鎖影の庭   作:土斑猫

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【夢閉じの誓い】

 感じる。 

 感じる。

 感じる。

 風。

 流れ行く気流。

 激しく。

 そして厳しく。

 身体を撃って。

 呼吸を裂いて。

 けれど、優しく囁いて過ぎて行く。

 土。

 揺らがない大地。

 受け止める硬さ。

 跳ね返す強さ。

 全身の筋肉を、此れでもかと攻め抜いて。

 それでも、放る事無く抱き止める。

 芝。

 緑の芝。

 清しい匂い。

 懐かしい香り。

 愛しい記憶。

 私の、故郷。

 

 いつかのまま。

 あの時のまま。

 全部。全部、絶えぬ夢のまま。

 

 でも。

 でも。

 でも、その中で。

 

 私はもう。

  

 キミに、追い付けない。

 

 ◆

 

「は、はぁ……はぁ、はぁはぁ……は……ケホッ、ゲホッ!」

「……話にならんな」

 芝の上に崩れて、整わない息を吐くサクラローレル。

 遂には咳き込んでしまう彼女を見下ろし、ナリタブライアンはそう呟いて少しだけかいた汗を拭った。

「む、無茶……言わないで、よ……私……どれだけ、ブランクが……」

「ソレは『中身』の話だろう。その身体は、『現役(今)』のサクラローレルの筈だ」

「……!」

 一瞬、息が止まった。

 そう。『あの』記憶を持つ自分は、魂だけの話。この身体は『今』のサクラローレル。

 一番充実していた頃の、肉体。

 この、シャドーロールの怪物と渡り合えた程の。

 と、言う事は。

「は……はは……そっか……そう、だよね……」

 アスリートは、身体だけで完成する訳ではない。

 幾ら身体が完成していたとしても、ソレを万全に繰れるかは精神の有り様に委ねられる。

 心が腐れば、幾ら肉体が仕上がっていたとしても。

「……分かってた、つもりなんだけどなぁ……」

 また、咳き込んで。乱れる心臓を握り潰す様に、胸を掴んで。どうしようもなく、また咳。

 自嘲に笑って。仰向けに。

 芝の上に、大の字に寝転んだ。

「私は……私は……」

 もう、サクラローレルではなく。

 ウマ娘でもなく。

 呪いと憎悪に塗れた。

 ただ一匹の、化け物なのだ。

 そんな事、分かってた筈なのに。

 覚悟も決意も、終わらせた筈だったのに。

 こうやって、突き付けられて。

 こうやって、『キミ』に。

「あーーーーーーーーっ!!」

 叫んだ。

 思いっ切り、叫んだ。

 流れる霧が。狭間で止まった白空が。驚く様に揺れる。

「ちくしょうーーっ!!」

 迸る叫びは、膿。

 あの日。

 あの時。

 世界の全部が、崩れてしまったあの時から。

 ずっと、ずっと。

「ちくしょう! ちくしょう!! ちくしょう!!!」

 心に付いた傷。

 化膿して、爛れ落ちた傷から湧き落ちた膿。

 ずっと、溜まり続けてた。

「ちくしょうーー!!」

 吐き出したって、無くなりはしない。

 傷は癒えない。

 癒やしない。

 だから、ずっと飲み込んでいた。

 吐き出しても、意味が無いから。

 でも、堰が切れた。

 彼女のせいか。

 それとも、彼女の前だからか。

 彼女にだけは、そんな醜態を思っていたのに。

 今、晒してしまった無様の方が。よっぽど。

 他の事なんか、どうでも。

 本当に、どうでも良くなってしまうくらいに。

「頑張ってたのに! 走り続けてたのに!! 追いかけて、追いかけて!!!」

 

 ーーやっと、届いたのにーー。

 

「くそっ! くそぅ!! 馬鹿やろー!!!」

 言葉の体なんて、成しはしない。

 ただ、叫ぶ。

 喚く。

 泣き叫ぶ。

 そう。本当にしたかったのは。

 復讐とか。

 憂さ晴らしなんてモノじゃなくて。

 ただ。

 ただ。

 もう一度。

 いつからだろう。

 願いと。

 手段と。

 ひっくり返ってしまったのは。

 

 叫びは、やがて慟哭に。

 子供の様に泣きじゃくるローレルの側に、ブライアンはただ立ち続けた。

 いつまでも。

 いつまでも。

 ただ静かに。

 立ち続けた。

 

