鎖影の庭   作:土斑猫

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【キミの願い。私の答え】

 私は影。

 私は空蝉。

 紛い物。

 鎖と影で編み込まれただけの。

 ガラクタ。

 何でも無い。

 誰でも無い。

 だから。

 キミを。

 この箱庭に放り込まれたキミを。

 捕まえようと。

 堕とそうと。

 縛ってしまおうと思った。

 この空っぽの中身を、せめてキミをおしゃぶりにして誤魔化そう。

 永遠に、この地獄の中で。

 そう思って、キミを。

 なのに、キミは。

 

「どうしたの?」

 急にキョロキョロした私を見て、キミは訊いた。

 ちょっとだけ、零れた寂しさ。

 ソレを、感じ取って。

 心配そうに。

 本当に、心配そうに。

「何か、あった?」

 今の私は、何でもない。

 サトノダイヤモンドでも。

 スイープトウショウでもない。

 何でも無い私は、その顔だって分からないのに。

「大丈夫……?」

 ここに在る。

 それだけで。

 キミは私を認めてくれた。

「触っちゃ、ダメ」

「あ、ごめん。嫌、だった?」

 触れようとして、咎められて。

 不躾をしたと、申し訳なさそうに。

 そんな事、無いよ。

 本当は、触れて欲しい。

 触れて、私をキミが大好きなあの娘にして欲しい。

 けど。

「そんな事無い。でも、ダメ。私は、私としてキミの前に居たい」

 そう。

 私は。

 もう、誰かにはなりたく無い。

 そっくりさんでなんて、愛されたくない。

 だから。

「道がね、開いたかも」

「道?」

 だから私は、キミを送る。

「誰かが来たよ。道を開ける、船頭が。漕ぎ手も一緒。行って。キミが加われば、きっと門に手が届く」

 

ーー帰れるよーー。

 

 喉につまりそうになった、言の葉。

 何とか、絞り出して。

 行って欲しく無いよ。

 此処に居て欲しい。

 でも、ソレはもう私が欲しいモノでは無くて。

 何より、キミが望む事では無くて。

 そして、気づいた。

 

 ああ。

 今の私は、こうやって誰かを思いやる事が出来るのだと。

 

 気がつくと、目の前に手が。

 キミの、手が。

「一緒に、行こうよ」

 キミは言う。

 一片の迷いも。

 偽善も。

 優越感すら無い声で。

「一人じゃ、寂しいでしょ? 一緒に、行こう?」

 ーー怖いなら、あたしが護るからーー。

 ーー悲しいなら、皆で歌おうーー。

 あはは。

 優しいね。

 優しくて、残酷だよ。

 恨み言すら、言えないよ。

「駄目。触れたら、私は私で居られなくなる」

「大丈夫だよ」

 ハッキリと、言う。

「あたしには分かるから。キミはキミ。他の誰かになんてならないし、他の誰かもなれやしないよ」

 私を私と。

 たった一人の私と認めてくれる。

 だから。だからこそ。

「行って」

「…………」

「大丈夫、キミが心配する理由じゃないから。今の私じゃ、とてもあの娘達に敵わないの。だから、時間をちょうだい」

 私は、キミが欲しい。

 仮初めの存在証明なんかじゃ無くて。

 私が。私としてキミを欲しい。

 でも、今のままじゃ。

 キミの隣りで、あの娘達と並ぶ事すら出来ゃしない。

 だから、今は。

「ね、お願い」

「……うん」

 心配そうに。

 なら。

 それなら。

「……勇気を、貰って良い?」

「勇気?」

「そう、私として立って。私として進んで。いつか、私としてキミの隣りに辿り着く。その為の、勇気。良いかな?」

 優しく、微笑む顔。

「分かった。どうすれば、良いの?」

「手を……貸して」

 驚いた顔。

 無理も無い。ついさっき、拒んだ行為。

 でも、今はもう怖くない。

 恐る恐る差し出された手を、やっぱり恐る恐る取る。

 何も、無い。

 起こらない。

 サトノダイヤモンドにも。

 スイープトウショウにも成らない。

 私は、私。

 私自身のまま。

「ありがとう……」

 今の私が持てる、全ての想いを乗せて。

 キミの手の甲にキスをした。

 ビックリしてるキミに、もう仮初めじゃない微笑みを。

「さあ、行って。キミの世界へ。あの可能性の中で、あの娘達と」

「……うん!」

 踵を返して走り出すキミ。その先に見えるのは、新緑の芝の道。

 ターフ。

 キミの場所。キミ達の生きる世界。終わりの無い、可能性の具現。

 私も、いつか。

 サラサラと音がする。

 影と鎖で編み込まれた身体。

 示された形を否定されて、解れ出した。

 消える。

 でも、終わりじゃない。

 閉鎖された可能性の籠。

 此れを破って、私は行く。

 必ず。

 キタサンブラック。

 私に心をくれた、キミの側へ。

 

