やはり俺の○ル○ナは間違っている   作:hung

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かねてから川崎沙希に力はあったようだ

5月16日(水) サカイパレス 

 

『だから、僕にちゃんと痛みを伴わせて止めてくれるママ(沙希さん)が必要なんだ!』

 

 

 ずっこけかけた面々の前で割れて飛び散ったアルコールと自分の身体から出された黒い血が混ざったナニカに包まれ、球体となっていたサカイが人の姿を取り戻す。

 

 彼は先までの薄暗い雰囲気で、紅い瞳だけが現実からかけ離れた状態ではない。

 

 

『腕が痛い、足が痛い、胸が痛い、顔が痛い』

 

 

 頭に沿うように角が生え、首から胴体にかけて縛りつけるように縄を掛け、その下には真っ白な衣装を身に着けている。

 

 しかし、それらの特徴が目に入らない程、更に特徴的なのは両の腕が根元から存在していない事。

 

 

『なによりも』

 

「アナライズ完了だ。あいつは」

 

 

 日本神話においての国譲りを迫られ、最後の最後まで国を守る為に抵抗し両手を失った神。

 

 大国主命(オオクニヌシノミコト)の子供であり、諏訪へと流れた龍神とも狩猟神とも呼ばれる事もある一柱。

 

 

『心が痛い』

 

「タケミナカタ! 弱点は破魔、呪殺! 耐性は電撃と物理!」

 

 

 カカカッ サカイ 暴走体 タケミナカタLv21 ガ アラワレタ !!!

 

 

「ワガハイが! 『ゾロ』!!」

 

「援護するよ。『ツチグモ』!!」

 

『貧弱!!!』

 

「ダメだ、押され、がぁあああ!!」「うわぁあああ!」

 

 

 八幡のアナライズ結果が伝わると同時にサカイ/タケミナカタが勢いづけた脚を振り回す。

 

 一歩前に出ていたモルガナがそれを受け止めようと更に前に進み、隼人も続くが纏めて吹き飛ばされる。

 

 

『痛みは何よりの教訓。それは君たちが前回の失敗で痛い目を見て、僕に対処した事からも明白だ』

 

「『アマノジャク』! 『タルンダ』『タルンダ』『タルンダ』ぁ!!!」

 

『鬱陶しい!!』

 

「がっ!!!」

 

「ハチマン! 『メディア』!」

 

『邪魔だぁ!!』

 

「まけ、るかぁ!! 『サイ』!」

 

「踏ん張れ! 『ガルーラ』!!」

 

 

 神話の中ではタケミナカタと言う神はタケミカヅチと言う敵にあっさりとやられてしまっている。

 

 力自慢の腕をまるで藁のように千切られ、国を奪われる。

 

 ならば、その神は弱い存在だったのか?

 

 そうではない。ただ、タケミカヅチと言う相手が規格外であったと言うだけで、その力は余人の及ぶ領域にはない。

 

 千人でようやく動かせる岩を一人で持ち上げる事の出来る神が、その力を振るう腕を失ったからと言って力自慢で無くなる訳でもない。

 

 

「うそ、だろう。俺がペルソナに慣れていないとはいっても二人がかり、だぞ」

 

「ハチマンの弱体化が効いてねえって訳でもねえ」

 

「げほっ。モルガナと葉山で逸らすのが精一杯って、それもう反則だろ。やっぱもっと人数そろえるべきだったんだって」

 

 

 先のサカイとは逆に八幡が叩き込まれたカウンターの壁からせき込みながら何とか立ち上がる。

 

 脚は腕の三倍の力を発揮できると言う話がある。

 

 タケミナカタと言う神の腕に千人以上の力があったとして、それが単純に三倍されれば三千人分以上の力が振るわれる。

 

 シャドウとなった雪乃のようにデバフをトリガーにして強化したり、デバフを弾いている訳ではない。

 

 ただ、単純に力が強すぎる。

 

 八幡のデバフで極限まで力を落として、葉山が一番力を逸らすのに適した魔法で、最も戦上手なモルガナが後押しして漸く矛先をずらせる。

 

 

『一息つく暇なんてあるのかい?』

 

「立ち止まるな、動き続けるんだ! 隙を見てワガハイが最大火力を、うわわっ!!!」

 

『あぁ、もっともっと、もっとだ! もっと痛みを与えてあげる! だから、僕にも痛みをくれよ』

 

