鎖影の庭   作:土斑猫

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【束ねる】

 幾度かのコールの後に、通話が繋がる音がした。

「あ、しもしも? エースちゃん? 起きてた? そ、あたし。マルゼンだけどー」

 路肩に停めた愛車の中で、マルゼンスキーは液晶の向こうの級友に語り掛ける。

「ソッチ、大丈夫? うんうん、そう……シービーちゃんとか……そう? 良かった……。あたし? うん、勿論向かってる。向かってる……んだけど……」

 言葉尻の気配を察した相手から届く、心配の声。

「う、うん……。あのね、エースちゃん。もンのすごぉく変な事訊くんだけどぉ……」

 何かと尋ねる声に、多分一生言う予定など無かった問いを送る。

「あの、ね? トレセン学園て……いつもの場所に、在る……?」

 液晶の向こうから、困惑の気配。

 当たり前だと思いながらも、他にも問うべき事など有りはしない。

「ねえ……本当に……トレセンは……貴女達は……」

 

 ーー其処に、在るのーー?

 

 途方に暮れる彼女を憐れむ様に。

 明星を満たす霧の壁は、ユラユラ揺れる。

 

 ◆

 

「んじゃ、行ってくるわ」

「気を付けてね。精々、攫われない様に」

「ヘイヘイ」

 スイープトウショウのあまり身の入ってない気遣いにそう返事して、ゴールドシップはナリタタイシン達が見守る中で目の前に広がる霧の中に飛び込んだ。

「さて……」

 と、スイープが腕組みをする間も無く顔を出すゴルシ。

「お帰りなさい。早かったわね」

「……そんな早かったか?」

「アンタが飛び込んでから、5秒も経ってないわよ」

「霧の中で、結構走ったぜ。ゴルシちゃん的には」

「そ、そそそそうなんだよぉ!!!!」

 ゴルシの言葉に乗っかるウイニングチケット。

「アア、アタシもね! 思いっきり走りまくったんだけど、気付いたらタイシンがいてさぁ! 全然時間経ってないってててっっっ!!!!!」

「……時間も外界から断ち切られてるみたいね。完全に籠の中ってか……」

「……どう言う事なの? 訳分かんないんだけど……」

 相方の喚き声に耳を塞ぎながら尋ねるタイシンをチラリと見て、少し考え。そして。

「bêtises des fées」

 と答えた。

「……何? ソレ」

「『悪戯』よ。『妖精の悪戯』。『道迷わし』はアイツらの悪戯の定番よ。『取り替えっ子』と一緒でね」

「おい?」

「此処に至っての誤魔化しなんて、足枷にはなっても助けになんてならないわ。知りたいのなら、教えてあげる。もっとも……」

 良いのか? と言いたげなゴルシにそう答えると、改めてタイシンと隣のチケットを見る。

「信じるかどうかは、本人達次第だけど」

 どうする? と言う視線を向けられた二人。

 ちょっとだけ顔を見合わせて。

「信じるよぉ」

「実際にこんな事態前にして、そっちの方って思わない方がどうかしてる。それに……」

 自身を見つめる目に、小首を傾げるスイープ。

「アンタ、そんな顔するんだね」

「は?」

「いっつもヤダヤダ言ってるだけの、お子様かと思ってた」

「言ってくれるじゃない」

 ちょっとだけ、いつものむくれる顔をして。

「……頑張ってるヤツがいるのよ」

「?」

「アタシの大事な娘の居場所を守る為に、頑張ってるヤツがいるの。だから、アタシも気張んなきゃ立つ瀬が無いの」

 藤色の瞳には、強い光。『誰にも』絶対に負けないと言う、強い意志。

 何かを察したタイシンが微笑む。

「そう」

「そうよ」

 そして、スイープも不敵な笑みを。

「……どう言う事?」

「ま、アレよ。『恋する乙女は強し」ってな」

 『???』な顔のチケットにそう説いて、ゴルシもまたククッと笑った。

 

 ◆

 

「……と言う訳よ」

「と言う訳かい」

 連絡を取って駆け付けたスイープの話を聞いたアグネスタキオン。傍らのネオユニヴァースに尋ねる。

「『コレ』がキミの『目的』かい?」

「可能性は1026通り考えるをした。その中で、このパターンはベストではないけどベター」

 返って来た答えに、目を細める。

「外界へのコンタクトが不可能になった。つまり、学園からそっくりさん達が出る事もインポッシブル。だよ」

「……つまり、ローレルが言ってたみたいに連中が世間に出てやらかす事は当面ないって事か」

「それだけじゃないねぇ。あんな実況があったのに、今だ学園外からの干渉が無い。外からの侵入も出来ないと見るべきだろう。と言う事は、マスコミや警察の干渉も無い。余計な横槍も防げるし、こちらも今まで以上に派手に動く事も可能だ」

