鎖影の庭   作:土斑猫

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【一人じゃないよ】

 少女は眠る。

 此処は箱庭。

 彼女の為に生まれ。

 彼女の為に誂えた。

 変わらない。

 壊れない。

 数多幾多那由多と続く、夢幻の箱庭。

 無限の鳥籠。

 けれど、彼女は目覚めない。

 此の箱庭に満ちる甘さも。

 此の鳥籠に続く安らぎも。

 彼女が求めるモノでは無い故に。

 だから、彼女は眠る。

 空っぽで甘ったるい夢の底。

 一握の、確かな苦さを抱き締めて。

 

「ファインさま……」

「こんな……」

 鎖影の鳥籠の中、瞼を閉じて胎児の様に丸まるファインモーション。身動ぎ一つしない様に、不安を覚えたキタサンブラックが駆け寄る。

「ファインさん、ファインさん!? どうしたんですか!? 何かあったんですか!?」

 籠の柵を掴み、呼びかける。けれど、反応は無い。

「ファインさん! ファインってば!!」

 必死に。悲痛ささえ混じり始める呼びかけ。それでも。

「ぅぐっ!?」

 呼びかけが、くぐもった悲鳴に変わる。

 蛇の様に伸びて来た白い手が、キタサンの襟首を掴んで引きずり戻す。

『 騒々 し い』

 もがくキタサンを放り出しながら、プーカが言う。

『騒がし いの は嫌 い 』

「……ファインさまに、何したの?」

 咳き込むキタサンを抱き起こしながら、トウカイテイオーはプーカを睨み付ける。

「何したの? 答えて!」

 暗い孔の様な眼孔。その中で光る金の目が、テイオーを見下ろす。怖気が走るが、怯まない。

「……もし……もし、お前が『こっち』のマックイーンにやったみたいな事をファインさまにもしたんなら……」

 輝羅綺羅と舞う芦毛の髪。

 真っ赤に散った、朱の雫。

 儚く。

 けれど、とても綺麗に。

 微笑んだ顔。

 例え、泡沫の夢であったとしても。

 擦れる事無く、焼き付いているから。

 だからこそ、テイオーは誓ったのだ。

 もう誰にも。

 あんな悲しい笑顔は。

「ボクは、絶対に許さない……!」

 凛と見つめるテイオーを見て、プーカは不思議そうに。本当に不思議そうに、首を傾げる。

『怒っ てる ? 何で 怒ってる のか しら ?』

 思い巡らす様に、金色の目がクルクル動く。

「な……!」

 愕然とする。

 覚えてない。

 本当に、覚えていないのだ。

 あの娘の事も。

 自分の所業も。

 忘却ではない。

 端から、記憶に残していない。

 取るに足らない、『些事』だったから。

「ふざけ……」

 思わず掴み掛かろうとしたテイオーを、咄嗟に伸びた手が抑えた。

「ダメです! テイオーさん!」

「キタちゃん……」

 怒りに火照る身体を抱き締めながら、キタサンは彼女の耳に囁く。

「落ち着いてください。この人の感覚はあたし達とどうしようもなく『ズレて』います。下手に挑んだりしたら、ソレこそ何をされるか分かりません」

「でも……」

 重々承知していた。あの時、あの娘にあんな事をしたのも。

 深い意味も、考えも無い。

 邪魔だから、叩き潰しただけ。

 人が、五月蝿い羽虫にそうする様に。

 分かってる。

 コレは。

 目の前のコレは。

 自分達の存在を、その程度にしか見ていない。

 手向かえば、きっと。

 でも、だから。

 だからこそ。

 許せない。

「テイオーさん!」

 弾けそうになる激情。ソレを抑え込もうと、キタサンは抱き締める腕に力を込める。そして。

「『あの娘』との、約束があるんでしょう!?」

「!」

 一気に、頭が冷えた。

 そう。約束がある。

 今際の際、あの娘から受け取った約束が。

「キタちゃん、どうして……?」

「ああ、やっぱりテイオーさんの側にも、居たんですね……」

 ホッと息を吐いて、キタサンは言う。

