ソレは、今より少しだけ前の夜。
輝羅綺羅輝羅と、星が歌う静かの夜。
サクラローレルは、ふと目が覚めた。
誰かに、呼ばれた様な気がして。
ソッと身を起こす。
時計を見れば、午前2時。
『変な時間に起きちゃった……』と呟くと、隣りのベッドでセイウンスカイが『ふにゅう〜』とか言いながら寝返りを打つ。
慌てて潜める息。
ちょっとの間。
やがて、『ムニュムニュ……』とまた寝付く気配。
愛らしい後輩の安らぎを断たなくて済んだ事に安堵の息を吐き、静かにベッドを降りる。
中途半端な睡眠だったのに、思考は妙に冴えている。その思考が、ずっと訴えていた。
『呼んでるよ』と。
疑問は湧かなかった。
怖いとも思わなかった。
ただ、行かなければ。
そう思った。
外は、意外な程に明るかった。
何でだろう? と宙を見る。
星が。
宙いっぱいの星が瞬いていた。
輝羅綺羅。
輝羅綺羅。
見た事が無いくらい。
ああ、と合点した。
今夜は、特別な夜なのだと。
何が特別なのかは分からないけど。
歩いた。
星を見ながら。
テクテクと。
輝羅綺羅と流れる星達は、まるで何かを。
星。
流星。
恒星。
一等星。
ふと、一人の級友を思い出す。
名前に、ある星の称をいただく娘。
好きとか嫌いでは無く。
星の光に大切な想いを抱く。
彼女なら、この星達の瞬きにどんな声を詠むのだろう。
そんな事を思っていたら。
「其れは『無為』だよ」
声が聞こえた。
「星の声。Kontaktするのは『個別』『仕様』。あの子の星は"彼女"だけ。"彼女"の声はあの子だけ。intervene in a situation where one cannot。No need to look aside。『真理』だから」
前を見ると、彼女がいた。
時間帯。水平の先に望の月。まぁるく切り取られた光の穴。その中で、輝く黄金の髪を海草の様に揺らめかせ。
「こんばんわ。ユニヴァースちゃん」
「こんばんわ。桜の輩」
驚く程自然に挨拶を交わす。
まるで、互いに待ち合わせでもしていた様に。
ネオユニヴァースが、ペコリとお辞儀をする。
「ネオユニヴァースは『感謝』をするよ。『あの子』のcall。"答える"をしてくれて」
宙が、いっそう明るく瞬いた。
見上げると、流れ星。
幾つも。
幾つも。
「『偶然』。けど『必然』。傲慢な『戯れ』が『境界』を歪めた。connectをした」
星が流れる。
幾多。
数多。
那由多。
その一つ。
「『選択』の"権利"は、キミに在る」
堕ちてくる。
真っ直ぐに。
「選べば、キミは見る。知る。知覚する。いつか。けど明日。辿り着く。痛い」
真っ赤な星。
流星。
血の色。
涙。
「義務は無い。罪も無い。責務では無い。踏まえて。なおキミが"想う"をするなら」
泣いていた。
もがいていた。
苦しんでた。
「どうか、受け止めて。『いつか』の『キミ』を」
選択権?
そんなの無いよ。
だって、泣いているのは。
「My Friend。気高きキミ。愛しい貴女。優しいYOU」
手を差し伸べる。
抱き止める。
いっぱいに。
「ぼくは。キミを。誇りに思う。をするよ」
受け止めるよ。
分かち合おう。
そして。
もう一度。
ね?