 ◆

 

「……気は、済んだか?」

 寝転んだまま、両腕で顔を隠しているローレルに向かってブライアンはそう問うた。

「……最悪だよ……」

 少しでも体裁を整えようと出した声は、やっぱり情け無い声。

 もう良いや、と諦める。

「キミに……よりにもよってキミに、こんな……こんなみっともない……」

「悔しいか?」

「悔しいよ! 決まってるじゃない!!」

「なら、お前は今でもウマ娘のままだ」

「!」

 息を飲んだ。凝視する眼差しを、ブライアンの目が見つめ返す。

 彼女の目だった。

 飢えた目。

 走りと闘争と、勝利への渇望に満ちた獣王の目。

 いつかの自分が焦がれて。

 そして、今の自分も追いかけ続ける。

 正しく、サクラローレルと言う命の生涯の導。

「戦いに敗れて腹が立つのは、ウマ娘(私達)の本能だ。その衝動があるなら、お前はウマ娘だろう? 化け物などではない」

 断言された。

 キミに。

 乱れた鼓動が、一際大きく。

「でも……私は……私は、もう……」

 私の世界は、壊れてしまった。

 例え、私が私のままであっても。

 私のウマ娘としての願いは、もうあそこには無い。

「……約束を、したのか?」

「え……?」

「未来の私は、お前と約束をしたのか?」

 頷く。

 『そうか』と素っ気ない返事。

 そう。あの日のキミも、そんな素っ気ない調子で頷いてくれた。

 今でも、覚えてる。

 忘れや、しない。

 それもまた、あの崩壊の中で有耶無耶になってしまったけど。

 ああ、夢であったら。

 あの絶望が全て、悪い夢であったなら。

 そうであれば。

 私は、もう一度キミと。

「夢だ」

「!?」

 不意にブライアンが呟いた言葉。

 まるで思考を読んだかの様なソレに、呼吸が止まる。

 思わず上体を上げたローレルに構わず、彼女は続ける。

「お前の見た地獄が未来だと言うのなら、現在(ここ)でのやりようでどうにでもなる筈だ。なら、私が変えてやる。そして、お前が見た地獄を全て泡沫で消える悪夢に変えてやる」

「ブライアンちゃん……」

「約束をしたと言うのなら、少なくともその時のお前は私が狩るに値する獲物だったと言う事だろう。折角の獲物を、無粋な横槍で食い損ねるのは面白く無い」

 出そうとした声は、形に成らず。ただ、いつか置き去りにした疼きが胸を満たす。

「だから、お前も登って来い。私の歯牙が届く場所まで、もう一度」

 疑念が消えた訳じゃない。

 不安が絶えた訳でもない。

 一度確定した未来を。

 閉鎖してしまった可能性をこじ開けるなんて、至難の業。

 無理だし。

 無駄だし。

 無謀。

 でも、そんな擦れた思考は全部疼きに飲み潰されて。

 何か言いたくて。

 何か返したくて。

 喉で絡む声を絞り出そうとした、その時。

「そのとーり! です!!」

 突然ぶっ飛んで来た大声に、張り倒されて咽込んだ。

 咳き込む背中を、誰かが抱き締める。

 良く知る香り。

 自分とは違う、桜の香。

「捕まえました。今度こそ」

 回した腕にしっかりと力を込めて、サクラチヨノオーがそう言った。

「チヨちゃん……」

「ねえ、ローレルさん。私は、小娘です。今の貴女に比べたら、人の怖さも、心の醜さも、世界の意地悪さも分からない、未熟者です。でも、貴女を泣かせたくない気持ちは間違いないって言えます」

 抱き締める腕は強く、暖かい。

 春の、日向の様に。

「積もり切ってしまった雪はもう除けられないけど、降り始めたばかりなら溶かせます。ちっぽけな、日差しでも。だから、私達が溶かします。溶かし続けます。貴女がもう一度、約束の場所に立てるまで。約束のその先に、進めるまで。だから、お願いです。どうか、貴女も」

 

 此処に居て。私達が照らせる、この場所に。

 

