やはり俺の○ル○ナは間違っている   作:hung

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川崎沙希にとって母性は標準装備のようだ

5月?日 ???

 

 世に曰く、丑寅の方角と言うモノがある。

 

 おおよそ北東を示すそれは、風水だとか陰陽的に言えば鬼門とも言われる。

 

 今では強くイメージされる『虎』の腰布(パンツ)に『牛』の角をした姿。

 

 『鬼』と呼ばれる架空生物は鳥山石燕がそうイメージしたと、以前購入したオカルト本に書かれている。

 

 一般的に鬼と言うのは大柄で肌の色も紅く髪の色も黒ではない。

 

 おおよそ黒髪黒目の短駆な過去の日本人が漂着した異人、もしくは突然変異に色素が薄かったりしたのを、そう呼び我ら(身内)ではないと差別するように使われたというのも考えられる。

 

 髪を染色する事が市民権を得て、肉食や栄養の豊富化によって平均身長が高くなった現代日本において、そうした存在を異物であると排斥する風潮は薄れてきた。

 

 しかし、薄れてきたとはいえかつて、例えば今の40、50代の親世代が子供の時には金髪=不良とみなし。

 

 女はスカートを長くし、男は詰襟を長くして『ツッパル』。

 

 髪を染めて、盗んだバイクで走り出すなんていう、世間に反抗する子供が取りざたされた世代。

 

 もちろん、現代においても形を変えて『ツッパリ』は存在しているだろう。

 

 人間の成長する過程において反抗期と言うモノが生態として組み込まれている以上、無くなりはしない。

 

 長々と何が言いたいのかと言えば、髪の色が黒に寄っていたとしても抜けて見え、男子とそこまで大きく変わらない身長で、寡黙な取っ付きにくい女子は超怖いと言う事だ。

 

 

「顔はやばいでしょ。ボディにしろ。ボディに」

 

『でゅふふ、あぁ………いい』

 

「やっぱり、ワガハイの決断は間違ってなかった」

 

「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」

 

「どうしてこうなった」

 

 

 モルガナと隼人と一緒にドン引きしている八幡が現実逃避に意識を飛ばす。

 

 そう、今思い返すならば始まりはちょっと物騒な噂を小町から聞いたあの時からだったのだろう。

 

 

5月14日(月) 朝 比企谷家

 

 中間テストも残すところ一週間となった。

 

 先週はテストが終わった後の職場見学が話題になっていたが、自宅と書いて提出した際にボッコボコにしてやんよされるイメージが即座に書き直させた。

 

 かと言ってどこかに行きたいところが有ったわけも無く、そう言えばと財布の中に死蔵されていた一枚の名刺。

 

 つまりは今石燕のそれに記載されていたシンクタンクとやらを記入して提出し、トラブルを回避したと思いきやまた別のトラブルに巻き込まれた一幕があったのだが、それはまたいつか。

 

 テスト勉強でやれなくなる前にペルソナの特訓だと雪乃が息巻き、またしても土日が潰れて目がどんよりしている。

 

 黙々と朝食を食べながら、目の前の妹の姿に聞いておかなければいけない事を思い出す。

 

 

 何か欲しい物が無いか聞く

→この前の件を言及する

 小町ちゃんや飯はまだかの

 

 

「そう言えば、あの相談がどうのってのはどうなったんだ」

 

「…?」

 

 

 目の前の妹に訊ねてみるが、コテンと首を傾けるだけ。

 

 彼が聞いているのは以前、ビジョンクエストの件で内密な話をしようと奉仕部プラスアルファのメンバーがカラオケに集まった時の事。

 

 小町の合流を拒んだ八幡に言った一言。

 

 

『ふーん、そっか…じゃあ小町これから男子に相談を受ける約束があるから』

 

 

 結局は勢いに任せて奉仕部たちに合流したが、その後はどうなったのか?

