4月27日(金)
総武高校のテニスコートに悪神の欠片が闇を広げる。
闇は一気にコート中を覆い尽くし、戸塚を、奉仕部を、葉山隼人たちを、野次馬を飲み込む。
突然の事態にほぼ全員が戸惑うだけだった。
人間、咄嗟に逃げ出す事などなかなかできない。
最近の情報化社会の影響で、多少の異常事態でもスマホを取り出し撮影し始める輩も居た始末。
悉くが闇に飲まれ、象徴化していく。
けして彼らに罪が有ったとは言えない。
ただ単に彼らは愚かで、危機に鈍く、ひたすらに普通の子供だった。
そんな彼らが幾人も悪意に巻き込まれる。
しかし、これがもしも本流のように隼人や優美子が試合を始めていたとしたら?
その数は、今の人数とは比較にならない程に増加していただろう。
それは一種の救いなのかもしれない。
だけれど、そんなおためごかしは『彼』にとっては何の意味もない。
「毎度のことだけど、この気持ち悪さはどうにかならないかしら…いい加減慣れたけれど」
「うええ、あたしはまだ慣れないよぉ。気持ち悪い」
「も、もは、は…すまん、我は鷹撃ってくる」
「鷹じゃなくて雉だし、トイレの隠語だよ。それは」
「ワガハイが付いておくから、お前らは周囲を警戒しておけ」
闇が覆い尽くしてすぐ、ぐにゃり、と視界が歪む。
物質界から精神世界に移行する際に生じる違和感。
慣れていないメンバーはその違和感に気分を悪くさせる。
材木座に至ってはそこらの路地裏にかけこんで悲鳴をあげている。
無理もない、雪乃でもペルソナに目覚めてから最初に巻き込まれた時は気絶してしまう位に違和感が有ったのだから。
そうして若干の余裕が出てきてから周囲を見渡す。
そこに広がっている景色は、確かにさっきまでの光景とは一変していた。
しかし、それはザイモクザパレスの時とは違い、一目で異常であると判断しづらかった。
「なんて言うか、普通…?」
「普通と言えばまあそうだな」
「普通の街並みね」
そう、彼らの目の前に広がっていたのは、総武高校テニスコートではなく、普通の街中だった。
ビルが立ち並び、コンビニが乱立し、食べ物屋、ブティック、雑貨屋が混在するただの街。
彼らが周囲を見回している間にも、行きかう人々が足早に過ぎ去っていく。
辺りをきょろきょろしている不審な彼らに注意を向けないが、無関心社会の現代ではそれもおかしい訳ではない。
そうしている内に落ち着いた材木座とモルガナが戻ってくる。
「推測にしかならねえが、今回のパレスの主であるトツカ殿はよほど、周りの事を見る目が有るんだろうな。
認知の世界であるこのパレスと、現実の世界に差異がほとんどねえってのはそう言うことだろ」
「…かもな」
思索にふけっていたのか、ワンテンポ遅れて同意を示す。
実際、とある世紀末生徒会長が仲間に入る切っ掛けのパレスは人をATMに見立ててはいた。
しかしその街並みは現実と変わらない様相だったのだからこういう現実に即した形でも不思議はない。
とにかく、やることはザイモクザの時と変わらない。
パレスの主の元まで辿り着き、悪心の欠片を消滅させる。
「だが、いきなりの事だったから武器を持っていなかったのが痛いな」
「あたしの扇くらいだもんね」
「私はポケットに入れていたペーパーナイフで引き続き何とかするわ」
「俺は最悪、このラケットを棒に見立ててなんとか…でもこれ戸塚のだしなぁ」
「ま、ワガハイがフォローできる範囲さ。ザイモクザは魔法主体でやりくりしな
…ハチマンは最悪置物になってろ」
「我の活躍を背中から見惚れる事を許すぞ、八幡よ!」
「うぜえ」
とはいっても不意に訪れた事によって誰の態勢も整っていないのが不安要素。
ゲームではあるまいし、唐突に戦闘に引き込まれて万全に戦えるわけも無いのだ。
シャドウからのドロップが充実して来ればその不安も無くなるのだろうが、今は結衣の『天狗の扇』のみ。
攻撃魔法が使える材木座ならともかく、デバフ特化の八幡がお荷物だな。ナビだけやってろと?
「とにかく、今は黒幕と思しきあの男の事も置いておいて、ひたすら邁進するだけね」
「文字通り、一所懸命に戸塚殿をお救いせねば! して、どこに向かえばいいのだ?」
「ヒッキー、前みたいにナビ出来る?」
結衣の問いかけに、ザイモクザパレスで使えていた感覚を思い出して、集中する。
すると、変わらずに周囲の大雑把な地形と、大きな力の塊の方向が示される。
内心、材木座が同類だから分かりあえていたのではない、俺にもやれることがあったと安堵しながらその方向を告げる。
「多分、あっちだな。だが…この力の数は」
「何かあったのか、ハチマン」
「いや、でかい力の方向に、それ以外の小さい力が…二、三、四?