「あたしにも、いました。此処に連れられて来て。一人だった側に、ずっと一緒に居てくれた『友達』」

 とても曖昧で。夢の様な存在だったけど。確かに。

「その娘と、約束しました。あっちで、待ってるって。だから、あたしは必ず帰ります。約束、破りたくないから。ソレに……」

 ふと切って、思い出すのは幾つもの顔。

 親しい人。

 大好きな人。

 ずっと一緒に、いたい人。

「待ってくれてる、人達がいます」

 『テイオーさんだって、そうです』と続けて。

「居なくなっちゃったら、泣いちゃう人達が沢山います。トレーナーさんとか、会長さんとか、スピカの皆さんとか、ファンの人達、ライバルの皆さん、あたしやダイヤちゃん、側に居た『その娘』、そして……」

 

 テイオーさんの、特別な人……。

 

 思い浮かぶ、彼女の顔。

 胸が、キュンと痛む。

「だから、自分を大事にしなきゃ駄目です。帰りましょう。一緒に。大切な、皆の元へ。どうしても、辛いなら……」

 もう一度、ギュッと抱き締めて。

「今は、あたしが側にいます」

「……そうだね。ありがとう、キタちゃん」

 守らなきゃいけない約束がある。

 守ってあげたい人がいる。

 伝えなきゃいけない、想いがある。

 だから、今はどんな痛みだって。

「帰ろう。一緒に」

 お礼代わりに、ギュッと抱き締め返す。

 くすぐったそうに笑って、キタサンももう一回抱き締める。

「はい。テイオーさん」

 そして、二人クスクスと。

 一人じゃないから、何より強い。

 

 視線を感じて横を見ると、しげしげと見てる金色の目。ギョッとする二人に、しゃがんで視線を下げたプーカは呆れるでも怒るでもなく。

『番う のは、 後にし て くれ ない ?』

「……つが」

「う……?」

 言葉の意味を察し、ハッと互いを見る。

 改めて客観的に見る自分達の状態。

「わ! わわ!!」

「す、すいません! テイオーさん!!」

「ボ、ボクこそゴメン! キタちゃん!!」

 慌てて離れる。恥ずかしいとかドキドキするとかよりも、妙な罪悪感が強かったり。

『そうそう。 やる 事 やっ たら、やる事 やっ て 良い から。聞き分け の良い 子は、好き 』

 サラッととんでもない事言われて、真っ赤になる純な若人二人。

「ちょ、な、何言ってんのさ!? や、やyaヤ、やる事って、何さ!?」

「へ、へ変なヘンな事、い、言わないでください! だ、大体! テイオーさんには、決まった人が……」

「ぴぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよキタちゃん! ボク、マックイーンとそ、そそ、そんな事……」

「え? アレ?? でもテイオーさん、マックイーンさんの事……」

「そ、ソレは、そう! そう、だけど……ソレとコレとはちょっと……ってああ、もう! ソレだったらキタちゃんだって人の事言えないじゃん!!」

「……え? そうなんですか!?」

「え!?」

『え ?』

 テイオーと、何か知らないけどプーカにまで驚かれて狼狽えるキタちゃん。

「な、何ですか!? 二人揃って!??」

「だってキタちゃん、ダイヤちゃんの事……」

「ダ、ダイヤちゃん!? いや、ダイヤちゃんは大切な親友で幼馴染でライバルで綺麗でとにかく大事で遠くに行っちゃダメでずっと一緒でずっとずっと……側に……あれ? アレアレ!?」

『それ なら、あの チマ っこい 魔女 ? 筋に 立つに は大概 かかり そう だけど 』

「す、スイープさん!? いえ、スイープさんは大切な友達で先輩でぶきっちょで可愛くてとっても心配で見てなきゃダメで大事で大切で……つまり、つまりその、大事な人……アレ? あれれ??」

「ま、まさか……時々お話ししてる風水の……?」

「リ、リッキーさん!? いやいや! リッキーさんは小さい頃一緒に遊んでただけの大好きなお姉ちゃんで練習相手に選んでもらって嬉しかっただけの大事で大切な……あれぇえ!?!?」

