「……おいおい……」
「どう言う理屈でそうなった……?」
スイープトウショウとシャ・ノワールに切り出された話。その内容に、ナカヤマフェスタとシリウスシンボリは物凄く嫌な顔をした。
「流石に突拍子が無さ過ぎねぇか? 嬢ちゃん達」
「プーカの野郎が……」
ーー『二人いる』なんてーー。
「アタシだって嫌だわ。ヤダヤダヤーダ! ……で済むなら済ませたいわよ」
お嬢ちゃん呼びされたのが気に食わなかったのか、むくれながらナカヤマフェスタを睨む。
「相手がコッチの常識の範囲外だ。どんな可能性だろうと無い前提で否定すんのは上手くねェ」
そう言うエアシャカールに、シャ・ノワールが申し訳無さそうに頭を下げる。
「……すいません。私が、役に立たねばならない事なのに……」
「気にすんな。全知も全能も端から求めちゃいねェ。そう言う可能性があるって事だけでも引っ張り出してくれりゃ、十分だ」
「シャカさん……」
両手を握り合わせてウルウルの目をキラキラさせるシャノ。何だかんだ見た目はまんまマンハッタンカフェなので、そーゆー事されると著しく調子が狂う。
「しかし、流石に理解が追い付かないねぇ……。同じ存在が同一の時間上に複数存在する事象とは……」
「ヨグ=ソトース」
「ん?」
頭を捻っていたアグネスタキオン、ふと聞こえて来た声に目を向ける。
チョコンと座ってパックの豆乳など啜っていたネオユニヴァース。
「ヨグ=ソトース?」
「ラヴクラフトのクトゥルー神話体系に出て来る神さんだな。ソイツがどうかしたのか?」
説明が飛んで来たのがナカヤマフェスタと言う意外も良いトコだったので、目を丸くする。
「変な事を知ってるねぇ?」
「前にダチに誘われてやったTRPGでちょっとな」
「ほぉ、どんな経験が功を成すか分からないねぇ。やはり、機会を得たら何事でも経験しておくモノか」
感心しきりのアグネスタキオンをほっといて、ネオユニヴァースは説明を続ける。
「ヨグ=ソトースは時空の枷を持たない神性。the Outer Gods(外なる神)の副王。過去・現在・未来を含有し、あらゆる時間・空間に存在している」
部屋の中が、シンと静まる。
「……どっかで聞いた様な話だなぁ」
「おいおい、まさか今度はプーカが神さんレベルだとか言う訳じゃ……」
「ソレは『NO』と“affirmation”するをするよ」
即座に返った答えに、ホッとする。正味、これ以上の課題上乗せは勘弁願いたいのが正直な所。
「ま、そりゃそうでしょ?」
冷や汗を拭いながら頷くスイープトウショウ。
「そのレベルまで行っちゃったら、文字通りの『神様』よ? 規模が大き過ぎて、そもそもウマ娘(アタシ達)なんか眼中に無くなるわ」
人間がそこらを漂う微生物の存在を意に介さないのと同じ事。皮肉な事ではあるが、プーカが人やウマ娘に明確な目的を持って干渉して来る事。それがかのモノがまだ対応が叶う可能性を持つ事を証明する。
「ヨグ=ソトースは事例。その様な『possibility』もライクリーと言う話、だよ」
「空想(フィクション)だろ?」
「ボク達のイマジナリーは、ソウルが“輪廻”の旅の過程で“HAGO“したパラレルワールドのメモリー。わたし達の『空想』に“存在”する可能性は、必ず何処かの世界線に『現実』として実在する」
人が頭の中で思い描ける事象であれば、必ずや何処かに存在する。
此の世界の、まだ未知の領域か。
全く別の世界か。
ソレは、分からないけれど。
「そう言われて見れば、少し引っかかってた事があるね」
思い付いた様に、アグネスタキオンは言う。
「ファイン君が消失した際、そっくりさん達は『門が閉じた』と言っていた。ソレを私はトレセン学園(此方)と鎖影の庭(彼方)の繋がりが断たれたと理解したんだ。そして、ファイン君を連れ去るのが目的だったプーカも当然『向こう側』に居ると思っていた」
