やはり俺の○ル○ナは間違っている   作:hung

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ハーメルンでは初投稿です。
よろしくお願いしますドミネーター


とにかく比企谷八幡の叫びは最低である

 きっとそれは世界一格好悪い武勇伝だった。

 

 他の誰がどう評価しようとも、それは自分の中では決定事項。

 

 だから、これは自分が世界一格好悪く活躍して助けられる物語。

 

 

 

「主、どうしてもそうしなくちゃいけないのか」

 

 

 そこは真っ青だった。

 

 比喩表現抜きに青一色だった。

 

 壁が、窓が、床が、家具が、視界に入る全ての無機物が青で統一されていた。

 

 無機質と言っていい簡素な部屋には主の座る机と申し訳程度の照明があるだけで、窓は如何なる理由か青くとも透明なのに外を映していなかった。

 

 青でないのは二つだけ。

 

 言葉を交わしている一人の老人と、一匹の猫。

 

 その生命のみが黒を纏っていた。

 

 それでもその部屋との関わりを示すように、真っ黒な猫の瞳は青く輝いている。

 

 いや、それを猫と呼んでいいものか。

 

 なぜなら、『主』と呼びかけたのは人語を解す筈のない猫の方だったのだから。

 

 一方、主と呼びかけられた老人は長い鼻を携えて、いつもの如く大きく弧を描いた口をあまり動かさずに問いかけてきた猫に返事する。

 

 

「ここ、ベルベットルームはあらゆる可能性を持つ客人を迎える場所。ならば、可能性を狭める要素は極力避けるべき。

 あなたの持つ記憶はそれだけでこれからいらっしゃる客人の可能性を消してしまう。それも致命的に、ね」

 

「なら、可能性を残す為に、ワガハイの記憶は封印されるべき…分かってるんですが。それでもあいつらとの思い出を一時でも忘れちまうのは」

 

「他の者に任せますかな」

 

 

 甲高いしわがれ声とでも言う妙に記憶に残る声で尋ねる老人の質問に対して黒猫の逡巡は一瞬だった。

 

 黒猫には理由があった。

 

 他の誰にも任せられない理由が、他の誰にも明かせない理由が。

 

 

「いいえ。これはワガハイが残した、逃してしまったモノだ。なら、ワガハイはこれからもあいつらの仲間として胸を張れるように自分の責任を取りに行かなけりゃならない」

 

「けっこう」

 

 

 二人の会話が一段落したその少しあと、どこからともなく足音が響く。

 

 ガコン

 

 足音と共鳴するように、先まで簡素であった筈の部屋が様変わりしていく。

 

 机と申し訳程度の照明しかなかったそこには、箪笥が、本棚が、寝台が、カーテンがぬるりと生えてくる。

 

 しかし、昔からそこにそれらがあったように部屋の住人たちはそれを一瞥すらすることなく足音が聞こえてくる方向にだけ顔を向けている。

 

 いつの間にか、そこは一般的な部屋のような様子に変わり、全てが青で染められていなければ変哲も無いものになっていた。

 

 いや、色以外にもおかしい所は存在していた。

 

 さっきまで何も映していなかった窓には今、誰が見ても疑問を覚える光景が映っている。

 

 

 

 昔話をしよう。

 

 過去、老人がベルベットルームと呼んだ部屋は人の前に幾度か現れた。

 

 この老人が主として座るこの部屋は、迎える客人の世界に合わせてその姿を変える。

 

 噂に翻弄される程に閉じた世界ならば密室に。

 

 自覚なく死を望む世界ならば自覚なく運ばれるエレベーターに。

 

 周囲の無理解を象徴する世界ならば霧に惑わされる車内に。

 

 人類が管理された状態を望む世界ならば監獄へと。

 

 

 

 ならば、この窓から表現されるのはなんなのだろうか。

 

 動く階段、エスカレーターが幾本、幾百本、幾万本と伸びて、ただその階段が動き続けているこの光景は。

 

 ベルベットルームも例外ではなく、エスカレーターに乗っている。

 