すまんが詳しくはわからん」
「戸塚くん以外に、巻き込まれた人が心の闇を暴走させているのかしら…面倒ね」
「いや、そう言う不安定な暴走している雰囲気じゃないが…
とにかく、一方向に固まってるから向かう先は変わらん」
大雑把にしか分からない情報で、これ以上推測を重ねてもどうにもならない。
今はただ進めばいいのだ、と一塊になって歩き出す。
モルガナを筆頭に充分なまでの警戒心を持ち、それぞれが武器を構えて確実に進む。
結果的に言えばその警戒心は無駄に終わる。
周囲を歩く人々はアクションを起こすこともなく平穏無事だった。
こちらから襲いかかればシャドウに変化して戦闘に移ったかもしれないが、そうする理由も無かった。
内心では拍子抜けしながらも何もないのならそれはそれでよし。
そうこうしながら歩き続けていると聞き覚えのある声が響いてくる。
全員が顔を見合わせてじりじりと気を払いながら声の元へと近づく。
「うぇ~~い!」
「どうしたんだよ戸部!」
「そうだな」
「さっきから賛同の言葉だけじゃないか、大和!」
「それいいよな」
「どれがいいんだよ具体的に言えよ、大岡!」
「愚腐腐腐! 凶悪レ○プ! 野獣と化した三人に隼人君はどうなってしまうのか!?」
「…………みんな一体どうしたって言うんだ!」
一人にだけ反応がおかしくないかな?
気持ちはわかる。易々と近づきたくないよね。
そこに居たのはテニスコートに乱入してきた結衣も所属するF組のグループ。
葉山隼人を筆頭とした彼らであった。
とは言っても、戸惑っている隼人を除いて
まるで何も見えていないように中空を眺めている。
隼人が話しかけなければ何も反応しない…
いいや、隼人が話しかけると『一定の反応だけを返している』のだ。
それはまるでゲームにおけるNPCのようだった。
「流石にあれを無視しちゃうのは気の毒じゃないか?」
「リア充は放っておいても良いのでは?」
「そう言う訳にもいかないでしょう」
まるで舞台の上で一人だけ台本を知らされずに昇らされたようで憐憫の感情をこらえきれない。
リア充死すべし慈悲は無い、と口だけ大将が溢すがその眼は哀れに満ちていた。
「隼人君!」
「結衣! 良かった! 君は無事なんだね」
「あ、うん。無事って言えばそだね」
「それに、雪の、下さんに、ヒキタニ君…あとはごめん、クラス同じじゃなかったよね」
「ふ、ふほはは! 我の威光に眩み知覚出来んでも仕方ない! その無知を寛大な我はゆるぅす!
しっかと記憶せよ! 我の名は剣豪将軍、材木座義輝!
八幡大菩薩の加護を持ちて世界に平和をもたらす使者である!」
「中二の妄言は放っておいていいよ」
「そ、そうかい?」
一瞬、雪乃の名前を呼ぶ際に違和感を覚えたが、そう気になることでもなかった。
だから気にせずに材木座の言葉を切り捨てた。
ただ一人、矢面に立ちたくなく後ろに下がっていた彼だけがその反応を目にしていた。
「見た所、君たちは不思議なまでに落ち着いているね…
もしかして、なにかこの不思議な現象に知っている事があるんじゃないかな」
「うん、隼人君よりも知ってることは多いと思う。けど、あたしだと上手く説明できないからゆきのんが」
「比企谷くん」
「モルガナ」
「任された」
「うわぁ! ね、猫が喋っている!?」
「猫じゃねえよ!」
「猫くん、いくら猫でも日本には銃刀法っていうのがあってだね」
「いい感じに混乱しておるな! もっと困るがよい!」
「それな」
「攻めの目腐りヒキタニ君もアリね!」
「…………本当にこの人象徴化してんの? 怖いんだけど」
「ふぅううう! 眼が逝ってるぅううう!」
雪乃に説明を任せようとした瞬間にキラーパスを渡されて、その本人も流れるようにスルーパス。
受け取ったモルガナが一歩前に出ると大げさに身体を引いて驚愕を露にする。
眼をぐるぐるさせながらツッコミをしているが、そこじゃねえだろ。
性格の悪さを発揮した中二ぼっちと高二ぼっちだが、どっかに逝ってる腐女子にドン引きする。
事態は深刻なはずなのに、どうにも緊張感が続かないのであった。
「つまり、ここはパレスと言う現実とは違う精神世界で」
「戸部達は生身の身体じゃなく象徴化って言う現象で形作られた認知の存在で」
「俺はペルソナって物の才能が有ったから象徴化していない」
「悪神の欠片で暴走しちゃった戸塚をどうにかすれば解決する」
これであってるかい? と問いかけて来る呑み込みの良い隼人にこくんと頷く。
ひとまずの概略を説明したが、理解はしたが納得しているとは言えない表情。
当然だろう。
話の内容を理解したところで、あまりにも現実味が薄すぎる。
