そう思った。
思おうとした。
『絶望』の概念は知っている。
ただ、ソレはあくまで知識として所有していると言うだけ。
ソレを、確かな感情として認知する事は私達には無い。
だって、私達はFetch(そっくりさん)。
心の無い、空っぽの人形だから。
痛まない。
傷付かない。
怖くない。
人形だから。
空っぽだから。
何をしたって。
されたって。
なのに。
その筈なのに。
そんな訳、無いでしょう?
彼女は言った。
冷たく。
容赦無く。
せせら笑って。
欲しいモノは欲しいと駄々をこねて。
自分ではない自分に、妬ましいと呪いを吐いて。
そのくせ、消えるのは嫌だと勝手を言って。
けれど都合の良い時ばかり人形の振りをして。
そんな貴女達が、『心が無い』?
笑わせないでね?
貴女達には、心があるわ。
妬んで呪って狂って壊れる。
私達と、同じ心。
だから、今度は私の番。
傷つけてあげる。
痛いって。
苦しいって。
泣いたって叫んだって。
謝ったって。
許さない。
知らない振りなんて許さない。
及ばない振りだなんて許さない。
良いトコ取りなんて、絶対。
許さない。
許さない。
許さない。
壊してあげる。
自覚するしかないくらい。
億度後悔しても足りないくらい。
痛みを刻んで。
その後で。
その上で。
消えなさい。
本当の意味で、失って。
皆みたいに。
あの娘みたいに。
私、みたいに。
貴女達は、悪意を撒いたわ。
ありがとう。
お陰で私も、遠慮なく。
そう。
ストッパーを外したのは貴女達。
どんな理由があったって。
どんな悲しみがあったとて。
悪意に返るのは。
悪意だけ。
化け物が生むのは。
化け物だけ。
さあ。
喰い尽くしてあげる。
彼女は笑う。
私達とも違う。
負だけに染まって。
本当の意味の。
空っぽで。
◆
コレしか無いと、そう言う決意で握った筈のナイフ。酷くアッサリと、手から落ちた。
皮膚は冷たく乾いたまま。
本当の絶望の前には、汗すらかけないのだと思い知る。
何かを言おうとしても。
干からびた喉は、何一つ。
そして、ソレは彼女達もまた同じ。
「キング……さん……」
それでも引き摺り出した声は、せめても答えを聞きたいと。
嘘でも冗談だと言って欲しいと。
愛しい彼女の、せめてもの。
「どうし、て……」
血が滲む声で、カワカミプリンセスは喘ぐ。
敬愛する者を傷付けた痛みと。
そうせざるを得なかった理由と。
正気と混乱の狭間で、戦慄きながら。
立ち尽くす、キングヘイロー。
その足元で、崩れたまま荒い息を吐くマンハッタンカフェ。
落ちて尚、冷たく光るナイフ。
カフェの額から流れる、紅い色。
答えは、一つ。
どうしようも、無い程に。
「キング、さん……」
もう一度、消え入る声が。
どうか。
どうかと。
「違……う、の……カワカミ、さん……」
せめても答えようと、キングも声を絞り出す。
けれど。
ガタン。
「!」
不意に響いた音に、ビクリと跳ねる。
見れば、崩れ落ちたハルウララが口を押さえてえづいていた。
震えて、咽こむ。あまりの衝撃に、耐えかねた。
心も。
身体も。
ウララは強い。
どんな逆境にだって、笑顔で立ち向かう。
折れないし。
挫けない。
そんな彼女が。
それ程までに、見たモノは地獄。
「ウララさ……」
駆け寄ろうとして、ソレすらも叶わない。
此方を見る、ウララの目。
天真爛漫な彼女の、可憐な花弁。
自分が何よりも尊いと思うソレが、見る影も無く。
何故?
どうして?