 駆動音を立てながら、エスカレーターに乗っているベルベットルームはしかしその位置を変えることなくまるで階段の踊り場のように、その場にとどまっている。

 

 足音が徐々に近づいてきて、遂に部屋の前で一瞬止まり、扉が開かれる。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 老人が歓迎する。

 

 黒猫は観察する。

 

 

「まずは、おかけください。そして、こちらにサインを」

 

 

 時間はないだろうが、焦る必要はない。

 

 世界一格好悪い武勇伝はもう始まっているのだから。

 

 

 

 

4月5日(木)朝

 

「ん、ぁ。ふぁ」

 

 

 男子高校生である比企谷八幡の朝は遅い。

 

 とはいっても一般的なサラリーマンから比べればの話であって、一般的な高校生からしてみれば普通か、もしくは少し早い程度で起きることが殆どだ。

 

 例外はやることの無い土曜日におもいっきり寝過ごす事と、日曜朝にプリキュアタイムを逃さない為に早起きすることくらいだろうか。

 

 だから、平日の今日もほんの少し早い程度にセットしていたスマホの目覚ましを止めて目を覚ます。

 

 最近、このスマホちゃんってば目覚ましとゲームにしかつかってないなとか思いながら、八幡はあくびをしながら身体をベッドから抜け出させる。

 

 高校入学を機にガラケーからスマホの新しい機種にしてもらったが、大多数の高校生が最も使っている機能―つまりはメールだとか、電話―を使えないスマホちゃんに『苦労を掛けて悪いね』『それは言わない約束でしょ』とか一人脳内演劇をしながら洗面台に向かう。

 

 色々な機能に浮気するんじゃなくて、一つの機能を極める自分は一途でありプロフェッショナルと呼んでいいんじゃないだろうか。

 違うか、違うな。とか益体の無い事をつらつらと考えながら顔を洗い、歯を磨く。

 

 そこまで来てようやく意識が本格的に覚醒し始める。

 

 始業式を終えた今日は春休みの課題も提出し終えて、新入生勧誘とかの課外イベントは残っているものの、部活などと言うモノと無縁に過ごしている八幡にとっては関係なく通常授業に移行するのだと思い出して眉を寄せる。

 

 そう言えば通常授業に入る前に出された宿題をやっつけで書いたっけ。とか思い出しながら。

 

 

「およ、お兄ちゃん。おはよう。小町は朝一で委員会の仕事があるから先に行くから戸締りよろしくね」

 

「おう。気をつけてな」

 

「朝ごはんはテーブルに置いてあるからね」

 

 

 口を濯いでリビングに朝飯を取りに行くと、一足早く登校の準備を整えて出ようとする妹の比企谷小町。

 

 彼女は兄の寝癖を指摘する事なく、すたこらと走って行ってしまった。

 

 小町の言う通りにテーブルに置かれていた適当な野菜とベーコン、目玉焼きを乗せられた皿にありがたやありがたや、やっぱ据え膳って最高だわ。とか溢しながらトースターに1枚突っ込み、その間に飲み物の準備をする。

 

 ケトルに電源を入れて、お湯が沸く前に冷蔵庫からインスタントコーヒーの粉が入った瓶を取り出しマグカップにティースプーンで2杯、そして、コーヒーの瓶を冷蔵庫に戻すときにミルクと練乳を代わりに手に取る。

 

 丁度よく沸き始めたお湯をマグカップに注ぎ、スプーンでかき混ぜる。

 

 真っ黒なそこに、ミルクを2:1になるように淹れ、更に練乳をにゅるにゅるにゅーるにゅーると絞り出す。

 

 よし、と指さし確認。よし、じゃあねえよ、そこまで練乳入れたら甘過ぎじゃないの?