 ゆっくりと崩れながら、彼女は願う。

 あの子が、大事なキミに託した御守り。

 ソレが、どうかキミを導く様にと。

 

「……次は、負けないよ……◯◯さん……」

 

 最後の欠片が霧に溶け。

 影の箱庭。

 ひび割れ、一つ。

 

 ◆

 

「……『氣』が、動いた……」

 少し大きめの耳を動かし、ソレを感じる。

 手にした遁甲盤。回る神秘。五行の理。数多の気の導を読み解いて。

「留まらず、対流している。これならば……」

 人智は神秘に及ばざれど。

 決して屈し平するばかりにあらず。

 かの猛威、受けて利するも其が智の極み。

「待っていて、キタちゃん。必ず、助けるから」

 己が持てる風水の術。その全てを持って。

 足元の暗がり。微かに、けれど確かに感じる陰の氣影。

 凛と見つめ、少女は更なる道を読む。

 

 ◆

 

 深夜。文字通り、草木の呼気も絶える頃。

 真っ暗な校庭。誰も居ない筈の夜闇の中。

 走る音。

 気配。

 乱れた、吐息。

「……まだ、やってたんだ」

 不意に聞こえた声と、光。誰のモノかをすぐに察し、キタサンブラックの姿をした彼女は確かな高揚と共に振り向いた。

「こんな時間になっても、帰って来ないから……」

「心配、してくれたの?」

 酷く嬉しそうな彼女に、サトノダイヤモンドはスマホのライトの中で目を逸らす。

「そんなんじゃないわ……。居ない事、分かられたらフジさんに怒られるから……」

 言いながら、持ってきたタオルとドリンクを渡す。

「ありがとう、ダイヤちゃん。でも、今のフジさんは怒らないと思うなぁ……」

 クスリと呟いた言葉に、苛立つ。

「……兎に角、もう帰って。シャワー、使える様にしておくから」

「うん。もう少しだけ、やってから……」

「……どんなに一生懸命やったって、駄目だから」

 口走った言葉は、苛立ちの勢いで。でも、彼女は動じない。確かに、聞こえた筈なのに。

 この間までは、拒絶すれば容易に揺らいでいた。根を張れない、苗木の様に。

 けれど、今は何かが違う。

 その何かに言い様も無い不安を覚えて、ダイヤは言葉を続けた。

「キミは、キタちゃんじゃない」

 彼女が、ダイヤを見る。

 悲しげな眼差し。大好きな人の顔。少しだけ、胸が痛むけど。それでも、譲る事なんて出来はしない。

「どんなに頑張ったって、駄目。私は、キミをキタちゃんとは認めないから」

 一気に吐き出したダイヤを、ちょっとだけ見つめて。

「そうだね。分かってる」

 アッサリと、そう言った。

 いつかの執着からは予想出来なくて、ダイヤが驚く程に。

「分かったんだ。今キミの中にいるキタサンブラックは、『アイツ』だけ。どう頑張ったって、アイツはアイツ。あたしには、なれない。ソレに……」

 貰ったドリンクを、大事そうに飲む。

「アイツの代用品なんて、あたしが嫌だ」

 言い切った。ハッキリと。

「確かに、あたしはアイツの対価として置いて行かれた。アイツの居場所を埋めて、この世界が歪まない様に。代わりのつっかえ棒さ。だから、アタシはキタサンブラックであろうとした。キタサンブラックの型通りに、隙間を埋めようとした。だから、キミを。サトノダイヤモンドを手に入れようとした。ソレが、キタサンブラックの条件だったから。アタシが、正しいキタサンブラックである為に。でも……」