しかしそれを飲み込むしかない現状に一先ずの判断を棚上げする。
「現状の認識としては完璧だな。加えて言えば、象徴化したこいつらは良くも悪くもパレスの主からは意識されていないみたいだな。
悪意にせよ善意にせよ、もっと意識されていたら他の存在とは違った扱いをされてたに違いねえ」
「他のモブと同じような扱いだから逆説的に安全ってわけか…」
「彼らはその他大勢ではないよ」
「そんな事はどうでもいいわ。大事なのはあなたがどうするか」
モルガナの説明に頷くが、その内容に賛同できない。
「一つ、質問いいかい? 戸部達や、周囲に居た人たちが象徴化って言う事になったのはひとまず理解したよ。
………なら、優美子は一体どこに行ったんだ」
「え? 優美子居ないの!?」
「そう言えば、三浦さんの姿が見えなかったわね」
正直、悪神の欠片が急に投げ込まれ、突発的にパレスに対応しなければいけない状況。
そんな緊急事態のせいで乱入してきた三浦優美子と言う少女に関して、雪乃は完全に忘れ去っていた。
結衣は結衣でまさか彼女が居ないとは思っていなかった為、今の今まで気付いていなかった。
「…可能性としては二つだ。ザイモクザの時の結衣殿と同じように何かの悩みとか、心の闇を無理矢理増幅させられて自分のパレスを作ってる。
もう一つは、何かしらの理由で生身のままパレスの主に捕まってしまってるって可能性だ」
「それぞれ、どれ程危険なんだい」
「前者に関しちゃ気をもむほどでもないな。由比ヶ浜の時は心の闇が暴走してはいたが、のんびりした様子だったし」
あくまでザイモクザパレスの主はザイモクザではあったが、結衣のフロアに関しては一種の独立性を保っていた。
無理矢理心を暴走させられると言う負担はあったにせよ、それでも外部から害を与えられると言う点では心配はいらなかった。
「後者に関しちゃ、正直言ってヤバい…何がヤバいって精神世界に生身のまま居続けるのが致命的だ。
ペルソナを使えるおめえらは自覚が無いかもしれないが、精神世界でパレスの主みたいな強大な力に心の鎧たるペルソナすら持たずに直接曝される。
それは思ってるよりも心身ともに消耗するもんなんだ。そいつの根性次第だが…もって数日、悪けりゃ一日保たねえかもしれねえ」
「一刻の猶予も無いって事じゃないか!」
想像以上の危険に聞いていた面々も驚く。
なんだかんだ、モルガナの保護下にあって戦闘面では大きな苦労と言えば巨大化したザイモクザだけ。
直接的な命の危機も強いて言えばシャドウ雪乃の時だけとも言える。
誰もが心の中では慢心していた。
「気を引き締めろよ、ワガハイの勘が正しけりゃ今回のパレスは前回とは比較にならねえ難易度だ。
救出対象が居る面でも、シャドウの強さって面からもな」
ごくり、と緊張を共有する。
「…だったら隼人くんがペルソナ使えるのは心強いよね!」
「出来るのか?」
「あ、あぁ。使った事も無い物なのに、何故か使えるって確信だけがあるのは気持ち悪いけど…いける、と思う」
その空気を解す様に努めて明るい声を出す。
そう言えば、こうして正気を保っているのは目の前のこいつもペルソナの才能がある証明だと思い出し確認する。
問いかけられた彼も眉間にしわを寄せながら、違和感と向き合い一呼吸いれて
「…こう、かな。ペルソナ『ツチグモ』」
なんなく、ペルソナを呼び出す事に成功した。
全身が黒く染まり、その黒が人型のままどろりと抜け、ひび割れ爆散。
彼の背後には6本腕の阿修羅像もかくやと言う偉丈夫が屹立していた。
胴体が膨らんでいるが、殆どが筋肉なのかがっしりとした印象だ。
「む、むむむぅ!」
その姿を見て唸る材木座が居たが気にしなくてもよい。
多分、自分のペルソナ『ギュウキ』が4本腕なので、腕の本数で負けたとか。
もしくは角がある分我の勝ち! とか潜在能力的には剣豪将軍の魂が勝機に繋がる。
そんなどうでも良い嫉妬だろう。
「時間制限は確かにあるけれど、戦力が一人増えたのは素直に喜びましょう」
「雪乃殿の言う通りだ。そろそろお前らの実力もワガハイに近づいてきているし、純粋に頭数が増えるだけでも心強いってもんだ」
モルガナはここにやってきた時点でLv20そこそこ。
現時点でもあまりレベルは上がっていない。
これは情報存在、シャドウとの経験を積んでいないと言う訳ではない。
例を出そう。
竜を殺した英雄は竜殺しと呼ばれる。
困難を越える事でその称号を得る英雄と称されるのだ。
つまり、シャドウと言う神話の情報存在を打ち倒す事で存在は強化される。
しかし、シャドウが竜ではなく野犬であったなら?
