4月9日(月)夕方
「雪ノ下建築の傘下のシンクタンクの一つね」
土日明けてのブルーマンデー、少しずつ陽が沈むまでの時間が長くなっているとしても既に紅くなっている特別棟の一室、奉仕部の部室。
小さな紙片を見ながら雪乃はそう答えた。
「なんか知らねえかとダメ元で聞いてみたんだが、ドンピシャかよ。なんだよこの偶然」
「愚者ってのはそういうもんだってずっと言ってるだろうが。案外、その御人はこれから先重要な位置にくるかもしれえぞ」
「勘弁してくれ」
先日出会った、いやエンカウントした不審人物についての話題になった(もちろん八幡から切り出したわけではなく、人知れず八幡のカバンに潜り込んで潜入していたモルガナが話に出した)際、財布に入りっぱなしだった名刺をペッと放り出した。
知らないのが当然のその情報に対してまさかの回答が与えられて「何この子、頭にウィキペディアでも住んでるの? ユキペディアなの?」とか考えて極寒の視線を浴びせられたのは言うまでもない。
なお、当の本人(猫)である机に鎮座するモルガナはここ数日で八幡に対してペルソナ、いやさ個人が持つアルカナの特性、特に始まりの位置にある『愚者』への啓蒙を何度も試みているようで、言われている彼の方はうんざり顔を隠そうとしてもいない。
曰く、異能者として未覚醒、つまり一般人は須らく『愚者』だがそれは未来が定まっていないが故の可能性としてのアルカナであり、ペルソナに目覚めた者は殆どが別のアルカナを持つ。可能性を消費させて異能を得たとも言える。
可能性を消費しても尚、可能性を残したままであると言う一種の特異点。そこに引き込まれるように異常は巻き起こる。
つまりスタンド使い同士は引かれ合うとか多分そんな感じ。それを利用して悪神の欠片の回収抹消を目論むのが黒猫の形をしたベルベットルームからの使者であるモルガナ。
なお、モルガナは過去の記憶をわざと封印しているため、これから先云々という感想はどこぞのモデルガン(?)ショップのあの人からくる経験則ではなく完全に勘でしかない。
「つか、建築とオカルトって関係なくねえ?」
「案外、馬鹿に出来ないのよ。基礎工事をしようとしたら正体不明の骨が出てきた。地蔵が出てきた、社が出てきた。工事に邪魔な祠を移動させるには。
やれラップ音だ、土地神の祟りだ、政争相手に呪いをかけられたら………バカみたいな話なのだけれど、地鎮祭や拝み屋なんかを外注すると法外な額を請求される事も有ったり。
自前で専門的な事を出来たほうがコストパフォーマンスが良いと父が判断して設立されたとか聞いたことがあるわ」
「建築関係の中でさらっと、政治の闇をさらすのは止めてくれ。日本の将来が恐ろし過ぎる」
「しってる? 人を呪い殺した場合、因果関係を立証できないから、現在の日本では呪いは刑罰の対象にならないの」
「にっこり笑いながら、物騒な事を言うな。うっかり気絶してそのまま永眠しちまうだろうが」
「だけど、このままだとあなたが誰かを傷つけても完全犯罪になってしまうわね、悪霊谷くん。一日も早い法改正が必要だわ」
「そうそう、学校だけどころか家でも居ない扱いされるから偶に生きてるか自信が無くなるんだよな、って誰が存在そのものが呪いだよ!」
「気持ち悪い」
愚者だのなんだのと言う話題から逃げる為に話を逸らしてみると、立て板に水のようにすらすらとオカルト関係と建築、しかも政治の方面にまで言及されて引き気味に自虐節を炸裂させる。
その流れに机の上に座っていた黒猫は、まるで弾幕から身を守るように身体を伏せさせる。巻き込まれてはたまらない、と全身で表現しているようだ。
「ともかく。この人本人は怪しいけれど、身元自体に不審な点はないから、お小遣い稼ぎ位には使ってもいいんじゃないかしら。
ほら、あなたの私物を持っていけば亡者の装飾品としてでも買い取ってもらえるかもしれないわ」
「雪ノ下の私物なら、雪女として判断されるかもな」
「あいにく、現役女子高生と言うだけでブランドがあるカテゴリに属しているから、価値が無いのはあなただけよ。まぁそんな自分の価値を切り売りする愚かな真似は絶対にしないけれど」
「金は手に入っても、安い人間になりそうだもんな」