 言葉が止まる。

 まるで、躊躇う様に。

 その顔を、ダイヤは見た。

 真剣な顔。

 真摯な顔。

 大事な想いを、決して違える戯言にしないよう。

 青い実が、懸命に紅く染まろうと。

 気づけば、心臓がドキドキしていた。

 戸惑って。

 収めようとしたけれど。

 ソレは、どうしようもない程に。

 そんなダイヤの前で、彼女がドリンクを一気に煽る。

 まるで、臆病な躊躇いを飲み下す様に。

 プハッと大きく息を吐いて、グイッと口元を拭う。

 上げる顔。確かな意志の宿る瞳が、真っ直ぐに。

「そんなハリボテの理由、嫌だ!!」

「!」

「キミが……サトノダイヤモンドが好き……」

 心臓が跳ねた。

 ソレはまだ未熟なダイヤでも分かるほど、確かな真実の言の葉。

「……キミを傷つけてしまったあの夜に、何かが変わったんだ。キタサンブラックの部品としてじゃない。アタシは、アタシとしてキミが好きで……」

 躊躇う様に、言葉を区切って。

 迷って。

 ソレでも、この娘にだけは。

 嘘は吐きたく無かったから。

「キミに……アタシを好きになって欲しい……」

 息を呑む。

 生まれて初めて。

 真正面から叩き付けられた想い。告白。

 心臓が跳ね回る。胸が、弾けそう。

 呼吸が、苦しい。気管に満ちる、熱さ。

 答えなんて、決まっている。

 決まっているのに。

 口にするのが、痛くて。

 怖くて。

 けれど。

「……駄目……」

 はぐらかすのは、罪深い事と分かってしまったから。

 そして。

「……分かってる」

 彼女もまた、手折れはしない。

「だから、アタシは0から始める。アイツの底上げなんかに、頼らない。アタシ自身で、アイツを超えて……」

 最後の誓いは、ただ強く。

 

「キミに、『好き』だって言わせて見せる」

 

「…………!」

 絶句するダイヤに、クスリと微笑んで。

「アタシは、Fetch(そっくりさん)。悪い妖精が作った、空っぽの木偶人形。でも、その空っぽにキミが……サトノダイヤモンドが『意味』をくれた。アタシの、女神様。諦めない。絶対の絶対」

「…………」

 熱い吐露。確かな、想い。

 この間の様な、ただ手に入れようとするだけの荒びはもう無くて。

「アタシは、アイツみたいに他の誰かを見たりしない。キミだけを、見続ける」

「キタちゃんは、そんなんじゃ……」

「でも、キミは泣いてた!」

 なけなしの反論も、あっさりと。

 彼女は知っている。キタの事も。ダイヤの事も。

 全部。

 全部。

 確かに揺さぶられるのは、自分の罪の証明。

「アタシは、キタサンブラック(アイツ)を超える。ソレが、キミの隣りに立つ資格だから。でも、アイツはもう居ない。だから……」

 見つめる瞳の色が変わった。

 燃える炎。

 猛き、闘志の輝き。

「ダイヤちゃん。アタシと、レースで勝負して」

「……え?」

 思いもしない提案。戸惑うダイヤに向かって、彼女は続ける。

「キミは、キタサンブラックのライバルだ。キミの強さは、アタシの中のアイツの記録が覚えてる。キミに勝てたら、アタシは胸を張ってキタサンブラック(アイツ)を超えたって言える……キミを、守るって言える」

 絶句するダイヤに向かって、手を差し伸べる。

「だから、チャンスが欲しい。一回で良い。キミに、手を伸ばせるチャンスが」

 決して、押しつけはしない。

 ただ、選択を。

「ダイヤちゃん、お願い……」

 純粋で。

 真摯で。

 誠実で。

 そして、熱い。

「ーーーーっ!」

 限界だった。

 このままでは。

 自分は。

「ごめんなさい……」

 後退りしながら、ダイヤは苦しく息を吐く。

「考え、させて……。少しで、良いから……!」

 絞り出した言の葉を置き去りに、踵を返して走り出す。

 まるで、逃げ出すかの様に。

「良いよ。大丈夫」

 声が、聞こえる。

 不満も。

 責める響きも無い。

「待ってるから。ずっと、ずっと!」

 澄んだ真水を嫌う蚊蜻蛉の様に。

 ただ、ダイヤは逃げる。

 己の弱さと不誠実さ。

 木偶はどっちだと、嫌悪しながら。

「……ありがとう、ダイヤちゃん……」

 遠ざかる背に、謝意を贈る。

「呼んでくれたね。『貴女』じゃなくて、『キミ』って。アタシの事……」

 ソレが、少しでも縮んだ証と信じて。

 渡されたタオルに、頬を寄せる。

 ほんの微か。愛しい熱と、香りの残滓。

 

 ◆

 

