4月30日(月) 夕方 ???
「私はレッドマン。魂と語り、魂を導く者」
八幡たちがようやく落ち着きを取り戻してから、黒猫が渋いバリトンボイスでもう一度同じ言葉を告げる。
可愛らしい姿かたちに不釣り合いな声ではあるが、流石にそこに突っ込むほどの余裕はなかったようだ。
「レッドマン、ね。共産主義に染まった者とでもいうのかしら。
あなたがこの悪趣味な催しに私たちを巻き込んだと言う事で相違ない?」
「おい、喧嘩売るにも相手選べよ。すいませんね、こいつ負けん気だけは富士山よりも高くて、千葉の海より我慢の限界が浅いもんで、いたっ!」
姿勢よく座席に座り直した雪乃が、レッドマンと名乗った猫へと攻撃的な態度を崩さない。
パレスで何度もアナライズをしているからか、朧気ながらも気配に敏感になり始めた八幡。
その感覚が警報を鳴らしているが、横の少女に対する警戒も忘れるべきではなかったな。
やめなされやめなされ。八幡は耳が弱いんだから、つねるのはやめなされ。
「否。私は魂の邂逅と言う役割を終えたこの場を悪用されないように始末していたのみ。
そも、私の居た世界線と君たちの居る世界線は遠く離れている。
例え私が生と死の狭間、現実と仮想の境界、実と虚の路に立っているとしても、呼び込むのは不可能だ」
「あくまで、偶然、事故だと言い張るのね」
「それも否である」
どれほどの無礼さも風吹くように流し、淡々と雪乃の言葉に答える。
ちなみに、戸塚は話が難しい事と自分が口を突っ込むよりも雪乃と八幡に任せた方が良いと黙っている。
モルガナは何か思う所があるのか、ジッと目の前の超常を観察していて問答どころではない。
「私は過去、精霊と魂を繋げる事ができただけの存在であり、自然に生きる事をこそ重視する。
共産主義とは関係が無く、我らの中の一人がかつてそう呼ばれたからそう名乗っているだけで固体名ではないし、そこに拘らない。
例えば、自然と生きる同胞の形ならば…このように変わったとしても私は私であることに変わりない」
そう言うやいなや、猫の形がぐにゃりと輪郭が揺れると犬に変わり、トカゲに変わり、樹木に変わり、
「もっとも、慣れ親しんだ形と言うモノも存在する」
更にウサギ、コンドルと変容し、コヨーテの形で固まった。
「不自然に君たちを呼び込むことはしないし、出来ない。
だが、何らかのきっかけが君たちの世界からあればここに紛れ込んでしまう事はありうる」
「ワガハイに何か原因でもあるってのか?」
咄嗟に浮かんだ疑問がモルガナの口をつく。
「肯定でもあり否定でもある。
君たちに隙間へと落ち込む要素はある。そのような契約だ。
無意識の海へと繋がるペルソナとはそう言うモノだ。
異界から間接的に呼ぶのではなく、自らが接続する事にそう言った要素が内包される。
しかし、それだけではただ落ちてくるだけであり、このような混線が起きるとは考えにくい。
ただ、何らかの要素が介在せずとも必然と呼べる可能性としては存在する」
「雪ノ下、どういう意味なのか分かるか?」
「…さぁ。曖昧な言葉に終始しているせいで具体的に話すつもりも無いと言う事だけが分かることかしら。
あとは私たちがペルソナと言うチカラを持っている事を把握している事。何故知っているのかも話すつもりはないのでしょうけれど」
超自然的な存在なのか、人間に分かる言葉で話している。
出来る限り理解できるような内容で説明してくれてもいる。
だが、根本的な部分で理解し合おうと言う意志が存在していない。
「言葉はその姿を伝え、その心をぼかしてしまう。深く考えずともいい。
子供たち。そして青き部屋の住民よ。
君たちにとって重要なのはここが追体験の出来る場所であり。
それによって魂を錬磨する事が可能だと言う事だ」
「つまりどういう事なのかな」
「簡単に言えば、君たちがパレスと呼ぶ場所。
それも君たちが経験したところなら再現した場所へと訪れる事が出来、そこでペルソナの力を鍛えられる」
「あっ、ご丁寧にどうも…って、そう言うのが丁度欲しいと思ってたところだったよね八幡」
