鎖影の庭   作:土斑猫

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【歪曲視界】

「失礼しました……カフェさん……」

「いえ……。大丈夫、ですか……?」

 マンハッタンカフェの言葉に、泣き腫らした目を擦りながらダイワスカーレットは儚く笑う。

「ハハ……大丈夫です。すんででぶん殴ってやめさせたし……。ただ……」

 その目から、また涙が一雫。

「アイツが……あんな事……」

 マンハッタンカフェはまた震え始める肩を抱き、その髪を優しく撫ぜる。

 彼女の傷を癒すには、程遠い行為としりながらも。

 出来る事は、それしかないから。

 

「タキオンさん……」

「……顕示欲と独占欲の異常な肥大化。ソレに伴う衝動抑制の未熟化。行動原理が、まるで理性が未発達な幼児のソレだね……」

 ダイワスカーレットを見送ったマンハッタンカフェ。彼女が問おうとした言葉を先取る様に、アグネスタキオンは呟く様にそう言った。

「……おかしいですよ」

 傍らで見ていたアグネスデジタルが戸惑う様に。

「確かにウオッカしゃんは子供っぽい所があって、ソコが萌えポイントではありましたけど……。スカーレットしゃんの事は凄く大事にしてて……。なのに、なのに……」

 全てのウマ娘を推しとする彼女も、宝物のあまりにも明確な変容にショックを隠せない。

「そうだな……」

 物思いに耽る様に、アグネスタキオンは言う。

「人格の変化は医学的・精神学的にも十分に起こり得る事象ではあるが、今回は余りにも急激過ぎる。コレはまるで……」

 

「『Fetch』だからよ」

 

 急に響いた声に、皆が振り向く。入り口に立っていたのはスイープトウショウ。そして。

「おっす」

「ゴールドシップしゃん!」

「随分と珍しいお客だね……」

 物珍しげな視線を受けながら、ズカズカ入ってくるゴールドシップ。物怖じしない。

「いやね、アタシも今回の事じゃ気になる事があってよ。何か出来るとしたらアンタんトコだろうってこの嬢ちゃんが言うモンでよ」

「ふむ……」

 近寄って来た彼女をしげしげと観察するアグネスタキオン。

「どうやら、君は異常無しの様だね。いや、寧ろ異常なのは普段で、素はこっちの方か」

「何言ってんだい!? アタシゃいつも通常運転の超特急! 完全不変、唯一無二、天下無敵の不沈艦だぜ!? トンチキお化けなんぞにコピーなんぞ出来てたまるかよ!」

「……相変わらずだねぇ。それにしても……」

 視線を隣のスイープトウショウに移す。

「Fetch……『そっくりさん』、か……。随分大胆な仮説を立てるじゃないか。変化を見せた生徒達は、別人が成り代わっていると言うのかい?」

「『仮説』じゃないわ。『確定』よ」

 微塵の躊躇も無く断言する。

「此れはChangeling、『取り替えっ子』よ! 今いるヤツらは、妖精が誂えた偽物だわ!」

「妖精、かい? 随分とファンタジーな概念が出て来たねぇ」

「そうそう巫山戯た話でもねぇぞ?」

 キョトンとするアグネスタキオンに、ゴールドシップが言う。

「一般常識の括りで纏まらねぇ事が起こってんのは間違いねぇ。そもそも、アンタだって『ソッチ』の線で進めてたんだろ? このチンマイ魔女っ子さんから聞いてるぜ」

 頭をポンポンと叩かれたスイープトウショウが、『やめなさい!』とがなりながら振り払う。

 『まったくもう……』などと言いながら、ポンポンと帽子を払う。払いながら、ジロリとアグネスタキオンを睨む。

「……途中でスカーレットとすれ違ったわ。泣いてたわよ。あの娘……」

 一歩、迫る。

「何かあったわね?」

「…………」

「教えなさい」

「……私が、話します……」

 実害には及ばなかったとは言え、事情が事情。心情的に話し難かろうアグネスタキオンの代わりに、マンハッタンカフェが申し出る。『構いませんか?』と伺えば、『すまないね』との答え。慎重に言葉を選びながら、次第を伝えた。