「ハア……ハア……」

 無我夢中で走って。

 逃げて。

 気がつけば、校舎裏の植木の下。木の幹にもたれ、乱れた息を収める。

 鼓動が落ち着くにつれ、増して来るのは嫌悪。

 あの眼差しに、真正面から答えられなかった己の卑小さ。

「キタちゃん……最低だよね……。私って……」

 こんな時、いつも側に居てくれた彼女。

 今はいない、彼女。

 その笑顔を想起し。

 こんな時にまで甘えたいと思ってしまう自身に、また。

「自覚は、あるのね」

「!」

 聞こえた冷ややかな声に、ビクリと視線を向ける。

 暗がりから出て来たのは、大きな魔女帽子を被った小柄な少女。

「スイープさん……」

「何よ。お化けでも見たみたいな顔して」

 今は、一番会いたくない相手。強張るダイヤを睨み付けながら、スイープトウショウはツカツカと歩み寄る。

 険しい顔。

 怒ってる。

 当然だ。

 思わず逃げようとして。

 やめた。

 必死に、抗った。

 また逃げてしまったら。

 今度こそ、失う気がした。

 キタの隣りにいる資格も。

 彼女の想いに応える勇気も。

「……逃げないのね」

 間近に寄ったスイープが見上げる。小さな身体。でも、強い圧。

「どう言うつもりなの?」

 問い掛ける。

「さっきの、見てたわ」

 いつの間にと言う思いと共に、当然とも思う。

 だって、この娘も。

「アイツは、ニセモノよ」

 ハッキリと、言う。

「キタサンの場所を、奪ってる」

 そうだ。

「アイツがいたら、キタサンは帰って来れない」

 そうなのだ。

 世界と言う舞台に、キタサンブラックと言う存在の役は一つだけ。

 あの娘はキタを超えると言ったけど。代役は嫌だと言ったけど。

 きっとソレは叶わない。

 あの娘は、キタサンブラックの代役として生み出された。ソレ以外の居場所は無い。

 社会的にも。

 概念的にも。

 だけど。

 それでも、あの娘は言った。

 その閉鎖された可能性の中で。

 足掻いて見せる。

 抗って見せると。

 その姿は、健気で。

 尊くて。

 愚直に過ぎて。

 思ってしまった。

 同じと。

 未来を求めて。

 希望を信じて。

 懸命に、微かな可能性をこじ開けて進もうとする。

 ウマ娘(自分達)と。

 今の彼女を否定するのは、自分達を否定すると同義なのではないかと。

 だから。

 私は。

「駄目よ!」

 悲鳴の様な叫びに、我に帰る。

 睨み付ける、スイープの顔。

「駄目! 絶対に駄目!! 正気に返りなさい!!」

 ドンと言う衝撃。体当たりする様に縋り付いてきた彼女が、見上げる。

「何で!? 何で迷ってるのよ!? アイツはキタサンじゃなくて、アイツが居たらキタサンは帰って来れないの!! 言ったでしょ!? 分かってるでしょ!? なのに、何で!? 何で迷うのよ!?」

 分かってる。

 分かってるのだ。

 なのに、何で。

「答えなさい!」

 何で。

「答えて!!」

 何で。

「答えろ!! サトノダイヤモンド!!」

 私は。

「何で……何でよ……?」

 黙り込むだけのダイヤ。その胸に顔を埋め、スイープは呻く。

「何で……決められないの……? アンタにとって、キタサンはそんなにどうでも良い奴だったの……?」

 答える言葉は見つからないけど。

「……違う……」

 ソレは。

「違うよ……」

 ソレだけは。

「キタちゃんは……キタちゃんは……」

 震える手で、小さなスイープを抱き締める。

「私は……キタちゃんを……」

 そのまま、一緒に崩れ落ちて。

 同じ人を。

 同じ様に想う二人は。

 同じ様に抱き合って。

 同じ様に。

 少しだけ、泣いた。

 

 ◆

 

「ねえ……」

「……何?」

 泣き疲れの気怠さ。ダイヤの膝に委ねたスイープが、呟く様に。

「アタシ?」

「……え?」

「アタシの、せい?」

「何が……?」

「アタシが、アンタとキタサンの間に入っちゃったから? だから、迷ってるの?」

「!」

 制しようとした身体は言う事を聞かず。

 ビクリと強張った鼓動に、スイープは苦笑する。

「ウソへった……」

「わ、私は……」

「見透けた誤魔化しとかしたら、一生ケーキが里芋の味になる魔法かけるわよ」

「ひぇ!?」

 別な意味でビクリとする。

 微妙な弊害だが、流石に一生は嫌だ。

 いや、里芋が嫌いな訳じゃないのだが。

「構わないわよ。実際、アタシだってムカつくし」

 ギョッとして見れば、膝の上で仰向けになったスイープも同じ様にダイヤを見てた。

「知ってる? アイツ、アタシと一緒の時にも平気でアンタの話するのよ? ペラペラ、ペラペラ。当たり前の顔して」

「……え?」

 ポカンとするダイヤをジト目で睨み、続ける。

「分かる? 一緒にいる時にあからさまに『敵』な女の話聞かされんのよ? 有り得ないじゃない! 何度かガチで怒ったのに、本気で『何で?』って顔するし! あの朴念仁!!」