「そのとーり、です!!」

 先と同じ言葉が、爆撃の様な声で周囲を揺らす。

 振り向くと、そこにはガイナ立ちで胸を張るサクラバクシンオーの姿。頭を過ぎる、バイバイシリアスの気配。

「水臭いではありませんかローレルさん! 何故その様な大事、私達にご相談くださらなかったのです!?」

 ズオオッとバクシンして来た彼女に肩を掴まれ、ガックガックと揺さぶられる。ちゃっかり場所を空けてるチヨちゃん。

 うん、こんなノリになるって分かってたから。

「話はチヨノオーさんから聞きました! 今の貴女が、どう言った者か! 貴女が、どうしてそうなったのか! 貴女が、何を見て! 何をしようとしたのか! や、すっかり理解した訳でもないのですが……それでも!」

 コツン。

 軽い衝撃。

 彼女のチャームポイントであるおでこが、ローレルのおでこに当てられた。

 間近で輝く、春の彩。それが梅雨時の様に濡れていたのは、気のせいか。

「貴女が、私達の事を思って頑張ってくれた事は分かります。ありがとう、ございます」

 温もりを確かめる様に、想いを伝える様に。目を閉じる。

 ああ、違う。

 違うよ。

 私は、そんな尊い想いの元になんて動いてない。

 この衝動は、もっと昏くて。

 穢れていて。

 愚かしいモノ。

 未来を変えようなんて、思ってなかった。

 変えられるなんて、思えなかった。

 ただ、憎くて。

 呪わしくて。

 壊されたから、壊してやろうと思っただけ。

 

 でも、そう思ってくれたのも。トレセンの皆(私達)を想ってくれたから。  

 

「だから、此処からは私達も一緒です!」

 文字通り、逃げようとする心を捕まえて。

 彼女はビシッと空を指差す。

「桜は、冬が去りて咲くにあらず! 桜が咲きて冬を散らすのです! ローレルさん!」

 流れる様に、差し伸べられる手。

「貴女が一人、背負う理由はありません! 三本の矢の教えよろしく、一バクシンでは超えられぬ壁も三バクシンならば必ずやぶち抜けます! 力を合わせましょう!如何な困難理不尽があろうとも、我らヴィクトリー倶楽部のバクシン劇で粉砕して差し上げましょう! 新しき道は、私達がバクシンの後に生まれるのですから! バクシン!! バックシーン!!!」

「私も、そう思います」

 反対側から、またチヨノオー。

「もう、絶対に一人ぼっちになんかしませんから」

 冷たくなった手を握る温もりは、もう決して離さないと言う意思。

「確かにさっきの走りは食えたモノじゃなかったが……」

 絡み合う三人を横目で見ていたブライアンが、再び口を開き。

「フォームや位置取り、その他の技術はそれなりだった。忘れてはいない。お前の魂も」

 もう一度、楔を刺す。

 二度と彼女が、迷子にならない様に。

「狩場は空けておく。悪夢は覚める。だから、もうこれ切りだ」

 

 戻って来い。サクラローレル。

 

 三人が、揃えて言った。

 

 ソレは、彼女達だけでない。

 サクラローレルに縁持つ、全ての者の想いが込められた。

 優しい。

 優しい。

 呪(まじな)いで、呪(のろ)い。

 永久に。

 久遠に。

 永遠に。

 ああ、この人達は放さない。

 放してくれない。

 放さないで、いてくれる。

 

『……思い出した?』

 夢と現の狭間で、『私』が問うた。

『みんな、こんな感じだったでしょ? ちょっとだけ、立ち止まって見れば良かったんじゃないかな? 居てくれたんだよ? 側に』

 答える事は出来ない。

 そんな、優しい世界では無くなってしまっていたのは確か無い事だから。

『……怖いね。そんな事も叶わない世界だなんて。本当に、怖かったね』

 そう、どんなに慰められても。

 どんなに、『こうすれば』と諭されても。

 そんな可能性は、全て埋まってしまった後で。

 何もかもが、遅かったから。

『でも、『これから』なら、間に合う』

 間に合うだろうか?

『間に合う。間に合わせるよ。『私』が此処に在た意味を、無駄になんかしないから。私も、皆も』

 意味なんて、有っただろうか?