「……流石に、洒落にならねぇな……」

 苦虫を噛み潰した様な表情で、呻くゴールドシップ。

「スイープ君」

 名を呼ばれたスイープトウショウが、アグネスタキオンの方を向く。

「さっきはああ言ったが、私も君の説を推すよ。何だかんだ、私は『此方側から外れたモノ』の存在は認めている」

 言いながら、チラリとマンハッタンカフェを見る。

 やもすると、意固地な世界観に囚われやすい界隈に在する自分。その縛りを解いてくれた、相方。

「ならば、そう考えた方が道理は通るだろうさ。学園の生徒半数近くが同時に頭を強打した上で、軒並み発生率が限られる人格変性を発症するなんてトンチキな事態に比べたらね」

「頭が柔らかくて結構だわ」

「探究者には柔軟性も必要なモノなのさ」

 笑うアグネスタキオンに、フンと鼻を鳴らすとまた一歩迫る。

「なら、今すぐ行動に移りなさい。もう『手遅れ』感が強いけど」

 思いもがけない言葉に、部屋の空気が凍る。

「……ファイン君の件かな?」

「……本当に、察しが良いわね。余計にイライラするわ」

 胸倉を掴まんばかりの勢いで顔を寄せると、険しい目つきで睨みつける。

「そうよ。ファインがいなくなったのも、間違い無く『アレ』の仕業」

「流れから、そう考えるのが自然だろうね」

「あからさまに、今までとやり方が違う」

「明らかに、特別扱いだ。ファイン君が最終目標だったと見て良いだろう」

「それからよ。『連中』の暴走が目立ち始めた」

「と言うより、『猫を被る』必要が無くなったと考えるべきだろうね」

「どうして?」

「帰って来る心配が無くなったのさ。『本物達』が」

「確証がある?」

「スカーレット君から聞いたよ。あちらのウオッカ君が言っていたそうだ」

 

 ーー『門』が、閉じたーーと。

 

