「おら、今度こそ貰った! ストレートフラッシュだ!」
「ロイヤルストレートフラッシュです」
「うっそだろ……」
「ではベットの方、またいただきます」
ベンチの上で崩れ落ちるシリウスシンボリの前から、クールにカカオシガレットの箱を取るSP隊長ピッコロプレイヤー。横には、既に山と積まれた同品の箱。
「どうします? やめますか?」
「……もう、やめとけ。12連敗だぞ。これ以上やるとマジで身ぐるみ剥がされちまう」
キャンディー六本を連続でせしめられ、覆らぬ差を察し離脱したナカヤマフェスタが呆れた顔で忠告する。
が。
「うるせぇ! 此処までコケにされて引っ込めるか!?」
吠えてまた箱を取り出すと、ダンッと置く。
「もう一度だ!!」
負けん気が強いのはアスリートとしては良い気質なのだが、この場合は完全に悪手である。
「ってか、まだ持ってんのかよ……」
「収納技術に興味がありますね」
「何ゴチャゴチャ言ってやがる! ナカヤマ、早くカード配れ!!」
「へいへい……」
盛大にフラグが立った事を感じながら、手慣れた手付きでカードを切るナカヤマフェスタ。
……で。
「……結局、20箱か……」
「奇術師とかの才能があるかもしれませんね。一考をお薦めします」
「……うるせぇ……」
山と積まれた戦利品を前に、変な感心をしているナカヤマフェスタとピッコロプレイヤー。そして、言い訳の出来ない敗北感に打ちひしがれるシリウスシンボリ。
だから言ったのに。
落ち込む相方を置いといて、ナカヤマフェスタがピッコロプレイヤーの手元を覗き込む。
「にしても、良い腕だな。どう言う『仕掛け』なんだ?」
「興味ありますか? 良ければお教えしますが」
「そりゃ良いな。使うのは主義じゃねぇが、覚えとけばやらかす奴の手を見抜く役に立つ」
「では……」
などと言う会話と共に、何やらゴソゴソやり出す二人。見てたシリウスシンボリ、怪訝な顔。
「……何やってんだ?」
「貴女も見ますか?」
言われて覗き込む。
「……で、この時に相手の死角でこのカードを此方に……」
「ああ、成程。こりゃ気づかねーな」
「そして、此処で手持ちと取り替える……と」
「ほうほう、大したモンだな。オリジナルかい?」
「先達から伝授されたモノを、独自で改良しました。たまにですが、王族が性格の悪い外交相手に戯れとは言ええげつない賭けを迫られたりしますので。その様な時の為に」
「そんな事まで面倒見んのかよ? 大変だなぁ、アンタらも」
「慣れたモノですから」
なんて会話と共に、ピッコロプレイヤーの手の中で踊るカード。お分かりだろう。
イカサマである。
「………………………………」
「……大丈夫か? シリウス。頭の血管ブチ切れそうな顔してっけど」
「ひょっとしてしてお気づきになってませんでしたか? てっきり承知の上で楽しんでるモノかと」
「普通分かるだろ? 確率論的に言ったっておかしいぞ? あんな最上手ばっか連発するの。此方さん、隠す気も無かったし」
「学園の悪童達のカリスマと聞いてましたが、思いの外ピュアなのですね」
「まあ、そこはそれ。所詮コンプレックス拗らせただけのファッションヤンキーだからなぁ」
「あら、可愛い」
正直、キレ芸の一つもかましたい所ではあるが。
冷静に考えて見れば確かに不自然な点はアリアリで、真面目に隠す気が無かったのも明白。寧ろ向こうはアウトローを気取るコッチに作法を合わせただけ。
どの道、勝手に頭に血を上げて冷静な視点を失ったコッチの負けである。
つまりは、此処で怒り散らせば単に恥の上塗りとなるだけ。
「ーーーーっ!」
色んな言葉と感情を飲み込んで、どっかと腰を下ろすシリウスシンボリ。
「そうそう、やめときな。私らみたいなひょっこが相手するにゃあ、まだ50年はぇーわ。この本職様は」
不貞腐れた顔の悪友にそう言って、ナカヤマフェスタはケラケラと笑った。