「『サイ』!! …くそっ、この中であれをまともに相手が務まるのはモルガナ君だけ。俺はペルソナの扱いに慣れていないし強力な一撃を放つよりも力を拡散させる方が得意、ヒキタニ君は弱体特化

 …有効打を与えられるのがモルガナ君しかいないのがどうしようもなく、打つ手を狭めさせられる」

 

 

 ペルソナ『ゾロ』のレイピアと自身のシミターを同時に叩き付ける事で何とか拮抗させて、場を保たせるモルガナ。

 

 膠着状態に持ち込めているが、最大火力である彼がかかりきりである現状が酷く綱渡りになっている。

 

 八幡が『タルンダ』を切らしてはそれだけで致命傷に繋がる為、他のデバフを打つ隙が無い。

 

 とにかく力が強い。

 

 ただそれだけがひたすらに三人を追い詰める。

 

 

「破れかぶれだがやらんよりマシ、失敗したらすまん『スクンダ』」

 

『おやっ脚が…』

 

「ナイスだぜ、ハチマン。『ガルーラ』!!!」

 

「『サイ』!!」

 

 

 二度目の撤退が頭に過りながらも、タルンダからスクンダへと変更、運よくモルガナへと狙いを付けて振るわれた脚が空振り壁に埋まる。

 

 もしもスクンダが効果を発揮せず、もしくはタケミナカタが幸運にも、八幡たちにとっては不運にもそれが当たっていたら、酷い事になっていたのは頑丈なはずの壁を突き抜けた脚が証明している。

 

 賭けに勝って生まれた隙を突いてモルガナの現在の最大火力、中級衝撃魔法『ガルーラ』と隼人の初級念動魔法『サイ』がぶち込まれた。

 

 誰もがフラグを気にして「やったか」と言わないが、「やっていてくれ」と思わずにいられない数秒。

 

 しかし、その期待は裏切られる。

 

 

『あぁ、この小賢しい感じ。もしかして、君が最初の不意打ちを考えたのかな』

 

 

 風と念動が巻き起こした土煙の向こう側から、何の痛痒も感じていないような様子でタケミナカタが戻ってくる。

 

 効いていないと言う訳ではない。

 

 モルガナが攻防の合間に付けた傷も、今の魔法も直撃し体中から血は流れている。

 

 されど、その傷を、その痛みを望んでいるサカイからすれば、無視できるものだったと言うだけの事。

 

 

「もう一回、仕切り直すぞ! 『トラフーリ』で逃げ『無駄だよ』…はっ?」

 

「まさか…発動しねえ! 『トラフーリ』『トラフーリ』!!!」

 

「こいつは認知の応用!!?」

 

『ほら、良く言うだろう? ボスからは逃げられないってね』

 

 

 決定打にかける。

 

 そう判断した八幡の逃げの一手が発動しない。

 

 モルガナが八幡の携帯を不通状態にした事を覚えているだろうか。

 

 認知に寄っている存在は、その肉体の性質をある程度自由に弄る事が出来る。

 

 猫が人間の姿になる事も出来れば、電波を遮断する体質になる事も。

 

 自分の体内と言っても良い己のパレスを、逃亡不可能な空間に変える事も。

 

 

『そして! 『ジオンガ』!』

 

「やべえ!!」

 

「はっ? うわ!」

 

『あれ? 川崎さん狙いだったんだけど…まあいいか』

 

「「ハチマン(ヒキタニ君)!!」」

 

『これで君たちは逃亡魔法も使えない。物理的な扉は僕が抑えた。彼を人質に取った以上、逃げるって選択肢を許さない』

 

 

 タケミナカタの頭頂部、生えている角から扉付近で見守っていた沙希へと狙いが向けられる。

 

 経験則から強力な魔法が使われないよう立ち回っていたモルガナも間隙をつかれてしまった。

 

 直接ぶつかり合わないよう離れていた八幡が、近くに居た彼女を咄嗟に押しのけて代わりに『ジオンガ』の直撃を受け、倒れた彼をタケミナカタが脚で抑えつけ人質とする。

 

 

『僕の力はすごいだろう? これも痛みと言う教訓がもたらした強さだよ。

 分かっただろう? これが痛みを受け入れるしかない立場の弱さだよ。

 さぁ! 君たちも僕の痛みを受け入れて! 僕に痛みを与えて! 互いに落ちぶれて行こうよ!!』

 

