やはり俺の○ル○ナは間違っている   作:hung

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ぜったいに戸塚彩加はそんなこと言わない

4月27日(金)昼

 

 落ちていく。

 

 真っ暗な闇の中をぐんぐんと落ちる。

 

 精神の世界であったとしても作用する物理の法則通りに加速して。

 

 そのまま地面にたたき堕ちれば真っ赤な染みになってしまう。

 

 だけど、忘れないで…俺達は空を飛ぶ事が出来るんだ。

 

 

「ぺ、ぺ、ペルソナぁああ!」

 

 

 テンパりすぎて始まりの園ごっこしちゃって時間を無駄にしていたが、何とかペルソナを呼び出す事に成功。

 

 エレベーターやジェットコースターのような浮遊感に内臓が置いて行かれそうになるが我慢する。

 

 熟したトマトの結末から逃れ、ほっと一息…

 

 

「って、おい雪ノ下! ペルソナペルソナ!」

 

「っ! ペルソナ!」

 

 

 つけるかと思えば、大分遅れて出した八幡よりも遅れてペルソナを呼び出す雪乃に冷や汗を流す。

 

 あと数秒遅ければ見るも無残な姿になっていたかもしれない。

 

 徐々に下方から光が差しこんでくる穴に、白と黒の狩衣がふわりと浮かぶ。

 

 最悪、減速が間に合わなければカギヅメを壁に突き立てようかと思っていたが、その覚悟は無駄になった。

 

 もっと最悪なら武器にもならないで、戸塚の物だからと捨てられないテニスラケットを翼代わりに…

 

 ともあれ軽い音を立てて二人ともが着地する。

 

 周囲の様相は変わらず銭湯の景色だったが、今までの階層が脱衣場だとするのならばここは

 

 

「浴場か」

 

 

 かぽーん

 

 そんな音が響いてきそうな、見事な富士山が描かれた壁、並ぶカランとシャワー、木製の桶が積み立てられたステレオタイプな浴場だった。

 

 先の階よりもずっと多くの湯気が揺蕩い、八幡の頭のアホ毛がペタンと寝かされる。

 

 

「シャドウの気配は?」

 

「今んところ近くには無い」

 

「そう…」

 

 

 おとがいに指をやり、考え込む。

 

 ここに落とされる直前に聞こえてきた声。

 

『ほんっとむかつく』

 

 あれがこのパレスの主ならば、余程自分は嫌われたのだと。

 

 あれほど上から目線でトレーニングを指示しておきながら、当の本人は誰よりも早くへばってしまったのだ。

 

 どの口が体力だの筋力が重要だと言っていたのだ、と思っても仕方ない。

 

 なら、このパレスの攻略には自分が彼に謝罪する必要があるのではないか。

 

 そんな事を考えている。

 

 

「とりあえず、どうする…あいつらが追いかけてくるのを待つか。それともこっちからも探すか」

 

「え、ええ。遭難事故で重大化するのは宛ても無く動き回ること。

 具体的な進路が分からないのであれば一先ずは動かない事が重要よ」

 

「そうなの? じゃあ、休憩の続きしとくか」

 

 

 もっとも、あの声がわざと分断したと言うのなら、何も起こらない訳が無いのだけれど。

 

 そんな懸念を口に出す事も出来ず、比較的濡れていない桶を選んで腰かける。

 

 パレスとその主は言ってしまえば、一つの世界とその世界をなんとでも出来る神みたいなものなのだ。

 

 過剰に気を張っても今回の落とし穴のように避けられない事態は必ず起こるのだから。

 

 懐から黄色い缶コーヒー(?)を取り出し、くぴと飲み込む彼を確かめて雪乃も回復用にと袋に入れた焼き菓子を口にする。

 

 暫し咀嚼音や嚥下する微かな音が響く中、口元をもにょもにょさせていた彼が切り出す。

 

 

「葉山と、何か有ったのか」

 

「…質問の意図が良く分からないのだけれど」

 

 

 一拍置いて疑念を示す。

 

 かさ、と袋が音を立てる。

 

 少しだけ悩みほとんど残っていないそれを懐に仕舞い直す。

 

 

「パレスの中だったらそんなに現実の体力は関係ないってのは雪ノ下も経験上わかってるだろ。

 なら、パレスでの疲労ってのは精神的な面が多を占めるってのは理にかなっている。

 じゃあ前回のパレスとの違いはなにかっつったら葉山しかないだろ。知らんけど」

 