「……まあ、ソレはソレとしてだな……」
何とか立て直したシリウスシンボリが、改めた様に口を開く。
「結局、アンタは何してんだ? サボってる感じでもなさそうだが」
「ああ、カード遊びなど持ち掛けてきたのはソレが目的でしたっけね。警戒を解いて言を引き出そうと。些か、テンプレ過ぎでしたが」
「……良いから、話せ」
仏頂面のシリウスシンボリを見て、笑いを堪えるナカヤマフェスタ。彼女を此処まで手玉に取れるのは正味、絶好調時のシンボリルドルフくらいのモンである。見てて楽しい事、この上無い。
ソレを見て、『ガチで〆るぞテメェ……』とか凄むシリウスシンボリ。
そんな二人の様にクスリと笑って。
「そうですね。良い暇潰しも出来ましたし、お返しはしなければならないでしょう」
その言葉に、『お?』と言う顔する悪童二人。
「よし、物分かりの良い奴は好きだぜ?」
「けどよ。訊いといて何だが、良いのか? 割と大事な要件の匂いがするんだが?」
「構いませんよ?」
当然の問いに、笑顔で返して。
「万が一の時には、お二人揃ってマリアナ海溝の底で深海生物の苗床になっていただければ済みますので」
「……………」
「冗談です」
目が笑ってない。
(……漏らすんじゃねえぞ……)
(当たり前だ……)
今までに無い程に、二人の心は一つ。
「……とは言うものの、実の所言うべき事は先のままです」
僅かばかりの緊張をサラリと流し、SPの彼女は言う。
「私は、籠の金糸雀を空に放ちました。今は、その帰りを待つだけの身です」
「……金糸雀ってのは、お姫様の事かい?」
ナカヤマフェスタの問いに、頷いて返す。
「詩的に言っちゃいるが、要するに職務放棄だろ。何だ? あんまりのお転婆に愛想でも尽きたのか?」
皮肉る様に。けれど何かを探る様なシリウスシンボリの言葉にも、彼女はやっぱり笑って。
「そうですね。連日のラーメン巡りには些か辟易はしていたかもしれません。特に二郎系にハマられたのには参りました。少々、ニンニクが苦手なモノで」
話の内容から口調から、本気で職務を放り出した訳では無い事が感じ取れる。ちょっとだけホッとするシリウスシンボリとナカヤマフェスタ。そんな二人の気持ちを察してるモノかどうか。何処か楽しそうに、ピッコロプレイヤーは話を続ける。
「今日のお昼も、お気に入りのお店でマシマシを召し上がられまして。トレーニングが無くなって少々タガがお緩みの様です。なので、一つお説教でもしていただこうと思いました次第」
「……で、『アイツ』のトコに行かせたってか?」
傍らの栗東寮の建物を見上げながら、ナカヤマフェスタ。答えは無く、ただ微笑みだけがソレを肯定する。
「良いのかい?」
続ける問い。
「奴さん、お姫さんの事で大分ヒリついてるぜ。此処で顔合わせたりしたら、それこそタガが吹っ飛んで何するか分んねぇぞ?」
忠告に、ちょっとだけ目を伏せて。『……かもしれませんね』と。
「鬱憤の溜まったガキを甘く見るなよ。色恋の沙汰なら、尚更だ」
シリウスシンボリも、言う。
「それこそ、腹ペコの狼に子羊を放ってやる様なもんだ」
荒ぶる若い衝動は、時として容易に理性を凌駕する。ソレは、悪童達のカリスマと称される彼女が一番良く知っている事。
「壊されちまうかも、しれねぇぞ?」
ピッコロプレイヤーを見つめる二人。
彼女達の目が告げる。
『止めるなら、手を貸す』、と。
そんな彼女達を愛しげに眺め、静かに首を振る。
「殿下は、ソレも承知の上で行きました」
「冗談事でもねぇぞ?」
「それでも、です」
毅然とした答え。
少しの間を置いて、勘繰る様に見つめていたシリウスシンボリが息を吐いた。
「……何か碌でも無い腹でもあるかと思ったが、そうでもなさそうだな」
「信用して、よろしいので?」
「嫌な縁があってな。クソみてぇな大人は腐る程見てきた。お陰でその手の腐臭には鼻が効く。アンタからは、そんな臭いはしない」
