「いい夫婦の日か」
スーパーの特売所に大きく掲載されているその言葉。日付の韻からとったその日はどうやら密かに行われているイベントらしい。
「でもあいつの好物とか気分次第で変わるもんなあ」
少し値段が下がっている高級品に思案するも変に下手なものを送って失望はされたくない。サプライズっぽさも出したかったがやはり本人に聞くのが一番だと思い、携帯端末を開くとそこには一件のメッセージが送られていた。
『今日はあたしがご飯を作ってあげる。早く帰ってきてね』
文末に夥しい量のハートマークが彩られているのは彼女のイタズラ心だろう。私の妻、ミスターシービーだが彼女の料理はとんでもなく美味しい。でも偶にしか作らないから毎日楽しむことは出来ないという代物。
気分屋、独断専行、フリーダム。そんな言葉じゃ語れないほどの魅力を持つ彼女だ。なんだかんだいっていつも振り回されているのは私のほうというのが事実である。
「肉だったら嬉しいな」
そんな淡い期待を込め、行きより少し軽い足取りで私は帰路に向かった。
「で、どういうことなんだ……?」
「おかえり。アタシのこの格好を見て最初に浮かべた感想はそれなの?」
質問に質問で返してくる我が妻シービー。扉を開けて迎え出てくれたのは何故かメイド姿になっているシービーだった。
「似合ってるけども……」
「そ、じゃあ脱ぐね」
「待て待て待て。脱げとは言ってないじゃん」
もちろんのことだがとても似合っている。長身な彼女にあった少し短めのスカート、洗練された肉体は締まるとこは締まり出るとこは出ているという完璧な身体だった。
「おかえりなさい、ご主人様」
「……お、おう」
「え、なに。照れてるの?可愛い〜」
下から覗き込むようにこちらを煽るシービー。少し朱色に染まった頬と揺れる彼女の耳が嬉しそうにピコピコと動いていた。
「今日っていい夫婦の日じゃん?
折角なら労いたいって思って」
「行き着いた結果がメイドなのか……?
ていうかその服何処から持ってきたのさ」
「ルドルフの。私物だって」
「……へぇ」
いい夫婦の日からどうしてメイドに至ってのかは分からないが彼女ことだ。何か強いこだわりでもあるのだろう。それにしてもあの堅そうな彼女が……私物ねぇ。深く探索するのは彼女の名誉の為に辞めておく。それより今は目の前にいる彼女の破壊力の方が危険だ。
「んっ……」
「どうしたのシービー?」
「んっ!」
腕を大きく広げ何かを促すシービー。あれか、これ。俗に言うおかえりなさいのぎゅーってやつか?
「可愛いことするじゃん」
「浮気チェックだよ。あれ、首元から他のウマ娘の匂いがするけど」
「た、担当のだよ!少々やんちゃな娘なんだ!」
「ふーん……」
やはり彼女の提案には軽率に動いてはいけない。殺気じみたプレッシャーに身震いをするもシービーの方から腕を回してきているあたり本心での発言ではないのだろう。
「浮気はダメだよ」
「してないって」
……何故か随分と疑われているようだが。
「匂い消し用にお風呂沸かせてあるんだ」
「そ、そうなのか」
あれ、こ、これももしかして夫婦水入らずでの入浴タイムか?
彼女に荷物を渡しながらソワソワした気分で服を脱いでいく。
「シャンプー切れ気味だから気をつけてね」
「……そうだと思ったよ」
脱衣所で無事見送られた私。ちょっとでも期待した私が馬鹿みたいじゃないか。
「……一緒に入る?」
「入る!!」
扉の隙間からひょっこりと顔を出したシービーは小さな声でそう提案してくる。それに対し私は食い気味で返事をし、彼女の手を取り導いた。
「……俺も筋トレ頑張ろうかな」
「キミのお腹、ちょっと柔らかかったもんね」
「現役を引退している君がどうしてそんなに綺麗な身体をしているのかが不思議でしょうがないよ」
「キミに飽きられたくないからね」
狭いバスタブにの中に二人揃って入ることは新鮮な体験だったが腕を彼女に回した時に確かに感じた筋肉は現役の頃と相違ないほど完成されたものだった。一方私は幸せ太り……でどうにかならないだろうか。
「あ、メイド服まだ着てくれるんだ」
「キミへの奉仕は終わってないからね」
「最高だよシービー」
「褒め言葉として受け取ってあげる」
その後彼女が用意してくれ食事にありついた私たちは深夜のゆったりとした時間を過ごす。
「これ意外と恥ずかしいんだけど」
「学生の頃とかよくやってたじゃん」
「そうだけどさ」
頬に感じるのは彼女の脚の感触。短いスカートの状態のまま直接膝枕されている私は少々小っ恥ずかしい感情のまま彼女に耳かきをされていた。
「いつもはアタシが強請ってたんだっけ。うぇ、きたなーい」
「直ぐ潜り込んでだもんな。後言わなくていいの」
シービーの細い手が私の耳を撫でる。慈愛の篭ったその手つきに妙な眠たさを感じ、視界が段々狭まっていく。意識が微睡に沈んでいく中。
頬に何かが触れる感触。
「あれ、シービー今俺にキスした?」
「さ、夜も深い時間だよ。明日も仕事なんでしょダーリン」
「ね、もう一回。もう一回してよ」
私の問いかけを無視して寝室へ向かっていくシービーを慌てて追いかける。いつもは別々に分けている筈なのに何故か私の部屋に向かう彼女。これは、今度こそ期待しても……
「……シービー?」
「ミスターには特別にアタシとの添い寝権を差し上げるよ」
「そうだと思った。抱き枕くらいにはなってくれるのかな?」
「アタシの寝相に耐えれるなら構わないよ」
「……考えておくよ」
メイド服姿のまま私より先にベッドに入る。中心に居座っているのを何とか端に退け、私が布団に入るのと同時に抱きついてきた。
「いつもありがとう」
「君らしくないな」
「ううん、アタシだってちゃんと思ってることは伝えるよ。
こんな扱いにくい女を貰ってくれてアタシは幸せものだね」
「大好きだからな」
「あの日の告白はよーく覚えているよ。"君しかいないんだ。君の全てに惚れた、君のためなら全てを捨てる覚悟だってある"って」
「掘り返すなよ……」
羞恥に悶えていると抱き締めている力を更に強くしたシービー。所々跳ねている彼女の髪の毛が少々くすぐったかった。
「アタシもそんなキミに惚れたんだから」
「ありがとう、シービー」
「こちらこそ、ミスター」
私も彼女に腕を回し深く抱き締め合う。目の前には彼女の美しい顔があるわけで。
「もう一回キスしていい?」
「ご主人様の命令なら。今日だけだよ」
「それは困るなぁ」
仲良く笑いあっていた私たちの距離がゼロになる。
それは甘美で、最高な夜の時間の始まりの合図だった。