話の内容も一段落がつき、手元に置いていた本に手をやるのを見て会話を切り上げる。
彼もそう言えば、と再提出を命じられた調理実習のレポートがあったな、とカバンから取り出す。
ようやく終わったか、とモルガナが身体を伸ばそうとしたその時、
コンコン
控えめなノックの音が奉仕部に響いた。
即座に部屋の主が机の上に視線を向けて、少しだけ申し訳なさそうな目をする。
視線に答えるように、一声だけにゃーと鳴きひらりと音も無く机から飛び降りてレポートを取り出して開きっぱなしだったカバンへと潜り込む。
黒い姿が完全に見えなくなってようやく部屋の主、奉仕部部長が「どうぞ」と返す。
「失礼しまーす」
するりと素早く女子が一人入り込んできた。
「ここが、奉仕部、でいいんです、よね? って、何でヒッキーがここに居るし!!」
「ヒッキーって俺?」
「まぁ、とにかく座って。由比ヶ浜結衣さん」
「あっ、雪ノ下さん、あたしの事知ってくれてるんだ!」
総武高一の才女に覚えられているのが、そんなにステイタスなのか。
にへらと笑う入室者、由比ヶ浜結衣が雪乃の正面に間をあけて椅子を置いて座った。
自己紹介から、
そして、結衣が何かしらの依頼を持っているという所まで言ったところで、口ごもる。
チラチラと八幡の方へと視線を向けて、言いづらそうな顔をする。
流石に、ここまで露骨だと女子の心理に疎く、真理からも程遠い八幡も分かった。
「比企谷くん」
更に、顎をくいっと廊下の方に差し向けるブロックサインをしたりすると、確定的だ。
「ちょっと、スポルトップ買って来るわ」
紙パックの清涼飲料水(現在製造終了)を買って来ると言づけて席を立つ。
念のためにと見た目以上に重いカバンを背負って部室から出ようと
「私は野菜生活ヨーグルトイチゴミックスでいいわ」
「へ?」
扉に手をかけたところで、さらりと注文をつけられる。
その唐突さに「なんで俺が」と思いそうになった瞬間、昨日の臨時収入を思い出された。
「(こ、こいつ! 昨日金をいらないと言ったのはこのためか!! 事あるごとに『あの時の貸し』だと俺から譲歩を引き出す為の材料にするために! あれは罠! 狡猾な罠! 『まあ、あの時譲ってもらったし』 そうやって小さな返済を繰り返す度! 元本以上を取り立てる! メールの文面でも『不問にする』とは言っていた。確かに言っていたが、『許す』とは言っていない! なら、俺は断れない! 奈落の底! 既に俺は落とし穴にはまってしまった!)」
ざわ…ざわ…と音が聞こえそうな顔をしながら、八幡は雪乃の言葉の意味を全て読みとった。なんだか顎がとがっているような気がする。
ボロ…ボロ…と大粒の汗を流して、雪乃の涼しげな顔を一瞥して
×異議あり!!(コミュ力が???以上必要のようだ)
→負け犬の遠吠えを吐き捨てる
じゃあ、100円くれよ。100円!
「これで勝ったと思うなよ!」
負け台詞を吐き捨ててから自動販売機へと向かっていった。
「ふふん」
「………なんだか、楽しそうな部活だね!」
「ええ、(私は)楽しいわね」
頭お花畑かよ、こいつら。
「で、あいつはそうなのか?」
自販機前で部活動の声を背後にしながら誰もいない事を確認してから、財布から金を取り出しながら不自然にならないようにさりげなく(つまり挙動不審気味に)カバンの中でおとなしくしていたモルガナへと声をかける。
多少怪しくても、部活動の声が五月蠅く響いている。人気のない場所に注意を向けている生徒などいまい。
「多分違うな。結衣殿からは悪神の欠片がありそうな臭いはしなかったぜ」
「臭いで判別しちゃうのかよ」
「仕方ねえだろ。ワガハイのカタチは猫なんだから、嗅覚とか聴覚が判別の方法になるしかねえんだよ。猫っつうのはそういうもんだって認知があるから、それに影響されちまうんだ…まぁワガハイもちょっと怪しいとは思うがな」
飲み物を買うついでに、依頼者である由比ヶ浜結衣がモルガナの目的である悪神の欠片に関係していないかを確認している。
おそらく雪乃の部室から一時退去する指示はこれも見越していたのだろう。たぶん、きっと、めいびー、話の邪魔だったとかではないと思う。
もしも邪魔だと言う気持ちがあったとしてもそれは理由の9割くらい。1割って10%、つまりスパロボなら普通に当たるからセーフ。