 大事と大切がゲシュタルト崩壊。

「あ、あたしは……あたしはただ、皆が大好きで大事で大切で一緒にいたいだけで……!?!??!」

「キ、キタちゃん……?」

『コレ、 アレ。天性 の人 垂らし』

 パニくるキタサンを前にオロオロするテイオー。その横で、何やら納得するプーカ。

「ひ、人垂らし……」

『たまに、在る の。その気も 無い のに、やたらめったら 周り の同族同輩 を魅了 して しまう性 の子。大体善性 が強くて、忌避感 を抱か せない』

 『あ、まんまキタちゃんだ……』と納得してしまうテイオー。

『本人に自覚 も悪気 も無い から、殊の外 タチ が悪い。子羊 を 狙う狼 の方が、悪意が 読める 分まだ マシ』

「…………」

 大概あんまりな言われ様だが、思い当たる節が有り過ぎて否定出来ない。

『まあ、ほぼ ほぼ何処 かで 刺されて、長生き 出来 ない んだ けど』

「ぴぇえ……」

 割と有りそうで、イヤ。

『成程。此の子 に憑け た『影』も、誑かさ れちゃっ たのね。理 外れ の正体。怖い 怖い』

 合点が入ったと言う風にケタケタ笑う。

 笑えない。

「あたしは、あたしは一体どうしたら良いんですかー!?」

 いや、そりゃアンタしか分からんのよ。

 キタサンの絶叫に、異質たる筈の二人の心が同時にツッコんだ。

 

 ◆

 

「ん……?」

「むむ!?」

「ど、どしたの? 二人共?」

 突然キョロキョロと挙動不審になるサトノダイヤモンドとスイープトウショウ。何事かと、コパノリッキー。

 場所は人気の絶えた放課後のグラウンド。偽キタサンとの勝負に備え、ダイヤの秘密特訓の為に集まった三人な次第。 

 冷たさを増して来た黄昏の風の中、感じた気配に呟くダイヤ。

「今……キタちゃんの声が……」

 聞いたスイープも頷く。

「アタシも聞こえたわ。そんで、何かメッチャイラッと来た」

「……スイープさんもですか?」

「アンタも?」

 顔を見合わせる二人。

「ま、まあ……確かに何やら不穏な氣の揺らぎはあったけど……?」

 二人から立ち昇るドス黒い氣にビビりながら、此方も何かを察するリッキー。

「何て言うか、キタサンの尻尾の毛でも毟り取ってやりたい気分だわ」

「……尻尾なら、走るのにも支障は無いですね」

「無いわね」

 見つめ合う二人の顔が、ニタリと悪く笑う。

(うわー。キタちゃん、帰って来たら大変だなー)