『在った。だから、シャノちゃんとも繋がれて。皆が本当を知れて。皆が、力を合わせる道が出来た。全部、『私』が居たから』

 ……そうか。

 私が在った意味は、有ったのか。

『どうしたの?』

 ふらりと揺れて。

 抱き止められた。

『ああ、そうか』

 私が笑う。

 優しく。

 優しく。

 とても、優しく。

『頑張ったもんね。とってもとっても、頑張ったもんね』

 慈しむ声は、子守歌の様に。

『良いよ。休もう。少し。ほんの少し。目が覚めたら、夢は消えるから。怖い夢も。痛い夢も。悲しい、夢も。全部消えて、元通り』

 いつか振りの穏やかな微睡み。その向こうで、私が歌う。

『元気が出たら、また走ろう。あの、ターフの上を。皆、皆、一緒に』

 伸びて来た手が、撫ぜる様に瞼を閉ざす。

『お休みなさい。偉かったよ……サクラローレル……」

 堕ちる間際。感じた風。確かに懐かしい。ターフの匂い。

 

「ローレル、さん?」

 顔を上げたローレルの瞳に、先までとは違う光を見たチヨノオー。声をかけた彼女に、ローレルはニコリと笑いかけ。

「ただいま、チヨちゃん」

 と言った。

「やや!? もしや!」

「……『こっち』の、ローレルさん……?」

 そう問われて『うん』と頷き、『心配させて、ごめんね』と頭を下げた。

「あの方は……未来のローレルさんは、どうしたのですか?」

 喜びつつも、心配も隠せない。そんな様子の二人を、愛しそうに見つめて。

「眠っちゃったよ。少し、疲れたって」

 その言葉に、ホッと下りる安堵の空気。

「次に目が覚めた時には、全部夢にしてあげたい。誰かさんが言ったみたいに」

 ローレルにウィンクされたブライアン。フン、と受け流す。

「だから、もう少しだけ手伝って欲しい。良いかな?」

「勿論です!」

「我ら三人、向かう所に敵はありません!」

「よっし! なら、ヴィクトリー倶楽部サクラ前線! 始動!!」

「おーっ!」

「バクシン! バクシーン!!」

 鬨の声を上げる三人を横目に、ブライアンは宙を仰ぐ。

(そうだ。私も、もう逃げん)

 先の時、エアグルーヴの姿をした彼女が吐いた怨嗟。感じた恐怖を捩じ伏せて。

(お前達も、食い逃すつもりはないぞ。アマさん、マヤノ……)

 白ボケた空の向こう。何処かにいる筈の好敵手達に呼びかけた。

 

 ◆

 

「…………」

 そんな彼女達を、離れた木陰から見る影が一つ。

「……ブライアンさん……」

 溢れた声は、強い我欲と羨望に揺れる。

 自分では入り込めない光に満ちた世界に、マヤノトップガンの姿をした彼女は苦しげに爪を噛んだ。

 そっくりさん(自分達)の事は、もう多勢の生徒に気づかれてしまった。否、そもブライアンはマヤノの変化には当の昔に気付いていた。

 それほどまでに、彼女はマヤノを気に掛けている。

 本来なら、マヤノと同じ情をコピーする自分にとっても好ましい事。けど、今はソレが呪わしい。

 そっくりさんが自分達に害なす可能性が有ると察したオリジナル達が、どんな行動に出るか分からない。

 そっくりさんとオリジナル。そっくりさん(自分達)のアドバンテージは理性のブレーキの効き具合が甘い事。荒事に及べば、躊躇いが生まれるオリジナル達よりも先手が取り易い。