「道理だな。実際、アレからこっちじゃあそっくりさん達のやらかし以外にゃ妙な事は起こって無かった」
エアシャカールの言葉に頷き。
「そう。プーカの目的がファイン君で、更にシャノが言った様に自身の愉悦以外に興味が無いのなら、尚更プーカはファイン君の側……鎖影の庭に居なければならない。けれど……」
「トレセン学園(此方)側で、空間閉鎖(トンデモ)が起こった……か」
エアシャカールが、意を悟った様に呟く。
「そう。何せ学園全体を丸ごと世界から隔離してるんだ。私達の感覚で言えば、相当の大事さ。果たして、そんな大仕事を別の世界から境界越しに出来るモノなのだろうか?」
答えられる者は誰もいない。
これまでの話、全てが推測。
可能性を確定に変える決め手が無い。
「いや、転機は来る」
アグネスタキオンが放った言葉に、集中する視線。
「カフェがいる」
その名に、皆が顔を見合わせた。
忘れていた訳ではない。ただ、話題に登らせるのが怖かった。
彼女が連れて行かれた先。
鎖影の庭。
異界。
魔性の掌の中。
その魔性の、更に悍ましい面が顕になったばかり。
彼女はプーカが招く事を拒んだ自分が行けば、何かしら解決の切っ掛けが掴めるかもと言っていたが。
正味、此処に至ってそんな事を期待している者はほぼ居ない。
今、どうしているのか。
無事で、いるのか。
無事に、帰って来て欲しい。
ただ、それだけ。
けれど、アグネスタキオンは違う。
恐らくは、マンハッタンカフェの身を誰よりも案じているだろう彼女は、ソレでもマンハッタンカフェの決意の成就を信じていた。
「……本当に、絶対なのですね。貴女にとって、マンハッタンカフェと言う存在は……」
「……カフェは私を信じて身を投じてくれた。だから、私もカフェを信じる。それだけの話だよ」
「……そう、ですか……」
呟くシャ・ノワールの瞳が、昏く光った事に気づく者は誰もいない。
「そんな悠長な事言ってて良いのかよ?」
戸が開く音と共に、苛立つ声。
立っていたのは、ジャングルポケットとアドマイヤベガ。
「よう、見回りご苦労さん」
「学園の方は、どんな具合だ?」
「静かよ。戒厳令が出てるのもあるけど、沢山の生徒が自主的に部屋に籠ってる。ルームメイトが偽物だった子とか、尚更」
シリウスシンボリの問いに、アドマイヤベガが答えた。
無理も無い。
昨日まで生活を共にしていた者が、知らぬ間に得体の知れないモノにすり替わっていたのだ。これほどに恐ろしい事など、そうそうありはしない。
「逆にカフェテラスとかで群れてる連中もいるな。同室や親しいのがパチモンだった奴らだ。一人で居るのも、二人っきりになるのも嫌だそうだ」
これも、当然の事。
一番に気付いて然るべきだった自分が、ソレも叶わず。失望と罪悪感と、また別色の恐怖。
その立場になった者にしたら、最早。
加えて、学園の外へ逃げ出す事すら出来なくなって。
怖い。
恐い。
コワイ。
何もかもが。
昨日までの平穏は、もう何処にも。
「……皆にゃ悪ィが、かえって動向が把握し易いのはありがてェな」
「それで、逃走したと言うそっくりさんの一団は何処に?」
「いねぇ」
アグネスタキオンの問いを突っぱねる様に、ジャングルポケットが答える。
「いない、とは?」
「言葉のままよ。いないの。この学園の、何処にも」
継いだアドマイヤベガが、困り果てた顔で言った。
そう。昨夜の事件によって危険を感じたそっくりさんの一部。逃走し、身を隠したらしい彼女達の行方を追って学園職員と生徒会による大捜索が行われた。
上は屋上から、下は地下牢まで。
文字通り、隅から隅まで。
けれど、見つからなかった。
