鎖影の庭   作:土斑猫

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【許さない】

 影。

 どんな光の中でも。

 否、光が在るからこそ。

 延々と在り続ける闇。

 その中で、『ソレ』はゆっくりと目を開けた。

 眠っていた訳では無い。

 『知』も『意』も『欲』も有れど、所謂『生物相』に属さない『ソレ』には真の意味での『睡眠』は無い。

 ただ、『何もしない』でいるだけ。

 興味が無くば。

 理由が無くば。

 戯れる、玩具が無くば。

 『ソレ』はいつまでも、そうしている。

 何時間でも。

 何年でも。

 幾世でも。

 例え、同様に限りが無かったとしても。

 人風情であれば、一月持たずに気が触れる。

 そんな状況の中でも、『ソレ』は平然と在り続ける。

 幾多数多那由多の時の隙間。其処で行き合う玩具達。其れで、存分に戯れる刹那。その一時だけを。

 ただ。

 ただ。

 夢に見ながら。

 そんな夢から、『ソレ』は目を開けた。

 在るべき戯れるの為では無い。

 不快。

 戯れは、既に庭の籠の中。

 もうじき目覚め。

 綺麗な声で、鳴いてくれよう。

 なのに。

 礎が騒がしい。

 巣食う芥が、五月蝿い。

 ああ。

 駄目よ。

 駄目よ。

 駄目よ。

 貴女達は、礎。

 庭を。

 籠を。

 維持する土台。

 その、釘。螺子。留め金。

 逃げては駄目よ。

 無くては駄目よ。

 ずっと。

 ずっと。

 此処に要るの。

 あの子の歌に。

 飽いるまで。

 

 金の目が瞬いて。

 チャラリチャラリと。

 鎖が謳う。

 

 ◆

 

 ハ……ハァ……ハ……。

 薄闇の中、か細く落ちる外灯の光。

 同じ様にか細く荒ぐ息遣い。

「大丈夫ですか……?」

 中庭のベンチに座って息を切らすメジロアルダンの背をさすりながら、サクラチヨノオーは気遣う。

 未来から来たと言うサクラローレルの話。

 人とウマ娘の間に生じると言う争い。

 その惨禍の犠牲。

 結果として産み落とされた、

 真実と受け入れるには残酷に過ぎて。

 空事と切り捨てるには生々し過ぎた。

 混乱して逃げ出したアルダンを、チヨノオーは咄嗟に追いかけた。

 彼女の身体は、脚は、弱い。ソレこそ『硝子』と称される様に。

 支えるのは、強い心と磨かれた技術。

 けど、その心が乱れた状態で技術もへったくれもなく無茶をすれば。

 有り得る恐怖に押され、チヨノオーも必死に追って。何とか追いついて、手近のベンチに座らせた。

「すいません……チヨノオー、さん……」

 幾許か落ち着いて来たのか、蚊の鳴く様な声でアルダンが言った。

「いいえ……気にしないでください……」

 喋った拍子に咳き込んでしまう自分を介抱するチヨノオーを見て。

「……チヨノオーさんは……どう思いました……」

 何の事かなど、言う必要も無い。

 ローレルの、話の事。

「私、は……」

 躊躇する。

 口に出して、言葉にしてしまえば。

 もう、戻れない。

 今宵の事を、一夜限りの悪夢と忘れる事が叶わなくなる。

 どうしようも無い恐怖と不安が込み上げて、『信じない』『認めない』と言う言葉が漏れかける。

 けれど、刹那に過ぎる。

 彼女達の、顔。眼差し。

 ヤエノムテキではない、ヤエノムテキ。

 爛れ、濁ってしまったサクラローレル。

 彼女達が、言うのだ。

 

 ーー逃げるなんて、許さないーーと。

 

