鎖影の庭   作:土斑猫

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【落涙純華】

「歌を歌え?」

「ダンスを踊れ?」

 眼前の怪異から告げられた命令に、キタサンブラックとトウカイテイオーは目を丸くする。

『そう 』

 当のプーカは、表情 も変え ずに頷く。

『封じ られてる間、暇潰し に他の 書物 を覗き見 たわ。その 中に、書かれ てた。此の国 では、引き籠った 姫神 を歌 と舞で 引き出し た、と』

「……何の話???」

「姫神……? 歌、舞……? ひょっとして、『天岩戸』の話?」

 祭事や神事に関わる機会が多いキタサン。その筋で勉強した事でピンと来る。

「あまのいわと?」

「はい、古事記に載ってる神話の一節で……」

 神代の時代。主神である天照大神は弟神の須佐之男命の余りの素行の悪さにブチ切れ、何もかも嫌になって天岩戸の奥に引き籠ってしまいました。

 太陽神でもある天照が睨みを効かせなくなったせいで世界は治安が悪くなり、色々と碌でも無い事が起こり始める始末です。

 他の神々はこりゃイカン。遺憾の極みと言う事で話し合い、一計を講じます。

 始めたのは派手な宴会。

 天岩戸の前でヤケクソ気味に皆で歌い、天宇受賣命(あまのうずめのみこと)と言う娘神がハイテンションで舞を踊りました。

 あまりのフィーバーっぷりに『アイツら私がいないのに何ウェーイ♪やってんの???』とイラついた天照が岩戸の扉をちょみっと開けて覗いた所を『かかったなアホが!』とこじ開けて力づくで引き摺り出したのです。

 かくして、ブツブツ言いながらも天照が戻ったお陰で世界は平和を取り戻しました。めでたしめでたし。(なお、そもそもの原因であるイキr……須佐之男は当然の様に家を追い出され、下界で八岐大蛇と言うガチヤベー奴とタイマンする羽目になりましたとさ)

「ええと、て事は……」

 説明を聞いたテイオー、少し考えて。

「ボクとキタちゃんでソレをやれ……って事?」

『郷に 入って は郷 に従う モノ 』

 今更そんな事言って……と思いつつ、キタサンを見やる。

「……取り敢えず、やってみましょう。どの道、ファインさんをこのままにも……」

 言われ、鳥籠の方を見る。

 胎児の様に眠るファインモーション。けれど、その顔に安らぎの色は無い。喜びも苦しみも無く、ただ虚無に漂う無色透明。

(嫌だよね……そんなの……)

 何も無い、空っぽの毎日。

 その悲しさは、きっと誰よりも自分が知ってるから。

「何か、すっごい雑な理由で全然上手く行く気しないけど……」

「やってみなきゃ、奇跡だって起こりませんから!」

「そう言う事!」

 頷き合うテイオーとキタサン。

「じゃあ、何で行きますか?」

「う~ん、ボク達が目が覚めるくらい元気になる曲って言ったら……」

「……『アレ』、でしょうか?」

「だね、『アレ』だ!」

 ニッコリ笑顔で唱和する。

「「『うまぴょい伝説』!!」」

『……うま ぴょ い ? ??』

 意気揚々とスタンバイ始める二人を見て、首を傾げる悪性妖精。

 ◆

「おい、起きろ」

「う……?」

 不安な微睡みから引きずり出され、エアシャカールは重い頭を振った。

「30分経ったぞ」

「あァ、すまねェ……」

 隈の寄った目をこすりながらソファーから起きる彼女にエナジードリンクを渡しながら、シリウスシンボリは訊く。

「良いのか? ソレっぽっちで。4徹の後だろうが」

「どうって事ねェ。こんなモン、いつものこった」

 開けたエナドリを一気に空けると、大きな息をついてパソコンのある机へ向かう。何を言っても聞く口じゃないのは知っているので、ソレについてシリウスはもう何も言わない。

「全く、良い御身分だよなぁ。授業もサボって研究三昧てのは」

「テメェが言えた義理か」

 張り詰めたままの、シャカールの神経。無駄口を叩くのは、ソレを少しでも和らげる為。もっとも、その程度ではキーを叩く指一本。ブレもしないのだが。

「タキオンはどうした?」

「ナカヤマと一緒に『アイツ』を迎えに行ってる」

「……時間が勿体ねェな……」

「そう言うな」

 西日が刺し始めた窓を見ながら、愚痴るシャカールを嗜める。

「『不思議ちゃん』は私やお前みたいな難物や、タキオンみたいな変人じゃねぇ。やるこたぁチャンとやってたタイプだ。なら、『アイツ』にもそうして貰った方が、コッチとしてもやり易い。そう決めただろ?」

