鎖影の庭   作:土斑猫

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【愛しのキミへ】

 鎖が鳴る。

 月の影で。

 霧の奥で。

 夢の庭で。

 チャリチャリ。

 チャリチャリ。

 鎖が鳴く。

 

 庭を作ろう。

 夢の様な箱庭を。

 鎖で編んで。

 影で塗って。

 願いを固めて。

 想いを縫い込み。

 醒める事無い。

 夢の庭。

 

 お城は出来た。

 後は従者。

 小間の使いに執事殿。

 可憐な踊り子、可愛い歌姫。

 強い衛兵、お付きのお医者。

 腕良い庭師に美食家コック。

 みんな揃えて準備出来たら。

 迎えに行くよ。

 愛しい。

 可愛い。

 

 ティターニア。

 

 ◆

 

「たわけ!」

 突然聞こえてきた怒号に、いつも通り口喧嘩をしながら歩いていたダイワスカーレットとウオッカは驚いて足を止めた。

「今の声って……」

「エア先輩……だよな?」

 正しく、今の声は彼女達の先達であるエアグルーヴの声。あの台詞も、彼女の決まり文句である。

 けれど。

 普段あの言葉を綴る声を彩るのは、呆れとか叱咤とか。咎める意こそあれ、相手に対する親しみが籠るモノであった筈。

 なのに、今の声に満ちていたのは明確な怒り。それも、失望とか軽蔑とか。そんな負の感情が強く滲み出ていた。

 いつもの彼女とは違う。

「俺、ちょっと見てくる!」

「え!? ちょっと、待ちなさいよ!」

 駆け出すウオッカを、慌てて呼び止めるダイワスカーレット。けれど、彼女は止まる事なく。その姿はすぐに見えなくなった。

 

「一体どう言うつもりだ!?」

 生気の失せた顔を背けるエアシャカールに、エアグルーヴは声を荒げながら詰め寄る。

「ここ最近の貴様の乱れ方は目に余る! 昨夜とて、無断で外泊した挙句に帰りは明け方だったと言うではないか!?」

 チッと舌を打つエアシャカール。

「……ドトウか? あいつ、余計な事を……」

「貴様の身を案じての事だ!!」

 吐き捨てる様な言い様に、怒りが募る。壁際に追い詰め、なおも責め立てる。

「ドトウだけではない! 会長も、トレーナーも!