逃走した人数はソレなりのモノで。今や密室と化した学園の外へ出る事も叶わないのに。
何処にも、いない。
「……『影』です……」
シャ・ノワールが呟く様に。
「……そっくりさん(私達)は、影ですから。影の中に、居場所が有ります。恐らく、皆は学園のあちこちの影の中に……」
「……はっ! そいつぁ、バケモンらしいこった!」
気味悪そうに聞いていたジャングルポケットが、吐き捨てる様に言った。
「ポッケ君」
咎めるアグネスタキオンを、ジロリと睨む。
「勘違いすんな。俺は『コイツら』を信用しちゃいねぇ。今更良い子振った所で、コイツらがフジさん達を碌でもねぇ事にしたってのに変わりはねぇしな。俺が此処に居んのは、フジさんを助ける為だ。そのバケモンと馴れ合う為じゃねぇ」
取り付くしまもない。
「人の言葉を話す? 心が有る? そいつぁ、人を騙せるってこった。定番だぜ? 人を獲って食うバケモンの!!」
シンと静まり返る空気。
ありったけの敵意を叩き付けて、踵を返す。
「……もう一回り、して来る」
「ポッケ君」
「タキオン!」
呼び止めようとした声を打ち消して。
「俺が腹立ててんのは、ソイツにだけじゃねぇぞ?」
「え……?」
「何で、カフェの事……こんな大事な事、黙っていやがった……?」
「それは……」
弁解の言葉を選ぼうとして、飲み込んだ。
背を向けた彼女の肩が震えている。
恐らく、今の自分が何を言った所で。その全ては彼女にとって薄ら寒い言い訳にしか。
「……コレでも俺は、ダチのつもりだったんだけどな……」
振り絞る様に言い残し、ジャングルポケットはまた駆け去って行った。
「……私も、概ね同じ気持ちよ」
残ったアドマイヤベガも、色の無い声で言う。
「貴女達がシャノ(その子)をどう思っていようと、私達にとっては今の事態の元凶に違いないの。トップロードさんとその子。どちらかを選ばなきゃならないなら、少なくとも私は迷わない」
冷ややかな目が、アグネスタキオンとシャ・ノワールを交互に見つめ。
「それだけは、承知しておいて」
「……ああ、分かっているよ」
アグネスタキオンの答えに『そう』と頷いて、彼女もまた出て行った。
「……ま、当然の反応だな。寧ろ、アッチの方が普通だろうよ」
ナカヤマフェスタの言葉に『ああ』と頷いて、アグネスタキオンは側のシャ・ノワールに。
「シャノ。分かってると思うが、彼女達は……」
かけようとした声が途切れた。
「シャノ?」
なかった。
たった今まで、側にいた筈のシャ・ノワールの姿が。
◆
「じゃ、私はもう一度寮の方を回って見るわ」
「ああ、気を付けろよ。アイツら、何するか分かんねーからな」
そんなやり取りを交わし、アドマイヤベガと別れたジャングルポケット。さて、自分は何処を回ろうかと思案する。
とは言っても、めぼしい場所はとっくに探された後である訳で。
「さーて、どうすっかな……」
頭を掻いた拍子に、何かが胸ポケットから落ちた。軽い音を立てて転がったのは、一輪の薔薇。フジキセキが寮から消えた際、残されていたモノ。偽者のモノと分かっていたが、捨てる事が出来なかった。
「いけね……」
拾おうとしたソレを、先に伸びて来た別の手が拾い上げた。
「あ、すんませ……ん!?」
渡しながらニッコリと笑う顔に、凍り付く。
「うぉわぁ!?」
文字通り飛び上がりながら、下がる。
「……先程は、どうも……」
ペコリとお辞儀する、良く知った姿の知らない彼女。
シャ・ノワール。
「テメェ、いつの間に……!?」
「……タキオンさんの部屋を出てから、ずっとついて来てましたよ? なかなか一人になってくれないので、声をかけられませんでしたが……」
そんな気配は無かった筈。
実際、自分のみならず一緒にいたアドマイヤベガも気付かなかった。