「文字通りの鎖国密室。何があろうが……か」

「確かに、有り難いと言えば有り難いねぇ」

「んだども……」

 話し合うタキオン達に、ユキノビジンがおずおずと口を挟む。

「ローレルさんが言ったみだいになったのは、そっくりさん達が外さ出だがらなんだべ? 誰が外さ出るのこうやって止めるんだら、そったな事も起ごらねぁー筈じゃ……」

「……興味が無いんです」

「へ?」

 ポカンとするユキノに、答えたシャノが続ける。

「この学園の『モデル』の一部として此処に居なければ『ならない』オリジナル(皆さん)と違って、そっくりさん(私達)はあくまで代用です。オリジナルさえ有れば幾らでも作り直せる。だから、何処に行こうと何をしようと、そしてどうなろうと。興味が無いんです」

 

 欲しいのは、あくまでファインモーション(ティターニア)だけ。

 要り用なのは、囲う庭だけ。

 後はどうなろうと。

 知らんぷり。

 

「そんな……自分で生んでおいて、知らんぷりだなんて……」

「プリファイの歴代悪役にだって、そんな薄情モンは居ねーですわ」

「玩具ですよ」

 憤るカワカミプリセスとハルウララを見て、シャノは『ありがとうございます』と微笑んだ。

「ですから、オリジナルを動揺させて逃走を誘い、諸共にそっくりさん(私達)を封じ込めたのは良策だと思います。事態を解決しなければ、皆永遠に籠の鳥……と言うハイリスクですが」

 ああ、とシリウスシンボリが言った。

「成程、糞虫の野郎が庭を維持したい限りは私達は学園から出れない訳か……」

「ついでに時間の概念も無くなってるから。ずっとこのまんま、寿命で死ぬ事も叶わないっておまけ付きでね」

 スイープの補足に、ナカヤマフェスタが愉快そうに笑う。

「こりゃまた、随分とヒリ付く状況になったモンだ。聞いた通りだぜ。アンタら」

 振った先には、黙って話を聞いていたニシノフラワー達。

 四人の顔色は一様に真っ青で、足が細かく震えている者もいる。

 それは、レースの昂りや恋の拍動とは全く違う感覚。抗う事叶わない人智外に向き合った『畏怖』と『恐怖』。

「分かんなら、結構なこった」

 ナカヤマは言う。

「真面目に命(タマ)が掛かる事案に鈍感な様じゃ足手纏いにしかならねぇからな」

「そう言う事だねぇ」

 相槌を打ったタキオンが改めて問う。

「どうだい? 直に感じた上で確認しよう。今後も『関わる』かい?」

 と、フラワーがジロリと睨んで来た。

「……この間のは、こう言う事情が有ったからなんですね?」

「え? あ? あぁ! ま、まぁそう言う事になるかねぇ……?」

 『この間』の自身の態度を思い返し、視線を泳がせるタキオン。

「……そんなに、嫌でしたか? 私を、この件に巻き込む事が?」

「ま、まあ……うん……」

 確かにフラワーは聡明で、助力を仰げば色々と力にはなってくれよう。けれど、ソレは彼女をプーカと言う厄災のすぐ側に置く事でもある。

「心配してくれて、ありがとうございます。でも、此処からは私の問題も込みなんです」

 彼女の瞳が見据える。幼さに似合わぬ、強さで。

 目一杯の勇気を、振り絞る。

 大切な、あの人の為に。

「スカイさんは、私が連れ戻します! その為に、タキオンさん達をお手伝いさせて貰います! タキオンさんの為じゃありません。私自身の為です!Win-Winです! 問題無いですよね!?」

