鎖影の庭   作:土斑猫

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【イキタイ】

 自分が善良なモノとは思っていない。

 良くない事だって考えるし。

 嫉妬とか。

 怒ったりとか、普通にする。

 今度の事も、そう。

 学園の生徒達が、『違うモノ』に変わっている。

 初めは変な噂と気にして無かったけど。

 あの夜に配信された動画から、全てがおかしくなって。

 友達が。

 大事な人が。

 違う何かになってしまったと言う声が確かになって。

 とても、とても。怖かった。

 ソレでも、自分は。

 自分の周りの皆は、大丈夫だと思っていた。

 どんな確証も、保証もないけど。ただ。

 思いたかった。

 でも、ポッケちゃんから。物凄く、真剣な顔をしたポッケちゃんからカフェちゃんの事を聞かされて。

 全身の血が、無くなった様な気がした。

 心臓が狂った様にドキドキして、グルグルと世界が回った。

 ふらついたわたしを、ポッケちゃんが支えて。

 『頼みがある』

 て言った。

 断りたかった。

 何を、虫が良い事をって。

 怖かったし。

 何より、腹が立って仕方がなかった。

 わたしだって。

 わたしだって、友達なのに。

 カフェちゃんの。

 タキオンちゃんの。

 友達なのに。

 どうして、言ってくれなかったのか。

 どうして、頼ってくれなかったのか。

 わたしは、そんなに。

 無力と、思われたのか。

 失望と絶望と、悲しいのがゴッチャになって。胸の中がドロドロした怒りで満たされた。

 けれど、そんなわたしを見たポッケちゃんが何かを察した様に『聞け』て言った。

 『お前がムカつくのは分かる。俺も、そうだった。なら知った事かと思ったし、タキオンの野郎は一発ぶん殴ってやろうかと思った。けど……』

 自分を、落ち着かせる様に大きく息を吸って。

 『シャノ(アイツ)と話をして、タキオン(アイツら)が俺達に頼らなかった理由が分かった』

 自分が見たソレを、思い出しながら。

 『そっくりさん(アイツら)は、ウマ娘(俺達)だ。ウマ娘(俺達)の、ドロドロした部分の塊だ。下手に近づきゃあ、見せつけられる。突き付けられて、オカシクなっちまう。良いヤツなら、良いヤツほどな。だから……』

 

 俺も、お前にゃ近づけたくなかった。

 

 そんな言葉に、胸がトクンと鳴った。

 頬が熱ったのを感じて焦ったけど、そんな熱はポッケちゃんの真剣な眼差しにすぐに消えた。

 『けど、違った。そっくりさん(アイツら)はウマ娘(俺達)の影だ。影は、本体に付いて来る。ずっと、ずっとだ。逃げても、関わらない様にしても、アイツらの方から近づいて来る。縋り付いてくる。だから、向き合うしかねぇ。真正面から』

 影。この世のモノじゃないモノ。そう言うのが苦手なポッケちゃんにとって、とても怖いモノの筈なのに。その目は、強い決意に燃えていて。

 『そうやって近くで見て、真正面から付き合わせて。見えた気がしたんだ。アイツの、シャノの『本当』が。でも、気がしただけだ。見透せねぇ。最後の底まで、見透せねぇ。『化け物』って、思っちまったから。自分で自分に、呪いをかけちまった。その先に、届かねぇ……』

 自分の迂闊さ、浅慮さに歯噛みして。臆病さと短絡さに溜息をついて。それでも。

 

 『だから、俺はシャノ(アイツ)と競(ヤ)る』

 

 キミはなお踏み込んで、そう言った。

 

 『アイツが俺達の影だって言うなら、そっくりさん(アイツ)の中にもウマ娘(俺達)が在る筈だ。なら、本気(マジ)で競(ヤ)れば。本気(ガチ)で疾れば、答えは出る筈だ』

 

 そう、わたし達はウマ娘。

 全ての答えは。

 

 ぶっちぎった後に、ついて来る。

 

 『だから、お前が見定めてくれ。俺が引っ張り出す、シャノ(アイツ)の『本当』を。アイツが、アイツらが化け物なのか。ソレとも、ウマ娘なのか。お前なら。お前なら、きっと』

 