やはり、得体が知れない。
警戒して、身構える。
「……何の用だ? バケモン」
「ああ、ソレです。ソレ」
「は?」
首を傾げる彼女に、ニコニコと笑いかけ。
「先程は、随分と言ってくださいました。タキオンさんの前で、バケモンだなんだ」
「その通りだろうが」
ピリと感じる、嫌な気配。
それなりの荒事を潜り抜けて来た経験は、伊達ではない。
「暴言です。誹謗中傷です。差別です。晒されたくない本当を晒すのは、血も涙も無い非道です」
ペラペラと話す顔はとても楽しそうで、吐き出す言の葉とまるで合っていない。
ソレも、先までタキオン達の前で晒していた無邪気なモノでは無く。
やたらと、不安を煽る。
「何が言いてぇ?」
「まあ、端的に言いますと」
シャノワールの右手がユラリと揺れる。その手の中に、光るモノが見えた瞬間。
「一つ、仕返しなぞしてやろうと思った次第です」
スルリと走った黒猫が、ジャングルポケットの胸の中へと入り込む。
◆
「……小さな町のすぐ側に 小さなお山がありました……」
薄明るく、薄暗い図書室の中に鈴音の様な歌声が流れる。
司書席に座ったゼンノロブロイは、その歌を奏でる少女をジッと見つめていた。
ライスシャワー。
ゼンノロブロイのルームメイト。そして、親友の一人。
ただし。
彼女はライスシャワーであってライスシャワーではない。
アグネスタキオンやエアシャカール等、一部の者が『そっくりさん』と呼称する『ウマ娘の姿をした何か』。
スイープトウショウが始めたサトノダイヤモンドの意図不明の特訓。ライバルとしての縁で協力を申し入れた際、初めてその存在を告げられた。
困惑する彼女に向かってスイープトウショウは『無理して信じなくても良い』とだけ。
確かに、それだけなら荒唐無稽。嘘とするにしてもあまりに稚拙。でも、そう思う事は出来なかった。
その時点で、学園内に漂う妙な気配は確かなモノで。
特訓に励むサトノダイヤモンドの鬼気迫る様子は凄まじいモノで。
そして何より。
ゼンノロブロイ自身が感じ取っていた。
寮でのルームメイト。ライスシャワーの違和感を。
何がどうと言う事では無く。
ただ漠然と。
けど、気のせいとするには余りにも。
直接問いただせる様な事である筈も無く、ただ悶々と日々は過ぎ。
あの襲撃事件が起こった。
中継される動画に寮内が騒然とする中、暗い部屋の中でスマートフォンの画面を凝視していた彼女の姿を忘れない。
『仕方ないなぁ』と呟いて、薄く笑みを浮かべたその顔も。
「……プーカは昔いっぱいいたもんだ……とっても酷い性悪の……真っ黒白肌の妖精さ……」
静まり返る図書室の中、ライスシャワーの歌声だけが響く。
綺麗だけど、虚ろな旋律。まるで、古い蓄音器が歌う様。
ああ、やっぱり違うのだ……とゼンノロブロイは今更の様に確信する。
「……だからお帰り坊や達……夕焼け降りる向こうから……チャリチャリ鎖が呼ぶ前に……」
調べの意は、ゼンノロブロイも知っていた。
いつか、ファインモーションが寄付してくれた異国の絵本。その一冊に記されていたとある妖精の語りを説く文。
その妖精の名が、今回の事件に連なって出て来た時には驚いたけど。
そして、話を聞く限りかの妖精はあのライスシャワーにとって……。
「ロブロイさん」
「ひゃ、ひゃい!?」
思考に耽っていた所に唐突に呼びかけられ、慌てて返事をした。変な声で。
「ありがとうね。こんな大変な時に、お願い聞いてくれて」
いつの間にか歌を止めた彼女が、微笑みながらこっちを見ていた。
良く知る色の眼差し。その奥には、知らない彩。
ユラリユラリと笑うソレに、言い様も無い怖気が走る。
「ねぇ、ロブロイさん? ライスはね、嬉しいの。ロブロイさんが、『ライス』の事『ライス』って知ってていつも通りでいてくれた事」
