鎖影の庭   作:土斑猫

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【境目】

 ゴールドシップの話を聞いたエアシャカールが、椅子を蹴って立ち上がった。

 ハルウララやユキノビジンが、ビクリと震える。

「何処に行く気だ?」

 部屋の外に飛び出して行こうとしたシャカールを、腕組みして立っていたシリウスシンボリが呼び止める。

「今掛かった所で、出来る事なんざ何もねぇ。癇癪起こしたガキみてぇに当てもなく駆けずり回ったってクソの役にも立たねぇ。お前なら、分かってんだろ?」

 ドアに掛けようとした手を握り締め、唇を噛むシャカール。

「お前は私達の『頭』の一つだ。落ち着け。クレバーになれ。自分のスタイルを見失うな。ソレが、一番の近道だ」

 

 ファイン(お姫様)の為にもな。

 

 震える背中にそう投げかけて、席に戻れと促した。

「知っていたのかい? シャノ」

「……はい」

 アグネスタキオンに尋ねられ、マンハッタンカフェのそっくりさん。シャ・ノワールは申し訳なさそうに頷いた。

「何故、教えてくれなかったんだい?」

「……テイオーさんと、同じ理屈です……」

 プーカが飽きっぽいのは確か。

 飽きた対象を喰ってしまうと言う悪癖を持つ事も、また確か。

 けれど。

「プーカがファインさんに持つ執着が強い事も、また確かです」

 トウカイテイオーの姿の彼女が言った通り、そも相応の執着が無ければこれ程手の込んだ事をする道理が無い。

「プーカの行動原理は『面白い』と『楽しい』の二つだけです。例えソレをしなければ自身に不都合が有るとしても、面白くも楽しくも無いなら絶対にしません」

 例え、ソレが自身の破滅に直結する事であったとしても。

「究極の快楽主義者だな。糞虫なんぞでなけりゃ、一勝負ふっかけてみてぇモンだが」

 本気とも冗談とも取れない調子で、ナカヤマフェスタが苦笑する。

「……そんなプーカがわざわざ手間をかけてまで囲ったのがファインさんです。早々、飽きる筈はありません。『よっぽど』の事が無い限り。なら、敢えて皆さんを乱す必要は無いと思っていたのですが……申し訳ありません……」

 頭を下げるシャノに頷いて、タキオンはシャカールを見る。

「だそうだ。悪気や他意が有った訳じゃない。許してやってくれないか?」

「……別に、ンな事ァ思ってねェ。ただ……」

 畏まるシャノを見つめて。

「余計な気遣いは要らねェ。ファインに関する事は、隠さず教えてくれ。処理は、自分でする」

 そんな事を言うシャカールをジッと見て、シャノはクスリと笑う。

「……何だ?」

「……本当に、大事なんですね。ファインさんの事が……」

「ア゛?」

 固まるシャカール。またクスクスと笑う。

「貴女とファインさんの関係はマンハッタンカフェの『記録』として保持してましたが、直に見るとやはり違います。何と言うか、とても『尊い』……」

 その目に、焦がれの色を浮かべて。

「推せます!」

「おいコラ、デジタルぅ!!」

 シャノが真逆と思っていた単語を吐き出すと同時に、シャカールは沢山のウマ娘ちゃんが集まった自室(一味の第三拠点はタキオン達の寮室だったり)の状況に三度目の昇天をしかけていたアグネスデジタルに向かって怒鳴った。

「はひゅわいぃいい!!!?」

 デジたん、びっくらぽん。

「お前、シャノ(コイツ)にオカシな事吹き込みやがったな!?」

「め、滅相もございませぬ! デジたんは何も! 三女神しゃんとシラオキ様に誓って!」

「ホントか!?」

「不肖デジタル! ウマ娘ちゃんには誓って嘘偽りは申しませぬ! あたしはシャノしゃんに頼まれて秘蔵の『デジタル魂の編集! トレセン学園燃え萌え伝説!! 不滅のウマ娘ちゃん血と涙と尊みの青春大全永久保存版』をお見せしただけで御座るぅう!!!」