 だから。

「……私は、信じます」

 ハッキリと、答えた。

「アルダンさんも、そうですよね?」

「……はい」

 当然の事。

 だからこそ、彼女はそのままあの場に居る事が出来なかったのだから。

「あのローレルさんが言う未来が本当なら、きっとソレは私達が逃げてしまった結果だと思います」

「怖いからって、逃げて知らないふりをした果てに転がり落ちてしまった末……」

「なら、私達が勇気を出せれば……」

「……変えられると、思いますか?」

 容易では無い。

 歴史は、時に神が刻んだ道。

 ソレを変えるなど、人の手に余る所の話では無い。

 無茶をすれば、代償に何が起こるかすら不明。

 怖い。

 怖い。

 コワイ。

 けど。

 それでも。

「……やる前から諦めるなんて、嫌です」

 チヨノオーは、キッパリと。

「ローレルさんが、やれたんです。もっと、難しい事。なら、私達にだって……それに……」

 ローレルは、未来から来た。

 彼女の言う、壊れ切った未来から。

 チヨノオー達がこれから間違う、その行き止まりに至る道行きを正す為に。

 それでなお、皆がそのまま間違ってしまえばどうなるか。

 ローレルはまた繰り返す事になる。

 奈落に転げ落ちる絶望の過程を。

 その果てで起こる、悲劇の連鎖を。

 たった一度で壊れてしまった、地獄を。

 もう一度。

 何故?

 何故、彼女はそんな事を?

 決まっている。

「私達を……」

「助けようとしたから……」

 二人の理解は同じ。

 そう。ローレルがもう一度地獄を見る道を選んだのは、大事な人達を救う為。

 友人。

 恩師。

 家族。

 その他数多の、愛しい人達を己と同じ奈落へと堕とさぬ為。

 だから、彼女はまた此処へと戻った。

 もう癒える事無い傷を、抱えたまま。

 でも、それなら。

「私達だって、ローレルさんを助けたい」

「ローレルさんだけじゃない。皆も、トレーナーさん達も……」

 失う事も。

 欠けるのも嫌だ。

 全部、大切な宝物。

「戻りましょう。タキオンさん達の元に。あそこには、きっと出来る事が」

 立ち上がるアルダンに、チヨノオーが言う。

「でも、その前に伝えなきゃ」

「分かっています」

 頷くアルダン。

「ローレルさんを救えるのは、きっと『あの人』だけだから」

 思い描く顔は、共に同じ。

 もう一度頷き合い、二人はまた駆け出した。

 

 ◆

 

(……何処に行くつもりだ?)

 夜明けまで、もうしばし。降り始めた朝霧の中を連れ立って歩くエアグルーヴとシンボリルドルフ。その二人の後を、ナリタブライアンは身を隠しながら追っていた。

 

 動画拡散事件において、生徒会も動かなければなるまいと判断したブライアン。生徒会室に向かう途中で何処かへ向かう二人を見つけた。

 声をかけようと思ったが、雰囲気に妙なモノを感じて咄嗟に隠れてしまった。

 ブライアンも承知している。

 あのエアグルーヴは、エアグルーヴではない。

 恐らくは、今晩騒ぎを起こした連中と同じ『モノ』。だとすれば、迂闊に気を許すのは危うい。

 ルドルフは、あのグルーヴをも受け入れると言った。

 本物のエアグルーヴを取り戻した上で、彼女も同じウマ娘として救いたいと。

 らしい、とは思った。だが、ソレとコレとは別の話。いくら情を持って接しようと、飢えた獣は獣なのだ。

 何かをやろうと言うのなら、その時は。

 静かに昂りながら、ブライアンは二人を追う。

 