 あー、らしいな……とか思ってしまう。真面目に、何で怒ってるかが分からないのだ。まんま、親友に親友の話をするノリ。如何なる下心も有りはしない。純粋無垢。ある意味、余程タチが悪い。

(キタちゃんは……やっぱり、キタちゃんだ……)

 愛とか恋とか、そんな泥ついた『好き』の側面をキタはまだ知らない。

 皆が等しく大好きで。

 等しく皆を大事に思う。

 困った人がいれば、当たり前の様に手を差し伸べ。

 泣いている人がいれば一緒に泣いて。

 人の幸せを、何よりも喜びに感じる。

 今のキタサンブラックの愛は、全て親しき皆の為に。

 彼女の『一番』を望む者にとっては、この上無く残酷な事。

 けれど、それは彼女を求める者にとって一番大事な彼女らしさで。

 そう。

 あの、皆を等しく照らす太陽の様なキタが好きなのだ。

 ダイヤ(自分)も。

 そして、スイープ(この娘)も。

「いつか刺されるわよ? キタサン(アイツ)」

「まさか」

「いーや、刺されるわ。何なら、そうなる前に呪いかけてやるわ。アタシが」 

「そんな……」

「いいえ、やるわ」

 ハッキリと言った。妙に、力を込めて。

「アタシは、そう言うヤツよ。欲しいモノを、我慢なんて出来ないわ。だから……」

 消える。

 キタサンの横から。

 ダイヤ(この娘)の、前から。

 そうすれば、この娘の迷いは消える。

 わだかまりが、消える。

 キタサンが見てるのが、自分だけと分かれば。

 そうすれば、きっと。

「スイープさん……まさか……」

「そうよ。だから、キタサンは貴女が……」

 

「勝ち逃げする気ですか?」

 

「……は?」

 思いがけない返しが飛んで来て、ポカンとする。そんなスイープを見下ろし睨み付けながら。

「『キタサンの心はアタシのモノだけど、キタサンを助ける為に身を引くわ。後よろしく』って事ですよね? ソレ。何で、勝手に勝った気になってるんですか?」

「何言ってんの? アンタ」

「言ったまんまです!」

 少なからず米神ヒクつかせながら問うた言葉に、同じ様にヒクついた声が返ってくる。

「スイープさん、自分で言ったじゃないですか!? キタちゃん、自分と一緒の時も私の話するって! なら、現時点でスイープさんと私は同列です!! 鼻差も付いてません! 勝手にゴール切った気にならないでくれます!?」

「ちょ、ちょっと……!?」

「だ〜め〜で〜す〜!!」

 慌てるスイープの両頬をガッシと掴み、ワシワシ揺らす。

「キタちゃん欲しいなら、ちゃんと勝負してください!! ちゃっかり既成事実作ろうったって、そうは問屋が卸しません!!」

 ワシワシ、ガクガク。世界が揺れる。

「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……やめんかー!!」

「きゃあ!?」

 怒号と共に、渾身の力で持って飛び起きるスイープ。

「だ、黙ってりゃ餌待ちのカラスの子みたいにぎゃーぎゃーと……。良い加減にしなさいこのネコ娘!!」

 キレました。

 キレますよね。

「ネコ娘て何ですか!? 私はれっきとしたウマ娘です!」

「そーゆー意味じゃないわよ!? 良いトコの淡麗お嬢さまだと思ってたら、ネコ被ってたわね!? ネコ被り!!」

「そっちが勝手に解釈違いしてただけじゃないですか!」

「ああ、もう!! この学園のお嬢さま枠って何で変人しかいないのよ!?」

 変な巻き込み食った何人かが、学園のあちこちでクシャミする。

「あのね、今はキタサン助けるのが最重要事項でしょ!? あのニセモノに粉かけられてんのはアンタで迷ってんのもアンタ!! その悩みの種のアタシが身を引くから、アンタはさっさとアイツ切ってキタサン連れ戻せって言ってんのよ! OK!?」