「うげっ」

 

「ちきしょう、人質とか卑怯だろうが!!」

 

『卑怯、何が悪いんだい? これで君は誰かを盾にする事を学べた。よかっただろう』

 

「人としてやってはいけない事を躊躇わずに出来る事を、俺は成長とは言わない。

 例え負け惜しみと言われても、人間には矜持があるんだ」

 

『矜持、プライドが何になるって言うのさ。君なら分かるだろ?』

 

「…」

 

 

 八幡を踏みつけながら、目を向けるタケミナカタ。

 

 

『君は僕の策を見破って逆手に取った。もっと数を揃える事だって出来たんだろう?

 時間をかけて自分たちの力を鍛える事だって出来た筈だ。なのに、君は搦め手を使おうとした』

 

「それは…モルガナが居れば最終的には力押しが出来るから」

 

『違うね。君はいざという時、手段に拘らない強さがある。君にどんな過去があったのかは知らないけど、手段を選ばない人は大抵痛みからの教訓を胸に秘める。プライドに縛られず逃げを選べる。

 最初で君にはうっすらと分かっていた筈だ。僕の心の中(パレス)は簡単には終わらないかもしれないと。だけど、「なりふり構わないならどうとでもなる」と軽んじた』

 

 

 雪乃なら相手がどれ程の力を持っていても叩きのめせるように己を伸ばすだろう。

 

 結衣なら相手の力を知ろうとし、どうにかできるように、仲間を募るに違いない。

 

 戸塚なら相手の事が分からなくとも、出来る限りを準備して万端を整えるはずだ。

 

 

『痛みを知っていた君だけは少し卑怯な手段でも躊躇わずに使って、僕の裏をかいた。

 それよりも痛みを知っていた僕は、それをどうにかできた。ほら、やっぱり痛みは何よりの教訓だよ』

 

 

 しかし、隼人には自分の力に自信があった。

 

 慣れない力であっても、大体の事がなんとかなっていた人生の多くを占める成功体験が。

 

 しかし、八幡には自分の弱さに自信があった。

 

 例えどんな相手であっても、極限にみっともなくなればどうにかはなってきた失敗体験が。

 

 

『自覚するんだ。君たちの危機は君たち自身の怠慢が巡ってきたんだと』

 

 

 隼人も、モルガナも、八幡も言い返す事が出来なかった。

 

 三人ともがそれぞれの理由で「何とかなるだろう」と軽く見ていた事を自覚した。

 

 これが痛みからくる教訓と言うのならそうなのだろう。

 

 これが成長と言うのならそうなのだろう。

 

 痛みを知り、慎重に事を運び、無難に成し遂げられるようになるのを大人になると言うのならそうなのだろう。

 

 けれど

 

 

「さっきからグチグチグチグチうっさい」

 

『えっ』

 

 

 けれど、だ

 

 それを言及する資格が、目の前のタケミナカタ(サカイ)にあるのだろうか。

 

 あるのかもしれないが、それを聞いてやる必要がどこに在るのと言うのか。

 

 

「そう言うくっさいお説教あたし…だいっきらいなんだよね!!!」

 

『ガッ!!! グベッ!!!』

 

 

 八幡を人質に留めようと踏んでいた脚が、戦力になるはずがないと思い込んでいた沙希に思い切りぶん殴られる。

 

 唐突に、予想以上の痛みを受けて、思わずたたらを踏みグラリと身体が揺れ、(かし)いだ頭に沙希のすらりと長い脚がグルンと回し蹴りで突き刺された。

 

 倒れていた八幡を起こし、パンパンとついた土埃を掃うように立ち直らせる。

 

 

「えらっそうにお題目並べてたけどさ。結局あんたの言いたいのは『自分だけが不幸なのは気にくわない』ってだけの八つ当たりでしょうが。他人巻き込んでんじゃねえよ」

 

 

 川崎沙希。彼女は弟妹の多い大家族の長女として育った。

 

 両親が共働きで、必然と下の子の面倒は彼女が見ることになる。

 

 それが苦痛であると言う訳ではない。

 

 若干ぶっきらぼうかつ、第一印象がキツク見られるが、沙希の生来の面倒見の良さと家族への愛がそれを苦しみに思わせなかった。

 