 そう説いて、『お前とタキオンがな』と、意地悪く付け加える。

「……うるせェ」

 返す声音には、苛立ちよりも疲れが濃く伺える。

(相当、煮詰まってんな……)

 自分で提唱した理屈を忘れるなぞ、幾ら疲れていてもシャカールらしくない。きっと、その焦燥の原因はもっと別のモノ。

(お姫様の事、か……)

 普段は兎角ロジカルに拘るシャカールを、ここまで乱す。焦がれる想いは、かくも怖い。不可能を可能にする燃料になる反面、匙加減を間違えれば全てを破滅させる劇薬にもなる。

 シリウス自身が、良く知っている事。

(私とナカヤマがこんなお役目にハマったのも、道理なのかねぇ……?)

 一応相応の場数を経験した自分達なら、多少はブレーキを利かせるも出来よう。世の中に偶然は無く全ては必然と説いたのは、昔戯れに読んだ小説だったか漫画だったか。

 兎にも角にも、因果な事。それでも、自分達から踏み込んだ事であるには間違いは無く。

「けどよ……」

 取り合えずは役目に徹しようと、悪童のカリスマは監視対象に声をかける。

「お前らは良いとしても、『アイツ』は大丈夫なのか? 随分と酷使してるが、壊れちまったら元も子も無ぇだろ。少しは休ませた方が良いんじゃねぇか?」

「必要ねェ」

「……お前やタキオンが『アイツ』に良い感情持ってねェのは分かってるが、ソレとコレとは話が別だろ。論より感情を優先させるなんざ、お前らしくないにも程があんぞ」

「……そう言う意味じゃねェよ」

 ガラでもない苦言を口にして渋い顔をするシリウスを横目で見ると、シャカールはパソコンの画面を示す。

「……何だ? こりゃ」

「『アイツ』のバイタルデータだ。ずっと、平均値を保ってる。メシを切っても。完徹させても。過剰な運動を、インターバル抜きで続けても。普通ならぶっ倒れる程の負荷をかけてなお、『アイツ』には疲労も不調も現れねェ」

 スクリーンに映し出されるグラフ。恐らくは数日に渡って記録されたソレは、規則正しいリズムを淡々延々と刻み続ける。

「こンなの、まともなウマ娘……いや、生物全般で見たって有り得ねぇ」

「…………」

「化け物だよ」

 シャカールは、断言する。

「『アイツ』は……そっくりさん(アイツら)は、ウマ娘(オレら)と同じ括りのモンじゃねェ。今までは漠然とした感覚だけのモンだったが、『アイツ』のお陰でハッキリと認識出来た」

 ブツブツと、独り言ちる様な声。密に孕む鬼気が、シリウスの不安を煽った。

「……ハッキリしたとして、ソレでどうすんだ?」

 思わず口にした問いに、すぐに答えは返らない。

「どうする気だ?」

 沈黙が更に不安を煽り、繰り返しの言を押し出したその時。

「『アイツ』が、言ってやがった……」

 シャカールが再び、口を開く。

「そっくりさん(アイツら)は、『穴埋め』なンだと」

「穴埋め?」

「ああ」

 キーボードを打つ手を止めて、シャカールは一時身体を椅子の背もたれに預ける。

「この世界に存在する全てのモノは、世界っつーデカい構造物を成立させる為の部品だそうだ。有機も無機も、動物も植物も。其処らを飛ンでるダストの一欠片まで残らずだ。その一つでも『欠損』したら、支えを無くした世界はアッサリと崩壊しちまう」

「いや、そりゃおかしいだろ?」

 あまりにもぶっ飛んだ話に、流石に異論を挟む。

「生き物なんざ、毎日何処かで死にまくってんだろ!? モノだってそうだ。何処ぞの馬鹿共が戦争の一つでもおっ始めりゃ、数え切れねぇ程の建物や下手すりゃ町そのものがぶっ壊れる。そんな事、有史どころか宇宙が出来た頃から日常茶飯事なんだぞ!? その度に世界が丸ごと崩れるなんて……」