大勢の者が今の貴様を案じているのだぞ! そんな事も分からんのか!?」

 エアシャカールは答えない。ただ、鬱陶しげに目を逸らすだけ。

 ただひたすらに現実から目を逸らす態度。苛立ちと焦燥がエアグルーヴを掻き立てる。

「大体、そんな有り様でどうやってファインを……いや、まさか……」

 その名を出した途端、明らかにエアシャカールの目付きが変わったのを見て嫌な想像が頭を過ぎった。

「貴様……そうやって、ファインを……」

 弾かれた様に伸びて来た手が、胸ぐらを掴んだ。

「ぐっ!?」

「……適当な事抜かしやがると、ぶっ壊すぞ……?」

 押し殺した様な声が、暗く響く。

 ギラつく目で自分を締め上げるエアシャカールを見て、エアグルーヴは苦しい息の下で笑う。

「そうやって怒ると言う事は……当たらずとも遠からず……と言った所か……?」

「黙れ……」

「分かっているのだろう? 今の貴様は、ファインに……」

「黙れ!」

 胸ぐらを捻じ上げる手に力が入る。

「く……」

「入って来るんじゃねえよ……」

 霞む視界に映る顔。まるで、迷子の子供の様で。

「お前……」

「『俺達』以外の奴が、入って来るんじゃねえ……」

 苦しい喘ぎに、返す言葉に詰まった時。

「やめてください!」

 そんな声と共に、誰かが二人の間に割り込んだ。手が離れ、新しい空気が喉に流れ込む。咽せ込みながら前を見ると、彼女を庇う様に立つ背中。

「ウオッカ……」

「何やってんすか!? 二人とも!」

「……お前にゃ関係ねえだろ……」

「関係無い訳無いでしょ!?」

 睨みつける視線に怯みつつも、気丈に返す。

「おかしいですよ、今のシャカ先輩! そんなんじゃないじゃないですか!? ホントの先輩は!」

「うるせぇ! さっさと黙るか消えるかしねぇと、テメェから先にぶっ壊すぞ!?」

「黙らないし、消えません!」

 がむしゃらな想いが、今度はエアシャカールを怯ませる。

「しっかりしてください! 元のシャカ先輩に戻ってください! らしくないです! カッコ悪いです! そんなんじゃ……」

 一瞬、口にするのを躊躇する。ソレが、どれだけ今の彼女を抉るかは理解しているつもりだから。

 けれど。

「ファイン様だって、可愛そうですよ……」

「ーーっ!!」

 結局、今の彼女に届くのも。

 彼女でしかないと分かっているから。

 ギリと唇を噛む音がする。

「どいつも……こいつも……」

「おい!?」

 彼女の手がウオッカに向かって動こうとしたのを見て、エアグルーヴが声を上げた。

 

「そこまでにしときな!」

 

 飛び込んで来た声に手が止まる。

「お前達……」

 立っていたのは、ヒシアマゾンとナリタブライアン。

 二人の盟友の姿に、情けないと思いつつもエアグルーヴは安堵の息を漏らす。

「ま……間に合ったわ……」

 後ろの方では、やはり息も絶え絶えで安堵するダイワスカーレットの姿。

 彼女が二人を呼んで来てくれたのだと、すぐに察せた。

「ご苦労だったな、ダイワスカーレット。後は任せろ」

 かけられる労いに、『はい……』と言ってへたり込む。

 彼女の頭をポンポンと叩き、ナリタブライアンは前に出る。

「分かったろう、エアシャカール。もう終わりだ。寮に戻って、頭を冷やせ」

「……うるせぇ……指図すんな……」

「お前は良いかもしれんが、周りがそうはいかん」

 なおも噛みつこうとする相手に、淡々と説く。

「これ以上続ければ、流石に表沙汰にせざるを得ん。そうなれば、面倒な目に合うのはお前だけでは済まない。先に切っ掛けを作ってしまったエアグルーヴも、割って入ったウオッカも。そして何より……」

 

 ファインモーションとて、穏やかではいられまい。

 

 グッと言葉に詰まる。ヒシアマゾンも、パキポキと指を鳴らしながら。

「どうしても収まらないってんなら、アタシが相手してやるよ。タイマンと行こうじゃないか。気が済むまで、付き合ってやるよ」

「…………」

「さ、どうする?」

 しばしの間。そして。

「……付き合ってられるかよ……」

 そう呟いて、ヨロヨロと歩き出す。姿が見えなくなると、一同は揃って息を吐いた。

「大丈夫かい? ウオッカ」

「は、はい。すんません、ヒシ姐さん……」

「良くエアグルーヴを守ってくれたね。礼を言うよ」

「いえ……」

 そんな労いに、ヘラリと笑うウオッカ。明らかにスッキリとはしていないその意を察しつつ、ヒシアマゾン は愛い後輩の頭をクシャクシャと撫ぜた。

 