どうもこうも、あるモノか。
自分だ。
自分の姿が。
自分が晒した悪意が。
悪性が。
キングヘイローとして、在ってはならない『化け物』の本性が。
彼女の想いを挫き、踏み躙った。
「キング、ちゃん……」
それでも、掠れる声が呼び掛ける。
「どう、しちゃったの……? カフェさんと、喧嘩……しちゃった……?」
「ウララさん……」
「大丈夫、大丈夫だよ……? 何か、間違っちゃったんだよね? 勘違いだよね? だから、大丈夫……。カフェさん、優しいから。とっても、優しいから。謝れば、許してくれるよ……」
その言葉はまた、隣のカフェの内も抉る。
「もし、一人で謝るの……怖いんだったら、ウララも一緒に謝るから……。そうだよね、一人じゃ駄目でも……一緒なら、頑張れるもん……。キングちゃん、ずっと、そうしてくれたもの。だから、だから、今度は……ウララの番だから……」
痛い。
痛い。
どんな罵りよりも。
誹りよりも。
呪詛、よりも。
「大丈夫だよ……キングちゃん……」
フラフラと立ち上がったウララが、近づいて来る。傷付いた花弁を、それでも精一杯綻ばせて。
「絶対、独りぼっちになんかしないから……」
限界だった。
今此処に至っては。
全ては手遅れ。
偽りを紡ごうが。
真実を吐こうが。
全てが、彼女への裏切りになる。
もし。
もしもたった一つ。
彼女への誠意となれる選択が有ると言うのなら。
ソレは。
「いやぁああぁああ!!!」
半狂乱の叫びを上げて、キングの姿の彼女は逃げ出す。
もうソレしか無い。
このまま彼女達の前に居れば。
自分は。
自分を、キングヘイローと認めていられなくなってしまう。
そうなれば、全ては終わり。
「キングさん!」
止めようとしたカワカミの手を振り払う。
自分よりずっと強い彼女の手を。
それすらも、自分が穿った傷の証。
逃げる。ただ。
どうすれば良いかなんて。
痛い程に分かるのに。
愛しい筈の彼女達の為に。
ソレを選ぶ事すら出来ない。
暗闇の中に逃げながら。
彼女はただ、自覚する
自分は。
『化け物』なのだと。
◆
逃げるキングが、肩にぶつかった。
痛みも。衝撃すらも感じない。
それすらも、許されない。
もう此の世界に、『私達』が許される事など。
何一つ。
「あは……あはははは……」
乾き切った笑いを、取り繕う様に響かせる。
そんな事、聡明な『彼女』の前では何一つ意味など在りはしないのに。
「何で……こうなっちゃったのか、にゃあ……?」
意識が裏返りそうな目眩を堪えて、せめても戯けて見せる。
彼女の、大切な『セイウンスカイ』の像を壊してしまわない様に。
所詮は、愚劣な自衛でしかないと知りながら。
「……気を付けてたんだよ? 本当に、気を付けてたんだ……。なのに……なのに、何で!?」
悲鳴の様な声で、ゴールドシチーの彼女も。今更、何の意味も無い問いだけど。それでも、終わりの理由くらいは知りたかった。
「……連絡、在ったんです……。シチーさんが、大変だがら……此処さ行げって……」
答えるユキノビジン。スマホを持つ手も、カタカタと。
「れん……らく……?」
「誰が……そんな事……」
「……聞いて、どうするんですか?」
明確に答えを求めた訳ではない。ただ、譫言の様に呟いただけ。
けれど、それすら許さないと。
向けられた言葉の冷たさに、スカイの姿がビクリと震える。
今にも泣き出しそうな顔を向けるけど、強い彼女の意思を揺らす事なんて。
「聞いて、どうする気ですか?」
ニシノフラワーが、厳しい声でまた。
ギリと引き結んだ唇は、今にも噛み破られそう。涙が溢れる瞳を、ソレでも逸らす事無く。
「聞いて、どうするんですか? その人も、傷付けるんですか? カフェさんみたいに!?」
再三の問いかけ。含まれた憤り。怒っている。優しい彼女が。セイウンスカイの『記録』を持つ彼女ですら、知らない程に。
そう。
彼女は優しい。
優しいから、こんな事。
「答えて!!」
叩き付ける。一歩、踏み出す。
答えなんて出ない。
出せる訳が無い。
後ずさる。
嫌々する様に。