「戸塚くんの依頼を上手くできるかどうか不安感が有った、とは思わないのかしら。あと財津君」

 

 視線を逸らしながら自分の考えを、予防線を張りながら聞いてみる。

 

 別に今こんな場面でどうしても聞きださなければいけないと言う訳ではない。

 

 しかし、あまり隠し事が多ければ『気に病んでしまう』奴が一人居るのだ。

 

 ペルソナに関して、事故に関して。

 

 彼女には話せていなかった事が多い。

 

 それが原因であんな目にあわせてしまったのだ。

 

 ただでさえ重大な隠し事に気付いてしまった彼女への精神的負担がこれ以上大きくならないようにと。

 

 ほら、回復役が脱落しちゃったらそのまま崩壊しちゃうのがゲームのお約束だし。

 

 そんな言い訳での話題だった。

 

 

「まだ結果の出てない依頼に対してネガティブになるよりか、自分の出来る範囲を尽くすのが雪ノ下っぽいから多分違うだろ。

 …いや、だから知らんけどな。あと材木座の名前ちゃんと覚えてあげてね?」

 

 

 口を回しながらも彼は返答されるとは思っていなかった。

 

 違和感を覚えている事を告げて、自分でも気づいている事なら自分よりもコミュ力のある彼女ならばきっと気付いている。

 

 その先に隠し事をし続けるのは彼女の選択であり責任だと突きつけたかっただけだ。

 

 だから彼女が話し始めたのは驚きしかなかった。

 

 

「彼、小さい時に―と言っても私が小学生の時だけれど―同じクラスだったのよ。親同士も付き合いがあってね。所謂幼馴染と言ったところかしら」

 

「…ふぅん」

 

 

 もちろん内容自体も驚きだった。

 

 イケメンで陽キャで運動神経抜群で可愛い幼馴染も揃っているとか人生勝ち組かよ。

 

 これで可愛い妹とか居たら勝ち目が無かった。姉妹が居ると言う噂も聞いたことが無いから何とか致命傷で済んだ。

 

 

「私の父の会社の顧問弁護士が彼のお父様、その流れで幼いころは良く一緒に過ごしていたわね。まぁ仲も悪くはなかったわ。

 同じ幼稚園、同じ小学校…親同士で私か姉かを嫁がせようとか話題に上ったこともあったようね。父が猛反対してなくなったけれど」

 

「勝ち組要素をさらに積み上げちゃうの? もういいでしょ、高くなりすぎてバベルみたいに崩れろよ」

 

「けれど、それが崩れたのは小学校3年の時。ほら、私って美人でしょう? 小さい時もそれはそれはかわいらしくてね、虐めの対象にもなったの。

  きっと、彼への嫉妬だとかそう言うのもあったのでしょうね。それをあの男は…」

 

「ん?」

 

 

 けっ、とエリート様への嫉妬で唾を吐きたい気持ちを抑えながらやさぐれていると雪乃の声のトーンがあまりにも一本調子に聞こえて疑念を覚える。

 

 

「みんな仲良く? それですべて解決できるのなら、警察も裁判所も検事も法関係に携わる全てが無用の長物となるでしょうね。それが出来ていない以上、彼の思想には欠陥があるのだとすぐに分かる癖に全く改善しようとしない。以前、私は変わることは必要だとあなたにも告げた通り、成長を伴う変化は必須だと思っているわ。なのに、彼は改善する気配も無い。なら、それを私が嫌悪するのも仕方がないのではない?」

 

 

 そうして改めて逸らしていた視線を彼女の方へ戻して瞠目する。

 

 だが、一番驚愕の表情をしているのは口を回し続けている雪乃本人だった。

 

 いや、正確に言えば彼女の口は決して動いていない。

 

 彼女は大きく目を見開いて、口を閉じようと手で抑えつけている。

 

 それなのになぜか雪ノ下雪乃の声で、彼女の内心が吐露されているのだ。

 

 止まらない自分の声と、内容に顔を青褪めさせている。

 

 

「性善説大いに結構。だけれど、それを周りに押し付ける様はむしろ滑稽。見ているだけでイライラするけれど、関わりさえなければどうでもいい。そう思っていたのに私達と同じ能力に目覚め、あまつさえ私の領域に…私のたい『ペルソナ』!!!!!!」

