございます。では私がどう思っていたかご存知でしたか?」

「アルダンがどう思っていた……」

 

扉を開けると毎回迎えに来てくれたアルダン。

決まった時間でもないのに毎回毎回鞄を受け取り、おやすみなさいと言ってくれた。翌朝にはシワ一つなく綺麗に片付けられているスーツとシャツが用意され、ご飯の横には"頑張ってください"との短いメモ。

朝も早い私は彼女の姿を見ることも出来ず出勤してしまう。

 

「寂しかった……とか?」

 

自分が感じた気持ちを素直に吐いてみる。今ここで嘘を吐いた所で私より何枚も上手な彼女に通じる訳がないし吐こうという気持ちすらない。

 

「……ええ、その通りです。一人で家事をこなして料理を作る。やっと貴方が帰ってきたかと思えば疲労で倒れかけ、覚束無い足取りで寝室に向かう。もちろん私自身とても寂しかったですがそれより心配だった。貴方がいつ倒れるんじゃないか、そんなことを考えてしまって日々生きていくことが辛かった」

 

彼女から伝えられた本音。

絶大な信頼を置いてくれている彼女がそう思うのだから相当なのだろう。

 

「一つ、もうこれ以上無理をなさらないでください」

「分かった」

 

「二つ、仕事が忙しいのは分かりますが私と触れ合う時間も取ってください」

「頑張るよ」

 

「三つ、その時間を最低週に一回は取ってください」

「お、おう」

 

淡々と告げられる彼女の約束に肯定の意を示す。

今の私の状況は人質を持った立て篭もり犯の相手をしている警察だ。

 

「四つ、なるべく私といる時は他の異性の話をしないでください」

「気をつけるよ」

 

「五つ、私が見えない所ではなるべく異性と話さないでください」

「し、仕事上しょうがない時とか……」

「話さないでください」

「はい……」

 

「六つ、子供が欲しいです」

「ああ……ってえ?」

 

バーン!!

そんな爆音と共に開け放たれた扉。

中から現れたのは私が待ち望んでいた人物であり、大好きな……

 

「あ、アルダン!?なんて格好ってうわっぁ!!」

「ふふっ、言質は取りました。育休さえ有れば嫌でも貴方は家にいることになりますからね」

 

出てきたのはパジャマを纏ったアルダン……ではなく何故か下着姿の彼女。

驚いているのも束の間お姫様抱っこという形で彼女の部屋に連れて行かれた。私……お姫様抱っこ、するのもされるのも初めてなのに。

 

「やっと貴方と触れられると思うととても昂ります」

「ま、まってアルダン。まだ朝になったばっかりだよ?」

「だからですよ。貴方の匂いがとても濃く感じれますから」

 

首元に顔を埋めたかと思ったらスンッと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐアルダン。

私自身がそういう状態なら部屋に篭っていた彼女も必然的にそうなるわけで。

 

「あら、貴方も準備万端なんですね」

「い、いやこれは違うって……」

 

嘘だ。仕事の忙しさからそういうことはご無沙汰であったし、下着姿の愛する人、濃く感じる匂い。そんな官能的な状況に我慢をする方は難しい訳で。

 

「一日好きに出来る権利、ここで使いますね」

「え、まって一日中……はむっ!?」

 

口元に触れる柔らかい感触。視界いっぱいに広がる美しい顔と楝色の双眼。

怪しく光るその目は既にレースの時のそれだった。

 

「お、お手柔らかにお願いします?」

 

普通女性が言う筈のこのセリフ。まさか人生で使うなんて思いもしなかった。

そんな私の様子を見て笑顔を浮かべた彼女は一言。

 

「無理ですっ!」

 

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