鎖影の庭   作:土斑猫

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【さあ、高らかに宣戦を】

 ああ。

 イラつく。

 

 イラつく。

 うるさい。

 うざったい。

 

 邪魔する。

 あいつ等が。

 マックイーンに近寄るのを。

 マックイーンを、ボクのモノにする事を。

 メジロマックイーンが、トウカイテイオーのモノになる事を。

 

 ボクが。

 このボクが。

 本当の。

 この世界でたった一人の。

 トウカイテイオーに成る事の。

 邪魔をする。

 

 させない。

 許さない。

 否定する。

 

 ボクがマックイーンを手に入れるのを。

 ボクがトウカイテイオーに成る事を。

 

 邪魔する、アイツら。

 

 カノープス。

 

 イクノ。

 マチタン。

 ターボ。

 そして、ネイチャ。

 

 許せない。

 もう、許さない。

 どいつもこいつも。

 ボクよりも。

 トウカイテイオーよりも。

 遅い(弱い)クセに。

 

 思い知らせてやる。

 もう、邪魔出来ない様に。

 もう、ボクを否定出来ない様に。

 へし折ってやる。

 ボク達が。

 ウマ娘が。

 一番、耐えられない方法で。

 

 もう、立てなくしてやる。

 ターフにも。

 ダートにも。

 絶対の帝王に逆らうヤツは。

 みんな。

 みんな。

 

 ◆

 

「さて、それでは本筋に移ろう」

 座ったイスをキシキシと歌わせながら、アグネスタキオンの写身たる彼女は告げる。

 たった一人、この場に残った顕界の者。マンハッタンカフェに向かって。

「先にも言った様に、一つの世界に存在出来る個人は一人だけ。少なくても多くても、それは世界の均衡を崩す」

「……つまり、プーカがそっくりさん(貴女達)を造ったのは世界の均衡を崩さない為と?」

 そう尋ねられて、たきおんは『いいや』と苦笑する。

「そう言った気配りが出来るタチなら、まだ可愛げもあるんだがね。生憎そんな殊勝な思考を、プーカ(母)は持ち合わせちゃいないよ。と言うか……」

 

ーーそんな事は、当にキミも分かっているだろうーー?

 

「………」

 その指摘に、カフェは沈黙で返す。

 正しく。そんな事は理解していた。プーカと初めて顔を合わせた時に。

 此方を見ている筈なのに、見ていない。視界の中に収めながら、心の焦点は本当の意味では合っていない。

 丁度、花園を漠然と鑑賞する様に。

 その事に気づいた時に、理解はしているのだ。

 それでも、繰り返し確認してしまうのは。

 ただひたすら、恐怖故。

 カフェは所謂『心霊』の類いであれば怖いとは思わない。

 幼い頃からの付き合いで、慣れていると言うのもある。ただ、一番の理由は何だかんだ彼らが此方を『影響し合える相手』と認識してくれている事に尽きる。

 互いに対等と意識し合えるのなら、疎通が出来る。よしんば叶わなくとも、最低限の線引きは出来る。

 『お友だち』を始め、少なく無い『彼ら』と関わって得た『理解』。それがそのまま、互いの適した対応へと繋がっている。

 けれど、妖精であるプーカはそうではない。

 元は同じウマ娘だった心霊(彼女達)とは異なり、根源・位相から異なる存在。

 此方を、分かり合える対象と認識しない相手。

 人を前にした昆虫と言うのは、きっとこんな心持ちなのだろう。

「アレがそっくりさん(私達)を造ったのは、あくまで此の箱庭を維持する為さ。オリジナルの方が崩壊したら、その影である箱庭(こちら)も形を保てないからね。何の事は無い。全ては己の楽しみの為さ」