悪神の欠片は関係が無いと言われ、ホッと一息つく。
愚者のアルカナがどうの、とモルガナの言を全面的に信用している訳ではないが、雪乃との初対面にあった騒動に加えて数日と日を空けないうちにオカルト関連に関わる人物と出逢ったのだ。
奉仕部としての初活動である依頼者がそれに関係していないと何故慢心できるだろうか。
そう懸念しての確認行動だったが、杞憂だったようだ。
モルガナの鼻とか耳がどれ程頼りになる物なのか、それは分からずとも指標としては利用できる。
「あっ、ワガハイはミルクな」
「おじいちゃん、猫用食器は部室に無いでしょう?」
「誰がおじいちゃんだ! だけど、確かにワガハイが飲めるような皿がない!」
結局、清涼飲料水と野菜生活、紅茶だけを買って部室に戻るのであった。
女の子って紅茶が好き。紅茶って女のコだよな。
ほら、ダージリンとかオレンジペコとか、なんかイギリスっぽいし。
イギリス=おしゃれ=女の子
そんな知能指数の低い発想。多分パリと間違ってる。
「クッキー、ねぇ」
「き、キャラじゃないって言いたいわけ?! 別にいいじゃん」
「いや、キャラとか柄でもないとか、下手とか上手とかそう言うの関係なく興味が無い」
「そっちのが酷いし!!」
「味見役はあなたなのだから、上手下手は興味が無くともかかわってくるけれど」
「そうなの? いつの間にそんなの決まったの?」
「あなたに人権はないから、文句があっても強制的に手伝わせるわ。味見程度で文句を言うような小さい男と言う訳でもないでしょうし、由比ヶ浜さんは気にしなくてもいいのよ」
部室に戻って聞いた話によれば、由比ヶ浜結衣はどうしても手作りクッキーを
ただ、今までお菓子作りどころか料理すらまともにしたことの無い結衣は失敗したくないと、悩んでいる所を平塚教諭に見出されてこの怪しげな部室に送り込まれたそうだ。
普通に親御さんに相談すれば終わりそうな気がするのだが、それも出来ない事情があるらしい。ぽつり「心配、かけたくないし」と溢したのだが、詳しい事情までは二人ともが踏み込もうとしなかった。
大方、高校生にもなってクッキーの一つも作れないなんてバレるのも恥ずかしいとかそう言う事だろう、と一人納得して前を行く二人について家庭科室に向かう。
道中でモルガナがカバンの中から小声で今回は悪神の欠片とは関係が無い、と雪乃に伝えている。
どうやら結衣には猫の鳴き声にしか聞こえていない様で「ねこ、近くに居るのかな?」と少しびくっと体を揺らすだけで済んだ。
そして(地獄の)調理タイムが始まった。
ふるいにかけられない小麦粉
殻を取り除かない卵
間違えられた塩
塩を中和させる(中和しない)山のような砂糖
隠し味に山のようなインスタントコーヒー
もう一度山のような砂糖
隠し味に桃缶
どこから出した、なまこ
牛乳よりも好きだからって勝手に替えるなカルピス
残飯処理ではないぞ、お弁当の残りのおにぎり
味に深みを出すと言うより、深淵に突っ込んでるんだよなぁ味○素
万能選手の彼が負ける姿を想像できるカレー粉
出来上がったのは、禍々しくどす黒く焼きあがったぶよぶよの何か。
焼成されたはずなのに、半固形物と言っても良い状態のそれに全員が絶句した。
「………ちょっと間違えちゃったかな」
「これをちょっとで済ます、お前の精神がどっか間違ってるよ」
「気分が…」
八幡も雪乃も一歩あとずさり、手に取ろうとしない。
流石に、味見役だからとか、依頼に関する責任があるからだとか。
そう言った義務感で手を伸ばすには劇物過ぎた。
躊躇いも無くつんつんする結衣の方がある意味度胸がある。
多分肝練り級。命に支障をきたすと言う意味で。
『ムドオン』位の破壊力を有しているそれを、努めて視界から追いやる。
机の下に置いておいたカバンがもぞもぞと蠢いているのは中身の彼がおぞましい臭いに悶絶しているのかもしれない。
「さて、由比ヶ浜さんが一生料理をしない事でこの依頼は解決ね」
「異議なし。適当に贈答品の詰め合わせ洋菓子セットを買え」
「それで解決にしちゃうの!? いや、言いたいことは分かるけど!!」
「だって、ポイズンクッキングするとか噂されても恥ずかしいし」
