授業は、全て休講となった。
各部活動も、重要な大会を間近に控える極く一部の生徒を除いて休止措置が取られた。
学園に勤務する全ての大人に非常時の役目が与えられ、在籍する全ての生徒に聴き取りが行われた。
トレセン学園始まって以来の大事。
その日の朝。一人の生徒が登校しなかった。
友人、講師、トレーナーが探すも学園内に姿は無く。
その少女は、正しく神隠しにあったが如く楽譜から。否、この世界から消失した。
彼女の名は、ファインモーション。
現アイルランド国王・デインヒルが第三子にして、アイルランド王国第三皇女の位を頂く者。
以下、失踪した生徒に接点があったと思われる者達の証言。
証言者1: エアグルーヴ(ルームメイト)
エアグルーヴです。少しでも早く戻って会長の補佐をしなければいけません。誠に申し訳ありませんが、可能な限り手短にして頂ければ助かります。
……ファインとは昨夜の就寝時間まで一緒でした。特に、変わった様子もありませんでしたが……。
消灯してから暫く……多分、午前二時辺りだったと思います。彼女が起き出す気配を感じました。その時には、花摘みと思ってそのまま寝てしまったのですが……。
朝起きた時にも、ベッドは空のままでした。てっきり、先に登校したモノとばかり……。
え、随分と冷静だな、と? すみません。此れでも動揺はしているのですが……。自分でも、嫌な性分だと思います……。
証言者2: カワカミプリンセス(同じ寮棟の在籍者及び当夜における見廻り組の一人)
……カワカミプリンセスです。よろしくお願いしますわ……。
昨夜の巡廻の時に何か異変は、でしょうか? いえ、ファインさんや不審者に関しては何も……。その言い様だと他に何かあったのか、ですか? いえ、その……何と言うかおかしな話なのですが……迷ってしまったのです。ええ、はい。寮の中でです。ソレどころか、他の皆さんとも離れ離れになってしまいまして……。ホントに、勝手知ったる寮ですのに。何であんな事……。でも、ソレだけです。後は精々、テイオーさんが戒厳令無視してウロウロしてやがりましたんでとっ捕まえてどタマグリグリのk……いえいえ、お仕置きして差し上げたくらいですわ。ええ、ソレだけです。はい、分かりました。失礼いたします。……すいません、ちょっとお訊きしたいのですが……。私以外の見廻り組の方々からも、お話を伺ったのですよね? その、何か……えと、変わった様子の方とかいらっしゃいませんでしたか……? 例えば、フジさんとか……ムテキさんとか……。そうですか……。いえ、何でもありません。何でも、ないんです……。
証言者3:トウカイテイオー(同じ寮棟の居住者及び戒厳令破って出歩いてた悪い子)
し、失礼しまーす……。って、ぴぇえ!? 何で皆そんな怖い顔してるのー!? え、あ……そ、ソレに関しちゃゴメンだってば! 何て言うかその、走りでボロ負けしちゃったから……リベンジ出来たらな〜とか? ぴ! 分かってるよ! カワカミにも思いっきり米神グリグリされちゃったし……。全然手加減してくれないんだもんもうやんないよ。ホントにゴメン……。反省してます……。でも、結局ボクが会ったのはカワカミだけ。不審者も、ファイン様も見てないんだ。……うん、その後はずっとカワカミと一緒だったし……。ゴメンね……。
証言者4:ライスシャワー(読書友達及び明確な最後の接触者)
ラ、ライスシャワーです……。よろしくお願いします……。
ファインさんに、最後に会ったのはいつか……ですか……? 昨日の午後に、図書室で……。はい、本を……絵本コーナーで……アレは、確かご自身が寄贈した絵本だったと思います……。変わった様子? いえ、特には……。はい、はい……。失礼します……。
……あの、ですね……。ライス、思ってるんです。ファインさん、もう帰って来ないんじゃないかって……。何故かって……分かりませんか? 最近のファインさん見てて、思いませんでしたか? ファインさん、言ってたんです。『もうすぐ、夢が覚めちゃうなぁ』って……。夢だったんですよ? 学園(ここ)での生活。ファインさんにとって。皆とのお喋りも。ちょっと眠い授業も。放課後に食べるラーメンも。ターフで風を切る、あの感覚も……。全部、全部、幸せな夢……。
だから、ファインさんは行ってしまったんです。ずっと……ずっと覚めない夢の箱庭へ。
