鎖影の庭   作:土斑猫

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【恒星天狼】

「良い加減、起きて来たらどうですか? とっくに、目は覚めてるのでしょう?」

「……だってさ。エルちゃん」

「ヘイヘイ、デスよー」

 起き上がって服の土を払うツルマルツヨシとエルコンドルパサー。彼女達に向かって、振り向きもせずにグラスワンダーは言う。

「演技が下手ですね。スペちゃんが気付かないか、ハラハラしました」

 素っ気ない言い様に、『ケ』とつまらなそうにエル。

「そりゃ悪かったデスねー。折角、お邪魔しない様に気を使ったデスのに」

「その件に関してはお礼を言いますよ。もっとも、そのくらいの気も利かない様でしたら今度こそ永久に眠って貰う所でしたが」

 『ほら、死んだ振りしてて正解でしたでしょ?』とか『ホントホント』とかヒソヒソ言い合うエルとツヨシ。

「でもさ」

 立ち上がりながらツヨシが訊く。

「スペちゃん、帰っちゃったよ? 良いの?」

「ええ、私が日を改める様お願いしましたから」

「すぐにおっ始めるかと思ったんデスが。スペちゃんだって、そのつもりだったんじゃ……」

「今の私では、駄目です」

 スペシャルウィークが消えた夜闇を見つめながら、グラスは言う。

 酷く、キッパリと。

「この様な悪気邪気に塗れた心身では、スペちゃんの心に答える事が出来ません。まずは、相応しい高みに……せめても、彼女の前に立つ資格有りと私自身が納得出来る身に至らなければ……でなければ……」

 

 ーー私は、私を許せないーー。

 

 妙に凄みのある言葉。生唾を飲み込んだエルが、口を開く。

「……まーるで、神様の生け贄にでもなるみたいな気負いデース。頭、大丈夫デスか?」

 わざとらしいまでに、茶化す声。まるで、魅入られた彼女の目を醒まさせ様とでもする様に。

 けれど。

「ええ、そうですよ」

 返って来たのは、帰って来ない言葉。

「私は、神を魅たのです。この世界で……いいえ。幾多数多那由多の世界線で、たった一つと定めていた神を。その神が、言ってくれたのです。約束してくれたのです。私を……私だけを見てくれると。これ以上の誉れや喜びが有りますか?」

 話す声が、上擦る。

 良く分かった。

 満たされている事が。

 狂気擦れ擦れの、歓喜。

「答えなければならないのです。満たせる様に。魅たせる様に。あの方の御心に、応じなければならないのです。ソレさえ、ソレさえ叶うのならば」

 

 ーーもう、消えてしまったって構わないーー。

 

「色ボケてんじゃねーデスよ!?」

 堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりの剣幕で、エルが怒鳴った。

「アンタが消えんのは勝手デスけどね、ソレで巻き込まれるエル達はたまったモンじゃねーんデス! 分かってんデスか!? アンタが下手な事したら、他の仲間まで……」

 声が止まる。

 急に振り向いたグラスが、擦れ擦れに顔を突き付けていた。その手には、落とした筈の薙刀を持って。

「……勘違いしているのは、何方ですか?」

「ケ……」

「仲間? 其れこそ、そっくりさん(私達)にとって無意味極まり無い概念でしょう?」

 間近で光る目は、ギラギラと。

 消す事は叶わない、情念の炎。

「そっくりさん(私達)には何も無い。持てない。掴めない。未来も。可能性も。成長すらも。ただ、『今』を捻じ止めるだけの錆びた釘。だからこそ、無様に足掻いているのでしょう? せめてもその『今』に寄生し続ける為に。でも、私は届いた。触れられた。そんな、空虚じゃない。本当に欲しかったモノ」

 ジリ、と躙り寄る足。

 タジ、とたじろぎ下がる脚。

 まるで、二人の有り様の如く。

「だから、もう終わりです。私は、私の為だけに生きます。貴女達との戯事に付き合う暇も意味も、もう有りません」

「……裏切る、つもりデスか……?」

「裏切る?」

 嗤う。せせら嗤う。

「何度も言わせないでください。貴女達とは、ただ出事が同じと言うだけ。何の情も在る訳じゃない。ただ、同じ餌に群れただけ。餌に興味が失せれば、もう群れに用は無い。それだけです。それが裏切りだと言うのなら……」