 

 そんな疑問なんてなんのその。

 

 焼きあがったトーストを乗せた皿となみなみ極甘乳飲料が入ったマグカップをテーブルに持って行き「いただきます」行儀よく挨拶してからもくもくと口に運ぶ。

 

 一人の食卓は流石に物静かすぎるのか、テレビをつけて適当なニュース番組にチャンネルを変えて時事ネタを収集して、ゆっくりと食べ終わるころには登校時刻の少し前。

 

 使った皿を洗ってから誰もいない家―社畜である両親はとっくに出社しているため―に「行ってきます」と告げて登校する。

 

 こうしてただの、いやただのと言うより少しだけ甘党でボッチ気味の男子高校生である比企谷八幡の1日が始まる。

 

 

「そういや、なんか変な夢を見たような気がしたけど…まぁ、どうでもいいか」

 

 

 平凡な1日の始まりは平凡な1日を保証していないともしらず。

 

 

 

4月5日(木)夕方

 

「本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

 

 グラウンドが望める総武高校の特別棟の一室。

 

 そこに男子が一人、女子が一人、女教師が一人居た。

 

 男子と女子はいがみ合うかのように、対立するように正面を向いて睨み合っていた。

 

 経緯はこうだ。八幡がやっつけで書いて提出したレポートが生徒指導を担当する女教師、平塚静の目に止まり。

 

 そのあくまで舐め腐った内容に『なんだぁ、てめぇ』となった平塚教諭が正体不明な部活、奉仕部に所属する事を強制。

 

 奉仕部とか言う正体不明の部活に唯一元から所属する女生徒、雪ノ下雪乃と引き合わされた八幡は双方の性格の悪さ、というかねじ曲がった性格の八幡とまっすぐすぎる性格の雪乃が反発、言い争いに発展した。

 

 なんだかんだと今の自分で満足してはいないが、妥協すべきだと斜に構える八幡。

 

 今の自分に満足してしまっては何にも成れない、歪みを認める事が出来ない雪乃。

 

 そんな二人に青春だなぁとか思いながら遠い眼をしながら100円ライターを取り出し、校内禁煙を思い出してしまい直す平塚教諭。

 

 きっとこのまま何もなければ二人は認められない部分で口げんかをして、しかしその中に認められる部分を見つけながら交わるのだろう。

 

 しかし、それはあくまでIF、いや、本流の物語であり、武勇の挟まる余地のない物語。

 

 だからこそ、致命的に流れが変わったのはこの瞬間だった。

 

 

 

 雪ノ下雪乃は経済的にも家庭的にも恵まれた家庭に生まれた。

 

 親は建築会社の社長であり、近年では県議と言う政治の舞台に躍り出て活躍してさえいる。

 

 尊敬できる父親、厳格ながら根底には愛情がある母親、優秀すぎる程に優秀な姉、裕福な経済状況、雇いの運転手付きで登校する事が出来ると書けばある程度その恵まれ具合に想像がつくだろう。

 

 雪乃自身も努力家で有り、なによりおおよその分野で大成できる才能にも恵まれた。

 

 ならば雪ノ下雪乃と言う人間にはなにも悩みは無いのだろうか。

 

 いいや、雪乃がどれ程恵まれていようと、人間である以上悩みとは無関係にはなりえない。

 

 人はその立場に則した悩みを必ず持つモノだ。

 

 経済的に困窮していればその経済状況に、友人関係が多ければその折衝に、勉学に、恋愛に、将来に。

 

 どれ程恵まれた環境で過ごそうとも、悩まずに生きていける人間などそうはいない。

 

 だとするならば、雪ノ下雪乃が抱えている悩みは何なのだろうか。

 

 それは尊敬する父親に追いすがれないこと、管理する事が愛情だと思っている母親、優秀すぎるがゆえに劣等感を刺激する姉。

 

 恵まれた環境故に、その恵まれた環境が悩みの種になる悪循環。

 

 満足しなければならない環境である。

 

 10人が居れば9人が羨む状況であり、その点に対して雪乃は自覚を持っている。

 

 己の容姿も客観的な事実として―告白された経験数から―整っていると自認している。

 

 おおよそ、何にでも成れる才能を持ち、それに胡坐をかくことなく努力もしている。

 

 全てに対してこれ以上を求めるのは贅沢だと言われれば否定はできない。

 

 そう、否定してはいけないのだとずっと奥底で自覚していた。

 