 

 そう問い詰めてみるが、張本人の小町はきょどきょどと視線を彷徨わせている。まさか…

 

 

「あ、あぁ、うん。そんなこともあったっけなぁ!」

 

「おい、まさか全部ウソだったのか」

 

 

 完全に記憶の彼方に放り投げられていた様子で、てへっと頭に手をやる。

 

 ジトっとした眼で睨み付けるが、そんなものどこ吹く風。

 

 

「いやいや、小町は冗談を言う事はあっても嘘は言わないよ。

 もし言ったとしてもそれは嘘じゃなくて間違っただけだし。

 お兄ちゃんには正直でいたいからね。あっ、今の小町的にポイント高い!」

 

「そうだな、正直に言ってれば万が一があっても怒られるときには『お兄ちゃんには言ったもん』と言う防波堤が出来るからな」

 

「もう、お兄ちゃんってば捻くれてるなぁ」

 

 

 その捻くれた性格の形成に少なからず加担しているだろうに、どの口が。なんてことは何があっても口にしない。

 

 代わりに、コーヒー(と言う名の乳飲料)を口に運ぶ。

 

 

「まぁ、話の内容的には総武に通うお姉さんが最近不良化しちゃって困ってるから、同じ学校に通うお兄ちゃんが居る私に相談してきたっぽいんだよね」

 

「それをお前経由で相談されたところで、何も出来んからな。だから、そんな事を口実に話しかけてくる男とはこれ以上会っちゃいけません」

 

 

 はぁあああああ。と大きな吐息。

 

 早く妹離れしてくんないかな、このごみいちゃん。とか思ってるぞ、きっと。

 

 

「で、具体的にはどんな感じなんだ? 内容次第では積極的にその『お姉さん』とやらを避けんといかんからな」

 

「ほんと、捻くれてるように見えてデレるんだから…」

 

 

 ぼそりと続けられた言葉に、うっせえと返し少し詳しく聞いてみる。

 

 かいつまんで言うなら、

 

 

・川崎大志とやらが相談してきた内容は姉の不良化

・姉は総武高校の二年生で八幡の同級生

・不良化と判断したのが、急に朝帰りを繰り返すようになった為

・男が出来たのか、香水もつけ始めたし化粧も濃くなった

・たばこの臭いをつけてくることもあり、酒臭い時も

・いかがわしい名前の店から家に電話がかかって来た

・姉らしき人物が繁華街の方に男と一緒に消える目撃証言があった

・元々は真面目で、家事も弟妹の世話も率先する自慢の姉

 

 

「こんな感じかな。小町もその大志くんから聞いただけだから噂の方までは知らないけど」

 

「あぁ…それは」

 

 

 明晰な頭脳に走る推理の結論。

 

 これ、やってますねぇ。黒では? いや、グレーか?

 

 彼の脳裏に思い浮かぶのは、先日のラーメン店での平塚教諭との会話。

 

 マッチングアプリなるものが流行っている事。

 

 これは情報源が噂話しかない八幡ですら知っている程に、現役高校生からすれば周知の事実である。

 

 そして、もう一点。

 

 清掃ボランティアの時に井戸端会議していたおばさま方の『最近援助交際で補導される女子高生が増えてる』なんて証言。

 

 断言はできないまでも、ここから導き出される結論は『川崎大志の姉はエンコーしている』もしくは『金づるになるパパを見つけた』…かもしれない。

 

 彼の脳裏には家庭的で地味な大人しめな女子、例えばデレマスのふみふみがNTR系同人で闇堕ちした姿。

 

 もしくは意外と闇が深いシンフォギアの元気娘ビッキーからのグレビッキーのイメージが思い浮かぶ。

 

 これで服装や身なりが派手になったり、金遣いが荒くなっていればもっと断言できたが、今までの情報では推測が限界。

 

 しかし、これは早々に見切りをつけて避ける方向に舵を切らなければ大火傷してしまうだろう。

 

 そう判断したら八幡の行動は早い。

 

 

「とりあえずお前はその川崎なんとやらとは距離を置いとけ。

 最悪警察沙汰とかになったらどうにもならんからな」

 

「や、」

 

