流れゆく景色。視界は常に新しい情報を送り込み風で髪は靡く。肺が爆発しそう。心臓が早鐘を打って全身に血液を送り込んでいるのを感じた。
「ドーベル一着、タイム……」
ゴール板を踏み切り全速力から速度を緩める。
顔を上げると眼前に広がる青色の世界。自身の吐く息が白煙となり広い空の海へと霧散した。
「二着……って、大丈夫か?」
勝利の時に酔いしれていた時ふと聞こえるトレーナーの心配そうな声。振り向くと並走をしていた彼のもう一人の担当バが脚を抑えて座り込んでいた。
「痛むか?ちょっと待ってて今すぐ保健室に連れていくから」
そう言いトレーナーが取った行動は彼女を横抱きにすること。
突然の彼の行動にびっくりしたのだろうか、抱えられているウマ娘も口を開けて驚いていた。しかしやがてその顔は朱色に染まりコテンとトレーナーの胸に頭を預けた。
面白くない。
ぽつんと浮かんでしまった一つの感想。
やがてそれは肥大していきアタシの胸を染め上げる。
憎い。忌々しい。厭わしい。
そんな感情が湧いて溢れアタシの思考を鈍らせる。
アタシのトレーナーだったのに。あれはニ番目なのに。
担当バになったのもアタシの次のニ番目。
レースの結果もアタシの次のニ番目。
胸の大きさだってアタシの次のニ番目。
全部全部全部全部全部全部全部。
アタシの劣等種のくせに。
何でアタシよりトレーナーの近くにいるのだろう?
「大丈夫だったの?」
「ああ、軽い炎症らしい。
隠れてトレーニングをしていたことも吐いてくれたよ」
ストイックな所は悪くないが加減を知らないのはいただけないけどね。とトレーナーは苦笑いを浮かべる。そうだろう、どれだけ努力をしてもアタシの前では無駄。今日だって四バ身差でアタシの快勝。
褒めてほしかったのに。
「ドーベルも・・・・・いい走りだったよ。
前よりタイムを大幅に更新しているし」
「……ありがとう」
ほら、こうやって比べられる。
今までならこの賞賛も。勝利の喜びも。全部二人で分かち合ったものなのに、いつしかそれは共有され、トレーナーからの期待も分割される。
「んっ……」
「ドーベル?」
「ん!!」
アタシが頭を差し出したらトレーナーは一瞬驚きの表情を浮かべるが、アタシの行動を理解した彼は優しく頭に手を這わす。少しゴツゴツとした大きい手。触れた部分が熱を持ち、心を満たしてくれてるような気がする。目を細め快楽に耽っていると突然部屋のノックがされる音。
「あっ……」
返事と共に離れてしまったトレーナー。今日は邪魔が入りすぎている。
ノックをした人物の正体は保健室の先生。学園の中では珍しく男性であるその人物はアタシのトレーナーと仲良さそうに話していた。
「ドーベル?」
「あー……すまない怖がらせてしまったかな?」
アタシは男性が苦手。そういうふうにしている。
確かにあまり親しくない男性が近づくのは確かに嫌だ。ファンとか記者とか、嫌いじゃないけど苦手。
だからトレーナーに守ってもらう。
ぎゅっとトレーナーの腕に抱きつき、か弱いアタシを演じる。その様子を察した保健室の先生は軽いやり取りを終え直ぐに出ていった。
「やっぱりまだ男性は苦手?」
「……うん」
抱きしめていた腕を更に深くし恐怖をアピールする。トレーナーの筋肉のついた腕でアタシの双丘が形を変える。
「……ッッ!」
上目遣いでトレーナーを見れば彼は恥ずかしそうに上を向く。それを確認したアタシは何度も腕を離しては掴みという動作を繰り返しベストポジションを見つけ出す。その度に強く、そして念入りに胸を押しつければ茹蛸のようになったトレーナーがいて。
「トレーナー?」
「ど、どうしたのドーベル?」
「アタシまだちょっと怖い……」
そう言いアタシはトレーナーの膝の上に座る。