 だけれどそれで満足してしまっては、ただ流されるだけの人生になってしまうのだとずっと思っていた。

 

 だから

 

 

「本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

 

 未来を目指さず、現状を認めてしまうその言葉は絶対に受け入れてはいけない言葉だった。

 

 

それじャア悩ミは解決しなイし、誰モすクわれなイじゃなイ

 

「へ?」

 

 

 雪乃の心の奥底からナニカ、どろりとしたモノが沸き上がってくる。

 

 嫌な感情が鎌首をもたげるのを自覚しながら、それでも止められない感情と共に口を開くとまるでその嫌な感情が形を持ったかのように言葉と一緒に、物理的に口からあふれ出した。

 

 

「え? は、なに。雪ノ下、さん?」

 

 

 八幡はあまりの突拍子の無い事態に、つい敬語になってしまう。

 

 しかし、その呼びかけに彼女から返事が返ってくることは無く、代わりにごぽりと一際多くの黒い粘性の高いナニカが飛び出して全身を覆っていく。

 

 腰は引け、じりじりと後ずさり、遂には教室の扉へと背中を付ける。

 

 

そうよ。変わらないといけないの。ナノにどウして、世界はこんなにも思い通りにナラない

 

「ちょっ、平塚先生! 見るからにあいつの様子がおかしいでしょう! どういうことで…」

 

 

 雪乃の身体に纏わりつくように、黒いナニカは殆どが拡散する事なく、明らかに実体を持っている。

 

 制服の隙間から、身体の全体をズルズルと這い回り、美麗な顔を残して黒が覆った時、ようやく平塚教諭の存在を思い出し、声をかける。

 

 だが、その声に返ってくる言葉は無かった。

 

 

「は? 先生?」

 

 

 なぜなら、さっきまでそこに平塚教諭が立っていた場所には一塊の水晶が鎮座していただけであったのだから。

 

 理解できない状況で、理解したくない事ではあるが、現状を考えるならばその水晶こそがさっきまで二人を見守っていた平塚教諭の成れの果てだと理解するしかなかった。

 

 

「なんなんだよ、なんだってんだ」

 

 

 存在を知っていただけの同級生はいきなり未知の現象を引き起こし、

 

 頼りになるはずだった大人はいつの間にかその存在を無機物に変じ、

 

 

「に、逃げないと…な、なんで! 扉が開かねえんだよ! クソが!」

 

 

 自分が入ってきた出入り口は何故か閉ざされて、逃げ道も無くなった。

 

 動かない扉をガタガタと揺するが、ビクともしていない。

 

 

ワタシは間違っていない。こんなに頑張っていルのに、waタシを認めなイ世界モ

 

「ひっ!」

 

 

 さっきまで見えていた顔も完全に黒いナニカに隠され、おそらく目のある部分だけが爛々と紅く光る雪乃が八幡の方へと蠢き始めた。

 

 這いずるような、歩くような、なんとも形容しがたい動きに、生理的嫌悪感と危機感とで悲鳴を上げる。

 

 

全部、壊れてしまえばいいのよ!!

 

「うわぁ!!」

 

 

 黒に覆われた雪乃が大きく腕を振りかぶって八幡へと殴りつけようとするが、恐怖から腰が抜けるような動作で倒れ込むように姿勢を下げて避ける。

 

 その勢いのままに轟音を立てて扉へとぶつかる。

 

 もしかすると、扉が壊れないだろうかと一瞬抱いた期待の色はすぐさま恐怖に塗りつぶされた。

 

 

「嘘だろ、おい」

 

 

 微動だにしない扉と、痛苦を感じた様子も無い彼女に、しりもちをついた状態で次は避けられない程に震えて動かない身体を自覚して、彼はもはや笑いが込み上げてきた。

 

 こんな事なら通信空手でも習っていればよかっただろうか、いや、むしろ映画を観て鍛錬していればOTONAになれたんじゃないかとか現実逃避気味に考える。

 

 才能や経済的に恵まれた雪乃とは違い、八幡がここから華麗に逆転劇を見せる可能性は0である。

 

