鎖影の庭   作:土斑猫

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【奈落の桜】

 炎が見える。

 激しく。

 熱く。

 けれど昏い。

 業業と。

 炎炎と。

 延々と。

 焼き尽くしていく。

 大事なモノ。

 大好きなモノ。

 大切なモノ。

 世界。

 未来。

 思い出。

 あの娘との、約束。

 そして。

 

 いつかの。

 私。

 

 ◆

 

「……と言うのが、今の事態の大まかな説明だよ。まぁ、信じれるかどうかは別の問題だろうが……」

 そう言って、アグネスタキオンは説明を終えた。

 恐らくは、程なく学園の職員(と野次馬)が詰めて来るだろうタキオンの実験室……つまりは旧理科準備室を離れて体育館倉庫に逃げ延びて来た一同。彼らにも事情は説明しなければならないが、今は先に納得……否、落ち着かせなければならない者達が多過ぎた。

「……信じるしか、ないです……」

 消えそうな声で、ニシノフラワーが言った。

「タキオンさんが、そう言う嘘を言わない人なのは私が……いいえ、学園の皆が知ってる事ですから……」

「そう言って貰えると、助かるよ……」

「でも、それじゃあ……」

「あのキングさんは偽物で……本物は、その……」

 息を詰まらせるハルウララとカワカミプリンセス。マンハッタンカフェの殺害容疑者となったキングヘイロー。彼女が本物では無いと言う話は、彼女達にとって救いにはなった。けれど、代わりに立ちはだかるのは、別の絶望。

「本物のシチーさん達は、どっかに攫われでしまったど言う事だが!? 一体、何処なんだ!?」

「ソレは……」

「……庭です……」

 ユキノビジンの問いに困ったタキオンに代わる様に、額と喉下の傷の手当てを受けていたカフェの姿の彼女が言った。

「喋って、大丈夫ですか?」

「無理はしないで」

 手当てをしていたメジロアルダンとサクラチヨノオーに『大丈夫です』と返して。

「……ありがとうございます……」

 と微笑む。

 けれど、間近で見たソレは自分達が知るカフェのモノとは何か違くて。

 『ああ、本当なんだ』とタキオンの言の正しさを彼女達に刻んだ。

「『庭』かい?」

「……はい……」

 タキオンの返しに答えて、彼女は説く。

「……そっくりさん(私達)の主である、妖精プーカの隠れ里。数多の鎖で編み込まれた影の箱庭。オリジナル(皆さん)が連れて行かれた場所を、そっくりさん(私達)はそう呼んでいます」

「ふぅん……。差し詰め『鎖影の庭(さえいのにわ)』と言った所かねぇ……?」

「!」

 タキオンが何気無しに言った単語に、カフェの姿の彼女がピクリと反応した。

「どうかしたかい?」

「……ソレは、『名前』ですか……?」

 思わぬ問いを投げられ、キョトンとするタキオン。

「ああ、まあ便宜上思い付きで言っただけだが……。ソレがどうかしたかい?」

「……名前には言霊が宿ります……。名前はその者の存在を肯定し、確定させる呪です……。かの『庭』は、あくまで『庭』と言う概念でしかありませんでしたが……。今、貴女は確かにかの庭に『名付け』をしました……。もしソレが、届いていたとしたら……」

「……どうなるんだ?」

 緊張した面持ちで、ナカヤマフェスタが問う。そして、皆も同じ様に。

 カフェの姿の彼女は、少し沈黙して。

 厳かに次の句を継いだ。

「どうなるでしょう?」

 一斉にズッコケる皆。

「……この期に及んでそんなオトボケかますとは、なかなか笑かせてくれるじゃねーか……? なぁ、黒猫ちゃんよぉ……?」

「す、すいません! つい……」

 軽く青筋立てて迫るシリウスシンボリに、慌てて謝る。

 コホンと咳払いして、改めて。

「……本当に、どうなるかは分からないんです。ソレは、私の『記録』の範疇外だから……。でも……」

 ほんの少しだけ間を置いて。

「……きっと、喜ぶと思います。自分だけの、名前を貰えて……」

 聞いたタキオンが、不思議そうに。

「……まるで、心が有るみたいに言うんだねぇ。その『庭』とやらに」

「……はい。『彼女』も私達と同じですから……」

「同じ?」

 エアシャカールの言葉に頷いて、己の胸に触れる。

「私達の身体は『心臓』を芯棒にして、プーカが自身の鎖で編み込んだモノです……。庭も、同じ様に造られました。学園の……このトレセン学園に染み込んだ記憶を心臓に。同じ……。私達と同じ、そっくりさんです……」