「いいから、これはマジで聞いとけ。俺もその川崎何某には近づかんようにする。

 …俺はもう行くから、小町も遅れんように出ろよ」

 

 

 彼女の様子を見るに納得したように見えないが、手短に断言して皿とコップを流しに置いてさっさと家を出る。

 

 流石にこんだけ真剣な様子を見せれば要領の良い妹はある程度忠告に従うだろうと思って。

 

 

「面倒事に巻き込んでくれたら承知しねえからな」

 

 

 ぼそりと呟いて自転車のカギを開けた。

 

 残されたのはあまりの唐突さにぽかんとした小町。

 

 バタンと扉が閉まる音に再起動して、冷めてきた朝食を口に入れる。

 

 兄の好みに引きずられて甘く淹れたコーヒーをずずっと啜りながら、はぁと小さくため息。

 

 

「不良化って問題はもう解決してるから、そんなに警戒しないでいいのに。

 ま、人の話を最後まで聞かないお兄ちゃんが悪いって事で」

 

 

 つまり、この話を聞いた時に空回りしてしまうことは決定したのだ。

 

 

5月14日(月) 夕方

 

 戸塚の依頼が取り下げになった為、差し迫って対処しなければいけない依頼は無い。

 

 尚且つ、GWと先週のうちにある程度の鍛錬をしたので、もう少しは間をあけようと言う主張が通ったためパレスに通う必要も無い。

 

 であるなら、特に用事も無い以上帰路を急ぐだけである。

 

 

「朝、小町殿が言っていた件はどうすんだよ」

 

「君子危うきに近寄らずって言葉を知らねえのかよ。賢明な人間は危機を避ける。

 畢竟、危険に首を突っ込む人間は愚か者であり、俺は人生波風立てずに養われて生きていたい」

 

 

 お前のアルカナ愚者じゃねえか、というツッコミは聞こえない。

 

 まるで人が変わったかのように問題行動をし始めたとか、突然超能力に目覚めた。

 

 そんなまさしく『悪神が関わっている』に違いない異常ならともかく、一人の非行少女に何故積極的に首を突っ込まないといけないのか。

 

 彼からすればトラブルが勝手に追尾してくるという事情が無いなら、可能な限り波風立たない人生を送りたいのだ。

 

 波風絶てない船酔い必至な人生は断じてお断りだ。

 

 

「だが、ワガハイの経験則からするとこういう小さい事件から手がかりが見つかる事も」

 

「記憶喪失の奴に言われてもなぁ」

 

 

 そこは言わねえ約束だろうが! と声を荒げる猫を放ってスタスタと歩く。

 

 さて、帰ったら何をしようか。

 

 読みかけのガガガ文庫の続きを読もうか、あまりにも五月蠅く言われすぎて上達し始めたカレーでも振る舞おうか。

 

 

 家に帰る

 一人でもパレスに行くぜ

→買い物で寄り道する

 

 

 思案していると、そう言えばトイレットペーパーが少なくなっていた事を思い出して、ちょっとだけ寄り道して帰ろうとする。

 

 近くに薬局でもあっただろうか、なければ適当にスーパーにでも…

 

 スマホの地図アプリを立ち上げて近場を調べようと画面をピンチして見ながら歩く。

 

 今いる住宅街への通りには目立った店舗が見当たらないが、通り一本外れればいくつかは有りそうだ。

 

 その足は大通りから外れてドンドンと細い道に進んでいく。

 

 意識せずに進んでいるせいで、その向かう先は繁華街と称される場所に続く路地へと向かっている。

 

 

「っ! …!」

 

「?」

 

 

 歩きスマホをしている彼の耳に騒がしい声が聞こえてきた。

 

 もう少しすれば住宅街も抜けるから、その喧噪でも聞こえてきたのか? と思うが、どうにもトラブルの匂いがしてくる。

 

 幾度かの悪神関連の経験でそういった嗅覚が磨かれたのだろうが、彼からすれば全く嬉しくない。

 

 横で耳をヒクヒクさせている猫にも聞こえているのだろう。

 

 トラブルはごめんだ。

 

 そう思って踵を返そうとしても「ハチマン? こっちだぞ」と身体をグイグイと押し付ける。

 

 

「だから、ほんと迷惑なんだけど」

 

「僕にはもう君しかいないんだ!!」

 

 

 痴情のもつれらしき言い争いが聞こえて余計に辟易する。

 

 本当にこっちに行くの? もう良くない、帰らない? 帰ろうよ。生きてればまた来ることも出来るんだよ?