もちろん経験にはなるだろうが、飛躍的な向上は望めない。
簡単に言えばレベル差がある敵をどれだけ倒しても経験値効率が悪いのだ。
今の奉仕部のペルソナの平均レベルは15弱。
古参の雪乃と八幡が17、レベリングを行った結衣が14、加入したばかりの材木座と隼人が12。
レベル差はそこまで大きくなくなってきている。
「期待に負けないよう奮起するよ。優美子も助けたいし、みんな頑張ろう!」
「加入直後にリーダーシップを取ろうとするとか、本気でこいつ根っから陽キャだよな」
「我、あやつの指揮下に入るの嫌なんだが」
「俺も嫌だよ。だがここは逆に考えるんだ。
戸塚を助けるまでこき使える戦力で、尚且つ責任を率先して取ってくれる生贄が現れたのだと。
こいつなら一番槍でボロボロになっても、見捨てても俺らの良心は傷まないからな」
「こっそり外道な事言ってないで! ほら、早くヒッキーナビ!」
「へいへい」
どれだけペルソナが強くなっても人間的なパラメータはお世辞にも良いとは言えない。
そんなやり取りをしている彼らを蹴っ飛ばす。
優美子は彼女にとっても友人なのだから。
「必ず、俺が皆を助けてみせる」
後ろ髪を引かれながら、同じような言葉を繰り返す彼らをおいていく。
今は何もしないことしかできないから。
そうして去った場所から少しだけ離れた所に幾つかの気配が有ったことに気付かないまま…
「マジなんなんですかこれぇ、葉山せんぱーい」
「ちっ、面倒だね」
俺ガイルメモ
原作の描写では葉山隼人と三浦優美子がテニスの練習に乱入してきた際、ダブルスの試合(簡略)を行う事になった。その時の野次馬は200名を越えほとんどは二年だが、一年や三年の先輩も混じっていたらしい。なら、騒ぎが拡大する前に一人でブラブラしていた人や、とある後輩が隼人を追っかけて一足早く野次馬に混じっていてもおかしくはないのではないだろうか?
そういえばこの時に雪乃の弱点、致命的なまでの体力の少なさが露呈する。今作では精神世界であるパレスにおいて、肉体的な体力が無くとも精神的な強さがあれば大丈夫とする。マラソン大会でリタイアさせられる程はちょっとバトルゲームに向いてなさすぎる。ただし、パレスから現実に戻った後の消耗は人一倍と言う事で一つ。
ペルソナメモ
ツチグモ(土蜘蛛)…蜘蛛の形をした妖怪と言われるが、元は天皇や上皇、つまり時の権力者に恭順しなかった土豪などを指す名称である。妖怪としては源頼光率いる四天王に退治される。現代語訳するとイキって警察にタイーホされるDQNwww
何故か真ⅣFで少し強い雑魚として出てきた事が印象に残っている。メガテンではそう言った立ち位置だが、その出自からやはり強キャラとして描かれる事も多い。ぬらりひょんの孫とか。反体制ってどこでも根強い人気だからね、仕方ないね。
アルカナ…皇帝
ステータス…電撃、念動耐性。氷結弱点。
初期スキル…ジオ、サイ、バウンスクロー
性能的に言えば完全なオールラウンダー。魔法に若干偏っている雪乃、材木座よりも更に物理攻撃力がある。序盤はMP回復アイテムが少ないのでレベルを上げて物理で殴ろう。
他の魔法偏重よりも更に全体攻撃を得意としており、パレスでレベル上げをすると、直ぐにマハジオ、マハサイを覚える。更にもう少し頑張ってレベルを上げると単体状態異常を治すパトラ(シリーズによって効果は変わる)を覚える。出来ればそこまで上げよう。
電撃、念動、物理と全てが全体を攻撃する為、反射は怖いが序盤に反射を持つ悪魔…シャドウは居ないから安心して無双してくれ。材木座? 刹那で忘れちゃった、そんなやつ。
皇帝のアルカナの正位置には『支配・責任感』逆位置には『傲慢、独善と過信』と言った意味が含まれる。