 ほぼと言う枕詞をつける必要も無く、一切の0である。

 

 八幡は運動神経は悪くない。

 

 八幡は咄嗟の機転が利かない訳ではない。

 

 八幡は元中二病患者として学校にテロリストが来る妄想をした事もある。

 

 神話に通じ、オカルトを触り、自分が特別なんじゃないかと考えたことも両手の指では数えきれない位にある。

 

 しかし、生命の危機と言うモノに対しての覚悟を持つ才能は絶望的なまでに存在していなかった。

 

 悪辣な人間に対しては口で対抗しよう。

 

 劣悪な環境に対しても口で対抗しよう。

 

 醜悪な存在に対しても口で対抗しよう。

 

 だが、武力に対してはどうしようもなく無力なままであった。

 

 生命の危機だと自覚が無いのならば咄嗟に身体が動いただろう。

 

 しかし、この見るからに異常な状況は彼の脳裏に死を明確にイメージさせてしまった。

 

 そうなってしまっては彼の頭は、身体は動いてくれるはずも無い。

 

 だからこそ、ここから華麗に暴走する彼女を取り押さえて落ち着かせるとか考えるまでもなく可能性が存在していない。

 

 

『………

 

 

 だからこそ、存在しない可能性だからこそ

 

 

『…める

 

 

 一切の可能性が存在しない0だからこそ

 

 

 

 

 それがひっくり返ってしまえば、存在しない訳が無いのだから。

 

 

諦めるな!

 

 

 真っ黒に染まった雪乃がもう一度、今度こそは外さないとコンパクトに振りかぶって八幡へと腕を振り下ろして当たる、と考えて目をつぶって顔を背けた瞬間、緑色の風が教室に巻き起こる。

 

 ごう、と音を立てて発生したその風は目をつぶった為見えていなかったが、今にも頭に当たりそうだった腕をからめとって、如何なる制御力か彼に影響を与えることなく雪乃の身体だけを弾き飛ばした。

 

 来るはずだった衝撃が来ない事に、恐る恐る目を開き、脅威が居た筈の場所に目を向ける。

 

 

「まったく、こっちに来ていきなりこれかよ。今代のワイルドも波瀾万丈だな」

 

 

 そこには身の丈以上の刀剣―八幡のゲーム知識からおそらくシミターと呼ばれそうな形状―を肩に担いでスカーフを巻いた2足歩行するデフォルメされた黒猫のようなナニカが八幡に背中を向けて雪乃と対峙していた。

 

 

「猫?」

 

「猫じゃねえよ!」

 

 

 そう疑問を溢す八幡に、憤慨したようにフシャーと全身の毛を逆立ててその黒猫は振り返りがなり立てる。

 

 ここではないどこかでお約束となっていたやり取りを記憶を封印された為、どこか懐かしさだけを覚えながらその黒猫はもう一度向き直る。

 

 

「ワガハイの名前はモナ、いや、モルガナ。端的に言うとこの世界は狙われてい「な、なんだってー!」まだ全部言ってねーよ!! 最後まで聞け!!」

 

「いや、その言葉にはこう返すのがお約束だろ」

 

「お前、随分余裕あんな」

 

 

 呆れたような黒猫、モルガナはそれでも油断なく雪乃を視界から外していない。

 

 突然の突風に弾き飛ばされた彼女は扉側とは逆の窓側の壁に身体を打ちすえられて、その衝撃から今ようやく体勢を整えている所だった。

 

 軽口を叩いていながらも、八幡に余裕が戻ったわけではない。

 

 未だに現実逃避を続けているからこその軽口なのだ。

 

 その証拠に、腰はまだ抜けたままだし、手も足も震えが止まっていない。

 

 

「詳しい事情説明は後回しだ。今はあの女の子をどうにかして、落ち着いてから話してやる。だから、お前も立って一緒に戦え!」

 

「いや、ぼく無力な高校生男子でちゅ」

 

「んなわけあるか! ワガハイの眼は誤魔化せねえぞ! お前は…あれ? お前本当に愚者だよな?」

 