 そう言って。

 肩を叩いて。

 キミは、わたしに微笑んだ。

 だから、決めた。

 わたしも。

 タキオンちゃんの様に。

 カフェちゃんの様に。

 そして、ポッケちゃんの様に。

 わたしも、出来る事をするのだと。

 わたし達の。

 皆の『いつも』を、取り戻す為に。

 

 初めて……否、改めて彼女を『ソレ』と認識して見た時、ダンツフレームは少しの不快を感じた。

 彼女は。『シャ・ノワール』と名付けられたらしい『そっくりさん』は、自身のオリジナルであるマンハッタンカフェの勝負服を着て現れた。

 言われてみれば、確かに親友の一人であるマンハッタンカフェとは纏う空気が違う。間違い無く。けれど、言われなければ気付けなかった。そんな自分に対する憤りと、彼女の偽物が彼女の大切な勝負服を己のモノの様に扱っている怒り。

 沸き立つ心をジャングルポケットからかけられた言葉でなだめながら『彼女』の側に立ち。

 見た。

 間近で見つめた彼女は、思ったよりも小さかった。元より自分はマンハッタンカフェよりは体躯に恵まれたダンツフレームではあるが、ソレを加味してももっと。

 自分から纏ったであろう勝負服を、酷く心地悪そうに。そしてブツブツと、呪いの様な言い訳の様な呟きを繰り返す様に。

(ああ、そうか)

 と理解した。

 この娘がとても小さいのは、自分を持っていないから。

 自分が自分を認めていないから、身に纏った勝負服にこの上ない虚しさを感じる。

 ソレでもオリジナルの勝負服を纏ったのは、ソレしかないから。オリジナル(ソレ)しか、支えとなるモノが無いから。

 ソレが無ければ。

 しがみ付くモノが無ければ。

 彼女は、追う事すら出来ないのだ。

 己らを、『烈光』と吼える『光』の後を。

 気付けば、彼女に話しかけていた。

 怯える様に距離を取ろうとするのを、追いかけて。

(同じ、だね……)

 己を蔑み。

 己に迷い。

 妬み。

 嫌い。

 それでも、目を離す事も叶わず。

 答えは遠く。

 力は及ばす。

 諦めの術すら。

 ただ、泣きながらの迷い道。

 同じ。

 同じ。

 いつかの、自分。

 そう。

 彼女達は、『そっくりさん』。

 我武者羅に駆け抜けた後。

 置き去りにした。

 いつかの、自分。

 

 ならば。

 それならば。

 導ける。

 教えて、あげられる。

 だって。

 日向と。

 日陰。

 立つ場所が違くても。

 『ウマ娘』なら。

 答えは、同じ。

 

 そして、ダンツフレームは確かに見た。

 彼女の顔を。

 何かを求め。

 決意して。

 

「シャノちゃん!」

 

 届いた声は、傾いだ身体が諦めと共に終わる前に。

 マンハッタンカフェではない。

 誰でもない。

 たった一つ。

 自分で望み。

 皆が認めてくれた。

 私の。

 私だけの、名前。

 

 ーー『シャノさん』ーー。

 ーー『シャノちゃん』ーー。

 ーー『黒猫』ーー。

 ーー『シャノしゃん』ーー。

 ーー『シャノ』ーー。

 

 ーー『シャノ君』ーー。

 

 鼓膜に響く声が、連鎖する。

 誰でもない。

 『シャ・ノワール』と彼女達が名付けた、たった一人。

 惹かれる様に、見る。

 ダンツフレーム。彼女が、見ていた。

 他の誰でもない。

 シャ・ノワール、一人だけを。

 恐怖も。

 嫌悪も。

 猜疑すらも無く。

 あんな眼差しは。

 否。

 アレは。

 

 見定めた。

 理解した。

 確信した。

 ジャングルポケットが感じたモノは、間違いではなかった。

 否。

 『わたし達』が、見誤る筈が無いのだ。

 あの。

 あの、顔の意味を。

 絶対に。

 なら、後は『彼女』自身。

 彼女自身が、到達しなければならない。

 自身の、答えに。

 なら、彼女が成さねばならない事はただ一つ。

 わたしが、しなきゃならない事もただ一つ。

 『わたし達』は、『ウマ娘』。

 答えは、いつだって。

 だから、今目の前で迷い子になった『同胞』に。

 示すべき道は、ただ一つ。

 

「走って!!」

 

 確かに、届いた。

 シャ・ノワールの耳に。

 彼女を彼女と認めた、皆の声を束ねて。

 彼女は、見た。

 自分を真っ直ぐに見つめる、ダンツフレーム。

 彼女に重なる、皆の眼差しを。

 

 そう。

 私は、マンハッタンカフェじゃない。

 宵闇の猫。

 シャ・ノワール。

 自分で願い。

 あの人達が、認めてくれた。

 そんな私が、消える?