 けれど人付き合いは得意と言えず、ぼっちの生態によくあるように沙希は己の中で自己完結する事が多い。

 

 例えば家計に苦労をかけたくないからと、年齢詐称してアルバイトをしたり。

 

 問題が起きても周囲に頼らず、自分が我慢しようとしたり。

 

 案外心優しい沙希は自分の身代わりになった、盾となった男の子が無碍にされているのに黙っていられるような女の子ではなかった。

 

 そんな彼女の座右の銘は

 

 

「顔はやばいでしょ、ボディにしろ。ボディに」

 

 

 うん。まぁ、ちょっと物騒な感じなんだ。

 

 崩れ落ちるタケミナカタを見下ろしながら、後ろで一つにまとめた長い薄青の髪を面倒くさそうに払った。

 

 なお、彼女の恰好は総武高校の制服であり、体勢が崩れていたとはいえそこそこの高さにあったタケミナカタの頭に回し蹴りをぶちかましたので、スカートの中身は正面からは全開。

 

 位置関係的にジッと見つめちゃう床ペロしてた男が若干気まずそうだった。

 

 あんまりに気まずいからボソッと沙希の座右の銘を呟いちゃうまである。

 

 

『でゅふふ、あぁ………いい』

 

 

 倒れ込んで頭を抱えていたタケミナカタが中身の気持ち悪さを全開に呟いているのに、ドンびいてしまう。

 

 

「やっぱり、ワガハイの決断は間違ってなかった」

 

「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」

 

 

 沙希を無理矢理帰さずにつれてきた(帰す説得が出来なかったともいう)モルガナが目を遠くし、隼人が躊躇いの無さに腰が引けている。

 

 

「どうしてこうなったんだか」

 

 

 憮然とした立ち姿で沙希が吐き捨てるが、多分ここにいる全員がそう思っている。

 

 

「そこのあんた!!」

 

「ひ、ひゃい!!」

 

「手こずってたのは単純に力負けして、抑えが効かなかっただけなんだよね」

 

「そ、しょうです」

 

 

 最も沙希の近くに居た八幡に沙希の怒号が飛ぶ。

 

 敬礼せんばかりの勢いで姿勢を正し、求められた返答をする。

 

 答えを聞いて、「あっそ」と気の無いような声と裏腹に沙希の気配がグンと強くなる。

 

 

「なら、これでなんとかなるでしょ」

 

「う、うそだろ…これって」

 

 

 存在感が増した沙希がギュルンと()()()に包まれる。

 

 そして決定的な一言が黒く染まった沙希の口から出された。

 

 

()()()()

 

 

 黒一色のそれがピシとひび割れた瞬間、爆散

 

 仁王立ちする沙希の背後に浮かぶ般若のような仮面をした存在

 

 肌蹴た着物に真っ赤な体に急所だけ守ればいいと申し訳程度につけられた虎縞の鎧

 

 トゲのついた棍棒のような物をブンと振り回し、見得を切る

 

 

「『オニ』」

 

 

 非常にシンプルな呼び名のペルソナがそこに在った。

 

 

 

 

「なんで使えるのかとか、戦力になるのかとか。無駄な事は聞かないで。目的はあのキモイのをぶっ飛ばして『おたから』をぶんどる。大事なのはそれだけでしょ」

 

「…シンプルなのな」

 

「難しく考える方が面倒じゃん」

 

「それもそう、かもね」

 

「使えてもおかしくはねえ…ねえんだが。うにゃー」

 

『いい、いいよ、川崎さん。僕にこんなにダイレクトな痛みを与えてくれる君はやっぱり僕のママになるために居るんだよ!!』

 

「きっしょ」

 

『アガッ!!!』

 

「怯んだ!? ただの拳で?!!」

 

「物理耐性だった、よな」

 

「『アナライズ』ふぁっ?! ぅ~ん」

 

「意識飛ばしてんな! ハチマン!!」

 

 

 沙希以外の誰もが戸惑っていた中、タケミナカタが沙希へ欲望を満たさんと飛びかかる。

 

 しかし、それを沙希のペルソナが真正面からぶん殴って吹き飛ばす。

 

 八幡のアナライズでタケミナカタの物理耐性を覚えていた隼人の口元がひくつき、沙希へと解析を回した途端意識が飛びそうになる八幡と押しとどめるモルガナ。

 

 端的に言ってカオスだった。

 

 