「ありがとう。『桜』。『月の葉』よ」
いつかの。
私。
抱き止めた星。
内に溶け。
『ありがとう』と、また。
いつかの、私。
◆
深夜の栗東寮は騒然としていた。
「大丈夫ッス! フジさんにはアタシ達が確認を摂るッスから、どうか落ち着いてくださいッス!!」
風紀委員長のバンブーメモリーが声をかけて回るが、焼け石に水。
無理も無い、とエイシンフラッシュは思う。
それだけ、あの実況動画の衝撃は凄まじかった。良く知る顔の級友が徒党を組んで、同じ顔見知りの級友の殺害を謀った。
此れ程に恐怖と絶望を煽る事象など、そうそう有るモノではない。まして、皆のリーダーである寮長達もがグルとなっては。
走りながら、スマホを見る。
実況はまだ続いている。
動画に気づいていない者にも、気づいた者が伝えてしまう。
ウマチューブのみならず、ウマッターやウマスタグラムと言った他のSNSも媒介となり、拡散して行く。
恐怖。好奇。承認欲求。
ありとあらゆる衝動が、凄まじい勢いで此の凶行の情報をばら撒いて行く。
削除要請も、アカウントの停止要請も間に合わない。
自由に肯定される権利が在るならば。
その否定は決して粗雑であってはならない。
証明には検証が必要であり。
検証には時間が必要。
ソレが、自身の自由と権利の対価。
一方通行は許されない。絶対に。
「分かってはいますが……」
もどかしさに、歯噛みする。明らかに災厄しか呼ばない情報であっても、プロセスを飛ばす事は禁忌。理屈は理解しても、苛立たしい。
規律と秩序を重んじる、彼女であっても。
こうしている間にも、破滅の種は広がって行く。
手の届かない所まで。
普段自分達が玩具にしているモノ。その恐ろしさを、こんな最悪の形で思い知らされるとは。
「フラッシュさん……アレって、リッキーちゃん達が言ってた『取り替えっ子』ってヤツかな……?」
「……本物のヤエノさん達だとしたら、余りにも行動に脈絡が無さ過ぎます。話の内容から考えても、そう考える方が自然でしょう……」
隣を走っていたスマートファルコンの言葉に、そう答えて頷く。
コパノリッキーが協力していたサトノダイヤモンドの秘密の特訓。同じダート組の誼でファルコンが手伝う事となり、付き合う形でフラッシュも介入する事になった。
当然、何の為の特訓なのかを問う事になったのだが。
『アタシが説明するわ』
言い澱むリッキーの代わりに出て来たのはスイープトウショウ。『良いの?』と訊くリッキーに、『黙ってる方が後々面倒よ』と言って聞かされた話は酷く荒唐無稽。
『信じる信じないは、アンタ達の自由』
困惑するフラッシュとファルコンにそう言って。
『でも、判断するんなら『アイツ』の顔を見てしてちょうだい』
示されたのは、黙々と特訓に打ち込むダイヤの姿。
その姿はとても真摯で。真剣で。どんな戯言だろうと、染める事は許されない。そう感じさせた。
そして、正直。
二人も、薄っすらと感じてはいたのだ。
学園に漂う、薄曇りの様な違和感を。
だから、二人は協力を続けた。
その先に、答えがあるかもしれないと思ったから。
「……答え、出ちゃったかな……?」
「ええ……」
「皆にも、教えた方が良い?」
ファルコンの問いに、『いえ』と首を振るフラッシュ。
「どうして?」
「タイミングが悪過ぎます。今の状況で伝えた所で、こんな時に巫山戯るなと激昂されるか、不安と恐怖を煽ってパニックを広めるだけです」
何方に転んでも、碌な事にならない。
「そっか……」
「皆、いつかは知らなければなりません。でも、少なくとも今はその時ではないでしょう」
そう。多勢にとって、今はその時ではない。
けれど。
チラリと、追従しながら声掛けを続けるバンブーを見る。
その、憔悴し切った心を懸命に振り立たせる顔を。
そして、思う。