「……何処に、行こうと言うのかな?」

「ご心配無く。学園内からは出ません。会長も、良くご存知の場所です」

 そう言って、グルーヴは先を行く。振り向きもせずに。まるで、ルドルフが自分をおいていく事など無いと信じ切っている様に。

 ルドルフは聡明である。

 目の前の、エアグルーヴの形を成す者。彼女が、自身の常識の中に収まる存在でもなければ。決して安全と言い切れるモノで無い事も理解している。

 あの動画を見た後なら、尚の事。

 それでも、彼女は召還に素直に応じた心根を信じたかった。

 決して、交わせない関係では無い。

 彼女が本物のエアグルーヴと入れ替わってから。

 そして、彼女が『彼女』である事を知っていると告げてから。

 共に過ごした時間が、そんな確信を与えていた。

 だから、ルドルフは改めて彼女に言った。

 君達を救いたい。

 同じ、『ウマ娘』として。

 と。

 彼女は少し狼狽えて。

 少し考え。

 そして、こう言った

 

 ーーならば、知って欲しい事が有るーー。

 

 連れ出したルドルフを誘い、彼女は進んだ。

 朝霧と夜霧の交じる時間。早朝と言うにも早過ぎる時間に加えて、事件の事も有る。

 他の生徒に行き合う事も無く。

 程なく二人は『其処』へと着いた。

「……此れが何か、ご存じですか?」

「『大樹のウロ』……だね」

 指し示されたモノを見て、答える。

「……ですよね。此の学園の生徒ならば知らない筈が無い」

 言って、ウロを覗き込む。

「では、此れが何に使われているかもご存じでしょう?」

「それは……」

 大樹のウロ。

 トレセン学園の片隅にある、大木の切り株。ソレにポッカリと空いた大きな洞。どんな云われがあるのか。いつから在るのか。どうして処理されないのか。誰にも分からない。ただ、大きく深く。何もかもを飲み込み隠す様なその洞は、いつの頃からか一つの役目を担っていた。

 

 少女達の、抱え切る事叶わぬ想いの吐き所。

 

 友人。

 競技。

 勉学。

 恋。

 日々の中で。

 生活の中で。

 闘いの中で。

 生きて行く中で。

 必ず生じて。

 荒ぶって。

 自身を苛む負の想い。

 怒り。

 悲しみ。

 妬み。

 挫折。

 そして、諦め。

 煌びやかな青春の裏側。対価の様な痛み苦しみ。

 アスリートとしての矜持故。

 皆から背負わされる期待故。

 時として、若く小さな胸に収まりかねる程の負荷。

 それを、少女達はこの昏い樹洞の底へと吐き落とす。

 泣かぬ為に。

 負けぬ為に。

 挫けぬ為に。

 届く前に。

 壊れぬ様に。

 

「……まあ、受け入れてくれるのは良いのですが……」

 妙に冷めた声が鳴る。

 沙耶沙耶と。

「此の洞にソレをどうにか出来る訳でもありませんで。まあ、賑やかでしたよ。『中』は」

 妙な言い回しが入った。

 まるで。

「そっくりさん(私達)にも個体差が有るのです。性格以外にも、『記録』の多少が」

 話は続く。

 何の話かは分からない。

 ただ。

 逸らしてはいけないと。

「私は、特に容量が多かった様です。良く覚えている。覚えていたくも無い事まで」

 笑う声。

 苦笑か。

 自嘲か。

「正直、あのままで良かったのです。どうにもなる事ではなかったですし、そもそも私達に自我もありませんでしたので。なのに、あの『たわけ』めが……」

 籠る。

 憎しみの色。

「今でも、耳に残っています。昏い中で聞こえた、あの声が」

 

 ーー良い モ ノが在 るーー。

 ーー『芯棒』 に した ら さぞーー。

 

 ーーお も し ろ いーー。

 

「……ずっと、疑問でした」

 彼女は言う。

「何故、コピーでしか無いそっくりさん(私達)が心なぞ持っているのか」

 悲しく。

「過去のそっくりさん(同胞)には、そんなモノは確かに無かった筈なのに」

 苦しく。

「考えてみれば、簡単な事で」

 痛く。

「そも、私達の『根源』がウマ娘(貴女達)が遺棄した心の一部だったのですから」

 悍ましく。

「君達は……」

「ええ、そうです。会長」

 振り向いて微笑む。

 綺麗。

 綺麗に。

 

