鎖影の庭   作:土斑猫

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【Canopus】

「さあ、此れで私の教えられる事は全てだ。後は、キミ達の仕事だよ」

 妙に晴々とした顔で、アグネスタキオンの影たるたきおんはそう〆た。

「うん? 私の指示した結果を導き出す方法かい?

言ったろ? それはオリジナル(キミ達)の役目なんだ」

 慌ててかけられた質問に、たきおんはただ笑う。

「キミ達がしようとしている事は、私達を殺す事じゃない。もっと未知の方法だ」

 彼女は言う。

「かつての歴史で、殺害と言う方法以外にそっくりさんを抹消した記録は無い。記録が無いと言う事は、『既存の知識』が無い。つまり、今の私も知らないと言う事だ」

 ハッとした反応を見て、『そうだよ』と寂しげに。

「私はfetch(そっくりさん)だ。オリジナル(キミ達)の『今』だけを切り取った写し絵。今から先には行けない。今知らないモノには、永遠に届かない。どんなに、渇望してもね」

 それこそが、『探究者』の写し絵である彼女の地獄。この箱庭と、自身の終わりを願う理由。

「だからね、キミ達に願うのさ」

 笑う顔は、何処までも儚く。寂しく。悲しく。

「せめて、私達の終わりを新しい可能性の中に導いて欲しいと」

 そして、最後に『楽しみだよ』と。

「『死』でない私達の終わりとは、一体どんなモノなんだろうね?」

 答える言葉も術も無く。

 マンハッタンカフェは、ただ虚空を仰ぐ彼女を見つめた。

 ◆

 時間は既に黄昏も過ぎていて。

 秋も深い風は、木枯らしと言っても良い冷たさで。

 夜灯と月明かりに浮かぶ夜のターフは、見慣れた筈のソレに比べて酷く寒々と感じた。

 けど、何よりも冷たいのは。

 ガチガチと火花を散らす彼女達の視線。

 レース(勝負)前からの、気迫のぶつかり合い。当たり前の事で。当然の感覚で。

 けれど、本来ならもっともっと熱い筈のソレがこんなにも寒々と感じるのは。

「やっぱ、そう言う事なんだよね……」

 イクノディクタスの冷めた視線と、加虐の衝動に逸る偽りのトウカイテイオーの眼差し。

 双方を見比べながら、マチカネタンホイザはそう独り言ちた。

「では、ルールは正規のレースに沿う形で宜しいですね?」

「良いよー。ってか、何なら数秒くらいハンデあげてもいーけど? どーせボクが勝つんだし?」

「必要ありません」

 偽テイオーの揶揄を切って捨てると、イクノ達三人はスタートラインに並ぶ。

「ふーん、後悔しなきゃいーけどー?」

 言いながら、自分もスタートに着く偽テイオー。

「それでは、お願いします。タンホイザさん」

「分かった。位置について……」

 タンホイザの声に合わせ、身構える皆。

「用意……」

 一泊の間。

「スタート!」

 開幕の声。

 四人の脚が、一斉に地を蹴った。

「ターボ! 全開!!」

 一気に飛び出したのは、ツインターボ。初っ端から大逃げを図る、従来のスタイル。

(馬鹿の一つ覚え)

 後ろに着いた偽テイオーは、青い髪をなびかせる後ろ姿を見ながらほくそ笑む。

(どうせすぐに、逆噴射しちゃうクセにさ)

 そう。先の大逃げで体力を消耗し、途中から極端に失速してしまう。通称『逆噴射』と呼ばれるツインターボの悪癖。

 ハマれば大差で勝てるが、そうでなければ惨敗しかない。

 二つに一つ。そして、その賭けの分は決して良くはない。

 それでも、ターボはそのスタイルを守り続ける。

 これこそが、自身のアスリートたる矜持と言う様に。

(勝てなきゃ、意味無いんだよ)

 端から、ターボは眼中に無い。放っておけば、勝手に自滅する。

(イクノとネイチャは……)

 視線を後ろに向ける。 

 自分から、二バ身ほど後ろにイクノ。ナイスネイチャに至っては更に一バ身後ろ。

 ネイチャは典型的なジリ脚。後から伸びるが、此処でこの差ならもう追い越される心配は無い。

 問題になるのはイクノだろうが、そもそも地力で劣る事は過去の事例で証明済み。

(楽勝だネ)