「…そうだな」
戸塚が理解しきれず思わず溢した疑問にレッドマンを名乗るコヨーテからの回答がくる。
その回答が自分たちのまさしく求めていた物だとわかり、喜色を浮かべる。
「つまり、あなたもこの先、私達の力が不足すると予想しているのね」
「断言はしない。マニトゥが居ない世界に私の力は届かない為、先を見通す事も出来ない。
しかし、異能の力を携えた者の多くは波乱が身近であった。
悪魔を操る術を与えられた者も、君たちのように目覚めた者も。
他者の魂を身に宿した者も、悪魔に目をつけられた者も」
「まあ、モルガナに協力していくことは既定路線だろ。あって損するわけでもないしな」
どうにも無責任な言ではあるが、レベル上げの手段は望んでいた物でもあるのだ。
深く考えたところで、先の事など分からないし、考えすぎては身動きが取れなくなる。
なにより、怒涛の展開過ぎて上手く考えられていない現状ならなおさらだ。
「それで、ここから出るにはどうすればいいのかしら」
「そう言えば、ここにまた来たくなったらどうしたらいいのかな?」
もう訊く事も無いと席を立つ雪乃。
それに続き戸塚も立ち上がるが、雪乃の言葉に連想してレッドマンへと尋ねる。
「来る、と魂が意識する事が契機となる。
が、意識が現実に拠っている者には難しいだろう。
扉であればどこでもいい。切っ掛けとしてこれを使いなさい」
レッドマンがそう言うと雪乃の正面に赤い色をした鍵が唐突に出現する。
訝し気にそれに伸ばした手が触れた瞬間、すーっと指先から溶け込んでいった。
「わわ、消えちゃった?」
「いえ、出そうとすればいつでも出せるみたいね…こんなふうに」
さして困惑する事すらなく掌に赤い鍵を出現させた。
「帰ることも同じだ。もとの場所に戻ると魂が意識すればいい。つまりは」
「扉をくぐればいいって事だな。そっちは単純でよかった」
そう言って、扉へと足を向ける。
その足取りは早歩きと言っていい速度だった。
八幡は目が覚めてからずっと気まずかったのだ。
レッドマンの言葉を信じるならここは魂と触れ合える場所である。
ならば、さっきの白昼夢のような一幕は実際にあったことなのだと分かってしまった。
自分の意志ではないにしても、勝手に女子の過去を覗き見てしまったと言う事実に気後れする。
モルガナは己と似たような存在に対して何か思う事があるのか、ジッと見つめていたがそれでもふいと視線を切り駆け足で彼を追いかける。
「過去のパレスへと行きたいときは今回と同じように幕を注視するのだ。
そうすれば魂が君たちの身体をパレスへと誘うように調整しておいた。
もう会う事も無いだろう。私はレッドマン。魂と語り、魂を導く者。
さらばだ。意識と無意識の狭間の世界から私も見守っている」
「え?」
ぎぃと後ろ手に閉まる扉から聞こえてきた言葉に三人ともが振り返る。
慌てて扉を開こうとするが、手を掛けた瞬間向こう側から力が加えられてぶつからないように身を引く雪乃。
出てきた人にぶつかりそうになり、謝りながら扉の隙間に滑り込む。
しかし、そこはさっきまで三人と一匹しか居なかった会場ではなく、数十人が観客として座っている普通の映画会場だった。
戸塚と八幡が追いかけてくるのを認め、視線で再度退出する事を示す。
扉から出るときに改めて赤い鍵を使い、レッドマンと出逢った映画館へと戻る。
そこにはスクリーンと客席だけが鎮座していて
「レッドマン?」
しかし、そこには誰もいない
返事が返ってくる事は無かった。
「………一度、落ち着いたところで話しましょう」
三人と一匹は何の気配もしない会場を後にした。
「またのご来場お待ちしております」
販売員の挨拶がどこか空々しく響いた。
4月30日(月) 夜 カラオケボックス
「材木座は近くのゲーセンで時間潰してたらしいからすぐに来るってよ」
「そう。由比ヶ浜さんは家がそんなに遠くないから彼女もそう遅くならないでしょう」
「一応、葉山君と三浦さんにも連絡してみたけど、二人とも急には無理だって」