「らしくないな、エアグルーヴ。何を焦った?」

「面目ない……。全く、言い訳も出来ない」

 謝罪する盟友を、ナリタブライアンもそれ以上責めはしない。思う所があるのは、皆同じだから。

「それで、面倒ついでなのだが……この件……エアシャカールの事は……」

「端から報告する気はない」

 その願いについても、予測済み。

「よしんば報告した所で、ルドルフも同じ判断だろう。形式ばった処分など下した所で、好転する様な事案とは思えん」

「すまない……」

 心からの謝意に、『気にするな』と手振りで伝える。

「……にしても、どうしたもんかねぇ……」

 ヒシアマゾンが、エアシャカールが去った方向を見ながら頭を掻く。

「朝帰りって言ったって、その前にはガッツリトレーニングやってるんだろ?」

「トレーニングとは名ばかりの、体虐めだそうだがな」

 予想通りの返しに、溜息を吐く。

「すっかり自分を見失ってるねぇ。引退匂わせてるのは聞いてるけど、アレじゃあその前にぶっ壊れちまうよ……」

「しかし、私達の言葉では届かない。トレーナーの話にも耳を貸さないのが現状だ」

 エアグルーヴの声には無力感が漂う。

「手詰まりかぁ……。参ったねぇ……」

 否。確かな手段がある事は、皆が知っている。けれど、口にする者は誰もいない。

 託してしまえば、ただでさえ重責を背負って行かねばならない彼女に更なる重荷を貸してしまう。

 彼女は決して拒まない。寧ろ、嬉々として受け入れる。如何に自身の細身が軋みを上げるとしても。

 それは正しく、数多の臣民の行く末を背負う『王族』に相応しい慈愛。

 だからこそ、周囲の者が守らねばならない。

 背負い続けた先で、彼女が潰れてしまわぬ様に。

 この現状を前に、彼女がエアシャカールの側にいないのが何よりの証拠。

 お付きのSP達が阻んでいる。彼女が棄てようとしない重石を、自分達の手で切り捨てる為に。

 そして、ソレを何より理解しているのはエアシャカール自身。

 だから、彼女は彼女を求めない。

 救いを乞わない。

 壊れそうになってる、今もなお。

 ソレは、盟約を破ってしまった自身に対する罰。

 そして、彼女が彼女ーーファインモーションに捧げる事が出来る、最後の想いの証明。

 また、聡明なファインモーションもきっとソレを。

 一つの国の運命と。

 二人の少女の、一つの想い。

 同じ程に大きく重い、行き場の見えない可能性。

 ちっぽけな小娘達に抗う術なく。

 ただの外野が割り込む道理もありはしない。

 理解してるから。

 大事にしたいから。

 だからこそ。

 何も、出来ない。

「あー、もう!」

 堪まりかねた様に頭を掻きむしったヒシアマゾン が、大きく息を吐いて歩き出す。

「どうした?」

「ちょっと一走りしてくるよ。このまんまじゃあ、眠れそうにないからね」

 そう答えると、ナリタブライアンとエアグルーヴに向かって『アンタ達もどうだい?』と。 

 訊かれた二人、ちょっと顔を見合わせて。

「そうだな」

「付き合わせて貰おう」

 そう言って、三人揃って歩き出す。

 そう。彼女達はウマ娘。

 健やかなる時も。

 悩める時も。

 例え泡沫であろうと。

 一時の夢であろうと。

 救いを得るは。

 切って走る風の中。

 願わくば。

 どうか、あの二人にも。

 

 揃って歩く三人の背を、ウオッカとダイワスカーレットはただ黙って見送った。

 

 ◆

 