 そう。こんな一芸だけの駄バや頑丈なだけの鈍ら。そんな取り柄すら碌に無い凡骨の寄せ集めなんかに負ける筈が無い。

 自分は、トウカイテイオー。

 それも、故障なんて無様を晒した時ではない。

 その前。

 天才と呼ばれ、三冠間違い無しと言われた最盛期の時間。その、具現。

(そうさ。ボクが、本当のトウカイテイオーなんだ)

 今だって。

 コレからだって。

 何年も。

 何十年後も。

「絶対は、ボクだ」

 遊びは終わり。

 不遜たる羽虫達に、鉄鎚を。

「トウカイテイオー……」

 駆ける脚に、力を込める。

「いっくよー!!」

 絶対の帝王。

 その力が、猛く激しく。

 地を蹴った。 

 ◆

「……疾いな……」

 駆けるテイオーを見つめながら、タンホイザは呟く。

 美しいフォーム。

 巧みなテクニック。

 それらを統率する、肢体。

「本当にあの頃の……テイオーだ……」

 いつか見た、憧れと畏敬の光景。その懐かしさに、ちょっとだけ見入ったその時。

「何か、オモシレー事やってんな?」

 不意にかけられた声に、飛び上がる。

 振り返った先で、夜風に揺れる葦毛の髪。

「ゴールドシップさん……」

「よお。おマチさん、元気かい?」

「ええ、まあ」

 目を丸くするタンホイザに軽く手を上げて挨拶すると、ゴールドシップは隣りに並んで目の前のレースを眺める。

「で、コイツぁどう言う状況なんよ?」

「実は……」

 事情を聞いたゴールドシップが、目を細める。

「愉快な話じゃねーな。何で止めなかったんだ?」

「みんな、火が点いちゃいましたんで。私だって……」

 続く言葉を察して、ヘラリと笑う。

「すまねーな。スピカ(ウチ)のテイオーちゃんが面倒かけてよ」

「別に、テイオーのせいじゃないですしー」

 取り繕いでも何でも無く。自然とそう言ってくれるライバルチーム。有り難く感じながら、それでも。

「けどよ」

「ん?」

「結果は見えてんぞ」

 呟かれた言葉に、レースを見つめて。タンホイザもまた『うん』と頷く。

「偽テイオー(アイツ)は強え」

「そうだね」

「あの頃の……全盛期の頃のテイオー、そのままだ」

「そう。何もかも、あの頃のまま」

「あの頃の帝王様の、最高のパフォーマンス。そのまま再現してやがる」

「うん、変わらない。何も、変わってない」

「そのまんま、だ」 

 そう。

 だから。

 決まってる。

 見えている。

 この先に待つ結果。

 何もかも。

  

 ◆

 偽テイオーがおかしいと気づいたのは、レースが中盤を過ぎた頃だった。

(何だ……?)

 前方を走るターボ。その背中が、一向に近づいてこない。本来なら、とっくに失速して来て然るべき頃合いなのに。いや、それは正しく無い。している。失速はしているのだ。けれど、捉えられない。自身の射程に入れられない。

「このぉ!」

 スピードを上げる。今、可能な限り。

 でも、ダメ。距離は縮められても、捉え追い抜くには程遠い。

「そんな……馬鹿な……」

「何がですか?」

「!?」

 聞こえた声に、怖気立つ。

 後ろ!?