皆さんは、どう思いますか? 覚めないまま、夢を見続けるのはいけないですか? 目を覚ましてても、辛いモノしか見えないなら。ずっと、夢の中でも良いんじゃないですか? 現実なんて、苦いだけだから……。
え? 何かあったのか、ですか? まるで、ライスがライスじゃないみたいって? ウフフ、ブルボンさんにも同じ事言われました。でも、大丈夫。ライスは、ライスです。 此の世界に『たった一人』の、悪役(ヒール)って呼ばれた、ライスシャワーです……。
証言者5:ピッコロプレイヤー(SP隊長)
※事情により、記録非公開。
◆
「無念ッ! 有力な情報は得られず、か……」
手にした扇子をパシリと閉じて、悔しげに呻くトレセン学園理事長・秋川やよい。
「ファインさんは自由奔放な反面、守るべき線は守る方でしたから……。多少の異変は、皆もさして気にしていなかった様ですね……」
秘書の駿川たづなも、途方に暮れた顔をする。
「……分からない事が多過ぎますね……。先程のピッコロ氏からの通達……アイルランド王家の対応もどう言う事なのか……」
理事長代理・樫本理子が思うのは、ピッコロプレイヤーからファインの父……即ち現アイルランド国王であるデインヒルの意志として伝えられた事。
一つ。今回の件において、貴学園及び日本国の責任を問うつもりは無い。
一つ。混乱を避ける為、日本政府を通してマスコミ等あらゆる情報機関への今件の漏洩は抑制する。
学園の方でも職員・生徒からの外部漏洩を防ぐ方向で動いて貰いたい。
一つ。上記と同様の理由で、当面の間警察始めとする公的組織の介入も行わせない。
以上の事を踏まえ、貴学園には学園内部における捜索を続ける事を要請する。
例え見つけられずとも、愚女の事を忘れない様にして欲しい。
そして、誰かが何かしらのアクションを起こそうとした時は、可能な限り善処して欲しい。
「……マスコミをシャットして貰えるのは生徒達を守る上でありがたい事ですが……警察までとなると……」
「何か、公になると上手くない事があると言う事でしょうか?」
首を傾げ合う理子とたづな。
何より奇妙なのは、明確に要請されたのは学園『内部』の捜索だけと言う点。外部への連れ去りの可能性を端から排除している。まるで、彼女がまだ此処にいると確信しているかの様に。
明らかに、何かがおかしい。
揃って理事長室に揃って響く、三人の唸り声。しばしの苦悩の後。
「決然ッ!!」
突然、やよいが声を上げた。
「悩んでいても仕方がない! 今、優先すべきはファイン君の身の安全、保護である!! 細かい詮索は後で良い! 兎に角動くのだ! 生徒会とトレーナー、講師諸君と共にもう一度、学園敷地内を隈無く捜索する!」
「は、はい!」
頷いて飛び出して行くたづな。続こうとした理子を、やよいが呼び止める。
「待ちたまえ、理子君」
「え? な、何で……痛ぁ!?」
唐突に名指しされて、驚く理子。拍子に閉まったドアに強かに鼻っ面をぶつけて悶絶する。
苦悶の舞が収まるのを待って、改めて。
「君は、ココン君達に付いていると良い」
「え……? で、ですが……」
涙目で戸惑う理子に、微笑んで。
「看破! 先程から、集中出来てないのは分かっていた。ココン君達に何かあったな? 異常事態だ。精神に負担を感じる生徒が出るのも至極当然。側にいてあげると良い」
「しかし……私は……」
「君は理事長代理であると同時に、トレーナーだ。他のトレーナー達にも、担当生徒に不調があればそのケアを優先する様に伝えてある。ファイン君は当然だが、他の生徒達もまた大事な子らだ」
「理事長……」
「行っておあげ」
感謝の意を込めて一礼すると、外へと飛び出して行く理子。
途中ですっ転ぶ音が何度か。足音が聞こえなくなるのを待って、やよいも席を立つ。
「どれ、私も行くとしよう……おや?」
見れば、いつも彼女の頭の上に乗っている猫がドアの前でお座りしてコッチを見ていた。
「手伝ってくれるのかな?」
訊かれて、『そうだよ』と言う様にミャオと鳴く。
「感謝ッ! 頼りにさせてもらうぞ?」
頷いた猫が、任せろと言う様にニャーンと鳴いた。
◆
「よぉ、久しぶりだな」
「何処行くんだ?」
「……何だ? お前ら……」
理事長室に向かおうとしていたエアシャカールは、建物に入る直前に通せんぼする様に現れたシリウスシンボリとナカヤマフェスタに怪訝そうに毒付いた。
