鎖影の庭   作:土斑猫

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【今だけは】

「全く……何処行っちまったんだい? あの子は……」

 アグネスタキオンの研究室(旧理科室)を飛び出したマヤノトップガンを追いかけたヒシアマゾン。曲がり角で見失い、途方に暮れる。

 実際のトレセン校舎を、まま再現した影の空間。間取りは分かるが、思う様に足が進まない。まるで、意識の底が霧でもかかった様に阻害されている。

(プーカの箱庭だから、か?)

 この校舎もまた、プーカが作った箱庭の一部。

 彼女の、支配下。

 あらゆる理も、また。

 自分やマヤノが此の世界に囚われずに済んでいるのは、盟友であるナリタブライアンの影響によるモノ。けれど、それはアマゾンとマヤノの二人が合わさって漸くプーカの権能に抗える程度。このまま別れていれば、またいつ囚われてしまうか分からない。

 いや。ひょっとしたら、その事までもプーカの……。

(手の内ってか……?)

 気に入らない。

 全くもって、気に入らない。

 弄ばれている。

 自分やマヤノ。そして、沢山の仲間達。

 その想いも、自由も。

 大事でかけがえのないモノ、何もかも。

 許せないのは、それらの行為に見え隠れする稚気。悪意の無い悪意。

 文字通り、玩具にされている事が如実に分かる。

 幼い子供が、昆虫や小動物の脚を興味本位でもぎ取る様な残酷な遊び。

 絶対上位者による、下位存在への搾取。

 正味、覆す事叶わないモノではあるが。

「覚えとくが良いさ」

 剣呑な声で、呟く。

「追い詰められたネズミが、ただ弄ばれるだと思うんじゃないよ」

 噛んでやるよ。皆の分まで。絶対に。

 ギリと八重歯を鳴らした、その時。

(……らしいな。アマさん)

 

「!」

 聞こえた声に、振り向く。反射的に身構えた先に居た……否、在ったのは。

 形を成さない、存在感だけの何か。

 けど。

「アンタは……」

 恐怖も、忌避感も生じなかった。何故ならソレは。

 ずっと、この箱庭で寄り添っていたモノだったから。

(そうか……)

 誰のモノでもない声で、ソレが言う。

(まだ、そう思ってくれるんだな……)

 ――こんなに、なっても――。

 儚く寂しい思念。答える、アマゾン。

「……ああ、分からない筈ないだろ……。アンタは……」

 ソレは、アマゾンとマヤノがこの箱庭に引き込まれた時。

 彼女達の『対』として生じたモノ。

 ここにおいての、彼女達の『伴侶』であり。

 『お守』であり。

 『首枷』。

 ナリタブライアンの、『そっくりさん』。

 けれど。

(違うな……)

 彼女ではない彼女が、笑う。

(私は、ナリタブライアンにはなれなかった。彼女の力が。想いが。強過ぎて)

 ――収め、切れなかった――。

 そう。彼女はナリタブライアンにはならなかった。ただ、彼女を思わせる香りを微かに纏って。二人の傍に佇むだけだった。

「でも、アンタはこっちのデジタルに……」

 それは、此方のデジタル自身が明かした事。

 ソレの束縛からアマゾンとマヤノを解放する為に、自分が手を下したと。

 マヤノが、逃げ出した理由。

(『私達』は、元々こんなモノだ。何者でもない。影と鎖の籠が壊れれば……いや)

 フフ、と笑う。

(私は元々、形にすらなれてなかったか……)

「…………」

 押し黙るアマゾン。そんな彼女に、『ソレ』は『そんな顔はしなくて良い』と囁く。

(私は、ナリタブライアンじゃない。お前達の想うナリタブライアンじゃない。偽りの自我に妄執を重ねて、お前達を箱庭(此処)に縛り付けるだけのモノと成り果てる筈だったモノだ。けれど……)

 怨嗟ではなく。

 憤怒でもなく。

 まして、悲しみでもなく。

(『アイツ』が、止めてくれた)

 ああ、と思う。

 『アンタは、そう思ってあげられるんだね』と。

 願う思いが、伝わる。

(だから、アイツを……)

「分かってるよ」

 受け止めて、答える。

「アンタが……当のアンタがそう思ってくれるなら、アタシらが怒らなきゃならない理由なんてありゃしない」

 そう言って、微笑みかける。

「マヤノだって、分かってるさ」

(……そうか……)