 所詮、マンハッタンカフェの形代と。

 それ以上は無いのだと。

 安易に。

 漠然と。

 逃げて。

 諦めて。

 否。

 ソレすらも。

 せずに?

 

 何かが、キレる音がした。

 内の何処か。

 心と呼ばう、何処か。

 鎖の音。

 弾けて。

 消えて。

 満たすのは。

 

 皆の。

 

 高らかに鳴る衝撃に、崩れる様に座り込んでいた偽テイオーは立ち上がった。

 見開いた目の先に、曖昧な夢と諦めかけていた光景を。

 

 空を掻いていた脚が、足掻く様に再び地を咬む。

「そんな……」

 傾いだ身体を、撃ち込んだ脚一本で引き戻す。余りにも無茶な身の捌きに、軋む痛みが走る。マンハッタンカフェにも、爆弾は有る。脚の爪。彼女を幾度も地べたに縫い止めた呪い。等しく『記録』されたソレが、キシリキシリと怨嗟を叫ぶ。

 『コノ先ニ 行クハ能ワズ』と。

 けれど。

「そんな」

 存在そのものに刻まれた呪痛を、唇を咬み破った痛みと血の味で塗り潰す。

 如何程の事ではない。

 だって、あの目(人達)の前で。

「そんな、醜態……」

 

 咆哮が響く。

 

「さ ら せ る かぁあああ!!!!」

 

 渾身で、深く深く穿った脚が撃ち放つ。

 割れる爪の痛みも。

 無理矢理捻り戻した身体の軋みも。

 『言い訳』ばっかりの、悲しい自分も。

 そして、ターフは答える。

 正しく、そんな『生命(いのち)』の絶唱に。

 

「!」

 

 背後の気配が遠ざかって行く事を感じていたジャングルポケット。

 『駄目か?』と虚しい息を吐こうとした正にその時、背後で轟いた爆音に我に帰る。

 振り向いた先。吹き付ける、暴風の如き闘志。共に土草を蹴散らし、猛然と追い縋って来る彼女。

「お前……」

 言葉を成さない叫びを上げる有り様に、もはやモデルである筈のマンハッタンカフェの面影は無く。フォームは滅茶苦茶。完走する為の呼吸リズムすら、取れてはいない。

 けど、鬼気迫る表情と爛と輝く眼差しから迸る炎は如実に。そして雄弁に意思を伝えた。

 

 ーー諦めるのは嫌だーーと。

 