「はい」

「サンキュ……」

 差し出したミルクセーキの缶を、ウオッカはそう言って受け取った。

「後で、払うから……」

「いいわよ。奢り」

「でもよ……」

「いいから! さっさと飲みなさい。冷めるわよ」

「…………」

 少しだけ間を置いて、ウオッカは缶のプルタブに指をかけた。

 ソレを確認して、ダイワスカーレットも自分のモノに指をかける。

 普段は格好をつけてブラックコーヒーなぞ飲んでいるウオッカ。でも、本当は結構な甘党。

 少し傷ついた時などは、無意識に優しい甘さを求める事を知っている。

 丁度、今の様に。

 人気の無い休憩所。しばしの間、二人が飲み物を啜る音だけが響く。

「……アンタ、ホントに馬鹿ね」

「何だよ、急に」

 缶から口を離したダイワスカーレットが、ポソリと投げかけた言葉。ムッとした様に、ウオッカが返す。

「馬鹿じゃない。わざわざあんなトコに割り込んで。弱っちいクセに」

「じゃあ、黙って観てろってのかよ!? あんな……」

「酷い事なんかしなかったわよ。シャカ先輩、そんな人じゃないもの」

「ーーっ!」

「アンタだって、知ってるじゃない……」

 そう、知っているのだ。

 少年っぽい所があって。ダーティーと言うか、ちょいワルなモノに憧れるウオッカ。そんな彼女にとって、エアシャカールは羨望の的の一人で。

 だから、良く知っている。

 本来の彼女の人となりを。

 だからこそ。

 辛いのだろう。

 今の彼女の有り様が。

 でも。

「……気持ちは分かるけど……あんな事して、もし追い詰めちゃったりしたら……かえって……」

「…………」

「冗談じゃないわ……。そんな事になったら、先輩も……アンタも……」

 黙りこくったままのウオッカ。ああ、言い返してくれないのだなと。

 いつもなら、ツーカーのノリで言い合いになって。

 ソレでスッキリする事が出来るのに。

 彼女が、やっぱり傷ついてる証拠。

 ただ、痛い。

 彼女の痛みが、痛い。

「悪りぃ……」

 ようやく返ってきた言葉も、望んでいたモノではなくて。『何、謝ってんのよ……』とぶっきらぼうに返すのが、精一杯。

「……あのさ、シャカ先輩がああなっちまったのって。ファイン様の事でだよな……?」

「他に、何があるってのよ……」

「……誰かを好きになるって、しんどいんだな……」

「…………」

「あの強えシャカ先輩が、あんなになっちまうんだもんな……」

「…………」

「正直、怖えって思ってさ……」

 米神が引きついた。

 ソレ、言うか? と。よりにもよって、『アンタ』が『私』に。と。

「うん……怖いな……」

 何だかんだ、自分も疲れていたのかもしれない。

 だから、イラッと来たのだ。

「だから、何よ?」

「え?」

「怖いから、何だってのよ?」

「何って……」

「そりゃ、怖いわよ。自分が自分でなくなっちゃうかもしれないし。でも、だからって『じゃあ、止める』なんて出来ないのが、『好き』って事じゃない! だから、シャカ先輩もあんなになってるんでしょう!?」

「……スカーレット?」

「なら、突っ走るしかないじゃない。怖いって気持ちも、自分じゃなくなりそうな自分もねじ伏せて。一番になれるまで、ぶっ飛ばせば良いのよ!」

 一気にぶち撒けて、我に返る。何か、勢いに任せ過ぎた様な気がする。チラリと見れば、ポカンとした顔のウオッカ。

 しばし流れる、間の抜けた空気。

 そして。

「くはっ」

 吹き出すウオッカ。

「アハハ、何だよお前。急にムキんなってさ」

 笑い転げる彼女を、ジト目で見つめる。

 腹は立ったが、それ以上に安堵。

 ああ、やっと笑ってくれた。と。

「てかさ……」

 ひとしきり笑った、彼女が訊く。

「お前、好きな奴いんの?」

 心臓が止まった。

 そして、再び腹が立つ。

 コイツはまた、と。

 流石に一発くらいドついても許されるだろうと、剣呑な視線を向けた時。

 彼女の目が見えた。

 その瞳の中の、光が見えた。

 好奇心でもない。

 揶揄でもない。

 とても真剣な、その輝き。

 それだけで。

 ドつく代わりに、ポスンと彼女の肩に身を委ねる。

 強張る身体。

 彼女も。

 自分も。

「……教える訳、ないでしょ」

 ちょっとだけ、意地悪く。

「自分で……見つけなさいよ……」

 『分かった……』と呟いた彼女が、視線を逸らす。

 頬を、仄かに染めて。

 その想いは、決して優しくはなくて。

 綺麗なモノでもないけれど。

 だからこそ、とても痛く。

 熱く。

 心を焦がす。

 その微熱の如き陶酔に囚われて。

 自分達は、真夏の金魚の様に喘ぎ続けるのだろう。

「……私達も、走る?」

「……そうだな」

 疼く痛みを溶かすのは、いつもターフの風の中。

 けれど、今はもう少し。

 この、互いの熱と鼓動を。

 

 ◆

 

 見下ろす視界の中を、『君』が歩いて行く。

 たった一人で。

 痛そうな顔で。

 傷だらけの心で。

 でも、だからこそ。

 気高くて。

 尊くて。

 綺麗。

 連れて行ってしまおうか。

 そう思った。

 君の誇りも。

 尊厳も。

 希望さえも抉り捨てて。

 全部。

 全部。

 私の、『運命』の中へ。

 君が嫌う、閉鎖された可能性の中へ。

 私だけの、箱庭に。

「ファイン様」

 爛れた思考を断つ様に、お付きのピッコロプレーヤーが言う。

「風が出て来ました。お身体に障ります。中へ、お戻りください」

 いつも通りの、恭しい喋り。

 けれど、有無を言わせない意思。

 付き合いは、幼い頃から。

 気付かない筈はない。 

 この、薄汚い思いに。

 その、危うさに。

「分かった」

 だから、素直に従う。

 自分では抗えない。

 生まれてしまった、もう一つの狂気。

 その手綱を、握っていて貰うため。

「ねえ、シャカール」

 行く前に、もう見えなくなった君へ。

「やっぱりね、狡いと思うよ?」

 ベッタリと張り付いて消えない、あの言葉。

「ゴールしてからの、追い込みなんてさ」

 ソレはもう、呪いでしかないのだから。

 