 否。

 視線を走らせた先。

 いつの間にか間横に着けたイクノが、冷ややかな眼差しで此方を見ていた。

 トップスピードに乗っている筈の自分。彼女に追いつく力なんて、ある筈ないのに。

「どうして……?」

「分かりませんか?」

 上擦った声に返るのは、酷く冷静な声。

 余裕があるのだ。

 それだけの。

 捉えられないターボを無理に追ったせいで、ペースが乱れた。

 呼吸を乱す偽テイオーを、憐れむ様に見て。

「なら、それが貴女の限界です。そして……」

 イクノディクタス。『鉄の女』。

「やはり、貴女は」

 冷たき二つ名、そのままに。

「テイオーでは、ない」

 鋼鉄の蹄が、彼女の意思を無慈悲に抉る。

 ◆

「頑固だよなぁ。ターボの奴も」

「アレが、あの子の拘りでございますから」

 呆れた様なゴールドシップに、タンホイザは特異げにフンスと鼻を鳴らす。

「後から失速して抜かれるなら、失速しても抜かれない距離を稼いじまえってか?」

 理屈は簡単だが、実行するのは至難の極み。少なくとも、不特定多数のライバルがひしめくレースで通用させる道のりは遠い。

「だからさ、ターボは絞ったんだよ。取り敢えずの目標、仮想敵を」

「それが、テイオーって訳か」

 テイオーが立つのは、相応の高み。そのテイオーに対応が叶う力を付ければ、自ずと彼女と同レベル以下の選手にも通用する道理。

「そもそも、ターボはテイオーをずっとライバルだって思ってるから。目標が決まったら、常時フルターボ状態ですわ」

「怖え怖え」

「イクノも同じ」

 偽テイオーを捉えるイクノの姿を見ながら、タンホイザは続ける。

 ◆

「ば……馬鹿にして……」

 ピタリと並走するイクノを振り解こうと、偽テイオーは脚に力を込める。

 もう限界まで稼働している脚に、更なる負荷を。

 瞬間。

「ひっ!?」

 左脚に走る、微かな違和感。痛み。

 それは、トウカイテイオーと言う存在に刻み込まれた破滅の呪い。

 彼女が生まれ持った宿命。仇花の枷。

 即ち、トウカイテイオーの写し身たる彼女にも。

 刻まれて然るべきモノ。

 思考より先に、本能が金切り声を上げた。

 駄目だと。

 これ以上は、危険だと。

 過った身体の危機を、本能が回避する。

 主導権を奪われた身体が、あからさまに鈍った。

 乱れるリズム。

 絡れる脚。

 全ては一瞬だけど。

 全てはその一瞬で終わる。

「お先に」

 聞こえた言葉は、せめてもの置き土産。

 鋼鉄の蹄で地を抉り。

 鉄の女は無慈悲に、偽りの帝王を抜き去った。

 ◆

「テイオーの弱点は、身体能力の高さに骨の強さが釣り合っていない事……だよね?」

「ああ、その通りだ」

 タンホイザの言葉に頷く、ゴールドシップ。

「アイツの筋肉や靭帯は柔軟で強靭で、瞬発力にも持続力にも優れてる。練習や成長でどうにかなるもんじゃねぇ。文字通り、天賦の才。アイツが天才って呼ばれた所以だ。だが、骨が駄目だった」

 他者と比べて、抜きん出た運動能力を持つテイオーの筋肉。けれど、それは言い換えれば運動によって生じる負荷もまたより激しいと言う事。そして悲しいかな、天は彼女の骨にまでは祝福を与えなかった。

 テイオーの骨密度は、平均レベル。常時の生活であれば兎も角、長距離の走行によって筋肉が生じさせる負荷には耐えられなかった。

「だから、アイツの脚は何度も折れた」

 彼女が高みを目指し。

 その力を求める程。

 天越の筋肉は暴悪に荒び、凡百の骨は暴威に悲鳴を上げて。

 耐え切れず、折れ散った。

 どうにもならない。

 筋肉の強さが天賦ならば、骨の弱さもまた天賦。

 それは、文字通り自然摂理の理。

 努力も根性も、介入する隙間は無く。

 古の言葉に等しく。

 天は彼女に、二物を与える事は無かった。

「だから、アイツは一生付き合っていかなきゃならねぇ。高い所を目指しゃ目指す程、いつかまた……って恐怖とな。で……」

 その眼差しが、偽テイオーを追い抜くイクノを映す。

「イクノちゃんの狙いは、ソコかい?」

「ですねぇ」

 少しの逡巡も無く、タンホイザは肯定する。

「イクノの長所は頑丈さだからね。ソレを盾にギリギリまでせめぎ合って、テイオーの『弱さ』を誘発する。実際に折れなくたって、あの時の感覚も恐怖も。身体と本能が覚えてる筈だから」

「んで、そん時の隙を狙って力尽くで捻じ伏せるってか? はは、ホントに脳筋だねぇ。鉄の淑女様は」

「……卑怯だと思いますかね?」

「んな泣き言抜かす奴ぁ、この界隈じゃ生きて行けねーよ」

 伺う様にかけられた問いを、バッサリと。

 考える事ですら無いと言う様に。

「『ボクは爆弾抱えてますから、気遣ってくださーい』ってか? 聞いたらテイオーちゃん、ブチキレだぜ?」

「だよねぇ」

 ちょっとだけ、笑い合う二人。

「それで折れんなら、テイオーはとっくに引退してるさ。まあ、一時ヤバかったが踏み止まった。何処ぞのお節介さん方のお陰でよ」

 素知らぬ顔で口笛なぞ吹く、タンホイザ。

「テイオーの脚にゃ、そいつ等のくれてやった添え木も埋まってる。ソレに気を遣うなんざ、テイオーどころかそいつ等まで侮蔑するってこった。許さねーよ。テイオー(アイツ)自身がな」