 宣言の圧が物凄い。押されて頷いてしまう。ソレが、運の尽き。

「あたしもだ! シチーさんを助げるだ!!」

「キングさんを蔑め、学園の平和を乱す悪党! このカワカミプリセスがぶちのめしてさしあげますわ!!」

「ウララもやるよ! ウッララー!!」

「あ、あの……キミ達?」

「「「「良い(です)よね!!!?」」」」

「は、はい……」

 否応無しの問答無用。

 小さくなるタキオン。

「アハハ! 皆つよいねぇー!」

「ま、こんな大事を内緒にしてたんだからね。自業自得じゃない?」

「で、アンタ達はどうすんの? 何か当たり前の様について来てるけど」

 目の前の騒ぎを眺めているタイシンとチケットに、スイープが尋ねる。

「決まってるじゃん! アタシ達も手伝うよ! ね、ねね!? タイシン!」

 うるさそうな顔しながらも頷くタイシンを見て、スイープが溜息なぞ吐く。

「物好きねぇ。どんな目に遭うが分かんないのよ?」

「もう遭ってるじゃん」

 何を今更と示すのは、学園の周囲を満たす霧。

「そのナントカって妖精をどうにかしなきゃ、アタシらも外に出らんないんでしょ? もう、十分に関係者。ソレに……」

 チラリと見るのは、隣のチケット。

「ま、堪んないじゃん。連む相手が……ってのはさ」

 聞いたチケットが、嬉しそうにニカリと笑う。

「手伝うよ。少なくとも、アンタがいつもの我儘言える様になるくらいには」

「……余計なお世話よ。バーカ」

 素っ気なく答えた声は、嬉しそう。

「ちょっと待ってくださーい!!」

「あ、チヨノオーさんだ。お帰りなさーい」

「はい、只今帰りました!」

「ご心配をお掛けして、申し訳ありません」

 やっと落ち着きかけた部屋のドアをぶち開けて飛び込んで来たサクラチヨノオーとメジロアルダン。喜ぶウララに帰還報告、及び心配させた皆に謝罪。

「私達も、一味に加えてください!」

「ヤエノさん達をこのままになんかしておけません!!」

「分かった! 分かったから落ち着きたまえ!! 身体弱いんだろ!? キミ!」

 文字通り姦しさの巣窟と化す体育館倉庫。

「……一味って何だ一味って……収拾がつかねェな……コリャ……」

「全くだ。食うか食われるかの事態だと言うのに、戦意が足りん」

「!」

 独り言のつもりで吐いたぼやきに返されて、驚くシャカール。

「……何だ。お前も来たのか。コッチとは別行動なんじゃなかったのか?」

 チヨノオー達の後に入って来たナリタブライアンに尋ねる。

「此処まで大事になったら、小勢でチマチマやってても仕方ないだろう。ルドルフには私が提言する。ソレに……」

 少し、間を置いて。

「面倒を見なきゃならん奴が、増えたしな……」

 その呟きに、意味を悟り。

「あァ、そうだな……」

 難義だな、と微笑んだ。

 と、鳴り響くのはスマホの着信音。

「はい、もしもし?」

 受け手はスイープ。『え? 何で!?』とか『ちょっと勝手に!!』とか言った後、『ああ、もう分かったわよ! 纏めて連れて来なさい!!』とか

投げ槍に言って切った。

 微妙な沈黙の後、口を開くスイープ。

「フラッシュから連絡。人員追加よ」

「……何人だい?」

「いっぱい」

「いっぱい、かい?」

「そう。いーっぱい!」

 スイープとタキオンが、揃って大きな溜息を吐いた。

「何か、文字通り堰が切れたって感じだな」

「良いんじゃねぇか? 相手が相手だ。コッチは数で嵩増しするしかねぇ。『三人寄れば文殊の知恵』ってな」

「『船頭多くして何とやら』にならなきゃ良いけどな」

 ナカヤマの言葉を皮肉るシリウスの顔も、何処か楽しそうだった。

 

 ◆

 

 誰も居なくなった校門。その前に、佇む人影が一つ。否……。

「思惑通りになったのか?」

「思惑なんて、紡げないよ。でも、コレは『私のルート』では起きなかった事象。それだけでも……」

 

 ーー私が来た意味はあったかなーー。

 

 かけられた声にそう答えるサクラローレル。そして。

「いつぞやは、スルーしてくれてありがとう。芦毛のなんちゃって道化師さん」

「変な呼び方やめろよ。ゴルシちゃんでいーわ。ゴルシちゃんで」

 寄って来たゴルシがボリボリ頭を掻きながら言う。

「どんなつもりか分かんなかったから、泳がせといたんだけどよ。随分ととんでもねー事してくれたよなー」

 言葉の割には、批判の気配は無い。クスリと笑うローレル。

「なら、あの時止めれば良かったのに」

「止めて欲しかったん?」

 全てお見通しとでも言う様な返しに、また笑う。

「……まだ、そんな顔出来んのな」

「そりゃ、腐っても一応は『サクラローレル』ですので」

 嬉しそうな顔。思わず『戻れねーのか?』と尋ねそうになって、飲み込んだ。

 それが、とても残酷な問いである事は知れたから。

「……ありがとう。ゴルシちゃん」

 何もかもを、知った者同士。

 交わすだけが、ただ悲しい。

「……ま、それなりのリターンも貰えたしな。悪い事ばっかじゃねぇなら良しとするか」

 正しく。

 学園が隔離された事によって得られたモノは、外部の不干渉だけでは無い。

 時間の断絶による『無限の猶予』。

 時間経過の概念が無くなったのならば、此方も無制限の刻を得る。

 無限の存在を揺蕩う妖精(プーカ)と、仮初とは言え同等のリソースを得れる。

 その意味は大きい。

「とは言え、主導権を握ってんのは『アチラさん』だからな。ノンビリはしてられねぇか」

 そう。

 この事象はあくまでプーカの手によるモノ。アチラの意次第で簡単に剥奪される。

 全ては、妖精(向こう)がウマ娘(此方)を意に介してないが故の臨時ボーナスに過ぎない。

 実際、ソレを考慮した上での不安がゴルシには有る。

 