 伸びて来た手が、手を掴む。握らされるのは、彼女の薙刀。その刀身を、自身の首に当てさせながら。

「私も、殺したらよろしいでしょう? 私と同様、『本当』を見つけた『妬ましい』マンハッタンカフェ(あの娘)の様に」

 そして、グラスワンダーの姿で彼女は嗤う。

「存外、心地良いモノですね。妬まれると言う事は」

 そう言って、晴々と。

 エルコンドルパサーの姿の彼女は、動けない。

 憎々しさも

 憤りも。

 妬ましさだって、その通りだったけど。

 それよりも。

 何よりも。

 嬉しそうに。

 本当に嬉しそうに笑う彼女の事を。

 ああ。

 綺麗だなと。

 そんな風に、思ってしまったから。

 

「あ〜あ。こりゃ、駄目だなぁ」

 睨み合う二人を端から眺めて、ツヨシの姿の彼女は溜息をつく。

 グラスはもう駄目だ。

 戻って来ない。

 当たり前だと思う。

 オリジナルが想う相手の心なぞ、コピー品のそっくりさん(自分達)にとっては猛毒でしか無い。

 焦がれ焦がれた挙句、手になんか入らない。

 いくら近づけたとしても、彼女達が見るのは自分達越しのオリジナル。

 控えめに言っても地獄。

 なのに。

 その『彼女』が言ってくれたのだ。

 『オリジナルではない貴女を見る』と。

 狂わない方がどうかしてる。

 空っぽの存在の維持なんて、その刹那の熱に比べたら無価値にも程がある。

 分かる。

 理解出来る。

 自分だって、そうだから。

「……スペちゃんの事、甘く見ちゃってたなぁ……」

 此方のチームは、機能不全。スカイ達に任せるしかない。

 向こうには念の為と同行して貰った『彼女』がいる。向かったタキオン達が到着する前に片が付けられれば、或いは。

 全く。随分と練った計画だったのに。こんな計算違いが出るなんて。

「……そう言えば」

 手持ち無沙汰に巡らせていた思考が、当然の疑問に行き合った。

「……何で、スペちゃんにバレたんだろう?」

 そう。練った計画だったのだ。

 学園の事も。他の生徒達の事も知ってる自分達が。念には念を入れて建てた計画。

 特に近しい者達への漏洩対策は十分に考えていた。

 なのに、何故?

 何かが、ズレている?

 背筋が、ゾクリとした。

 知り切った発熱の悪寒より。

 ずっとずっと。

 悍ましい寒気だった。

 

 何処か何処かで。

 桜の香り。

 

 ◆

 