 

「雪ノ下?!」

 

 

 どうあっても止められないと思っていたが、思い切り力を込めてライジンを出すことでようやく沈静化した。

 

 相当無理矢理にペルソナを出したせいで落ち着いた筈の息がまたしても荒くなる。

 

 しっとりと濡れて肌に張り付く髪も湯気だけの所為なのかは定かではない。

 

 

『へぇ、雪ノ下さんってはやまくんの幼馴染だったんだ』

 

「戸塚?!」

 

 

 ぎゅるんと周囲に満ちていた濃い湯気がさらに集まり人型を形作る。

 

 そこにはパレスの主の戸塚彩加の姿が真っ黒に染まって中空にぷかぷかと浮かんでいた。

 

 

『親は社長さん、頭も良くて、澄ました態度でさぞおモテでしょ。

 んで、カッコいい幼馴染に、独善的な思想。そりゃいい気分だったろうね』

 

「と、戸塚、くん…あなたの仕業なの」

 

 

 息を整えながらキッと寒気を感じさせる視線で睨み付ける。

 

 今までの彼らと同じく、身体は黒く染まり眼だけが赤々と染まる彼の表情は上手く読み取れない。

 

 だから断言はできないが黒い彼はニヤニヤと性格の悪い顔で笑っている様に感じられる。

 

 

『そうだ、って言ったらどうする? ぺるそなぁ! とか叫んでみる?

 それともたすけてぱぱぁ! って泣いてみる?』

 

 

 戸塚彩加と言う少年の話をしよう。

 

 と言っても彼には特筆して語るべきところはそこまで多くない。

 

 優しい両親に孫には甘い祖父母。

 

 一般的な家庭の一人っ子ではぐくまれてきた。

 

 テニスに力を入れたいと言えば二つ返事でスクールに通わせてくれるくらいには恵まれている。

 

 容姿が中性的なため女子からも男子からもからかわれたりもするが、いじめと呼ぶほど悪質なものは経験したことも無い。

 

 その反動で『漢/男らしさ』と言うモノに一家言ある程度の普通の男の子だ。

 

 今回のように悪神の欠片を悪用されない限りは自身の負の感情も自分で克服できる程度にしか膨らまなかっただろう。

 

 なるほどモルガナの言う通り、悪神とはなんとも悪辣であり放置していてはならないものだと八幡は改めて思う。

 

 特に今回はその悪辣さを誰かが悪用しているのだと確定してしまったのだからなおさらだ。

 

 

『ここはお風呂だよ? 余計なウソなんかで装って取り繕ってる方が悪いんだよ?

 全部曝け出して、総浚いして、晒し合って、あぁなんて人間って醜いんだ!

 そうやって悦に浸るんだ! 無関心なんてもったいない! 皆興味津々さ!』

 

 

 ぞわりぞわりと身体にまとわりついていた黒が蠢き膨らみ始める。

 

 一瞬ペルソナを呼び出そうとするが横の彼から制止される。

 

 ただでさえ疲労がまだ抜けていない。

 

 ザイモクザのように無駄撃ちになってしまっては体力の浪費だ。

 

 

『雪ノ下さんってどんな人なんだろう、雪ノ下さんの家庭環境は、財政状況は、好きな食べ物は、好きな人は、好みのタイプは、休日の過ごし方は、趣味は、得意なものは、友達は、彼氏は』

 

 

 一言ごとにボコボコと黒が泡立つ。

 

 その姿は戸塚彩加とはまったくかけ離れた醜いものに見える。

 

 役に立たないラケットをベルトに固定する。

 

 かろうじて武器になるナイフを構える。

 

 

『そんな粗探しが大好きな皆のご期待に応えて素っ裸になっちゃいなよ!