 思い出すのは、彼女の復帰戦。

 例え、肺が破れようと。

 鈍りの様な足が悲鳴を上げても、まだ動くと。

 数多の友の願い。想い。

 そして、大事な大事な。たった一人の好敵手(ライバル)に、奇跡は在ると証明する為。

 走り抜けた、あの姿。

 フォームはガタガタで。テクニックなんかどっか行け、で。何もかもが、無茶苦茶な走りだったけど。

 命の焔を滾らせ駆ける姿は、正しく『絶対の帝王』だった。

 どんなに上辺をコピーしようと。

 あの高みを、越えぬ限りは。

「……だが、テイオーの骨質が変わった訳じゃねぇ。走り続けてりゃ、いつかまた……」

 それは、宿命。

 トウカイテイオーと言うウマ娘が、星の下で定められたいつかの終わり。

 だから。それでも。だからこそ。

 彼女は走り続けるのだ。

 己自身と、その身に込められた皆の願いの為に。

「だから、カノープス(私達)は決めたんだよ」

「……何を?」

「『その時』が来たら、私達の誰かが。テイオーに引導を渡すって」

 ゴールドシップは、タンホイザを見下ろす。

 その目に、焔が燃えていた。

 昏く、けれど気高い。決意の焔。

「それが、テイオーを地獄に引き戻したカノープス(私達)のケジメだから」

 焔が燃える。

 カノープス。その意は、竜骨座α星。全天21の1等星が一柱。

 全ての天にて、次座に輝く恒星。

 竜の骨をも燃やす、昏くも猛き。

 生命の、劫火。

 ◆

(嘘だ……ウソだうそだ嘘だ!)

 叫ぶ。

 喚く。

 泣き叫ぶ。

 けれど、いくら喚いた所でソレが力に変わる事など在る筈も。

 遠ざかっていく、二人の背中。

 帝王よりも、ずっとずっと。下座の筈の。

 なのに、届かない。

 追いつけない。

 そんな事、在っちゃいけないのに。

(ボクは……テイオーなのに……)

 テイオーならば、負けないのに。

 負ける筈がないのに。

(それじゃ……それじゃ、ボクは……ボクは……)

 テイオーが、負けない相手。

 それに負ける、『ボク』は。

「……何、考えてんのかなぁ……?」

「!」

 聞こえた声に、三度怖気が走った。

「ネイチャ……!!」

「レース(勝負)中に、余計な事考えなさんな。そんなだから、アタシみたいなフツーに捕まるんじゃないかね?」

 怯えた声に、並んだネイチャが呆れた様な視線を向けた。

 ナイスネイチャの持ち味は、ジリ脚。

 目立たず。逸らず。けれど、決して沈まず。ジリジリと。

 延々の追跡。その果てに、疲れ果てた獲物を穿つ。

 まるで、孤狼の狩りの如く。

 そして、二人の想定外に乱された偽テイオーはいつしかその牙の射程内。

 逃げられない。

 絶対に。

「く……来るな! 来ないでよ!!」

 思わず漏れたのは、無様な懇願。ネイチャが、やれやれと溜息を吐く。

「何だよ……何なんだよ……お前ら……」

 けれど、一旦溢れ出した泣き言は止まらない。

 そんなもの、ただ惨めさを上乗せするだけだと言うのに。

「何で……何で、負けるんだよ……ボクが……トウカイテイオーが……お前に……お前達なんかに……」

 怨嗟の様な声。それを受け、ネイチャは静かに『分からない? それはね……』と。

 

「アンタが、テイオーじゃないから」

 

 声も。

 呼吸も止まる。

「キラキラしてないよ。アンタ……」

 そう言い残し、走り抜けた。

 絶望にヒビ入った、一人の虚構を置き去りにして。

 

 ◆

 