 

 とひきつった顔で渋々重い脚を動かす。

 

 

「あんたとの関係はただの客で、それも終わったじゃない。なんであたしが」

 

「それでも僕は君に癒されたいんだ! 金なら払う! いくらだ、いくら払えばいい!?」

 

「だから…そう言う問題じゃなくて」

 

 

 おっと、痴情のもつれよりももっと厄介そうな匂いがしてきたぞ。

 

 具体的には朝、小町との会話で連想した援助を目的とした交際関係やらなんやらの匂いだ。

 

 彼の脳裏には以前、雪乃との会話で交わしたそういう手軽でよろしくない手法を取る事に対して述べた『金は手に入っても安い人間になる』という言葉が思い出される。

 

 そう言う事をしているから、こんなトラブルが舞い込んでくるのだ。自業自得じゃねえか、なんて気分。

 

 たとえモルガナが何を言っても相手には声が聞こえないのだから、そのままスルーしてしまばいい。

 

 そうと決まれば、と重かった脚を無理矢理速めて駆け足気味で通り過ぎるぞ! と曲がり角に差し掛かり

 

 

「お願いだ川崎さん! 僕にできることなら何でもするから」

 

「川崎?」

 

「は?」

 

「ひっ」

 

「えっ?」

 

 

 曲がった瞬間、耳に飛び込んできたどこかで聞いた名前につい反応を示してしまった。

 

 そこに居たのはどこにでもいるような中肉中背、特徴らしい特徴も無い男性。

 

 ただ、縋る様に膝を地面につけて目の前の女子、それも八幡が普段見慣れている総武高校の制服を着た彼女に懇願していなければの但し書きが付くが。

 

 その女子は若干青みがかった髪を、雪乃よりも更に長く腰当たりまで伸ばしてシュシュで後ろにまとめている。

 

 カッチリと着こなしたくないのか着崩し、少し改造しているようにも見える。

 

 きつそうな目付きをしているが、顔の造形は整っており美人と言っても過言ではない。

 

 特に泣き黒子がセクシーさを際立たせている。

 

 おそらくこの女子が『川崎』と呼ばれたのだろう。

 

 目つきはどうにも睨み付けるようで、気の強さを見て取れる。

 

 彼がイメージした姿とは全く違うが、この女子がそうなのか?

 

 もちろん、突然現れた変な男子が急に名前を呼んだのだ。

 

 呼ばれたその女子も顔を向けて自分の名前を口にした相手を確かめようと半目になるので、余計に目つきが悪くなる。

 

 あまりの事につい悲鳴をあげちゃったけど、責めないで上げてほしい。

 

 

「って、あんたクラスの」

 

「へ?」

 

 

 びくっと身体を震わせた彼にぽそりと溢す彼女。

 

 彼は何のことか理解していないが、どうやら顔見知りのようだ。

 

 ただの通りすがりなら無視していただろうが、関係者(違うが)と思しき存在に気まずくなったのか跪いていた男性はすっくと立ちあがる。

 

 

「とにかく、僕は君を諦めないから! また、会いに来るよ」

 

「だから! …はぁあああああああぁ」

 

 

 一方的に言い捨てて男性はさっさと場を後にした。

 

 残されたのは大きくうなだれた川崎大志の姉である川崎(推定)とあまりの展開に吃驚して立ち止まってしまった八幡。

 

 

「なんだ、ありゃ」

 

 

 よく理解が出来ない、と首をかしげるモルガナだけだった。

 

 

「はぁ…ま、いいか。…あんた」

 

「あっ、はい。電車賃だけは勘弁してください」

 

「あ”? んなわけないでしょ。しつこくされてて困ってたんだ。とにかく助かった」

 

「あっ、はい」

 

 

 ついつい、頭に「あっ」ってつけちゃうの何でだろう?