「ぐぅ!?」

「シリウスさん!」

 死角から不意に突き入れられた正拳。その威力に、シリウスシンボリは小さな呻めきと共に下がった。

 咄嗟に防御したものの、衝撃が貫きダメージを与える。

 見様見真似のお遊びでは無い。

 確固たる技術と、重ねた鍛練が生み出す真なる闘技。

 その畏ろしさを知るが故、シリウスは不敵な笑みを浮かべながら後ろのカフェに言う。

「おい、黒猫ちゃんよ。油断せずに、縮こまってな。『コイツ』はちょっとばかし、『面白い』のが出て来やがった」

 セイウンスカイ達を守る様に対峙した、彼女に向かって。

「……テメェ自身は紛いモンでも、継いだ技はホンモノらしいな。流石に、其処の甘ちゃん共とは違うか? ヤエノ……」

「お褒めのお言葉、光栄です。シリウスさん。ですが、それとこれは別の話……」

 必殺の一撃を防がれた事を気にもかけず、次の構えを取りながらヤエノムテキの姿をした彼女は深く息を吐く。

「正味、今の一撃で眠っていただくつもりでしたが。些か甘く見ていた様です。申し訳ありません」

「は、こっちも伊達に齧ってたつもりはねぇよ」

 此方も構えながら、シリウスは彼女を観察する。

「……お行儀良い所はオリジナル譲りか? もっとも、アッチがつながれた猟犬なら、テメーは差し詰め野放しの狂犬てトコだがな」

 自身も格闘技の心得が有り、それなりの修羅場も経験があるシリウス。

 その目には、ヤエノの姿が纏う猛気がチリチリと焼け付く熾火の様に見えている。

「まさか、テメーまで捕られてたとはな。ご自慢の武の誉れとやらが泣くんじゃねぇか?」

 動揺を狙った言葉だったが、彼女はピクリと身動いだだけ。

「……如何な金剛八重垣流とは言え、所詮は人の業です。プーカの様な神域の存在に抗えと言うのは、酷でしょう」

「…………」

「過ぎた戦意は身を滅ぼします。分際は弁えるべきかと」

 聞いたシリウスが、ニヤリと。

「……何か?」

「ソレを聞いて安心したぜ」

 言葉と共に、ダッシュをかける。 

「!」

「やっぱ、ヤエノじゃねえな! テメーも!!」

 距離を詰めて来ると踏んだ彼女が迎え撃つ姿勢を取る。見計らって、急ブレーキ。虚を突かれた所に、サイドキックを叩き込む。

 それでも反応は早く、米神を狙った爪先は寸でで防御される。

 けれど、それも計算の内。衝撃で固まる懐に今度こそ飛び込むと、ガラ空きの胸に向かって鋭いジャブを数発放り込む。

 流石に防御は間に合わず、全てヒットする。けれど。

(浅い!?)

 敢えて前に出て距離を殺し、威力を緩和したと理解。理解した瞬間に、顔に圧。本能で逸らした頬を掠める石の様な拳。

 刹那の攻防を終え、互いにバックステップで下がる。

「……サバット、でしたか? 結構な御手前で」

「テメェもな。今のを凌がれるのは、中々イテェ」

 軽く咽せながら血を吐き捨てるヤエノに、シリウスも裂けた頬の血を拭いながら返す。

「……所詮紛いモノではありますが、故に模倣だけは成っていますので」

「あ?」

 自虐の言葉にキョトンとし、そして吹き出す。

「……何が可笑しいのです? さっきから」

「可笑しいだろうよ」

 怪訝な顔をするヤエノに、言う。

「テメーら……後ろの黒猫ちゃんも含めてだけどよ……。全然分かっちゃいねぇ」

「何の事です?」

「そっくりさん(テメーら)、やたら自分達の事コピーだ空っぽだって主張するがよ? だったら何でこんな事してやがる?」

 訳が分からないと言った顔をするヤエノ。

 スカイや、カフェもまた同じく。

「こんな真似、良い子ちゃんのオリジナル達はしないぜ? 絶対にな」

「……それは……」

「分かるか? 分かるよな? こんな発想して、ソレを行動に移せる時点でテメーらはズレまくってる。明確に『別モン』なんだよ。オリジナル共とは」

 別モノ。

 その言葉が、震わせる。

 ヤエノも。

 スカイ達も。

 カフェさえも。

 その身体から、内の底まで。

 見透かす様に、シリウスは続ける。

「スカイの格好したお前、確かに言ったよな?」

 ビクリと震える彼女に向かって。

「『オリジナルの想いなんて、どうでも良い。私達の思う様に生きるべき』ってな。間違ってないぜ。お前」

 立ち尽くすスカイを、朱い目が見つめる。

 シリウスの目。血縁のシンボリルドルフと良く似ている。けれど、人の闇を知る彼女の目はもっと深淵を覗く。高みに立つ皇帝が、その気高い慈愛故に見通せない。深い。深い。昏い澱みを彷徨う者達の更に奥。