「OKじゃありません! 断固NOです!!」

「何でよ!?」

「だから、ソレじゃスイープさんの勝ち逃げなんです!! 一人だけでそんなカッコ良いムーヴなんて駄目!! キタちゃん助けるんだったら、ちゃんと私と色々やってください!」

「色々って何よ!?」

「今から考えます!」

「アンタ、さては馬鹿ね!?」

「素直になれなくてツンデレムーヴやってる人に言われたくありません!!」

「ツ……!? ちょっと、勝手に変なカテゴリ分けしないでよ! アタシ、そんなガキンチョじゃないわよ!?」

「自覚無いんですか? やっぱりお子様じゃないですか!? って言うか、ツンデレブームなんてとっくに過ぎてるんです! やーい、周回遅れー!」

「い、言わせておけば……。負けヒロイン確定の幼馴染み枠のクセに!」

「む!?」

 ギラリと光る、ダイヤの目。

 あわやキャットファイトかと思われた流れが、一言で変わる。

「『幼馴染みは負けヒロイン』……?」

「……え?」

 唐突に変容した空気。体感温度が数度下がる。

「それは……『ジンクス』ですか?」

「え? え?」

 急に雰囲気の変わったダイヤ。困惑するスイープ。

「ジンクスですね?」

「え? ちょ、ちょっと???」

「ジンクスですね!?」

 件のモノに該当する事案かどうかは知らないが、圧に負けて頷いてしまう。

 

「上等です! ぶっ壊します!!」

 

「ひぃい!?」

 歓喜の雄叫びにビビるスイープ。

「な、何よ!? 何か得体の知れないバフかかってない!?」

「おや、ご存じない? アレこそかの不沈艦、ゴールドシップをして『なんてヤベー奴だ!』と言わしめたジンクスブレイカー・サトノダイヤモンドの真の姿よ!」

「はぁあ!?」

 あのゴルシが!? 驚愕の事実にも限度があろう。

「もう遅いわ、スイープちゃん。貴女は自らトリガーを引いてしまったの」

「え!? いや、ちょっと待って! アタシは何も……」

 思わぬ展開に回避を試みるも。

「人の意志なんて関係ないの。森羅万象、これ全て陰陽五行の律を持ちて回るのみ。貴女は自らその理に触れ、そして組み込まれた。もはや、拒む事も逃れる事も出来ないわ」

「ちょっと、何言ってるか分かんないんだけど!?」

「ほら、来るわ」

 言われて見れば、異様な覇気に目を光らせながら近づいて来るダイヤの姿。

 コワイ。

「そのジンクス、成立にはライバルキャラが必須と見ました!」

 いやまあ、そうでしょうけども。

「ならば、その役はスイープさん! 貴女以外に有り得ません!!」

「ひぃい!?」

「その場に立っていただきます! そして、正々堂々尋常な勝負を! 私は、ソレを薙ぎ倒します!!」

 滅殺

「待ちなさい!! アタシの意志は……」

「嫌だと言うのなら、我がサトノ財団の力を持って逃げ場逃げ道全て潰します! 良いのですか? 誰が巻き込まれるか分かりませんよ!?」

 サラッと恐ろしい事を言う。

「お、鬼畜生なの!? アンタ!?」

「キタちゃんの為ならば、ダイヤは鬼でも畜生でも! 何なら修羅でも羅刹でもアンゴルモアの大王にもなりましょう!!!」

「キタサンの為!? ホントにキタサンの為よね!!?」

「さあ!」

 ズイ!

「さあ!!」

 ズズイ!!

「わ、分かった!! 分かったわよ!!! やってやろーじゃない!! 恋敵だろうがライバルキャラだろうが、やってやるわよ!!!」

「ありがとうございます!」

 胡乱な狂気の気配はケロリと去って、後に残るは心底嬉しそうなダイヤの笑顔。

「お互い、頑張りましょう! キタちゃんは、渡しませんよ!?」

「……ソレはこっちの台詞よ」

 ローブの埃を払いながら立ち上がると、スイープは改めてダイヤを睨む。

「言ったからには、手加減しないから。取られても、泣き言言わないでよね!?」

「無論です! そして杞憂です! ダイヤは、負けませんから」

「……言ってるが良いわ」

 ボヤくスイープに向かって、ダイヤが手を差し出す。

「何よ?」

「お互いの健闘を祈る握手です」

「……ヤダって言ったら?」

 笑顔で圧かけるダイヤ。スイープは溜息をついて、差し出された手を握った。

「よろしくお願いします。恋敵(ライバル)さん」

「あー、ハイハイ。よろしく」

 二人は気付かない。

 互いの胸。澱の様な苦しみが消えた事。

 