 などと思うも、止める気はサラサラ起こらなかったりするリッキーさん。ソレどころか。

「……私も二、三本毟っちゃおうかな? 風水的厄祓いとか言って」

 遠い昔に仕舞った想いと言えど、消費期限が切れた訳でもないので。

 まあ、それくらいは宜かろう。氣を濁らせる過度な我慢は、風水的にも好ましく無いのだ。

 そうやって、一人密かに結論付ける。と。

「うわ、珍しい。リッキー、メチャクチャ悪い顔してる!」

「おやおや。遅くなっても帰らない子は、怖い鬼さんに連れてかれるよって言うつもりだったけど。こりゃ鬼さんの方が逃げてっちゃいそうだねぇ」

「コパァ!?」

 急に聞こえた声に飛び上がる。

 人がいない時間を選んだのにと振り返った先には。

「タルマエ……ソレに、アキュートさん……?」

「ゴメンねぇ。驚かせちゃったかい?」

「何さもう、お化けでも出たみたいに」

 ポカンとするリッキーに向かって笑う、ホッコータルマエとワンダーアキュート。

「二人共、何で……?」

「ああ、そうそう。コレコレ」

 そう言って、取り出したコピー用紙を渡すタルマエ。

 見れば、書き込まれていたのはトレーニングメニュー。それも、明らかにサトノダイヤモンドの個性に合わせた特別仕様。

「え……コレって……」

 困惑するリッキーを見て、アキュートが笑う。

「さっきダイヤちゃんのトレーナーさんに捕まってねぇ。アンタ達に渡して欲しいって、頼まれたんだよぉ」

「でも、ソレは……」

 此度の特訓、個人の問題故に自身のトレーナーには内緒にして欲しいと言うのがダイヤの願い。

 けれど、アキュートはまた笑う。

「あはは、若いねぇ。あたしらにも分かる事か、トレーナーさん達に見通せない筈無いんじゃないかい?」

「……コパ? バレてたの?」

 うんうんと頷くダート組二人。思いの外鋭い。対人戦に特化した現役アイドルの観察眼と、長年の経験に培われた老獪(?)の勘を甘く見ていた。

「ダイヤちゃんのトレーナーさん、言ってたよ。『僕に言わないのは、ダイヤ自身の考えと信念が在るからだと思う。彼女の事は、尊重したい。ただ、どうにもならない時があったら、迷わず相談して欲しい。必ず、力になるから』ってさ」

「後、『くれぐれも、身体にだけは気をつけて』って釘も刺されたねぇ」

「……そっかぁ……」

 把握して、もう一度手にしたコピー用紙を見る。

 綿密かつ、効果的なメニュー。ダイヤと共に走り続けて来たトレーナーだからこそ、組めるモノ。所詮、その道素人の自分やスイープではこうは行かない。

「トレーナーさん達は学園職員としてのお役目があるし、今はファインちゃんの事が最優先だからねぇ。大人の人は大変さ。色んなしがらみがあってねぇ。でも……」

 優しく優しく、アキュートは説く。

「やっぱり大人だから。ちゃんと見ててくれるんだよ。子供(あたしら)の事を」

「そう、だね……」

 『敵わないなぁ』と目を細める。ダイヤも間違い無く、喜ぶだろう。

「そう言う訳で、私らもトレーナーさんに『手伝うならしっかりやれ』って喝入れられて来たから。ガッツリやるよ? 私達自身のトレーニングも兼ねて!」

 フンスと意気込むタルマエ。その手には、荷物がまだ幾つか。

「ああ、コレ差し入れ。苫小牧名物ハスカップの生ジュースとジャムサンド! アントシアニンたっぷりで夜の練習でかかる目の負担にピッタリだべ!」

「あたしも、ぽりぽりさん持って来たよ。汗かいたら、ちゃんと塩分も補給しないとねぇ」

「当然、大根のハスカップ漬けも健在だべ!」

「……二人共、ありがとう……」

 盟友の心遣いにジーンとしていた、その時。

「バックシーン!」

「コパァ!?」

 今度は反対側から飛んで来た大音量。前のめりにぶっ倒れそうになるのをアキュートに支えられ、何事かと振り返って見れば。いつの間に来たのか(盛大に舞っている土埃を見るに、突貫して来たのはたった今)ダイヤの目の前でハッスルしているサクラバクシンオーの姿。

「聞きましたよ、ダイヤさん! 何でもキタさんの一大事で、打開の為に彼女と勝負するとか!? キタさんは私にとっても志共にする同士にして後進を託すべき後輩! となれば、結論は一つ! 此処は私、サクラバクシンオーも力をお貸しするべきでしょう! ダイヤさん、不肖の身ではありますが! 必ずや力になります! キタさんの為、彼女の親友一同として共にバクシンしましょう! バックシーン!」

 ダイヤの両手をガシッと握って、ブンブン振り回す脳筋学級委員長。されるがままのダイヤ。

 有り難いが、ホントに事態を把握しているのだろうか?