大好きな母に叱られ、言い訳も出来ずに怯える子供の様に。
「……貴女は、『誰』ですか?」
心臓が、破れるかと思った。
一番、恐れていた言葉。
一番、訊いて欲しくなかった事。
一番、たどり着いて欲しくなかった。
真実。
「や、やだなぁ……なn……何、言ってるのさ……?」
呂律が回らない。
まともな言い訳なんて綴れない。
それでも、どうか。
どうかと。
「セイちゃんは、セイちゃんだよ? フラワーの事、大好きな……」
けれど。
「違います!」
「ヒッ!?」
もはや虚構にすら成らない戯言は、ただの一言で叩き伏せられる。
「貴女は、スカイさんじゃありません」
一歩。
「スカイさんは、誰かを傷付けたりしない。どんな理由が有ったって、絶対に!」
一歩。
「のんびり屋さんで、お寝坊さんで、ちょっとズルかったりするけれど……スカイさんは、優しい人です!」
また一歩。
「素敵な人なんです!」
小さな身体が放つ、圧。
強くて。
怖くて。
抗う事など。
「だから、貴女は違う……違うんです!」
「フラワー……」
「その姿で、呼ばないで!」
逃げ場は無く。
懇願すらも。
「貴女は違う! スカイさんじゃない!!」
「やめて……やめ、て……」
最後の願いも、届く筈も。
「スカイさんの姿で! スカイさんを汚さないで!!」
そして、断罪の鎚はもう一つ。
「あたしの言いで事、全部フラワーさんが言ってくれだ……」
「ユキノ……待って……お願い、だから……」
「聞きません」
澄んだ声は、深々と降る雪の様に静かで。
冷たく。
「あたしが訊ぎで事は、一づだげです……」
シチーの足掻き全てを、埋めていく。
「何処だ?」
潤む目が射抜く。
絶対零度の、鋭利さで。
「シチーさんは、何処だ?」
逃がさない。
逃しはしないと。
「返せ……」
ただ無情に。
「あたしのシチーさんを返せ!!」
楔を打った。
◆
ズン!
重い振動が、暗い部屋を揺らす。
「逃げなさい!」
朦朧とした痛みに溶けかけた意識。それを揺り戻されたスカイとシチーに向かって、震脚の構えのままヤエノムテキが投げる。
「このままでは、『認めさせられて』しまいます! 逃げて、離れなさい! 彼女達の、前から!!」
「ヤエノさん……」
「でも……」
「早く! 消えたいのですか!?」
「!」
その一言に呼び覚まされる、消失への恐怖。一生命としての、根源的忌避。
振り絞る様に駆け出す二人。
すれ違う瞬間、チラリと見るけど。
身動ぎもしない。
一瞥すらしない。
ユキノも。
フラワーも。
意味が、痛みと共に胸に切り込む。ただ咽び泣きながら、スカイとシチーの姿も闇の向こうへ消えた。
「……甘く見ていました……」
哀れな同胞を見送って、ヤエノは対峙するシリウスシンボリに向かって憎々しげに言う。
「まさか……オリジナル(貴女達)がこんな醜悪な手を使って来るとは……」
「……違う。私達じゃねぇ……」
「じゃあ、誰だと言うのです!?」
返された否定の言に、思わず怒鳴り返す。シリウスの声に、嘘の気配が無いと察しながらも。
「本当に、私達じゃねぇよ。証明する手なんざ有りもしねぇが……」
シリウスの目。浮かぶ哀れみの色に、惑わされまいと首を振る。
「……もう、結構です……。誰の仕業だろうと、最早詮無い事……」
そして、またゆっくりと構えを取る。
「……まだ、やるのか?」
問われ、『ええ』と答える。
「私が、ケリを付けます。今此の場に居る者、全て」
つまりは、シリウスとカフェのみならず。
「……隠し切れなくなるぞ……?」
「そうとも、限りません。少なくとも、責は私で止まりましょう」
「お前……」
「今宵に与せぬ同胞達は、隠れ果せます。今此処に至っては、それだけでも……」
何かを思う様に目を閉じ、そして開く。
「覚悟!」
迷いの消えた殺気。シリウスが舌打ちして構え直したその時。
「アハハ、可っ笑しい」
静寂の中に、ソレが響いた。
綺麗な声。
良く知る声。
けれど、怖い声。
まるで、夜の遠くで囀る鵺の様に。
「何で、自分だけで止まるとか思っちゃうかなぁ。薄々勘づいてる子なんて、いっぱいいるのに。それとも……」