「質量保存の法則」

「!」

 ポツリと呟かれた一言が、吐き出そうとした言葉の全てを堰き止める。

「エネルギー保存の法則とかも絡むな。聞いてたか? 問題は人とか建物とかの括りじゃねェ。『存在』の『個数』だ」

 指でコツコツと机を叩きながら、シャカールは説く。

「死のうが壊れようが、それは『人』や『建物』と言う『状態』が終わるだけだ。『物質』の『総数』は変化しねェ」

 生物が死ねば。モノが壊れれば。その骸も残骸も、いずれは分解と言う道を辿る。けれど、それはあくまで分解。『消失』ではない。どれだけ細かく、どれだけ微小に分かれ。解かれようとも。存在そのものが真意での『0』に成る事は無い。粒子一つ。原子一つに成り果てても。『存在』は『存在』であり続ける。

「その理屈で言ゃあ、宇宙が出来て此の方、世界の『部品』の必要量は変わってねェ。だからどんな事象事変・天変地異が起こっても、世界そのものは不変なんだとよ」

 単純明快。故に、完璧なロジック。そう評価して、笑う。

「世界視点から見たら、人もモノも。ウマ娘(オレ達)も。全部同じ、ただ在れば良いだけの部品って訳だ。いや、それこそ……」

――神の視点てヤツか――。

 

 生命有る者も無き物も。

 全て等しく、ただ在るだけが意味。

 故に、世界は平等。

 然りて、神も平等。

 万物を救わず。

 万物を貶めず。

 ただ淡々。胎の中にて永久を巡らす。

 

「そンな中で、人を別の世界線へ攫っちまう妖精の『悪戯』は本当の『消失』だ。そのまんまにしときャ、言った通り部品を抜かれたコッチの世界はダメになる」

 アッサリと言った言葉が、薄ら寒い。

「ソレを防ぐ為の、『changeling(取り替えっ子)』だ。抜き取ったオリジナル(部品)の形ばかりのそっくりさん(代用品)を突っ込んで、支えにする」

「……クソみてぇな真似する癖に、取り繕いするくらいの良識はあるってか?」

「そンな上等な理由じゃねェよ」

 引き攣った笑いを浮かべるシリウスに、やっぱり引き攣った笑みを返すシャカール。

「玩具が無くなるのが、嫌なんだと」

「……あ?」

「妖精(アイツら)にとっちゃ、こっちの生き物(オレ達)つーのは楽しい玩具だそうだ。ソレが詰まった玩具箱が無くなったら、困るんだとヨ」

 薄暗い部屋に、鈍い音が反響した。

 壁にぶつかってひしゃげたバケツをウザったそうに見て、シャカールはぼやく。

「旧理科室(物置き)に在るモンでも、一応学園の備品だからな。程々にしとけよ?」

「悪ぃ悪ぃ。つい、な」

 バケツを蹴り飛ばした足を戻しながら、悪びれもせずにシリウスは問う。

「……で、見当くらいはついてんのか? 舐め腐った快楽主義の上位存在様に、一泡吹かせる手ってヤツはよ」

「無ェ」

「おいおい」

「勘違いすンな。手が無ェってのは、プーカ(本人)に直接に対処する方法って意味だ」

「つぅと?」

「俺達の目的は、プーカ退治じゃねェ。あくまで、掻っ攫われた連中を取り戻す事だ」

 その言葉に、ピンと来る。

「そっくりさんの連中か?」

「あァ」

 頷く。

「アイツらは出事が狂ってるだけで、スペックはオリジナル(オレ達)と大差ねェ。メンタル面で言ャあ、オリジナル(こっち)の方が優ってるまである」

 それは、ゴールドシップから伝えられた情報。あの、チームカノープスと偽テイオーの勝負の結果と共に。

「所詮、アイツらは模造品(コピー)だ。一定の品質は維持出来ても、進歩が無ェ。『閉鎖された可能性』の成れの果てだ。やり様なンざ、幾らでもある」

 ブツブツと呟く言葉は呪詛の様で。焦燥と疲弊に濁った瞳になお宿る異様な光に、シリウスは今度こそ恐怖を覚える。

「お前……何する気だ?」

「アイツらは、代用品だ。代用品だから、世界におけるオリジナルの居場所を埋めてる」

 シャカールは説く。相変わらずの、呪詛の様な響きで。

「アイツらが場所を埋めてちャあ、オリジナル(みんな)は居場所が無ェ。帰って、来れねェ」

 言わんとする事が、ゆっくりと頭に染みて来る。

 自身に言い聞かせる様な声音が、確信を背押しする。

「お前……正気か?」

「何が問題だ? アイツらはウマ娘でもなけりゃ、人でもねェ。バケモンだ。バケモンは退治されンのが、世の常ってモンだろうが?」

 絶句するシリウスに構わず、続ける。

「方法は、分かりかけてる。一番効率的で、後腐れの無ェヤツが。芦毛のハジケリストに、感謝だな。最高のデータを持って来てくれた。後は、その手が確実である事を証明するだけだ」