 

 通学用カバンを担ぎ直し、乱れていない制服を念のためにパンパンと払う。

 

 

「ついてきな。一応助けられたんだから礼くらいはするよ」

 

「いや、そのお構いな「ハチマン! ここで彼女を放っておくとか例え神が許してもワガハイが許さねえぞ!」あっはい、いただきます」

 

 

 急な変節に怪訝そうに目を細めるが、気にすることなく先導する。

 

 ゆらゆらと動く青みがかったポニーテールに着いていく一人と一匹。

 

 もしかして、礼(口封じ)とかじゃないだろうな、とか警戒しながらびくびくする一人。

 

 近付こうとしても何故かするっと躱されて??? となる一匹だった。

 

 

「高いもんは無理だけど、せめてジュース位はね」

 

 

 近くの自販機にサッと小銭を入れて、迷う素振りも無くボタンを押す。

 

 ガシャンと音を立てて落ちてきたアルミ缶を取り出して、何気なく放り投げる。

 

 危うく落としそうになりながらも、果汁少なめのジュースをキャッチ出来た。

 

 もう一本を取り出し、軽い音を立ててプルタブを開けコクリと形の良い喉を動かす。

 

 流石に一口も飲まないのも失礼が過ぎると、八幡も口をつける。

 

 彼の中でこういった筋の通らない施しみたいなものには抵抗感はあるが、無理に固辞するにも彼女とは距離感が開き過ぎている。

 

 

「………………はぁ」

 

「なぁ、一体何があったんだ? ワガハイで良かったら話を聞かせてはくれねえか。そんなため息と沈んだ表情じゃ美しい顔が台無しだぜ。微力だが、ワガハイもこいつも力になるからさ」

 

「あんまその猫近づけないで貰える? あたし、猫アレルギー」

 

「がーーーーん!!」

 

 

 モルガナが彼女の元に近づきながら、言葉を発するが、彼の言葉はパレス等で喋る事を認知しないとただの猫の鳴き声にしか聞こえない。

 

 八幡は無駄な事をしているな、と思っていたが、更に距離を開けられ猫アレルギーを理由と聞いてショックを受ける姿に吹き出しそうになっていた。

 

 正確には猫の姿をしているだけの認知存在なので、アレルゲンを持っていない可能性も高いと思っているがわざわざ口にする事も無い。

 

 

「おい! ハチマン!! ワガハイの代わりにこの女性のお悩みを解決しろ!! いいか、絶対だぞ!!!」

 

「やだよ、なんでだよ、面倒じゃねえか」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何も!」

 

「ハチマン!!」

 

 

 フシャーとがなり立てる猫を無視して、たいして多くない缶の中身をさっさと飲み切ってしまおうとぐっと呷る。

 

 ただ通りすがっただけなのに、何故こんな風に礼なんてしてくるのか。

 

 どうしても嫌な予感がして仕方ないので早くこの場を後にしたいと気が逸っている。

 

 しかし、彼の警戒は無駄に終わる。

 

 

「で、あんた。うちのクラスだよね」

 

「へ?」

 

「あたしと同じ総武の2年F組でしょ。いっつも一人で本読んでニヤニヤしてる。

 最近、あの煩いグループの由比ヶ浜とつるんでたり、カバンに話しかけてて目立ってたから思い出した」

 

 

 内心「モルガナぇ!!! 由比ヶ浜ぇ!!!」と絶叫した。

 

 察するに、彼女は教師や保護者にこの件がバレたくないのだ。

 

 だから、口止めする為にただ通りすがった彼を引き留めたのだろう。

 

 

「一応、口止め料も含めてるから、それ。他言したらタダじゃ置かないからね」

 

「へ、へい。承知しやした」

 

「三下ムーブが板につき過ぎだろ、情けねえ」

 

 

 うるさい、モルガナうるさい。

 