「耐性とか、よくわかんないけどさ。ぶん殴って効かないって事はないでしょ。なら、効くんだよ」

 

 

 原初の人類の武器である拳が効かない訳が無いから、拳は効くんですね。

 

 そんな当然のことのように、沙希は冷めた眼で吹き飛んだタケミナカタを睨み付ける。

 

 もちろん、そんな沙希の態度だから効果が出ている訳ではない。

 

 彼女のペルソナが物理耐性を持つタケミナカタを物理で圧倒した理由。

 

 

「あのペルソナのスキルの効果だ。『貫通』、物理耐性を貫通する効果…こんなピンポイントなメタがこんなドンピシャな状況で…? ええェェ」

 

 

 そう、彼女のペルソナである『オニ』のスキルの効果なんですね。

 

 見た目通り、沙希のペルソナは物理特化らしくそのスキル構成は『牙折り』『タルカジャ』『貫通』『チャージ』

 

 申し訳程度に初級火炎魔法の『アギ』もあるが、おそらく『鬼』と言う存在が地獄の官吏としての伝承を持つ為だろう。

 

 とはいっても、その『貫通』の効果の範囲は物理のみであり、『アギ』が火炎耐性を貫通するわけではない。

 

 アトラスに詳しい方なら伝わるだろうが、デビサバ仕様の効果である。

 

 

『い、いくら川崎さんの攻撃が効くからって、形勢は簡単に変わりは』

 

「いや、チェックだ『スクンダ』」

 

『はぁ?』

 

「なるほどね。確かに、負けは無くなったかな」

 

 

 さっきまでの醜態はひとまず捨てて、八幡と隼人が立ち直る。

 

 

「ワガハイらがお前に押し込まれてたのは、単純にお前の力に振り回されてたからさ。なら、それと同等かそれ以上の力を持つ助っ人が居て負けるわけがねえだろ」

 

「川崎が『牙折り』するじゃろ、力が弱まる。

 俺が『タルンダ』しなくて済んだらその分『スクンダ』で狙いがずれて被ダメ減少、『ラクンダ』も使えて与ダメ上昇。

 モルガナは回復に手間取らないし、葉山は電撃耐性だから肉盾にもフォロー役にも回れる」

 

『あっ』

 

 

 レベル的にも上回っているモルガナが攻め切れていなかったのは、モルガナのペルソナが力よりもサポートに寄っていると言う点と弱点属性である電撃への警戒。

 

 力で同等、更に『牙折り』で相手の力を弱められる沙希の『オニ』、電撃耐性を持つ葉山の『ツチグモ』、デバフと地味に『物理耐性』な八幡の『アマノジャク』。

 

 表だって言うつもりも無いだろうが、勝利が確定したこの期に及んで我が身を盾にする事への惜しみはしないだろう。

 

 そうして、順当に、正当に、じりじりと体力を削られたタケミナカタはあっけなく消え去り、核となっていたサカイだけが残された。

 

 

 

 

 

 

『本当は、気付いていたんだ。僕の元から妻も子供も去って行った理由。最初から彼女たちの愛は僕に向いていなかった。

 ただ、幼馴染と言う枠に居たから。ただ、彼女を疑うなんて思いもしない愚か者を利用しやすかったから。

 僕が浮気されたんじゃない。僕が彼女の人生にとってスパイスとなる為の浮気相手だったんだ』

 

 

 うなだれてポツポツと溢す。

 

 気付いていなかった、いや、気付こうとせずに見ぬふりをしていた事実を。

 

 

『でもさ、それでもさ。仕方ないじゃないか、可愛かったんだ。好きだったんだ、一緒に居たかったんだ。僕が頑張ればなんとかなればよかった。

 だけど、彼女は僕の愛には愛を返してくれなかった。ただ痛みしかくれなかった。だからその痛みこそが愛なんだって思うしかないじゃないか!!』

 

 

 何処にでもある不倫と男女のすれ違い。

 

 受け入れらない現実を少しでもダメージが少なくなるように置き換える。

 

 そうしないと過酷な現実に耐えられないから。

 

 歪んだ認知でないと我慢できないから。

 

 

「でも、自分が浮気して離婚するのに『女なのに私が慰謝料払うんですか』とか言っちゃうようなバカ女選んだあんたも悪いと思うけどね」

 

『それは自分でもそう思う』

 

「伝説の92?!!」

 

「伝説?」

 

 

 それでも、迷惑かけられた側(沙希)からすれば知らんがな、な話なんだけどね!