一旦落ち着こうと座れる場所へと向かう最中、ペルソナ関連の事ならばと関わりのあるメンバーを招集しようと連絡を回す。
モルガナは取り急ぎ、主とやらに相談しに走って行った。
とにかく先ほどの事態に巻き込まれた全員が混乱していた。
当事者以外のフラットな人間が居ないとまともに話も出来ないだろうという判断で、陽が沈み始めた時間に急な連絡が飛ぶ。
良い返事は結衣と材木座のみだが、突然の連絡で捕まえる事が出来ただけ御の字だろう。
なお、或る程度内密な話をすると言う事で、学生でも個室が取れて騒がしくしてもいいと言う理由からカラオケボックスが選ばれた。
程なくして材木座が、少し遅れて結衣が到着する。
二人が揃ってから三人と一匹がそれぞれの動揺を整理するように、遭った事を説明していく。
最初は疑っていた二人だが、カラオケルームの扉に雪乃が赤い鍵を挿して開くとそこには何故か映画館のホールが広がっているのだ。
否が応にも信じざるを得なかった。
「まぁ、もともと悪神と言う巨悪に対して力をつける必要性を感じておったところだ。
渡りに船と言うべきであろう。何故そのような不可思議な場所へと繋がったのかは不明。
だが利用できるなら利用する、それで良いのではないか」
「あたしもそう思うけど、ゆきのんは何が気になるの?」
「いえ、気になると言うか…強いて言うならば気にくわないと言う表現がしっくりくるかしら」
普段通りの考え込むポーズで眉間にしわを寄せる雪乃に、結衣が問いかけるがその返答にはいつものキレがない。
おそらく、彼女自身もどう表現していいものなのか捉えあぐねているのだろう。
「俺たちにペルソナを鍛える必要があったのは事実だ。
だけど、正直それを本気で強く意識したのはこの前のパレスで死にかけてから。
それなのにこうも簡単に解決策がポンと出て来たら怪しんでしかるべきだろ」
「都合が良すぎる、って事?」
「言語化するならそう、だと思うわ」
しかし、そんな疑念も結局はただの偶然だと結論付けるしかない。
あえて言うのならばこれも『愚者』による運命の一部なのかもしれないが、そこまで気にしては身動きが出来なくなる。
シャドウからのドロップ品である情報物質も需要が増えそうなのだ。利用できるのなら利用する。
レッドマン本人も要約すればこの邂逅は必然かもしれないし、偶然かもしれないからひとまず便利に使えと言っていたのだ。
矮小な人類の一人として、ああいった超自然的な存在がどうの、超常現象がどうのと理屈をこねくり回しても結論は出ないに違いない。
そうと決まれば折角のカラオケだからと結衣が歌い始め、戸塚が続き、材木座が八幡をデュエットに誘い振られる。
手持無沙汰になった八幡がドリンクバーに立ち上がり、面々の注文を押し付けられて部屋から出る。
すると
「あれ? お兄ちゃんじゃん。何してんの?」
「は、って小町?」
横から能天気な声がかけられ、聞き覚えのある声に思わず振り向く。
そこにはセーラー服に身を包み、八幡と同じ箇所でぴょんと跳ねたくせ毛。
公立らしい学校指定のカバンを肩に下げた女子中学生がひょこひょこと近づいてくる。
彼女は比企谷八幡の妹、比企谷小町。
完全無欠(兄の贔屓目)な千葉に誇る妹である。
「いや、何してんのはこっちのセリフだし」
「まあまあ、細かい事は気にしないの。あっ、小町オレンジ飲みたいなぁ。
お兄ちゃんよっろしくぅ…部屋はそこか」
「ついて早々兄をパシるな、くっつくな、うぜえ猫なで声止めろ。
で部屋に乱入しようとするの止めろ」
「ふーん、そっか…じゃあ小町これから男子に相談を受ける約束があるから」
「待て、オレンジだな。ついでにドーナツも買ってきてやる。
だから、その約束はキャンセルだ、良いな、よし買って来るからおとなしく座ってろよ」
「…やー、我が兄ながら単純で嬉しいやら悲しいやら」
ほ、ほこ…誇る妹である(目逸らし)。
あと、男子との約束は既に終わっているので、手遅れなのは口にしない。
やれやれと頬に手を当てて、将来悪女に騙されないかなぁと心配になる小町。
そのためにもこの潜入ミッションは必要悪なのだよ!