 それが嫌なら、本当を打ち明ける勇気も無いなら…消えてなくなっちゃえ!!』

 

 

カカカッ 深層零嬢 トツカ サイカ Lv20 ? ガ アラワレタ

 

 真っ白なスカートは中に骨組みでもあるのか大きく膨らみ、男物の黒いスーツをぴっちりと着たアンバランスな異形が目測3mの大きさで出現する。

 

 その顔はパペットのように能面なのがさらに気持ち悪さを加速させている。

 

 腕は長く球体関節みたくカクカクと機敏に不規則に動くが、足は鈍重そうだった。

 

 

「『アマノジャク』!」

 

「結果は?!」

 

「弱点は衝撃、電撃! だけど完全に格上!」

 

「なら時間稼ぎね…不本意ではあるけれど」

 

 

 開幕『アナライズ』で相手の耐性を調べる。

 

 そこで返ってきたのは喜ばしい事で雪乃の『ライジン』が得意とする属性への弱点。

 

 更に言えばモルガナと材木座が衝撃、隼人が電撃を扱う事が出来る。

 

 ならばそのアドバンテージを活かして時間を稼ぎ、メンバーがそろってから総攻撃をかける。

 

 それが確実な方策だろう。

 

 雪乃からしてみれば実力差があっても相性有利ならばどうとでも出来る自信が有った。

 

 しかし、それは紙一重の危険を許容するものであり、一人の足手まとい。

 

 いやさ守るべきものがすぐそばに居る状況でおかせる危険ではなかった。

 

 その気遣いを口に出す事は無くとも。

 

 しかし、そんな気遣いは必要が無かった。

 

 

「いくわよ『ザンマ』!!」

 

「補助する『ラクンダ』!」

 

 

 開幕攻勢に出ると予測していた八幡が一瞬だけ早く相手の防御を弱めて、すぐ後に『ライジン』の攻撃が当たる様に調整する。

 

 シャドウ雪乃のときのようにデバフをトリガーにカウンターがあるかもしれない危惧から来た連携だった。

 

 ザン、ザンマ、ザンダインと三段階に分かれる中の中級魔法に当たり、弱点属性の魔法。

 

 現状出来る限りの最大ダメージを与えられる組み合わせで相手の出鼻をくじこうとする。

 

 これ以上の単発火力を求めるのならさらにデバフを積まなければいけない。

 

 切り裂く風がトツカへと殺到し、湯煙が派手に舞い起こる。

 

 

「足を動かし続けなさい。一度で倒れるとは思わないように」

 

「分かってるよ、他のも積むぞ」

 

 

 視界が悪くなるのは相手だけではなく、自分たちも。

 

 トツカの姿が湯煙の中に隠れてしまい、ダメージの程度は分からない。

 

 しかし防御の下がった状態での弱点属性だ、大ダメージは間違いないな。

 

 手負いに猛反撃を食らっては死ぬことになる。

 

 そう考えて次はあいての攻撃を弱める『タルンダ』を放とうとする。

 

 

「ペルソナ『タル「横に飛びなさい!」 はっ? あっぐぁあああ!」

 

「比企谷くん!」

 

 

 『アマノジャク』を呼び出そうと少し足が緩んだ所に雪乃の警告が突き刺さるが、咄嗟に避ける事も出来ずに視界の端から高速で迫るそれに右腕を強打され吹き飛ばされる。

 

 積まれていた風呂桶の山に突っ込み、盛大な音を立てて埋もれる。

 

 

『馬鹿じゃないの? こんなのが効く訳ないじゃん』

 

「うそ」

 

 

 薄くなった湯煙の中から殆どダメージを受けた様子の無いトツカがヒュンヒュンと長い腕を振るっている。

 

 よく見ればその腕には一部抉れた様な傷跡が見えるが動作を阻害しているかと言えば否。

 

 弱点だと言うのならザイモクザの時のようにもっと大げさに痛がったり怯んだり。

 

 分かりやすく隙を見せるもののはずなのだ。

 

 

「っ、比企谷くん!」

 

「げほっ、すまん」

 

 

 がら、と風呂桶の山の中からテニスラケットを杖に何とか起き上がる。

 

 ペルソナを呼び出そうとしていた瞬間で良かった。

 

 殆ど出現していた状態だったからペルソナを身にまとうようになっていたおかげであまり物理的な怪我はしていない。

 

 ただしその分の気力は消耗したし、色んな所をぶつけた為かふらつきもある。

 

 もしも生身で直撃していたら容易く骨を折られていただろう。

 

 

『しぶといね、ゴキブリみたい。あっでもゴキブリは潰したら死ぬからそれ以上か』

 

「知らねえのかよゴキブリは叩いたら増えて戻ってくるんだぞ」

 

「あなたみたいな人が30匹も居たら世界は終わりね、パンデミックでショッピングモールに立てこもらないといけなくなるわ」

 