「でもね」

 手を離しながら、スイープは言う。

「問題は何も解決してないわ。どうやってキタサンを助ける? そっくりさんのアイツは、どうするの?」

 ダイヤは、答えない。ただ、何かを考える様に。

「……アンタ」

 察したスイープが、問いただそうとしたその時。

「その方向で間違い無いよ。氣の流れが、そう示してる」

「みゃっ!?」

「きゃう!?」

 飛んで来た声に、ビックリする二人。

「おやおや、今更吃驚しちゃう? ずっと見てたんだけどなぁ」

「あ、アンタ……!」

「コパさん……」

「や、どーも。リッキー☆ラッキー☆大吉祥☆ 皆に幸せ運ぶメチャかわ風水師、コパノリッキー此処に推参!」

 ポカンとする二人にポーズを決めて、キラリと笑うコパノリッキー。

「また変なのが増えたわ……。てか、さっき妙な合いの手入れてたのはアンタか……」

「コパさん、こんな時間に何で……」

「そりゃ、キミ達と同じだよ。キタちゃんを助ける手立てを探ってたの」

 思わぬ言葉に、ギョッとする二人。

「アンタも、気づいてたの……?」

 スイープの問いに、愛用の遁甲盤をなぞりながらコパは笑う。

「気づいてたと言うか、何か起こったのは大分前から分かってた。学園全体の氣が異常なくらい『陰』に傾いたから」

 周囲に流れるソレを読み取る様に、視線を宙に。

「そもそも氣は常在のモノでなく、星の巡りや季節の移ろいとか様々な要素で移り変わるモノだけど。今の学園は異常過ぎる。これじゃまるで、鬼門のど真ん中に施設を置いてしまったみたい」

 コパの視線を追って、ダイヤとスイープも空を見る。冷たく澱んだ空気は、確かに今までとは違う。

「生徒の一部に凶兆も示された。特にキタちゃん。陽気に満ちた太陽みたいな子だったのに、今のあの子はまるで太陰。それも、酷く病んだ」

 言いながら、ダイヤ達に近づく。真剣な目。

「あまりにも前のキタちゃんとは質が違い過ぎて、同じとは思えなかった。でも、私が分かるのはソレだけ。だから、知略を得る筋を読んだらこの方位と時間が吉と出たの。ソレで来て見たら……」

