鎖影の庭   作:土斑猫

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【夢幻旅程】

 意味を見つけた。

 意味が生まれた。

 虚ろで空っぽな、影の箱庭。

 此処に在るだけだった、空っぽのあたしに。

 貴女達が来てくれた。

 貴女達がいてくれた。

 貴女達が、与えてくれた。

 この喜び。

 この高揚。

 命の、焔。

 なら、あたしは殉じよう。

 全てを、貴女達の為に。

 

 どうですか?

「ああ……さっきまでより余程シャッキリしてる……」

「そうだね。ずっと頭に霧が掛かってるみたいだったのに。二人の顔も、ハッキリ分かる」

 ああ、良き良きです。では、行きましょう。

「何処に行くんだい?」

 取り敢えず、此処を離れます。『加護』が届くのはお二人が限界です。偶然でも他の方が重なってしまえば、切れてしまう。

「じゃあ、他の皆はどうするの?」

 他の方々は無理です。あくまで、お二人が特別なのです。

「アタシらが? どう言う事だい?」

 詳しい理屈は、後で説明します。今は、この人が多い区域を離れないと。

「…………」

「…………」

 信じて、いただけますか?

「……アンタの顔は、ハッキリ見えるね」

 は?

「そうだね。あっちのキミと、おんなじ顔」

 ええ?

「信じるよ」

 !

「その顔をした子は、大丈夫だから。皆を、大好きでいてくれる顔!」

 お二方……。

「伊達にお節介役はしてないよ。人を見る目は確かなつもりさ」

「うん。だから、ちゃんとこっちからお願いする。力を貸して。皆を助ける為に……って、ええ!? 何で泣いちゃうの!? 何か、間違っちゃった!?」

 いいえ。

 いいえ。

 何でもないのです。何でも。

 分かりました、お任せください。不詳あたし、必ずやお力になります。

 行きましょう!

「アイ・コピー!」

「ああ、皆でタイマンと洒落込もうじゃないか!」

「あれ? 皆だとタイマンって言わないんじゃない?」

「あ、ソレもそうだね」

 

 笑う顔。

 聞きたかった言葉。

 聞きたかった声。

 会いたかった。 

 見たかった。

 遠くでも。

 叶わなくても。

 でも、それが。

 満たされる。

 力が満ちる。

 意味が、宿る。

 あたしの、命。

 だから。

 お返しするのです。

 全てをくれた、貴女達に。

 あたしの、全てを持って。

 愛しい。

 尊い。

 代え難い。

 大事な。

 大事な。

 あたしの、推し。

 

 ◆

 

 口に含んだ黒の液香。

 砂糖もミルクも入れてないソレは、当然の様に苦いのだけど。

 その苦さは妙に厚みが無くて。

 酷くあっさりと、喉の奥へ流れて消えた。

「格好良い」

 卓の向こう側で頬杖をつく彼女が、うっとりした声で。

「……何が?」

 空になったカップを置きながら、ウオッカは気の抜けた声で訊き返す。

「ブラック、飲める様になったのね。ますます、素敵になったわ。ねえ……」

ーーアタシの、ウオッカーー。

 囁きかける声は色付いて、甘い。けれど、その甘さは何処か違くて。

「……なぁ、スカーレット……」

「なぁに?」

 薄く棚引く霧。その向こうで笑う彼女ーーダイワスカーレットの顔を見つめる。

 良く知ってる顔。

 口には出さないけれど、見るだけで元気が出る笑顔。

 けど。

 今のソレは。

「お前、そんなキャラだっけ……?」

 流れる、キョトンとした空気。そして、面白そうに笑い出す。

「やだ、何言ってるのよ? ウオッカったら」

 ギシリと軋む音。卓の上に上がったスカーレット。そのまま、這って此方へ。

 竦んだ様に動かないウオッカに、顔を寄せる。

「アタシは、スカーレットよ」

 触れる鼻先。混じる、呼気。

「アンタの……ウオッカの、ダイワスカーレット」

 耳をくすぐる声も。嗅ぎ慣れたシャンプーの香りも。確かに。

「ほら、ようく見て」

 誘う様な笑顔。

 心が疼く。

 でも、何故だろう。

「……見えないんだ……」

 顔も。

 笑顔も。

 見えるけど。

 見えない。

 流れる霧が、ヴェールの様に。

「ソレはね」

 霧の向こうで。

「アンタが、まだ『馴染んで』いないから。アタシだけを見て、いないから」

 スルリと伸びて来た腕が、首に絡まる。

「でも、大丈夫よ。そんなの、すぐに問題じゃなくなる」

 彼女の胸に、抱き締められる。強く。流れる術も無い程に。

「アタシを愛して。アタシに委ねて。難しくないでしょう? だって……」

 