「学園の記憶……ね……」

 シャカールが顎に手を当て、考える。

 学園の記憶。ソレは即ち、此処で過ごした生徒達の青春の記憶。

 情熱。

 希望。

 闘志。

 喜び。

 友達。

 恋。

 数多の煌めきの中で、悲しみや怒り、悔しさすら輝きの一部と刻まれる。

 刹那の。

 そして、二度とは無い微熱の刻。

 その繰り返しを、学園の記憶を鎖に換えて。延々と繰り返す無限の監獄。夢の箱庭。

 ソレはきっと。

 とても甘くて。

 蠱惑的。

 シャカールは思い、また想う。彼女の名。

(ファイン……)

 恐らくは……否、間違い無く。ソレは彼女の為に造られた。

 彼女を、永遠に閉じ籠める為の籠として。

 けど、ソレは。

(お前の愛する、『運命』じゃねェな)

 断言出来る。

 ファインモーションは、運命を愛する。

 愛して、傅かせる。

 其は頭を垂れる主に非ず。

 正しき道を示させる案内人。

 今ならば、断言出来る。

 だから『運命』は、自分をファインと引き合わせた。

 彼女を囚える偽りの鎖を断ち切る刃とする為に。

(とどのつまり、オレはお前の運命の道具。ソレ以上でもなけりゃ、以下でもねェ)

 仮説である。

 側から見れば、救いが無いにも程有る仮説。

 けれど。

(上等だ。受け入れてやる。証明してやる。ただし、証明はソレが答えじゃねェ)

 彼女の目が見据えるは、更に先の真理。

(対価は貰うぜ? 釣り合うぐらい、デカいのをな)

 万物は、真理の元に等しく等価。

 なれば。

 己の価値には、同じ価値の対価は必然。

 そして、その対価が何かは天の理。地の自明。

(そこまで到達しての証明だ。方程式(ルートは解いてやる。ロジカルにな!)

 目指すは真理の証明。

 その向こう。

 かつて神と願った天使。その無垢な翼に、独占の刻印を。

 

 悪魔(ベルフェゴル)を思わせる鋭さで、思考を紡ぐシャカール。

 彼女を、その灼熱の漆黒を。カフェの姿の少女は見つめる。

 その猛毒の如き稼働の熱を、心より美しいと思いながら。

 

「……んだども、どうすれば良いんだが?」

 おずおずと切り出したのは、ユキノ。

「シチーさん達が連れで行がれだのがその庭だどして、連れ返す方法はあるんだが?」

「ソレは……」

 口籠るタキオン。シャカールも呻く。

 『ほぼ確定』の方法には、行き着いている。後は、確かなモノとして証明する為に実行する。それだけ。

 それだけ、なのだが。

 苦しげなタキオンの顔を見たカフェが、口を開こうとする。けれど。

「この期に及んでも、まだ躊躇うんだね」

 先んじて放たれる言葉。集まる視線の先には、冷ややかな顔をしたサクラローレル。

「口にするのが憚られるなら、代わりに私が言ってあげるよ」

 昏く燃える桜の瞳。映す先に、指を指し。

 

「その子達を、壊しちゃえば良いんだよ」

 

 何でも無い事の様に、アッサリと言った。

 シンと静まり返る場。構わずに、続ける。

「聞いてた? 聞いてなかった? 関係無いよね? 全てはお馬鹿さん達が動画で喋った。のんびり屋さん達はとっくに到達してる。そう、邪魔なのはそっくりさん(この子)達。いなくなれば、オリジナル(皆)は勝手に帰ってくる」

 戸板に流す様な説には微塵の躊躇いも憚りも無く。

「そうだよね? 『カフェ』ちゃん」

「……はい……」

 向けられた悪意に、彼女は静かに答える。

 隠す事。

 誤魔化す事。

 その全てが、裏切りと知っているから。

 そして、ソレを誰よりも知って。

 彼女はただ、愉悦に笑う。

「だってよ? タキオンちゃん。やってみたら良いんじゃないかな? 何よりの、証左になる。シャカールちゃんだって良い。欲しかったんでしょう? 答えが」

「…………」

 答えない彼女達に、やれやれと溜息を吐き。『仕方ないなぁ』と。

 妹達の我儘に付き合う、姉の様に。

「でも、そうだね。ソレで良い。キミ達は。『此処の』キミ達は、そうでなくちゃダメなんだ。純粋で。優しくて。真摯で。正しくて。とてもとても、愛しくて。ソレでなくちゃ、ダメ。ソレでなくちゃ、『私』が『此処』にいる意味が、無い」