 実際、吊り眼がちな目つきと、ドスの効いた声質にビビらない陰キャは居ないに違いない。

 

 下手に顔が整っているから、余計に威圧感が強い。

 

 彼も雪乃で耐性を付けていなかったら致命傷だった。

 

 

「せめて事情だけは聞いておけ! また小町殿に粉をかけられても知らねえぞ」

 

 

 彼女で馴れていたから、妹という守るべきものの為に動く事が出来た。

 

 モルガナの言葉に、はっと顔つきが変わる。

 

 そう言うシチュエーションって、もう少し重要な場面で発揮してほしいのだが…

 

 とにかく、黒猫のファインプレーで言い逃げは食い止められた。

 

 

「最低限、聞く事を聞いとかないと注意も出来んのだが…」

 

「別にあんたには関係な」

 

「川崎って呼ばれてたよな、うちの妹が川崎大志って奴から姉の不良化で相談を受けたらしい。

 こっちとしても、あんたの事に深入りしたいとも思ってない。

 …だけど、知らなかったら知らず知らずに巻き込まれてるって事もあるかもしれないだろ」

 

 

 腹を括って、一息にまくしたてる。

 

 関係ないと言われたら、彼には否定できない。

 

 だから、最初から最強の手札(家族からの心配)をぶっ放す。

 

 内容に理解が及んだ川崎(おそらく)が「ちっ、あの子は」と溢しているので、この女子が小町の話に出た川崎(確定)なのだろう。

 

 半分当て推量だったから、当たってホッとしているのはここだけの話。

 

 川崎(絶対)は視線を少し迷わせて、ここで黙っているよりも巻き込んでしまった方がマシだと判断したのか、壁に寄りかかり一息ついて話し始めた。

 

 

「あたし、(ホテルのバーで)バイトしてたんだよ」

 

「おう(いかがわしい系の店でか)」

 

「で、その客の一人があれ」

 

「ふむ(太客だったとかか?)」

 

「酒が入るとグチグチ煩いし、ダウナー系でさ」

 

「ほう(未成年お断りは確定だな)」

 

「面倒だけど仕事だったから付き合ってたわけ、金払いも悪くなかったし」

 

「へぇ(派遣型の大人の遊び系…えんじょいな交際、いや判別できんな)」

 

「最近、なんかあったのか悪酔いするようになって、この前殴られそうになってさ」

 

「はぁ(殴り返しそうに見えるが)」

 

「咄嗟に殴り返しちゃって」

 

「あぁ(やっぱり)」

 

「そん時は(バーの)オーナーとか(ホテルの)ガードの人が何とかしてくれたんだけど」

 

「ん?(ガード…ボディガード? 用心棒…強面の兄ちゃん。バックが怖いキャバ系?)」

 

「警察沙汰にはならなかったけど、あたし歳誤魔化してたから」

 

「なるほど(黒、いやグレー? いや黒?)」

 

「その店、年齢確認はおざなりだったけど、あんま人に言えない客(有名人とか地元の名士)とかも来るから続けられなくなってさ」

 

「うぅん(大人がお風呂場で恋に落ちちゃうやつ?)」

 

「お金は必要だったから別の店で働こうと面接行ったら、あいつがオーナーで」

 

「げっ(それはマジで気の毒だな)」

 

「履歴書に本名も住所も書いてたから、それもバレて」

 

「うわ(それまでは名前を知られてなかったって事は源氏名で働いてたってことか)」

 

「流石に家までは来ないけど、ストーカーみたいに付きまとってきて」

 

「えぇ(ひと時の疑似恋愛を勘違いしたのか)」

 

「言うに事欠いて『あなたの拳にバブミを感じました。僕のお母さん、いやママになってください』とか気持ちの悪い事言い出すんだよ」

 

「なにそれこわい(なにそれこわい)」

 

「あたしも怖いよ。前まではグチグチ根暗っぽかったけど真面だったのに、急にそんな事言い出して本当キモイっつか怖い」

 