 楽しみ。

 酷く軽い言葉に、胸が騒つく。

「……その『楽しみ』とは、何なんですか? これ程の大事を引き起こす程、大それたモノだと……?」

「キミ達の視点から見たらとても割に合わないし、そもそもプーカ(彼女)からしても深い考えなんかありゃしないよ」

 言って、やれやれと首を振る。

「プーカはね、手に入れたんだ。凄く綺麗で自分好みの金糸雀を。その金糸雀を囲う為に、ちょっと贅沢な鳥籠をあつらえた。ソレだけの話さ」

「……金糸雀、とは……?」

「分かってるんじゃないのかい?」

「……ファインさん……ですか?」

 頷くたきおん。

 他の生徒達とは明らかに様子が違ったファインモーションの失踪の仕方。

 あくまでも状況から判断した仮定だったが、確定に変わった。

「……何故、ファインさんが……」

「プーカは、過去の粗相のお仕置きに閉じ込められていた。その独房の鍵を開けたのが彼女……だが、ソレとてさしたる理由じゃない」

 恩だの友愛だの、己の快楽にしか食指を動かさない妖精は持ち合わせない。

「単純に、気に入った。だから、つまみ取った。ソレだけの話だよ」

 古来より、ごくたまに起こる万国共通の不思議事。

 遊びに行った森の中。

 日の暮れた公園。

 夜の帰路。

 大都会の、何処か片隅。

 甚しき時は、母親が気を逸らした僅か数分。

 子供が消え。

 女子が眩み。

 人が失せる。

 彼ら彼女らがこの世に在った、数多様々の空殻だけをただ遺し。

「所謂、『神隠し』と言うヤツさ」

 それは、文字通り暇を持て余した神々の戯れ。

「……この世界がファインさんの為に造られたと言うのなら……」

 疼く恐怖を振り払う様に、カフェは問う。

 箱庭の存在理由がファインならば、彼女を取り戻せば自ずと。と。

 けれど、たきおんはせせら笑う。

「ソレは、キミが直接プーカと拳を交えると言う事だが?」

「!」

 返答に詰まるカフェを眺めながら、たきおんは諭す。

「迂闊な事を考えるモノじゃないよ。確かにウマ娘(キミ達)は膂力に優れているが、ソレはあくまで人間と比較しての話だ。超常の存在である妖精に敵う道理など、微塵も有りはしない。殴り合いに応じてくれるならまだしも、視線一つでニンジンにされて齧られるのが関の山だ」

 冗談めいた言葉を、真面目な顔で紡ぐ。

 きっと、冗談事でも無いのだろう。

 人知を超えるとは、そう言う事。

「大事な金糸雀を野良猫が狙っていたら、どんなお人好しだって対策を練る。追い払うだけで済ませてくれる者も居れば、躊躇なく捕まえて川に沈めてしまうヤツも居る。そしてプーカは、紛れも無く後者だ」

 分かっている。

 分かっているけど。

 まだ未練を残すカフェを見て、たきおんは『いいかい?』と釘を刺す。

「どんな理由事情が在ったとしても、相手と自分の差も弁えずに突っ込むのは勇気でもなければ勇敢でもない。それは蛮勇であり、明確な……」

 

ーー愚行だよーー。

 

 そう説いた彼女の目は、何故か酷い自嘲に満ちていた。

 

 ◆

 

 トレセン学園の放課後。

 消えたファインの行方は未だ知れず。学園職員の殆どはソレに関する業務を優先せざるを得ず。正規のトレーニングは再開されないまま。

 目立った大会が近場に無いのが幸いではあったものの、そも種としての本能。その発散の場を奪われたウマ娘達の方が堪えに極まった。

 走りたいと言う生徒達の要望を生徒会を通して受けた学園は、担当トレーナーの作成した練習メニューに従う事。必ず日が暮れる前に帰宅する事を条件に、各チームに自主トレーニングの許可を出した。