「証明って……どうやって……」

「実験台なら、いるだろうが」

 あまりにも、躊躇いの無い返答。息を飲む。

「本気か? 『アイツ』は……」

「アイツも、そっくりさんだ。バケモンの仲間だ。特別扱いする道理は無ェ」

「だが……」

「アイツ自身が、そうしろと言った」

 そう。彼女自身が、そう言った。

 そうする為に、自分は生じたと。

 けど。

 と言う事は。

「お前、分かってて……」

「……オレ達が相手してンのは、神秘だ。オレ達の領域の、外だ。及ばねェ相手に勝つのに、お気持ちで手段なんざ選べねェ。与力も無いのに、余裕なんざ持てるか?」

 ソレは、勝負の世界に身を置く彼女達皆が理解している事。

 到達するには、勝る相手に挑むより道は無く。

 勝る相手の寝首を掻くには、手段を選ぶ道も無い。

 まして。

「……しくじれば、終わるのはオレ達じゃねェ。帰って来れなくなる連中で……」

 

ーーその中に、ファインもいるーー。

 

「!」

 その一言で、シリウスは次ぐ言葉を失う。

「ファインは、また特別だ……。そっくりさんさえ、居ねェ……。きっかけすら、見えねェ……」

 呪詛は、いつしか苦悶の呻めきに変わって。

「だから、切り崩してくしかねェ。手の届くトコから。潰せるトコから潰して。引きずり下ろすしかねェ。それだって……」

 届くのかは、不確定。

 大きく息を吐いて、ラムネの瓶を手に取るシャカール。タブレットを流し込む彼女に、シリウスは訊く。

「タキオンも、同じ考えか?」

「ああ」

 バリバリと、八つ当たる様に噛み砕く。

「寧ろ、アイツの方が……」

 飲み下した甘味は、酷く苦い。

 

 ◆

 

「タキオンさん!」

「ん……?」

 久方ぶりに見かけた、白衣の背中。思わずかけた声に振り返った顔に、ニシノフラワーは息を呑んだ。

「ああ……フラワー君か……。何か、用かい?」

「い、いえ……。ただ、暫くお会い出来ませんでしたから……つい……」

 不安な動悸を隠しながら、アグネスタキオンの顔を見つめる。

 久しぶりに見たソレは、やつれて。隈が寄って。酷く、鬼気迫るモノを感じさせた。

「……どうしたんだい? 私の顔に、何か付いてるかな?」

「いえ、その……何か、疲れてるみたいだなって……」

 困惑しながらも、彼女の優しさは親しい人への想いを優先する。

「あの、研究室にお邪魔して良いですか? 何か、元気の出るモノ作って行きますから」

「ああ……ソレは……」

 タキオンは、ほんの少し間を置いて。

「すまない。今、少々危険な実験をしていてね。部外者を入れる訳には行かないんだ」

 やんわりとした、けれど明確な拒絶。普段の彼女からは考えられない態度が、フラワーの危惧を煽った。

「そんな危険な実験を……? いけません! そんなの!!」

「すまないが、必要な事なんだ。止める訳にはいかない」

「でも!」

「君が口を挟む事じゃない!」

「!」

 荒げられた声に、ビクリと竦み上がる。

 世間的には変人、マッドサイエンティストと見られているタキオン。けれど、決して暴力的な人ではない。その事を良く知るが故、ショックは大きい。

「そのくらいにしときな」

 立ち竦むフラワーの肩を、誰かが叩く。

 振り向くと、立っていたのは意外な人物。

「ナカヤマ……さん……?」

 ナカヤマフェスタは困惑するフラワーの頭を撫ぜると、穏やかに諭す。

「悪ぃな、嬢ちゃん。コイツ、少々煮詰まっててな。事が終わりゃあ、元に戻ろうさ。だから、今は勘弁してくれ」

「で、でも……」

「頼む」

 静かな。けれど有無を言わさぬ圧。

 思わず頷いたフラワーに、優しく笑いかけて『すまねぇな』と。そして、やはり立ち尽くすタキオンに向き合う。

「くだらねぇ八つ当たりしてんじゃねぇよ。それよか、アイツが待ってる。行くぞ」

「ああ、分かってる……」

 ボソリと呟き、フラワーを一瞥して。

「……すまない」

 それだけを残し、ナカヤマとタキオンは廊下の向こうへと去って行った。

 