そうじゃない子も、居るかもしれないと。
角を曲がれば、フジキセキの部屋。聞かねばならない。
今夜の、凶事との関係を。
「アレは……?」
見えて来たフジの部屋。扉の前に小さな人影。チャームポイントの、魔女帽子。
「スイープさん、どうしました!?」
「……締め出されちゃったわ」
苦虫を噛み潰した顔でスイープが言う。
彼女はフジのルームメイト。我儘な彼女も、フジなら上手く扱えようと言う理由で。そして実際に両者は上手くやっていた。そのフジがスイープを拒絶するなど、やはり有り得ない。
「ダイヤに付き合ってる隙を突かれたわ……。まさか、フジさんまでなんて……」
声が、今にも泣き出しそうに震えている。
それだけ、スイープがフジに寄せる信頼は大きかった。今の事態を知る彼女が、一片の疑惑すら持たない程に。
確かな怒りが、フラッシュ達の心を逆撫る。
「フジさん? いるのでしょう!? 開けてください!!」
ドアを叩いて呼びかけるが、返事は無い。
スイープに鍵を持っていないのかと尋ねるも、フジが中に居る前提だったので持っていないとの事。
もう一度呼びかけるが、やっぱり応答無し。
「……やっちゃう?」
フンフンと息巻くファルコンを制し、スイープとバンブーの方を見る。
「無問題よ!」
「非常事態ッス! 風紀委員長権限でOKッス!!」
果たして風紀委員長にそんな権限あるのかは知らないが、同意は得た。頷いたフラッシュがファルコンに伝える。
「ファルコンさん、Gehen Sie.です!」
「オッケー!!」
親指立てて返事したファルコン、腰を屈めて構えを取る。
「みんなー、危ないから下がっててー!」
その言葉に、察した野次馬達が慌てて退避する。
「しゃいしゃいしゃい……」
溜める力。そして。
「しゃーい!!!」
ウマ娘視点から見ても、屈指の怪力。砂の戦場を席巻し、某ライバルが『赤鬼』とまで称した脚力が暴意と化して炸裂する。
如何にウマ娘用として作られた寮の設備とは言え、純然たる破壊の意志に対抗する術などある筈も無し。大鉈の如き蹴りを喰らったドアは逢えなく吹っ飛び、部屋の中でワンバウンドした挙句ひしゃげて転がった。
……向こう側にフジが居たらどうする気だったのだろう。
「フジさん!!」
唯の穴と化した入り口に、真っ先に飛び込むスイープ。
「スイープちゃん!?」
「一人で行っては……!」
慌てて後を追うフラッシュ達。けれど、その足はすぐに止まる。
スイープは、寝室の中で佇んでいた。
部屋は綺麗に整頓され、窓もしっかりと錠がかかっていた。
誰も出て行った気配は無い。
けれど、誰も居ない。
灯りの落ちた部屋の中で、スイープはフジのベッドを見下ろしていた。
「フジさんのお馬鹿……」
寂しげな声が、ポツリと呟く。
「こんな時まで、手品なんか披露しなくて良いのよ……」
整えられたベッド。
畳まれた白い毛布の上に、言伝の様に残された。
紅い薔薇、ただ一輪。
◆
学園の騒然とした空気は、離れた理科準備室でも感じ取れた。歯噛みするヤエノムテキを酷く嬉しそうに眺めて、サクラローレルは妖しく笑む。
「……何が、可笑しいのですか……?」
「可笑しいよ? だって嬉しいもの。楽しいもの。もう、貴女達は隠れていられない。安息の時間も、場所も無い。オリジナルの殻の中で、バレる日まで怯えて暮らすか。それとも諦めてサッサと消えちゃうか。どっちにしたって、もう先なんて無い。メチャクチャだよね? 『私達』みたいに」
そう言って、また笑う。
邪悪と言う文字をそのまま具現化した様な、とてもとても綺麗な笑顔。
きっと、悪魔と言うモノが実在するのなら。
そして、間違い無くサクラローレルである彼女がそんな顔で笑う事が。
何よりも怖くて。
何よりも悲しい。
「許さない……」