 スイープトウショウの眦が、ピクリとひくついた。

「……どう言う意味かしら?」

「君が理解した通りだよ。門が閉じた。つまりは、皆が連れて行かれた場所と、此方を繋ぐ道が絶たれ……」

 掴みかかろうとしたスイープトウショウを、ゴールドシップが咄嗟に抑える。

「ソコまで分かってて、何ノンビリしてんのよ!?」

 羽交い締めにされながら、浮いた足をバタバタさせて喚く。

「って言うか、知ってたわよね!? 今までの事!! 何か起こってるって! ヤバイ事になるって!! 知ってたんでしょ!?」

 涙を散らしながら、叫ぶ。ずっと抑えていた不安と憤り。そして絶望を吐き散らす様に。

「何で何もしなかったのよ!? 何か出来たんじゃないの!? 出来た筈よ! なのに、何で!? 何で何で何で!? 何でよぉ!!」

 見慣れた駄々とは違う、心の底からの絶叫。マンハッタンカフェもアグネスデジタルも、ただ、立ち尽くす。

「……興味、だよ」

 ポツリと、言った。

「……は?」

 ポカンとするスイープトウショウに向かって、歪んだ笑みを浮かべながら告げる。

「興味がね、勝ってしまったんだよ。こんな未知との遭遇、一生に在るか無いかだからね。何がどうなるのか、最後まで観測したいと言う欲求に抗えなかったのさ」

「……ーーっ!!!」

 息を呑んで絶句し、そして。

「ざけんなぁっ!!」

 爆発した。

 お気に入りの帽子を振り落とし、激情のままに暴れる小さな身体。ゴールドシップは、より力を込めて抑え込む。

「放しなさいよっ!!」

「駄目だ」

「何でよ!? コイツよ! コイツのせいよ!! コイツのイカれた好奇心のせいで、キタサンが! キタサンが!!」

「そうじゃねぇ」

「うるさい!! 返せ! キタサンを返せ!!」

「落ち着け」

「返せ!! キチガイ野郎!!!」 

「落ち着け!」

「!」

 多分、学園の誰もが聞いた事がないだろう。ゴールドシップの真剣な声。圧に押され、黙る。

「何も出来なかったのはアタシらも同じだ。こんな馬鹿げた事、事前に何とか出来るヤツなんかいやしねぇ。お前も、分かってるだろ?」

「…………っ!!」

「済んじまった事で喚き散らしたって、何にもならねぇ。今から出来る事を探す。その為に、此処に来た。だろ?」

「…………」

 口を噤み、大人しくなるスイープトウショウ。脱力した彼女を床に下ろすと、アグネスタキオンに向かって尋ねる。

「って訳だ。何か、ねぇか?」

「…………」

「何か取っ掛かりがいる。何か出来そうな心当たりは、アンタだけなんだ」

 涙を堪えるスイープトウショウを見て、小さく息を吐くと。

「……証拠が必要だ」

「証拠?」

 訊き返すゴールドシップに頷く。

「そっくりさん達を相手にするのに、私達だけでは手が足りない。学園の手助けが必須だが、その為には彼女達が似て非なるモノである事を証明する必要がある」

「……どうすりゃ、良い?」

「髪の毛だ」

「髪の毛?」

「そうだ。そっくりさん達の髪の毛を集めてくれ。DNA配列を本物のサンプルと比較して見る。差異が見つかれば、彼女達が偽物と言う確実な証拠になる」

 聞いたゴールドシップ、呆れた顔になる。

「あたしらのDNAサンプルって、んなモンいつの間に集めてたんだよ?」

「……企業秘密さ」

 聞いて浮かべるのは、この上なく楽しそうな表情。

「やっぱ、ぶっ飛んでんな。嫌いじゃないぜ」

 言って、出口に向かって踵を返す。

「どんだけ欲しい?」

「証拠は多い方が良い。可能な限り、多人数を」

「分かった。ほら、行くぜ」

 落ちていた帽子を拾い、埃を払ってスイープトウショウに被せる。

 それを目深に押し込むと、表情を隠した彼女はアグネスタキオンに。

「……待ってなさい。いつかアタシが魔法を使える様になったら、真っ先にアンタご自慢の脳みそをスポンジケーキにしてやるから。だから……」

 走り出しながら、ポツリと残す。

「それまで、ちゃんと此処にいなさいよ」

 そのまま、ゴールドシップの後を追って外へ。

「タキオンしゃん……お言葉ですが……」

 アグネスデジタルも、また。

「ああ言う『贖罪』の仕方は、ちょっと解釈違いだと思うのです。タキオンしゃんはやっぱり、反省して責任背負っちゃうよりも……」

 ちょっと、寂しげに笑って。

「解明目指してマッドに突っ走るのが、一番カッコイイのです」

 そして、『では、デジたんも行って参ります!』と敬礼。そのまま外へと出て行った。

 見送ったアグネスタキオン。『やれやれ』と呟いて椅子にもたれかかる。

「私も、まだまだだねぇ……」

「……向いてませんよ……。貴女に、女優の真似事なんて……」

 呟いて、マンハッタンカフェは飲み干したカップを置く。

「私も……行ってきます……」

 そう言って、出て行こうとした。けれど。

「待ってくれ」

「はい……?」

 呼び止められ、振り向いて。自分を見つめる目に息を飲んだ。

「タキオン……さん……?」

「カフェ……君は、行っては駄目だ」

「え……?」

「此処に居てくれ。私が、見る事が出来る場所に……」

「でも……」

「お願いだ……」

「…………!」

 昏い目だった。

 見慣れた彼女の、狂気と熱意に彩られたサイケな輝きは其処に無く。

 執着と。不安と。畏れに満ちた。

 昏い。

 昏い。

 眼差しだった。

 

「……少しでも多くって言ってたけど、アタシ達だけでどれだけ集められるかしら?」

「いかんせん、数に差がありますからねぇ」

「問題ねぇ」

 頭を捻るスイープトウショウとアグネスデジタルに、ゴールドシップは言う。

「何か考えでもあるの?」

「簡単な話だ。数がいるなら、こっちも人数を揃えりゃ良い」

 そう言って、ニヤリと笑う不沈艦。

 