「別に。ただ、授業もトレーニングも中止なもんで暇でな」
「袖触れ合うも何とやらだ。付き合わねーか?」
「忙しいンだ。他、当たれ」
そう言って、二人の間をすり抜けようとするエアシャカール。その行く手を、ヒョイと伸ばされたナカヤマフェスタの足が遮る。
「……何のつもりだ?」
「悪りぃな。ダチから頼まれてんだ。行かせらんねぇ」
「あ゛ぁ゛?」
睨みつける顔を見たシリウスシンボリが、ニヤリと笑む。
「マシな面する様になったじゃないか。この間まで今にもくたばりそうなザマだったのによ?」
「余計なお世話だ。良いから、サッサと退け!」
「お姫様に、慰めて貰ったのか?」
「!」
向けられた射殺す様な視線を不敵な笑みで受け流し、なおも続ける。
「その様子だとビンゴだな。何処まで行った? 具合は、どうだった?」
エアシャカールの牙が、ギリと鳴る。
「……大概にしとけよ? こっちは虫の居所が悪りィンだ。テメェで発散しても良いンだぞ?」
「……面白ぇ。良くしてくれた女の大事に、お上に責任押し付けてシッポ巻こうとする腑抜けが何するってんだ?」
「テメェ……」
血が滲む程に噛み締める牙。
一瞬即発の空気が流れたその時。
「そこまでにしとけ」
挟まれる、ナカヤマフェスタの声。
「何だよ、イイトコなんだ。邪魔すんな」
「主旨を間違えんな。依頼主様のご帰還だ」
その言葉に、二人が揃って其方を向いた。
「全く。確かに用事が済むまでの間、壁の花のお相手はお願いしましたが……」
建物から出て来たピッコロプレイヤーが、呆れた顔で溜息を吐く。
「些かエスコートに熱が入り過ぎではありませんか? ミス・シリウス」
「は、悪りぃ悪りぃ。あんまりコイツが可愛いモンでよ」
そんな軽口も、もうエアシャカールの意には入らない。鋭い視線を、今度はピッコロプレイヤーに向ける。
「アンタか? コイツらに妙な事吹き込みやがったのは……」
「些か縁が出来ましたので。嘘は教えてませんし、貴女もこの期に及んで隠す訳でもないでしょう? ミス・シャカール」
異を唱える術も無く、舌打ちする。
そんな彼女を横目で見ながら、ナカヤマフェスタが尋ねる。
「用事は済んだのかい?」
「ええ。伝えるべき事は、全て」
エアシャカールの耳が、ピクリと動く。
「……成程。手回ししたのは、アンタか……」
「さて、何の事でしょう?」
「惚けんな」
問い詰めの声は、酷く剣呑。
「ファインの事で、サッパリお呼びがかからねぇ。よりにもよって、このオレにな」
「此れは此れは」
聞いたピッコロプレイヤー、ニヤリと笑む。
「殿下の全てを知っているとでも? たった一晩の逢瀬で随分と進まれた様で」
「茶化すな」
苛立ちを抑えながら、言葉を続ける。
「ファインに何かあって、真っ先に疑われなきゃならねェのはオレの筈だ。なのに……」
「犯人は、貴女じゃないからですよ」
アッサリと断言した。
「端から選択肢に入らない事にリソースを割くくらい、無意な事は無いでしょう?」
お前は馬鹿か? と言う様な態度。けれど、先立つのは怒りよりも疑念。
「何で、そこまでオレを信じるンだ?」
「殿下が見初めた方だからですよ」
ハッキリと、答えた。
「殿下が……ファイン様は運命を愛します。故に、運命もファイン様を愛す。その運命が、貴女をファイン様に与えたのです。ならば、ソレは決してファイン様を裏切るモノではあり得ません」
言葉が孕む芯には、一片の揺らぎも無い。まるで、エアシャカールを疑う事はファインモーションに対する裏切りだとでも言う様に。
全てを察して、エアシャカールは呟く。
「アンタも、狂ってるって訳か……」
「言えた義理ですか?」
薄く笑うと、一歩近づく。
「もっとも、貴女を自由にしておく理由はそんなおセンチなモノだけではありませんが」
近づいて、覗き込む様に顔を寄せる。
「……見ましたね? 『アレ』を」
エアシャカールの表情が凍る。
それを肯定の証明と知りつつ、なお詰める。逃げ場の無い様、その口で。
「見 ま し た ね ?」
「……ああ」
目を細める。
「何だと思います? 『アレ』」
「……分からねェ。だが、確かにアソコに『在た』」
そう。
否定も、逸らす事もしはしない。
あの時。夜と明けの狭間の時に。
暗がりの中からまろび出て。
この手の中から温もりを奪い去って行ったあの存在。