「誰がゾンビだ、つかそのお約束だと死ぬフラグじゃねえか」

 

『うざっ、死ねば』

 

「『ライジン』!」

 

 

 露骨にホッとなだらかな胸をなでおろす雪乃が軽口を叩く。

 

 そのやり取りを黙って観ている訳も無く、またしても加速のついた腕が襲い掛かる。

 

 今度は『ライジン』のザンが差し込まれ、弾かれた腕は見当違いの天井にぶつかる。

 

 しかしその反応はどう見ても

 

 

「弱点とは思えないのだけれど」

 

「いや、間違いなく衝撃は弱点のはずだ」

 

「なら、こちらは『ジオ』!」

 

『チクっとしちゃうねマッサージかな? ならお返ししなきゃいけないね!』

 

「す、『スクンダ』!!」

 

『ちっ』

 

「助かったわ」

 

 

 もう一つの弱点である電撃を放ってみるが、それがジオ、ジオンガ、ジオダインの初級魔法であるとしても弱点とは思えない反応しか返ってこない。

 

 反撃を予見して準備だけはしておいた『スクンダ』で狙いをずらすが、もう少し遅ければ間に合わなかった。

 

 先ほどのダメージが少なからずトラウマになっているのかもしれない

 

 

「もう一度解析を!」

 

「了解」

 

『あぁ、もう鬱陶しいな!」

 

 

 それでも震える身体を押さえつけて立ち向かう。

 

 もう一度『アナライズ』でトツカの耐性を観る。

 

 しかしその表記は先ほどの結果と変わらずに『衝撃、電撃』を弱点と記す。

 

 

「受けなさい『ライジン』! くっ!」

 

「おい!」

 

「大丈夫よ、それよりも」

 

『面倒だなぁ!』

 

「今度はこっちか! がっ!」

 

 

 腕が空を走る。

 

 直撃を避けられないタイミング。

 

 何とか『ライジン』で受けるが、衝撃で身体が硬直する。

 

 八幡にも腕が向けられ、またしても直撃する。

 

 

ミシリ

 

 

 身体が飛ぶことは無く、しかし軽く浮くほどの強打。

 

 嫌な音が鳴ったような気がした。

 

 

「げほっ、がっ」

 

「だい、じょうぶ?」

 

「あばらがいった、ってよく漫画で言うけどさ。

 ろっ骨が折れたら絶対に動けない自信がある。

 つまり動けてるから問題な…え?」

 

 

 肺から抜けた空気を求めてせき込み、何とか立て直す。

 

 軽口の一つでも挟んでなきゃやってられないと口を回しながら「さっきの嫌な音はどこから?」と思い手元を見ると

 

 

「戸塚のラケットが」

 

「…今は置いておきなさい」

 

 

 フレームがへしまがったテニスラケットの姿。

 

 戸塚が使っていたそれが、一目で修復不可能だと判断できる無残な形に変わっていた。

 

 

『ほんっと鬱陶しいね。そんなどうでもいい奴をかばってさ!

 もっと正直になりなよ! やられそうになったら生贄に差し出してさ!

 綺麗事並べてた口からクソみたいな悪態ついて!

 澄ました顔を涙と鼻水と血と反吐で汚してさぁ!! 醜く堕ちなよ!』

 

 

 金切り声に、更にその内容に頭が痛くなる。

 

 いくら悪神の欠片に悪性を膨張させられたからと言って、あの戸塚彩加がこんな感情を抱えていたと言う事。

 

 そしてそれを見せることなく取り繕えたという人間の二面性に吐き気すら催す。

 

 …………本当に?

 

 ペルソナは人間の二面性を象徴する能力だ。

 

 己の心の一側面を肥大化させて神話の一節を再現する。

 

 ならば良い面も悪い面も必ず存在し、人間と言うモノは一面的に観ることは不可能だと証明している。

 

 けれど、それは戸塚彩加の醜悪さを保証するのであろうか?

 

 トツカ サイカにあれほどの残虐性や加虐性が存在していたとして。

 

 ザイモクザがファンシーな面をあまり持っていなかったように、それはいくら大きくしてもあそこまで醜くなるだろうか?