ーーアンタはずっとそうして。ずっとそうしたかったんだからーー。

 

 そうだろうか。

 そうだっけ。

 

「溶かしてあげるわ。アタシが、全部。離れたいとか、帰りたいとか。全然、思えなくなる様に」

 

 霧が満ちる。

 虚ろで甘い、霧の影。

 

「アンタは……アタシのモノ……」

 

 甘美な囁きの果て。

 思考も自我も。

 霧に沈んで。

 

「大好きよ……」

 

 ◆

 

「声が聞こえる……。いっぱい、彼方此方から」

 気をつけてください。近づき過ぎると、お二人もまた囚われてしまいます。

「アタシら以外にも、こんなに連れて来られてたのかい……。一体、どう言うつもりなんだ?」

 皆さんは、『礎』なのです。

「いしずえ?」

 はい。この世界を……箱庭を、『中央トレセン学園』と言う概念に固定する為の礎なのです。

「どう言う事なの?』

 最初にあるのは、空っぽです。何の彩も、形も無い。箱庭の器だけ。其れをトレセンの形に整える為の装飾品。それが、生徒である皆さんなのです。

「……つまり何かい? アタシらは壁に塗るペンキ代わりって訳かい?」

 ……すいません……。

「アンタが謝る事じゃないさ。にしても腹が立つね、プーカって奴は。タイマンとまでは行けなくても、せめてケジメはつけさせないと」

「……そう言えばさ、そのプーカちゃんってキミのお母さんみたいなモノだよね? 良いの? コレ、バレたら怒られちゃうんじゃ……」

 ……ソレは、無いですね。

「どうして?」

 あたし達も、同じだからです。貴女達を、自分の作った器から剥がれない様にする定着剤。あの方にとっては、ただの資材。怒るとか何とか、そんな対象にはならないんです。

「……そっか」

 ……ありがとうございます……。

「? 何が??」

 さて、何でしょうね?

 

 そう思って貰える事が、ただ嬉しい。

 

 ◆

 

「……此れが、学園を舐める様に探索していた理由……」

 部屋の窓から見える景色に、マンハッタンカフェは確かな理解を得た。

 窓の先に広がる世界は、一面の霧に覆われて。その向こうに浮かぶ影のシルエットは、確かに中央トレセン学園の校舎そのもの。恐らくは、他の施設も。振り返り自身がいる部屋を見る。

 ソレもまた、見慣れた光景。

 自分の寮室。

 基の造りから家具の配置、私物に至るまで。最後に部屋を出た時と寸分違わず、同じ。

 違うのは、染み付いている筈の生活の匂いが無い事。そして、ルームメイトのユキノビジンがいない事。

 彼女は、無事だろうか。

 そんな事を思いながら、部屋の戸へと向かう。ドアノブを掴んで回すが、戸は開かない。鍵が掛かっているとか、そう言った物理的な手応えではなく。だから、頑張るだけ無駄だとすぐに悟った。

 改めて、周囲と窓の外を確認する。

 何もかもが同じだけど、明らかに違う世界。そう、此れは取り替えっ子された生徒達と同じ。

 トレセン学園の『そっくりさん』。

 大規模な学園施設の全てを複製する力に、素直に感服する。アグネスタキオンの心さえ挫きかけた神秘のソレは、正しく怖い。

 けれど、其れに穴を開けるのが自分の役目。

 でなければ、ある意味裏切ってしまったタキオンに合わせる顔が無い。

 とは言え。

「……どうした、モノか……」

 問題は、現状自分が完全に囚われの身である事。

 先にも言った様に、戸は開かない。当に試したが、窓も然り。

 

 ーー悪い子は、仕舞っちゃおうーー。

 

 此れがあの言葉の意味かと、今更の様に気づく。

 正しく、籠の鳥。

 このまま果てるまで? とも思ったが、時間が経つに連れてソレも怪しくなる。

(かなりの時間が経つけれど……)

 起こるべき体調の変化が現れない。

 喉も渇かなければ、空腹も感じない。睡魔さえも襲って来ない。

 左胸に手を当てる。

 心臓すら、鼓動を刻む事を止めていた。

 けれど、自分は生きている。確かに。

 心臓の鼓動は、生命のカウントダウンと聞いた事がある。

 心臓を持つあらゆる生物が、生涯に打つ鼓動の数は決まっているらしい。定数分の鼓動が打たれた時、生物の生涯は閉じる。

 そのカウントダウンが刻まれない。

 と言う事は。

(命の消費が……時間が、止まっている……?)