 人心の業に振り回された末に至った心眼。

 今の皇帝。その在り方の歪を知るが故に。

 その対極に座すと定めた彼女にこそ、与えられた神具。

「お前らは、『お前ら』なんだよ。どんなに自身で否定しようが、オリジナルに拘ろうが。ソレが真実だ」

 視線を移す。先にはカフェの姿の彼女。その結論に至らしめた、答え。

「……戯言を……」

 我に返ったヤエノが、呻く様に呟く。

「貴女に、何が分かると言うのです? 正規品(オリジナル)である貴女に、代理品(そっくりさん)である私達の何を!?」

「分からねぇな! 分かる訳ねぇだろ!! 分かっちまったら、ソレこそ既製品の模造品(コピー)だろうが!?」

「!」

 息を飲む。

「他人だから分からねぇ! 別人だから分からねぇ!! 個人だから、分からねぇ!!! 全部全部、『お前ら』が『お前ら』でしかないから分からねぇ!!」

 内が揺れる。乱れる。何も無い筈の。空っぽの筈の。伽藍洞の筈の『心』が。

「認めろ! 自覚しろ! お前らは、fetch(そっくりさん)じゃねぇ!! ただ一人の、『オリジナル』だ!!!」

「うる……さい……」

 戦慄く口で、呟く。乾いた喉で。べた付く、憎悪で。

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!」

 激情と共に突進する。繰り出す拳は、シリウスの心臓。

 見透かされていた様に防がれるが、構わない。連打。狂った様に。

「だから何です!? だからどうなるって言うんです!? 貴女がそう言って! 私達がそう認めたとして!! それで何が変わるって言うんです!?」

 拳を受け止めた腕を掴み、握り締める。ギリギリと、爪を食い込ませて。

「どう足掻いたって、世界が、人々が、そう見てくれる筈無いでしょう!?」

 怨嗟。何処へ出す事も叶わなかった汚泥。ソレを、吐き出す。目の前の、慈悲深く不敵な彼女に。

「この姿! この声! 成長しない身体! 変わらない思考! 閉鎖された可能性そのものの存在! その全てが! 何もかもが! 鎖なんです! 私達を縛る鎖!! 切れない! 壊せない!! 外せない!!! 逃げられない逃がしてくれない放してくれない永遠に!!!!」

 爪が食い込む。彼女の。彼女達の呪い。毒。その苦さ狂おしさの如何なるかを、思い知れと言うかの様に。

 それでも、シリウスの顔は歪まない。

「試したのか?」

「……え?」

「試したのか? その御大層な『鎖』とやらが、本当に切れないモンなのか。お前らの、誰か一人でも」

「それは……」

「なら……分かんねぇなぁ!?」

「あぅ!?」

 強烈なストレート一発。ヤエノを弾き飛ばす。食い込んでいた爪が肌を裂き、血がしぶく。けれど、シリウスの瞳は逸れない。見つめるべきは、目の前のちっぽけな少女。ただ一人。

「何の事はねぇ。怖いんだよ、お前らは。無理はねぇよ。ソイツは、お前らにとっての未知だ。知らないモンは怖え。コッチの連中が、お前らを怖がるみたいにな。だが、それでもカチ込まなきゃ変わらねぇ」

「知った様な事を言うな!!」

 響く怒号。

「貴様は良いさ! そうやって、体の良い事ばかり言っていれば格好がつく! 自尊心だって満たされる! けど、私達はそうじゃない!! 煽られて、調子に乗って! 間違ってしまえば、終わりなんだ!! もう、世界(ここ)に在る事すら出来なくなるんだ!!」

 その叫びはもう、ヤエノムテキのソレでは無く。

 ただ、行く道も居る場所も見つけられない。誰でも無い迷子の嘆き。

「心配は、ソレだけか?」

「……は?」

「心配なのは、お前らの居場所だけか?」

「……何が、言いたい!?」

「なら、私がなってやる」

「は、はぁ!?」

「私が、お前らの居場所を作ってやる。他の子犬共と同じ様にな!」

「ーーーーっ!!?」

 唖然とした。

 余りにも、アッサリと断言されて。

 出来る筈ないだろうと。

 お前の様な小娘に、私達全部の存在を背負うなんて。

 嘲笑ってやろう。

 唾棄してやろう。

 身の程知らずと。

 傲慢の極みだと。

 切り捨ててやろう。

 そう思ったけど、出来なかった。

 彼女の。

 シリウスの目が。

 真摯に過ぎて。

 そして、理解した。

 彼女は。

 シリウスは、分かっている。

 自分が思った事など、当たり前に全て。

 その上で、本気で言っている。

 居場所になると。

 自身の名の様に。

 数多の星を侍らせ庇護する、恒星の様に。

 私達を、皆。

「黙れ!!」

 振り払う様に喚き、殴り掛かる。

「戯言を言うな!!」

 殴る。

 蹴り付ける。

 その殻を。

 その傲慢の鎧を砕こうと。

「惑わすな! 迷わせるな!!」

 その奥にある筈の、卑小で愚劣な本性を引きずり出そうと。

「オリジナルが! 何でも持ってるヤツが!! 私を……私達を……」

 けど、幾ら砕いても。削っても。

「理解した様な顔をするなぁ!!」

 何発目かも分からない拳が、彼女の頬を撃って。

「ハハッ、良いねぇ!」

 その全てを痛みと共に余さず残さず受け止めて。最明の星はなお笑う。

「良いんだよ! ソレで!! お前ら、ドイツもコイツも切って貼った様な仮面ヅラでイラついてたんだ!! そんなのはな、何処ぞの『皇帝』サマだけで腹一杯なんだよ! そら、もっと喚け! もっと吼えろ! そして……」