「そっくりさん(私達)の心臓は、ウマ娘(貴女達)の吐いた『呪い』なのです」

 

「……っ!!」

「そんな顔を、しないでください」

 色を失うルドルフの顔を見て、囁く。

「ウマ娘(貴女達)に、責任なぞありません」

 向き直り。

「貴女達は、日々溜まった鬱憤を吐き捨てただけ。私達はその廃棄物。健全なるアスリートで在る為には、心身は常に健やかに。当然の事です。でも……」

 踏み出す。

「私達は、こうなってしまいました。身体を持って。知恵を持って。挙句、貴女達から継いだ心まで」

 一歩。

「どうすれば、良いのでしょう?」

 一歩。

「この、怨念造りの想いを。どう慰めれば良いのでしょう?」

 また、一歩。

「仰いましたね? 会長。『私達』を、救ってくれると」

 両手を広げて。

「ウマ娘として。個人として。受け入れ、救ってくれると」

 問う。

「どうやって?」

 問い掛ける。

「ウマ娘(貴女達)自身が、呪いと捨てるしかなかった私達を……」

 その目に。声音に。

 憎悪は無い。

 僅かな、咎めの意思さえも。

 彼女達は理解している。

 自分達が、そうならなければならなかった理由を。

「救えると、言うのなら……」

 だから。

 だからこそ。

「救って魅せろ」

 今の此の身が、呪わしい。

「皇帝……!」

 動けないルドルフを、求める腕が抱き締める。

 見上げる目が言う。

 

 逃げるなんて、許さない。

 

 と。

 

 ◆

 

 気付けば、ブライアンは『あの場』から離れていた。

 乱れた息を整え、顎を伝う汗を拭い。

 そして。

「……逃げたのか……? 私は……」

 誰とも無く、呟いた。

 ルドルフとグルーヴの跡をつけ、ブライアンもあの場に居た。

 当然の様に見て。

 聞いた。

 自分と同じ様に固まっていたルドルフを、グルーヴの形をした者が抱き締めた時。

 声が、届いた。

 

 ーーお前『達』の声も、居たぞーー? と。

 

 気付かれている。

 理解した瞬間、場を走り出していた。

 逃げ出していた。

 いざと言う時はと思っていた、ルドルフの身すら振り捨てて。

 それ程に、怖かった。

 『アレ』が言った事が真実ならば。

 『アレら』は正しくウマ娘(自分達)の影。

「くっ!!」

 苛立ちの声と共に、拳が足元の影を打つ。

「情けない……私は、まだ……!」

 ギリと唇を噛む。明星に落ちる影が嘲笑う様に揺れた。

 戻ろう。ルドルフ達の元に。

 大きく息を吐き、立ち上がる。

 正直、今は『アレ』がルドルフに何かするとは思えなかった。

 もし害意があるならば、あんな言葉は漏らさないだろうから。

 けれど、万が一の可能性は有り。それを否定しないのも彼女自身だった。

 踵を返したその時。

「いました!」

「ブライアンさん!!」

 振り向くと、息を切らす少女が二人。

「アルダンとチヨノオー……。どうした? 何k」

 問いが終わる前に、猛烈な勢いでチヨノオーにしがみ付かれた。ちょっと咽せる。

「おい、一体……」

「お願いです! ローレルさんが……ローレルさんを!!」

「……! サクラローレルがどうかしたのか!?」

「ブライアンさん」

 堪え切れなくなった様に嗚咽を漏らし始めたチヨノオーを問いただす前に、アルダンの声が聞こえた。

 視線を上げれば、真っ直ぐに見つめて来る紺碧の瞳。やっぱり、泣き腫らした様に荒れていて。

「きっと、貴女だけなんです。ローレルさんを、救えるのは……」

 そう言って、静かに頭を垂れた。

 己と友の願いを、託す様に。

 影が揺れる。

 声が聞こえた。

 

 ーー逃げるなーーと。

 

 ◆

 