「おい、言うに事欠いていきなり愚か者扱いって酷くね? あんま強い言葉を使うなよ。サーカスにうっぱらうか、毛皮にしてやるぞ」

 

「そっちの方がよっぽど強い言葉じゃねえか! つか、分かりにくいけど確かにお前にはペルソナを使う才能がちゃんとあるじゃねえか!!」

 

「ペルソナって…前!!」

 

「ちっ!!」

 

 

 話し込んでいる間に体勢を立て直し邪魔モノを排除するべく、もう一度黒いナニカを腕に纏わせて突貫してくる姿に警告を叫ぶ。

 

 まるで金属同士を打ち合わせたように硬質な音が鳴り、雪乃の拳とモルガナのシミターがぶつかり合う。

 

 

「ペルソナってのは、もう一人の自分! 集合無意識からあふれ出るエネルギーを自分の一側面に注ぎ込んで表出するもんだ! それは神話の怪物や神の姿を纏い、超常の現象を巻き起こす!」

 

「マジかよ、つーことは『おれのかんがえたさいきょーののうりょく』が出来るって事か」

 

「んな都合のいいもんでもねえよ。集合無意識からのエネルギーって事は自分じゃない誰かを自分の心の中に入れるっつう事だ!

 生半可な自我だったらそのまま飲み込まれてシャドウって言う暴走するしかねえもんになっちまう! この…女の子みたいに、な!」

 

 

 襲い来る攻撃を傷つけないようにと、シミターの腹部分で受け流しながらモルガナは少しずつペルソナについて教えていく。

 

 まず第一に集合無意識に接続する事が出来る状況、もしくは才能。

 

 そして集合無意識から流れてくるエネルギーを受け止め切れる自我。

 

 最後に、そのエネルギーを形どる心の型を作る覚悟。

 

 

「ワガハイのペルソナは世界への反逆の意志を型にしたもの!

 過去のペルソナ使いは死に向き合う覚悟をトリガーにした!

 醜い自分を認める心の強さがペルソナになることもあった!」

 

「だったら、俺はどうしたら」

 

「それはお前次第、だ! お前はこの状況に何を思った! 理不尽への反逆か! 死への対峙か! 自分の無力感か! 危機的状況こそ人の本質ってのは出るもんだ!」

 

「何を、思った」

 

 

 そうして、八幡へと伝えるべきことを伝えたモルガナは雪乃の相手に専念する。

 

 いや、専念せざるを得なくなってきたのだ。

 

 最初こそ振りは大きく隙だらけで、一度弾けば身体ごと流れていた。

 

 しかし今ではまるでボクサーのように牽制にジャブを放ち、ステップまで踏み始め段々とチカラに振り回されなくなってきている。

 

 それこそ、記憶を封じられて戦闘経験の残滓しか残っていないモルガナではペルソナ抜きでどうにもならなくなり始めて来ているほどに。

 

 死闘を繰り広げる眼前の光景に、八幡はどう思うのか。

 

 助けられてからある種他人事のように思っていた光景、段々と圧されていく様子に変わっていく。

 

 そこまで来てようやく八幡の心奥底からフツフツと湧き上がってくる感情が見え始めた。

 

 初めは恐怖しかなかった。

 

 いきなり良く分からない所に連れてこられた戸惑いが、美少女ながら毒舌しか吐かない目の前の少女への憤りが、死の危険を前に全てが恐怖に染まっていた。

 

 しかし、一度恐怖が薄れてくると沸き上がるのは怒りだ。

 

 

「確かに、俺は品行方正でもなけりゃ、胸張って真面目と言えるような学生じゃなかったけどな!