 心からの、安堵の気配。

 同時に揺らめいて、薄れて行く。

 理解する。

 彼女が。誰にもなれなかった筈の彼女が、今まで留まっていた理由は。

 アマゾンへの執着でも。

 マヤノへの未練でもない。

 ただ、自分を救う為に痛みを負ってくれた『友人』への想い。

 それなら。

「……なあ、アンタ」

 消え行く彼女に、伝えよう。

「アンタはやっぱり、ブライアンじゃないよ」

(…………)

「ブライアンは良いヤツだけど、そんな上手な優しさの見せ方は出来ないよ。アイツはもっと、ぶきっちょなんだ。そう、ほっといたら……」

 

ーー誰かの為に、平気な顔して一人になっちまう様なヤツさーー。

 

 ちょっとだけ、空気が揺れる。

(……だからお前は、ヤツの側にいるのか?)

「アタシだけじゃないさ。アイツの姉さんも、そしてマヤノだってそうだ」

 彼女はとても強いから。

 そうやって寄り添う。

 その強さに、彼女自身が食い殺されてしまわぬ様に。

(そうか……)

 苦笑する気配。

(私は、理解していなかった。『知って』はいても、宿す事は出来なかった。元よりヤツに成り代わるなど、出来る筈もなかったか……)

 自嘲の声に、続ける。

「そう、アンタはブライアンじゃない」

 ナリタブライアンにはなれず。故に何者でもないと称する彼女。

「だから」

 だからこそ、泡沫の交差。それだけで、確信出来たその事実を。

「その優しさは、アンタだけのモノだ」

 揺れる気配。

 ああ、やっぱり自覚していなかったのだと。

 偽デジタルも。たきおんも、そう。

 自分達を紛い物と信じる彼女達は、自分達の全てを作り物と思っている。

 悲しみも。

 痛みも。

 想いさえも。

 全てはコピペされただけのモノ。

 自分のモノでは無い。

 自分達に、心は無いのだと。

 きっとソレには、自衛の意味もある。

 心が在って。

 なお紛い物と知るのなら。

 ソレは正しく真の地獄。

 だから、彼女達は心さえも無いと言い聞かせる。

 中途半端は苦しいだけ。

 全部空っぽの方が、いっそ痛みは無い筈だから。

 けれど、君が確かに君ならば。

 他の誰でもない。たった一人の君ならば。

 その心も、違う事無く本物だから。

「アンタは、ニセモノなんかじゃない。アンタは、アンタだよ」

 ほんの少し、間が空いて。

(ありがとう……)

 安らいだ声が、響く。

 薄らぎ続けていた気配は、あと僅か。

「……行っちまうのかい?」

(その様だ……。まあ、思い遺しは晴れた。濁さず行くさ……)

 見えるモノは無いけれど、視線が合っている。そう、感じた。

(アマさん)

「ん?」

(悪い夢の様なモノだったが、アンタとマヤノと。一緒にいた時間は、悪くなかった)

「……そりゃ、光栄だね」

(だから……)

 少しの躊躇いを押して紡ぐのは、己を見てくれた者への細やかな。

(次が……そんなモノが、私達に在るのか分からないが……。もし、許されるなら……)

 

ーー私と、走ってはくれないかーー?

 

「!」

 ほんの少し驚いて、すぐに理解する。

 最期の望みが。あえかな先に望むモノがソレだと言うのなら。

 どんなに違う存在だろうと、彼女は。彼女達は、やはり『ウマ娘』なのだと。それならば。

「……勿論だよ」

 拒む理由など、微塵も無い。

 ただし。

「そん時は、手加減しないよ。真っ向勝負の、タイマンだ!」

(ああ……)

 終わりかけの、思いが揺れる。

 ソレまでとは違う、この上無き歓喜に。

(約束だ)

 約定の言葉と共に、差し出される気配。

 迷う事無く、此方も。

「ああ、約束だ」

 拳と拳。コツンとぶつけ合う。

 感覚だけ。

 けれど、確かに。

「ああ、あと一つ。言っとかないとね」

(?)