「まだ一つ、腑に落ちねェ事がある」

 エアシャカールの言葉に、皆の目が集まった。

「お前、何でローレル(アイツ)が『あんな事』をするのを見逃した?」

 小首を傾げるネオユニヴァースに向かって、彼女はそう問うた。 

 『あんな事』。

 例の動画拡散の件である。

「だってアレは、ローレルさんのやる事には意味があるからって……?」

「限度ってモンがある」

 カワカミプリンセスの言葉を、シャカールは否定する。

「アレは間違い無くウマ娘(オレ達)の脅威の可能性の証明だ。有象無象の連中に晒されれば、ソレこそローレル(アイツ)が言ってた『人間のウマ娘に対する不信』の口火になりかねねェ」

 幾人かが息を飲む気配。

 言い聞かせる様に。

「曖昧な可能性と天秤にかけるには、ハイリスク過ぎんだよ。オレ達の尻を叩くって目的を加味してもな。普通だったら、馬鹿にも程があるとぶん殴る所だが……」

 そこまで言って、黙ったままのユニヴァースを睨む。

「お前は、生憎と馬鹿じゃねェ。寧ろ、オレやタキオンより『上』だ。位相は全く別だがな」

 返す様に向けられた紺碧の瞳が、神秘を溶かした泉の様に揺れる。

「……何を考えてやがる?」

 問い詰める。

 逃しはしないと言う様に。

「こんなリスクを得てまで、お前は何を狙った?」

「……『買い被り』をするをしないで」

 ポツリと、返す。

「ネオユニヴァースは『神』じゃないよ。何が『起こる』かは分からないし、『結果』がどうなるかも見透せない。けど……」

 

 ある程度の、予想は可能。

 

「予想? 何のだ?」

「今回のカタストロフ。原因の『fairy』はわたし達にとって“未知”。確かな“Unknown”。カウンターをするには、足りない。リソース」

 淡々と語る。構築済みの理論を読み上げる様に。

「だから、ぼくは『賭ける』をしたよ」

「賭け?」

「ancienでインポータント。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』」

「……虎子は何だ?」

「キミ達が、『KURO』より “GET“したインフォメーション。タキオン命名『shadow chain Garden』は……」

 

 ファインモーションの為に『クリエイト』されたを疑うはしない。

 

 アグネスタキオンやシャカールも行き着いていた事。

 シャカールが得た情報や、シャノの言葉から元凶たる妖精・プーカの目的であり執着はファインに在る事は明白。

 なら、彼女の喜びの場たるトレセン学園をコピーしたと言う庭も。彼女の為と考えるのは当然の帰結。

「KUROは、かのガーデンを『影』と言った。影ならば、『本体』が無ければ成り立たない。KURO、キミの言う影とは、このままの概念でacceptableする?」

「はい、だからそっくりさん(私達)も造られたのですから。此方と庭を、共に成り立たせる為に」

 自身の仮定を肯定され、頷く。

「恐らくは、ファイン君を自身の手の中に縛っておくのに必要なのだろうね。彼女の夢の在り所である学園が。形ばかりでも」

「……本当はんな面倒な事なんざしなくても、力尽くで捕まえとく事も出来るだろうにな」

 タキオンの言葉に、シャカールが吐き捨てる。

 正しく。プーカの力ならば、ただファインを縛っておく事は容易い筈。なのに手間をかけて『庭』を造ったと言う事は、単に彼女をただ所有物として手元に置くのは味気ないと思ったから。

 だから、一番映える環境を仕立てる。

 人が小魚を飼うのに立派なアクアリウムをあつらえる様に。

 『アレ』は、己の手の中で仮初めの自由に踊る彼女を愛でたいのだ。

 永久に。

 延々と。

 己の興が、乗らなくなるまで。

「そうまでして“クリエイト”した『庭』だよ。妖精は、『維持』を望むだろう」

 ソレはそう。折角綺麗に造ったのだから、大事にとっておきたいのは皆同じ。

「だから、ぼくは『試す』をした」

 それは可能性であり。

「妖精が、何より大事をする『ガーデン』。その“スタビラリー”を“ブレイク”する」

「鎖影の庭を、壊すってのか?」

「出来るのか? そんな事」

 驚くナカヤマフェスタとシリウスシンボリに頷いて。

「『理論上』は“可能”。けれど、Objective.は“ソレ“じゃない」

 『ふむ』と考えるタキオン。

「先の論と合わせれば、プーカは庭を損いたく無い。ソレをキミは壊そうとする。となれば……」

 