 ローレルの時間軸の生徒達が、普通に『卒業』を迎えている事。

 

 かの時間軸での悲劇は、そっくりさん達がソレと知られず社会に出て行った事で始まる。

 ならば、少なくとも卒業までは何の障害も無く進んだと言う事。

 当然、オリジナルの生徒達も。

 鎖影の庭の維持には、モデルである学園の一部。現生徒達の束縛は必須の筈。

 実際、今はそうしている。

 なのに、その生徒達が学園を去っている。

 つまり。

(プーカの野郎、そこらへんで『庭』を放り出してるってこったよなぁ……)

 庭は、可愛い金糸雀の為の籠。

 ソレが要らなくなったと言う事は。

「なぁ、ローレルちゃんよぉ」

「なぁに?」

「お前んトコのファイン様は、どーした?」

「ファインちゃん? あの子は……」

 

 戻って来なかったよ。

 

 何となく、想定していた答え。

 曲がりなりにも一国の方針に影響出来るファインモーションが帰って来ていれば、未来もまた絶望一色のソレとは違ったモノになっていた筈だから。

 となると、かの時間軸のファインは何処へ行ったのか。

 籠は放棄された。

 なら、中の金糸雀は?

 そも、何故籠は放棄されたのか。

 あんなにも、大事にしていた筈の。

 

「飽きたんだよ」

 

 思考に割り込んで来た声に、ゴルシはハッと我に返った。

 向かい合わせのローレルが、凄まじい形相で凝視していた。文字通り、般若の様な顔で。

 何だ!? ゴルシちゃん、何か怒らせる様な粗相した!? と訊きかけて気付く。

 違う。

 彼女が見ているのは自分ではない。

 彼女が、こんな憎悪に塗れた視線を向けるのは。

 振り向いた先で、鹿毛のポニーテールが揺れる。

「こんばんはぁ……じゃないか。おはようの方が良いのかな? もう」

「テイオー……」

 そこに立っていたのは、トウカイテイオー。

 否。

 正確には、テイオーの姿をした『彼女』。

「ちょっと待て!」

 無言で近寄ろうとしたローレルを押し留め、尋ねる。

「何か、言おうとしたな? 何だ? 『飽きる』って……」

「言ったまんまさ。プーカは飽きちゃったんだよ。ファイン様に。だから、要らなくなった『庭』も捨てちゃったんだ」

「飽きた……って……ウソだろ?」

「何がさ? プーカにとってウマ娘(キミ達)は玩具だよ? どんなお気に入りの玩具だって、そのうち飽きる。飽きたら、もう要らない。当たり前の事じゃん?」

 絶句するゴルシを見て、面白そうに笑う。

「じゃ、じゃあ……ファインはどうなったんだ? 飽きられたってんなら、ファインは……」

「ファイン様? 戻ってたんじゃない。顕界(こっち)に」

 アッサリと、そう答えた。

「ウソ」

 否定したのは、ローレル。

「ファインちゃんは帰って来てない。帰って来てたなら、私達が……シャカールちゃんが絶対に見つけてる!」

 自信が有る。

 確信も有る。

 自分達なら。

 シャカールなら、と。

 でも。

「見つかんないと思うよ? いや、『見つかってても分からなかった』んだ」

 否定でも肯定でも無く。

 偽テイオーはそう言った。

「……どう言う事?」

 訳が分からないと言ったローレルを見て、偽テイオーは彼女に近づく。

 手が伸びる。

 身構えるローレル。

 何をするでも無く、偽テイオーはそっと触れた。

 ローレルの、右脇腹。

「コレ」

「……?」

「帰って来たファイン様。『コレだけ』だから」

「何を……言ってるの……?」

「プーカ(アイツ)はね、『コレ』が嫌いなんだ。『美味しくない』って。いつも、『コレ』だけ残して放り出すの」

 淡々と語る言の葉。

 鼓膜を揺らし。

 脳漿に溶けて。

 染み渡り。

 理解して。

 ゴルシの。

 地獄を知る筈のローレルの顔さえ。

 凍り付いていく。

「そうだよ」

 偽テイオーは、静かに紡ぐ。

「きっと、世界の片隅。何処かに転がってたよ」

 

 ファイン様の。

 

 『 か ん ぞ う 』

 

 それは。

 怖い。

 怖い。

 怖い御伽噺の。

 

 締め括り。

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