 嬉々として久方ぶりのトレーニングに精を出すウマ娘達。

 それはイクノ達『チーム・カノープス』も例外では無く。有り余った元気でオーバーワークしそうなターボを抑えながら、久々に皆が心地良い汗を流した。

「ほらほら、ターボ。ちゃんと汗拭いとかないと風邪引くよ? 水分もちゃんと取って」

「あはは。ネイチャ、やっぱりお母さんみたいだな!」

「ソコはせめてお姉ちゃんと言ってくれないかなぁ」

「少々間が開いてはしまいましたが、皆さんさしてタイムが落ちてなくて何よりです。先に決めてた自主トレのメニュー、効果があった様ですね」

「そりゃーねー。誰かさんが組んだ脳筋メニュー、なかなかでございましたからー。もうお腹いっぱい、ゴチって感じですー」

「それは良かった。では次は中身を変えてみましょう。ボリュームはそのまま、満腹でも食べれる様に。腕が鳴ります」

「違う、そうじゃない」

 ワイワイ戯れ合いながらクールダウンを済ませ、そろそろ解散の頃合いかと思った時。

 コンコン、と部室のドアを叩く音。

「おや、お客さん?」

「あー、私が出るよー」

 ナイスネイチャの言葉にそう答えて、マチカネタンホイザがドアに向かう。

「あいあーい、どちらさんでごさんしょー……ってうぁうおぇうぁあ!!?」

 開けた途端、部屋いっぱいに響く素っ頓狂な声。

 何事かと振り向いた皆の目に映ったのは、不遜に揺れるポニーテール。

「何さ、変な声上げて。ボク、お化けとかじゃないんだけど?」

「に……にニに、偽テイオー……」

 『偽』と言うワードに反応したのだろう。トウカイテイオーの姿をした彼女が、射殺す様な視線でタンホイザを睨む。

「みゃああああ〜!」 

 ネズミに逆襲食らった子猫みたいな声をあげて、イクノディクタスの影に逃げ込むタンホイザ。

 そんな彼女を庇う様に前に出るイクノ。ツカツカと無遠慮に入って来た彼女と向き合う。

「……何か、ご用でしょうか?」

「用があるから来たに決まってるじゃん。何? ひょっとして、頭悪い?」

 嫌味ったらしくそう返して、意地悪い笑みを浮かべる。

 その顔を見た場の者、全員が思う。

 ああ、やっぱり違うのだ。と。

「なら、質問を変えましょう。何のご用でしょうか?」

 いつもの彼女では無い、ドスのこもった声。

 目の前の、ライバルを騙る存在への敵意も軽蔑も。一切合切、隠す気は無いと。

「ピャー、怖い顔。ドーキドキドキドキしちゃうかも」

 質問には答えず、軽口を叩く偽テイオー。ケラケラ笑いながら、ピタリと顔を寄せる。

 互いの息を、感じる距離。

 他のメンバーが緊張する気配を小気味良く感じながら、口を開く。

「あのさ、マックイーンとの事に茶々入れるのヤメテヨ」

 部屋の空気が、ピリと張り詰めた。

「何なのさ。ボクがマックイーンと遊ぼうとするといちいち邪魔して来て。良い加減、ウザいんだけど?」

「遊ぶ?」

 眼鏡がキラリと光る、イクノの眼鏡。

「遊ぶと言うのは、互いの同意が在って初めて成り立つ行為です。現状、マックイーンさんにその意思はありませんので」

 偽テイオーの顔から、笑みが消える。

「マックイーンはボクのだ。そのボクが遊ぼうって言ってるの。決定事項なの」

「貴女が勝手に言っているだけでしょう。マックイーンさんは個人の所有物などではありません。少なくとも……」

 

ーー『貴女』のモノではないーー。

 