「……随分と、難儀な事ですね」
「全くだよ」
笑い合う二人。
「信じてんだな。姫さんと、『アイツ』の事」
「年期が違いますので」
誇らしげに、胸を張る。
「殿下の事は、幼少の頃からお守りしてきました。あの方の強さ聡明さは誰よりも知っています。どんな紆余曲折を得ようと、必ず正しい答えに辿り着く方です」
「……運命を愛すが故に、運命に愛される……てか?」
『はい』と頷く。
「殿下は、運命を愛します。委ねるのではありません。その愛を持って、跪かせるのです」
言い切る言葉には、微塵の猜疑も迷いも無い。
「かの方は、殿下がその運命の元に見出した相手です。ならば、私が口を挟む道理は無いでしょう?」
穏やかに語るピッコロを見て、シリウスシンボリとナカヤマフェスタは理解する。
此れは決して忠誠ではなく。
まして盲信でもありはしない。
一重に、互いが真に理解し合ってこそ至れる。
信頼であると。
「アンタ、良い女だな」
「口説いてます?」
「もうちょい、若かったらな」
「そうですね。今の貴女では、まだ……。委ねてくれるなら、しっかり『仕込んで』差し上げますが?」
「……前言撤回。やっぱ怖ぇえわ、アンタ」
「あら、残念」
旧知の中の様に打ち解けたシリウスシンボリとピッコロプレイヤーを横目に、ナカヤマフェスタは夜闇に浮かぶ栗東寮のシルエットを見上げる。
(さぁて、中々にヒリついてやがるぞ。頼んだぜ、お姫様)
今まさに渦中にあろう彼女に語りかけながら、咥えていたキャンディーをガリッと齧った。
◆
無理だと思った。
もう、誤魔化す事も。
抑える事も。
何が悪い? とも思った。
この想いを。
衝動を。
理性を。
堰を。
最後の一押しで崩したのはコイツ自身。
なら、承知の上なんだろう?
どんな事になろうとも。
コイツは言った。
神にはならない。
けれど、天使にならと。
けど。
ソレでも、お前がいなくなる事に変わりは無い。
ソレが運命で。
コイツが運命を愛する以上。
覆らない。
昔読んだ、神代の話。
人を律しようと、天下った天使がいた。
けれど、彼は出会った少女との肉欲に溺れ。
結果、穢れを受けて資格を失い。
堕天した。
二度と、天に還る事は叶わなかった。
なら。
自分もそうすれば良い。
コイツを。
純白の天使を気取るコイツを。
この手でメチャクチャにして。
汚し尽くしてしまえば。
コイツを。
ファインを。
ずっと。
ベッドに組み伏せた彼女の顔は、酷く酷く。残酷な程に穏やかだった。
後悔も。
嫌悪も。
失望も。
ほんのちょっとの恐怖さえも。
「……何で、そんな顔してんだよ……」
絞り出す様な声に、ファインモーションは不思議そうに小首を傾げる。いつか、ベンチに並んで座って。エアシャカールが真剣に話す理論に、楽しそうに身を傾けていた時そのままに。
「……オレが、何しようとしてるか分かってんのか……?」
引き攣れる様な声で。
「……何となく」
ちょっとだけ、恥ずかしそうに。
「なら、怖がれよ! 泣き叫べよ! 暴れるくらいしろよ! そうすりゃ、誰かが助けにくるだろうが!」
乞う様に、責め立てて。
「それやったら、シャカールが良くない事になっちゃうね。よって、拒否権を行使します」
でも、スカされて。
「お前がメチャクチャにされるんだぞ!?」
足掻く様に。
「なら、ソレが私の運命だね。それなら、良いかな?」
当たり前の様に。
「またソレかよ!?」
激昂。
「だって、この運命は間違ってない」
迷い無く。
「何が……こんなの……」
「だって」
とても。
とても、嬉しそうに。
「ソレをするのが、キミだから」
「!」
息が止まる。
「ちょっと……ううん。とても、嬉しい」
歓喜に満ちた声と共に、手が伸びる。
「今のキミは、見てくれてる」
暖かい手が、頬を包む。
「神様でもない。天使でもない。一人の女の子として、見てくれてる」