 ◆

 

 飛び級を叶えるだけあって、ニシノフラワーは賢しい。

 けれど、ソレはあくまで頭の回りの話であって。人の負面に対する胆力は、まだまだ年相応。まして、ソレが親しく慕う人であったなら。尚更。

 堪えようと頑張ったけど。

 やっぱりダメで。

 ソレでも、皆に心配させちゃいけないと思って。

 だから、急いで外に出て。

 人目のつかない木陰で、ちょっとだけ。

 泣いた。

 けど、世の中は中々上手く行かないモノで。

「フラワー」

「ひゃう!?」

 不意にかけられた声に、吃驚して飛び上がる。

「おやおや、驚かせちゃいました? ごめんねー」

「ス……スカイさん……」

 いつの間に来たモノか。

 立っていたのは、セイウンスカイだった。

「どうして……?」

「どーしても何もー。フラワー、泣いてたじゃん? セイちゃんが、ニシノフラワーの一大事に気づかない訳には行かないのさー」 

「……!」

「にゃはは、なーんてカッコいい事言ってみたけど。ホントは昼寝する場所探してたら偶然声が……ってゲフォ!?」

 言い終わる前に、お腹にフラワーの突貫。そのまま、諸共芝の上に引っくり返る。

「アイタタタ。どうしたのかなー? 今日のフラワー、すっごく積極的……」

 叩きかけた軽口が止まる。抱き止めた腕の中、震える小さな肩と微かな嗚咽。

 スカイは回した腕に、そっと力を込める。

 冷えた涙を温めて。だけど悲しさを堰き止めてしまわない様に。そっとそっと。抱き締めた。

 

「へぇ……。タキオンさんがねー……」

「はい……。あんなタキオンさん、初めてで……」

 ようやく落ち着いたフラワーの話に、スカイも小首を傾げる。

「だねー。ナカヤマさんが一緒ってのも、珍しいし。って言うか、そんな仲良かったかしら? あのお二人」

「……やっぱり、何かあったんでしょうか……」

 大切な人の一大事に、何も出来ないのが悔しいのだろう。

 また涙ぐみ始めるフラワーの頭を、スカイはポンポン優しく叩く。

「ほらー、泣かない泣かない。フラワーがそんなだと、セイちゃんおちおち釣りも出来ないよー?」

「でも……」

 苦悩の気配が消えない、フラワーの顔。ソレを見て、大きく頷くスカイ。

「了解! なら、セイちゃん一肌脱ぎましょー!」

「え?」

 吃驚するフラワーに、ニパリと笑いかけて。

「にゃはは、そんな顔しないでよ。大丈夫。かる〜くお話してみるだけだから」

「でも……」

「心配ないない。セイちゃんの人心掌握術を信用なすって」

 ニコニコなスカイの顔をジッと見て。その思い遣りを無碍にするのは酷く罪深い気がして。

 何より、とても嬉しくて。

「分かりました。よろしく、お願いします」

 そう言って、ペコリと下げられた頭をまたポンポンして。

「はいはい。任されよー」

 スカイもまた、恭しくお辞儀を返した。

 

 気づくと、もう日は真っ赤な空の向こうに消えかけていた。

「時間だねー。そろそろ帰んなきゃなんないけど……」

 フラワーの膝枕で惰眠を貪っていたスカイ。パチリと片目を開けて。

「どーお? このまんま、一緒に夜のデートとか良いんじゃない?」

 

 などと不届きな事を。

 もっとも、本気じゃない事を知ってるフラワー。さっきのお返しの様に、スカイの頭をペコンと叩いて。

「めっ。ダメですよ」

 と、綻んで。

「にゃはは、ざーんねん」

 スカイもまた、そう言ってニヘラと笑った。

 

「それじゃ、スカイさん。また明日」

「はいはーい。気をつけてねー」

 寮に帰るフラワーを見送るスカイ。ふと、その顔から惚けた色が消える。

「タキオンさんねー……」

 独り言ちる声は、まるで別人の様に色を変えて。

「ほっとくのも、ヤバいかにゃー……?」

 堕ちてくる、夜の帳。

 その中で、思案する少女の双眸が。

 妖しく。

 妖しく。

 輝いた。

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