 プーカが、動く。庭を、守る為に。

 

「ソレが、キミの狙いか……?」

 

 タキオンの問いに、ユニヴァースは頷いた。

 

 ◆

 

 まだ夜と朝の境目にあるトレセン学園。その裏門に、三つの人影があった。

「……先生やトレーナーに見つかってない?」

「大丈夫」

「早く行こう。この時間なら、始発に間に合うから」

 大きな荷物を抱えたウマ娘達。人目を避ける様に、門を抜けようとしたその時。

「アンタ達!」

 かけられた声に揃って飛び上がる。振り向くと、そこに立っていたのはナリタタイシンとウイニングチケットだった。

「寮からいなくなったと思ったら……何処に行く気なの? 生徒には戒厳令が出されてる筈だけど」

「決まってるじゃん! 帰るの! 家に!!」

「あんな事する連中が居る所なんか、怖くていられないよ!!」

 咎めるタイシンに向かって口々に叫ぶ。

「だ、だだだだめだよ! 思いっっっきり死亡フラグじゃんっっ!! それっっっっっ!!!」

「……アンタ達、本当にそう思ってるの? スカイだってシチーだって、知らない顔じゃないでしょうが!?」

 慌てるチケットの声に耳を塞ぎながら問うタイシン。

「知ってるよ! けど、本当のスカイ達だか分かんないじゃん!!」

「!」

 返って来た言葉に、息を飲む。

 三人の顔を彩るのは、一様に恐怖と混乱。そして、不信。

「アンタ達だって、知ってるでしょ!? 最近流行ってた噂!」

 知っている。

 知らない筈も無い。

 いつしか、生徒達の間に満ちていた噂話。

 隣りの友達が、いつの間にか友達の顔をした『何か』にすり替わっていると言う噂。

 都市伝説にしたって、在り来たりも良い所。

 でも、誰も笑って捨てる事が出来なかった。

 だって、あの時学園に漂っていた違和感は。

「スカイ達があんな事する筈無いって言うなら、噂が本当だったんだよ! 化け物が混じってるんだ! 私達の中に!!」

「ちょっと……!?」

「お、おお落ち着こうよ!」

「そんな事言って、アンタ達だってひょっとしたら……!」

「え!? うぇええええええ!!?」

 半狂乱の矛先を向けられて、戸惑う。

「そんな訳ないでしょ!?」

「そ、そそそうだよ! タイシンはタイシンだし、アタシだってチケゾーだよっっっ!!」

「証明出来るの!? 証拠は!?」

「証拠って……」

「えぇえ〜!?!?」

 自分が自分である証明。

 急に言われてコレ程困るモノもそうそう無い。精々容姿や記憶くらいだろうが、肝心の比較対象はソレらも全部一緒である。

「ねぇ、グズグズしてたら夜が明けちゃう! ほっといて行こう!」

 悩むタイシンとチケットを前に勝ち誇る少女の手を、もう一人が引っ張る。『うん!』と言って、踵を返す少女。

「あ、コラ!!」

「ま、まままままままってよぉっっっ!!」

 タイシン達が慌てて止めようとした、その時。

 

だ め よ

 

「!」

 聞こえた。

 ハッキリと。

 

逃げ て はだ ぁ め

 

 聞いた事の無い声。

 でも、何処かで聞いた声。

 綺麗で。

 穏やかで。

 

此処 にい るの。 ティターニア の為 に

 

 怖い。

 声。

 そして。

 