 然りとてソレも、あくまでオリジナル(彼女達)が此方を『同類』と認識してくれる上での事。

 そっくりさんが害意と敵性ある存在で、尚且つ『化け物』であると認識されれば話は変わる。

 そっくりさんは、オリジナルの影でありコピー。

 オリジナルの奥の奥。底の底にある暗部も知っている。

 ウマ娘は、人と心を通じる存在。 

 つまりは心の根底は人に等しく。

 人心が孕む攻撃性もまた、ウマ娘も有している。

 故に、昨夜の変事からそっくりさん側の中核が下した判断は『隠れる』だった。

 今の昂ったオリジナル達と面と向かうのは危険。

 暫し身を隠し、彼女達が心身共に疲弊するのを待つ。

 融和は有り得ない。

 そも、そっくりさん(自分達)がそれほどの理性を維持出来ない。

 相対すれば、最悪。

 だから、隠れる。

 先なんて無いに等しいけど。

 自分達が身を守るには、唯一の手段。

 けれど、オリジナルが想う対象への情動はそっくりさんにとって最も強い衝動。

 終わりが見えない『おあずけ』を堪えかねた何人かが、強硬手段を企てていた。

 マヤノの姿をした彼女も、その一人。

 このままではブライアンを手に入れる機会は訪れない。ならいっそ、力尽くで……と考えた。

 けれど、いざ後をつけて見たら。

 あの有り様。

 駄目だ、と思った。

 力に任せるには数が多過ぎるし、ローレルの得体の知れなさも怖かったけれど。

 やっぱり、眩しい。

 あの中に踏み入る事を。

 あの聖域を穢す事を。

 自分の内の何かが拒んでいる。

 ああ。

 だけど。

 だけど。

 だ け ど。

 欲しい。

 欲しいよ。

 ブライアンさん。

 本能同士の鬩ぎ合い。

 紛らわす様に、ガリガリガリと爪を噛む。

 鉄錆の味が、口の中を満たし始めた頃。

 

「マーベラース!!!」

 

「わぴゃあ!!?」

 唐突に張り倒しに来た大声に、例えじゃなく飛び上がる。

 振り返った先には、フッサフサのツインテールと輝く瞳。

「アハハ、ドッキリ成功☆ マーベラス★」

「ま、マベちん……」

 いつの間にか現れたマーベラスサンデーに、マヤノの姿の彼女は身構える。

 そっくりさんは、互いの存在を把握し合っている。このサンデーは、オリジナル。つまりは。

 『敵』。

「ど、どうしたの? マベちん。今は非常事態だし、一人じゃ危ないよ……?」

 幸い、自分は慎重派だった。変に我を晒したり、危うい真似をしたりはしていない。

 まだ、バレてはいない。何とか、はぐらかして。

「ま、マヤもブライアンさんが心配で出て来ちゃったんだけど……危ないよね? やっぱ。ブライアンさん、大丈夫みたいだし……マヤも戻るから、マベちゃんも……」

 言いかけて、気付いた。

 自分を見つめる、マーベラスの目に。

 キラキラと、星を宿した様に煌めく目。とても綺麗なソレが、ジッと見つめていた。

 まるで、何かを見透かそうとするかの様に。

「な……何……?」

「何で、行かないの?」

「……え?」

 かけられた言葉の意味が分からず、戸惑う。

 けれど、マーベラスは構わない。

「行けば良いのに。そうすれば、とってもマーベラスになれるわ」

「な、何の事?」

 訳が分からないマヤノに微笑んで、スッと指を指す。その先には、ブライアン達の姿。

「ーーーーっ!?」

 漸く意図を悟り、そして目を剥く。

 対するマーベラスは、変わらずニコニコと。

「行こうよ。皆は、とってもマーベラス☆ 友達になれれば、貴女だってマーベラス☆」

 嫌な予感が疼く。

 態度がおかしい。

 彼女とマヤノは、親友の間柄。なのに、コレではまるで。

「怖がらなくて大丈夫」

 彼女は続ける。優しく。容赦無く。影を照らす太陽の様に。

「皆も怖いし、貴女も怖い。でも、友達になれば怖いのは無くなる。マーベラスになれるわ。貴女も。皆も。そして」

 

 ーーマヤノもーー☆

 

「ーーーーっ!!」

 全身の血が、一気に下がる。

 確定。

 バレている。

 気付かれている。

 見透かされている。

 自分の、本質が。

 正体が。

 身体が動いたのは、本能だった。

 自分の終わりに通ずる導火線。

 その、火種。

 潰さなければ。

 着火される、その前に。

 振り上げた右手。猛禽類のソレの様に構えた爪で、彼女の顔を引き裂こうと。

「…………っ!!」

 出来なかった。

 どうしてだか、分からない。

 ただ、振り下ろした爪は止まった。

 逃げる所か、驚きすらしなかった彼女の眼前で。

「ほら」

 震える手が、唐突に温もりに包まれる。

 マヤノの手を握り、彼女は笑う。

 明るく。

 無垢に。

 聖女の様に。

 そして。

「やっぱり貴女は、マーベラス」

 限界だった。

 繋がれた手を振り解き、逃げ出した。

 だって、溶かされてしまいそうだったから。

 あの光に。

 優しさに。

 抗う術も、返す術だって有りはしないのに。

 マヤノが消えた薄霧の向こうを、マーベラスは見つめる。

 振り解かれた時に付いた爪痕。赤い雫が、涙の様に。

 

 ◆

 