凍りついた皆の視線が集まる。
「オリジナル(みんな)は優しいから、本当に酷い事なんてする訳ない……とか考えてたりしちゃう?」
戸の影からスルリと現れた彼女に、シリウスとヤエノの目が見開いた。
「お前……」
「ローレル、さん……?」
「はい! 穏やかにして不屈! 冬を越えて咲く春天の華! サクラローレルです!」
明るい笑顔。お決まりのキャッチフレーズと共にポーズを決める。
わざとらしい程に。
「何故、貴女が……」
「あれぇ? 今の流れで分からないかなぁ? 大丈夫? 夜更かしでちょっとオツムが鈍ってるんじゃないかな? ヤエノちゃん。酸素持って来ようか?」
「真面目に……」
言い掛けて、止まった。
ローレルの手。
その中にあるモノに気づいたから。
スマートフォン。
彼女愛用の、桜色のソレ。
見慣れたソレを見た瞬間、思考が巡る。
ユキノは言った。
自分達は、連絡を受けたのだと。
なら、連絡をした者が。
自分達の策謀を、看破していた者が在る。
否、看破などと中途半端なモノでは無い。
人選も。
タイミングも。
余りにも完全だった。
予想や予測だけでは、組み切れない程に。
知っていたのだ。
その誰かは、今夜の計画の全てを。
そして、彼女は。
サクラローレルは。
同胞、セイウンスカイの。
同室。
視線を移す。
此方を。
ローレルを見るフラワー達の目が、全てを物語っていた。
「まさか……」
戦慄く声で、問う。
「スカイさんが……裏切ったのですか……?」
「ソレは外れ」
あっけらかんと、ローレルは否定する。
「出来損ないのスカイちゃんは、秘密を話したりしてません。彼女のなけなしの名誉の為に断言しましょう。精々、挙動不審でタイミングを教えてくれたくらいかな? お寝坊のクセに、無理やり早起きするから」
そう言って、ケラケラと。
「なら、何故……?」
「知ってるから」
「……え?」
余りにもハッキリ言われて、ポカンとする。
「スカイさんは、漏らしてはいないと……」
「そう。スカイちゃんは何も言っていない。私が『知ってる』だけ」
話が噛み合わない。言っている事が分からない。
ただ、直感が告げる。
彼女は、危険だと。
「あら? 考えるの、やめちゃったのかな?」
身構えるヤエノを見たローレルが、茶化す。聞く度に、小さな棘の様に苛つかせる。確かに彼女の声なのに、漠然と漂う違和感。幾ら探っても。考えても分からない。
なら、選択肢は無い。
「考える意味は無いでしょう。貴女が、『私達』にとって不利益であると知れればソレで良い」
そう。事の真相なぞ、二の次三の次。
大事なのは、此の場を収めて全てをまた曖昧の日常に埋め戻す事。
「… まだ思ってるのかな? 私達を片付ければって」
「思っていますし、実際そうでしょう? 寮長御二方も、此方側です。情報は漏れない。貴女達さえ黙って貰えれば、今宵の事を知る者はいなくなる!」
「おい!!」
ヤエノがローレルに挑み掛かるのを見たシリウスが、声を上げる。
けれど、ローレルの顔は涼しいまま。
正気を、疑う程に。
「分かってないなぁ」
囁く。
冷ややかに。
「言ったよね? 何でオリジナル(私達)が酷い事はしないって前提なの?」
言って、右手を上げる。
「何を、分からぬ事……を……」
必殺の意思を叩き込もうとしたヤエノが、止まった。
凝視するのは、掲げられたローレルの手。握られた、スマートフォン。
『撮影中』を示す、画面。
「理解してれば良かったのに」
桜は囁く。
「悪意を向けた相手の善意を当てにするとか、脳天気にも程が有るって」
何処までも冷たく、綺麗な色で。
◆
突然鳴り響いた通知音に、アグネスタキオンとその他2名は纏めて飛び上がった。
「何だ!? こんな時に!?」
思わず声を荒げたエアシャカールに応じて自分のスマートフォンを取り出すタキオン。
画面に表示された通知者名を見て、眉を顰める。
「ポッケ君だね……」
「ジャングルポケットか? こんな時間に、何だってんだ?」