対面座位のような姿勢のまま身体を前に倒せば彼の胸板と私の双丘がピッタリとくっつきドクンドクンと波打つ心臓の音が聞こえてきた。
首元に腕を回し離れない、そんな意味を込めた拘束を施す。
「ど、ドーベル!?」
「お願い、少しこのままでいさせて」
耳元に顔を近づけ囁くようにそう呟く。少し水音を含んだその声は彼には十分な刺激だったようでブルリと身体が大きく震えた。
「だ、ダメだってこんなとこ誰かに見られたら……」
口では拒絶しているもアタシの臀部に押しつけられている硬く隆起したそれの感触から心からの言葉ではないことは理解出来た。嬲るように、でもわざとらしくないように腰をゆっくり動かせばトレーナーの口から微かな息が漏れる。
劣情を煽るようなそんな動き。
はしたない女だって思われてもいい。今は他の娘のことなんて意識外にしてやるんだから。トレーナーを自分色に染め上げる。今後もアタシの事だけ考えさせるよう身体に、記憶にマーキングを施していく。
「ドーベルッッ……」
切なそうな、辛そうな声が耳元で鳴る。
浅い呼吸から吐き出された息が耳に当たって少々こそばゆい。
「え?」
それを感じ取ったアタシはトレーナーから降りる。
彼を見ると口を開け何処か呆けているようなそんな顔。
「ありがとうトレーナー。落ち着けた」
おもちゃを取られた子供のように。好きだった異性が他の人と歩いているのを目撃したように。切ない、そんな表情を浮かべるトレーナー。
可愛い。
未だ呼吸が浅いトレーナー。その目は完全に情欲が宿ったそれだった。
漫画で描いてきたから分かる。ゴホウビのオアズケ。何回も何回も脳内でシミュレーションしたシチュ。
トレーナーにバレないよう背後を向き制服の胸元を緩める。そしてそのままトレーナーの座っている対面側に向かって自分の鞄が置いてあるところに移動した。
鞄を前屈みになって漁り始める。緩められた衣服は重力に従い、下へと伸びる。そうすると必然的にガードは甘くなり、普段隠されている部分も露わになるわけで。
視線を感じる。
熱のこもった、熱い熱いそれが。
アタシに向いている。アタシだけに向いている。そう理解すると嬉しさで、歓喜で、悦びで全身が熱を持つように興奮する。
そのまま本を取り出し対面のソファーへと座る。脚を大きく広げスカートの中が見えるように。
「ドーベル!!」
バンっと机を叩く大きな音。
視線を上げれば飢えた獣なような表情のトレーナーが立ち上がって息を荒げていた。理性で抑えているのだろう、ふぅーふぅーと荒く息を吐き立ち止まっている。
そんな姿を見て私はただ笑った。
──OKサインを出すように。
「ドーベルッッ!!」
彼が飛び込んで来る。それをアタシは享受し、熱い熱いハグを交わす。
やがて抱きしめているだけではお互いもどかしくなりどちらが言うでもなく手を絡め合う。まだ躊躇している彼の理性を崩壊させるため軽く唇を重ねると後は流れるままだった。
触れ合うだけだったキスはやがて深くなっていく。
舌を出せば絡みつくように彼が喰い、もっと深くとアタシも応える。絡めていた手を離しアタシの胸へ誘導すればトレーナーは遠慮なくそれを掴む。甲高い嬌声をアタシが上げれば彼の身体は大きく跳ね、度重なるキスで触れ合っていた場所の融点はもう分からない。
口を離せばもうどちらのものか分からない唾液で口が濡れ、室内の電灯の光で怪しく光る。トレーナー室という場所で行う、扇状的で、官能的で倒錯的なこんな行為。
火照った身体を止める理由はもう既にはなかった。
ふと視線を上げれば空いていた扉。
覗き込んでいるのはアタシのニ番目だった。
驚愕、絶望、そんな二つの感情が混じったような表情を浮かべる彼女。
そんな姿を見て私はただただ卑劣に笑った。