「ソレだバカヤロウ!!!!」

「えぇえええ!? ちゃんと生徒会のチェックを受けた合法のモノですがぁあ!?」

「お前らも何やってやがんだ!!?」

「ルドルフが独断で通した事だ。私は知らん」

 明々後日の方向から飛び掛かって来た藪蛇を華麗にスルーするナリタブライアン。

「そうです! デジタルさんは悪くありません!」

 ギリギリ歯噛みするシャカールに訴えるシャノ。

「私がお願いしたんです! オリジナルのマンハッタンカフェが知らない皆さんの姿を見たいと!」

「し、知らない姿……?」

「はい! 例えばフワフワ三銃士と名付けた選りすぐり布団乾燥機3台の共同作戦によって至高のフワフワとなったベッドに蕩け顔で沈むアヤベさんとか!」

「ちょっ!? 何でそんなモノ……ハッ!!」

 思わぬ流れ弾に戦慄したアドマイヤベガが気が付いて振り返る。振り返った先でテヘペロするカレンチャン。

「台風の夜に走りたくなって脱走を謀った所を読んでたグルーヴさんに捕縛されて子猫宜しく後ろ襟ぶら下げられて連行されるスズカさんとか!」

「スペちゃん!?」

「す、すいませんスズカさん! 生徒会から報酬にカフェテラスの時間外独占利用権を持ち出されまして……つい……ああ、私はなんて事を〜!」

「ウソでしょ……」

 魂の友に食いモンと天秤にかけられた事に愕然とするサイレンススズカと今更の罪悪感に土下座して咽び泣くスペシャルウィーク。

 そして普通に職権濫用してる生徒会。

「ホントはハッカが苦手なのにトレーナーさんがくれたハッカ飴を無理して食べて思いっきり咽て七転八倒してるフラッシュさんとか!」

「……ファルコンさん?」

「し、しゃい……」

「お話しがあります」

「え、えと……ファル子この後ダイヤちゃんのお手伝いに行こーかな……て」

「ダイヤさんの練習時間にはまだ1時間48分14秒の間がありますので」

「で、でもぉ……」

「ありますので」

「しゃい……」

 仄暗く冷たいエイシンフラッシュの声に己の死期を悟るスマートファルコン。

「後、他にも……」

「おい! ソイツを止めろ!!」

「いやー!」

「ソレを言っちゃダメー!!」

「放してください! この子を殺して私も死にますー!!」

「はーはっはっ! 皆、怯える事はないよ! この大全の表紙はボクだからね! キミ達の秘密はボクの輝きが全て覆い隠してしまうさ!!」

「ちょっと黙っててくれる?」

 阿鼻叫喚。

「しかし、何と言うか意外だねぇ」

 腹切って詫び入れようとしていたデジタルに、タキオンが言う。

「はい? 何がでしょうか??」

「キミがシャノに友好的な事がだよ。キミはオリジナルを騙るそっくりさん達を嫌っていると思っていたのだが」

「お言葉ですが、タキオンしゃん」

 キリッと真面目な顔になるデジタル。

「デジたんが絶許だったのはそっくりさん方そのモノではありません。その行為、在り方。つまりはウマ娘ちゃん達を本当の意味で理解も尊重もせず、ただ上部だけを真似てやった気になってたその解釈違い未満の傲慢さなのです」

「ほうほう」

「けれど、シャノしゃんは違います。自身をカフェしゃんとは別モノと自覚し、自分は自分であろうとしてらっしゃる。なれば、シャノさんもまた一人の『ウマ娘』ちゃんなのです。であるならば、漏れなくデジたんの守備範囲な訳でして」

「ふむふむ」

「いや、そうなって見るとシャノしゃんも萌えるし推せる。その純粋さ、無垢さ、無邪気さ、併せ持つ芯の強さ。見た目カフェさんのイメージとのギャップも良き良きでして、正しく新境地!」