怪訝そうなナカヤマフェスタに『さあね』と答えて、画面をタッチする。
「暇じゃねェ。手短に……」
言おうとしたシャカールの声は、スマホから飛び出した怒声に掻き消された。
『タキオン! 何だよ、アレ!! 何だってんだよ!?』
「ポッケ君? 何だ? 何かあったのかい!」
ポケットの声に、尋常ならざる気配を感じたタキオンが問う。
『何だよ……お前も知らないのかよ!? カフェから、何も聞いてないのか!!』
飛び出して来たカフェの名に、三人の間の空気が張り詰める。
「そうだ、ポッケ君。私は何も知らない。だから教えてくれ。何があったんだ?」
勤めて冷静な声で説く。少しでも、彼女の気を落ち着かせる為に。けれど、ポケットの戦慄きは収まらない。
『あ……えと、その……そ、そうだ!! ウマチューブだ!! ウマチューブ開けろ!!』
「ウマチューブ?」
『早く!!』
聞いたシャカールが、自身のスマホを取り出す。オンライン動画共有プラットフォーム『ウマチューブ』のアプリを起動し、ポケットから示されたチャンネルを開く。
覗き込む三人。そして……。
「な……!?」
「コレは……!?」
「どう言うこった……!?」
映っていたのは、此方に拳を向けた状態で凍りついているヤエノムテキの姿。その後ろには、同じくシリウスシンボリ。そして。
血を流して震える、マンハッタンカフェ。
背景は、旧理科準備室。何かが暴れた様に、荒れて。
画面の上には、『Live』の表示。
間違い無い。
今晩。
今。
起こっている襲撃の。
実況。
「い、いつからだ!?」
引き攣った顔で、シャカールが経過時間を確認する。
「一時間……」
「事が始まって……ほぼ、全てか……?」
つまりは、スカイ達が起こした殺意の襲撃。その一部始終が、実況動画として世界に。
『何なんだよ! 何があったんだよ!? 訳が分かんねぇんだ!! 教えてくれ! カフェは……スカイやヤエノはどうしちまったんだ!?』
液晶の向こうで、ポケットが叫ぶ。今にも、泣き出しそうな声で。
『なあ、冗談なのか!? 何かの冗談なのか!? それならそうって、言ってくれよ!! 頼むから! なあ! なあって!!!』
そうであれば、余程此方も救われよう。
けれど、液晶の中で回る世界は。
虚構と言うには、余りにも生々しい。
『スカイが……ヤエノも言ったんだ……寮長達も、グルだって……フジさんもなのか? フジさんが、こんな……』
嘆く友にかける言の葉すら、今は無い。ナカヤマが、視線を向ける。夜闇に浮かぶ、寮の影。
何処かの部屋に、明かりが付いた。
もう一つ。
また一つ。
広がって行く。
伝播していく。
瞬く間に。
止め様も無く。
決壊していく。
◆
「何て、事を……」
震える声で呟いて、よろめくヤエノ。強い目眩でも、起こした様に。
「何、考えてやがる……?」
シリウスも、呻く様な声で。
「何をしたか、分かってんのか?」
「勿論。此度のそっくりさん皆様の悪事、余さず残さず。全て世の中に実況させて頂きました。それ以上でも、以下でもないよ?」
「そう言う話じゃねぇだろ!?」
余りにも悪びれない様に、声が荒がる。
「此れでそっくりさん(コイツら)の事が周知されちまった。分かるか!? 隣にいる顔見知りが、面だけままの別人だって事がだ! 普通に肝のキャパを超える……。大パニックになるかも知れねぇんだぞ!?」
「だから、そのつもりだよ?」
「な……!?」
場に居る全員が、絶句する。
「全く。いっつも悪い振りしてるクセに。いざとなったら優し過ぎるよね。シリウスちゃんは。敵に情けかけたって、付け上がるだけなんだってば」
いつもの声で。
いつもの調子で。
ローレルは説く。
いつもの彼女では有り得ない言葉を。
「ダメダメ。タキオンちゃんも、シャカールちゃんもおんなじだし。相手がその気なら、コッチもそのつもりで潰さなきゃ。ソレを、変なお情けなんか持ってやったから……」
ーー全部、メチャクチャになっちゃったーー。
「……え?」
「何……?」
妙な言葉が飛んで来た。
メチャクチャに『なっちゃった』?