 ブツブツと、夢遊の様に綴って。

 フラリと踏み出す。

 彷徨う先には、愛しい程に『憎い』あの子。

「そう、コレは。私の役目」

 暗く。

「私の意味」

 昏く。

「私の、望み」

 悲しく鳴いて。

 彼女の、元に。

「ローレルさん……」

 幽鬼の様に近づく盟友に、チヨノオーは震えながら呟く。

 理性は叫ぶ。

 此れは違う。

 こんなモノは、サクラローレルではない。

 サクラローレルであって良い筈が無いと。

 けれど。本能が諭す。

 ソレでも。彼女はローレルだと。

 どんなに変わっていても。

 どんなにズレていても。

 彼女は違う事無く。

 サクラローレル、本人なのだと。

「チヨちゃん……」

 震えるチヨノオーをジッと見て、ローレルは微笑む。

「綺麗だね。綺麗な、チヨちゃん。『あの頃』の。輝羅綺羅した、チヨちゃん。見たかった。もう一度。取り戻したかった。また。桜……私の大事な、私にはもう無い、綺麗な、綺麗な、桜の華……」

 手が伸びる。

 チヨノオーは、動けない。

 動いちゃ、いけない。

 だって、分かってしまった。

 この手は、求めてる。

 泣いてる。

「ねえ、チヨちゃん。此処に居て。ずっとずっと、此処に居て。今も。明日も。ずっと未来も。輝いていて」

 救いを。

 助けを。

「ずっと。皆と。バクちゃんも、ブライアンちゃんも。ずっと、ずっと」

 どうか。

 どうか、助けてと。

 彼女が。

 友達が。

 助けてって。

 泣いている。

「私が、いなくなっちゃった、後も」

 受け止めようと伸ばした手は、けれど虚しくすれ違う。

 追って合った視線。爛れ咲く桜が言った。

 

 どうか、私に触れないで。 

 

 と。

 まるで、己を濁す疫病を。無垢な華に感染さぬ様に。

 救いを拒んだ手が掴むのは、別の罪。

 彼女の、首。

「こんな呪いは全部……」

 身動きすら叶わない、カフェの首へ。

「私が、持っていくから……」

 ゆっくりと。

「…………!」

 か細いソレを手折ろうとした手が、止まる。

 割り込んだ、タキオンとシリウスに阻まれて。

「そこまでだ。いくら迷子の子犬(パピー)でも、噛み癖があるなら躾なきゃいけないんでな」

 己の望みを阻まれて。

 腐れた桜は、それでも笑う。

 彼女達がそうする事が。

 そうあってくれる事が、何より嬉しいと言わんばかりに。

「……キミの話が、まだだったね?」

 そんなローレルに向かって、タキオンは言う。

「キミは、『何』なんだい?」

 『誰』ではない。

 『何』と問う。

 彼女は、サクラローレル。

 自分達が知る彼女とは、余りにも違うに過ぎるけど。

 ソレでも、彼女はサクラローレル。

 そっくりさんではない。彼女自身。

 だから、そう問う。

 キミだけど。キミじゃなくて。ソレでもやっぱり、キミはキミ。

 そんな『キミ』は。

 『何』なのかと。

 そして彼女は、ス、と小さく息を吸って。

 『私はね……』と。

 

「ソレは、ボクが『説明する』を“する”よ」

 

 横から掻っ攫った声に、皆が振り向く。

「キミは……」

 いつの間にか開いたドア。白む星空を背に黄金(こがね)を揺らし。

「こんばんは。おはよう。だよ。My friend's」

 無垢なる賢者。

 ネオユニヴァースは、優しい無色でそう言った。

 

 

 ◆

 

 