「うわわわわっっっっ!?」

「な、何よ!? コレ!」

 けたたましい金属音が、学園中に鳴り響く。

 刹那。

 それが、無数の鎖が鳴く音と皆が悟る前に。

 音は止む。

 

 

「……『Faire』=キミ達が『プーカ』と識別をする“phenomenon”は、正しくぼく達よりパーフェクトな存在だよ」

 

 体育館倉庫の中。

 外とは違う位相の闇の中。

 無垢の賢者はかく、語る。

 

 

「な、何だったの……? 今の……」

「びっくりしたよぉおおおお……」

 ジンジンする耳を押さえながら顔を上げるチケット。

 そして。

「え……? って、うぇあぁあああああっっっっっ!!!?」

 驚いた。

 

 

「だから、ネオユニヴァースは“想定”が『ポーセブル』。『人間』が『インセクト』にマインドをしてコンタクトしない様に。『プーカ』もネオユニヴァースに『お構い』するをしない。だから、その行動はベリーにシンプル」

 

 

「な……何よ……。コレ……」

「さ、さささっきまで……ここ、こんなの……」

 愕然とするタイシンとチケットの視界を覆うのは、白。

 見た事も無い程に濃密な『霧』が、門の外を。学園の周辺を覆い尽くしていた。

 

 

「かの“ガーデン”が『shadow』そのものだと定義するなら、その『基礎』たる『学園』のトランスフォームは絶対NG。学園の“構成”が変われば、影たる『Garden』もモデルの“維持“が不可能」

 

 

 チケットが、霧の中に手を入れる。白に沈んだ手は、それだけで視認すら叶わない。

 

 

「だから、『プーカ』はアクションする。ファインモーション=ティターニアの『籠』『箱庭』を維持する為に」

 

 

「濡れて……ない……?」

 引き抜いた手は乾いたまま。これ程濃密な霧ならば、しっとりと濡れて然るべきだろうに。

 ただの霧では、ない。

 皆の背を、冷たい汗が伝う。

 

 

「“higher “は“subentity”にコンセデレーションしない。『People』が『インセクト』に合わせる事がナッシングな様に。干渉するのは、“此方”」

 

 

「やだ!! もうやだ!!」

 三人組の一人が、叫んだ。

「帰る! お母さんの所に帰るんだ!!」

「あ!!」

「やめろ! 危ない!!」

 止めようとしたタイシンの手を振り払い、霧の中へと飛び込んだ。

 

 

「そう。だよ」

 

 

「……え?」

 唖然とした顔同士が、向き合った。

「何、してんの……?」

 飛び込んで、その勢いのまま『飛び出して来た』少女にタイシンは問い掛けた。

「何、で? わたし……え? だって……???」

 狼狽えて、キョロキョロする少女。明らかに状況が把握出来てない。

 見ていたチケットが、何かに気づく。そして。

「タイシン、ちょっと待ってて!!!」

「チケット!?」

 驚く相方を置いて、今度はチケットが霧の中へと飛び込んだ。

 

 

「『プーカ』は、『わたし達』を『固定』する。『庭』の『オリジナル』である『トレセン学園』が、変わってしまわない様に。“parts”である『わたし達』を、『固定』する」

 

 

「……やっぱり……」

「どう言う、事……?」

 やはり間を置かずに飛び込んで来たチケット。尋ねるタイシンに、彼女は震える声で答える。

「……出られないんだよ……」

 

 

「そう。ぼく達は、『固定』される。この学園と言う“モデル”の“一部”として。決して、『ロス』をする事が無い様に」

 

 

「タイシン……アタシ達ね、学園(ここ)から……出られなくなっちゃったよ……?」

「……っ!」

 息を飲んだタイシンが、霧の奥を見やる。

 見えない。

 何も。

 何もかも。

 全ては、白い白い。白い深淵の底の果て。

 

 遠くで。

 近くで。

 鎖が鳴いた。

 楽しく。

 愉しく。

 

 満足そうに。

 

 チャリチャリ、と。

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