「守っててくれたんだろ? ありがとう」

 返された感謝に、はにかむ気配を遺し。

 誰でも無かった友人は、霧の中に溶けて消えた。

「さて……」

 彼女が消えた後。浮かび上がった扉に手を掛ける。ノブを回して引けば、アッサリと。

「あー、もう!」

 開けると同時に聞こえ来たのは、可愛い可愛苦悩の呻めき。亜麻色の髪をグシャグシャ掻き回す小さな背中に、呆れ声で呼びかける。

「やれやれ、此処に居たのかい?」 

「ひゃ!?」

 振り向いたマヤノの顔が、ヘニャリと弛む。

 次の句を継ぐ前に、弾丸の様に飛び込んで来る衝撃。

「おいおい、ちょっとは加減しておくれよ?」

「……ごめんなさい……」

 アマゾンの胸で頭をグリグリしながら謝るマヤノ。その頭を、優しく撫ぜる。

「……『アイツ』と、話したかい?」

「うん……」

「なら、分かってるね? アイツの気持ちも、願いも」

「……うん……」

 躊躇う様な間。確かに、蟠りは残ろう。どんなにそうじゃないと言われても、自分の大事な人の写し身が苦痛と共に刈られたのだから。

 だから、ソレについて詰めはしない。

 その痛みを曖昧にされる事は、彼女達が望まない。

 そして何より、アマゾン自身の中にも同じ蟠りが残っている。

 だから。

「無かった事にする事は無いさ。アンタがアイツの為に怒るのも、アイツが確かにいた証明だよ。怒って良いんだ。納得行くまで怒って、その上で……」

 

ーー偽デジタル(あの娘)と、向き合いなーー。

 

「ソレが、アタシが来るまでアンタを守ってくれてた『アイツ』へのお礼だよ」

 噛み砕き、飲み込む様な間。

 やがて、マヤノが呟く。

「マヤ……」

「うん?」

「あの子に、化け物って言っちゃった……」

「……そうだね……」

「どんな顔して会ったら良いのか、分かんない……」

「ふぅむ……」

 暫し考えて、思いつく。

「よし!」

「ひゃあ! なになに!?」

 急に膝を叩いて声を上げたアマゾンに、ビックリマヤノ。

「一仕事しようじゃないか! マヤノ、手伝いな!」

「え? え? な、何を!?」

「良いから良いから」

 困惑するマヤノを引っ張って部屋を出る。

 自分に出来る事なんてたかが知れてるけど。

 だからこそ、出来る事には全力を。

 誰にもなれなかった彼女達が、そうある様に。

 

 ◆

 

「さて、私がキミに与えられる情報はこれきりだ。後は此れを、『キミ側』の私に伝達してくれれば良い」

「……伝達……と言われましても……」

 たきおんに当たり前の様に言われて、マンハッタンカフェは困惑した。

「……現状、私が向こうに帰る術はありません……。携帯も機能しない此の世界で、どうやって……」

「ああ。そう言えば、その説明がまだだったね」

 立ち上がるたきおん。カフェに近づくと、彼女の目をジッと見つめる。

「ソレが、キミを。マンハッタンカフェをアレがこの箱庭に引き込む事を渋った理由さ」

 言いながら、金色の眼差しに顔を寄せる。

 まるで、口付けでも求める様に。

「覚えているかい? アレは初めて見た時、キミを『見鬼』と呼んだだろう?」

 けんき? 

 思い出す。

 初めてあの悪性と相見えた午後の廊下。曲がり角の暗がりから見えた、亀裂の様な笑顔。そして。

 

 ーー『見鬼』だ。 まだ いるのだ ねぇーー。

 

 言った。

 確かにアレは、自分の事をそう呼んだ。

「『見鬼』と言うのはね」

 カフェの目を愛でながら、たきおんは説く。

「キミの様な目の持ち主。現世とは別の世界を見晴らす者の事を言うのさ」

 ソレは、この世とあの世。顕界と異界。此方と彼方。在るモノと在らざるモノ。二つの世を共有する者。

 異なる世界を、繋ぐモノ。

「つまりキミは、『橋渡し』なのさ。この箱庭と、向こうの世界とを繋げるね」

「私が……?」

「だから、アレはキミを箱庭の住民に選ばなかった。キミが干渉する事を望まなかった。折角、閉じた門。その綻びとなりかねなかったからね。だが……」

 クスリと笑う。

 酷く、愉快そうに。

 酷く、嬉しそうに。

 酷く、誇らしそうに。

「キミは、アレの悪威に屈しなかった」

 カフェの目を愛でていた手が、スルリと落ちて。

「だからアレは、キミを此方に引き込まざるを得なかった。野に放っておくよりは、籠に入れておく方が粗相は出来なかろうと踏んだから。でも結果、その判断がこの肥溜めの様な箱庭に脆弱性を生んだ。そう、アレは十二分に把握していた筈のミスをむざむざ犯すと言う愚行を晒した。その事だけで、私達は胸が空く思いだ」