「なるほどなるほど」

「そりゃ、頼られたら堪らんのですよデュフフなのですよ。いやもう愛い愛い愛いですよ?」

「だそうだ。良かったじゃないか。シャノ」

「ふへ?」

 振り向いた先には目ん玉キラキラうるうるさせて歓喜に打ち震えるシャノの姿。

 件の地獄からはチャッカリ抜け出して来たらしい。要領が良い。

「シャ……シャノしゃん?」

「……デジタルさん……萌えてくれるんですか? 推してくれるんですか? マンハッタンカフェではなく、シャ・ノワールとしての私を……!?」

「は、はい……もちのろん……?」

 頷いた途端、猛烈な勢いで首根っこに突撃された。

「ぐげぼぅあ!?!」

 首の骨は折れそうだし、気管と食道は潰れそう。何なら胸鎖乳突筋は肉離れ。

 そんな半死半生状態の首を、抱きついたシャノの腕が容赦なく締め上げる。

「ああ、嬉しいです嬉しいです嬉しいです! そっくりさんの私を、オリジナルの貴女がそんな風に思ってくれるなんて!! それだけでもう……私は……わたしは!!!」

「い、いいいやややy……そそ、そんななnなな、あ、あにゃたに、そ、そ、そんな感謝いただけるよ、様な事はデジたんは……!!」

 密着する体温とか肌とかコーヒーとソレとは別の香りとかで呂律と血圧と動悸と脳波が乱れまくるデジたん。

 あと、肉体的ダメージも甚大。

「ふ、ふぉおおぉおおぉ!!!! お、お離れくださいませ勿体無い! あたしの様な下賎のオタクになぞくっ付かれてはシャノしゃんの色んなモノがお、おおお穢れになりまふ故……ゆえぇ!?!?」

 押し離そうとするも、張り付いたヒルみたいに離れない。

「ああ、どうにかこの喜びのお礼をしたいのですが……。あ、そうだ」

 デジタルをギリギリと抱き締めながら考えてたシャノ。何か思い付いて。

 チュッ! 

 デジタルのほっぺに、キスをした。

 固まるデジたん。

「…………」

「コレで、どうでしょうか?」

 恥ずかしそうにはにかんで、ペロっと舌を出す。

「かひゅっ!」

 過呼吸の悲鳴を上げてぶっ倒れるデジタル。

 本日、四度目の昇天。

 物理死か尊死かは分からないが、取り敢えず介錯の手間は省けた。

 

「……一晩で随分キャラが変わったわね」

 皆と一緒になってはしゃぐシャノを眺めていたスイープトウショウが、呆れた様に呟いた。

「大好きな人に、代わりじゃない自分を受け入れてもらえた事。自分だけの名前を貰えた事。ソレがシャノ(あの子)の存在定義を変えたのかも。今だ本質は『陰』だけど、微かに反転の兆しが見えるよ」

 手元の遁甲盤を見るコパノリッキーの言葉を聞いて。

「悪意が生むのは悪意だけ。それなら、逆も然り……か」

「案外、友達になれるのかもしれないね。道さえ、正しければ」

「……ソレはソレで、問題よ……」

 苦々しげに呟くスイープ。

 確かに、そっくりさん(彼女達)と分かり合えるとしたら。ソレは喜ばしき事かも知れない。

 でも、ソレなら彼女達のオリジナル。連れ去られた本当の彼女達はどうなるのか。

 如何に心境だけが変わった所で、彼女達は依然として『そっくりさん』のまま。

 オリジナル達が在るべき場所を塞ぐ存在。

 彼女達が在る限り、オリジナル達は帰って来れない。勿論、キタサンブラックも。

「それじゃアタシ達は……あの娘は、何の為に頑張ってるのよ……?」

 有り得ない。

 そんな事、許せない。

 でも。

 それでも。

 視線の先では、楽しそうにはしゃぐシャノ。

 自分と。

 オリジナルと。

 キタサンと、同じ様に。

 

 生きている、姿。

 