そう。
事件の後、彼女は他のそっくりさんの様に逃げる事も隠れる事もしなかった。
当然の様に。
いつもの様に。
其処に居た。
だから、ゼンノロブロイもその通りにした。
真意を探ろうとか色々と理屈は付けたけど。何より、其処にそのまま在ろうとする日常を壊すのが怖かったから。
例えソレが、歪なまやかしであったとしても。
そんなゼンノロブロイに、彼女の方から声をかけて来た。
図書室を、開けて欲しい。と。
待ち合わせに使いたい、との事。
何か意図があるのかと探るゼンノロブロイにクスリと笑いかけ、『見てて良いよ?』と言った。
『ライスを見てくれた、お礼』と。
「だから、そこで見ててね。『ライス』の事」
繰り返す彼女を見る内に、気付く。
コレは、許可ではなく懇願。これから自分がする事を。自分がどう言うモノなのかを。
見て欲しいと言う願い。
自分が自分だと言う他者の了解。
それだけ。
微かに哀れと思った時、カチャリと戸が開く音がした。
ライスシャワーの姿をした彼女の顔が、パァと明るくなった。
戸口に立っていたのは、ミホノブルボン。『ああ、やっぱりな』と思うと同時に、燻っていた嫌な予感が燃え上がる。
情に狂ったそっくりさん達がどんな行動に出るかは、先だって証明されたばかり。
思わず立ち上がり呼びかけようとした所を、視線で制された。
『全て、承知の上』。
ミホノブルボンの目が、そう語る。
正しく、自分ですら気付く事を彼女が見抜けない筈は無く。それでなお偽ライスの誘いに乗って来たのは恐らく、否間違いなくオリジナルのライスシャワーを取り戻す手掛かりを得る為。
察すると共に意志の強さを悟り、ゼンノロブロイは声を飲み込んで腰を下ろした。
「ありがとう、ロブロイさん」
そんな彼女に心からの礼を述べ、偽ライスはミホノブルボンへと駆け寄る。
恋に浮かれる少女、そのままの表情で。
「えへへ、来てくれてありがとう。ブルボンさん」
「……何故、勝負服を?」
笑う偽ライスに、ミホノブルボンは冷ややかな声を向ける。
彼女が言う通り、偽ライスは勝負服を着ていた。
黒き刺客と呼ばれたライスシャワーを象徴する、漆黒のドレス。
「そうだよ。コレからするのは、『ライス』一世一代の勝負だから。着て来ちゃった」
「……ソレは、貴女の衣装ではありません」
衣装の裾を摘んでクルクル回る様にかけられる声は険しい。
「それはライスの……私の英雄(ヒーロー)の証であり誇りです。偽物(フェイク)である貴女が使用する事によって感じるノイズを、私は不快と理解します」
オルゴールの踊り子の様に回っていた身体が、ピタリと止まる。一転、壊れた自動人形(オートマタ)が軋む様に上がった顔。
なお笑みが張り付くソレに、ゼンノロブロイは確かな恐怖を感じた。
ソレを間近に向けられ、それでもミホノブルボンは揺るがない。
「私は、貴女の為に来たのではありません。ライスを取り戻す為に来たのです」
偽ライスの表情は動かない。
薄ら笑いを貼り付けたまま。
ミホノブルボンを見つめる。
ジッと。
ジッと。
「話す事はありません。ライスを、私の英雄(ヒーロー)を返してください」
此方も、会話をする気は毛頭無いのだろう。切り捨てる様に、そう言った。
「うん。やっぱり、ブルボンさんはライスの好きなブルボンさんだね」
返るのは、まるで揺らがない。寧ろ、嬉しそうな声。
「そう言ってくれると思ってたよ。そう思ったから、『ライス』はブルボンさんを此処に呼んだんだ」
「……どう言う事です?」
「ねぇ、ブルボンさん。ブルボンさんは、タキオンさんの所へ行った?」
ミホノブルボンの眉根が、ピクリと揺れた。見とめた偽ライスが、『やっぱり』と。
当然だろう。