「うへぇ(色に溺れるってよく言うが、典型なのかもな…いやバブミってなんだよ)」

 

「咄嗟に伸ばしてきた手を振り払ったら手が当たったところを押さえて『アぁ…イイ』って気持ち悪い顔で興奮してんの」

 

「重症だな(処置無し)」

 

「まともな時に酒の勢いで愚痴聞いてたから事情も知ってるし、流石に警察沙汰にするには忍びなくてずるずると、って感じかな」

 

「そうか(ストックホルム症候群? それとも身体の関係があって情を持ったとか?)」

 

「あと、バイトの件であたしも説明できない事もあるから、そもそも無理だし」

 

「………ドツボにはまってね?」

 

「だから言いたくなかったんだよ」

 

 

 はたで聞いていたモルガナが「何かこいつ誤解してる気がする」と歯に物が詰まった表情をしている。

 

 脳裏に浮かんだ『アンジャッシュ』という単語は何なのだろうか。

 

 念のため小声で「(悪神関連?)」と聞いてみるが、あの男からはそう言った臭いはしなかったと断言された。

 

 一通りの事情を聴いて、八幡の感想は「いや、無理でしょ。ガチ警察案件だよこれ」だった。

 

 川崎(間違いなく)の問題は3点

 

・夜の仕事を選ぶ(誤解)くらいに金銭面に不安を抱えている事。理由は知らない

・ストーカー(多分)被害を受けている事。バブミってなんだよ(哲学)

・上記の問題に対して軽々に法的措置を取れない事。法は法を守る者の味方ってそれ昔から言われてるから

 

 これをただの男子高校生がスパッと解決できるはずも無い。

 

 何度も言うが比企谷八幡という男子はペルソナという能力があっても、こういう直接的な問題に対処するには口先で何とかする以外に手段は無い。

 

 相手の矛先を例えば別の方向に逸らす事ならなんとか出来なくはないだろうが、再発の危険性はなくならないし彼女の後ろめたさと金銭面はどうにもならない。

 

 よって、彼の取れる手段はそれとなくふわっと関わらないように、フェードアウトする事しかない。

 

 彼からすると、そこまで深入りする必然性など一切ないのだ。

 

 

「だから、その目を向けるのを止めろ。超絶嫌な予感がビンビンにしてくる、聞きたくない、口を開くな」

 

「あんた、何言ってんの」

 

 

 ダラダラと冷や汗を流して腰が引けた状態で足元に顔を向けている男子を睨む。

 

 その視線の先には、アレルギーだからとさっき遠ざけた黒猫がじーっと彼を見つめている。

 

 その緑色の瞳は心なしか、さっき見た時よりも煌めいているようにも見えて。

 

 

「ふっふっふ…決まりだな」

 

 

 彼女からしたら猫の鳴き声にしか聞こえないが、彼の耳には地獄の判決のような低い声が聞こえる。

 

 

「これはワガハイの! いや、心の怪盗団の出番だぜ!!!!」

 

 

 言葉の意味は分からずとも、ろくなことにならない事だけは確信できてしまう響きに内心悲鳴を上げる八幡であった。

 

 

 




俺ガイルメモ

 原作のおおよそ5月の半ば、職場見学のアンケートで川崎沙希(黒のレース)と出逢い、チェーンメール騒動を終えた後に小町を介して川崎弟の大志から不良化した姉の原因を探る依頼へと繋がり、5月末の中間テスト前に川崎沙希の事情(塾に通う為の夜勤アルバイト)を探り、家族に心配をかけている事実を自覚させて、スカラシップ(塾の奨学金)を紹介する事で問題を解消する。
 その後、事故の件で結衣との不和に繋がるのだが、今作では事故の件は解決済み。川崎のバイトも実は辞めて朝帰りは無くなっているので、大志の心配も(表向きは)なくなっている。小町の話を最後まで聞いて、寄り道しなかったら避けられたのに…ちゃんとヒントは出してたんですけど(クソGMムーブ)。代わりに変な輩が生えてきた。何故モルガナが戯言を言っているのかは待て次回。

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