 偽テイオーの視線が冷える。氷の錐の様な鋭さ。けれど、イクノも揺るがない。

「こ……怖い。イクノが、怖い……」

「胃がキリキリして来たよ、あたしゃ……」  

 青い顔で竦み上がるタンホイザとネイチャの横で、ツインターボだけがジッと状況を見つめる。

 いつもであれば、一番黙っていない筈の彼女が。

「……あのさぁ……」

 こちらも敵意隠さぬ声で、躙り寄る偽テイオー。

「前っから気に入らなかったんだよね。やたらめったら、ボクのマックイーンに構ってさ。何? イクノも好きなの? マックイーンの事」

 詮索する眼差しに、けれどイクノは平然と。

「マックイーンさんは大事な友人です。その様な感情は抱いてませんよ。今の所は。残念ですが」

 柳に風。

 平然とした態度がまた、癪に触る。

 だから、突く棒を替える。

「あー、成程。それじゃ、ひょっとして好きなのは『ボク』?」

 ギョッとするネイチャ。

 『ふぉ!?』とか、変な声出しちゃうタンホイザ。

 イクノの眉根がピクリと動く。

「そーかそーか。まあ、そんな気はしてたヨ? いっつもコソコソ見てたモンね? ボクが走るトコ」

 反応があったから、調子に乗る。

「……良いよ?」

 イクノの顎に指を添えて、クイッと上げる。

「イクノがもうボクの邪魔をやめて。カノープスの皆にもさせないなら、キミとも仲良くしてあげる。ま、マックイーンの次だけどさ」

 イクノは答えず、ただ冷ややかな視線を下す。

 オロオロするタンホイザ。

 何だか分からないけど、ドキドキしながらゴクリとするネイチャ。

 緊張の中、イクノがニコリと微笑む。

「……成程。相手がテイオーなら、とても魅力的な提案ですね」

 ニヤリと笑む偽テイオー。

 息を飲むネイチャ。

 『マジで!』と目を剥くタンホイザ。

 けれど。

「……ですが」

 微笑みは、すぐに鉄の様な冷たさを取り戻す。

「ソレは、本当の『トウカイテイオー』が相手での事です。紛い物の貴女では、役不足も良い所です」

 強張る、偽テイオーの顔。

 それを冷ややかに見下ろしながら、イクノは自分の顎を掴む手をつつく。

「いい加減、引っ込めて貰えませんか? この演出はやる方が相手より背が高くてこそ映えるのです。貴女と私の身長差では滑稽なだけですが」

「え……?」

 思わず吹き出したネイチャとタンホイザをジロリと睨む偽テイオー。

 慌ててそっぽ向いて口笛なぞ吹く二人。ウギギと威嚇しながら、イクノから手を離す。

「すいませんね。巷では一応、『鉄の女』と呼ばれてまして。身持ちはそれなりに硬いんですよ」

 済ました顔で眼鏡なぞ拭いてるイクノに、偽テイオーは『そんな意味じゃないくせに。超合金娘……』などとブツブツ言いながら向き直る。

「……つまり、どうあってもボクに逆らうんだね? カノープス(キミ達)は」

「そうですね。方針を変える理由も無ければ、貴女に従う義理もありませんので。何です? 結局、そんな不毛な取り引きをしに来たのですか?」

 そう問われ、偽テイオーはフンと鼻を鳴らす。

「そんな訳無いじゃん。キミ達を揶揄っただけだモンニ」

「それは良かった。仮にもトウカイテイオーを名乗る者が、そんなお馬鹿では目も当てられませんから」

 バチバチと飛び散る火花。鉄火場慣れしてない自称普通の女の子二人は気が気では無い。

「ホントはね、申し込みに来たんだよ。キミ達、カノープスにね」

「申し込む? 何をです?」

「決闘」

「ほう……?」

 イクノの眼鏡が妖しく光る。その光の奥に目が隠れて、異様な強者感を醸し出したりする。

「成程、手っ取り早くと言う事ですか。結構です。屋上に行きましょう」

 眼鏡をクイと上げて、ポキポキと拳を鳴らす。

 コワイ。

「う、うぇえ!? な、何でそうなるのサー!!?」

 予想外の返しに流石にビビる偽テイオー。そんな彼女にユラリと迫るイクノ。

「さて、方法は何にします? 剣術ですか? 銃術ですか? 拳であれば実によろしい。密かにヤエノさんに師事していた古流拳法が試せるので」

「何でそんなモノ習ってんダヨ!?」

「鉄の乙女としての嗜みです」

「ワケワカンナイヨー!」

「ああ、ハイハイ! ストップストップ!」

 混沌と化しつつある状況を見かねて、間に入るネイチャ。

 苦労性である。

「イクノ、ちょっと掛かり過ぎだよ。ホント、脳筋なんだから。ソレと、アンタ!」

「アンタじゃない! ボクはテイオーだ!!」

 鬱憤をぶつける様に噛み付く。けれど、ネイチャも怯まない。

「悪いけど、今のアンタじゃ認められない。アタシらが知ってるテイオーとは違い過ぎるから。認めて欲しいなら、イキってないで証拠を見せなよ。アタシ達が何にも言えなくなるくらい、完璧な『トウカイテイオー』だって証拠を!」