 

 

「そんなわけねえだろ」

 

「比企谷くん?」

 

 

 ぐにゃと不可逆な傷がついてしまったテニスラケットを握りしめて吐き出す。

 

 

「会って数日だが、戸塚は優しい男の子だ。

 テニスが好きで、怪我しても練習できる根性があって、何よりも俺や材木座にすら話す事が出来る。

 そんな優しいやつがこんなこと言う訳がねえ」

 

 

 それは現実逃避なのだろう。

 

 少し優しい人と楽しく話せたと言う記憶がみせる正常性バイアス。

 

 歪んだ認知で作ってしまった理想像。

 

 彼がそんな事をするはずがない。

 

 そんな思い上がりに満ちた思い違い。

 

 だけど

 

 

「テニス部の全体のやる気が無いからって周囲を発奮させるために自分を鍛えるって発想を持つ良い奴が誰かの醜態をあざけるわけがない」

 

『ヒトなんて一枚皮を剥いたらクソの塊だって知らないの?! あんたも雪ノ下さんも僕だってそうさ!』

 

「違う! お前は戸塚じゃない! 戸塚が! あいつが、テニスと誰よりも真剣に向き合いたいと思っている戸塚が!

 例え心の闇に飲み込まれても、自分の大切なラケットを壊して何の呵責も覚えないなんてのは絶対にない!」

 

 

 だけど、彼がそんな事をするなんてのは絶対に間違っている。

 

 

「まさか…! 比企谷くん、さっき覚えた魔法を!」

 

「アマノジャク! 『エネミーサーチ』!!」

 

『は? なにヲ…あ? アァアアアアアアア!!!!』

 

 

 八幡のペルソナが魔法を放った瞬間、今までの余裕がかき消える悲鳴をあげる。

 

 隠れたシャドウを強制的に見つけ出すその魔法が嘘に隠れた正体を暴きだす。

 

 大量の湯気が音を立てて舞い上がる。

 

 静止していた膨らんだスカート部分が溶けるように縮み、逆に締まっていたスーツ部分がぶくぶくと膨れていく。

 

 そして縮んでいく布部分が人型に盛り上がり、そのままズルリと銀髪の彼が湿った床に放り出される。

 

 顔色は真っ青だがその姿は黒く染まっておらず、見るからに生身の姿だった。

 

 

「戸塚!」

 

「戸塚くん!」

 

 

 まるで漂う湯気に焼かれるように苦痛で暴れる巨体に巻き込まれないようにと急いで彼を確保し、そのまま壁際に退避させる。

 

 流石にそこまですれば状況も変わる。

 

 気を失って呻く彼を名残惜しそうに横目で見て、正面に向き直す。

 

 

『やってくれんじゃん。あーしの正体、見抜くんだ』

 

 

 そこには女性的な身体つきに変貌した異形。

 

 趣味の悪い金色で統一された女性服。

 

 長すぎた腕は正常に戻り、代わりにただでさえ大きかったカラダがさらに肥大化している。

 

 ストレートな流れる金髪で顔が隠れてしまったシャドウが居た。

 

 

「自分が傷つかない所から、まるで猿のような叫びで縄張りを主張する。

 考えてみればあなたにピッタリだったのかもしれないわね…三浦さん」

 

『ほんっとムカつく』

 

 

カカカッ 虚濁礼賛 ミウラ ユミコ LV25 ガ ショウタイ ヲ アラワシタ

 

 

 




ペルソナメモ

 少し裏話をすると今回のパレスは戸塚のパレスです。しかし悪神の欠片がどれだけ肥大化させてもあまり闇の無かった戸塚では維持する事が出来ずに直ぐに消滅する可能性が、そこに比較的負の感情を大きく持つ優美子が一緒に飲み込まれた事で寄生主を乗り換える。
 そんな流れでガワだけが戸塚パレスで中身は優美子パレスというのが今回のパレスの正体です。シャドウも性格の苛烈さを象徴する火炎属性のシャドウばかりで、たまに慈悲深さを象徴する天使が出てくるのも特徴でした。
 あと、エネミーサーチを活躍させる予定も無かったです。デバフ探索特化だから適当に無駄魔法も入れとけと作ったデータなので活用予定も無かったのに。本来はまたしても口撃で相手を揺さぶっていくつもりでした…これが筆が滑るってやつですか。
 でも戸塚がトツカではないのは最初から決めてました(深層零嬢→真相、真実はゼロな女の子)。だからこれは全部予定通りと言う事で構わないですね! 多分本編に入れられない裏話でした。
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