 誰もいなくなった屋上で、音が鳴る。

 チャリチャリ。

 チャリチャリと。

(ああ、やっぱり)

 嬉しげに。

(望みだね)

 愉しげに。

(本音だね)

 透き通った。

(叶えてあげるよ)

 

ーーティターニアーー。

 

 嘆く、声。 

 

 チャリチャリ。

 チャリチャリ。

 

 ◆

 

 窓の向こうの景色が、ゆっくりゆっくりと朱色に染まって行く。

 明日の空へと去って行く太陽を見送りながら、アグネスタキオンはトレーニング後の紅茶を啜る。

「……日が、暮れます……」

 部屋の奥の方で、やはりトレーニングを済ませてコーヒーを飲んでいたマンハッタンカフェが呟く。

「黄昏時……『彼ら』の、時間です……」

 その言葉を聞いたアグネスタキオンが、囁く様に問う。

「黄昏時……の意味を知っているかい? カフェ」

「……薄闇が降りて、行き合う相手の顔も見えず……『誰そ彼?』と問うた言葉が変じて……ですか?」

「正解だ」

 相方の答えに薄く笑って、下を見る。視界に映るのは、帰路に着き始める生徒達の姿。

「皆のトレーニングも、終わりの時間かな? 今日はいつもより闇が濃い様だ。文字通り、数歩先が誰かも分からないかもしれないねえ……」

 

ーー例え、『何か』が混じり込んでいたとしてもーー。

 

「私は足。君は爪。故障によるトレーニング時間の短縮が妙な功を奏してるね。何がどう益となるか、分からないモノだ。お陰で……」

 クスリと、笑み。

「こうやって、有効な観測時間が取れる」

「……楽しそう、ですね……」

 言葉の端々に滲むその気配に、マンハッタンカフェが咎める様な顔をする。

「否定はしないよ」

 悪びれる気配は無い。

「此れから何が起こるのか。私の予測の範囲に収まるか。それとも凌駕するのか。正直、ワクワクしている」

「この学園の誰かが、犠牲になるかもしれないのに、ですか……?」

「それすらも、不確定事項だよ。カフェ」

 少なからずの非難を込めた言葉に、薄く笑って返す。

「『あちら側』の存在の思考や基準は、現状私にも分からない。予測される行動の内容が、此方の思う通りものではない可能性も、十二分に有り得る。要するに、『起こってみないと分からない』」

「…………」

「分からないなら、対策の立て様もない。だろ? カフェ」

「…………」

「何、全ては向こうの出方が知れるまでの話だよ。傾向さえ把握出来れば、対応策など幾らでも考案してやるさ」

「…………」

 詭弁だな、と思う。確かに現状出来る事は皆無に近いし、相手の出方を伺うのはベストではなけれどベターではあろう。

 でも、ソレはきっと彼女の本心ではない。

 彼女は望んでいるのだ。己の目の前で、膨大な未知の脈動を観測出来るその時を。

 全ては、知と言う欲望を肥え太らせる為の手段であり、道具。

 その狂気こそが、探究者を探求者たらしめる真理なのだから。

「……タキオンさん……」

「何だい?」

「『その』タキオンさんは、他の人には見せないでくださいね……? 魅せて良いのは、私だけですよ……?」

 一見、彼女の体裁を気遣う言葉。でも。

「ああ、分かってるさ」

 その向こうの爛れた真意を、爛れた叡智は容易に見抜く。

「『この』私は、君だけのモノだよ。可愛い、カフェ」

 契約の確認。薄く、笑み。

 歪に絡む、白と黒。

 二人の前で、ゆっくりゆっくり。

 

 帷は、降りる。

 

 チャリチャリ。

 チャリチャリ。

 幕が開く。

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