 ◆

 

「ねぇ、マックイーン」

 かけられた声に、メジロマックイーンはビクリと竦み上がった。

「テ、テイオー……」

「そうだよー。何、ビックリしてんのさー。お化けでも見たみたいにー」

「す、すいません……。考え事をしていたモノで……」

 ニコニコ笑いながら小首を傾げるトウカイテイオー。その笑顔に薄ら寒さを感じながら、取り繕う。

「ふーん。まぁ良いや。ねぇ、コレから遊びに行かない? 一緒にさ」

 答えを返す前に、手が掴まれる。馴染みのある体温。でも、今はソレが。

「い、いけませんわ。今は、非常事態ですのよ? 学園からも、外出は極力控える様にと……」

「大丈夫だって。日が暮れる前に帰ってくれば何も言われないよ? 授業も部活も休みだし、暇じゃん? ソレに、ボク……」

「!?」

 グイと手が引かれ、トウカイテイオーの顔が間近に迫る。見つめる瞳に心臓が跳ねて、甘い吐息に目眩がした。

「キミと、遊びたいんだ。二人っきりで」

 一瞬、惑う心。けれど、同時に本能が警鐘を鳴らす。

 

 ーー違うーーと。

 

 次の瞬間には、掴まれた手を振り払っていた。その時の彼女の目。悪寒を覚えながら、声を振り絞る。

「も……申し訳ありません……。今日は、本当に……」

 しばしの間。やがて、トウカイテイオーが大きな溜息を吐く。

「分かったよ。もういい」

 吐き捨てる様な声音に、チクリと痛む胸。

「あーあ、つまんないのー」

 クルリと踵を返して去って行くトウカイテイオー。その背を見送る脳裏に、ふと一つの考えが浮かぶ。

(何処へ、行くのでしょう?)

 愛しい人の姿をした、別の人。彼女の事を、自分は何も知らない。

 もし、正体に関する事を少しでも知れたら。

 其処から、本物のトウカイテイオーを助け出す切っ掛けが掴めるかも知れない。

 そう思いついたら、もう自身を抑える事は出来なかった。

(テイオー……。貴女は、わたくしが……)

 気づけば、彼女の後を追い始めていた。

 

 ◆

 

 正直な所、彼女が何かしら特別な行動をする確信があった訳ではない。

 このまま、寮の部屋に帰ってしまう可能性だって十分にあった。

 でも、ソレならソレ。トウカイテイオーの為に、何かをしたい。ただその想いだけが、メジロマックイーンを突き動かす。

 そして、果たして彼女の足は寮へは向かわなかった。

 寮を通り過ぎて、校舎の裏手に。どんどん、人気の無い場所へ。

(一体、何処へ……?)