 

 

「とにかく、あんたが現実であたしをつけ回さなかったらどうでもいいからさ。SMに通っても、円光しても、居もしないママ(理想)を追いかけようがあたしに関係ないならご自由に」

 

『…居もしない理想、かぁ。本当に、川崎さんの言葉は痛いや』

 

「事実じゃん。自分の望む通りだけに動く相手なんてただの人形でしょ。思う通りになる所も、ならない所も。

 全部まとめて、まあ仕方ないかって思えるのが愛情。それに、あたしは夢とか理想に溺れてる暇も無いんだよ」

 

『塾の学費だっけ、その年で自立しようなんて偉いなぁ』

 

「あんたも早く自立しなよ。良い歳こいた大人でしょ」

 

 

 沙希の言葉にうなだれていたサカイが力ない笑顔を浮かべる。

 

 その身体はタケミナカタが消えた時のように、しかしゆっくりとサラサラ崩れていく。

 

 

『ごめんね、川崎さん。直ぐには立ち直れないだろうけど、きっとこれ以上君に迷惑をかける事はないと思う』

 

「あっそ」

 

『迷惑料ってわけじゃないけど、これ。未練がましく着けてた物で悪いけど、売ればちょっとした金額にはなると思う』

 

 

 崩れる身体に頓着せず、薬指に嵌められていた指輪を抜き取り沙希に差し出す。

 

 

「要らない。あたしは出来る限り自分の事は自分の力で何とかするし、何よりそれ縁起悪いじゃん」

 

 

 しかし、バッサリと断る。

 

 

『…そりゃそうだ』

 

 

 キョトンとした顔でその返事を受け止め、やはり力なく笑うとサカイの身体は完全に消えてなくなった。

 

 ようやく終わったかと沙希が大きな伸びをして出口へと向かい、瓦礫で埋まっているのに悪態をつきペルソナで瓦礫撤去させる。

 

 その後ろではからんと指輪だけが残り、それを八幡が回収する。

 

 愛情と言うモノへの歪みの象徴、彼にとって指輪こそがそうだったのだろう。

 

 『オタカラ』を回収したからか、パレスの主が居なくなったからか、Bar SaSaが揺れ始め、完全に崩れる前にと全員がパレスを脱出する。

 

 一室しかないパレスでは間に合わないと言う事も無く、全員無事に現実へと帰還する事が出来た。

 

 

 

5月18日(金) 夕方 奉仕部

 

「そう。そんな事があったの」

 

「いやいやいやいや、そんな軽い感じで終わらせていい奴じゃなくない?!! ヒッキーなに勝手に無茶してんの?!!」

 

「俺は悪くない。悪いのはこの猫と浮気する女と馬鹿が平然として居られる社会で、つまり世界が悪い」

 

「主語大きくして誤魔化すなし!」

 

「モルガナちゃん?」

 

「今回ばかりは全部ワガハイの責任だ。本当にすまねえ」

 

「猫は悪くないから、バカ女とストーカー、ついでに比企谷くんが悪いって事にしておきましょう」

 

「ゆきのんはモルちゃんに甘すぎ!! てか、雑にヒッキーが悪い事に?!」

 

 

 後日、奉仕部にて連日のさぼり、ならぬモルガナからの強制欠席をようやく解かれて、ここ数日の出来事を説明する事に。

 

 予想通り、結衣が爆発して八幡に詰め寄り、雪乃も静かに激怒してモルガナを膝の上から動かそうとしていない。

 

 

「騒がしいね」

 

「あっ、ごめんね川崎さん」

 

「ごめんなさい。うちの部員が迷惑をかけて。これからはこんなことが無いようしっかりと管理させてもらうわ」

 

 

 そして、その中に一人馴染みのない女子、川崎沙希も同席している。

 

 他のメンバーは戸塚も隼人も部活が有り欠席。なお、材木座はやっぱり呼ばれていない。

 

 

「あの時、戸塚くんや三浦さんのパレスの時、巻き込まれていただなんて…」

 

「そういやヒッキーあの時、なんか気配が何個かするって言ってたっけ。隼人君と姫菜たちが居たからそれかと思ってた」

 

 

 