「十年後の……」

「ローレルさん……ですって……?」

「そう。『真実』。“真理”。ネオユニヴァースは、『保証』をするよ」

 口をポカンと開けて絶句するユキノとカワカミに、ユニヴァースはサラッと断言した。

「おい、唐突に現れて何言い出すんだコズミっ子。説明くらいちゃんとしてくれ……」

「of course。その為に、ボクは“来る”をしたよ」

 流石に頭を抱えるナカヤマにそう答え、ブカブカの袖をクルクル回す。

「先にも言ったね。"現在”“此処”に『exist』するサクラローレルは、『真理的』にも『概念的』にも『確定的』にサクラローレルだよ。ただ、inしてるSoulは現在の時間軸の“彼女”ではない」

「……つまり、『身体』は現在のローレル君だが、『魂』は今から十年後のローレル君……と言う事かい?」

「うん」

 頷いて、ユニヴァースは説明を続ける。

「そも『三次元』の“物理”に限定される『肉体』に対し、より高次元の“摂理”である『魂魄』には時系列概念の“縛り”は存在しない。肉体と言う“枷”が解ければ何処にでも行けるし存在可能。だよ」

「肉体が……解ければ……?」

 意味に気付いたチヨノオーが息を呑む。

 思わず向けた視線の先で、ローレルは儚く微笑んだ。

「にしたって、んな事が出来るなら好き勝手する連中が出て来んだろ。世の中、もっとしっちゃかめっちゃかになってなきゃおかしいんじゃねーのか?」

「♾️の自由があっても、異なる世界の境界を越えるには多くの“element “が必要。普通であれば、起こり得ない事象。例え『此の世界』が『その為』に在るモノだとしても」

 シリウスの問いに答え、少し息を吐く。そして。

「交わらないモノが交わり。繋がらないモノが繋がった。『そう言う事』だよ」

 『そう言う事』。

 つまり、ソレ程にも『有り得ない事が起こってしまった』と言う意味。

「……ったく、どうなってンだ……?」

 呻く様に言ったシャカールが、ガシガシと頭を掻く。

「クソ妖精の件だけで大概だってのに、んな事まで起こるとか。世界の終わりでも近いンじゃねーか?」

 静まり返る一同。冗談なのだが、冗談と思えない。

「それは無いと、ネオユニヴァースは『保証』をするよ」

「その心は?」

 今度の問いはタキオン。応答する様に揺れる、金色のアホ毛。

「キミ達が妖精−フェアリーとrepresentationする『現象』は、確かに稀有でベリーストロング。けれど、あくまで『此の世界』と言う限定範囲に収まる規模。世界に“内包”されるレベルである以上、世界を壊すをするは出来ない」

 例え幾ら人が無法を働こうと。

 例えどれほど強大な天災が起ころうと。

 地球そのものを壊す事は叶わない。

 つまりは、そう言う事。

「今回、わたし達のフィールド外が『連鎖』『コンボ』するをしたのは、事象はalwaysで"アフェクト"するモノだから。一つの『ディザスター』がライブすれば、他の『ディザスター』もアクティブする様に」

 一つの現象が、更に別の現象を誘発する。

 全ては『摂理』の範囲内。

 世界と言う絶対神の掌の上。

「そう。だから、コレは必然なの」

 説明を任せていたローレルが、口を開いた。

「全部、『世界』の思召し。妖精がファインちゃんを見初めたのも。妖精が、此処にそっくりさんをばら撒いたのも。そのそっくりさんが、社会を滅茶苦茶にするのも。ソレで、私がこんな事になったのも。だから」

 昏い目が、タキオンの向こうの『彼女』を見つめる。

「私もソレに倣う。倣って、そっくりさん(この子)達を滅茶苦茶にするの」

 憎悪に爛れ切った花弁。ソレを見つめ、タキオンは悲しげに問う。

「……キミがその通りの存在ならば……」

 過ぎるのは、自分達が知るローレルの顔。

「何故、キミはそうなってしまったんだ? 何が、キミを……」

「……さっき、ヤエノ(あの子)に言った通りだね。滅茶苦茶にされたから。ただ、それだけ」

 忘れた訳では無い。

 忘れられる筈も無い。

 ただ、信じたく無かっただけ。

 そう。あの時。

 濁った闇の中で、彼女が言った事。

 