 ピッと示す指。

「キミ達がいた」

 顔を見合わせる、ダイヤとスイープ。

「話、聞かせて。キタちゃんを助ける為に、私も力になるから」

「良いん、ですか……?」

「愚問だなぁ。キタちゃんは私の幼馴染みでもあるんだよ? 当たり前じゃない?」

 ダイヤが、スイープに問う。

「……スイープさん……」

「構わないわよ。人手は多い方が良いし、コイツの風水だったら自然神秘たる妖精相手にも有効かも知れないわ」

 頷き合う二人。『よし、決まり!』と手を打つコパ。その視線が、背後に流れる。

「問題無いよね? 『キタちゃん』」

 驚いたダイヤ達も向けた視線の先。木陰の中、より深い夜闇にかの姿。

「……キタちゃん……」

「アンタ、いつの間に……?」

「ずっと、見てたよ。コパさんは、気づいてたけど」

 影から現れた、キタサンブラックの姿。彼女は、微笑む。

「ありがとう、ダイヤちゃん。アタシの為に、一生懸命になってくれて」

「コイツが一生懸命なのは、アンタの為じゃないわ!」

 酷く嬉しそうな言葉に、苛ついたスイープが噛み付くが。

「それでも、だよ。アタシもまだ『キタ』だから」

 忌々しげに呟く様に目を細めながら、コパが訊く。

「聞いてたなら、分かるね? 私も、ダイヤちゃんに力を貸すよ?」

「うん、良いよ」

 答えは、アッサリと。

「ダイヤちゃんは、繊細だから。支えてあげて。今のアタシでは、叶わないから……」

 そう言って、踵を返す。

 その背を見つめていたダイヤが、意を決した様に口を開いた。

「受けるわ!」

「!」

 彼女の、足が止まった。

「勝負、受けてあげる。キミの、望み通りに!」

「……ダイヤちゃん」

 声が、上ずっていた。例え様も無い、喜びに。

「いつが、良いの?」

「……いつでも、良い。お互いに、納得出来る仕上がりになったら……その時に……」

「……分かった」

 大きく、息を吐く音。

「ありがとう。楽しみにしてる」

 そう言って、彼女は闇の向こうへ消えた。

「アンタ……」

「スイープさん、コパさん。お願いがあるの」

 キョトンする二人に、ダイヤは話し出す。

 聞いたスイープが、眉を顰めた。

「……良いけど、アンタのトレーナーに頼んだ方が良くない? ソレ」

「駄目……。トレーナーさんは今ファインさんの件で私一人に構えない。ソレに、私の身体を考えて適切な所で止めてしまう」

 ダイヤの脳裏に浮かぶのは、明らかなオーバーワークを淡々と続ける彼女の姿。

 限界手前で止めるやり方では、その差が届かない。

「……あのキタちゃんは、アスリートじゃない……」

 明らかに切羽詰まる表情に、コパか説く。

「あのキタちゃんの目的は、ダイヤちゃんだけ。その為に、文字通り刹那を生きてる。先の事なんて、考えてない。でも、ダイヤちゃんは違うよ?」

「…………」

「キミ自身の未来がある。夢だって、ある。そして、沢山の人の想いや願いも背負ってる。その中には、本物のキタちゃんの願いだって」

「…………」

「そこまで、考えて言ってる?」

 しばしの間。

 見つめるスイープとコパの前で、ダイヤは静かに。けれど、ハッキリと。

「それでも、私はあの子に答えなきゃいけないんです」

「…………」

「サトノ……」

「あの子は、踏み出したんです。私の為に。自分の為に。そのままの方が楽な筈なのに。それでも、踏み出そうとしてるんです」

 ダイヤは想起する。夜のグラウンドで。たった一人で。懸命に足掻く彼女の姿を。

 本当のキタとは違う、けれど確かに燃える生命の焔。

 そして。

 ソレに魅せられた、己の想いも。

「あの子に答える為なら、私もこの一時。刹那に生きます。そうでなきゃ、向き合う資格が無くなるんです。あの子にも。私自身にも。そして……」

 

 キタちゃんにも。

 

「…………」

「何かあっても、お二人の責任にはしません。絶対に。だから……ング!?」

 スイープの箒で口を塞がれて、目を白黒させるダイヤ。

「ハイハイ、おしまいおしま〜い」

 ダイヤの頭を箒でパシパシしながら、溜息を吐くスイープ。

「全く。そこまて言われて断ったら、まるでアタシらが無粋の極みじゃない」

「ふぅ〜む。風水も此処は協力するが吉と示してるわね?」

「スイープさん……コパさん……」

「泣いてる暇あったら、さっさと帰って寝るわよ。しっかり英気を養って、明日からの激務に備えなくちゃ」

「キミの意気に合わせて、ガッツリ行くから。覚悟しといてね? ただ、ブレーキは外さないよ?」

 呆れ顔のスイープ。何か楽しそうなコパ。

 二人に向かって、ダイヤは『ありがとうございます!』と頭を下げた。

 

 一人じゃ無い。

 同じ想いを持つ人が、こんなにも。

 それだけで。

 朝日を信じる力が。

 

(おや?)

 コパは気づいた。

 ダイヤの右手。その小指。

 微かに煌めく、小さな指輪(リング)。

(ああ、成程ね)

 それは、彼女と彼女。

 此方と彼方。

 固く結ぶ、約束の加護。

(ひょっとしたら、あの子の切っ掛けになったのも……)

 想いの力は強い。

 時に、陰陽の理さえも覆す程に。

(ううん、妬けちゃうなぁ……)

 少しだけ疼くのは、ずっと昔に仕舞った感情。

(相変わらず、だね。キタちゃん)

 それが彼女の良い所。

 だけど、悪い所であるのもコレ陰陽の理。

 揚々。太陽は黒く輝く。

 

「……アレ?」

 束の間の微睡みの中、微かに感じた温もりにキタサンブラックは我に返った。

 周りは、濃く流れる白霧の帳。どれほど歩いたのか。疲労に幾度と無く溶けそうになる度、その温もりが消えかける意識を優しく掬い上げる。

(また、コレ……)

 見やるのは、温もりの出所。右手小指に嵌めた、小さな指輪(リング)。

 それは、大切なあの娘。

 彼女と契った、願いの証。

「……何だか、キミが護ってくれてるみたいだね……」

 呟いて、感謝の口づけを指輪に。

「よし! 待っててね! あたし、必ず帰るから!」

 ヨイショと立ち上がり、大きく息を吸う。そして。

 

「わっしょーい!」

 

 気合いの雄叫びに、静寂好む霧達が酷く迷惑そうに震えて散った。

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