 『多分、あっちだな。だが…この力の数は』

 『何かあったのか、ハチマン』

 『いや、でかい力の方向に、それ以外の小さい力が…二、三、四? すまんが詳しくはわからん』

 『戸塚くん以外に、巻き込まれた人が心の闇を暴走させているのかしら…面倒ね』

 『いや、そう言う不安定な暴走している雰囲気じゃないが…とにかく、一方向に固まってるから向かう先は変わらん』

 

 

 

「考えてみれば、あの時の葉山以外は認知の存在だったわけで、俺が感知したのとは違ったのか」

 

「無理もねえ。あの時のでけえ力は戸塚殿とユミコ殿の複数の気配が含まれてややこしかっただろうし、ハチマンのペルソナは解析特化ってわけじゃないからな」

 

「見るからに怪しい感じだったから、近寄らなかったのはあたしだからね」

 

 

 あのテニス事件の時、パレスに侵入した彼らのすぐ近くに沙希は居たのだが、警戒心が勝り遠目で見過ごした。

 

 

「そんで、よくわかんないまま居たら、あたしのカッコしてグチグチ煩い黒い変なのが出たからぶん殴ってやったら使えるようになってた」

 

「己の弱さ、心の弱みを司るシャドウを屈服させてペルソナに目覚めたタイプだな。まぁポピュラーな覚醒方法だ」

 

「こんな非日常でポピュラーとはいったい、うごごご」

 

 

 力イズパワー、なんとも単純明快な解決手段で覚醒していた沙希がすごいやら引くやら。

 

 とにかく、そう言った経緯で彼女はペルソナを使えるようになり、その時にある程度シャドウと戦ってペルソナの使い方に慣れていたようだ。

 

 本当は今回もこんな変な力を使わずに済むのなら良かったのだが、あれだけ自信満々な一行があまりに不甲斐なく使わざるを得なかった。

 

 

「とにかく、あたしは新しいバイトも探さなくちゃいけないし、こんなヘンテコな事はどうでもいいんだよね。事情も説明したし、帰るよ」

 

 

 先日、サカイ、現実の酒井へと念のために会いに行き、沙希への執着が無くなっていた事を八幡とモルガナが同行し確認した。

 

 しかし、年齢の事がばれてしまっている為、バイトは断られた(そもそも沙希の存在がばれた理由がバイトの面接)のでまた違う所を探さないといけない。

 

 その為、彼女は若干焦っていた。

 

 高二となり、少しずつ受験へとシフトし始める意識がありながらも、金銭的に塾へ通うのは厳しい。

 

 それなのに、ここ一ヶ月はまともな金策が出来ていない。

 

 夏休みまでにはまとまった金額を用意しないと、良い予備校も選べないかもしれない。

 

 そんな悩みを僅かな欠片から推測する男が一人、ここに居た。

 

 

「なぁ、川崎。PMC、もしくは傭兵家業ってしってるか?」

 

「は?」

 

 

 苦難を共に乗り越えた事で沙希と絆が生まれた

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、法王のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 




ペルソナメモ

オニ…言わずと知れた鬼である。様々な分類が成された人型妖怪と言うくくりの一つ。祖霊地霊、天狗、夜叉、無法者、人里から離れて住む人、修羅となった人等。ただしナマハゲや泣いた赤鬼など、人に益をもたらす存在とも描かれている事もあり、一概に悪とは言えない。明るい髪や目の色で体格が良い人も鬼とされたとも言われる。青髪、高身長、コミュ障…まさか、ね

 アルカナ…法王

 ステータス…物理耐性。電撃弱点。

 初期スキル…牙折り、タルカジャ、アギ、貫通

 性能的には物理偏重、火炎魔法も使えるが物理の方が得意。レベルを上げればチャージも付くぞ。貫通はデビサバ仕様で物理耐性、無効、吸収を無視してダメージを与える。地味にタケミナカタに電撃連打されたらヤバかった。と言ってもタケミナカタも物理偏重のシャドウの為、葉山シールドでなんとかなった。反射だけはどうにもできないので天敵はやっぱりギリメカラとかランダ。その頃にはアギも成長してるだろうから手も足も出ないと言う訳ではないだろうが。

法王のアルカナの正位置には『慈悲・信頼』逆位置には『虚栄・お節介』と言った意味が含まれる。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王…川崎沙希(オニ)Rank1 New

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank1
世界…奉仕部 Rank2

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