唇を噛む顔を憎悪で歪ませたヤエノが、また構える。
「アッハハ、まだやるのかな? 今更私を殺したって、何も変わりゃしないのに。諦めが悪いトコだけは、本物そっくりだね。ね? ヤ エ ノ ちゃん?」
「黙れ!!」
響く嘲笑を振り払う様に吠える。
「例え全てが終わりだとしても……貴様は……貴様だけは!!」
言葉が終わる前に、走り出す。
シリウスシンボリにも。誰にも。邪魔はさせない。例えコレで自分が申し開きすら出来なくなるとしても。
この『悪魔』だけは。
空いていた距離は数歩で埋まる。振り翳した拳に、ギリギリと殺意を込める。彼女は、笑ったまま。目の前に迫る死など、如何程でも
無いとでも言う様に。
結構な事だ。
そのまま、馬鹿の様に笑っていれば良い。
その笑みこそ、自分が叩き潰したいモノなのだから。
渾身で突き入れる正拳。
避けようとすらしないローレルの顔に、そのままーー止まった。
「どうしたのかな?」
己の顔スレスレで震える拳を突きながら、ローレルは言う。
「もう一歩だったのに」
「……よくも、言うモノです……」
引き攣った笑いを浮かべて、ヤエノは言う。
「確かに……これ程狡猾な貴女が、私だけを抜かす筈がありませんか……」
「うーん、ちょっと違うかな?」
絶望に染まって行く彼女の顔を愛でながら、ローレルは答える。
「この子には、最初っから洗いざらい教えたよ? 『嫌なモノ見ちゃうから、大人しく寝てて』って。何せ、私にとっても大事な『ヴィクトリー倶楽部』の同胞だもの。でもね」
爛れた桜が、チラリと見る。
もう自分には無い、その清さを。
「かえって着いて来ちゃった。『ヤエノさんがそんな事する筈ありません!』って。ホント、優しい子だよね。ねぇ……」
チヨちゃん。
澱んだ桜香の後ろからもう一つ。涼やかに澄んだ桜花の気配。
唇を引き結んだサクラチヨノオーが、濡れた目でヤエノを見つめていた。隣の、『もう一人』と共に。
「ま、アルダンちゃんまでオマケで来ちゃったのは計算外だったけど」
そして、また笑う。
嘘だ、と思った。
何が計算外なモノか。全てが、計算尽くではないか。そう言えば、友人思いのチヨノオーが黙ってなどいられない事も。同室であるメジロアルダンが心配して同行して来る事も。
そして何より。
彼女ら二人が、ヤエノムテキと道を共にした同期であり。切磋琢磨し合うライバルであり。変え様の無い親友である事も。
「ほら、どうしたの?」
悪魔が急く。
「もう一歩で、届くよ?」
何もかも、掌の上と嘲りながら。
「ーーっ!!」
歯を軋ませ、踏み出そうとした時。
「ヤエノさん!!」
「駄目!!」
二人の声が、同時に響いて。
ああ、駄目だ。
全部の力が、一気に抜ける。
拳は溶けて。ダラリと下がる。
「大丈夫です……。チヨノオーさん……アルダンさん……」
二人とも、泣いているのが分かった。
私のせいで。
私の、為に。
「出来る訳、無いじゃないですか……」
合わせる顔なんて、ありゃしないのだけど。
「貴女達を、血で汚すなんて……」
せめても、それだけは。
「証明しちゃったね」
悪魔が嘲る。
「自分で」
勝ち誇った顔で。
「!」
全てを振り払う様に、走り出す。
あの子達の呼び止める声も。
アイツの哄笑も。
全部置き去りにして。
暗い暗い、夜闇の向こう。
もう二度と、戻れない。
残された皆の耳に響く。
壊れた少女の、壊れた笑い。
いつまでも。
いつまでも。
◆
「そんな筈無いわ! あの娘に限ってそんな……!! 何があったって言うの!?」
今だ混乱の収まらない栗東寮。フジ達の他に異常があった者は無いか、確認の為に集まったロビーで新たな火種。
「そんな事、オレだって分かんねーよ! つーか、教えて欲しいのはコッチだっつーの!!」
激昂するアドマイヤベガ。彼女に詰め寄られたジャングルポケットがキレかけの怒鳴り声で応戦する。