「ところで、キタさんの一大事とはどの様なモノで?」

 やっぱ分かってなかった。

「な、何よコレ……。情報、ダダ漏れじゃない……」

 急激に騒がしくなった状況に目を白黒させてるスイープ。で、その肩を叩く手。

「ぬぁあ!! 今度は誰よ!?」

「きゃ! ご、ごめんなさい!」

 キレ気味で振り向いた剣幕に、小鹿の様にビビる眼鏡の少女。

「あ、あら? ロブロイじゃない」

「は、はい。こんばんはです。スイープさん……」

 腰を抜かしたまま、ペコリとお辞儀するゼンノロブロイ。

「アンタまで来たの?」

「はい、スイープさん達が大変だと聞きましたので。何かお力になれればと……」

「はあ……もう秘密もへったくれも無いわね……。グランマから不伝聞の魔法でも習っとけば良かったわ」

 ロブロイを助け起こしながら、溜息をつくスイープ。

「……お邪魔でしたでしょうか?」

「いいえ」

 心配そうな顔をするライバルに、そう言って首を振る。

「正直、助けは多い程助かるの。アンタみたいな頭脳労働担当は貴重だし。あの爆走脳筋の相殺くらいは出来るでしょ?」

 バクシンオーの方を示されて、ロブロイはクスリと笑って『頑張ります』と答えた。

「赤鬼やフラッシュちゃんも、後で来てみるって言ってたよ」

「トレーニングが制限されて、みんな暇してるんだべな」

 アキュートとタルマエの言葉を聞きながら、リッキーは思う。

(氣が……陽の氣が集まってる……)

 確信が、生まれる。

(覆せる。必ず)

 想い馳せるは、彼女の元。

(助けるよ。キタちゃん)

 その決意が、届くを信じて。

 

 ◆

 

 ダイヤの元に集う皆の姿。キタサンブラックの形を借りた彼女は、ソレを離れた木陰から見ていた。

「……眩しいな」

 想い想われる仲間。影でしかない自分は、入る事も叶わない光の世界。その中心に居る、ダイヤを見つめて。

 沢山の輝羅綺羅の中で、一際綺麗に輝く宝石。

「アタシが欲しいのは、たった一つなんだけどな……」

 沢山の、輝きの向こう。

 届くだろうか。

 彼女に近づく為。

 キタサンブラックを超える為。

 思いつく限りの事をして。足掻いて来たけど。

 今だにソレは叶わない。

 分かっていた事。

 自分が越えようとしているのは、世界の理(ことわり)。

 『キタサンブラックで在れ』と定められた、己の定義を覆す事。

 生半可な事じゃ叶わない。

 そして実際、叶ってない。

 ああ、やっぱり。

「無理……だったかなぁ……?」

「諦めるのか?」

「!」

 独り言ちた言葉に予期せぬ応答。振り向いた先に、佇む男性。

「トレーナーさん……」

「最近一人で何かしらやってると思ったら、俺に黙ってダイヤとよろしくやるつもりだったのか?」

 皮肉る彼を、冷めた目で睨む。

「……コレはダイヤちゃんとアタシの問題です。トレーナーさんの手は煩わせませんので」

「……やっぱりお前、キタサンじゃないんだな」

 ピシリと、緊張が走る。

「……何、言ってるんですか?」

「……その顔だよ」

 睨む彼女に、そう言って苦笑する。

「キタサン(あいつ)は、名前の通り太陽みたいな奴だ。どんな嫌な奴だって、暖かく照らしちまう。そんな、相手を射殺す様な目はしないよ」

「…………」

「参ったね。生徒の一部が別人と入れ替わってるって話は聞いてたが……花子さんみたいな都市伝説の類だと思ってたよ」

 ポリポリと頭を掻く彼を、ジッと見つめる。

 キタサンブラックの記憶から、彼の事は良く知っている。色々とずぼらな所は有るが、トレーナーとしては極めて有能。認識されてしまった以上、誤魔化しは効かない。

 腹を、括る。

「……分かってるなら、丁度良いです。心置きなく、放っておいてください。貴方には何もしません。けど、もし何か余計な事をするって言うのなら……」

「行き詰まってるんだろ?」

 息を、飲んだ。

「だいぶ無茶なトレーニングをしてるみたいだが、記録は伸びてない。伸びもしなければ、悪くもならない。俺の知ってるキタサンの最高値、そのまま。文字通り、打ち止めって訳か」