「は、はは……」

 ジャングルポケットの口から、笑いが漏れる。自然と上がる口角。収めようともせず、引きつく唇をペロリと舐める。

 昂ぶりを覚えた時の、彼女の癖。

「ははは! そうかよ!! ソレがお前の『本性』かよ!?」

 あの時。

 化け物と謗った彼女の瞳。その奥に見た真実。

 正しかった。

 間違っていなかった。

 引きずり出せた。

 そう。

 正しく、お前は。

「そうだよなぁ! 我慢出来ねぇよなぁ!? くだんねぇ屁理屈捏ねて、自分の走りにミソ付けるなんてよぉ!!」

 しかと前向いたシャ・ノワールの目。ギラギラと燃える金色。その視線が心臓を射抜き、悪寒とも高揚とも知れない震えが全身を走る。

 堪らない。

 ゾクゾクする。

「負けたくねぇよなぁ!? ぶち抜いて、捩じ伏せてぇよなぁ!?」

 敢えて、煽る。燻り、猛り始めた焔を更に大きくする為に。

 そう、もっと。

 もっと。

「良いぜ! 喰わせてやる!! 思う存分! だから!!」

 応じる様に、シャ・ノワールの速度が上がる。

 汗に塗れ、歯を喰いしばり、血走った目が睨む。

 ああ、何て美しい。

「はは、ははははは!!」

 前を向く。

 もう、目で見る必要など微塵も無い。

 真理は至った。

 確定した。

 そして、粋なオマケまで付いてきた。

 背後で、唸り声。

 圧を感じる。

 先までは、感じなかった。

 設定された機械と並走する様な、空虚な退屈。

 ソレは既に無く。

 油断すれば、喉笛を咬み破られる。

 悪寒と畏怖と。昂ぶり、狂喜。

 敵。

 牙を交えるに値する、好敵手。

 そして、喰いがいのある獲物。

 飢えていた。

 走りに。

 スピードに。

 闘争に。

 餌食とする快感に。

 目的は成せた。

 なら、後はお楽しみの時間。

 ゴールは近く。

 猶予は幾許も無いけれど。

 凝縮した熱は、どんな時流さえも凌駕する。

 さあ、喰い合おう。

 貪り合おう。

 この刹那を。

 この瞬間を。

 この一時を。

 幾重の輪廻にも勝る永遠に。

 我らウマ娘の、在り方。

 生き方。

 そして、業。

 その果てに。

 最高の、生き様を。

 

 ◆

 

「シャノちゃん……」

 まるで蛹の殻から抜け出した様に疾る彼女を見て、ダンツフレームは呟く。

 正しく、今の走りは自分の知る誰のモノとも無く。けれど、型を成さないソレはまだシャ・ノワールのモノとも言えない。

 無垢の走り。

 生まれたばかりの、本能まかせの走り。

 彼女が、『彼女だけ』に至るにはまだ足りない。

 彼女が其処に至るには、追い越さなければならないのだ。

 マンハッタンカフェと言う、彼女を閉じ込める閉鎖の扉を。

 ソレはまだ、以前と彼女の前にある。

 届かないかも知れない。

 でも、届くかも知れない。

 それでも、必ず見つかる筈。求める、答えも意味も。

 全てを、ぶっちぎったその後に。

 だから、ダンツフレームはただ願う。

 

「行け……」

 

 と。

 

 ◆

 

 愚直な同胞の奮起を、偽テイオーは息をするのも忘れて見つめていた。

 否、本当に呼吸が叶わない。

 息を吸う、刹那さえも逸らしたくない。

 逸らせない。

 身体が震える。

 込み上げる昂まり。何と言う感情なのかは、分からない。

 平坦な記録(コピー)に、コレを言語化出来る視野は無く。

 それが、悔しくてもどかしい。

 戦慄く心臓を、ギュッと握って。ただ一つ、理解出来たのは。

(ああ、そうか……)

 意味無き記録と定めた中で、ソレでもなお輝く映像。

(『キミ』が、『あの娘』から受け取ったのも……)

 いつかの記憶。

 枯れかけた魂に、もう一度火を付けた青の種火の記憶。

 トウカイテイオーと言う少女が受け取った、竜骨の星達の願いと奇跡。

 叶わぬモノ。

 偽物たるそっくりさん(自分達)では成し得ぬと思っていたモノ。

 きっと、同じ形ではないけれど。

 同じと思う事も、烏滸がましいかも知れないけれど。

 ソレでも、確かに。

 だから、せめても祈る。

 証明してくれた、大切な同胞(トモダチ)。

 彼女が、求める先へ至れます様に。

 

「行け……」

 

 と。

 

 ◆

 

 息が苦しい。

 脳漿が、沸騰する。

 脚の筋肉は張り裂けそうで、骨は折れるかと思うくらいに軋みを上げる。

 疾る負荷に、身体がついて行かない。

 当然だ。

 そっくりさん(私)は、あの一瞬のマンハッタンカフェの切り取り。

 あの時以上のモノなど、持ってはいないのだから。

 だから、この痛みは。

 苦しみは。

 この感覚は。

 シャ・ノワール(私)だけのモノ!

 ああ。

 嬉しい。

 嬉しい。

 もっと。

 もっと。

 もっと、欲しい。

 この痛みを。

 この苦しみを。

 生きてる、証を!

 走りたい。

 行きたい。

 生きたい!