「終わったな」

「うん……」

 次々とゴールするカノープスの三人。そして、最早走り切る気力も無くコース途中で崩れ落ちた偽テイオーを交互に見て。ゴールドシップとタンホイザは頷き合う。

「確かにさ、私達はテイオーを目標に分析して対策して来たけど……」

 タンホイザは、地に這って息を切らす彼女を哀れむ様に見つめて言う。

「本当のテイオーだったら、こんな簡単にはまりゃしないよ。きっと……ううん、絶対跳ね返してくる。どんな逆境だって踏み台にする。そして、もっともっと先の。地平線の向こうまで、私達を置いてっちゃうんだ」

 

ーーあの時、みたいにーー。

 

「だから、私達も強くならなくちゃ。あの子に離されないで。食らいついて。その時まで、ずっと一緒にいられる様に。独りぼっちに、しない様に」

「ははっ」

 吹き出す様に苦笑する、ゴールドシップ。

「お前ら、ほんっとテイオーの事大好きだな?」

「ゴールドシップさんは、違いますので?」

 笑って答えない、不沈艦。

「ま、ソレはソレとして……」

 笑みを引き、視線を戻す。

「証明はされちまった。さて……」

 コレからが、自分が此処に来た意味。

「どうなる?」

 

 ◆

 

「皆、おつかれー!」

 駆け寄って労うタンホイザに、ターボが『おぅ!』と笑ってVサインした。

「カッコ良かったよー、ターボ!」

「そーだろ! ターボ、強い!! エッヘン!」

「このー! 調子に乗りおってからにー!」

「アハハハ」

 戯れ合う二人をほのぼのと見つめていたイクノの肩を、ネイチャが叩く。

「イクノ……」

 目を向ける。

 彼女が、立っていた。

 全身、埃と泥に塗れて。

 顔は涙でグチャグチャで。

 まだ整わない息を、嗚咽の様に揺らして。

 目は、虚ろ。

 あの不遜で傲慢で。強気な姿は、もう。

「負けたの……?」

 か細い声が、震える様に。

「ボク……負けたの……? キミ達に……」

「ええ、貴女の負けです」

 ハッキリと言い渡す、イクノ。

 適当な繕いなど、非礼でしかないと弁えているから。

「どうして……」

 首を振る。信じられないと、言う様に。

「ボクは……テイオーなのに……。テイオーなら、負ける筈ないのに……。どうして……どうして……」

 ユラリと上がった手が、グシャリと乱れた髪を掴む。もう、涙も溢れない。ただその顔が、苦痛に歪む。

 見かねたネイチャが、声をかけようとした時。

「そうだ。テイオーなら、負けない」

 口を開いたのは、ターボだった。

「テイオーは強い。負けない。けど、ソレは今のテイオーだ。ターボ達が、追いかけてるテイオーだ」

「今の……テイオー……?」

 何の事か分からないと言った彼女に、ターボは続ける。

「走ってみて分かった。お前は、テイオーかもしれない。けれど、昔のテイオーだ」

「昔……?」

「そうだ」

 強く、頷く。

「昔の強かった、けど、弱かったテイオーだ。今のテイオーは、お前よりずっと強い」

 ツインターボには、自負がある。

 あの時、諦めかけてたテイオー。彼女に、伝える事が出来た事。諦めないって事を、教える事が出来た事。

 彼女が、そんな自分達の想いを受け止めてくれた事。

 今のテイオーには、あの時の自分達の力が継がれている。

 だから、今のテイオーは強いのだ。

 あの時よりも。

 ずっと。ずっと。

 だから。

「ターボ達はずっと追いかけてる。今のテイオーと、勝負する為に。テイオーが走るなら、ターボ達も走る。昔のまんまの。止まったまんまのお前になんかに、追い付かれない」

 二色の瞳が、呆然と立つ彼女を真っ直ぐに見つめ。

「お前は、昔のテイオーだ。止まったままの、テイオーだ」

 ターボは告げる。

「今の、前を向いたテイオーじゃない」

 最高の仲間で、最強の好敵手(ライバル)。その誇りを。

「お前が、そんな格好だけでテイオーだって言い続けるなら」

 そして、そんな彼女と共に走ると誓った自分達の矜持を守る為。

 

「ターボ達は、絶対に負けない!」

 

 二連の炎機は、高らかに号砲を上げた。

 

 ◆

 

 全身から、力が抜けた。

 決定的で。

 絶対的な。

 否定だった。

 抗えない。

 否定し返せない。

 証明されてしまった。

 理解してしまった。

 理解してしまったら。

 もう、戻れない。

 そう。

 ボクは。

 僕は。

 私は。

 わ た し は 。

 