絡む鎖の音も。
愉しげに鳴る哄笑も。
高みから見下ろす、金色に光る眼差しも。
「忘れる訳、ねェだろ……」
彼女を繋ぎ止める事も叶わなかった手を、責める様に握り締める。
「結構な事です」
様を見て、満足気に言う。
「その手合いには否定的だった筈ですが?」
「実際にこの目で見たんだ。否定すンのはロジカルじゃねェ」
「そうですね。現実に在るモノを自身の理解外だからと否定する事こそ、非論理的であり非科学的と言うモノです。では、それを踏まえて……」
声音が変わる。
「私が……いえ、『アイルランド王家』が貴女を自由にしておく真意をお伝えしましょう」
「真意……?」
「はい」
見つめる目が、圧を増す。気圧されぬ様に、腹に力を込める。
「我らがエアシャカールの自由を許す理由はただ一つ。ファイン様を取り戻す事が出来るのは、貴女だけだからです」
「!」
エアシャカールが。側で聞いていたシリウスシンボリとナカヤマフェスタも、息を飲む。
「貴女が見た『アレ』は、『プーカ』と言います。どんな存在かを理解する必要はありません。碌でも無いモノであり、昔ファイン様に同様にちょっかいを出したクソ虫とだけ知っておけば結構です」
「…………」
「先の件では、ファイン様を引き戻したのはココット后……母君様の呼びかけでした。故に、我々はアレの呪縛を破るのはファイン様を強く思う者の干渉と理解しています。そして……」
細い指が、トンとエアシャカールの胸を指す。
「現状、最も適任なのは貴女だと言うのが我ら『国家』の認識です」
「…………」
「言っておきますが、貴女に選択権はありません。何があっても、ファイン様を此方へ引き戻していただきます。もし、放棄すると言うのなら……」
「……オレを、ファイン失踪の犯人に仕立て上げる……ってか?」
先取る様に口走った言葉。ピッコロプレイヤーは、ただ淡々と。
「そうですね。少なくとも、この国の社会では生きていけない程度にはなっていただきます」
冗談や脅しではない。彼女の口調や表情がそれを物語る。けれど。
「……助かるぜ」
エアシャカールは、薄笑みを持って受け止める。
「アイツと約束してンだ。『破滅する時は諸共』ってな。アンタらがやってくれンなら、手間が省ける」
言って、今度は自分から顔を寄せた。
「上等だ。元から黙ってるつもりなンざねェ。やってやるよ。ファインは、絶対に取り返す」
自身を見据える金色の瞳に、ピッコロプレイヤーは初めて笑みを浮かべた。
「分かりました。その覚悟に敬意を表し……」
カチリと、冷たい音。
見れば、彼女の手に握られたナイフの切っ先がエアシャカールの左胸に。
「貴女が仕損じた時には、私が貴女を屠りましょう。筋書きは、貴女に殿下を奪われた私が嫉妬の果てにご両者を。お二人の名前が、墓標に並ぶ様にして差し上げます」
苦笑する、エアシャカール。
「それじゃあ、ファインの棺は空っぽじゃねェか。割に合わねェな」
「なら、励みなさい。いずれ、ファイン様と安寧の褥で並べる様に」
「キチガイ野郎」
「鏡でも見たらどうですか?」
クックと笑い合う二人。
(どっちも大概、だな……)
(怖ぇ怖ぇ……)
ただ呆れた思いで見つめる、シリウスシンボリとナカヤマフェスタだった。
◆
啜り泣く声が、研究室の中に響く。
椅子に座ったアグネスタキオン。その膝に縋りついて泣きじゃくるダイワスカーレットの姿を、マンハッタンカフェは何処か非現実的な感覚で見つめていた。
傍らでは、オロオロするアグネスデジタル。彼女にも、いつもの覇気はない。本人が言う所の『供給』が滞っているのだろう。
肌がピリつく気配。『お友だち』が、殺気立っている。あの時以来、ずっと。ずっと。
虚ろな視界で、アグネスタキオンを見る。酷く傷ついたダイワスカーレットを癒す術も無く、ただその髪を撫ぜる。
(……貴女も、そんな顔をするんですね……)
そんな事を思い、そしてその顔を引っ張り出したのが自分ではなかった事に少しだけ苛立つ。
そして、その情景に違和感を感じて。また。
ああ、何故貴女は。
ただ、そうしているだけなのですか?
いつもの、貴女なら……。
投げつけようとした言葉は、喉に張り付いて痼りになる。
流し込もうと含んだコーヒーは、冷めて苦い。
傷ついた少女の泣き声は、延々と。
触れた首。
巻き付いた不可視の鎖枷が。
嘲笑う様にチャリと鳴く。