騒動の中、集められた面子の流れるにナリタトップロードの姿が無い事に真っ先に気づいたアヤベ。
学級委員長であり、それ以上に友人思いで責任感の強い彼女がフラッシュ達の手伝いに名乗り出ていないと言うだけでも妙だと思っていたのに。
妙な胸騒ぎに、自分も何かしなければと思い始めた時。トップロードのルームメイトであるポケットが飛び込んで来た。
トップロードまでもが、姿を眩ませたと言う凶報と共に。
無二の親友の消失に混乱したアヤベの憤りは、そのまま事態を止められなかったポケットへと向けられた。
「貴女が分からなきゃ、誰が分かるって言うの!? いっつも面倒見て貰ってるクセに! 恩知らず!!」
「ーーっ! んだとぉ……!?」
「ストップ! ストップッス!!」
「止めるんだ! アヤベさん!」
危うい気配を察したバンブーとテイエムオペラオーが二人を引き離す。
「離してよ!」
「ポケットさんに当たるのは違う! 彼女だって、フジ先輩の事でいっぱいいっぱいなんだ!!」
「でも!!」
「自分の事でキミ達が争ったりしたら、そんな事を喜ぶトップロードさんだと思うのかい!?」
「!!」
その名と共に過ぎる、彼女の顔。
「アヤベさん!」
よろめく彼女に、術無く狼狽えていたカレンチャンが支える様に抱き付いた。
「カレンさん……」
「大丈夫……大丈夫だよ……。こんなの、こんなの悪い夢だから……! 明日になれば……夜が明ければ、帰ってくるよ……フジさんも、トップロードさんも……皆、絶対元通りになるから……。だから、だから……」
アヤベさんまで、遠くに行かないで。
「……!」
ヘタリと座り込むと、額に貼り付いた髪を汗と一緒にかき上げる。
しがみついて震えるカレンの嗚咽が、熱病の様に荒れ狂っていた暴意をゆっくりと冷やしていった。
注視していたオペラオーが、ホッと息を吐く。
「……大丈夫。もう、大丈夫だから……。カレンさん……」
芦色の髪を優しく撫でて、『ごめんなさい』と。
「貴女にも、謝るわ。我を忘れて……本当に、ごめんなさい……」
「え……あ、うん……」
バンブーに羽交締めにされていたポケットも、アヤベの態度に落ち着いて行く。
「いや……アンタが怒るのも、当たり前だよな……。仲良かったもんな……トップロードと……」
此方もストンと、尻もちを突く様に座り込む。
「悪かったよ……オレ、フジさんの事で頭いっぱいになっちまって……トップロードの事、全然……ホント……面目ねぇ……」
そして、『ああ……』とか細く。彼女とは思えない程か細く呻いて、顔を覆う。『フジさん……』と呟く声が、微かに聞こえた。
「大丈夫……ですかぁ……?」
枯草の様に座り込む二人を見つめていたバンブーに、メイショウドトウが声をかける。
「あ……へ、平気ッス! 怪我とか、してないッスから!」
隠す事も出来ない、痛々しい強がり。彼女の頬についた汚れに気付いたドトウが、ハンカチを取り出してソレを拭う。
「ありがとうッス!」
そう言った笑顔が、見つめるドトウの目にヘニャリと崩れた。
「……本当はね、アタシも……偉そうな事言えないッスよ……」
ポツリポツリと、話し始める。
「ポケットと、同じッス。ルームメイトなのに、シチーの事……気付いてやれなかった……」
バンブーのルームメイトは、ゴールドシチー。マンハッタンカフェ襲撃実行犯の、一人。
「何て言うか……同室になってからこっち、色々あったッスけど……悩みの一つくらいは、聞ける仲になれたと思ってたんスが……」
頭に巻いたトレードマークの鉢巻。ソレを、毟る様に取って目に当てる。
「アタシの、独り善がりだったッスかねぇ……?」
声に、嗚咽が混じる。抑える鉢巻。その端から、流れる一筋。
「バンブーさん……」
ドトウにも、何が出来る訳でも無い。