 窓の外を見る。ずっと変わらない景色。満ちる霧は消えず、夜色の空も白まない。

 此れもまた、時間が動いてない証左。

 その結論に至って、今度こそ背筋が。

「ーーーーっ!!」

 思わず、目の前の戸を殴りつけた。

 びくともしない。ウマ娘の力を持ってしても。

 返す手で靴を掴み、窓に向かって投げ付ける。ただの硝子の筈のソレは、乾いた音と共に靴を弾く。

 ひびの一つも、入らないまま。

 時間の流れが無い世界。モノの破損も、状態の変化。時間経過の産物と考えるならば。

 この世界では、あらゆるモノは変わらない。

 壊れない。

 万物に、『終わり』が無い。

 その世界にいる、自分も同じ。

 壊れない。

 病まない。

 老いすら、無い。

 生き続けるのだ。この閉鎖された籠の中で。

 たった一人で。

 狂う事も。

 自死する事も叶わず。

 

 え い え ん に 。

 

 再び襲う悪寒。フラフラと、ベッドに座り込む。

 かき抱く身体が冷たい。震えが、止まらない。

 怖い。

 人知を超えた理。

 手を出すべきではない領域たるを、今更に。

 畏怖。

 本能が、忌避する。

 怖い。

 怖い。

 ただ、怖い。

 飽和しかけた感情が、逃避を。

 脳が、思考の放棄を。

 けれど。

 

(カフェ、君は私に勝ちたいのだろう?)

 

 脳裏に響いたのは、いつかの会話。

 あの人の、声。

 

(なら、どんな時でも思考の放棄はしない事をお勧めするよ。思考は言わば知性と理性の鍛錬だ。どんなに肉体や体力が優れても、知性が無ければ有効に活用出来ない。理性が無ければ、制御出来ずに短命に終わる。逆に、身体能力に劣っても理性的に知性を繰ればある程度のカバーは叶う。物理に縛られる肉体に比べて、思考は文字通り無限の可能性を持つ。思考を続けたまえ。如何に抗い難い困難であっても、思考する限り確率は変動を続けるのだから)

 

 浮かぶのは、得意そうなドヤ顔。

 いつもの戯言と、適当に聞き流していたのだけれど。

「……ホントに、嫌な人……」

 クスリと笑って、立ち上がる。

「……諦めさせても、くれないんですね……。タキオンさん……」

 口する名前は、気つけ代わり。そう。その卓越した思考の繰り方は、共にいた自分が誰よりも。

 一人ではない。彼女の力は、正しく共にある。

 大きく、深呼吸。脳に酸素を送る行為が、この世界において意味があるのかは分からない。それでも、常時に則した行為は其れ自体が精神の安定を促す。

 多少でも心が凪いだ事を確認して、再び思考を巡らせる。

 自分がどんなに足掻いても、この部屋から出る事は叶わない。

 無駄と分かっている事を繰り返した所で、精神が疲弊するだけ。

 こんな時、タキオンならばどうするだろう。

 

(私のライフワークは、ウマ娘の可能性を知る事だ)

 

 聞こえる、声。

 

(諦める予定は無い。AとB、二つのプランを用意しているのはその為だ。例え片方が潰えても、視点の異なるもう片方が異なるアプローチを持って辿り着く。一本の道がダメなら、その障害を迂回する道を作る訳だ。何? 二本共ダメだったらどうするのかって? 愚問だなぁ。それなら、また新しいプランを練るだけさ。幾つでもね)

 

 そう。一つの方法がダメならば、別角度からの視点を。アプローチを。

 戸も窓も開かず、壊す事も出来ない部屋。

 内側からは、打てる手は無い。

 では、どうするか。

 内側が駄目なら、外側は?