染みる熱は、とても甘く。
「エアシャカールが、ファインモーションを求めてくれてる」
「お前……」
「こんな嬉しい事はないよ。ね、シャカール……」
奇跡の様に澄んだ瞳は、決して逸らす事無く。
「……ちくしょう……」
苦しげに。けれど、安堵した様に漏れる声。
身体を満たしていた凶暴な熱も。
心を狂わせていた衝動も。
ずっと、苛んでいた虚無感も。
その全てが、溶け落ちて。
力が抜けて。
彼女の上に、ポトリと落ちる。
嬉々として、抱き止めるファインモーション。
「お前なぁ……少しは幻滅なり絶望なりさせろよ……。じゃないと……」
「拒否します」
儚い抵抗も、文字通り儚いだけ。
「シャカールを絶望させるなんて、私が耐えられないもの」
「……お前、どの口が……」
「この口だよ?」
頬に触れる、柔らかい感触。
「……ホント、狂ってんなぁ……」
「そうだね、狂ってる。私も、キミも。でもね、この狂気は甘いの。とっても、甘い……。だから……」
自分の上で、尽きた様に脱力していく愛し人を力一杯抱き締めて。
「キミの熱を、もっとちょうだい……」
甘い疼痛の中で、エアシャカールは思い出す。
そう。
コイツはこう言うヤツで。
だから、勝つ事なんて出来なくて。
だから、自分はコイツに光を見たのだ。
理解とか不理解とか。
論理的だとか非論理的だとか。
そんな小賢しい理屈をすっ飛ばして。
ただ、この苦しみを。
包み込んでくれるから。
「……勝手にしろ……。馬鹿……」
振り絞る様に毒付いて、意識は落ち始める。
与えられた温もりが、眠りへ誘う。
しばし得るが叶わなかった深く安らかな帳の奥で、寝息を立て始めるエアシャカール。
そんな彼女を愛しく抱き締めながら、ファインモーションもまた目を閉じる。
「おやすみ、シャカール……」
常夜灯が満たす薄明かり。
淡い夜気の中で、二人の吐息と鼓動が混じり合う。
◆
『ああ 何 て 綺麗 』
闇の中で、声が揺れる。
『な んて、綺 麗なの ? ワタシの ティターニア ……』
苛立たしげな、鎖の音と共に。
『嫌 だ ……い やだ……とても、嫌……』
ガリガリと、歯噛みする気配。
『しな かっ たよ? 見て ないよ ? ワタ シと 一緒、そ んな 顔』
夜気が騒めき、周囲の見えざる者達が怯えて竦む。
『その子 ? その子? 貴 女の オベロン』
ガチガチガチと、爪を噛む。
『ああ、 ヤダヤダヤダヤダ や だ ティターニアは ワタシ のなのに。ワタシの ワタ シが先 に、見 つけたの』
嫉妬。
怨嗟。
敵意。
呪い。
『ワタシの モノ よ? 良い香り の髪も綺麗な 顔 も白い 皮も甘い 血も細い腕も 長 い脚も 花びら の 爪も 温かい 内臓も』
際限なく滲み出る、悪意。
『あげな いあげな い あげない。 髪の毛一本血の一滴骨一欠片、 どれ一つ』
ジャリジャリ。
ジャリジャリジャリと鎖が踊る。
『いいわ いい わ もう 、 いいわ』
憎々しげに。
腹いせに。
『その子はいらない』
『連れてかない』
『そして、貴女も置いてかない』
たっぷりたっぷりの、嫌がらせ。
『後は一人で』
ソレが本質。
ソレが真理。
ーー壊 れ て し ま えーー。
彼女の、悪性。
「!」
何かに気づき、キタサンブラックの彼女は足を止めた。
見上げたのは、窓の向こう。霧の奥。
異様に輝く、大きな月。
「ああ、そうなんだ」
静かに、呟く。
「ダイヤちゃん、もう……」
大事な彼女の、痛みを想い。
「門が、閉じるよ……」
ちょっとだけ。
「だから、君は……」
嬉しく感じた。
「あたしだけの……」
自分が、嫌。
気づく者はいなかったけど。
見る者も、いなかったけど。
ソレは確かに、其処にあった。
夜の中。
霧の奥。
月の下。
静かに眠る、トレセン学園。
その対角に。
同じく佇む。
同じ双型。
影の、庭。