「……一つ、腑に落ちない事があるわ」

「……何でしょう?」

 自分を見下ろしながら尋ねて来たスイープトウショウを見上げ、マンハッタンカフェの姿の少女、シャ・ノワールは小首を傾げた。

「プーカは、人やウマ娘を食べるのよね?」

「……はい」

「ソレ、プーカの逸話じゃないわ」

「……え?」

「『each uisce』よ」

「あっは・うしゅか?」

「そう。ケルピーとか、エッヘ・ウーシュカとも言うわ。プーカと同じ、アイルランドやスコットランドに伝わるウマ娘の姿をした水の魔物。人やウマ娘を水に引き摺り込んで食べる」

「…………」

「肝臓が嫌いで、ソレだけを食べ残すって所までおんなじ」

「…………」

 暫し考え、シャノはスイープに問い返す。

「……何が、仰りたいので?」

「そっくりさん(アンタ達)は、オリジナルの知ってた事しか知らないんでしょう?」

「はい」

「ウソね?」

 キョトンとする。

「カフェとは割と話す方だったけど、あの子プーカの伝承なんて知らなかったわ。なのに、そっくりさん(アンタ達)はプーカの事を知ってるじゃない?」

 シャノ、ちょっと困った顔をして。

「ソレは、プーカがそっくりさん(私達)の創造主だからです。そっくりさん(私達)の構成要素には、プーカも入っています。だから、プーカの事も知ってるんです。でも、それだけ。そっくりさん(私達)がオリジナルから継いだ知識は、プーカの事に関してだけで……」

「おかしいわ」

「……え?」

 腰を屈め、ポカンとする顔に自分の顔を寄せる。

「貴女、アッハ・ウシュカの事を知らなかったじゃない」

「……ええ、オリジナルのカフェはアッハ・ウシュカの知識はありませんでしたから」

「なら何故、『人喰い』の事を知ってるの?」

「……は???」

 スイープは言う。

 プーカの存在が知れてから、彼女はソレの事を調べ歩いた。

 どの話を見ても、プーカは人は攫えど食い殺すなどと言う逸話は無かった。

「分かる? 人喰いをするのは、あくまでアッハ・ウシュカって言う別の化け物なのよ」

 これが後から知識を仕入れる事が出来る人間やウマ娘ならば、何処かで知識が混じってしまった可能性もある。けれど。

「そっくりさん(アンタ達)は、『閉鎖された可能性』。オリジナルが持つ知識以外は持ち得ない。そして、カフェはアッハ・ウシュカの事なんか知らない」

 頷くシャノ。

 その顔は、いつしか真っ青になっていた。

 スイープが言わんとする事。

 その意味に気付いて。

「分かるでしょ? アタシ達の知るプーカは、人喰いじゃない。なのに、アンタの知るプーカは人を喰う。何処で混じったの? 人喰いの知識なんか無かったクセに!」

 シャノは絶句する。

 スイープの顔も、またカタカタと。

「ねえ! アンタの何処で混じったのよ!? その『二つ』は!?」

 導き出される答え。有り得る可能性。

 怖い。

 怖い。

 ただ、怖い。

 

 ◆

 

 「……小さな町のすぐ側に 小さなお山がありました……」

 終わらない朝焼けが差し込む窓。

 白けた空気が微睡む図書室の中に、愛らしい声の唄が流れる。

「……深く茂った森の奥 やっぱり小さな丸太小屋 一人で住まうお爺さん 悪戯しに来た悪い子に シャノンの煙吹きかけて 悪いお顔で話すのです……」

 椅子に座り、唄うのは小柄な娘。

 世から、ライスシャワーと呼ばれるウマ娘。

 手元には、古ぼけた絵本が一冊。一枚めくって、絵の無いページに目を細め。

「早く来ないかなぁ。ブルボンさん」

 クスクス笑って、また唄う。

 

 ……プーカは昔いっぱいいたもんだ……

 

 ……とても酷い性悪の 真っ黒白肌の妖精さ……

 少女は唄う。

 相引きに誘った想い人。

 彼女の香りを待ち侘びて。

 白い頬を紅に染め。

 小さな胸を高鳴らせ。

 

 ……だからお帰り坊や達 夕焼け降りる向こうから チャリチャリ鎖が呼ぶ前に……

 

 ああ、早く早くと。

 急かして思うは。

 

 ……すっかり怖じけた子供達 摘んだベリーも置いたまま……

 

 連れ立ち歩く、黄泉路の夢。

 

 ……転がる様に 帰るのです……

 

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