昨夜の件で、隠されていた情報は一気に浸透した。アグネスタキオンとその一派が、対そっくりさんプロジェクトの最前線にいる事も。
災禍が想う相手に及んだ者が、接触を図らない筈は無い。
「なら、知ってるよね? ライスを連れ戻す方法」
ゼンノロブロイの身体が震えた。
ミホノブルボンは、能面の表情で固まったまま。
そう。彼女達は知っている。
異界に連れ去られたオリジナル達を取り戻す方法。
それは、オリジナル(彼女達)の『居場所』を塞ぐそっくりさん達を排除する事。
そうすれば、世界の理はその空洞を塞ぐべくオリジナル達を引き戻す。
つまりは。
「出来る? ブルボンさん」
明らかな確信を持った顔で、偽ライスが問うた。
明らかに凍り付く空気。
「出来ないよね? 出来るなら、とっくにやってるもん。ブルボンさん、『強い』から」
せせら嗤う。
「大変だね? 『心』が在ると。大事な事なのに、ブレーキがかかっちゃう」
確かに、簡単な事。
目の前に晒される細い首。
白百合の様にか細いソレを掴み、力を込めれば。
容易く手折れる。
それで、全ては元通り。
けれど。
出来る訳がない。ましてや、紛い物とは言え相手は己が想う者と同じ顔姿。刹那の苦悶も、断末魔も。彼女のソレ。
焼き付くは、どれほどの呪いとなるだろう。
「そんな顔しないで」
身じろぎも出来ないミホノブルボンに、偽ライスはしなだれかかる。
フワリと漂う香りさえも、同じ。忌まわしい事に。
「ねえ。ブルボンさんは、『ライス』を助けたいんでしょう?」
「…………」
肯定の沈黙。
当たり前の事を、今更に。けど、次の言葉が空気を変える。
「じゃあ、ライスが助けてあげる。『ライス』の事」
「!?」
ミホノブルボンとゼンノロブロイ。二人が同時に目を剥いた。
「……意味を、理解しかねます」
当然の困惑に、コロコロと笑う。
「簡単だよ? 『ライス』はブルボンさんが好きで、だからライスもブルボンさんが好き。好きな人が、悲しいお顔をしてるのは嫌だもの。だから、ライスがブルボンさんの悲しい原因を消してあげる」
オリジナルのライスシャワーが戻って来れない原因? ソレを、消す? つまりは。
「ライス、壊れてあげようか?」
余りにもアッサリと言った。
アッサリ過ぎて、理解が追い付かない程に。
「何を……!?」
言いかけたミホノブルボンの声が詰まる。
背中に回された、偽ライスの手。握られた短剣が、ミホノブルボンの背中に突き立てられる様に。
「でも、タダじゃ駄目」
ミホノブルボンの胸に顔を埋めながら、彼女は囁く。
「コレはね、ご奉仕じゃないよ? 取り引き」
グリグリと押し込められる刃は、衣装に合わせたイミテーション。けれど、真似事の筈のその行為が彼女の意思を如実に。
「ねぇ、ブルボンさん」
次に紡がれるだろう言葉を、場の誰もが理解する。
けれど、ソレを止める術は無く。
そして。
「ライスと一緒に、逝ってよ」
豊かな膨らみに埋もれ、表情は見えない。
けれども分かる。
彼女はやっぱり、笑っている。
先までとは違う、魔性の笑みで。
「ライスは壊れてあげる。そうすれば、『ライス』は戻ってくる。だから代わりに、ブルボンさんを頂戴。等価交換。良い考えだよね?」
ミホノブルボンは、答えられない。
ゼンノロブロイは、動けない。
「嫌なら、ライスはこのまんま。『ライス』は、帰って来れないよ? 夢の箱庭の装飾品で、ずっとそのまんま。ずっと、ずっと」
彼女は知っている。
そっくりさんの自分に、対価としての価値は無い。だから、ライスシャワーと言う命の対価は、同じ重さのミホノブルボン。
それで、天秤は釣り合うと。
「さ、どうしようか?」
魔性が笑う。
悪魔は囁く。
「ねぇ?」
汝の想いと生命の価値。
如何なる程か、示して見せよと。
「ブルボンさん」
魅せてみよ、と。