ただ、せめても彼女の涙が枯れるまで。ソレを、拭ってあげるくらいしか。
「……フラッシュさん」
皆の様子を黙って見つめるだけのフラッシュに、ファルコンが声をかけた。
「バクシンオーちゃんと、連絡取れた。美浦寮(あっち)も、同じ感じ。やっぱり、アマゾンさんが……」
予想していた通りではあった。
動画の中で、スカイやヤエノは寮長『達』と言った。つまり、栗東の寮長であるフジだけでなく。美浦側の寮長であるヒシアマゾンもグルである。
つまり、皆がリーダーとして信頼を寄せていた者は全員。
覚悟はしていたが、ハッキリしてしまった痛みはどうしようも無く。
大きく息を吐くと、フラッシュはゆっくりと顔を上げる。
視線の先には、苦しむ皆の姿。
決断は、早かった。
「ファルコンさん、話しましょう。少なくとも、アヤベさん達には」
「良いの?」
「ええ。彼女達に必要なのは、今です」
そう。例え知らされる真実が、如何に悍ましく恐ろしくても。
今の彼女達にとっては。
確かな。
救い。
◆
「何処へ行くんだ? ブライアン」
寮を出ようとしていたナリタブライアンは、姉のビワハヤヒデに呼び止められた。
「……ルドルフの所へ行く。生徒会も、動かなきゃいかん」
聞いたハヤヒデ。納得しつつも、思案する。
「一緒に行こうか? 一人じゃ危ないだろう?」
「いらん。それこそ、何かあったら面倒見切れん」
にべも無く断られ、『それもそうか』と苦笑する。
「……気を付けるんだぞ?」
「ああ」
そう言って、ブライアンは寮を出る。
己を案じてくれる姉に、全てを明かせない心苦しさを抱きながら。
「……何故です?」
その一言に込められた複数の意味。全てを把握しながら、シンボリルドルフは『君だからだよ』とやはり一言で答えた。
灯りの灯った生徒会室。憔悴した顔で席に座るエアグルーヴの姿をした彼女。事件発覚後、即座に出した召喚令に抗う事無く応じた姿にルドルフは自身の判断が正しき事を確信する。
だから、彼女に告げる。
「暫く、生徒会室(ここ)に居て欲しい。その方が、お互いに都合が良いだろう」
『監視下に置けますからね』と皮肉ろうとして、止めた。
ルドルフの目を見れば、そんな理由で無い事は即座に知れたから。
だから。
「何故です?」
もう一度だけ、問うた。
もう知れた答えを、やっぱりもう一度だけ聞きたくて。
◆
「派手にやってくれたねぇ……」
漸く現場に到着したタキオンは、すっかり嵐の後と化した居城の惨状に溜息をついた。
エアシャカールとナカヤマフェスタがブツブツ言いながら必要最小限のモノを回収するのを確認すると、皆に告げる。
「取り敢えずは、急いで場所を移そう。此処はもう、不都合が多い。君との話は、その後だ」
言って、『話してくれるんだろう?』と確認する。
「その為に、此処に残っているのだろうから」
どんな意図も見逃すまいとする、タキオンの視線。ソレを受けて、サクラローレルは尚微笑む。
全てはまだ、己の手の内。そう、嘆くかの様に。
◆
窓の外が、白んでいく。
それでも、悪い夢はまだ覚めない。
鍵をかけたドアの向こう。誰かの声が、物音がする度。ビクリと震える小さな肩を抱き締める。
「……ねぇ、テイオーちゃん……」
救いを求める様にしがみ付きながら、マヤノトップガンの姿をした彼女が問う。
「マヤ達……どうなるのかな……?」
囁く声は、不安に満ちて。
「消えるのかな……? 消されちゃうのかな……? まだ、何も無いのに……空っぽの、ままなのに……」
「……大丈夫だよ」
小さな同胞を抱き締めながら、トウカイテイオーの姿の彼女は言う。
「終わりになんか、させないよ。このままなんて、絶対に……」
上げる視線は、窓に満ち行く光を真っ直ぐに。
空っぽの筈のその瞳。
確かに燃える、彩の意味。