 たきおんの腕が、カフェを抱き締める。

 溜まりに溜まった、激情を吐露する様に。

「ありがとう、彼方の私のカフェ。キミのお陰で、人形に過ぎない私達があの悪性極まる毒親に一矢報いる事が出来る」

「たきおんさん……」

 不意の抱擁に驚いて押し返そうとしたが、触れる儚い熱にソレを止める。

 ーーどうか、今一時だけーー。

 そんな願いが、分かったから。

「では、キミがすべき事を教えよう」

「……はい……」

「キミにとっては、初めての事だが。必ず成せる事だ。怖がらなくて良い」

「……はい……」

「良いかい……」

 説かれた内容に、少し驚く。

 でも何故か、怖くは無かった。

 『彼女』は必ず手を貸してくれると。

 確信があったから。

「分かったかい?」

「はい……」

「良し」

 言って離れるたきおん。別に抱き合う意味など無かった筈だが。

「対価代わりと思っておくれ」

 そう言って笑う顔が、少しだけ懐かしかった。

 

「……あれ?」

 部屋の片隅で佇んでいた偽デジタルが、ふと顔を上げた。

「おや?」

「……この匂い……?」

 たきおんとカフェも気づいた途端。

「へい、お待ちー!!」

 威勢の良い声と共に、部屋の戸がバーンと開いた。同時に雪崩れ込んで来る、美味しそうな匂い。

「ア、アマゾンさん……? それと……」

 満面の笑みで入って来た彼女の後ろに、台車を押すマヤノの姿を認めてホッとする。

 しかし、ソレはそれとして。

「アマゾンさん……あの、コレは……?」

「見て分かんないかい?」

「いえ、その……分かりますけど……?」

 マヤノが押して来たのは、食堂の台車。その上いっぱいに並んだ料理を見て、一同目を丸くする。

「いやー。カフェを助けた時、ドアが壊せなかったろ? だから材料を切ったり煮たりするのも出来るか心配だったけど、ちゃんと出来て助かったよ」

「あ、ああ……キミは料理番(シェフ)として此処に連れて来られたからね。箱庭内で定められた役に関連する事項には干渉出来るんだ。しかし……」

 『どう言うつもりだい?』と首を傾げるたきおんに、アマゾンはまた豪快に笑う。

「何言ってんのさ。飯だよ飯。食べるに決まってんだろ? 皆で」

「……でも、アマゾンさん……。箱庭(ここ)では、お腹は……」

 そう。箱庭は停滞した世界。時間経過による事象の変動は基本無く、空腹も無ければ乾きも無い。

 けれど、『それでもさ』とアマゾンは言う。

「食事ってのは、何も胃袋を満たすだけじゃないさ。美味いモノを食べれば、心が満たされる。気持ちだって、丸くなる。優しくなれる。美味い食事ってのは、そう言うモンだ。特に、皆で食べれば効果はテキメンさ」

 そしてお皿を一枚、カフェとたきおんに向かって。上には、香しい匂いと温かな湯気をたゆらせる特大の人参ハンバーグ。

「さ、召し上がれ」

 女傑のウィンクに誘われて、お皿を受け取る。

 温かかった。冷たく満ちる空虚を、優しく染め上げる様に。

「……デジタルちゃん」

 もう二度とかけられる事など無いと思っていた声に、偽デジタルはハッと顔を上げる。

 立っていたのは、マヤノ。手にしたカップを、オズオズと差し出す。

「これ、ホットハチミー。アマゾンさんに教えて貰って作ったの……」

「マヤノしゃん……あたし……」

「謝っちゃ、駄目」

 向けられた言葉に、息を飲む。

「謝らないで。デジタルちゃんは、間違ってない。だけど、マヤも、謝れない。ゴメンで済ますには、ちょっと……大き過ぎるの……」

 分かっている。

 ソレを承知で、自分は『彼女』を手にかけた。何の事は無い。自分には、目の前のこの娘達こそが大事だったから。彼女達がこのまま虚無に蝕まれるままなど、耐えられなかったから。