 普通に考えれば、防犯上の観点からしても開閉の権利は内側にあるべき。けれど、この密室が此方の理屈で成り立っていない事は確認済み。

 逆に考えれば、こちらの理屈で駄目となる理由も此処では通らない。

 干渉の方向を変えただけで、結果が変わる可能性は十分にある。

 ただ、今度はどうやって外側から干渉するかで。

 其れが出来るなら外に出れてると言う訳だから、そもそも苦労が無い。

 何か、手は。

 悩む脳裏に、また彼女の声。

 

(しかしねぇ、そう簡単にダメになるとか言わないで欲しいな。プランAの検体は私自身だが、プランBの検体は君だぞ? 私自身はどうとでも出来るが、君に何かあるのは真面目に困る。善意のモルモ……協力者と言うのは貴重なモノだからね。ん? 当たり前だろう? 一人の力で成すのは確かに偉業だが、そんな事が叶う者は極々僅かだ。協力者が多ければ多い程、不可能は可能に近づく。情けない事でもなければ、恥ずべき事でも無い。古来から人もウマ娘(我々)も、そうやって生存競争を生きる抜いて来たのだから)

 

「誰かの、手を……」

 しかし、誰が助けてくれると言うのか。此処は彼方とは異なる世界。手を貸してくれる者など……。

「ーー!」

 気づいた。

 いる。

 此処は、TYPE・Uの世界。彼女の、所有物の在処。

 なら、彼女が手に入れたモノは此処に。

 取り替えっ子された、生徒達。

 彼女達も、此処にいる筈。

 自分が此処にいる事が、何よりの証拠。

 窓に駆け寄り、下を見る。霧の向こう、薄っすらと見える道。人の気は無い。

 取り込まれた他の生徒達が、どんな状況にあるかは分からない。

 けれど、自分の様に閉じ込められている可能性は低い。TYPE・Uの言い様から察するに、明らかに自分は悪い意味での特別扱い。

 なら、この世界においての行動の自由は許されている可能性は十分にある。

 

(ある程度の可能性があるなら、突っ走って見るのも一興さ。失敗に怯えて、届くかもしれない成果を逃すのもつまらないだろう?)

 

「……貴女ほど、無鉄砲にはなれませんが……」

 この世界の何処かに居る仲間達。

 どうやって伝える?

 携帯は圏外で役に立たない。当たり前だろう。此処に、電波なんて届く筈も無い。

「……何か、方法は……」

 贅沢は言えない。どんなに僅かでも良い。外部に、自分の存在を知らせる手段。

「!」

 ふと、思い付いた。

 手の甲で、窓を叩く。音が鳴った。当たり前の様に。けど、その当たり前が可能性の欠片。

 頷いて、叩き続ける。

 静寂の中、音はより大きく響く。

 ただ叩くのではなく。自分が此処に居ると言う、確かなメッセージを。

 付けるリズム。メロディー。

 皆なら。

 共に日々を駆けた仲間達なら。

 必ず聞こえる。

 気づく。

 届いて、くれる。

 例え此処が、人世の理が届かない宵闇だとしても。

 皆がこの歌で繋いだ想いだけは、必ず。

 ありったけの願いを込めて。

 かの歌が、停滞だけの常世に響く。

 

 ◆

 

「あれ?」

 どうしました?

「何か、聞こえない?」

 え……? あたしには、何も……。

「……いや、アタシにも聞こえる。硝子を叩く音……? 何か、リズムになってないかい?」

 リズム……?

「……ねえ、コレ。『ユメヲカケル!』じゃない?」

 え……?

「そうだ……! 『ユメヲカケル!』のリズムだよ!!」

 ……!

「誰かいるんだ! 誰か、正気な子が!」

「行こう!」

「うん!」

 待って!

「……どうして?」

 言ったじゃないですか!? お二人の加護は、お二人分を合わせて漸く効果を発揮出来てるんです! これ以上負担を増やしたら、効果が薄れてまた二人とも箱庭に囚われてしまいます!!

「ーーーー!」

「…………」

 だから、お気持ちは分かりますが……。

「……ダメ……」

 え……?

「ダメ。放っとくなんて、無理!」

 でも……。

「ゴメンよ。コレばっかりは、譲れないんだ」

 ーー!