 目の前には、まだ『ソレ』が在る。

 オリジナル。マンハッタンカフェの幻影。

 閉鎖の扉。

 届かないと思ってた。

 力も。

 意味も。

 資格も無いと思ってた。

 でも。

 でも、今なら。

 行けるかも知れない。

 真後ろ。

 並んで。

 追い越して。

 そして。

 ジャングルポケット(あの人)の。

 ウマ娘(光)の。

 本当の、生命の。

 中へ。

 

「行こう!」

 

 此処に至って、後悔なんてしたくない。

 渾身で、緑のターフを蹴る。

 呪いも。

 怖さも。

 散らした土塊と共に。

 

 ◆

 

(来やがった……!)

 背後の気配が、圧が。より一層迫るを感じて、ジャングルポケットはまた唇を舐める。

 乾いた唇皮。張り付いた土埃。流れ込む汗。全てが甘い。体内を駆け巡る、脳内麻薬(ドーパミン)の甘美。でも、まだコレから。コレからもっと、ぶち上がる。

 確信させる程に、迫る威は強い。

 技能も、戦略も無い。本能のまま荒ぶり、牙を剥く。

 今更、小癪なだけの小手先なぞ要りはしない。この殺気。コレだけで十分。

 十分に。

 『喰い殺し甲斐が在る』。

 正しく、元より喰われてやるつもりなぞ有りはしない。

 言ったのだ。

 『潰すつもりで競(や)る』と。

 そして、アイツは答えた。

 応えて魅せた。

 なら、此方も応じ返すが礼儀。

 宣言通り、捩じ伏せて。踏み潰し。喰い散らす。

 敬意を表し、糧にする。

 そして、『先達』として勝者の高みより教えよう。

 敗北と言う血溜まりの中に、見出せる解も在る。

 ソレが出来てこそ、ウマ娘と言う生物は完成するのだと。

 だから、今此処にて誘おう。

「……来い」

 今此れよりの刹那を、共に永遠にする為に。

 

「来い! 『シャノ』!!」

 

 歓喜の叫びの様に、背後でまた爆音。

 追い縋る殺気が更にスピードを増して。

 ジャングルポケットもまた、壮絶な笑みと共に最後のギアを上げる。

 ゴールまで、もう間近。

 勝っても負けても。

 恨みっこ無し。

 

 其れこそが、認めし好敵手(ライバル)との契りだから。

 

 ◆

 

 霞む視界に、『ソレ』の背中が映る。

 近い。

 今までよりも、ずっと。ずっと、近い。

 この、名も無い二人ぼっちのレースの中で。『無理』はいつしか『かもしれない』となり、そして『行ける』と言う確信に変わっていた。

 行こう。

 あの、『マンハッタンカフェ』と言う型の扉を突き破って。

 光(あの人)と、同じターフへ。

 届かない筈だったモノは。

 欲しかったモノは。

 其処に。

 

 ダンツフレームが願う。

 偽テイオーは祈る。

 ジャングルポケットは、導く。

 そして、シャ・ノワールは決意した。

 

 最後の力を、抱き止めるターフに撃ち込んで。

 

 チ ャ リ ン 。

 

 満ちる熱に冷水を注ぐ様に。

 鎖の音。

 場にいる全ての者の視界の隅に。

 いつの間にか、『ソレ』は在た。

 

 水面に映す鏡像の様に揺らめく姿。

 闇色の洋装(ドレス)。

 烏色の濡れ羽根の様な長い髪。

 屍蝋の如く真白い肌。

 胡乱に見つめる、金色の瞳。

 そして、チャリチャリチャリと泣く鎖。

 

「……プー、カ……」

 誰が呟いたのかも分からない、呻きに答える様に。真っ青に薄い、薄い唇が。

 

 だ ぁ め 。

 

 瞬間。走るシャ・ノワールの身体から、無数の鎖が飛び出した。

 長虫の群れの様に蠢くソレらは、主の身体に瞬く間に絡み付き。

 全ての抵抗を奪い、地に転がした。

 気が付けば、ジャングルポケットはゴールの向こう。

 転がるシャ・ノワールは、ゴールの手前。

 息を切らし、呆然と見つめ合う二人。

 結ばれる事叶わなかった距離から、あの熱は儚く消えて。

 虚に満ちる朝霧の中に、全てを悟った少女の慟哭が泣る。

 

 吹いた風に、緑の芝も悲しく鳴いた。

 

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