 姿が、角の向こうへ消える。慌てて追いかけて、角を曲がると。

「え……?」

 袋小路の、行き止まり。

 薄暗い空間を隅々まで見回すけれど、その姿は何処にも無くて。

「何処へ……行きましたの……?」

「何処へも行ってないよ」

「ーーーーっ!!」

 背後からかけられた声。振り向いた瞬間、両の手首を掴まれる。

「あっ……」

 そのまま背中を壁に押し付けられる。小さく漏れる、声。

「あ、ゴメン。痛かった?」

 謝る顔は、少しも悪びれていない。彩るのは、綺麗な蝶を捕まえて喜ぶ子供の笑み。

「貴女……!」

「どうしたの? マックイーン。やっぱり、ボクと遊びたかったの?」

 声を弾ませながら、トウカイテイオーの姿の彼女は言う。

「最初から……気付いて……!」

「尾行なんて真似、お嬢さまのキミには向いてないよ。それに……」

 耳に寄せられる口。くすぐる様に囁く。

「ボクが、マックイーンの気配に気づかない筈ないじゃん?」

「く……」

 何とか振り解こうとするが、しっかりと力の込められた手は離れない。

「駄目だよ。せっかく捕まえたんだもの。今度は逃がさないモンニ」

 クスクスと笑う。その顔も。声も。一寸違わず彼女のモノ。だから、尚更。

「わたくしを……どうするつもりです……?」

「マックイーンは、どうして欲しいの?」

 投げた問いは、別の問いで返される。

「良いよ、何でも言って。キミがして欲しいって言えば、どんな事でもしてあげるから。ああ、でも……」

 また、耳元で。

「放して、は駄目だけど」

 クスクス、クスクス。鈴音の様な声が、今は怖い。

「貴女に望む事などありません! 早く、お放しなさい!」

「もう、ソレは駄目って言ったじゃん。ホントに我儘なんだから。でも、そう言うトコも好きなんだよね」

 その声で愛でられる度に、意志に反して心が疼く。それが、悔しい。

 そんな反応を楽しみながら、思案する。

「ん〜。キミがして欲しい事無いって言うなら、ボクがお願いしようかしら?」

 途端、その目から消える稚気。

 異様な冷たさに、止まる抵抗。

 凍り付いたメジロマックイーンを舐める様に見つめながら、怖い程に真っ平らな声で。

 

「昨夜、イクノと何話してたのさ?」

 

 そう、問うた。

「ーーーーっ!?」

 今度こそ、紛れも無い恐怖が襲う。

「どうして……そんな事……?」

「どうしてって、そんなの決まってるじゃん。あの時、ボク聞いてたんだよ? キミ達の部屋の外で」

「な……!」

「当たり前だよね。ボクはトウカイテイオーなんだから。トウカイテイオーは、メジロマックイーンの事は何でも知ってなきゃいけないんだ。だから……」

 絶句するメジロマックイーンに、さらに迫って。

「だからさ、教えてよ。答えてよ。弁解してよ」

 冷たい声が、優しくねだる。

「ボクがこんなに好きなのに、そのキミは何でイクノなんかと一緒にいたの? 話してたの?」

 声は、出ない。

 乾いた喉が、動かない。

「言わないの? 言えないの? ボクに言えない様な事、してたの?」

 交わらない心。

 一方通行の、想い。

「それなら、イクノの方に行こうかな。とっちめて、思い知らせてやるんだ。ボクのマックイーンと仲良くしたら、どんな目に合うかって」

 その台詞が、一線を超えた。

 トウカイテイオーなら、決して至らない思考。

 彼女の姿で宣う事が、明確な侮蔑となる行為。

 本当の意味での、確信に。

「違う……」

 引きつれた喉が、力を絞る。

「貴女は、テイオーじゃ……ない……」

「ボクは、テイオーだよ」

「違います……テイオーは、貴女の様な……」

「ソレでもボクは、テイオーだ」

「違う!」

 身体が強く押され、壁に打ち付けられる。先よりも、意図的に。

 鈍い痛みに、息が詰まる。

 むせ込むメジロマックイーンに、彼女が密着する様に肉薄する。

「キミがどんなに違うって言ったって、今この世界にいるトウカイテイオーはボク一人なんだ」

 彼女の両手が、頬を挟んで顔を上げさせる。かち合う、視線。

「分かる? キミが……メジロマックイーンがトウカイテイオーを好きでいたいなら、キミはボクを好きになるしか無いんだ」

「いや……」

 顔を振り、触れる身体を押し退けようと。けれど、自分より小柄ない身体はびくともしない。

 思いやりも、優しさもなく。

 ただ屈服させようとする、暴意。

「ホントに、我儘なんだから」

 ほくそ笑んで、メジロマックイーンの顎を掴む。

「分からせて、あげる」

 呟いた口が、メジロマックイーンのソレに近づく。意図に気づいてもがくけど、無駄。

「大人しくしてね。良い子だから」

 互いにの吐息が混じり、重なり合おうとしたその時。

 

「何してんのかな? お二人さん」

 