 ビシッと言って、指を突きつける。

 言葉に詰まる偽テイオー。

 皆が、『おー!』と感嘆しながら拍手とかする。

「……上等だよ」

 ギリと歯を軋ませながら、偽テイオーが呻く。

 そして。

「イクノ! ネイチャ! ボクとレースで勝負しろ!!」

 叩き付けられた言葉に、ピクリと反応する二人。

「レース……」

「成程、それが先程言っていた決闘とやらですか?」

「そうだよ。キミら二人、どちらかでもボクに勝てたらもうマックイーンには手を出さない。その代わり……」

 偽テイオーの瞳に灯る、悪意の炎。

「ボクが勝ったら、二人とも引退してもらう!」

「なんて!?」

「…………」

 驚くタンホイザの横で、ターボは黙って成り行きを見つめる。

「う〜わ、えげつな……。どうします? イクノさん。割に合わないにも程がある……ってなお話ですが?」

「生憎と、ここまで言われて断れるほど大人ではありません」

 ネイチャの伺いに、イクノはブレる事なく答える。聞いたネイチャも、『ま、そうだよね』と笑う。

「良いのですか? ネイチャさん」

「ま、凡才には凡才なりの意地がありますので」

 了承の意。

 してやったりと言う表情を浮かべ、偽テイオーは言う。

「決まったね。じゃあ……」

「待て」

 割り込んで来た声に、皆が目を向ける。

「ターボ……」

「ターボも、やるぞ!」

 それまで不自然に大人しかった彼女の宣言に、皆が一様に目を剥いた。

「何言ってるのさ!? これは……」

「止めてもダメだぞ! やるったらやる!」

 その気迫に、ネイチャも口を噤む。

「……負けたら、キミにも引退してもらうケド?」

「承知の上だ!」

「……ふぅん」

 自分を見つめるターボを舐める様に見て、偽テイオーはクスリと笑う。

「そう言えば、ボクと勝負したがってたもんね。キミ。参っちゃうなー。ボクってモテモテでさ」

「勘違いするな」

 凛とした声。偽テイオーの戯けが消える。

「ターボが勝負したいのは、本当のテイオーだ。お前じゃない!」

「……何だって?」

「今ターボが走るのは、テイオーの居場所を取り返さなきゃいけないからだ! お前なんか、どうでも良い!」

 偽テイオーの奥歯が、ギリっと軋む。

「どいつも、こいつも……!」

 怨嗟を溢し、憎々しげに。

「良いさ。最高の引退試合にしてあげる」

 そして、視線をイクノに移し。

「いつやる? ボクはいつでもOKだけど」

「今からで構いませんよ。トレーニングの時間も過ぎてますし、人目が無くて良いでしょう」

「……トレーニング疲れ、負けの言い訳にしないでよね」

 そう言って、部室を出て行く偽テイオー。

「ま、待ってよ! 私も!」

「タンホイザさん、貴女は審判役をお願いします」

 私もやると言いかけたタンホイザを、イクノがそう言って止める。

「で、でも……」

「まあまあ、此処は受けといてよ。タンホイザ」

 ネイチャも、また。

「アイツだって、ちゃんと見る役がいないと納得しないだろうし。それに、万が一の時……」

 ちょっとだけ、目を伏せて。

「トレーナーさんを、一人にしちゃわない様にさ」

「ネイチャ……」

 人一倍、トレーナーを想う気持ちが強い彼女。それでも、親友の為に譲れない事。

 察したタンホイザは、次に紡ぐ言葉を失う。 

「心配するな。マチタン」

 そんな彼女に、ターボ。

「ターボ達は負けない」

「ターボ……」

「絶対だ!」

 その言葉に答える様に、イクノとネイチャも頷く。それを見て、タンホイザも。

「……そうだね。皆の為だから、皆は負けない」

 自分に言い聞かせる様に呟いて、出て行った三人の後を追う。

「えい! えい! むーん!!」

 黄昏色に染まる通路に、気合いと決意と。誓いの声が高く響いた。

 

 ◆

 

「と言う訳で、本筋だ」

 目の前に立つカフェを愛しげに眺めながら、たきおんは説く。

「先にも言った通り、一つの世界に存在出来る個人は一人だけ。もしダブれば、世界の理はその片方を抹消する。ドッペルゲンガーと言う現象は知ってるかい?」

 ドッペルゲンガー。

 それは、世界に現れたもう一人の自分。出会ってしまえば、近く己の生は終わりを迎えると言う超常の悪夢。

 頷くカフェを見て、満足気に微笑む。

「アレが良い例だ。何かの間違いでダブってしまった存在を、世界の免疫機能が処理してしまうのさ。そっくりさん(私達)がいる状況でオリジナル(キミ達)を戻すと、この理(ルール)が働いてしまう」

 つまりは、世界に殺されると言う事。どちらかが、間違い無く。

「だから、オリジナル(キミ達)が問題無く戻る為にはそっくりさん(私達)の排除は絶対条件となる。一番簡単なのは、言った通り暴力による殺害な訳だが……」

 渋い顔をするカフェを面白そうに眺めて。

「キミ達は嫌だと言う」

「……当たり前です」

 憮然とした声も、その優しさも。彼女にとっては甘い。だから、対価を払う。

「なので、もう一つの方法を教えよう」

「……それは?」

「『自覚』させるのさ」

「……自覚?」

 怪訝そうに首を傾げるカフェに、たきおんは『そうさ』と笑う。

「本来何物でも無いそっくりさん(私達)は、与えられたオリジナル(キミ達)と言う存在定義を拠り所に保たれている。だから、その存在定義を根底から破壊してやれば良い」

「……否定する……と言う事ですか……?」

「ああ。ただし、上っ面の言葉だけではダメだ。覆し様の無い事実証明を突き付け、自身に自身を否定させる。『そっくりさん(私)はオリジナル(あなた)ではない』のだとね」

「…………」

「そうすれば存在の拠り所を失い、そっくりさん(私達)は無に還る」

 話は終わり。

 しばしの間の後、カフェはポツリと零す。

「……それも……」

「うん?」

「充分に……残酷です……」

 それを聞いたたきおんは。

「そう思って、くれるかい?」

 嬉しそうに、そう返し。

「ありがとう」

 心からそう言って、儚く。

 とても儚く。

 微笑んだ。

 

 ただ、それだけが。

 救いだと。

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