 

ーーキタサンの、代用品としてのーー。

 

 鋭い音が走って、後ろの木の幹でバチンと弾けた。

「次、当てますからね?」

 石を蹴り上げた脚を下ろしながら、言う。

「はは、大した暴れウマだ」

 掠めた頬から流れる血を拭い、笑うキタトレ。

「……分かってるんですよ。そんな事……」

 一切の敵意を隠さずに、彼女は言う。

「分かった上でやってるんです。そうでなきゃ、ダイヤちゃんは手に入らない」

 どんな理由が有ったとしても、諦めると言う選択肢は等に消えていた。

 例えソレが、ダイヤ本人の悲しみの上に成り立つモノであったとしても。

 やっと見つけた、生きる意味だから。

「話が終わりなら、もう行きますね。余裕無いんですよ。悪いけど」

 言い捨てて、歩き出す。すれ違おうとした、その時。

「超えられるのか?」

 足が止まる。

「一人で、超えられるのか? 俺の傑作(キタサン)を」

 振り返れば、不敵な笑みを浮かべるキタトレ。

「……言いましたよね? 次は当てるって……」

 ギリと牙を鳴らす彼女の顔をしげしげと眺め、彼は言う。

「良い顔だな。学園の生徒達は皆純だ。ワルを気取ってる連中も、根っ子は変わらない。優秀な種子だが、たまには嗜好の違った味も試したくなる」

「……何が言いたいんです?」

 真意を測りかねる彼女に、改めて向き直る。

 

「真面目に、俺の指導を受けてみないか?」

 

 時が止まった。

「……何を言ってるか、分かってます?」

 次の声は、絞り出す様に。

「アタシは、あくまで『キタサンブラック』の代理です。この世界における、彼女の居場所。ソレを埋めるのが役目。アタシが居る限り、貴方のキタサンブラックは戻って来れない。あの娘の事、諦められるんですか?」

「無理だ」

「でしょう?」

 話にならない、と再び歩き出そうと。

「……オカルトな理屈は良く分からないが」

 構わずに、話し始める声。

「要はお前が『キタサンブラック』じゃなくなれば良いんだろう?」

「!」

 ドキリと、胸が鳴った。

「お前の事は、練習を見てて大体理解している。可能性の塊だ。キタサンブラックと言う類稀なる名バの、有り得たかもしれないもう一つの未来の在り方だ」

 可能性?

 『現在』のキタサンブラックの切り抜き。

 閉鎖された可能性しか有り得ない自分に。

 可能性?

 未来?

「俺にも、未練が有る。手掛けられるウマ娘は、数える程。何本ものルートの中から、選べるのはたった一本。選んだルートは最善と信じつつ、何度も夢に見るんだ。選ばなかったルートの先に在った筈の未来を」