 震える手を、また彼女の手が。

 温もりが掴んで。

「本当のお前を、認めてやれ……!」

「……っ!」

 もう駄目だった。

 限界だった。

 堕とされてしまう。

 溶かされてしまう。

 このままでは。

 だから。

「貴女達! 何してるんですか!?」

 呆然と立ち尽くしていたスカイ達。怒鳴りつけられて、ハッとする。

「コイツは私が止めています! カフェさんを殺しなさい!! そうすれば……そうすれば!!」

 どうなる?

 どうもこうもない。

 終わりになる。

 この人の光も。

 温もりも。

 何もかも失われる。

 でも。

「早く!」

「え……あ……?」

「で、でも……」

「こんなヤツの戯言に惑わされてはいけません! 全て曝けてしまえば、私達は終わりなんですよ!?」

 そう。

 例え、このまま閉鎖された可能性の中でしか居られないとしても。

 彼女の言葉に委ねるよりは。

 ずっと。

 ずっと。

「フラワーさんやユキノさん達に知られて良いんですか!? 私達の……そっくりさん(化け物)の本性を!!」

「ーーっ!!」

 弾かれた様に動いたのは、キングヘイロー。落ちていたナイフを拾い、カフェの元へと走る。

「黒猫!」

「そうです! やりなさい!!」

 向かおうとするシリウスにしがみ付きながら、悲しく笑う。

 そう。私達はそっくりさん。

 悪性の鎖に綴られた、夜闇の底で蠢くモノ。

 だからやっぱり、怖いのだ。

 世界の光も。

 恒星の温もりも。

 貴女の、優しさも。

「ごめんなさい!」

 辿り着いたキングが、カフェ目掛けてナイフを突き下ろす。けれど。

「くっ!?」

 咄嗟に掲げられた辞書が、その刃を受け止めた。

「抵抗しないで!」

「無理です!」

 喚くキングに、カフェもまた叫び返す。

「貴女、タキオン先輩の役に立ちたいんでしょう!? なら、本当のカフェ先輩を返して差し上げれば良いでしょう!? あの人が一番望んでるのは、ソレでしょうに!?」

「それでも、こんな終わり方は嫌!!」

「この……!」

 体重をかけて、力尽くで押し込もうとしたその時。

 

「あらあら」

 

 声が、聞こえた。

 

「シリウスちゃんの気持ち、無駄にしちゃうのね」

 

 何処かで聞いた声。

 

「じゃ、しょうがないよね」

 

 でも、とても怖い声。

 

「ま、私にはソレが好都合」

 

 漂ったのは、冷たく甘い。

 桜の香。

 

 そして。

「やめてー!!」

「おべぁー!!?」

 物凄い力で突き飛ばされ、キングはキリキリと宙を舞って書類の山に突っ込んだ。

 空気読まない悲鳴と共に。

「な……!?」

 驚きと共に集中する視線の中で、『彼女』は流れる涙も拭かずに肩を揺らす。

 その後ろで、同じ様に震える『少女』と共に。

「だ、誰ですの……? こんなとんでもないこt……」

 書類の山から顔を出したキングが、凍り付く。

 自分を見つめる、少女達の姿を見とめて。

「カワカミ、さん……? ウラ……ラ、さん……?」

 カワカミプリンセスと、ハルウララ。

 彼女が、世界で一番。

 今の自分を見て欲しく無い、愛し子達。

「どう……して……?」

 ようやく絞り出した問いに返るのは、震える彼女達の涙だけ。

「馬鹿な……何で……」

 呟きかけたスカイも凍り付く。

 隣のゴールドシチーも、また然り。

 優しい、花の香り。

 清らかな、雪の匂い。

 彼女達もまた、思い知る。

 自分達の絶望も、またこの場に。

 

「ね、シャカールちゃんが言った通り……」

 

 声が囁く。

 楽しく。

 嬉しく。

 残酷に。

 

「悪意に返るのは、悪意だけ……」

 

 クスクス笑う。

 桜の花弁。

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