 こんな隔離病棟みたいなところで駄々こねてるようなクソアマに八つ当たりで殺されるのを良しとする程、達観もしてねえよ!」

 

 

 叫んで立ち上がる。

 

 現状への恐怖が無くなったわけではない。

 

 むしろ、こちらを見据えて来る瞳が目に入る度に泣いて許しを請いたくなる。

 

 今をしのげるのなら、本気を出して土下座でも靴舐めでも何でもする程には恐怖に支配されている。

 

 

「どっかの剣客も奥義を開眼する時に悟ったように、俺はまだ死ねない! 専業主夫になって奥さんに尽くしながら悠々自適に生活して、たまに妹の小町に会いながらクソ親父にザマァってしながら介護して、奥さんを見送った後に畳の上でフサフサのまま大往生するまで、俺はいきてやるんだ!」

 

「それがいま出てくる言葉か!?」

 

 

 恐怖が反転して逆切れで出て来る言葉がこれって、控えめに言って、最低では? 我は訝しんだ。モルガナも訝しんだ。

 

 むしろ、ここまでぼっちで虐められたり、悲観的な思想をしながら、そこまで自分本位な幸せな未来を描けるとか、八幡の頭マジお花畑。

 

 だが、その叫びは何の意味も無く虚空に消えるだけではなかった。

 

 

マジでお前捻くれてんな。だけど、それがいい

 

 

 雪乃と八幡、モルガナ以外の誰も居ないはずの教室に声が響いた。

 

 否、八幡の頭の中に高音でしわがれた声が囁いてきた。

 

 

嘘が大好きで、死にたくて、そんな自分を愛している。そんな私だからお前は私だ。

 だから、呼べ! 叫べ! 泣くように、笑うように、無感情に、激情にかられ、全てをあべこべにする私の名前を!』

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<これより先、永劫を共に歩むのは>

 

 

 八幡の頭に不思議な文言が浮かぶと同時に、先ほどの雪乃と同じように黒いナニカが噴出する。

 

 雪乃の時と比較にはならない程勢いよく八幡の全身を覆い尽くすと、そのナニカはそのまま人型を維持したままズルリと後方へと剥がれ落ちる。

 

 

「ぺ」

 

 

 蛹から羽化するように、全ての黒が身体から抜け出し、その人型の黒全体にヒビが入る。

 

 

「ル」

 

 

 ただならぬ気配に慌てて、牽制しながらその黒に攻撃を仕掛けようとする。

 

 

「ソ」

 

 

 しかし、そのヒビから暴風が溢れ出て動きをけん制し、その風によってヒビが入っていた黒が吹き飛ぶ。

 

 

「ナ!!」

 

 

 黒を弾き飛ばして現出したのは、白を基調とした狩衣を纏い、硬質な仮面を被った不可思議な存在であった。

 

 袖からは4本の鉤爪を覗かせ、足は完全に隠れているが尻尾らしきものがはためいている。

 

 

「『アマノジャク』!!」

 

 

 0の可能性をひっくり返すイレギュラーが今ここに、寝癖頭のままの八幡の背後に現れた。

 

 

 

 

 

 




 ペルソナメモ

 アマノジャク(天邪鬼)…天探女(アメノサグメ)が人の心や天の動きを察する能力を用いて天椎彦(アメノワカヒコ)の死因となった事から、天の邪魔をする鬼、つまり天探女が天邪鬼とされた説がある。つまり、一応は女神の一柱。人の心を読み、その心の反対に悪戯をする妖怪としての側面が大きく認知されているため分類でいえば妖鬼とか鬼女、外道、幽鬼、邪鬼のどれかではないだろうか。案外メガテン、ペルソナでは『アマノジャク』そのままのネーミングでは出演していない(デビチルでは出てるっぽい)。
 ちなみに、本家ペルソナの文言は『我は汝、汝は我』であるが、アマノジャクの性質で我と汝が逆さになっている。

 モルガナ…ペルソナシリーズの5の系列に登場するキャラクター。その正体はベルベットルームに訪れた危機、悪神の襲撃にイゴールが集合無意識の中に存在していた希望から生み出した存在。トリックスターを導く宿命を持ち、トリックスターたち怪盗団と共に悪神を打ち倒した。その後、現実世界の存在ではない為、一度は消えるがKHのソラやFFXのティーダのように復活した。今作ではとある理由から記憶や戦闘経験を殆ど封印してから登場している。雑に言えば、シリーズもので前作キャラが序盤から最強キャラとして無双しない為の理由づけ。
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