「料理するのはあたしだし!」
「落ち着いて。ところで由比ヶ浜さんはアサッシンとかに興味はない?」
「あたしの将来の選択肢に変な物が生えてきた?!」
ぜーはーとツッコミと慣れない料理(?)疲れで肩を落とした由比ヶ浜を横目に、二人は相談を始める。
「つか、まじでどうするよ。木炭錬成するくらいならまだ想像の範疇だけど、あれは無理じゃね」
「無理は嘘つきの言葉、とは流石に言えないわね。私の想像の埒外。あれをパティシエにするには一度輪廻を経験すべきではないかしら」
「目標が高すぎるし、さらっと死ぬのを推奨するな」
「だけれど、あれを見て一朝一夕に人に渡せるレベルの物を作れるまで腕を向上させるのは、サルにシェイクスピアを打たせるのと同レベルに難しいわ」
「カオス理論まで持ってくるレベルでは………いや、それ位には無茶難題だな」
ひそひそ、ぽしょぽしょと非常に失礼な真実を口にし続ける。
しかし、それが失礼にならない程度には目の前の物体は劇物過ぎた。
いったい何をどうやればクッキーと言う甘いお菓子を作るのにナマコだとか、味○素、カレー粉を入れようと思うのだろうか。
百歩譲ってカルピスとか、塩を中和しようと砂糖を入れるのは分かる。いや、全く持って意味のないものだけど、やりたい事はなんとなく理解できる。
だが、上記の思い付きを実行してしまうメシマズをどう改善すればいいのだろうか?
「ひとまず、由比ヶ浜さん」
「あっ、うん」
「ここにいつも私が作っているレシピを書いておいたから、これの通り…絶対に違う工程を入れないように、絶対、絶対に同じように作ってみて頂戴」
「大事な事だから三回繰り返したんですね、分かります」
「あたしの信用度低すぎない?!」
信用とは積み上げるものであり、最初から存在するものではないのだよガハマさん。と言うか、あのスライム的なナニカを作っておきながら信用されるわけがない。
大丈夫? 頭にMAG足りてる?(メガテン物では悪魔合体の際に構成する要素であるMAGが足りないと外道スライムになるとされている)
そうしてもう一度、今度は雪乃レシピをうんうん唸りながら守ってさっきとは雲泥の差の物を作り上げ、それでも出来に納得がいかない結衣に「女子高生が慣れないながらも作ってくれたクッキーと言う付加価値はプライスレス、むしろラブイズオーケー」と八幡が詭弁を弄する。
「やっぱり、あたしには向いてないんだよ。ほら、こんなマジなヤツって今どきじゃないし、才能、ないし」
「そうやって言い訳を重ねてその場で停滞し続けたいならそうしなさい。周りはどうとも思わないし、なにも責めないわ。
だってあなたと周囲の人間はしょせん他人なのだから。ただ、あなたが流され続けて行き付く場所にあなたの求めた物は存在しないでしょうけれど。
それで良いと言うのならこの依頼はこれでお終い。あくまで奉仕部は自助努力を助ける為にしか活動しないし、その努力を惜しむのなら直ぐに帰りなさい」
そんなキツイ雪乃の言葉に何故か感化された結衣が奮起し、もう一度雪乃のレシピ通りに今度は雪乃の助言込みで作ったクッキーは初回、二回目の出来とは比較にならない程に上出来に仕上がった。
もちろん、混ぜか振るいが足りなく一部は焦げていたし、計量を完璧に出来ていなかったからか味も大味だがそれでも十分に美味いと感じられるクッキーだった。
味見役に、と若干多めに割り振られたノルマだけではなくもう一枚もらえるなら貰いたいくらいだ、とポリポリかじる八幡、多めのぶんは鳴き声防止にカバンに滑り込ませている。
そこそこ多めに放り込んでいるし、食べかすも溢してるだろうから帰ったら掃除しないとな、とか考えていると、結衣が一つ深呼吸して真剣な顔で二人に向けて告げる。
「ありがとね、雪ノ下さん。あたし、雪ノ下さんがあんなふうにキツイ事言ってくれなかったらきっと途中であきらめてた。正直きつ過ぎて大分引いたけど。
ヒッキーもそう言う考え方もあるんだってちょっと慰めにはなったかな。あと、あんま美味しくない方を食べてくれて…あ、ありがと」
少しだけ気が晴れたような顔の結衣。
「ところで、どうしてもちゃんとした手作りクッキーを渡さないといけない理由は何だったのかしら」