過去形。
確かに、このままそっくりさん達を放っておけばいつか必ず歪みは生まれる。
でも、ソレはまだ先の話で。
ソレを防ぐ為に、タキオンも自分達も奔走している。
そう。破滅はまだ、起こっていない。
なのに、何故そんな言い方を?
「……ねぇ、シリウスちゃん。君達はね、間に合わなかったんだよ。余りに優しく接し過ぎて、そっくりさん(ソイツら)の暴走を止められなかった……」
「……ローレル……?」
「そっくりさん(ソイツら)の暴走は、人間達にウマ娘への不信感を植え付けて。それが、あっという間に敵意にまで高まって……」
「お前、何を言って……」
「世界規模の、ウマ娘廃絶運動にまで発展して……」
「………!」
「何もかも、メチャクチャになっちゃった。会長さんの願いも、学園の在り方も、みんなの未来も……ブライアンちゃんと、私の約束も!!」
炎が見えた。
彼女の瞳。
可憐に咲く筈の花弁が。
轟々と。
炎々と。
燃え滾る業火の彩に。
「可笑しな妄想をほざかないでください!!」
堪りかねたヤエノが叫ぶ。
「そんな事に、なる筈ないでしょう!? 私達は……私達はそんな……」
「そんな事、言えるのかな? こんな事、しておいて?」
「!!」
黙らされた。
そう。今今宵の惨状が。
彼女の言葉の、肯定そのまま。
「だからね、シリウスちゃん……」
向けられた視線。
悪寒が走る。
責めの意思が、此方にも向けられている様で。
「私はね、おシリを叩いたんだよ? こうしてしまえば、急がざるを得ないでしょ? 無駄な情なんて、かけてる余裕無いよね? もう、もうあんな事には……いや、違うかなぁ? そんなんじゃないなぁ……?」
咲き乱れた桜が笑う。
文字通り、狂った悪鬼の如き顔で。
「私は、メチャクチャにしたいんだ。私達がされた様に、そっくりさん(コイツら)をメチャクチャに」
「……貴女は、『何』です……?」
呆然としながら、ヤエノが問う。
彼女が、自分達が知る『サクラローレル』ではない事は明白だった。
彼女は、想いこそ強けれど。こんな怖いモノではなかった。
でも、Fetch(そっくりさん)でもない。
ソレならば、互い同士で分かる筈。
彼女は、サクラローレル。
違う事無く、『オリジナル』のサクラローレル。
だから、誰も気づかなかった。そっくりさん(自分達)も。オリジナル達さえも。
だけど、それでも。
それでもやっぱり、違う。
彼女は皆が知るサクラローレルでは無い。
絶対に。
でも、それならば。
彼女は。
目の前の、彼女は。
だから、問うしか術は無い。
その答えが、どんなに悍ましいモノであろうとも。
「貴女は『何』なのです……?」
「『化け物』だよ」
答えは酷く、簡潔だった。
「そっくりさん(化け物)が生んだ、鬼(化け物)だ」
その目から、涙が一筋。
真っ赤な真っ赤な。
桜色。
◆
彼女は、天の下にいた。
隣棟の屋上。
フェンスに座り、地獄と化したかの部屋を。
「Adjacent,……similar……parallel……another possibility……。世界はindividual。けれどmany……」
黄金の髪を、夜風に揺らし。
此処でない言の葉を此処で紡ぐ。
「確定。けれど不確定。unknownは既知に。神秘はrealに。その対価、贈るをするよ。『once more』、『キミ』に」
違う道。
違う未知。
違う術(みち)。
全てを読み解き、忘我の賢者は静かに歌う。
「紡ぐ-導く-辿り着く。をしよう。ぼくのため。みんなのため。キミのため。あなたのため」
夜気が揺れる。
まるで、誰かがいる様に。
「静寂よ。星よ。優しき御霊よ」
静かに荒び。
輝き守り。
白へと導く。
「彼方の君。いつかの貴方。明日の何方。My dear fellow countrymen.導くキミ達に報う為」
流るる祈り。他が為か。
「ネオユニヴァースは『誓う』を、するよ」
星が瞬く。
輝羅綺羅。
輝羅綺羅。
答える様に。