 オリジナル達を取り戻すと言う事は。

 そっくりさん(彼女達)を消すと言う事。

 彼女達の『生』を、終わらせると言う事。

 そうするしかなかった。

 そうするべきと思っていた。

 でも、ソレは全て。

 そっくりさん(彼女達)がウマ娘ではないから。

 正しく、生きる存在ではないから。

 化け物だから。

 そう思えたから、『騙す』事が出来た事。

 でも、シャノは。

 今の彼女は。

 そして、彼女がそうなら。

 きっと他のそっくりさん達も。

「……どうしろって、言うのよ……」

 事態は、好転なんかしていない。

 寧ろ、顕になったのはより悍ましい事実。

 大切な者の為に、『殺さねば』ならない。

 自分と等しく、生きる者を。

 大切な者と、等しく在る者を。

 これ程の地獄が、何処にあろうか。

 煮沸される思考から逃げる様に、また視線を上げる。

 シャノが、見ていた。

 真っ直ぐに、スイープを。

 穏やかな、微笑みを浮かべて。

 『大丈夫』。

 『心配しないで』。

 と。

 耐えられず、目を逸らす。

 ああ。

 ああ。

 何でよ。

 何でそんな顔をするのよ。

 恨んでよ。

 呪ってよ。

 生きたいんだって、喚いてよ。

 化け物として、狂ってよ。

 アンタの、仲間達みたいに。

 そうすれば。

 せめて、そうならば。

 それでも。

 彼女は言う。

 皆の光の中で。

 温もりの中で。

 満たされ切った顔で。

 

 ーーもう、十分だからーー。

 

 と。

 

「大丈夫……道は、在るよ……絶対に……」

 振れながら回る遁甲盤を見つめ、リッキーは呟く。

「絶対……絶対に在る……誰も、誰も泣かなくて良い道が……」

 プーカの理に閉じられたからだろう。地脈が、龍脈が遠い。

 風水の摂理が、乱れている。

 それでも、彼女は諦めない。全ての神経と、精神と、知識を総動員して道を探る。

「見つけてみせる……絶対、絶対……!」

 大切な、あの子の為に。

 頑張ってる、皆の為に。

 変わろうとしてくれる、あの子の為に。

「泣かせるもんか……誰も、一人だって……」

 皆の、笑い声が響く。

 その中に。

 彼女と同じ決意を抱いて。

 

 ◆

 

「……何で、こうなっちゃったんだろう……」

 束の間の明るさに満ちる部屋。其処から外れたドアの外で、サクラローレルはポツリと独り言る。

 自分は、あの誰も幸せになれなかった世界を変える為にこんな事をした。

 結果、確かに事の流れは変わった。

 けれど、ソレで生じたのは別の地獄。

 まさか、ただの化け物としか思っていなかったそっくりさんに確かな『心』が生じるなんて。

 皆は、見てしまった。

 知ってしまった。

 触れてしまった。

 そっくりさん(彼女達)の、真実の欠片に。

 皆はもう、非情になる事は出来ない。

 出来る筈が無い。

 一度心を交わした相手を、その手で消すなんて。

 例え出来たとしても、ソレは皆に傷を遺す。

 一生消えない。

 奈落の様に深くて。

 熱毒の様に痛い傷。

 全部じゃない。

 一部。

 心を晒したそっくりさん。

 ソレを知った皆。

 両方とも、本当にほんの一部だけ。

 そっくりさんの大半は今だ化け物のままで。

 生徒の大半も、その姿しか知らない。

 彼女達を扇動すれば、事を起こす事は可能。

 でも、その様はきっと。

 

 人が憎悪と恐怖のままにウマ娘を狩る、あの未来(地獄)の光景の鏡写し。

 