 fetch(そっくりさん)は、オリジナルの『一時』だけを切り抜いた偽物。

 成長は無く。成熟も無く。変化も、無い。

 そして、あろう事か流動する感情はそのまま。

 変われぬ故に。

 得られぬモノ。

 叶わぬ事。

 届かぬ願い。

 ソレに苛立ち。

 悲しみ。

 嫉み。

 荒ぶり。

 絶望する。

 自己防衛の為か、己らには『心』が無いと思い込もうとすれど。

 本質を偽る事など敵いはせず。

 溜まりゆく猛気を熟さぬ理性は止められず。

 暴走する。

 負念は悪意と成り。

 悪意は暴意と成る。

 ウマ娘をモデルに持つ身体能力が、ソレを更に後押しし。

 タガが外れた暴意は更なる暴意を。

 そして、隣人たる人間にウマ娘は脅威と言う認識を植え付けた。

 一旦相手が自身にとって有害と認識した人間は、怖い。

 如何に相手が膂力に勝ろうと。

 如何に疎通が叶う相手であろうと。

 如何に長い刻を共に過ごした者であろうと。

 関係無い。

 その全てを知略謀略と自己正義によって覆し。

 徹底的に叩きのめす。

 此方の歴史が、何よりの証左。

 

 

 ユニヴァースは説く。

「『取り替えっ子』自体は、“彼方“の時代からある“現象”。でも、『今』は“事情”が違うよ」

 かの現象が多く起こったのは、近世よりも昔の時代。人の知り得る世界は狭く、社会は隔絶していた。

 だから、そこで堕ちたそっくりさんが如何な素行をしようと世界に伝播される事は無く。

 当時の人権意識希薄故に極めて『効率的』だった『群れの仕来たり』によって淡々と処理され。

 消えた。

 けれど、現在はどうか。

 世界は互いを認識し、社会は海を超えて連結する。個人個人が情報を瞬時に世界にばら撒く術を有し、同じ数がそれを受け取る術を持つ。

 起きた問題を、極秘裏に収束させるなど不可能に近い。

 シャカールが呟く。

「……もしこのまま手を拱いて学園内のそっくりさん達を社会に出しちまえば……」

 タキオンも呻く。

「彼女達が晒す悪意が、全てウマ娘が孕むリスクとして社会に認知される」

 ナカヤマは溜息を。

「しかもやらかす連中の何割かは、それなりに知れたネームドと来てる」

 シリウスは、ただ苦笑する。

「……影響力が、無視出来ねぇな……」

 ウマ娘側とて、そんな不条理を受け入れる程の聖人君子などいない。やられれば、やり返す者が必ず出る。そして、ソレに対する報復がまた。

 悪意は更なる悪意を呼び。

 怪物は更なる怪物を生み出す。

 連鎖が始まれば止まらない。

 消えない。

 例え、凡ゆる要人や組織が尽力して事態を最小限に抑えたとして。責任は誰かが取らねばならない。

 誰が?

 何処が?

 決まっている。

 彼女達を在籍させ、教育を施した場所。

 ーートレセン学園。

 卒業生の素行は学園の責任の範囲外などと言う道理は、通用しない。

 社会が。

 人々が。

 納得しない。

 例え、法的に罪が無くとも。

 燃え上がった憎悪を凪ぐには。

 生贄が、必要なのだ。

 

「そんな事、ある訳ないじゃないですか!!」

 耐えかねたアルダンが、悲鳴の様な声で叫んだ。

「人間はそんな……そんな酷い事なんかしません!! 皆さんだって、分かってる筈じゃないですか!? トレーナーさんだって、学園の職員さん達とか……お母さんやお父さんが人間の子だって、いるじゃないですか!? それが……そんな……」

「そうだね。アルダンちゃん……」

 答えたのは、ローレル本人。

「皆、良い人達だった。私達を守ろうとして、盾になってくれて……」

 

 一緒に、『滅茶苦茶』にされちゃった。

 

「ーーーーっ!!」

 息を飲んだアルダンに、悲しげに笑いかけ。

 『駄目なんだよ』と呟く。

「10の善意なんて、100の悪意の前には何の意味も無いの。ウマ娘(私達)が頼れば頼る程。あの人達が守ろうとしてくれればくれる程。私達の滅茶苦茶は大事な人達を巻き込んでしまうの」

「そんな……そんな、事……」

「無いって言える? 思える? 心の底から」

 抑揚の無い声が、追い詰める様に。

 

 この、私を見ても?

 

 そう、言った。

 

「アルダンさん!?」

 耐えかねたアルダンが、部屋を飛び出して行く。後を追うチヨノオー。部屋を出る刹那、振り向いた目が。

 悲しく。

 本当に悲しく。

 ローレルを見て。

 それに彼女は。

 やっぱり悲しく微笑む。

 

 奈落の桜。

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