 トウカイテイオーじゃ。

 

 ない。

 

 気づけば、崩れ落ちた彼女を。

 皆が見ていた。

 カノープスの皆も。

 ゴールドシップも。

 凝視していた。

 一瞬だったけれど。

 まるで、世界が交差した様に。

 彼女に振れた。

 その、姿。

 驚きの沈黙が満たす中。

 戦慄く声で。

 誰かが、言った。

 

「キミは、誰だ?」

 

 と。

 

 ◆

 

「……もう一つ、訊きたい事があります……」

「何かな? 私に答えられる事なら、何でも答えてあげるよ?」

 カフェの言葉に、たきおんはニコニコしながら答える。

 単純に、問答が楽しいのか。それとも、もっと別の理由なのか。

 それは、分からないけれど。

「……さっき、言いましたよね……? そっくりさん(貴女達)は、プーカに無から造られた訳ではないと。『核』を元に、造形されたモノだと……」

「そうさ」

「なら……その『核』とは、何なのですか……?」

 たきおんが、ピクリと震える。

「貴女達の中にある……本当の貴女達とは、一体……」

 ほんの少し、間が在って。

 やがて、たきおんはポツリと言った。

 呟く様に。独り言ちる様に。

「……分からない、な……」

「え……?」

 泳いでいた視線が、カフェに向く。

「分からないんだよ、カフェ。そもそも、そんな疑問すら浮かびもしなかった」

 話す声は、まるで熱に上擦る様に。

「そうか……その通りだ。この偽りの身が、泡沫の仮衣を纏って成ると言うのなら……」

 彼女の手が、白衣の胸に。

「私達が私達に成る前の、『本当の私達』が在ると言う事か?」

 ギュウと、握り締める。その奥に在る筈の、己の真理に触れようする様に。

「知りたい!」

 彼女は求める。

「知りたい! 知りたい知りたい知りたい知りたい! 私達は何だ!? 私達の真実は、一体如何なるモノなんだ!?」

 彼女は。たきおんは。

 アグネスタキオンと言うウマ娘の写し身。影。

 切り取った一場面でしかない彼女は、閉鎖された可能性の住人。新しく知る事も叶わなければ。新たなステップを踏む事も出来ない。

 それでも、彼女は求める。

 それが、探究者の影たる己の。

 確かな意義と知っているから。

「ああ、カフェ」

 熱に浮かされた声で、呼びかける。

「キミは、どう思う? 私達の真実は、どんなモノだと思う?」

 彼女は求める。

 例えソレが、今より尚深い絶望に繋がるモノで在ったとしても。

 彼女の御魂は、探究者の矜持を持って。

 確かな、狂気を孕んだ瞳。 

 カフェはソレを懐かしく思い。

 そして、『ああ、やっぱり綺麗だな』……と。

 

 ◆

 

「コパぁ!?」

「ふんぎゃろ!?!」

 冷たい夜闇の中に、素っ頓狂な叫びが二つ。

 時間も時間なので誰も居なかろうと思っていた故、不意に顔を合わせてしまったが上の始末。

 互いの顔を認め、また目を丸くする。

「フクキタルさん!?」

「そう言う貴女は、リッキー大先生!?」

 愛用の水晶玉を持ったマチカネフクキタルと、同じ様に遁甲盤を携えたコパノリッキー。互いの持ち物と、この場所に居た意味を悟り『ひょっとして!』とまた声を合わせる。

「フクキタルさんも……?」

「そう言う先生もですか……」

 抜かしかけた腰を立たせながら、フクキタルは改める。

「お気づきになっていたのですね? 今、学園に起きてる忌事に」

「はい。私の大事な子が、巻き込まれてます」

「私もです」

 言って、手の中で煌めく水晶玉を見つめる。

「その忌事の根源について何か分からないかと、シラオキ様にお伺いを立てましたら……『此処』が」

「私は、同じ理由で。風水の導きに従って」

 リッキーの手の上で回る遁甲盤を見て、頷くフクキタル。

「全く筋の異なる神意と理。その双方が同じく示したと言うのなら、間違いないでしょう」

「はい……」

 頷き合い、二人は『それ』に目を向ける。

 在るのは、朽ちて口を開く大きな切り株。

 『大樹の洞』。

 その胎の中に、数多の少女の想いを飲み込んで来た。トレセン学園の。

 小さな、闇。

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