一息ついてクッキーで乾いた喉を潤す為に紅茶を淹れている雪乃が疑問を投げかけた。
実際、最初に作った論外ならばともかく、レシピを見ながら作った物は不出来ではあったとしても八幡の戯言を信用するのなら『女子高生の手作りクッキー』としてならば十分な出来だった。
それに満足せずにさらに上を目指すのは雪乃の性格上、好ましい物ではあっても結衣のキャラクターにはどうにも合っていない、それも今日初めて話したような人間でもそう思えるのだから疑問に思うのも当然だろう。
そんな二人を尻目にやっぱり女の子って紅茶だよな、と自分の選択肢が間違っていなかったと一人で納得してる八幡の足元にテシテシと軽い衝撃が来るが無視する。
何の用事かは知らんが、校内、しかも無関係な生徒が居る所に出せるわけがない。更にベシベシと叩かれるが無視する。
ちらり、ぬぼーっと別方向をむいている彼の方を見て「たはは」と愛想笑いをする彼女の様子はあまり聞かれた事に率先して話したいものではない事だと分かる。
聞いてみた雪乃本人も気にはなるものの話題の一つとして出しただけでどうしても訊きたいと言う訳でもなかった為、「あなたが言いづらければ別に」と遮ろうとする。
しかし結衣は横に首を振り、一瞬ためらった後
「は、ハチマン! 早くワガハイに水をくれ! の、喉に! つ、つまっ!!」
「えっ、ね、猫!?」
ぜひゅー! とぜんそくの様なか細い呼吸音で今にも息絶えそうなモルガナが勢いよく足元から飛び出してきた。
思いっきり飛び乗った机に乗っていたティーカップが勢いに負けて紅茶が飛び散る。
甘露! とばかりに零れた雫に舌を伸ばし、こんなもんで足りるか! とカップに顔を突っ込み、「あちぃ!!」と悶絶する黒猫。
「あ、あはは。じゃ、あたしはこの辺で! ね、ねこちゃんも元気でね!」
ぴゅーという効果音が出るかの如く、すたこらさっさと家庭科室から逃げ去った。
モルガナが喋っている事に驚いて逃げたと言う訳ではない。モルガナは喋る事が出来ると言う認知を持たれない限り、どれほど流暢にしゃべっていたとしても猫の鳴き声にしか聞こえないのだ。
この場の誰も知らなかった事ではあるが、由比ヶ浜結衣と言う少女はどうにも猫が苦手らしい。
「まったく、九死に一生を得たぜ。ハチマン、ワガハイのSOS信号を無視しやがって。危うく死ぬところだったんだぞ」
「一気に卑しく腹いっぱいに食ったからだろうが。後で食うって選択肢もあった癖に、貪り食ったお前が悪い」
「うるせえ! もしもこんな間抜けな死に方したら化けて呪ってやるからな!」
「はっ、ペルソナで呪い返ししてやるよ」
「比企谷くん?」
「あっ」
猫を猫可愛がりする猫好きな猫フリスキーの目の前で猫蔑ろにしたら描写されるまでもないことなどわかっていただろうにのう。
ニッコリ笑うその少女のすごみに、うっかり気絶してしまいそうだった。
なお、一番最初に作られたクッキーらしき物体Xを処理する事で難を免れた事をここに記載する。
一難去った後に来るのが致死イベントとか人生ってやっぱクソゲー、そう言い残してその男は倒れた。
ペルソナメモ
一般人は須らく『愚者』…TRPGメガテンでは異能者として目覚めていない一般人は愚者とされる。あくまで悪魔や異能を知らないと言う意味での愚者でありアルカナが愚者と言う意味ではないが、可能性があると言う意味での愚者でも多分そう的外れではないと思う。
ムドオン料理…ペルソナ4のヒロインたち(直斗除く)が次々に作り出した、人体に悪影響を及ぼす料理の数々。具体的にはじゃりじゃりぶよぶよする臭いカレーの物体X。スライム(悪魔)の形をしたチョコレート。真っ赤に染まった激辛オムライス。FOE(マップボス)を撃退する言葉にもできない兵器転用物等。
紫色の煙を吐く事もあり、その毒々しい見た目から即死魔法である呪殺『ムド』と絡めてプレイヤーから命名された。なお、彼女たちは完全に善意で行っており、アジミネーゼ、イイカゲーン、アレンジャー等の症状がみられるが、あくまで愛情表現である。
なお、料理とは化学、愛情はスパイスであってメインにするものじゃねえってそれ昔から言われてるから。むしろ害悪。
食べると死ぬ。触るな危険。