 彼女が、もう一度彼を向く。

 彼は、踏み出す。

「お前は、その有り得たかもしれないルートの一つだ。俺が見たかった、キタサンブラックとは別の。もう一つの恒星だ。俺は、その輝きを見たい」

 歩み寄って来る彼に向かって言う。

「……アタシは、アスリートにはなりません」

「だろうな」

「記録も、賞にも、メダルにも興味は無い」

「構わない」

「欲しいのは、ダイヤちゃん。サトノダイヤモンドだけ」

「充分だ」

「その為に、ダイヤちゃんが泣いたって構わない」

「彼女も承知の上なんだろう? なら、恨みっこは無しだ」

「キタサンブラックを、奈落の底に堕とすかも知れない」

「俺が責任を取る。アイツと一緒に、奈落とやらの道中を逝ってやる」

 互いの位置は、もう間近。

「ああ」

 彼女が笑う。合点が入ったと言う風に。

「貴方も、狂ってる訳ですか」

「この世界はな、狂ってなんぼなのさ」

 向き合う。

 見上げ。

 見下ろし。

 悪しく。

 邪ましく。

 笑い合う。

「どうにかしてくれるんですね? このクソッタレな『行き止まり』を」

「そいつは行き止まりじゃない。ただの壁だ。壊させてやる。越えさせてやる。その先を、見せてやる。だからお前も、魅せてくれ」

「……そんなに、良いモノですか?」

「ああ、飛ぶぞ?」

「そんな快楽に、興味は無いですけど」

 言いながら、差し出す手。

「折角だから、利用させて貰います。アタシの、泡沫の酔狂の成就に」

 無骨な手が、その手を握り返す。

「俺も利用させて貰う。下らない自己満足の酔狂を満たす為にな」

 契約成就の握手。

 彼女は言う。

「多分、短い間ですが。よろしくお願いしますね。『共犯者』さん」

「ああ。ソレじゃあ、早速悪巧みの考案と行こうか? 『ハエノツキカゲ』」

「……何です? ソレ」

「お前の『取り敢えず』の呼び名だよ。キタサンとは、別の者に成るんだ。キタサン呼びは嫌だろう?」

「由来とか、有ります?」

「『ハエ』は『南風』と書く。『キタ』の対義だな。『ツキカゲ』ってのはまんま『月の影』だ。俺がガキの頃に好きだった特撮ヒーローがな、『黒い太陽』って意味の名前だったんだ。そのライバル。悪の王子様の名前さ」

「へえ……」

「嫌か?」

「いいえ、カッコいいです。癪だけど」

「だろ?」

 悪童同士の笑いを交わし、二人の異端は夜闇の中へと溶けて行く。

 

「……!」

 何かを感じて、ダイヤはその方向に視線を向けた。

 皆が集まる熱気から、遠く外れた夜闇の中。

 もう、誰もいない月影の向こう。

 確かに、彼女の残り香が。

(いたんだ……)

 何故か、分かる。

 いや、理由は知っている。

 全ては、彼女がキタサンブラックの写し身だから。

 例え、幻想であったとしても。

 サトノダイヤモンドが、キタサンブラックの存在を見過ごす理由は無いのだから。

 天の理。

 地の自明。

 でも、ソレは『彼女』が拒絶した事。

 彼女は、キタサンブラックである事を自ら拒み。

 その上で、ダイヤを欲しいと言った。

 真摯なる、己自身の言葉で。

 だから、ダイヤも答える。

 己の意志を。

 大事な者を、諦めない意志を。

 例えソレが、彼女を否定する事であったとしても。

 

――負けない――。

――負けないから――。

 

 片方の刃は光の中で。

 もう片の牙は闇の澱みで。

 キシキシ。

 キシキシと、研ぎ上げる。

 互いの首を。

 互いの想いで、掻き切る為に。

 

 ◆

 

「あ……?」

「どうしたの? キタちゃん」

 何かを感じた様に視線を泳がせるキタサン。問いかけるテイオーに、夢を見る様な顔で答える。

「聞こえたんです……。ダイヤちゃんの、声……」

「ダイヤちゃんの……?」

『有る わ 』

 テイオーの疑問に、応ずるのはプーカ。

『 人の 意識は、世界 の 境界 を 逸する モノよ。当然 の 理だけど。 貴女 達は、認知 してないの ね」

 ケタケタ、嗤って。

『そんな 事より、こっち を 成して くださいな。叶わぬ 夢より、現の 具現。 貴女 達は、その 為 だけに 在る の 』

 ケタケタ嗤う、亀裂の笑みを見返して。

「……そうですね。なら、早く教えてください。あたし達は、何をすれば良いんですか?」

 あの娘の事を、『そんな事』呼ばわりされた事にザラついたけど。

 それでも、今は。

 全ては、キミの為。あたしの為。

 大好きなキミの、側にまた。

(帰るからね……。ダイヤちゃん……)

 指にはめた、誓いの指輪。

 繋ぐ様に、キラリと光る。

 

 囚われた鎖の鳥籠。

 眠る王女(ティターニア)は夢を見る。

 甘いだけの蜜菓子はいらない。

 望む夢は。

 苦くも気高い。  

 何処までも駆ける、葵い道。

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