「コレは、この歌は。挫けそうになった時、皆で歌うモノだから!」

「誰かが歌ってたら、一緒に歌う。一緒に走る。一緒に、乗り越える。アタシ達の、約束の証だ」

「だから、行かなきゃいけないの」

「心配してくれて、ありがとう。此処からは、アタシ達の自己責任さ」

「助けてくれて、ありがとう! 元気でね!」

 あ……。

「聞こえてくるの、美浦寮の方だよね!?」

「ああ、急ぐよ」

 

 遠ざかって行く背中を、ジッと見つめて。

 もう一度だけ、耳を澄ますけど。

「……やっぱり、聞こえないですね……」

 当然の話。

 自分は。自分達は、完結した物語。閉鎖した可能性。その、具現。

 友と誓い。明日を見つめ。希望と共に進む歌。

 聞こえる筈も、歌える道理も有りはしない。

 夢を駆ける翼も術も。端から持っていないのだから。

「……ねえ、皆さん……」

 漏れる苦笑は、自分に向けてか。それとも。

「やっぱりあたし達は、違うんだと思いますよ……?」

 今も彼方で足掻く、哀れで滑稽な同胞へか。

 でも。

 零れた雫を、グイと拭って。

「待ってくださ〜い」

 例え飛べない地鼠であっても。

 飛び行く鳥を追うくらいは。

「置いてかないで〜」

 だから、聞こえないあたしにせめても泡沫を。

 尊く愛しい。

 あたしの推し達。

 あたしの、光。

 

 ◆

 

「く……」

 痛みの走った手を掴み、カフェは小さく呻いた。

 硬い硝子を叩き続けた手は皮が剥け、血が滲んでる。

 それでも、止める訳にはいかない。

 届くまで。

 例え、あえかな可能性でも。

 あの人との約束を、守る為に。

 傷を舐め、また続けようと手を伸ばしたその時。

 戸を叩く音が、聞こえた。

「!」

「おーい、誰かいるのかい?」

 振り返ると同時に、呼びかけてくる声。

「はい、います! 中に!」

「その声……カフェかい!?」

 返ってきた声。覚えのある呼び方。確信する。

「アマゾンさん……ヒシアマゾンさんですね!?」

「そうだよ! アンタも、連れて来られてたのかい!?」

「は……はい……」

 些か、事情は違うが。

「カフェさん!? マヤもいるよ!」

「マヤノさん……」

 マヤノトップガンの声も聞こえる。

 届いてくれた。確かに。

 一人じゃないと言う確信が、疲れ果てていた心にもう一度火を灯す。

「どうしたの!? ひょっとして、出れないの!?」

 かけられた問いに、頷く。

「はい。中からは、どうしても……。外側(そちら)からは、どうですか?」

「ちょっと待ってね! えっ……と……。ダメだ、ノブが回んない!」

「マヤノ、カフェ! ちょっと退いてな!」

 ヒシアマゾンの声。下がると同時に。

「テェイ!!」

 掛け声と共に、戸に走る衝撃。

 けれど。

「くそっ! ダメだ!!」

「どうしよう……」

 向こうから聞こえる、悔しげな声。

 やはりダメか、と思ったその時。

「大丈夫です」

 聞こえた声に、ハッとした。

「あたしが、開けれます」

「え? でも……」

「アタシの全力蹴りでも壊れなかったんだよ?」

 会話する声。

 間違い無い。この声は。

「それは、お二人が彼方の方だから。あたしは、此方のモノです」

 少し、寂しそうな。

「そう言う、モノなんです」

 言葉と共に、ノブが回った。当たり前の様に。

 そして、小さな軋みと共に。

 戸が開いた。

「カフェさーん!」

「ゲフッ!?」

 飛び込んで来たマヤノに鳩尾に抱き付かれ、勢いのままひっくり返った。

「ああ、本物のカフェなんだね」

 仰いだ視界に、微笑むヒシアマゾンの顔。

「分かり……ますか……?」

「分かるよ」

 伸びて来た手が、頬を撫でる。

「あの歌が、何よりの証拠じゃないか」

「アマゾンさん……」

 腕の中のマヤノを抱き締めながら、しばし懐かしい温かさにしばし安らぐ。

「驚きなのです……」

 聞こえた声に、身を起こす。

「カフェしゃん……貴女が、来ていたなんて……」

 見つめてくる、驚きと感激に潤む瞳。

 余りに見慣れた。けれど、余りに意外な姿に目を細める。

「……私も、驚きました……」

 返す声には、猜疑の色。

「……貴女は、取り替えられてはいなかった……。なら、此処に在る貴女は……」

「はい、お考えの通りです……」

 嬉しさと、寂しさが混じった答え。

「……では、やはり……」

「はい」

 誤魔化しも、はぐらかしも無かった。

「あたしは『デジタル』。『アグネスデジタル』。でも……」

 そんな裏切りだけは、絶対にしたくなかったから。

「貴女の……マンハッタンカフェの知らない、デジタルなのです……」

 そう言って、そっくりさんの彼女は儚く笑った。

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