誰にともなく内心で言い訳しつつ「失礼しまーす」とクソ度胸で扉を開ける。
「ヒッキー、早いね…え?」
「やー、どもども」
「…どなたかしら」
八幡が抜けたことで空いた席にちゃっかり座る。
突然の闖入者にピタッと空気が固まる。
戸塚の声援(幻想)に酔いながら熱唱していた材木座など可哀想な位に狼狽えてマイクを落としてハウっている。
そんな分かり切っていた展開になんら頓着せず、姿勢を正す。
「どうもみなさん、はじめまして。今ドリンクをパシられてる愚兄の賢妹。
比企谷小町と言います。兄がいつもお世話になっております」
そう言って、ポカンと固まる四人に改めて挨拶をする。
ちら、と雪乃、結衣、戸塚に視線を向けて「うはー、疑似ハーレムだよ」と溢す。
残念さは兄とあまり変わらないのかもしれない。
「あっ、うん初めまして。僕戸塚彩加って言います」
「わ、我は剣豪将軍材木座義輝! 八幡とは無二の親友で」
「あっはい。で、そちらは」
材木座が年下の女子にアピールしようとした瞬間に水を差し、話をぶった切る。
どうでも良いものへと向ける視線が兄そっくりで、こやつ本当に八幡の妹だわと確信する。
「あたしは…」
「結衣さんですよね。お久しぶりです」
「あっ、うん。覚えてて、くれたんだ」
「兄にも言伝を頼みましたし、そりゃ覚えてますよ」
含むものもないあっけらかんとした口調でワントーン低い結衣に返す。
初めて会った時はもう少し地味な容貌だったので、内心合っててよかったと胸をなでおろしているのは秘密だ。
事故の経緯を知らない戸塚と材木座はその流れが腑に落ちないようにしている。
そして最後に残った一人に視線を向ける。
「私は…雪ノ下雪乃よ」
「えっ…あぁ」
一呼吸いれて、雪乃はしかしはっきりと宣告する。
自分こそが雪ノ下雪乃だと。
その名前を聞いて、小町は一瞬首を傾げ、すぐに合点がいったと頷く。
「雪乃さん、別に小町は事故の事もう気にしてないですから。
多分、兄も特別気にしてないから一緒にいるんだと思いますから、そんな思いつめたような顔しないでください」
「え?」
不意の言葉に衝撃の声が漏れる。
「ちょ、ちょっと待って頂戴。あなた、いえ、比企谷くんも私があの事故の当事者だと知って」
「へ? はいそりゃまあ知ってますよ」
キョトンと、何故そんなに慌てるのか分からずに目を丸くする。
雪乃からしてみれば青天の霹靂だ。
きっと比企谷八幡は自分が1年と少し前のあの事故で自分があの車に乗っていた事を知らない。
だから、あんな風に普通な対応だったのだと、そう思っていたのだ。
知らないからこそ、まともな(と言っても独特ではある)付き合いが出来ていたのだと。
しかしその前提が全くもって違っていれば。
「あぁ彩加さんと材木座さんは知らないかもしれませんが、うちの兄は高校の入学式初日に交通事故に遭いまして。
まぁ、その原因が結衣さんの飼い犬を助ける為っていうどこの英雄志願者かって感じで誰を責められるってモノじゃないんですけど。
ただ、頭の打ちどころが悪くって一時は意識不明になって、すわ植物人間か! って事にもなりまして」
「えっ! は、八幡、大丈夫だったの??!」
「大丈夫だったから今も小町のおねだりに答えてくれてる訳でして…こほん。
その事故の時、兄がぶつかった車に乗っていたのがそちらの雪ノ下さんってわけです。
いや、普通に雪ノ下家の代理人って名乗った弁護士さんとか何回もうちに来ましたし。
雪ノ下さんのお母さんは兄が目を覚ましてからお見舞いにも来てくださいましたし」
世間って狭いですねぇ、と訳知り顔で頷く。
そんな小町の説明に口が半開きで止まってしまう雪乃。
それだけの驚愕だったのだ。
彼女自身も当時の事故当事者としての心情をひたすら明かさないようにしていた。
だが、彼が同じように複雑な心情を見せないようにしていたのだとしたら…
いや、結衣の様子は気まずそうではあるが、自分のように驚いていない。
ならば、彼女もそれを知っていたと言う訳で。
「なら、私はとんだピエロだったと言う訳かしら」
「んなわけねえだろ」
力なくうなだれそうになった時、一人出ていた彼がトレイに注文分のドリンクとドーナツを持って戻ってきた。
ちなみに、その顔は「やだなぁ、面倒だなぁ、ここに戻らなきゃダメ?」感がひしひしと出ている嫌そうな顔だった。
ペルソナメモ
RPGのお約束、フリーダンジョン。レベル上げだったり、ペルソナの材料集めだったり、サブクエだったり、金策だったりと寄り道の一種。
EasyだったりNormalだったり、本編のみ攻略するだけならそこまで必要ではないが、難易度を上げたり隠し要素などをコンプリートしたいなら必須のレベル上げ。全書からペルソナを召喚するのにも武具にも必要なお金。小ネタ回収のサブクエ。それらが出来るんです。そう、フリーダンジョンならね!
3ではタルタロス、4ではクリア済みダンジョン、5では大衆のパレスとあるが、今回は4と同じように過去クリアしたダンジョンを再利用する事となる。レッドマンはその為だけに出したチョイ役なのでこれ以上今作には関わりません、あしからず。
あと、彼が居た場所が魂を追体験する性質を持っていた為、彼らはビジョンクエストのように魂が混線してしまった。八幡と雪乃、戸塚とモルガナがそれぞれに追体験したのだが、モルガナは記憶に封印をかけている。戸塚はモルガナの過去、P5を追体験したが封印の所為で一切覚えていない。ただし経験値が増えてレベルが上がった。なお、雪乃は彼の普段語る黒歴史が誇張ではない事に少し泣いた。
俺ガイルメモ
原作では足を折る怪我ですんだが、今作では頭を打って意識不明になってもらいました。