 汚泥が吹き出す様に沸いた記憶。

 込み上げた吐き気に、口を押さえてしゃがみ込む。

 ソレは。

 ソレだけは。

 そんな光景が刻まれない様に、私は。

 私は、何だと言うのだろう。

 私は、そっくりさん(彼女達)を消したかったのだ。

 私の。皆の。ウマ娘の。そして、縁を繋いだ人間達の世界を。未来を。幸せを滅茶苦茶にしたそっくりさん(彼女達)を。

 同じ様に滅茶苦茶にしてやりたかったのだ。

 復讐。

 詰まる所、目的はソレ。

 今の皆の行く先なんて、あくまで副次の結果。

 そう思って。

 そう願って。

 そう決めて。

 その妄執が、この悍ましい奇跡を起こした。

 なのに。

 この期に及んで、私は。

 扉の向こうから、また笑い声。

 ビクリと震える。

 ああ。

 駄目だ。

 駄目だ。

 此処は、眩しい。

 眩し過ぎる。

 悪意が生むのは悪意だけ。

 呪いが生むのも呪いだけ。

 だから、私の呪いは新しい呪いを生んでしまった。

 呪いは、化け物が齎すモノ。

 なら、私はやっぱり化け物だ。

 化け物と定めたそっくりさんから生まれた。

 また別の化け物だ。

 あの子達とは、もう違う。

 あの光の中には、もう居れない。

 在っちゃいけない。

 許されない。

 ああ、眩しい。

 眩しいよ。

 愛しくて。

 尊くて。

 痛い。

 居なくなろう。

 早く。

 早く。

 遠くへ。

 この光の届かない場所へ。

 私の、化け物の呪いが。

 あの子達を穢してしまう前に。

 フラフラと立ち上がり、そのまま外へ向かおうとして。

 

「何処へ行く?」

 

 聞こえた声に、凍りついた。

「聞こえなかったのか? 何処へ行くつもりだ」

 ソレは、彼女が一番求めていた声で。

 だけど、一番見られたくなかった声。

「こっちを向け」

 いっそ逃げ出して仕舞おうと思ったが、身体が言う事を聞かなかった。

 ゆっくりと、振り向か『される』。

 まるで、もう一つの意思がそうするかの様に。

 腕を組んで戸口に立ったブライアンが不機嫌そうな顔で睨んでいた。

「ブライアン……ちゃん……」

「……湿気た顔をしているな」

 ボソリと呟くと、立ち尽くすだけのローレルにつかつかと近づく。

 あっと思った時には、腕を掴まれていた。

「な、何……?」

「少し付き合え。どうせ、やる事も無いのだろう?」

「付き合えって……」

「シリウス、『借りる』ぞ。構わんな?」

「ああ、好きにしな」

 部屋の騒ぎを他所に、優雅に紅茶(タキオンの秘蔵をデジタルが淹れてお捧げしたモノ)なぞ嗜んでいたシリウスシンボリがニヤリと笑って了承する。

「行くぞ」

 言ったブライアンはローレルの腕を掴んだまま歩き出す。

「行くって、何処に……い、痛いよ! ブライアンちゃん!!」

 悲鳴を上げるローレルに構わず、ブライアンは進む。掴んだ手は緩む事無く。逃げる事など許さないと言うかの様に。

 そんな二人をヒョコヒョコと部屋から出た二つの頭、その目が追う。

「私達も行きましょう!」

「はい!」

 後を追って飛び出して行く二輪の桜。

 部屋に残る者達は、ただ黙って送り出す。

 ただ、信じて。

「さぁて、お手並み拝見と行かせて貰うぜ。『怪物』さんよ」

 シリウスは呟いて、ニヤリと笑う。

 

 ◆

 

「此処は……」

 引っ張って来られた場所を見て、ローレルは唖然とした。

 レース場。

 敷かれた芝こそ公式に比べれば荒いが、そこは確かにターフのレース場だった。

 学園の者なら、知っている。

 シリウスが仕切る、フリースタイルの野良レース場。

 ウマ娘の、走る事への渇望。ただソレを満たす為だけの場所。

「どうして、こんな……わぷっ!?」

 どう言うつもりか尋ねようとした顔に、何かが放られた。

 視界を遮るソレを取って見る。

「私の……運動着?」

「さっさと着替えろ」

 かけられた声にハッと視線を向ければ、制服を脱ぎ捨てるブライアンの姿。

 下にはもう、自前の運動着が着込まれている。

「ブライアン、ちゃん……?」

「競(や)るぞ」

「!?」

 投げかけられた言葉に、今度こそ息を呑む。

「確かめてやる。お前が、本当に化け物とやらになったのかを」

 向けられる視線は、既に獲物を見据える肉食獣のソレ。

 いつかの自分が。

 永久にと焦がれた、『怪物』の眼差し。

 運動着を握り締める手は、もうじっとりと汗が吹いて。

 とっくに忘れた筈の鼓動が、トクリと鳴いた。

 確かな。

 命の声。

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