 唐突に割り込んで来た声。彼女の動きが止まる。

「おいっすー」

 向けた視線の先には、二つの人影。

 ナイスネイチャとツインターボだった。

「……何? ネイチャ。ボク達、今イイトコなんだけど?」

「いやまぁ、確かにラブロマンスの最中に介入だなんて、ネイチャさんも野暮だな〜とは思うんですが」

 ツカツカと歩み寄り、彼女の前に立つ。

「どう見ても、マックイーンさんが乗り気じゃないんじゃありません?」

「……マックイーンはボクのだ。どうしようと、ボクの勝手でしょ?」

「うわ〜、断言しちゃったよ。お熱いね〜。でも……」

 手を伸ばし、彼女の頭をくしゃくしゃと撫ぜる。

「やっぱ、相手の気持ちそっちのけで突っ走るのは紳士としてどうかと思うよ? ネイチャさんとしては」

「余計な……」

「……これ以上やるなら、大好きな会長さんに言っちゃいますけど?」

 振り払おうとした手が、ピタリと止まる。

「分かった? 結構な事で」

 言って、手を放すナイスネイチャ。

「ゴメンね、マックイーン。後で、続きしよう」

 不機嫌そうに言い残し、ナイスネイチャの脇を通り過ぎる彼女。

 その行手には、ジッと見つめるツインターボの姿。

「……何さ、ツインターボ」

「……そうだ。ターボは、『ツインターボ』だ。ダブルターボとかじゃない」

 言って、また彼女を見つめる。

 酷く、悲しげな目で。

「お前は、間違わないんだな。テイオーじゃないテイオー」

「!」

 一瞬険しい顔でターボを睨むと、彼女はそのまま歩み去って行った。

「ぶはぁ〜、何アレ!? こっわぁ〜!!」

 彼女の姿が見えなくなるのを見計らって、ナイスネイチャは大きく息を吐いた。

「申し訳ありません……ネイチャさん……。助かりました……」

「いやいや、良いって。間に合って良かったよ〜」

 壁にもたれて震える身体をかき抱くメジロマックイーンと、此方も足をカタカタ震わせるナイスネイチャ。

 どちらも、いっぱいいっぱい。

「でも、どうして貴女方が……?」

「いやね、アタシらも話聞いたのさ。イクノから」

「イクノさんから……」

 脳裏に浮かぶ、イクノディクタスの笑顔。

「半信半疑で見てみりゃ、アレだよ。確かに、オカシーわ。ちょうど、別口からも頼まれたし……」

 話すナイスネイチャの手には、さっきコッソリ抜き取った『彼女』の髪の毛数本。

「アタシらカノープスも、協力するよ」

「……ネイチャさん……」

 挫けかけた心に、また熱が灯る。

 まだ、頑張れると。

「ソレにしても、何故この場所が分かったのですか?」

「あ〜、ソレはね……」

「教えてくれたんだ。『アイツじゃない、アイツ』が」

 疑問に答えたのは、『彼女』が過ぎ去った方向を睨んでいたツインターボ。

「アイツじゃない、アイツ……?」

「そう。アイツじゃない、アイツだ……」

 二色の瞳が、ただ真っ直ぐに彼女達を見据えていた。

 

 ◆

 

「良かった……」

 事が収まったのを確認して、彼女はゆっくりと踵を返す。

 彼女が何をしようとしてたかは、手にとる様に分かっていた。だって、同じ根源を持つモノだから。

 ソレでも、こんな真似をした理由はただ一つ。

 

 憧れの人が傷ついて。サトノダイヤモンドが、悲しむ様を見たくなかったから。

 

 そう。形は違えど、今の自分にとって彼女が唯一無二なのは同じ事。

「ダイヤちゃん……あたしは……」

 愛しい名を呟いて、キタサンブラックの姿をした彼女もまた、その場を後にした。

 

 ◆

 

 また、夜が近づいて来る。

 黄昏に染まって行く研究室の中、冷めたコーヒーを手に。

 マンハッタンカフェは無言で、机に向かう彼女の背を見つめていた。

 気のせいか、酷く小さくなってしまったその背中を。

 首の鎖が、またキリリと疼く。

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