 写し身とは言え、ナリタブライアンを殺めた者をこの娘が許せる筈が無い。

 許しては、いけない。

 だから、彼女との決裂は当然の対価と納得していた。

 覚悟していた。

 全ては、己の浅ましい我欲の。罪禍の報いだと。

 なのに。

「飲んで」

 目の前で、黄金色の液が揺れる。

 まるで彼女の怒りを。悲しみを。痛みを。溶かして湛えた様に。

「マヤは、飲んだ」

 少女は唄う。

「だから、デジタルちゃんも飲んで。飲んで、仕舞っちゃおう? 悲しい事も、許せない事も。全部、全部」

「でも……あたしは……」

 受け取れないと思った。

 自分の罪は、マヤノに対してだけでは無い。

 この手にかけた、彼女の分も。

「怒ってないよ」

 別の方向から飛んで来た言葉に、胸が跳ねた。

 アマゾンが、こっちを見ていた。

「アイツは、怒ってなかった。恨んでもいなかった」

「アマゾンしゃん……」

「感謝していたよ。アンタに。罪から解放してくれて、ありがとうって。そして、心配してたよ?」

 

ーーアンタの、事ーー。

 

「ーーーーっ!?」

 震える偽デジタルに、アマゾンは微笑む。

「アンタが自分を許せないって言うなら、ソレでも良いさ。その代わり、アイツの為に進んであげな。ソレが、アンタ達の言う『対価』ってヤツさ。アイツがアンタに向けた、想いに対してのね」

 息を飲んで、視線を戻す。

「デジタルちゃん……」

 震える手で、カップを受け取る。

 静かに口を付け、飲み下した罪禍。

 甘くて。苦い。

 選ぶ事は常に痛いけど。

 選ばずに、進む事は叶わない。

 消えぬ罪を、せめても甘さで誤魔化して。

 命の、味。

「……美味しい?」

「……はい……。はい……」

 頬を伝う雫。

 ああ、どうか。

 この温もりだけは、偽りでないと思わせて。

 

「……叶わないね」

 たきおんの呟きに、カフェが目を向ける。

「全く、叶わないよ。キミ達オリジナルには。そして……」

 愛しい視線を、カフェに返し。

「キミ達の写し身であれる事を、私は誇りに思う」

「……そうですか……」

 カフェもまた微笑んで、踵を返す。

「……この部屋もオリジナルに沿っているなら、私のコーヒーセットもありますね……。食後には、お茶がいるでしょうから……」

「ああ、頼むよ。……そうだな。私も一杯所望しよう。キミ自慢の一杯を、直に味わってみたい」

 その申し出に、不敵に笑んで。

「……わかりました。それでは、飛び切りコクのある逸品を……」

「……お手柔らかに頼むよ」

 苦笑いして、ハンバーグを一欠片頬張る。

「どうだい?」

「……美味しいよ。本当に、美味しい……」

 ニパリと笑うアマゾンに、笑顔を返す。

 噛み締める幸福は、確かに此処に在るモノで。

 真実なんて、何も無い此の身だけど。

 それでも、彼女達の前に在れる事を。

 二人の虚ろは、消えぬ喜びと内に刻んだ。

 

 ◆

 

「キタちゃん!?」

「テイオーさん!!」

 濃い霧を抜けた先。広がった部屋の中で合わせた顔に、トウカイテイオーとキタサンブラックは揃って驚きの声を上げた。

「キタちゃん、無事だったんだね!?」

「テイオーさんも、此処に!」

 互いに駆け寄ろうとした二人の首に、鎖が巻き付く。

「グェ!?」

「んぎゅ!!」

 二人の首を、家畜でも従える様に引きながらプーカが言う。

『……そっち じゃない わ。 こっち 』

 引きずられる様に向けられた方向には、青い月光の様に光る荊棘が絡み付いた幾条もの鎖。

 まるで、透麗な鳥籠の様に編み込まれたその向こう。

 胎児の様に身を丸め、静かに寝息を立てる少女。

 認めた二人は、三度驚きの声を上げる。

「ファイン……さま……!?」

 そんな二人に、プーカは冷たく告げる。

『さあ、 歌い なさい。 歌姫。 踊り なさい。舞姫』

 脅す様に、首に絡んだ鎖がキリキリと。

『貴女 の 囀りで。貴女 の 舞い で。お寝坊 のティターニアを 起こし なさい』

 唄う声は鈴虫の様にか細くて。積む雪の様に冷たくて。

『歌い なさい。 踊り なさい。 お寝坊ティターニアが起きる まで。命が尽き ても、やめ ちゃ、 駄目』

 目の前の少女二人に、欠片程の愛も無く。

『その 為に、貴女達 は在る事を 赦さ れる。もし も 出来ない と言うの なら 』

 だから、そうする事は当たり前。

『踏ん で 潰し て、 塵の 屑』

 キリキリ、キリキリ。

 鎖が嗤う。

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